「千暁姉ちゃん、何でここに?」
「ん?何だ、君たち知り合いだったのか?」
コナンの台詞に、中森が怪訝そうな顔をした。
「前にちょっと……。」
引き攣りそうな顔を何とかキープしながら詳細を濁す。
ストーカーの件は青子に口止めしていて中森には内緒だったのだ。中森は青子と仲の良い千暁の事も昔から可愛がってくれており、千暁の父である盗一が死んでから彼女の父親代わりを自任しているところがある。
これで青子や千暁には過保護なところがあるので、余計な心配をさせそうだったので口裏を合わせて黙っていたのだが……。
「ちょっと?」
「千暁姉ちゃんが小五郎のおじさんのところに依頼に来た時に…。」
「しっ―――――――――………!!!」
余計な事を言うなと慌てて口の軽い“好敵手”を制止する。
「依頼って、このちょび髭探偵にか?一体何を……?」
「まぁまぁ、それよりお父さん。チケットをくれた牧さんにお礼を言うのが先でしょ?」
「あ、ああ…。そうだな……。」
(ありがとう、ホンットありがとう青子………!)
父親の性格を知り尽くしている青子が、本来の目的であった牧への挨拶に中森の意識を戻す。
「牧さん、ウチの娘の青子と幼馴染の千暁ちゃんです。」
中森の促しに2人で牧の下へと歩み寄る。
「中森青子です!今日はチケットをどうもありがとうございました。こっちが幼馴染で親友の…。」
「黒羽千暁です。チケットをありがとうございました。この舞台、ぜひ観たいと思っていたんですけど高校生のお小遣いじゃ手が届かなかったので、すごく楽しみにしてました。」
「ああ…。良いのよ。ぜひ楽しんでちょうだい。」
騒がしくなった楽屋の様子にか、一瞬眉を顰めた牧だったが、そこは女優。取り繕うのは得意なようで、すぐに鷹揚に頷いて見せたあたり流石と言える。
だが、青子はその一瞬の違和感に気付いたらしい。牧が再び雑誌に目を落としたのを確認してから不安そうに千暁を見た。青子は天然だが人の感情には敏感なのだ。
黙って口元に指を立て、“後で”と口の動きだけで伝えると千暁の意図を酌んでコクリ、と頷いた。
ペコリ、と牧に頭を下げてから青子を連れて中森警部の下に戻る。
「ん?どうした、青子。」
先程とは対照的に、若干顔を曇らせている娘を見咎め中森が声をかけるが、「何でも無い…。」と気の無い声で返すばかりだった。
問いかけるように千暁の顔を見れば苦笑するだけだった為、この場は任せようとそれ以上追及はしない。昔から、娘の事に関してはこの幼馴染の少女に任せておけば間違いは無いと信頼しているのだ。
「じゃあ、ワシはこれから仕事だからな…。青子、千暁ちゃんも。帰る時は1度ワシに連絡してからタクシーを使うように。」
「「はーい。」」
2人で“良い子の返事”を返し、これから警備の事で打ち合わせるらしい中森たちと小五郎を残し、楽屋を出る(因みに安室は自分も残ると申し出ていたが、暗号は解けたと妙に自信満々な小五郎に追いやられていた)。
「そういえば千暁姉ちゃん。」
「え?」
楽屋から出るなり話しかけてきたコナンに、急に何だと思わず素で振り返る。
「中森警部ってもしかしてストーカーの事知らなかったの?さっきボクが言おうとしてた時に止めてたけど…。」
「お父さん、アレで昔から過保護なの。」
「中森のおじさん、昔から私の事も可愛がってくれてて……。」
「千暁の事、もう1人の娘だと思ってるから、ストーカーされてるなんて知ったら絶対大騒ぎするもん。下手したら『ワシが捕まえてやる!』とか言い出しかねないから……。」
「青子にも口止めお願いしてたの。」
青子と2人での苦笑しながらの説明に、コナンも思わず何とも言えない顔になった。
「だから、安室さんが依頼を受けてくれた時はすごく安心したんです。ありがとうございました。」
中森の過保護エピソードを苦笑しながら聞いていた安室に改めて先日の依頼についての礼を言えば、笑顔で返された。
「いえ。正式な報酬はいただきましたし…。梓さんに聞きましたがポアロにも来ていただいたみたいで、むしろ気を使わせてしまってすみませんでした。」
「こちらこそ、安室さんのお陰でケガも無く無事に解決しましたし…。」
表面上はにこやかなやり取りを続ける千暁だったが、内心はそろそろ逃げ出したい気持ちで一杯である。“眠りの小五郎”はともかくとして、“好敵手”たる“名探偵”に“ゼロ”の切れ者、そして実力は未知数の高校生探偵がもう1人…。
(今回、ちょっと無理ゲーじゃない……?)
