城兵として召喚されたんだが俺はもう駄目かもしれない 作:ブロx
「それにしてもこの兵士さん、もしかして――」
倒れ伏せた兵士の傍。 わたしは痕すら無い自身の胸の傷を確認しながら、ある発想に至っていた。
「…厨房長?」
かつての白亜の城・キャメロットに初めて登城した折、わたしはとある騎士の計らいで飯炊き人の一員になった事があった。そこには寡黙で、しかし手際の良い料理人が一人いたのを思い出す。
その人は右も左も分からない新米のわたしに、調理のイロハと、それを食べる人間と如何に関わるべきかの仕方を教えてくれた。この兵士のように、行動で。
「厨房長は確か元正門の一般兵士だって聞いた事がある。…お懐かしいです。お久しぶりで、」
「よおガレス。邪魔して悪いが、その線はねえぜ?」
声が聞こえた方向に顔を向けると、そこには同僚とも妹ともいえる騎士がいた。 わたしは彼女にフイと手を振って挨拶をする。
「それはどういう事?モードレッド」
「この兵士が作った飯、お前食わなかっただろガレス。グリル何てモンじゃねえ出来の、焼けた肉だよ。…あの頃の飯はどれも似たり寄ったりだったが、たま~に出る厨房長の飯は特に美味かった。――そいつがあの厨房長の筈がねえよ」
「随分と饒舌ね。 いつも通りボーマンって呼んでくれていいのよ?」
「減らず口が出るみてえで安心したぜ。この兵士のお陰か?」
ドッカと、椅子に座る騎士。何故か二人の時だと名前で呼んでくる彼女が、わたしは可愛く思っていた。
「どうかしら。……でも、妙ね。騎士であるなら女でも関係ないんだと行動で示す兵士だと思っていたのに、わたしの事を女性だと知らないなんて、こっちがびっくりしちゃった。バレバレだと思っていたけど」
「魅力が無いからじゃねえか」
「――。それもそうね、貴女は王と違って鎧兜をずっと着けていないと女だとばれるようなプリティフェイスだものね。あやかりたいわ」
「………――ぁア?」
「………」
ほらね?
「悪かったわ、モードレッド。ごめんなさい。 所でその口ぶりだと、貴女にはこの兵士さんが一体誰か知ってるっていうの?」
「知るわけあるかよ。ごまんといる兵士なんざ一々覚えていられるのは父上くらいだ。………ただ、」
倒れている兵士を眺めながら、顎に手をやるモードレッド。ギフトの如き彼女には珍しい表情と仕草に、わたしは小さく嘆息した。
「こいつはあの城の正門に居た兵士なんだろうが、あんなデタラメな槍捌きをする奴をオレは見た事がねえ」
「………」
それには同意だった。 槍を使う兵士も、鎧兜を着ている兵士もたくさん居たのが当時の我が城だが、わたしもこんな槍腕前の兵士を見た記憶が無かったのだ。
「何者かしら、…この真っ直ぐな兵士さん」
「まあ、この世界じゃあどうでもいい事だけどな。――父上の為に動いて、父上の目的の為にここに居て、父上の為に死ぬ。 そんな物だろ、オレ達なんて」
忘れているだけで、わたし達は何処かでこの兵士を見た事があるのかもしれない。生前一緒に戦ったのかもしれない。……それは誉れだけれど、今はもう。
「そうね」
幕舎を開けるわたし達。見える、光り輝く白い柱。
獣は。誰も、過去を見ない。
◇
「ひゃっは?、・・・ヒャッハー!!!!聖地の化け物どもが居なくなってるぞ!―――おお神よ!!恩寵を感謝致します! 今も昔もそして死後ッ変わらず我らに喝采を与え給ええ!!!!」
――人はすぐに忘れると誰かが言った。
自分の損得に関係の無い出来事と話を覚えようとしないと。 生きる無辜の人々にとって、聖地に居たあの鉄の魔人が消えた今、ここは彼らの変わらぬ信仰の総本山であり、
「だからッ!全部ぶんどれ!!!!」
「ヒャッハー!!!」
己を含めた全てが許される、聖なる土地だと。
「? 誰だありゃあ。えらい別嬪さんじゃあねえか!」
「おいおい鎧と兜付けてやがるぜ。もしも野郎だったら?」
