艦隊これくしょん×Fate/staynight   作:くまー

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 滅多にない1万字超え。
 詰め込みまくった結果です。


1-15

 暗い部屋の中。

 閉め切った扉。

 身動ぎ一つせず。

 意味もなくただ窓の外を眺める。

 

 自身を呼ぶ声。

 叩かれる扉。

 反応はしない。

 意味もなくただ窓の外を眺める。

 

 救えなかった部下。

 置いてきた妹。

 逃げた自分。

 意味もなくただ窓の外を眺める

 

 無為に流れる時間。

 閉ざした思考。

 動かない身体。

 誇りなど、もう無い。

 意味もなくただ窓の外を眺める。

 

 ――――だから、あの日は、きっと。

 

 私が艦娘である事に踏みとどまることが出来た。

 神様がくれた、最後のチャンスだったのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

■ 艦これ×Fate ■

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「アイツらの目的は私たちの殲滅ネー。でも優先するのは、間違いなく私デース。そこいらの雑魚とは違い、アイツらは戦艦や空母を優先して叩いてくるネー」

 

 朗々と金剛は自身が残る理由を述べる。その様相には死地に留まる気負いも恐れも何も見えない。まるで散歩に行くかのような気軽さだった。笑みすら浮かべていた。

 

「……だから、囮になるって言うの?」

 

 突然の事に言葉を失った一行の中で、最初に声を上げたのは満潮だった。

 

「私たちを逃がすために? 一人でも多く生き残れるように?」

「Yes。流石ミッチー、良く分かって――――」

「ふざけないでっ!!!」

 

 激高。

 冷静沈着な満潮らしからぬ感情を露わにした物言い。

 彼女は金剛の胸倉を掴むと、怒りを隠さずにぶつけた。

 

「囮になる? 自分が狙われるから? ふざけるなっ!!!」

「何もふざけていまセン。これは現状で取れる最善の手デス」

「その戯けた口を閉じなさい。そんな案、認められるわけがない」

「……満潮。それは私たちの都合デス」

「都合? 何を言っているの?」

「満潮」

「全員で……全員で生きて帰るんでしょ! それでっ! もう一回此処に戻ってきてっ! 黒潮の、白雪の、吹雪の、霧島さんの、みんなの仇を取るんでしょ!!!」

「……」

「……そう、言ってよ。じゃなかったら、何のために……」

「……Sorry 満潮」

 

 一撃。

 満潮の身体が、くの時に折れ曲がる。

 戦艦の手によるボディーブロー。

 中破状態の駆逐艦が耐えられる筈もなく。

 かはっ、と。

 掠れたその言葉が、満潮が出せた最後の言葉。

 

「Sorry……but we have no more time for discuss」

「金剛、さん……?」

「ミッチーをお願いしマース」

 

 一撃で意識を刈り取られたのだろう。力なく崩れた満潮を、金剛は三日月に預けた。

 

「安心してくだサーイ。皆が逃げる時間くらいは稼ぐネー」

「……金剛さん、皆で帰るんじゃなかったのですか?」

「If it is possible、ネー。……残念ながら、そう上手くはいかなかった。それだけデース」

 

 磯波の懇願も届かない。優しく微笑みながら、困ったように頬を掻きながら、それでも金剛はその意思を変えようとはしない。

 

「勿論ここで沈むつもりは毛頭もありまセン。それこそアイツらの思うつぼネー」

「だけど金剛さん……っ」

「さぁ、早く行って下サーイ。流石に皆を守りながら戦える相手ではないネー」

 

 話はお終い。これ以上の議論に必要性は無し。

 金剛は無理矢理に話を断ち切ると、皆に背を向けた。

 視界に捉えるは敵の主力艦隊。憎き相手を見据える。

 

 

 

「……敵の親玉を潰せばいいのか」

 

 

 

 その言葉に、思わず金剛は振り返った。

 それは意外な人物からの一言に対しての驚きと、そう上手くいけば苦労しないと言う僅かながらの呆れが含まれた故の行為だった。

 だが言葉を発した――士郎のその眼を見て、金剛は開きかけた口を閉じた、言葉を飲み込んだ。

 

「あの中心にいる奴がそうなんだろ? ……10秒くれ。一回きりなら、イケる」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 不思議と身体は痛くなかった。

