艦隊これくしょん×Fate/staynight   作:くまー

19 / 33
新章開始。
精神的にぶっ壊されると執筆が早くなる事に気が付きました。
その代わり明るい話が書けなくなるジレンマ。



2-1

『佐世保鎮守府』

 

 横須賀、舞鶴、呉に並ぶ日本の代表的な鎮守府の一つ。日本の最南及び最西端に位置する。

 最新の設備を多く有し、またその規模の大きさから、四大鎮守府の中でも特に戦闘方面に秀でる。

 現在所属している提督は熊切大将、汐見大佐、薄葉大佐の3名で、最高責任者は熊切大将。

 略称は佐鎮。

 

 

 

 間宮の記録帳より、一部抜粋。

 

 

 

 

「――――報告は以上よ」

「……飛行場姫が沈んだ、ねぇ。それは本当か? 幾らお前の言う事でも信じ難いな」

「私も同じ考えよ。けど、妹が嘘を言うとは思えない」

「妹……ああ、木曾の事か」

「ええ。あの子はそんな程度の低い嘘を言うような子じゃないわ」

「お前が言うんだからそうなんだろうよ。まぁ実際……鉄底海峡から敵の主力艦隊は消えたしな」

「ええ。私たちも出たけど雑魚しかいなかったわ」

「……お前の妹が戻ってきてどれくらいだ?」

「ひと月よ」

「確か他の艦隊の生還率が上がったのもそれくらいからか……時期は合致するな」

「どうするの?」

「……そうだな。とりあえず酒馬鹿と夜戦馬鹿に伝えとけ。警戒は解くな、って」

「了解」

「それと、一緒に帰ってきた一般人の事も調べとけ」

「一般人? 何故?」

「臭う。まぁ、勘だな。何も無けりゃ、別に放っとけばいいさ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

■ 艦これ×Fate ■

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「勝負ありッ! そこまでッ!」

 

 勝負の終わりを告げる声。

 高らかに演習場に響き渡ったその声を聞き、木曾は相手に向けていた銃口を下ろした。そして大きく息を吐き出す。

 見上げた空は呆れるほどの快晴。

 気絶して倒れ込んだ相手を手慣れた様子で担ぎ上げると、海面から地上へと戻った。

 そんな木曾の前に差し込む一つの影。

 肩口までの長さに切り揃えられたショートヘア。意志の強そうな蒼玉色の眼。勝気な笑顔。

 顔を上げると、佐世保鎮守府演習場の担当責任者である重巡洋艦・摩耶がいた。

 

「ご苦労さん。また肉弾戦のみで制するとはな。随分と実力を上げたじゃねーか」

「……向こうでは肉弾戦が主だったんだ。武装を使うよりもこっちの方が慣れている」

「それにしたって一発も被弾せずに制圧するとはね。今日の新兵はかなり筋が良い奴だったんだがな」

「だろうと思ったよ。昨日までのとは動きが全然違う」

 

 例え遮蔽物の無い海上でも、海面に立ち、銃口を向け、照準を合わせて、となると今までの訓練通りにはいかなくなる。ましてや敵がいる状況なら尚更だ。

 事実、木曾が相手した新兵のほとんどは、ロクに動く事も出来ずに制圧されている。今日の相手は銃撃が出来ただけマシであろう。

 

「今回の帰還組は皆実力を上げているが、その中でもお前は別格だよ」

「まぁ、な。あんだけ長い事地獄を見れば嫌でも上がるさ。摩耶さんだってそうだろ?」

「ああ。まぁ、な」

 

 気絶した演習相手を受け取り、重巡洋艦・摩耶は笑った。木曾の言葉を正しく理解したからこそだった。

 

「だけど、アタシやアンタみたいなのは特例だよ。ベテランだって生きて帰って来られる奴なんてほんの一握りなんだ。本当なら新兵は時間をかけて段階を踏んで育て上げるべきだ」

「分かっているさ。……だが悠長に事を構える余裕を上は持ってなさそうだ」

「嘆かわしい事だよ。ベテランも新兵も関係なしに出ざるを得ない、とはな」

 

 木曾が行っているのは、新兵の訓練だった。これから戦場に出る前に、格上の艦娘との模擬戦闘訓練を行う。それは全ての艦娘が通る道だ。

 本来なら佐世保鎮守府の所属ではない木曾が行う事では無いが、摩耶の申し出でここ数日は臨時の教官として出ている。戦争帰りの経験が他の艦娘にも引き継げるのだから、それは木曾からすれば願ってもない申し出だった。

 