安室の参戦により微妙なズレが生じたのか、少年探偵団と阿笠博士がいない。特に、“灰原哀”が不在である為か“沖矢昴”がいないのは幸いだった。
世良真純はこの際置いておいても、“平成のホームズ”に“公安”、更に“FBI”を相手取るなどゴメンである。
「ねぇ、がきんちょ。そろそろその娘たち紹介してくれない?この前ポアロに来てた娘でしょ?」
安室とのやり取りを興味津々で眺めていた園子が、コナンに詰め寄る。
「あ、うん。」
勢いに負けて頷くコナンだったが、千暁の事は知っていても青子とは初対面である。さて、どうしようかと見上げた視線に気付いた青子が千暁を促しながら自己紹介を始めた。
「中森警部の娘の青子です!江古田高校2年生なの。で、こっちが…。」
「黒羽千暁です。同じく江古田高校の2年生です。コナンくんとは、先日安室さんにストーカー調査の依頼をした時に知り合いました。」
「あ、毛利蘭です。毛利小五郎の娘の…。帝丹高校の2年生です。そしてこっちが…、」
「鈴木園子です。同じく帝丹高校の2年生。」
「世良真純。2人とはクラスメートなんだ。よろしくな!」
黒いスラックスに白いカッターシャツ、ダークブラウンのベストといった出で立ちの世良がニッと笑うと一瞬ナンパでもされているのかと錯覚しそうだった。
一瞬青子が世良に見惚るのを千暁は見逃さなかった。やはり世良を男と勘違いしているらしい。
が、それも“名探偵”が再び口を開くまでだった。
「世良の姉ちゃんは高校生探偵なんだよ!」
「え?!女の子だったの??!」
「青子!」
ばっちり口に出してしまった青子を慌てて窘める。
「ご、ごめんなさい!あんまりかっこよかったから………!!」
「はははは!気にしないでよ。良く間違えられるんだ。」
フォロー出来ているのか微妙な台詞で弁解する青子に、世良もよくある事、と気にしない様子を見せた。
「世良ちゃんはそこらの男よりもイケメンだもんね~。あたしたちも最初は間違えたもん。」
微妙になりかけた空気を園子が変える。
もとより世良は気にしていなかったものの、わたわたと取り乱しかけた青子だったが、カラリとした園子の様子に引っ張られて「よろしくね。」と笑顔を見せた。
流石は財閥令嬢といったところか、場を和ませて物事を円滑に進める手段を本能的に察しているらしい。
「さて、と…。開場まであと40分位あるし、お茶でもして待ってよっか?」
劇場のスペース内にイートインの売店があった筈だ、と園子が提案した。
「黒羽さんたちも一緒にどう?」
「うん!行く行く♪」
(げっ…………!)