「ご冗談、俺にはわかるぜ!だって男にはセンサーがあるからな!」
「でけえ槍と馬持ってやがんな、――やる気かよ!」
「君の着ている服と靴と馬と、槍が欲しい!」
「身体もよこせって言わねえのかい? ・・・HAハハハハハ!!!」
群がり、足を急かして突き進む。決して振り返る事は無く。
彼らが信じる神の御許へ。
「---地に増え、都市を作り、」
―――古伝に曰く、聖なる槍とは兇器ではないと云う。
其れは楔であり、錨であると。
次いで曰く、其れは世界の表裏を繋ぐ白き光の柱。
この世の理想郷。 罪の無いヒトだけがそこに入る事を許されたと云う。
「---海を渡り、空を割いた」
・・・しかしここで、罪の無い者などこの世界に居るのか?と言う疑問が出る。人生何かしらやらかすのがヒトであるのだし、
まずもって生きる事自体が罪なのだと声高に述べる思想家もいる。
そして、私は何の罪を犯さず今日まで生きてきたのです!と、金切りに主張する敬虔者もいる。
・・・そこでこの柱は、ヒトに一つの言葉を投げかけた。
決して振り向くな、と。
「---何の、為に……?」
二つの古代都市を一瞬にして滅ぼした天の火の如く。人間だったあの日を捨て去り、王の聖槍が純白に瞬いた。
「---聖槍よ、果てを語れ」
シールサーティーン・デシジョンスタート。
獅子の円卓サー・モードレッド 承認
サー・ガウェイン 承認
サー・ランスロット 承認
サー・トリスタン 承認
サー・アグラヴェイン 承認
サー・ガレス 承認
何故なら我等は、獅子の爪と牙である。
「 ---ロンゴミニアド 」
其の名を、最果てにて輝ける槍とヒトは伝える。
我を忘れて振り向いた罪人の一切合切を塩に変化させた光の柱。善良なヒトだけが、この光と一つとなる事が出来たと云う。
神話が今、再生された。
「・・・」
――理想郷にいるのは罪の無い正しき魂のみ。我が王よ、やはり貴女は眩しくて、見えない。
「・・・」
あ、ごめん。今マジメな場面の途中だったね。いや~なんか昔(生前)ばっちゃに聞いた昔話を思い出しちゃった兵Cだよ。
そして今眼を覚ました所なんだけど、すごい光景だよこれは。
―――だって。だってさあッ。
「おお・・・ッ!」
「これは、我が懐かしき白亜の城!」
「実に素晴らしいですね。私は嬉しい」
「キャメロット城とは。 これはまた・・・」
「う、美しい…。 ハッ!?」
「………」
・・・・――感無量。 我が王の宝具開放と同時に現れたのは、懐かしき我らの居城そのものだった。豪華絢爛純白不動。
まさかまたこのお城を王と皆で見る事が出来るなんて。
涙が出そう。視界が霞む。・・・・兜が脱げない事を、この時初めて俺は感謝した。
「---第一回目の聖抜及び、聖都の創造は成功だ。我が騎士達、我が同胞(はらから)」
「・・・」
はい、我が王。ここ(聖都)に居るのは王と王に選ばれたヒトと、我等のみ。他は全部塩とでっかいクレーター。後には引けない世界ですな。
「---魔術王の行いによって人理は焼却された。 だが踏み止まれ。---踏み止まるのだ」
・・・。
「---人間の、勇気が挫けて。友を見捨てる日が来たのかもしれぬ。魔狼の時代が訪れ、盾が砕かれ、ヒトの時代が終わったのかもしれぬ。---だが、消え去りはしない」
・・・・。
「---今日は始まりの日だ。 かけがえの無い、全ての清きヒトの光に懸けて。踏み止まって始めるのだ。---我が爪牙達」
一夜にして現れた白亜の聖都・キャメロット。吼える獅子の手足達。
その日俺達は本当の意味で、王の獣となったのだった。
眠りは質量の無い砂糖菓子。もろくも崩れて再びの楽園。
美しきかなこの城、この風景。我はまだ生きてあり。
止まない日差しに焼かれてむせて、具足の軋みに身を任せ、ここで生きるが宿命であれば、せめて望みはギラつく平穏。
次回『風来坊』
明日はきっと。風が一緒に歩いてくれる。