コナンside
――――――――その依頼人‐黒羽千暁はどこにでもいる女子高生に思えた。
しかし、どこか自分の勘に訴えるものを感じたのもまた事実。
“黒の組織”と対峙した時のようなプレッシャーや殺気の類は感じない。むしろ、本質的には善人の部類だろう。
自分でも何がこんなに引っかかっているのかは分からない。
だが、それを無視するのも得策とも思えなかった。疑問を否定出来る程彼女の事を知っている訳でも無いのだから。
だからこそ、ポアロでの安室の聴き取りに同席したのだ。黒羽千暁本人には怪訝そうな顔をされ、「子どもが聞く話でもないよ?」とやんわりと席を外すように言われたものの、「えー?ボクも千暁姉ちゃんの力になりたいなぁ。」と無邪気なフリして誤魔化せば、一瞬何とも言えない顔をしたものの、それ以上追及する事は無かった。
最初は自分に聞かれてはまずい話なのか、と穿った考えを抱いたものの、実際に話を聞けば1人の女性としての当たり前の感性、また小学生である自分に対しての配慮であったのだと思い知った。
(こりゃー普通の小学生には見せらんねェよな……。)
あからさまに隠し撮りと分かる写真に、過激なポルノ紛いの妄想が綴られた手紙……。
相談した相手が安室が若い男(それもかなりのイケメン)という事もあるのか、黒羽千暁の緊張は傍目にも分かった。
年頃の少女にとっては、どこの誰かも分からない男に性欲の対象にされた挙句、さらにそれを第三者に相談せざるを得ない、というのはかなりのストレスだろう。
デリケートな依頼に踏み込んでしまった事を若干反省しつつも、こうなった以上は自分も出来る限りの事をするのが最低限の礼儀だろう、と安室と共に情報を引き出していった。
その途中で、ついうっかり彼女の地雷を踏み抜いてしまった事に関しては、自分でもやらかしたと反省している。この強過ぎる好奇心のせいで度々危ない目にも遭ってきたが、なかなか治らないのが困りものだった。
閑話休題
その後、安室と黒羽千暁の間で細かい契約が交わされ、連絡先を交換した際に自分も便乗した。
流石にそれには「コナンくんも?」と疑問に思ったようだったが、そこは小学生らしさを全面に出してゴリ押しさせてもらった。
今後しばらくの間安室が警護に就くのであれば、ポアロに何度か来る事もあるだろうと踏み、その間に最初に彼女に対して感じた違和感を探っていけば良いと考えたからだったが、まさかその後にすぐにストーカーが捕まるとは流石のコナンと言えど予想出来なかったのだ。
千暁side
あの後、通りすがりの通行人がすぐに警察を呼んでくれ、米花署の警官によってストーカーは連行されていった。
てっきり千暁も一緒に警察に同行するのかとも思ったが、安室がざっと事情を話し、ストーカーに襲われた精神的負担を考慮して後日簡単な事情聴取のみを行う事となった。
江古田署にストーカーについて相談していた事も大きかったらしく、後は米花署が江古田署に問い合わせて手紙や写真を出していたのがあの男かどうか慎重に調査するらしい。
また、ストーカーを取り押さえたというのが安室という事もあって、後日の事情聴取には安室も一緒らしく、その他保護者が必要な場面ではラスベガスにいる母に変わって安室が同行してくれるという。
ストーカーが捕まった以上、依頼は完遂したと思っていた千暁だったが、ストーカーへの処分が決まるまで(起訴または示談が確定するまで)依頼は継続し、警護も続けてくれるという事だった。極端な話、ストーカーの身内が逆恨みで千暁を狙わない、という保証も無かった為である。
それには複雑な心境の千暁ではあったが、心強く思ったのも事実だった。
あのストーカーはまともな思考の持ち主とも思えなかったのだから。
―――――――――そしてその後、結果としてストーカーの薬物使用が認められ、覚醒剤所持及び使用の件で再逮捕となった為、5日後には依頼は完遂となった。
その間、安室が千暁の送り迎えをしてくれたのだが、“白いスポーツカーのイケメン彼氏”という噂を否定するのに苦労した5日間でもあった。
――――――――5日後。
安室への依頼料の振り込みも完了し、千暁は東都デパートで購入した焼き菓子の詰め合わせを持参してポアロに来ていた。
何しろこの5日間、千暁の警護の為に安室のシフトを大分調整してくれたらしいので。それが一段落した以上、菓子折りの1つでも持って礼を言いに行くのが筋というものだろう。
みなさんで召し上がってください、とでも言えば受け取ってもらい易いだろうし。
一応安室の事を考慮して、1つ1つ個別包装されたものである(まぁ、公安である彼が口にするかは分からないが)。
そしてやって来たポアロの店内で、思わず千暁は膝から崩れ落ちそうになった。
「あ!千暁姉ちゃん!!」
千暁の姿を見付けるなり、あざとさ120%で駆け寄ってきた好敵手によって…。
(め、“名探偵”…なんでここに……!)