笑顔で了承する青子に、思わず内心で呻く。
何となくある程度予想はしていたものの、この流れだと確実に…。
「あ、良いな~。ボクも行きたい!!」
(だよね~…。知ってた………。)
そう。この“好敵手”が簡単に引き下がる訳が無かった。
「珍しいわね、がきんちょ。こういう時だいたい来ないのに。」
「だって~…。ボクもお腹空いちゃった~。それに千暁姉ちゃんとは、今度会った時にいっぱいお話しようねって約束したもん。ね!」
園子の疑問に何食わぬ顔で答え、最後の「ね!」で、にーっこりと千暁を仰ぎ見るコナンに「そうだね。」と頷いた。
顔の筋肉を総動員させて笑顔をキープしていた為、頬が攣りそうだったが。
「安室さんはどう?」
「おや?僕も良いんですか?」
「むしろイケメンは大歓迎よ♡」
園子の誘いで安室も同席する事となる。
(というか……。2人とも“怪盗キッド”捕まえに来たんじゃないの………?)
女子会に交ざっている場合では無いと思うのだが。
(え、嘘?もしかして、もう暗号解けた?)
映画では解読出来ていたのはギリギリのタイミングだったので油断していたのだが…。
内心焦るが、表面上はポーカーフェイスを保つ。
何食わぬ顔で会話を続けながら、万が一の場合を想定して複数の作戦を立てていく。
「ねぇ、青子姉ちゃん。」
「なあに?コナンくん。」
それぞれ売店で購入した飲み物をイートインスペースに運び、席に着いたのを見計らってコナンが青子に切り出した。
「さっき牧さんに挨拶してた時、何か不安そうな顔してたけどどうして?」
「あ、見てたの?」
「うん。ボクがいた位置からはね。ねぇ、どうして?」
「う~ん…。青子にも上手く説明出来ないんだけど……。」
コナンの追及に、あくまでも感覚的なもので捉えていた青子が説明しあぐねて言葉を濁す。
困ったように千暁を見詰める青子に苦笑し、代わりに説明した。
「さっき、私たちが楽屋に入らせてもらった時に牧さんが嫌そうな顔をしてたのに気付いた?」
「え?そうだった?」
「気付かなかったけど……。」
「ボクも見たよ。一瞬だったけど眉を顰めてたね。」
「僕も見ました。すぐに取り繕ってましたが、確かに………。」
蘭と園子は気付かなかったようだが、やはり探偵を自称するだけあった観察眼の鋭い世良と安室は気付いたらしい。
「青子は昔から人の感情には敏感だから…。まぁ、牧さんは癖の強い性格で業界じゃ有名らしいから、たぶんあれが彼女の本心なんだろうけど…。」
「良く知ってるね?」
感心したように片眉を上げる世良に苦笑で返し、小声で続ける。
「ネットの掲示板は凄いですよ。一般的には大女優と呼ばれてるけど、性格は傲慢でマネージャーや他のスタッフ、無名の俳優には高圧的で高飛車だって…。噂じゃヘアメイクの人を付き人同然にこき使って、ハリウッドからの引き抜きを裏から手を回して潰したとか何とか……。」
実際、今回の舞台もネットでだいぶ叩かれているのだ。
「ウッソ――――――――?!」
「でも、それって噂でしょう……?」
園子が小声で叫び、蘭も穏やかでは無い噂に眉を顰めた。
「でも、火が無いところに煙は立たないって言うじゃないか。それに、さっきの楽屋での様子を見てるとあながちただの噂じゃないんじゃないか?」
「まぁ、芸能界で生き残るにはそれ位じゃないといけないんでしょう。」
肩を竦めて見せた安室の言葉をしめに、話題は変わっていく。
―――――――――――その後は普通に女子高生らしい話題で盛り上がり、コナンは勢いに押されてほとんど千暁に話しかけられずに終わった為、それは千暁にとっては幸いだったと言える。
主演女優にやや難ありだったものの、舞台自体も素晴らしいものだった。
幕が下りきってから、中森と小五郎によって一悶着あったようだが……。
そして、舞台は“怪盗キッド”に相応しい“大空”へと移った。