アラビに買物へ行ったミコチ。帰り道、心のうつろいはいかに?
2018/01/08:2016年頃から非公開でしたが原作アニメ化にちなんで公開再開しました。
注:1巻出版&9,10話雑誌掲載頃の作話につき、世界やキャラの設定解釈等が現在と違うことがあります。
(他サイトと同時投稿です)


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アラビに買物へ行ったミコチ。帰り道、心のうつろいはいかに?

和洋折衷微ファンタジーとでもいうべき、ありそうでなかった世界の日常俯瞰コミックこびと日和あらため、ハクメイとミコチ。夜の再読は飯テロ確実です。
ハクメイのほっぺたをぷにぷにしたくなるのも確実です、こちらは時問わずで。
世界の魅力とは別にハクミコ間の空気もこれまたなかなかに良かったもので、書いてみる次第。
二作目→『たびじたく』https://syosetu.org/novel/160197/
2018/01/08:2016年頃から非公開でしたが原作アニメ化にちなんで公開再開しました。
注:1巻出版&9,10話雑誌掲載頃の作話につき、世界やキャラの設定解釈等が現在と違うことがあります。
(他サイトと同時投稿です)



うすあかり

 港町アラビには、数が心許なかった食材を少々買い足しに行ったつもりだった。

 それがいつの間にやら、背負籠の負い縄が肩にずっしりくる重さにまで荷が膨れ上がったのは、市場の大通りで本来の買物の目的だった漬け用の切り身以外の食材に目移りして、ついひと通り軒先を覗いてまわったせいに違いなかった。

 行く先々でミコチがやってきたと認められるや否や、声掛けに始まり、試食を薦められ味加減の助言を求められ、感想や提言を述べれば土産に礼にとその店自慢の逸品を籠に押し込んでくるのだ。

 それもそのはず、ジャガ谷の夢品商店で人気の焼き菓子やハーブティ、日用品や保存食といった商品の製造人が誰であるか、場内市場に加工品店を構える者なら知らぬものなど居ない。

 料理と洋裁の腕前に限らず、人柄や物腰もが人を惹きつけるのに一役買っているのだが、知らぬは本人ばかりなり。

 仕入れた品以上の量の土産品を抱えて、馴染みの喫茶店兼呑み屋に顔を出せば、一日の仕事を終えた漁師や売人が早くも肴を囲んでいる。

 小休憩がてら軽く一杯のつもりが他の客の座に招かれて酒を注がれ、ならばと土産品をマスターに頼んで振る舞えば、後から来店した客も加わりミコチを囲う輪はさらに大きくなる。

 結局麦酒や冷酒を三杯ほど干して店を辞したときには、陽はとっくに暮れていて、屋根と屋根の隙間に細長く覗いてる夜空には十六夜の月が高く上がっていた。

 店は路沿いに所狭しと建ち並び、それに留まらず空き地は屋根の上にあるとばかりに店を積み重ねた積み木市場、その飲み屋街。酔いどれが肩を組み千鳥足で小唄を気持よさげに口ずさむ一方で、ダミ声混じりの舟歌の大合唱、手拍子、足を踏み鳴らし店も積み木も崩れよといわんばかり大騒ぎしてる店もあった。

 町を出て数分。背後を振り返れば、冷たく澄んだ冬の冷たい空気の中、月が照らし出す木々の淡い輪郭の奥に、真っ暗闇を背景にアラビの『壁の灯』がきらきらと輝いている。その様子はまるで、町全体に漲っている活気を体現してるかのよう。

 あれだけ騒がしかった通りの喧騒も、ここまで離れるとさすがに聞こえてはこない。だが、耳を澄ませば、波音の合間に舟歌が聞こえても不思議ではない気すらする。ためしに静寂の中で耳を澄ましてみるも、聞こえるのはやはり、寄せ波のかすかな音だけだった。

