正義の味方は馬鹿なのだろう   作:麻星七道

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シルフ・ワルツ

 翌日、前日の約束を果たしてもらう為にグレンに声をかける。

 すると、中庭へルミアを連れて来いと言われた。

 

「何故別行動なのかは分からないんだが……とにかくティンジェルに声をかけるか」

 

 俺は準備があるから先へ行けとは言ってたが、どうも嫌な予感がする。

 いや、嫌な予感しかしないだろう。

 しかし何か言っている時間は無い。グレンがダンスを教えてくれるというのだから、大人しく教わらなければ何を要求されるか。

 圧倒的にこちら側が教えていただく立場なのだ。逆に言えば向こうが教えてあげる立場。

 シロウはため息を吐きながらシスティーナと談笑しているルミアの元へ行く。

 

「お話し中悪いが、少し良いかティンジェル?」

「ん? どうしたのシロウ?」

 

 昨日の緊張していた顔が嘘のように、いつも通りの表情を見せるルミア。

 ほんの少し意識していたシロウはその様子を見て、昨日のは壁ドンという異常な状況下だからだと判断した。

 正直な話どのように話せば良いのか探りながら声をかけたのだが、その配慮は不必要なようだ。

 

「これから少し付き合ってくれないか?」

 

 そうしていつも通りの言葉を並べようとして────、

 

「え!? つ、つっ付き合ってって────っ!?」

 

 何故か、そこには熱でもあるかのように表情を茹でさせたルミアが居た。

 彼女は二、三歩後ろへ後退ると、体を硬直させていた。

 その変化には流石にシロウも言葉を失うほかない。先ほどまでの天使の微笑みは、たった一言によって掻き消されたようだ。

 動揺、焦燥、期待。そんな多岐に渡る感情の渦に彼女は巻き込まれているようだ。普段は見ることの無い姿に一瞬意識を奪われてしまう。

 と、そんな事考えている暇はない。

 まずは誤解を解くのが先だ。そう考えると煩悩を消し去り、混乱しているルミアへと声をかける。

 

「待て、ティンジェル。何か勘違いしていないか? 俺は少し一緒に来てほしい場所があったんだが……」

「えっ!? あ、うん。そ、そうだよね……。あはは……」

「……うん。俺も言葉を間違えたかもしれない。だからティンジェルが悪いわけじゃないぞ」

 

 苦笑いをするルミアにフォローになっているか分からないが、その言葉を伝える。

 空回りした感じが強いが、これが想定外の事態に陥ったシロウの限界だ。是非許していただきたい。

 しかし、いつも通りかと思えば間違えようもない言葉を違う意味で受け取ったりと、どうも何かおかしい。

 このまま中庭へと誘っていいのか。今日は止して明日にした方が良いのではないか。

 そんな迷いも浮かんできた心情を察してか、助け舟がやってきた。

 

「ハイハイ。ご馳走様でした。それで? シロウはルミアをどこに連れて行こうとしてるの?」

「あっと、そうだったな。実は、ダンスの練習を一緒にしたいと思ってさ。実は、昨日グレン先生が協力してくれるって話で、これから指定された中庭へ向かおうとしていた所なんだ」

「へぇ、先生がね。……その話ホントなの?」

「流石にそこまでロクでなしじゃないと、俺は思うぞ……?」

 

 確信をもってそうだと言えないのが恨めしいが、嘘は付けない。

 半分以上の確率で信じているが、面白半分で言った可能性も……ほんの少しはあるのだろうか。

 いやいや、今までお前は何を見てきた。普段はロクでなしかもしれないが、異常事態には死力を尽くして問題解決に奔放する彼の姿を見ただろう。

 故に異常事態であれば本気を出す。ならばこの状況も当然異常事態であり────。

 待て。それはこちらの主観だ。彼は言わば第三者だ。きっかけを担ったとはいえ、絶対に関係しているわけではない。

 そう考えて、ふと昨日の会話を思い出した。忘れるな、現状は日常を彩った非日常の前哨談。

 その偽りに呑み込まれるわけにはいかない。

 

「本当にそうかしら?」

「────ああ、絶対に先生は協力してくれる。それは間違いない」

「え? ああ、そうね。先生と行動することが多いシロウが言うのならば、そうなのかもしれないわね」

 