「悪いが明日も頼むぜ。人手が足りねーんだ」

「ああ」

 

 パン、と。手を叩き合わせる。ハイタッチ。

 ねぎらいの合図。つまりは今日の仕事は此処でお終い。

 

「この後一杯どうだ?」

「すまない。先約がある」

「またかよ。ま、しゃーねーか」

 

 鳥海でも誘うよ。まるで断られるのが分かっていたかのように摩耶は言った。

 埋め合わせはどこかでするよ。そう言って木曾は振り返りもせずに演習場を後にする。摩耶には悪いが、大切な先約が木曾にはある。

 

「……急ぐか」

 

 着替えを終えると、足早に移動を開始した。緊急時以外では鎮守府内を走る事は禁止とされている。佐世保鎮守府所属の面々からすればそんな規律は無いと同じだが、居候状態の木曾が破る訳にはいかない。走るよりは遅く、しかし歩くより早く、絶妙な速度で木曾は目的の場所へと向かった。

 場所は東館の3階。

 通い慣れてはいる。今更迷う事は無い。

 

「……ふぅ」

 

 最短のルートを迷いなく選び、目的の場所へと到着する。

 少しだけ息を整え、木曾は扉に手をかけた。

 

 

 

「すまない、少し遅くなった」

 

 

 

 真っ白な部屋。埃一つない清潔な空間。生活臭がしない部屋。

 それはそうだ。ここは病室。病室に生活臭など、する筈もない。

 

「……今日も俺が最後かな」

 

 既に誰かが来ていたのだろう。

 サイドテーブルには一口サイズに切り分けられたリンゴが置かれていた。

 ベッドの足元には本が積まれていた。

 冷蔵庫の中には飲料水が増えていた。

 卓上カレンダーの日付が一つ消えていた。

 換気済みなのか淀んだ空気の匂いはしない。

 

「悪いな、遅くなって」

 

 静かな呼吸音を邪魔しないように。

 規則正しい音を乱さないように。

 木曾は静かに傍の椅子に腰を下ろした。

 そして目を瞑っている赤銅色の髪の少年に話しかける。

 

「……俺たちは信じているからな。早く目を覚ませ」

 

 左手をそっと握る。眠っていても感じる鼓動と暖かみに、安堵からか少しだけ微笑んだ。

 

 

 

 ――――衛宮士郎はまだ目覚めない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――――ひと月前。

 

 鉄底海峡から佐世保鎮守府に辿り着いた木曾たちを待っていたのは、休息でも労いの言葉でもなく、敵艦隊の最新の動向の確認だった。

 休む時間なんてない。すぐに最新の情報の聞き取りの為に上層部が集められ、ボロボロの姿のまま木曾たちは報告に入った。

 木曾たちが報告したのは、大きく分けて3点。

 1.飛行場姫が沈んだ事。

 2.飛行場姫を沈めたのは金剛である事。

 3.金剛、荒潮、雷の3人はその後も残って戦い続けている事。

 ……事実は違う。だが本当の事を言う訳にはいかなかった。『衛宮士郎が不可思議な能力で沈めた』などと言えるわけが無かった。

 それは本当の事を伝えたところで、それが信じてもらえる内容だとは思えなかったからであり。また仮に信じてもらえたとして、そうなれば確実に衛宮士郎が何者で、その能力は何であるか解明する、と言う話になるからだ。

 それはつまり、衛宮士郎は実験体として一生を送る事になる。

 人としての尊厳は潰され、どんな目に合うかも分からない。

 死んだほうが良いと思えるような凄惨な目に合うかもしれない。

 そんな選択肢はとてもではないが選べなかった。

 それは生き残った皆の総意だった。

 

 ――――本当に、飛行場姫は沈んだのかね?

 

 幸いにして上層部が最も興味を示していたのは飛行場姫の情報。結果として衛宮士郎は巻き込まれた記憶喪失の一般人として処理をされ、その後一切の興味が向けられることは無かった。

 だが佐世保鎮守府に辿り着いてからひと月。

 衛宮士郎が目覚める気配は、未だない。

 

 

 

「木曾さん、お疲れー」

 

 イチハチマルマル。夕食の時間。

 見舞いを終えた木曾が食堂にて食事を摂っていると、どこか気の抜けた声が掛けられた。

 視線を上げた先には駆逐艦・望月。

 ひらひらと手を振って、彼女は木曾の目の前に座った。

 

「いやぁ、今日も疲れたなっと」

「お疲れ。今日は1人か」

「うん。手合わせに呼ばれたのは私だけだからね」

 