 ただ割れそうなくらい頭が痛かった。

 そして力が入らなかった。

 木曾にしがみつく力すら満足に発揮できなかった。

 いよいよヤバいかもしれない。士郎は自身の身体に対し、率直にそう自己診断を下した。訳も分からず深海棲艦の艦載機と対峙したあの日からの今に至るまで、満足に栄養も摂れずにただ走り抜ける様に過ごした。体力も精神力も削られ続けた。折れた左腕や右足は動く気配を見せず、元の生活に戻れたとしても五体が満足に動くかは怪しい。

 その中でまた無茶をした。危機を脱するために、後先考えずに本能に従って魔術を行使した。

 きっと先ほどの爆弾に対して剣群を射出した時点で、衛宮士郎としての限界は越えたに違いない。

 だが限界なんてのは越えるためにある。

 

 ――――あと一回

 

 己の身体が絞り出せる魔力。僅かに残っているそれを余すことなく費やせば、剣の投影と射出は可能だ。そしてその程度の余力を、後生大事に取っておいても仕方あるまい。投影の仕方も射出の仕方もその有用性も、先ほどの魔術行使で理解をしている。

 

「剣を一直線に射出する。あの中心にいる、禍々しい雰囲気の奴が親玉なんだろ? 潰せば、アイツらを混乱させられるはずだ」

 

 艦娘じゃなくても分かった。迫って来る敵の艦隊、その最前列の中心。

 他とは一線を画すほどの、禍々しい存在。

 間違いなく、アレが親玉。

 

「親玉を潰せば相手の指揮系統も混乱するだろう。そしたら、全員で逃げる事も出来る筈だ」

「Ah……Mr.衛宮。それはnice ideaデスガ……」

 

 それが出来たら苦労はしない。

 熱による前後不覚。少なくとも、この場にいる殆どが士郎の現状に対してそう判断した。狙い自体は悪いものでは無いが、幾ら何でも荒唐無稽な発言だった。

 無理もない。誰がこの危機的な状況の中で、保護対象の世迷言を真に受けると言うのか。

 

「士郎」

 

 故に。

 

「悪いが反対だ」

 

 その発言の真意を汲み取れたのは、木曾ただ一人だけ。

 

「お前、また無茶するつもりだろう。さっき却下って言ったばかりだ」

「大丈夫だ。……あと一回きりならイケる」

「却下だ」

「……木曾」

「お前が傷つくのを……黙って見ていろ。そう言う事か?」

 

 思わず士郎は口を噤んだ。

 その言葉には様々な感情が押し殺しきれずに滲み出ている。問いかけの形式ではあるが、断定するような口調だった。

 

「左腕折れている。右足もだ。左足は折れてこそいないが腫れがひどく、満足に歩ける状態じゃない。そして発熱で意識を失ったな」

「……」

「士郎をそこまでさせたのは、俺たちの不甲斐なさが原因だ」

「……それは違う。俺が勝手にした事だ」

「例えそうであっても、そうさせた原因を作ったのは俺たちだ」

 

 艦載機の特攻は、木曾と望月が早くに察知すべきだった。形振り構わず島を目指していたから、士郎に命を張らせてしまった。

 ヌ級の襲撃は、誰かが護衛として残っているべきだった。動ける者が全員出撃していたが故に、士郎に命を張らせてしまった。

 艦載機の爆撃は、編隊を目にした時点で予測するべきだった。あの場の誰もが隙を見せた事で、士郎に命を張らせてしまった。

 

「士郎。お前が命を張って幾度となく救ってくれた事に感謝している。だけど……もう充分だ」

「木曾……」

「あとは任せてくれ。……それとも、そんなに俺たちは頼りないのか?」

 

 諭すように。それでいて懇願するように。

 その声色を聞いて。士郎は静かに眼を閉じた。

 

「馬鹿言うな。信頼している」

「なら――――」

「信頼しているさ。……だけど、誰かが犠牲になるのはまだ早い」

「……」

「木曾はさ、知ってたんだろ。最悪の場合は金剛さんが囮になるって」

 

 囮になる。そう金剛が発言した時に、誰もが驚き焦り困惑する中で、木曾だけが不自然なほどに落ち着いていた。それは彼女に抱えられていた士郎だからこそ分かった事だった。

 士郎の指摘に、木曾は僅かに表情を強張らせた。だがそれこそが回答のようなものだ。

 

「まだ俺も戦える。まだ出し切ってない」

「だがっ!」

「木曾。悪い。だけど黙って見ているだけなんてのは出来ない」

 