 ミコチはふうっと息をついて、再び森の奥へと向き直って歩き出した。カンテラの明かりに白く浮かび上がった吐息は、すぐに霧散して暗闇に溶けて消える。

 さく、さくり、さく、さく。

 歩みに伴う音の源は、数日前地上に賜れた天からの贈り物、その名残。

 春が近づき、陽光は日増しにぬるくなっているが、森の陽が差し込まない場所では、積雪は表面を風にわずかに溶かされるに留まる。

 陽が落ちて冷えてくると溶けた分が凍りつき、そうして作られた極薄の氷面は靴を乗せると容易にもろく崩れ去るのだった。踏み抜いた先では、未だ柔らかさを失ってない粉雪が足首まで包み込む。

 その感触はまるで、メレンゲの焼き菓子のようだとミコチは思う。カスタードの上にメレンゲを置いて焼いたら、スプーンをいれたとき、きっとこんな感触になるだろう。

 生地は何が良いか。タルトかパイか……今度、試作してみようか。お客さんに好評なら、お店に置けるかもしれない。青図を思い描いて、少し楽しい気分になる。

 さく、さく、さくり、さく。

 酔いが醒めてくる。

 郊外の森の奥に向かって歩く今、酔いの醒めは、町の灯から遠ざかっていっているのをミコチに実感として齎していた。

 浮ついていた気分も、徐々に落ち着いてくる。

 雪を踏みしめる自分の足音が、体内を廻る酒精が引いてくるにつれ、意識にひっかかるようになる。

 他に、音は、一切ない。ごく淡い月光の他に、手にしてるカンテラ以外に明かりはない。

 ひとり。それを、否応にも感じさせられる。

 こういうとき、いつも決まってわけもなく訪れるのが、得も言われぬ感覚だった。名残惜しいとも、満たされないとも違う。物寂しい、とでも言うのだろうか。

 町で呑んだ後の帰り道というのは、どうしていつも、こうなのだろう。

 それが去来するのは、高揚していた心が、落ち付くのを通り越して勢い沈みかけるまで落ち込んでしまうせいかもしれない。長老から種帽子を授けられ、独り立ちしてずいぶん経つというのに、慣れるという気配は一向にない。

 この前に家へ改築祝いに来た、収穫祭の祝歌舞台がきっかけで知り合いになった街の吟遊詩人が言うには、自分は寂しがり屋なのだという。そんな自覚はないし、彼女は独り合点するところがあるから、かるく流しておいたが。

 さく、さく、さくり、さく。

 町に住めばいいのに。顔馴染みの面々に、何度言われたことか。

 家を手に入れるために、ミコチが売上や給金を貯蓄しているのは皆が知るところだった。だから、郊外に家を建てると言ったとき、驚かれたものだ。

 知人たちはてっきり町中か、それができなくとも町外れか、当時住んでいた郊外よりもっと町に近い場所に、利便な家を購入するものだと思っていたのだ。仕入れ元が近いし、商品の卸にも何かと便利だろうにと、異口同音。

 その通りだった。そして賑わしさが絶えない通り沿いならなお良い。うるさく感じることも時としてあるだろうがその分、今のような物寂しさを感じる時間はなくなる。

 そうしなかったのは、一重に理想の家に住みたい欲求が利便性に勝ったからだ。

 広いキッチン、高火力のコンロ、豊富な収納、そしてテラス。

 ダイニングの中央には作業台も兼ねた大きめのテーブルを据えて、好みの意匠の家具やお気に入りの小物に囲まれて暮らす。

 市場の一等地に店を構えるのが商売人の夢なら、ミコチの夢は、自分専用の洗練されたキッチンを備えた快適な家を持つことに違いなかった。

 さく、さく、さくり、さく。

 慣れる他に避けようがないこの感覚は、理想と引き換えにしたものの一つ。

 慰めに生き物を飼うことも、自分には向いてないようだ。

 十年ほど前、ふらりとやってきた鳶の仔を餌付けしていたことがあった。ミコチの作るミネストローネを食べに毎朝窓辺にやってきていたのが、いつしか顔を全く見せなくなり、当時の落ち込みようといったら我ながらひどいものだった。ゆうに一ヶ月は暗く沈んだままだったと思う。以来、今後生き物を飼うことは絶対にしないと堅く誓って現在に至る。