 疲れたよ、ホント。そう言って大げさに望月は溜息を吐き出した。

 手合わせ。帰還した艦娘の実力を測定するために行われる模擬訓練。

 1から99までの数値でその実力を表し、単純に数値の高さが実力の高さを示している。

 

「今頃手合わせか。随分と遅かったな」

「飛行場姫の事でゴタゴタしているからね。私以外だと……後はリハビリ中の叢雲が残っているかな」

「いくつだった?」

「37だね」

 

 やったね、36UP。皮肉気に望月は零した。捨て艦として出撃された身を思えば大躍進であるが、数多の犠牲の上に積み上げてきたことを考えれば喜べるものではないからだ。

 

「木曾さんは?」

「45。出撃前が23だから、22UPだな」

 

 一回の出撃でここまで数値が上がるのは稀だ。長期間戦争の最前線にて生き延び、勝ち残り続けなければありえない。

 つまりは2人が如何に濃密で苛烈な日々を送ってきたかの証明である。

 

「45って事は……あと20くらい上がれば改二の可能性ある?」

「そうだな。確かそれくらいからだ」

 

 改二。一定の実力値まで上がると、艦娘にはさらなる実力向上の為に改造を施されることがある。

 飛躍的に実力が上がる半面、下地がちゃんとしていないと改造による負荷に艦娘が耐えられないため、殆どの艦娘は65を超えてからでないと改二になるのを認められていない。

 

「まぁ、俺の前にまずはお前だろう」

「うん。近日中に改にするってさ」

 

 改。改二の前段階の改造。改二ほどの負荷がかからないため、多くの艦娘が20を超えた時点で施される。

 

「確か満潮が36って言っていたな。アイツも改になるのか」

「磯波も32だから改になるね。……三日月は14だったかな」

「……そうか」

「分かっていたけどね。……ま、私たちで終わりに出来たんだから良いって事だよ」

 

 少し明るめに望月は振る舞った。それは一見すれば分からないような微妙な変化。

 だが、木曾は機敏に察知した。察知して、あえて言葉を飲み込んだ。

 そして代わりに疑問を一つ。

 

「望月は今後どうするんだ?」

 

 今後、とは今日明日の話ではない。もっと先の話。つまりは佐世保鎮守府を出た後の話。

 今後ねぇ。焼き魚を咀嚼しながら、望月は考え込むように天井を見上げた。

 

「うーん、とりあえずはお兄さんの意識が戻るまでは此処にいるかな」

「横須賀には戻らないのか?」

「命令がなきゃね。戻ったところでこき使われるのが分かっているし」

 

 思い入れ、ゼロだから。望月にしては珍しく、その言葉には負の感情が込められていた。何時も飄々としている彼女らしからぬ発言だった。

 

「……異動届でも出してみるか」

「どこに?」

「ここの薄葉大佐のところさ。姉さんが言うには、そこらの指揮官よりはマシらしい」

 

 誰かが聞いていれば卒倒するような、上に対しての公然の批判。

 無論周囲の喧騒に飲み込まれて、2人の声が誰かの耳に届くことは無いが……

 

「……考えては見るよ。ま、何処に行ったって激戦続きなのは変わらないしね」

「まぁ、そうだな」

「あーあ、お兄さんみたいなのが指揮官だったらねぇ」

 

 護られるべき対象が護ろうとする。それは自分たちの至らなさの証明であり、本来ならばあってはならない事。

 だがもしも。指揮する立場の者が先陣を切り自分らと共に前線で戦ってくれるのならば。それはどれほどの力となり、自分たちを鼓舞してくれることか。

 

「……馬鹿な事を言うな。士郎は元の生活に戻るべきだ」

 

 一瞬。一瞬だが望月の言葉に賛同しかけた自身を心の中で戒める。

 そうとも。

 衛宮士郎は軍の者では無い。彼の居場所は此処にはなく、元の平穏な日常に戻ってもらわなければならない。

 

「……その事なんだけどさ、木曾さん」

「何だ?」

「上の人たちはお兄さんを元の生活に帰してくれるのかね?」

「……どういう意味だ?」

「私たち、一応機密扱いじゃん」

 

 艦娘は機密扱い。無論、その存在自体は世界に知られているが、実物を一般人が目にする機会と言うのは中々訪れない。あるとすれば情報媒体を通じて戦艦や空母等を知ることは出来るかもしれないが……

 

「私たちは一切気にしないけどさ。……お兄さんは私たちに深く関わりすぎた」

「……そう言う事か」

 