 そうして告げる。明確な否定を。

 

 

 

「トレース」

 

 

 

 呟くように。

 しかしその場にいる全員に届いたフレーズ。

 

 

 

「オン」

 

 

 

 バチッ、と。そんな音がした。

 空気が木曾と士郎を中心に逆巻き、皆の頬を撫ぜる。

 青白い稲妻が迸り、2人を囲むように暴れ回る。

 そうして顕れるは、一つの奇跡。

 

「う、そ……」

 

 それは誰の言葉だったか。 

 或いは皆の言葉だったか。

 迸る稲妻が七本の剣を創り上げる。

 ダガーが3本。

 大太刀。

 ロングソード。

 そして黒色と白色の夫婦剣。 

 それは皆の想像を超える、お伽噺のようなあり得ない現象。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……士郎、お前」

「説明は後にさせてくれ。……全員で帰るんだろ」

 

 もう余力は無い。投影する魔力も、問いかけに応える体力も、今の士郎には無い。

 視界が赤く染まっていた。毛細血管が切れたのか、脳がイカレたのか。それでも敵の位置は見失わない。止まらぬ怖気が敵の位置を教えてくれる。

 

「……後で、覚悟しろよ」

 

 木曾の声。呆れとか怒りとか、そういった類の感情が混ざった声色。きっと無事脱出したら正座でお説教コースだな。何となく士郎はそう思った。包帯だらけの自分が木曾に説教される光景が浮かんだ。不思議なほど鮮明な光景だった。

 その後ろには木曾と同じくらい怒り心頭の叢雲。

 呆れ返った様子の満潮と望月。

 困ったような磯波と三日月。

 皆を見て笑っている金剛と荒潮。

 そして一人あたふたしている雷がいた。

 ――――それは何て幸せな光景だろうか。

 

「……真正面だ。飛行場姫との距離は目算で500を切っている。砲撃は無し。銃撃も無し。おまけに航行速度をわざわざ落としやがった。確実に舐められているな」

 

 アイツは飛行場姫と言うらしい。今更ながらに士郎は相手の名前を知った。

 

「士郎。お前が剣群を射出して飛行場姫を潰したら、皆で一斉に逃げる。そこまで啖呵を切ったんだ。決めて見せろ」

 

 突き放した言い方だった。責任を感じさせる言葉だった。だがそれは、木曾が士郎の意見を尊重してくれることの表れでもあった。

 ありがたい。そう士郎は思った。この死地にいながら、論理を欠いた自分勝手な我儘に木曾は付き合ってくれるのだ。破格の信頼と言って差し支えまい。

 ならば――死んでもその信頼に応えなくてはならない。

 

「……ロール、アウト」

 

 切っ先を定める。

 目標は敵艦隊の最前列にて中心。他とは段違いの禍々しい存在感を誇示する深海棲艦・飛行場姫。

 

「バレット……クリア」

 

 一斉に放つのではダメだ。

 全弾叩き落されたら意味が無い。

 部下が身を挺して防いでしまっても意味が無い。

 飛行場姫に届かなければ意味が無い。

 

「フリーズ、アウト」

 

 一発で良い。

 一本で良い。

 飛行場姫に届けば良い。

 そうすれば敵の歩みを止められる。

 

「ソードバレル……」

 

 紅く染まった世界で。

 士郎は敵の存在を見た。

 飛行場姫を、見た。

 感じていた禍々しさの正体を見た。

 そして思った。

 中る、と思った。

 

「フル、オープン……っ!」

 

 

 

 

 

 5本の剣が射出される。空中に固定されていた剣が射出される。

 まずは大太刀とロングソード。その2本に隠れる様にして3本のダガーが。そして一拍置いてから夫婦剣が飛行場姫に向けて射出された。

 魔法だ。そう木曾は思った。そうでなければ説明がつかなかった。創り上げるのも、射出するのも、士郎が行使した技術は木曾が知るどの技術にも該当しなかった。

 敵も飛来する剣群に気が付いたのだろう。飛行場姫が発射した銃弾が、最初に飛ばされた2本の剣を襲う。部下を抑えて指揮官自ら動くとは、相当にこっちを舐め腐っている証拠である。だがその実力に偽りはなく、初見にもかかわらず正確な銃撃が大太刀とロングソードを砕いた。

 

「ウフフフ……」

 