 楽観視できる理由ではないが、確証を以て告げる。

 グレン=レーダスはこの案件に協力するだろう。そうせざるを得ない状況が連綿と続くこの状況にてそれは絶対だ。

 不意を突かれたかのような表情をするシスティーナだったが、シロウの言葉に納得したのか、或いは元から信じていたか。いずれにしても理解してくれたようで良かった。

 

「さて。じゃあティンジェル、先生がお呼びだ。一緒に来てくれるか?」

「うん。だって私達ペアだもんね?」

「────そうだな」

 

 

 

 

 

***

 

 

 

 

 

 そうして教室を飛び出した。

 時刻は昼。廊下は食堂へ向かう者やお弁当を持ち場所を探す生徒でごった返している、と推測していたのだが。

 

「「「────」」」

 

 何だこれは、と思わず顔をしかめる。

 理由は簡単だ。パートナーのルミアと何故か一緒に行くと話すシスティーナと共に教室を飛び出すのは良かった。

 問題は廊下へと出た瞬間だった。

 そこには異常な数の生徒がこちらを見ていた。勿論自意識過剰とかではない。

 

「なあ。本当にエルダードの奴が成功したって噂は本当かよ?」

「らしいぜ。ったく、慈悲は無い」

「『剣闘戦』の姿は何処に行ったのか。俺は寂しいぜ」

「モテない男代表として尊敬してたんだけどな」

 

 まあ出てくる様々な言葉。

 それに対して簡単に耳を澄ませるとシロウに対する言葉が大きいようだ。

 パートナーを組むことが出来ない者からの憎み声も多少聞こえるが、大部分はシロウに対する罵詈雑言。

 良かった。ルミアやシスティーナに対して何か言われたら流石に面倒な事になるかと思われたが、流石。

 伊達に教師泣かせや天使とは言われていないようだ。彼女たちに対する誹謗中傷は皆無。

 主に赤点逃れの名人に対する言葉が大きい。

 

「はあ、ねえシロウ。何か言わなくて良いの?」

「大丈夫だ。そういう風に言われるのは慣れてるし、それに以前の俺の行動が悪いんだからな」

 

 一年次のシロウ=エルダードの姿を知らない者は居ないだろう。

 本当に悪い意味で有名だった。よく二年次へと進級出来たな、と見捨てないでくれたルミアには感謝をしている。

 クラスメイトなど近しい人物からは既にそのイメージは無くなったが、それを払拭するのに時間が必要だったのは事実だし、ルミアやシスティーナが否定してくれたことも大きかった。

 だからこそ、悪いイメージというのは払拭することが難しい事は理解している。

 故にこうして何か言われるのも不思議ではない。

 

「全く。貴方達、シロウはそんな────」

「────シロウはとっても優しい人だよ」

 

 金髪の少女の声音に、周囲が静寂に包まれる。

 風は凪ぎ、水面を駆ける波のようにその声が伝達していく。

 

「皆が思っているような悪い人じゃない。少なくとも私はそう思ってるよ。行こ、シロウ?」

「え? あ、ああ……」

 

 前へ出たルミアに手を引かれる。

 シロウは戸惑いながらも大人しくしていた。

 元より反論の言葉はないし、話題で上がっていた以前の『剣闘戦』等で以前よりも自分を見る目がより良い方向へと進んでいるのは知っていた。

 今も三分の一程度はネタレベルの言葉だった。

 それでも、以前の魔術を馬鹿にしていた去年の自分を嫌う者が一定数存在しているのは事実。

 シロウとしてはそれを無くそうと思わないし、本気で魔術に向かう者に対して言ってはいけない言葉を軽々しく口にしていた過去の自分を簡単に許してもらおうとも思わない。

 だからこそ、罵詈雑言に対して何も言わないのは自分への罪だった。

 だけど────、

 

「ねえシロウ。貴方が優しい人間だというのは知っているわ。反論しないのは大方贖罪の為でしょうね。でも、本当の貴方を見てきた私達は貴方への罵詈雑言を聞いて良い気持ちにならないわよ? 勿論、去年の貴方の行動が原因だというのも知ってるし、その行動に以前の私が怒っていたのは事実」

 

 隣にやってきたシスティーナがシロウにだけ聞こえるような声音で話しかけてきた。

 