見れば、コナンが駆け寄ってきた席には毛利蘭と鈴木園子、世良真純の姿があった。
学校帰りにお茶ですか、そうですか…。
そりゃ、自分も学校帰りに来たのだから、同じく高校生の彼女たちがこの時間にいても不思議は無い。毛利蘭の姿があれば、この“名探偵”がいても自然と言えた。
一瞬ポアロに来た事を後悔しそうになったが、“怪盗キッド”の意地とプライドにかけてポーカーフェイスを維持する。
「こんにちは、コナンくん。」
「こんにちは!」
何て白々しい会話…、と思いつつも表面上はにこやかに会話を続ける。今の自分はストーカーから解放されて晴ればれとしている女子高生、と暗示をかけながらではあったが。
「今日はどうしたの?安室さんは、今日はまだ来てないよ?」
「ああ、安室さんへの依頼は完遂してもらったから、今日は安室さんに会いに来た訳じゃないの。」
「じゃあ、どうして?」
何でそんな興味津々なんだ。奥の席で“安室”の名にばっちり反応した女子高生3人組がこっちガン見してるじゃないか。
そんな事を想いながら何食わぬ顔で事情を説明する。
「安室さんが警護してくれてる間、安室さんのシフトかなり調整してくれたみたいで、ポアロの人たちにも迷惑かけちゃったみたいだからご挨拶に来たの。」
「そーなんだー。」
それからドアベルの音に反応してカウンターから出てきた梓に向き直る。
「すみません、今日はマスターさんはいらっしゃいますか?」
「ごめんなさい。今生憎町内会の会合に出ていて、今日はもう戻らない予定なんです。」
「そうですか…。それじゃあ、これをマスターさんにお渡しいただけますか?」
「えっと……?」
東都デパートの袋から包装された箱(傍目にも菓子折りか何かだろうと分かる包み)を取り出して梓に差し出す千暁に、困惑したような目が向けられた。
「私、黒羽と言います。こちらでバイトされている安室さんにストーカー調査についての依頼をしてまして、その件で安室さんのシフトを大分調整してくださったと聞いたので…。依頼が一段落しましたので、ご迷惑をおかけしたお詫びに……。これ、ポアロのみなさんで召し上がってください。」
「ああ!マスターから聞いてました…!安室さんに探偵の依頼が入ったから、シフト調整するって…。でも、安室さんのシフト調整はいつもの事ですからそんなに気にしなくて大丈夫ですよ?」
千暁の説明に梓が納得した様子を見せるが、そこまでする程でも無い、とそっと菓子折りを押し返そうとする。
「いえ…。ご迷惑をおかけしたのは確かですし、安室さんが依頼を受けてくださったおかげで何事も無く解決しましたので……。」
「そうですか…?それじゃあ、お預かりします。わざわざ来てくださってすみません、ありがとうございます。」
そうまで言われては断る方が失礼、と梓も受け取る。
店の入口で店員と客がお互いに頭を下げる、という一見不思議な光景が繰り広げられたが、カランカラン♪とドアベルを鳴らして新たな客が入って来たのをきっかけにそれは終了した。
「あ、いらっしゃいませ―――!」
「それじゃあ、私はこれで失礼します…。」
梓が慌てて客を案内しようとしたのを見て帰ろうした千暁だったが、それは止められた。
「あ、待ってよ千暁姉ちゃん!」
「コナンくん?」
何故止める、“名探偵”―――――――!!!
内心でシャウトしながら自身を呼び止めた“名探偵”を見下ろす。
「もう帰っちゃうの?もうちょっとお話しようよ。蘭姉ちゃん、毛利のおじさんの子どもにも紹介するからさ!」
表面上はニコニコと無邪気に提案するコナンだったが、蘭よりもむしろ同じ高校生探偵である世良真純と千暁を会わせ、世良がどんな反応をするのかが見たいと考えていた。
(絶対碌な事考えてない………!)
しかし、千暁もまたそれを敏感に察知する。
これ以上ここにいるのは危険(自分にとって)、と判断し逃亡を図った。
「気持ちは嬉しいけど、もうすぐバスが来ちゃうから早く帰らないと……。暗くなってから帰るのはまだちょっと怖いし………。」
「そっかぁ…。」
困ったように笑いつつもストーカーの件について匂わせれば、コナンも素直に引く。
「それじゃあ、また今度お話しようね!約束だよ?」
「…うん、また今度ね。」
(良し!言質は取った…!)
(ヤバイ、言質取られた…。)
それぞれ正反対の事を考えつつ、帰る千暁をコナンが見送った。
「またね――――!千暁姉ちゃん!」
「またね―――――…。」
見かけだけはたいへん可愛らしく手を振る好敵手に若干薄ら寒いものを感じながら、取り敢えず女子高生らしく手を振り返す千暁だった。