 笑い声が聞こえる。気に障る声だ。邪気に塗れた不快感の塊のような声だ。その声を聞くだけで望月は怒りを覚えた。命を張った士郎への侮辱としか聞こえなかった。

 だが事実として。体積が小さいから直撃を免れているだけで、残る3本のダガーも砕かれるのは時間の問題だろう。

 

「……ブロークンファンタズム」

 

 壊れた幻想。その言葉を士郎の傍らにいた金剛は聞いた。どこか悲しさを感じる響きだった。

 同時に爆発音。3本のダガーが飛行場姫に届く前に爆発する。だが敵艦隊が砲弾を放ったわけでは無い。砲撃音が無かった。

 

「爆発、した?」

 

 磯波は目前の光景を理解できなかった。彼女も砲弾の存在は確認していない。ではなぜダガーが爆発するのか。不可思議な現象の連続に混乱し、爆発と叢雲を交互に何度も見た。

 叢雲はダガーが爆発する瞬間を見ていた。ダガーは自発的に爆発をしていた。小規模ではあったが、確かに爆発をしていた。

 あの爆発なら、確かに飛行場姫にもダメージを与えられる。武器も無く中破大破ばかりの自分たちが特攻するよりも、よっぽど確実に飛行場姫に傷を負わせられるだろう。士郎が無茶を言うだけのことはあると思った。

 

「まだ2本残ってる!」

 

 思わず三日月は叫んだ。少しだけタイミングを遅らせて夫婦剣が射出されたのを三日月は見ていた。先行した5本は潰された。でもまだ打つ手が潰えたわけでは無いのだ。

 

「い……け……っ」

 

 満潮は未だ気絶をしている。腹部への一撃は相当なものだったらしく、声を掛けたが一切の反応は無かった。青白い顔で力なく揺られるだけだった。

 だが確かに。

 三日月は満潮が言葉を発したのを聞いたのだ。

 

「「行けええぇぇえええええっ!!!」」

 

 荒潮と雷は叫んだ。あらん限りの声だった。感情が高ぶっていた。喉がつぶれても構わないと思った。叫ばずにはいられなかった。目の前の光景は、この海域に来て初めて目にする明確な希望として2人には映っていた。

 

 

 

 

 

 剣の軌道は頭に入っていた。敵への大凡の距離も木曾のおかげで把握していた。

 士郎の頭の中では俯瞰図が展開されている。爆発させたことによる目くらましも織り込み済み。意識は朦朧としているが、脳の働きは冴えていた。明確に剣の軌道を、敵の位置を、爆発のタイミングを描くことが出来ていた。

 ブロークンファンタズム。

 宝具を壊すことで魔力を暴発させ、爆弾さながらに爆発させる技術。

 何故この言葉が出てきたかは分からない。だが不思議とその言葉も、その効果も分かった。記憶は蘇らないのに、どうすればいいかは理解していた。過程は分からなくとも受け入れる事が出来た。

 

 ――――■■■

 

 声が聞こえた。誰かの声かは分からない。皆の声かもしれないし、士郎自身の無意識の呟きかもしれない。或いは幻聴かもしれない。投影をするたびに聞こえるのだから、もしかしたら記憶を蘇らせるカギかもしれない。空白の時間を知ることが出来るかもしれない。

 だが今のこの瞬間において、そんなのはどうでもいい事だ。

 

「――――ッ」

 

 歯を食いしばる。ひどく眠かった。でもまだ眠るわけにはいかない。意識を手放すわけにはいかない。

 一つ大きく息を吐き、士郎は眼を見開いた。赤く染まった視界を限界まで見開いた。

 爆発の目くらましなど、すぐに霧散する。だがその前に夫婦剣は突破する。

 だから視界の先、確かに士郎は見た。夫婦剣が飛行場姫の武装と右腕にそれぞれ突き刺さったその瞬間を。

 ――――好機は今しかない。

 

「士郎っ!」

 

 響く木曾の声。

 ほぼ同時に士郎は夫婦剣に意識を集中する。

 

 

 

 ――――甲高い断末魔のような叫び声が、確かに聞こえた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 爆発音。甲高い叫び声。爆発に呑まれる身体。止まる足。

 敵の最期まで見なくても分かる。作戦は完了だ。

 

「……マジでやったよ」

 