「だから、貴方が許してもらおうなんて思っていない事は私も理解できる。それでもやっぱり貴方への罵詈雑言を聞くのは良い気持ちにならないわよ。同じクラスメイトとしてね」

「そうか。でも俺は、やはり許してもらおうなんて思えない」

「ええ、そうね。許してもらうのは難しいでしょうね。ならば、貴方の本当の姿を知ってもらうのが一番よ」

「え?」

「『剣闘戦』で貴方への評価も上がったし、このダンス・コンペは色んな生徒が見るから挽回のチャンスね」

「待ってくれ。俺は別に皆に良く思われようなんて思ってないぞ?」

「貴方はそうでしょうね、でも私や皆、それにルミアは本当のあなたを知ってもらいたいと思ってるわよ。────だから、頑張りなさいよ。そしてあの子に、『妖精の羽衣(ローベ・デ・ラ・フエ)』を着させてあげてね」

 

 そう言うとシスティーナは前方でシロウの手を引っ張るルミアの元へ行ってしまった。

 全く。言いたいことだけ言ってくれる。

 最後に言われた『妖精の羽衣(ローベ・デ・ラ・フエ)』というのは確か優勝賞品、だったか。

 つまりは優勝しろと。そう言われたのだ。

 全く、こっちは素人なんだ。それを考えてほしい。

 

「そんな事を言われたら、全力でやる他無くなるだろ」

 

 そう悪態つきながら。

 それでもこの胸に燻るこの感情は、悪くない。

 先ほどの言葉とルミアの姿を思い出して、シロウは感謝の念を抱いたのだった。

 

 

 

 

***

 

 

 

 

 そして道中、システィーナによって様々なことを教えてもらった。

 聞きたかった訳ではないが、システィーナ本人からやる気あるのかと問われた結果こうなってしまった。

 しかし、有益な情報ではあったのではないか。

 確か今回の『社交舞踏会』のダンスはシルフ・ワルツの一番から七番からと言っていたな。

 本当は最高難度の八番もあるらしいが、使用される曲の都合により使用されないそうだ。

 素直に有難いと言っておくべきだろう。基本中の基本も分からないシロウには最高難度などこなせるはずがない。

 あとは、とある遊牧民族の伝統的な戦舞踊を元に宮廷用に優雅な改変を加えられて完成しただとか。

 それを聴く者の心を魅了させるため度重なる改変を加えて出来たのがシルフ・ワルツだそう。

 まあ、音楽と言うのは魔術と実は関係がある程度は知っている。

 それ専用の魔術は存在しており、音楽と舞で人の心に訴えかける術は時として聴衆を巻き込む魔術として存在を確立している。

 無論そんな使用法をとるのは珍しいのだが今回の敵は『天の智慧研究会』だ。そこら辺の魔術には注意せねばならない。

 なお、とある遊牧民族というのも恐らくレザニア王国の宗教浄化政策によって聖堂騎士団によって過半数の民が殺されたシルヴァース一族だろう。

 それをぼんやりと、レザニア王国の聖堂騎士団の存在を改めて克明と心に刻みつけた事件を思い出す。

 そこまで思い出して確かシルフ・ワルツの元となった『大いなる風霊の舞(バイレ・デル・ヴイエント)』という存在が水面に浮かぶ小さな泡のように浮かび上がってきた。

 八つの型があり、第一演舞(エル・プリマル)から第七演舞(エル・セプテイーモ)が戦に臨む戦士達へ向けた舞。

 勇気を与えたり、死の恐怖を無くしたり、痛覚を麻痺させたり、戦いへの喜びを増幅させる舞。

 最後の第八演舞(エル・オクターヴア)は戦いの高揚や狂奔から身を守る力がある、だとか。

 

「良い? シロウ、分かった?」

「うん。何となくだけど分かった、気がする」

 

 前方を歩くシスティーナが後ろのシロウを振り返ってそう問う。

 それに多少は理解できたと答える。

 実は、錬鉄の騎士と呼ばれていた時代にシルヴァース一族の生き残りの命を救い、斯様な事をお礼にと教えてもらったことがあったのだ。

 それを思い出しながら、システィーナの言葉を繋げ、何とか理解することが出来た。

 既にシロウを引っ張る手はなく、隣にいるルミアが時折解説してくれたおかげでもある。

 いつの間にか気にもならなくなった周囲の目を忘れ、システィーナの話を聞いていると中庭に到着した。

 そこの中央にて、グレンがいた。こちらの到着を待っていたようだ。

 

