ブー、ブー、ブー、ブー
朝食として齧っていたトーストをカフェオレで流し込み、スマホを手に取る。
「寺井ちゃん?こんな朝に……?」
現在の時刻は7:10。早朝、という訳では無いもののこんな時間にメールでもLineでも無く電話を寄越すなんて、今までに無かった事である。平日のこの時間帯は登校前で何かとバタバタしている頃なので、普段の寺井であればメールにするのが常だった。これはかなりの急用か、と画面をタップし、耳に当てる。
「どうしたの?寺井ちゃん。何か急用?」
『千暁お嬢様!ニュースをご覧になりましたか?!』
「ニュース?」
泡を食ったような寺井の声に、キッチンからリビングへと移動してTVのリモコンを手に取った。
「何チャンネル?」
『どこでも構いません!早くニュースをご覧ください!!』
説明する間も惜しい、とでも言った様子に取り敢えず逆らわずにTVを付ける。
《今回、怪盗キッドが狙うのは彼の幕末の天才絡繰り師・三水吉右衛門の最期の作品、難航不落の大金庫、通称“鉄狸”です。所有者の鈴木次郎吉氏は、これまでにも自身の所有する宝石を使って怪盗キッドに挑戦状を提示してきましたが、今回は怪盗キッド自ら鈴木次郎吉氏に予告状を送り付けました。鈴木次郎吉氏は、これまでに名立たる盗賊たちを全て返り討ちにしてきた“鉄狸”を開けられるかどうかが楽しみ、とコメントしており………》
「………何コレ?」
ニュースキャスターが朗々と読み上げる全く身に覚えの無いニュースに、思わず通話中の寺井に問いかけた。
『や、やはりお嬢様ではないのですね?!』
「予告状出すなら一言相談してるよ。流石に。」
一体どこの偽者の仕業だ、と思わず眉を顰めた千暁だったが、ニュースに映し出された“怪盗キッド”からの予告状に、閃くものを感じた。
「あ。」
『お嬢様?何か心当たりでも…?』
「あぁ、ううん…。取り敢えず鈴木邸に行って調べて来るよ。何かの罠かもしれないし、1人で行って来るから寺井ちゃんは連絡だけすぐに取れるようにしといてくれる?」
『お嬢様お1人では危のうございます!やはりこの寺井めもご一緒に……!!』
「2人の方が逆に目立つってば。大丈夫、何かあったらすぐに逃げるから…。」
『しかし…!』
「大丈夫だってば。じゃ、後で連絡するね。」
食い下がる寺井を宥め、通話を切る。
そして、再度ニュースに目をやった。
「……これ、アレだ。犬が閉じ込められたヤツ………。」
あの縦書きの偽の予告状には見覚えがある。誤って“鉄狸”に愛犬‐ルパンを閉じ込めてしまった鈴木相談役が、自分を呼び出す為にマスコミに公表した自作自演。
「仕方ないから一肌脱ぎますか……。彼の怪盗紳士の名を冠する名犬を放っておくのも忍びないしね…。」
まぁ、万が一“原作”とズレが生じていた時の事を考え、罠の可能性も視野に入れなくてはいけないが、その為にも鈴木邸に潜入せねばなるまい。
「さて、と…。メイドか使用人か……。それが問題かな。」
メイドの方が立ち回りしやすいが、毎回変装姿が女というのも“名探偵”に何か勘付かれそうで怖い。それに、たまには男に変装した方が“怪盗キッド”=男と印象付け易いだろう。
「……今回は男で良いか。」
―――――――2日後。
千暁は執事見習いとして鈴木邸の面接を受け、無事に採用される事に成功した。
(案外簡単に潜入出来たな…。)
やはり“手を貸してくれ”のメッセージ通り、自分の手を借りたかったのは本心だったのだろう。メイドたちの話ではここ数日、鈴木相談役は夕食を自室で済ませているらしいし、下げた食器からは皿が2枚消えている、と聞いている。
そして、相談役の愛犬‐ルパンは使用人たちも知らない間に“入院中”。
“原作”通り、不運にも“鉄狸”に飲み込まれてしまったのだろう。
出来る事ならさっさと金庫を開けて出してやりたいが、鈴木相談役が用意した偽の予告状に書かれていた“月が闇に呑まれる中”の一文のせいで、“怪盗キッド”が動くのは明日の新月の夜だと予測している者が多い。いや、より正確に言えば予告状そのものは偽物かもしれないが、それによって“本物の怪盗キッド”が来ると期待している者が多いのだ。
例え偽物であろうと、1度“怪盗キッド”の名を冠した以上、それを覆す事は自分の美学に反する。
幸い、“鉄狸”には空気穴になる隙間が存在し、新鮮な水と餌を差し入れる事が可能となっているのだから、後1日我慢してもらうとしよう。
本番は明日の夜。
(まぁ、どーせ“名探偵”も来るんだろーけど……。)
折角本番一発勝負の脱出劇の成功で、次の仕事で邪魔をしない、という確約を得たというのに。長期連載作品の弊害か、時間帯がごっちゃになっていて読み辛い。
(てっきり、次は“赤面の人魚”かと思ってたのに………。)
まぁ、良い。今回は“人助け”。邪魔をされる謂れは無いのだから。
――――――――――翌日、夕刻。
「お待ちしておりました。園子お嬢様。それから毛利小五郎様と毛利蘭様、そして江戸川コナン様でございますね?」
案の定、連れ立ってやってきた好敵手を千暁は何食わぬ顔で出迎えた。
執事見習いに扮した千暁を、園子はうっとりとした顔で見ていた。
「あの…、あなたは?見ない顔だけど……。」
「ちょ、ちょっと園子……。」
頬を赤らめながら尋ねる園子を、蘭が小声で「京極さんは良いの?!」と窘める。
それを微笑ましそうな顔で眺めるふりをしながら、「申し遅れました。」と礼儀正しく一礼した。
「私、先日から執事見習いとして参りました、瀬戸瑞貴と申します。本日は旦那様から皆さまをおもてなしするように仰せ付かりました。何なりとお申し付けくださいませ。」
“瀬戸瑞貴”。今回、潜入するにあたって千暁が作り出したキャラクターである。字と性別こそ違えど、“原作”において“黒羽快斗”が成りすましたメイドをオマージュし作り上げた。
当然、容姿もそれに準ずるようにイメージしてある。
やや垂れ目に明るい茶髪、物腰は柔らかく常に柔和な笑みを絶やさない。
………作り上げてから気付いたが、肌の色が異なるだけでイメージが先日対峙したバーボンと被る。
(別に意識した訳じゃないんだけど…。)
まぁ、顔立ちそのものを似せた訳では無いし、執事という職業そのものから見れば物腰柔らかで柔和な笑み、というのも良くある特徴と言える。
こういうのは如何に堂々と成り切るか、というのが肝心なのだから。どの道、あと数時間で消えるキャラクターなのだから、割り切って楽しんでしまおう。
閑話休題
「それでは、旦那様の所へご案内いたします。どうぞこちらへ。」
鈴木相談役の下へとれ彼らを誘うべく、邸の中へと促しながら踵を返す。
好敵手が今回の一件の真相に辿り着くのはいつだろうか、とその柔和な“仮面”の下で挑戦的な笑みを隠して――――――――。