 望月は自分の頬を強く抓った。正直夢なのではないかと思うくらい現実味の無い光景だった。あれほど苦戦を強いられ、数多の仲間たちが沈む要因となった敵の最期を、まさか見ることが出来るとは思ってもいなかったのだ。

 ……だがその感動に耽っているわけにはいかない。

 

「急げっ、脱出するぞっ!!!」

 

 敵艦隊の指揮系統が混乱している今が唯一にして絶対の好機。怒号に近い号令を木曾は掛けた。士郎が命を張って作った時間を無駄には出来なかった。

 木曾の号令を受け、呆けていた面々は慌てて脱出へと舵を切る。当初の目的を忘れるほどに、飛行場姫の最期が目に焼き付いて離れなかった。皆にとって、あれはそれほどの奇跡だったのだ。

 当然木曾とて例外ではない。が、

 

「……すまない、士郎」

 

 零れる言葉は謝罪。勝利の余韻に浸る余裕は無い。ぐったりと力なく身を預ける士郎の感触が、それ許さなかった。

 ――――また命を張らせてしまった。

 今木曾は理解した。士郎は自分の命を度外視する。普通ならば誰もが躊躇う状況で、士郎はその線引きを容易く超えるのだ。

 思い返せば最初の孤島で。深海棲艦と言う未知の敵に立ち向かい、且つ彼は己の身を一切案じさせないように振る舞った。

 思い返せば隠れ家で。深海棲艦と言う脅威に立ち向かい、且つ彼は己の身より叢雲や磯波を案じていた。

 本来ならば、あの時点で気が付くべきだったのだ。

 

「……クソッ」

 

 なんて滑稽。

 なんて愚鈍。

 よくもこんな身で信頼などと戯けたことをほざけたものだ。

 浮かぶは後悔。漏れるは悪態。

 士郎を抱えている状況で無ければ、きっと無様に叫んでいただろう。

 

「皆、方角はこのままstraightデース!」

 

 金剛の声が後ろから聞こえる。大破中破ばかりで満足に航行できないものもいる。ともすれば彼女が殿を務めるのは当然と言えた。

 木曾はゆっくりと周りを見渡した。一番前を進むのは望月。その後ろには満潮を支える三日月と、叢雲を支える磯波。それから自分。後ろには雷と荒潮。そして金剛……

 

「っ! 皆、砲撃だっ!」

 

 言い終わると同時に轟く砲撃音。

 ――――早すぎるっ!

 木曾は背走しながら敵を見た。敵艦隊は航行はしていない。だが砲弾を放っていた。木曾たちに向けて砲弾を放っていた。

 士郎の手が悪かったわけでは無い。

 見誤ったのは敵の意志。

 飛行場姫が倒れようとも、沈もうとも。その目的を、意志を忠実に遂行しようとするその忠誠心。

 

「クソがぁぁああああ!!!」

 

 雨あられのように降り注ぐ砲弾。その全てが木曾を――いや、士郎を狙っていた。士郎をこの場における最大の障害と見做した故の行動だった。

 叫びながら、しかし木曾は砲弾の間隙を縫うように回避する。降り注ぐ砲弾一つ一つの着弾地点を予測しながら回避する。着弾で波打つ海面を滑りながら、踊る様に、ともすれば軽やかに。指揮系統の混乱故か砲撃は正確性を欠いていたが、それでも量が量である。その回避は奇跡的とも言える所業だった。

 

「木曾さんっ!」

「行けっ!」

 

 望月の呼びかけに、突き放す様に木曾は返した。無駄な問答をする余裕が無かった。他に意識を向けることが出来なかった。砲撃から逸らすことが出来なかった。

 どうにか士郎だけでも逃がしたいが、その隙が無い。一個人に対するとは思えない量の砲撃が、それだけ士郎の脅威を表していた。

 

「先に行け! 必ず後で追いつく!」

 

 叫ぶ。薄ら笑いすら浮かべながら、叫ぶ。だがそれは決して自暴自棄になったが故ではない。

 根拠はあるのだ。敵の物量も無限ではない。回避を続ければいつかは切れるだろう。それから皆の後を追えばいい。

 ……問題があるとすれば、

 

「……それまで保つか、だな」

 

 自分の体力が。燃料が。そして士郎自身の体力が。

 いや、そもそも回避しきれたとして。計器も正常に作動しない状況で、皆の後を追えるのか。探し出せるのか。方角もルートも失った状況で本国へと帰れるのだろうか。

 

「……はっ」

 

