『 怪盗キッドに告ぐ。
今宵、鈴木大図書館にて世界最大の月長石
“月の記憶”を展示する。
なお、宝石は三水吉右衛門の絡繰箱に入っており、
拝みたくば自力で開けるか、開け方が書かれた紙を
本図書館で探されたし。
鈴木財閥相談役 鈴木次郎吉 』
「“月の記憶”?って確か……。」
自室のパソコンで鈴木大図書館のホームページを開きながら、千暁が首を捻る。
世界最大の月長石と“月の記憶”という特徴的な名前には覚えがあった。
数か月前、スリにスラれた大きな月長石をスリ返し、持ち主の男性に返した事があった。その月長石の名前が“月の記憶”だった筈だ。
そして、三水吉右衛門の絡繰箱、そして鈴木相談役と言えば“原作”もしっかりと覚えている。
「どうしよっかな…。」
“月の記憶”が“パンドラ”でない事は既に分かっている。絡繰箱も、持ち主が開けたいと切望している以上開けてやるのも吝かではないが、鈴木相談役絡みである以上“名探偵”が来る事は明白。わざわざ自分が出張らなくとも、“名探偵”が必ず開ける方法を見付け出すだろう。
ただ、気がかりな事が1つある。“パンドラ”を狙う組織の連中が“月の記憶”を狙って来ないとも限らない。これまでも、“名探偵”や中森警部たちは気付いていないが、鈴木相談役絡みの一件の時も組織の幹部であるスネークの姿はあった。
盗み出した後すぐに返却していた事もあり、“パンドラ”では無いと早々に見切りを付けて姿を晦ませていたが、自分が現れなければ強硬手段に出かねない。
“月の記憶”が“パンドラ”ではないと知らしめる為にも、1度大々的に絡繰箱を開けて見せる必要があるが、流石に彼の“絡繰吉右衛門”の傑作に挑むのであれば、せめて10分は欲しいところだ。
鈴木大図書館では自分を誘き寄せる為に、“絡繰箱にチャレンジ!!”と題して1人持ち時間5分で絡繰箱を開けられるかどうか賞金を懸けてのイベントを行っているようだが、初見での5分はかなり難しい。
詳細までは流石に記憶に無いが、鈴木相談役がえげつない罠を仕掛けていた筈であるし…。
(取り敢えず下見かな……。)
幸い、まだ朝の9時過ぎ。まずは一般客を装って下見をしても、夜までにはまだ時間がある。
まずは寺井ちゃんに連絡して作戦を練らなくては……。
溜息を1つ零してスマホを手に取った。
―鈴木大図書館―
適当に男子大学生風に変装し、千暁は今回の現場となる鈴木大図書館を訪れていた。
絡繰箱へのチャレンジの行列に並ぶ事1時間弱。
漸く千暁の番になったのは11時になろうという時間。開けた者には100万円を進呈、とされているだけあって長蛇の列だった。
(なんか既に疲れた……。)
まぁ、その1時間の間に防犯装置の仕組みは大体分かったのは僥倖と言える。千暁の前の前に挑戦した男が悪乗りして絡繰箱を持ち逃げしようとした際、鉄柵が落ちてきたのだ。
(本当、囲うの好きだなー………。)
思わずポーカーフェイスを忘れて遠い目をしてしまったかもしれない。
テーブルから離れた途端に落ちてきた鉄柵と、テーブルの下だけ他に比べてやけに大きなタイルを見れば仕掛けは自ずと分かった。
恐らくは重量センサー。“鉄狸”同様に。
ただ、今回の場合は“鉄狸”の時とは違い、重量が増えた場合ではなく、重量が減った場合にセンサー反応するのだろう。
しかし、その仕掛けもおおよそは想定済み。そして、その切り替えスイッチの場所も。
そんなものより、何よりも千暁の興味を惹いたのは唯1つ。
(流石に、名高い“絡繰吉右衛門”の傑作…!私がこんなに手間取るなんて………!!!)
ただの下見でありながら、千暁は耐え難い胸の高鳴りを感じていた。
IQ400とも称されるその頭脳は伊達では無い。1の事から100を知り、1000を悟る、その常人には計り知れない程の知力を以ってすれば、並みの鍵や金庫など、千暁にとっては何の障害にもならない。
あの“鉄狸”でさえ、千暁にとってはさして難しい事では無かった。まぁ、時間が限られている分、多少のスリルはあったが……。
しかし、今回の絡繰箱“木神”は、これまでの鍵や金庫とはレベルが全く違う。
およそ30cm×20cm四方の小さな箱の中に対し、仕組まれた仕掛けは恐らく20以上。既に持ち時間5分のうち、3分以上が経過しているが、その内解除する事が出来たのはたったの6つ。
(やだ、ゾクゾクしてきた……!)
思わず状況を忘れて解除にのめり込みそうになったところで、はっと現実に立ち戻る。
(って、それどころじゃなかった…。)
ヤバイヤバイ、と瞬時に意識を切り替えた。
防犯装置の仕掛けがだいたい分かった以上、その為の策もおおよそ練る事が出来た。一旦退いて、寺井と連絡を取るべきだろう。
7つ目の仕掛けを外したところで、ちょうど5分経った。何食わぬ顔で解除した仕掛けを元に戻し、さも残念そうな顔を見せながら次の人間と交代する。
日が暮れるまでの工程をシミュレーションしながら、メールで寺井に連絡を入れる為にスマホを手に取った。
スマホを弄りながら図書館の外に出ると、不意に項が逆立つような感覚を覚える。
はっ、と顔はスマホに固定しながら、目線のみ周囲を走らせると、図書館から約30m程離れたビルの屋上と、40m程離れた路地の影にそれぞれ人影を確認出来た。。
この距離では顔や服装までは詳しく分からないが、黒い服と帽子を被っている事は見て取れる。
(スネイクとその部下か………。)
今回は随分と距離が近い。これまでは、鈴木相談役が関わる現場では“眠りの小五郎”を危険視してか、直接現場から視認出来るような距離で待ち伏せる事は無かったにも関わらず、今回は姿を晒す危険を冒してまで現場近くに張り込むとは…。
それだけ組織の連中も焦れている、という事だろう。
まぁ、流石に常人には気付かないラインは弁えているのだろうが。
(でも、“名探偵”の目を誤魔化せるかな…。)
お願いだから、余計な騒動を呼び起こさない為にも気付かれないで欲しい、と切実に願いながら、胸に沸々と湧き出る不安を感じ、千暁はその場を後にした。
こういうのを“フラグ”って言うんだろうな、と半ば諦めにも似た思いを抱きながら………。