 望月の懸念。それを木曾は察知し、頭を抱えた。

 衛宮士郎は艦娘と生活を共にした。機密扱いの艦娘と生活を共にした。

 つまり彼は知ってしまっている。艦娘とはどういう存在かを。情報を持っている。

 

「情報の漏洩、か。確かに深海棲艦も士郎の存在を認知していた。もしかしたら情報入手のために士郎を捕らえてくるかもしれない、か」

「それと上だね。他国に知られたら困るー、なーんて騒ぎだしそうな連中ばっかじゃん。今は飛行場姫のゴタゴタで大して注目されていないけど、確実にお兄さんに目は行くよ」

 

 面子重視の奴らばっかだからね。そう言って望月はぬるくなった味噌汁で喉を潤した。

 

「……まぁ、先ずはお兄さんが目覚めてからだね」

「そうだな」

 

 先の事ばかり話してもしょうがない。まだ訪れていない未来について議論をするなど愚かでしかない。

 だが自分たちと関わってしまったが故に彼が不幸になるなんて、そんなものは2人とも許せるはずが無かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 夢を見ている。

 

 

 

 錆びた赤銅のような空。

 罅割れ荒れた地平。

 錆び、崩れ、砕けた剣群。

 吹いた突風が砂埃を舞い上がらせ、世界に降り積もる。

 

 ――――衛宮士郎は、そんな世界に立っていた。

 

 見渡す限りの荒野。

 出口は見えない。

 潮の香も、太陽の光も、青い空も、波の音も。

 その全てが此処には無い。

 

「……墓場か?」

 

 思わず士郎は呟いた。そう思えるほどにこの世界には生者の息遣いが無かった。

 大量の剣が突き刺さった世界。

 何も無いわけでは無い。だが何も無いと同義である。

 士郎は傍に突き刺さっている剣に手をかける。だが引き抜こうと力を込めると、呆気なく剣の刀身が折れた。

 

「……酷いな」

 

 使うだけ使われて放置されたのだろう。手入れなんてされることはなかったのだろう。只の道具として使い古され、只の道具として使い捨てられたという事が否応無しに分かる。

 墓場。その言葉はきっと正しい。

 此処は墓場だ。使い古された剣の墓場だ。

 

「……俺、死んだのか?」

 

 最後の記憶は、木曾に揺られて本国へと戻ったところ。次に目覚めたと思ったらこの世界だ。

 剣の墓場。それが衛宮士郎の終着点。

 もしそうならば、随分と寂しい最期の世界である。

 

「……いや、夢か」

 

 だがそんな妄想はすぐに否定する。否定できる材料は一切無いが、直感で思う。これは夢だと。

 士郎は足元に転がっていた短刀を拾い上げた。だがこれも、少し力を込めたくらいでぼろぼろと崩れ落ちてしまう。カラン、と。掌から滑り落ちた刀身が渇いた地面に落ちて砕けた。

 この調子では、きっとどの剣もそうなのだろう。どれも剣としての役目を終えたガラクタと成り果てているのだろう。

 

「……探してみるか」

 

 暫しその場で天を仰いでいたが、ふと士郎は思った。

 もしかしたら、一本くらいは無事なものがあるかもしれない。

 それは気まぐれだった。何時までも変わらぬ世界で、この墓場のような世界で、ふと思い浮かんだ一つの戯れのようなものだった。

 平常ならばそんなことは考えもしない。だが突き動かされるように士郎は行動を始める。剣の墓標の中、無事なものを探そうと彷徨う。

 まるでオアシスを探す放浪者のように。

 或いは熱に浮かされた病人のように。

 ただ只管に探し回る。

 時には横たわる剣を遠回りに避けて。

 時には崩れた剣を飛び越えて。

 無数の剣群の墓標を彷徨い歩く。

 

「何やってんだろうなぁ……」

 

 疑問が口をついて出る。だが足は止まらない。言葉とは裏腹に、足は、意思は、無事な剣を探そうと歩みを止めない。だとすれば、今のはふとした拍子に出てくる意味の無い呟きである。

 最早ここまでくると一種の強迫観念であった。

 探そう、ではない。探さなければならない。

 見つけよう、ではない。見つけなければならない。

 そこには本当に士郎自身の意志が介在しているかも疑わしい。

 だが士郎は自分の意志の変化に気が付いていなかった。気が付く余裕が無かった。

 

「どこだ?」

 