 そこまで考えて。木曾は自身の馬鹿さ加減に笑みを浮かべた。くだらない悩みだった。意味の無い悩みだった。

 そんなものは。今のこの状況を切り抜けてから考えればいい事なのだ。

 

「木曾っ! Wait!」

 

 そんな事を考えていた木曾の眼前を、ブラウン色のロングヘア―が立ち塞がる。金剛。そして降り注ぐ砲弾に向けて手に持った武装を全力で投げ飛ばした。吸い込まれるように砲弾に当たり、2人の頭上で爆発が起きる。

 

「金ご――――」

「Shut up!」

 

 振り向きざまに木曾を抱きかかえると、金剛は全力で後退した。高速戦艦の名は伊達ではなく、砲撃が届くよりも早くに砲弾の雨あられを抜ける。多少の爆風ならものともしない戦艦の頑丈さと駆逐艦並みの速度を持つ金剛だからこそ為しえた所業だった。

 

「Shit! しつこいネー!」

 

 砲弾はしつこく金剛たちを追いかける。だがトップスピードに乗った金剛には一歩届かない。

 その差は徐々に、しかし明確に表れた。砲撃音も、着弾の衝撃も、波打つ海面も、全てが置き去りになる。

 だが予断は許さない。

 

「木曾、砲撃は!?」

「まだ止んでいない! だが距離は開けてきている!」

「艦隊は!」

「今は動いてはいない!」

 

 そう。今は。

 指揮官が沈んでも砲撃はしてくるのだ。砲撃だけで仕留められぬと分かれば、次の手として進軍してくるであろうことは想像に難くない。

 金剛も当然それは分かっている。分かっているからこそ、彼女は大きく溜息を吐くと切り出した。

 

「木曾。一度しか言わないから良く聞いて下サーイ。皆と合流したら木曾が指揮を執って鎮守府に戻るネー。当初の予定通り私は残りマス」

「……そうか」

 

 予想はしていた。だから驚きは無い。

 そして最早我儘を言える状況でも無い。

 あらゆる感情全てを心の底に押し込み木曾は頷いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「皆は真っすぐ鎮守府に向かって下サーイ。私はここに残るネー。反論は聞きまセン」

 

 皆と合流した金剛の第一声は、有無を言わさぬ宣言だった。

 

「以降の指揮は木曾に従って下サイ。私は囮となってアイツラを沈めてきマス」

「金剛、さん?」

「Mr.衛宮が指揮系統を乱してくれた今が脱出する絶好のchanceネー。振り返らずに進んで下サーイ」

「金剛さん!」

 

 声を張り上げたのは磯波だった。彼女は今にも泣き出しそうな顔で金剛を見ていた。

 金剛はそんな磯波を見て。困ったように頬を掻いた。

 

「……アイツらはしぶといネー。確実に私たちを追ってきマース。ならば、その足を止める役割が必要デース」

「でも、それって……」

「No、沈むつもりは毛頭もありまセン。ただ足止めとして囮になるってだけデース」

 

 無茶な話だ。この場居いる全員が同じことを思った。

 幾ら金剛が歴戦の勇将であり、日本の最高戦力の1人であろうとも、これは1人でどうにかできる戦力差ではない。統制が取れていないだけで、敵艦隊の戦力に翳りがあるわけではないのだ。

 だが金剛が残る事に対して誰も何も言えなかった。

 頭では分かっているのだ。旗艦は潰した。それでも、敵艦隊は足を止めない。ならば誰かが囮になるのは必然であり、それは金剛のように敵に明確に障害とされるような者でなければならない。そうでなければ全員が沈むことになる。自分たちが我儘を言う事に、一切の理は無い。

 分かってはいるのだ。皆が皆聡明故に、同じ結論に辿り着いてしまっていた。

 

 

 

「じゃあ私と荒潮も残るね」

 

 

 

 雷の発言に皆の時が止まる。重々しかった空気に混迷の色が混ざる。

 だがその発言の真意を確かめる前に、言葉が重ねられた。

 

「黒潮を一人置いていけないから」

 

 その言葉は決して大きな声量で発せられたわけではない。いつもの雷の調子からすれば、寧ろいつもよりも小さめとも言えた。

 だが、届いた。皆の耳に届いた。

 誰も何も言えない。意外、だからではない。何てことも無いような語調で発せられた言葉は、今皆が持ち得るあらゆる言葉よりも重たかったのだ。

 