 ひとり家路についたとき、寂しさが募る遠因は、これかもしれない。

 別れを味わうのが、どうにも嫌なのだ。いずれ別れがくるのなら、いっそ出会わないほうがいい、とさえ思ってしまえる。

 きっとそれが根底にあるから、月に数度は通っている最寄りの町の知り合いとの短い別れであっても、物寂しさを感じずにはられないのだ。

 理不尽。二度と会えなくなるでもないのに。

 さく、さくり。さく、さくり。

 後ろ髪を引かれる思いがする。あの町の灯の中に、留まっていたい。引き返して、皆がいる店に戻りたくなる。

 進む先は真っ暗闇だが、背後の入り口からは光が差している、そんなトンネルの中を進んでいるかのようだった。

 歩を進めるたび、自分を包み込む闇が深くなっていく。体だけでなく、意識までも、暗闇に埋没していくかのようで。

 月明かりの幽やかな森の中、ひとり。

 さくり、さくり。さくり、さくり。

 布団に潜り込んでさっさと眠ってしまえば、朝には忘れられる。

 そんなふうに、早く家に辿り着いて眠ってしまうことだけを考えて家路を急いでいた。これまでは。

 でも、今は。

 ――暗闇に、薄明かり。

 樹葉の合間から差し込む幽かな月明かりに照らされて、暗闇に漠と浮き出ている大樹のシルエット。

 末広がりな大楠の輪郭の懐に、小さいけれどしかと灯っている明かりが、周辺をほのかな橙色で薄明るく照らしていた。

 さくり、さく、さく、

 窓から漏れる明かりと、ポーチに吊るされたオイルランタン。

 この距離で、熱など感じるはずもないけれど。胸中には紛れもなく感じる。温もらせる何かを。

 さく、さく、さく、さく、

 意識から、背負籠の重さが消えた。

 鬱々としていたのが、一瞬で遠い過去の出来事のようになる。

 明かりを見た、たったそれだけのことなのに。自分の心の変わり様が、ミコチには我ながら笑えてしまうくらいにおかしく思えた。

 思った以上、だった。

 家の明かりというのは、思っていた以上に、心をゆるめるものらしい。

 願わくばこの安穏ができるだけ長く続きますようにと、祈りめいたものが心をよぎるくらいに。

 より長く、より深く近寄れば、いつか訪れる厭わしい別れがより辛いものになるとわかっていても、手放し難いと思ってしまうくらいに。

 さく、さく、さく、さく、

 息が乱れる。それでもかまわず、テラスへ続く階段を早足で上がり切って、一息にドアを開けた。

 

 

 

「ただいま、ハクメイ」

「おかえり、ミコチ!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――なんだミコチ、走って帰ってきたのか?

――……そんなことより、あんた、これは……。

――おぉ、わたしが作ったんだ。

――あああ、カワムツを塩焼きだなんて。甘露煮か唐揚げのほうがずっと美味しいのに……!

――塩焼きでも肴にゃ充分旨いよ。

――肴……? あっ、わたしの古酒!

 

――ミコチ、飯作ってくれ。

――こんだけ食べておいてまだ言うか。

――ミコチの作った飯が食べたい。

――う……あーもう、わかったわよ。

 

――唐揚げ旨っ! 花見のときも作ってくれ!

――はいはい。でもまだ、もう少し先のことね……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




うすあかり = 薄明かり = 薄明 = ハクメイ
ハクメイは薄明と書くと知って、そこから。
「薄明」はほのかな光を言う他に、日の出前、日没後のかすかな明るさの意味があります。
ハクメイの名前の由来はたぶん、こっちだと思います。

ハクメイは存在感ありすぎて居ないと否応なく物足りなさを感じさせるので
無自覚な潜在的寂しがり屋のミコチが一番出会ってはいけないタイプだったんじゃないかなと
考えたところからスタートしてます。いろいろな妄想が。
…もうちょっとだけ続くんじゃよ。あと2本?

二作目→『たびじたく』https://syosetu.org/novel/160197/

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