「すみません。俺から教えてほしいと言ったのに遅れてしまいました」

「いーや構わん。寛容な心の持ち主であるグレン大先生はそんなことで怒りはせん」

 

 最初に謝ると怒っている様子は無かった。

 良かった。これで機嫌が悪くなったら手詰まりだからな。

 では、これから教えてもらおうとした時。シロウの前にシスティーナが割り込み、シロウとグレンを隔てる。

 

「ん? 何だ白猫。俺はこれから忙しいんだ。お前に付き合ってやれる暇はない」

「先生。シロウにダンスを教えると言ったそうですね?」

「そうだが? 何かおかしなこと言ったか?」

「分かっているの? 今回の『社交舞踏会』で踊るのはシルフ・ワルツよ。あのノーブル・ワルツやファスト・ステップよりもずっと難しいのよ!?」

「へいへーい。ンなの知ってますよ」

 

 この会話でシスティーナがシロウとルミアについてきた理由が分かった。

 元々グレンがシロウにダンスを教えるということに否定的な意見を持っていたのだ。

 それに加えてシルフ・ワルツというのはノーブル・ワルツやファスト・ステップよりも難しい……らしい?

 前者はまだしも後者二つは存じ上げないので分からないが、とにかくシルフ・ワルツが高難易度の舞というのは理解しているので、確かに言われるとグレンが踊れるのかと言う言葉に思うところがある。

 正直な話シロウは今回のダンスがそこまで難しいものとは知らなかったので簡単に頼んだが、グレンには踊れるのだろうか。

 

「つまりはお前はシルフ・ワルツが踊れるかどうか聞きたいってことか?」

「勿論。シロウに俺が教えてやる、なんて豪語する位だから心配はしてないけどね?」

 

 嘘つけ。

 それを知りたいからここまで来たんじゃないのか、という疑問は心の中でそっとしておこう。

 シロウは一歩下がるとルミアの隣へ行く。この二人の会話にシロウは必要なさそうだ。

 

「あはは……。なんか大変なことになっちゃったね?」

「そうだな、と言いたいところだが、俺も先生が本当に踊れるのか知りたいしな」

「えっと、シロウが先生に頼んだんだよね?」

「まあそうなんだけど。正直な話今回踊るダンスがそんなに難しい代物だなんて知らなかったからな」

 

 頼んだ本人がこんな調子で良いのかと思うが、ダンスとグレンが結びつかないのが事実だ。

 昨日は華麗なステップを見せてくれたとはいえ、システィーナの説教じみた解説を疲弊しながら聞いた現在では不安に思うのも許していただきたい。

 隣で苦笑いをしながらこちらを見てくるルミアの視線が痛い。こんな事であればダンスについて少々調べておくべきだった。

 そんなんで本当に優勝できるのか、と言われれば一瞬で砕けてしまいそうなシロウをよそにグレンとシスティーナの会話はヒートアップしていた。 

 

「ハッ、今回ばかりはお前の思う通りには行かねぇぜ? だってシルフ・ワルツだろ? ンな心配されなくても大丈夫だっつーの」

「い、言ってくれるじゃない。だったらいいわ。その実力のほどを見せてもらおうじゃない」

 

 そうしてシスティーナから差し出された手。

 社交界において相手にダンスのパートナーを求める合図だ。

 

「良いぜ? だが、俺の華麗な動きに腰抜かすなよ?」

「あ、当たり前よっ!!」

 

 こちらを教えてくれるという話は何処へ行ったのか。

 いや、こうして見本を見せてくれるというのは良い勉強になるのか。

 シロウは一人で納得しながらシルフ・ワルツの見本、それを刻み込もうと真剣な表情になる。

 既に優勝を狙うと決めた手前だ。まずはその動きを完全に覚えなければ意味がない。

 こうしてグレンは差し出された手を取り、二人は動き始めた。

 




 さて、今回はまだ日常。しかし次話から少しずつ雰囲気が変わる予定です。日常からどう変わってゆくのか。そしてシロウは無事にダンスを踊ることが出来るのでしょうか。楽しみにして頂ければ幸いです。
 最後に、お気に入り登録600突破ありがとうございます。これからも頑張っていきますので宜しくお願い致します。

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