「雷ちゃんに同意よ。皆ともっと一緒に居たかったけど、黒潮の仇も討てずには帰れないわ」

「そうそう。アイツラを許せないよ」

 

 晴れやかな顔だった。恐れを感じさせない顔だった。

 明るい声だった。悲痛を感じさせない声だった。

 金剛と同じく、とてもこの死地に留まる者の声とは思え無かった。

 

「きっとこのまま帰ったとして、私たちは絶対後悔する」

「黒潮を置いてきたことを思い返して、きっと死にたくなるわね」

「だけど今は仇を討つ千載一遇のチャンスでしょ」

「だったら逃す手は無いわ」

 

 誰が何と言っても、意見を変えるつもりは無い。

 笑顔を浮かべてはいるが、暗に2人はそう言っていた。笑顔とは裏腹の堅固な意志だった。

 

「荒潮、雷……」

「そう言う訳だから、私たちも残るわ」

「ゴメンね、みんな」

 

 金剛は此処に来て初めて、一瞬だが表情を歪めた。自らの無力を嘆く様な、そんな後悔に塗れた表情だった。

 だが顔を両手で覆い、よくもみ込む。そうして次に顔を見せた時には、少しだけ悲しそうに、でも笑顔を浮かべていた。気持ちを無理矢理に落ち着かせた後だった。

 

「……では、囮となるのは私、荒潮、雷で決定デース」

「金剛さん……」

「皆は早く出発してくだサーイ。皆の武運を祈りマース。……此処は、任せてネー」

 

 努めて明るく。でも覚悟を決めて。

 そう金剛は言葉を発した。死地に残るとは思えぬほどに、それはいつも通りの『金剛』だった。

 

 

 

「――――ああ、そうだ。あと、一つダケ」

 

 

 

 背を向ける。もう話すことは無いと背を向ける。

 それから言い忘れたことがあると。そう皆に振り返った。

 

「Mr.衛宮に伝えてくだサイ。『ありがとう。貴方に救われました』と」

「うーん……私は……」

「じゃあ私は、『また会えたら、デートしましょう』と」

「荒潮、早い! えーと、じゃあ私は……『ありがとう、また会えたらよろしくね』って」

 

 自分で言え。そんな簡単な言葉が出てこなかった。そんな簡単に言葉を発せなかった。

 死地に留まると言うのに。3人の表情はどこか晴れやかだった。憂いは見えなかった。恐れも気負いも無かったのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 木曾が。望月が。磯波が。満潮が。叢雲が。三日月が。そして衛宮士郎が。

 皆が遠ざかり、黒い粒となり、やがて視界から消えていくのを3人は見届ける。

 

「本当に良かったのですカ?」

 

 見届けてから金剛は疑問を口にした。言うまでもなく、2人がここに残った事に対してだった。

 

「うん。だって、黒潮一人置いていけないもん」

「雷ちゃんと同じです。それに――――」

 

 コンコンと。自らの足を荒潮は叩いた。

 

「――――もう、帰れません」

 

 限界だった。

 航行する事はおろか、1人で立つことすらも。

 あの時黒潮を助けようと飛び込んだ時点で。2人は自力航行不可能レベルのダメージを負っていたのだ。

 

「でも、黒潮の仇を討つくらいの力なら残っている」

「それね」

 

 現実を正しく受け入れて。それでも2人は笑った。自棄でも何でもない、何時もの笑顔だった。

 帰ったらやりたいことは沢山あった。ショッピングに行きたかった。新作のお菓子を食べたかった。最新の雑誌が読みたかった。惰眠を貪りたかった。姉妹と他愛もない会話に興じたかった。逃げ出したいくらいに辛かった訓練だって今なら受けたいと思えた。皆ともっと一緒に居たかった。その先を見たかった。

 それでも、仇を討たぬことには進めない。きっと前に進めない。

 だって心は此処に置いてきたままだから。

 

「「行こう、金剛さん」」

 

 もう帰る足は無い。

 そんな2人に。

 金剛は視線を向けず。しかし、右手の親指を上げた。サムアップだった。

 

 

 

「Yes。それでは、行きまショウカ」

 




おまけ(と言う名の恥さらし)


※話中で多用しているサムアップですが、以前はサムズアップと誤用していました。
 片手分しか挙げていないのに複数形にして、しかも指摘されるまで気が付かないと言うミス……
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