 視線を走らせる。右に左に。墓場の中で無事なものを探そうと走らせる。

 あるはずなのだ。どこかに。絶対に。

 確証なんかあるはずがない。言い切るのならばそれは妄言だ。愚かな妄言だ。

 だがその意思を疑う余地は士郎にはない。

 気が付けば士郎は駆けていた。朽ち果てた剣群を踏む事の無いように、損なう事の無いように、しかし全力で駆けていた。

 だがその歩みを止めようとするかのように、突風が士郎の身に吹き付ける。

 

「――――ッ!」

 

 砂埃が、礫が、そして破損した剣が士郎の身を叩く。剣の墓標が風圧に耐え切れずに崩壊していく。

 目も開けられぬような突風に、思わず士郎は足を止めた。崩壊の音が唸り声となって士郎の耳に届いていた。

 それは打ち捨てられた事への悲哀か。

 或いは役目を与えられなかった事への怨嗟か。

 それともこの場でただ一人の生者に対しての憎悪か。

 この世界が持つ感情全てが士郎に叩きつけられている。

 

「……くっ」

 

 身を屈める。だがそれしきのことで風は弱まらない。それどころか勢いは強くなっていくばかりだ。

 こんなところで立ち止まってはいられない。そうは思えど足を動かせぬのは事実。少しでも動かせば、たちまちのうちにバランスを崩してしまうだろう。そうなればされるがままに吹き飛ばされるしかない。

 ――――此処まで来てッ!

 後退する訳にはいかない。後退すれば、きっともう戻ってこれない。此処に戻って来る事は叶わない。それは予想ではなく確信だった。

 木霊する憎悪。

 襲い来る怨嗟

 それらに負ける様では絶対に辿り着けない――――ッ!

 

「……邪魔を」

 

 歯を食いしばる。

 奥歯が砕けんばかりに噛み締める。

 

「……邪魔を」

 

 足を踏みしめる。

 親指の爪が割れんばかりに力を込める。

 

「……邪魔を」

 

 眼を見開く。

 突風が、砂埃が、破片が眼を叩こうとも見開く。

 

 

 

「――――するなッ!!!」

 

 

 

 裂帛。

 そして一歩先を踏みしめる。

 確かな力で大地を踏みしめる。

 

 

 

 途端に。突風が止む。

 

 

 

 荒れ狂るうほどの怨嗟が止む。

 憎悪の咆哮が消え去る。

 拍子抜けのように、世界が静けさを取り戻す。

 そしてそんな士郎の眼前に。

 一本の剣が突き刺さっていた。

 

「これは……」

 

 剣。

 黄金の剣。

 この世界が霞むような、そんな眩い光を放つ剣。

 これは今までの朽ち果てた剣ではない。この世界の剣とは一線を画すものだ。そう思えるほどに、この剣は――いや、この世界が剣に不釣り合いだった。

 間違いない。士郎は一つの確信を得る。

 そしてその確信に従うように一歩踏みだし、

 

 

 

 ――――その剣に手をかける。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 目を覚ます。

 暗闇の部屋。

 カーテン越しの月明かりだけが灯火。

 どうやら目を覚ましたらしい。そう士郎は理解した。何も思い出せないが、それだけは理解した。

 

「ここは……」

 

 病室だろうか。医薬品特有の、形容し難い匂いが士郎の鼻をついていた。

 肺に溜まっていた空気を吐き出す。熱を逃がす様に、火照りを冷ます様に、吐き出す。

 そうして早鐘を打つ鼓動を落ち着かせたところで。

 ふと。自身の頬が濡れている事に士郎は気が付いた。

 

「……涙?」

 

 どうやら眠っている間に泣いていたらしい。水滴を拭う様に眼をこすり、

 

「……あれ?」

 

 こすったくらいでは止められない。

 それはそうだ。現在進行形で涙は流れているのだから。

 幾ら拭っても収まらないのだから。

 

 

 

 暫く拭っていたが、やがてその手は止まる。拭う事を諦め、腕で視界を覆う。

 今も尚涙はとめどなく流れ続けている。何故だか分からないが涙が止まらなかった。

 

 




おまけ(と言う名のNG)


「……今日も俺が最後かな」

 既に誰かが来ていたのだろう。
 サイドテーブルには間宮印の善哉が置かれていた。
 ベッドの足元には甘未の注文票が落ちていた。
 冷蔵庫の中には間宮印の善哉が増えていた。
 卓上カレンダーの日付い次回の甘未入荷日を示すマル印が増えていた。
 室内には甘ったるい匂いが充満している。

「……」

 ピッ、ポッ、パッ

『はーい、望月……』
「せめて換気くらいしろ、馬鹿ッ」

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。