誤字脱字が無いか確認しながら、今後も投稿していきます。
『アイアンボトムサウンド』
ソロモン諸島の一つであるサボ島、フロリダ諸島、そしてガダルカナル島の間に存在する海峡。
かつての世界大戦にて、敵味方問わず多くの艦船や航空機がこの海域に沈んだ。
海底にはそれらの残骸が積み重なり埋め尽くしている事から、アイアンボトムサウンドと称されるようになった。
(中略)
戦後は長らくスキューバーダイビングの名所とされていたが、唐突な深海棲艦の出現により奴らの大規模な拠点の一つとされてしまう。
奪還作戦には多くの国が参加。多数の死者と損害を出しつつも、どうにか一応の終結を見せる事になる。
尚、距離の近い日本からは数多の艦娘が出陣した。
とある提督の手記より、一部抜粋。
■ 艦これ×Fate ■
少女が泣いている。
美しい少女だ。きっと笑顔が似合う女の子だろう。だが何故か少女は歯を食いしばり、顔を伏せ、涙を流している。膝をつき、許しを乞うような格好でだ。
結われた金色の髪。宝石のような翡翠色の瞳。きめ細やかな肌。その全てが哀しみに染まっている。
何故少女は泣いているのか。声をかけたくとも、声が出ない。駆け寄ろうにも、身体が動かない。
泣かないでくれ。無意識のうちに、士郎はそんなことを思った。少女の泣き顔をこれ以上見たくなかった。見ている自分までも辛くなっていた。
と、そこで急速に少女の姿が遠のく。
止めろ、と。思わず士郎は叫んだ。あの少女を一人きりにするのは躊躇われた。一人にしてはならないとすらも思った。
暗闇に一人取り残されている少女。届かぬと分かっても必死に手を伸ばす。
その手を何者かが掴んだ。
「お、起きたかー?」
「……」
今度は別の夢を見ているのだろうか、と士郎は思った。場面は変わって眼前には別の少女。茶色いロングヘアーと四角い眼鏡。肩の辺りには三日月型のバッチを付けている。年齢は……どう見ても自分よりも下だろう。
夢の中で伸ばしていた手は、彼女に握りしめられている。
「お~い」
ぶんぶんぶん。反応が無い事を怪訝に思ったのか、少女は空いている方の手を左右に振った。反射的に眼は後を追うが、脳は全く別な事に思考を飛ばしている。
見知らぬ少女だ。それだけは自信をもって言える。藤村組や友人たちの家族にもこんな子はいなかった。
じゃあ、誰だ。正常に動かない頭を無理矢理に動かして答えを出そうとする。
が、それよりも少女の方が速かった。
「そろそろ足痺れてきたんだけどなぁー」
しびれる? シビレル? 痺れる?
少女の向こうに見える夕焼け空。横たわっている自分の身体。柔らかくて温かい何か。
単純な計算式の答えは、一拍の空白の後に出た。
「ご、ごめっ!? いっ、痛ぅ……」
相手が年下と言えども、士郎は年頃の男子である。加えて膝枕という垂涎もののシチュエーション。瞬間的に顔が火照るのも、ある意味では仕方なかろう。
だが動こうとした身体に激痛が走る。身体中を引き裂かれるような痛みだった。
痛みで力を無くした身体は重力に捉えられ、また元の位置へと収まる。そしてその上。被せるように額に手を置かれた。
「無理しなくていいよー、どーせ今日は動けそうにないし」
あやすように撫でられ、思わず顔を顰める。年頃の女の子は難しいと言うが、男の子だって同じようなものだ。ただ、女の子に比べて読みやすいというだけであって。
正直に言えば、今の士郎の男としての尊厳(?)はボロボロである。人によってはご褒美でも、まだその境地まで士郎は辿りついていない。気恥かしさばかりが積み重なっていくのも仕方なかろう。
兎に角。兎にも角にも。
今の士郎に出来る事は、自分の感情を必死で隠す事だけだった。
「悪い……その、重くないか」
「大丈夫大丈夫。いつももっと重いもの持っているしね」
「そ、そうなのか?」
「そうそう。それに命の恩人様を無碍には扱えません、ってね」
「……恩人?」
茹りかけていた思考に一瞬だが冷却の余地が生まれる。そしてその隙間を埋めるように記憶が甦った。
目覚めた砂浜。
広がる大海原。
不可解な二人組。
黒い追手。
迎撃と防戦。
必滅の一撃。
そして――――
「君は――――」
「あたしは望月。睦月型駆逐艦の11番艦。所属は……まぁ、横須賀の鎮守府ってことで」
「あ、ああ……」
「驚いてる? ま、一般人じゃ中々お目にかかれないもんね。私たち、一応機密扱いだし」
「どういうことだ?」
「そのまんまの意味だよ。それで、お兄さんの名前は?」
「……士郎。衛宮士郎だ。冬木市在住の学生だよ」
学生、学生ねぇ。眼を瞑り、考えるように少女――望月は士郎の言葉を反芻した。
そして、訝しげに士郎に眼を合わせる。
「……変、だね。何で学生がこんな場所に?」
「どういうことだ?」
「深海棲艦の動きが活発化しているせいで、ここら一帯は封鎖状態さ。渡航なんて出来やしない筈だよ」
「……は?」
「しかもこの地帯は激戦区。ただの学生さんじゃ来れるわけが無い」
「ちょっ、ちょっと待ってくれ!」
声を張り上げて言葉を止める。聞き逃してはならないであろう単語が幾つか出てきた。
深海棲艦? 封鎖状態? 激戦区?
この平和な日本にそんな物騒な言葉が罷り通っていた記憶なんて、無い。
まさかではあるが、
「こ、此処は日本……だよな?」
組み合わさったパーツ。出てきた疑問。記憶の欠如と齟齬。
出てきたのは確認の言葉。当然だ、と。笑い飛ばしてくれることすら望んだ問いかけ。
「はぁ? いや、違うよ?」
だが返ってきたのは否定の言葉。当たり前のことを当たり前のものとして認めるような気軽さだった。
「此処はソロモン諸島かフロリダ諸島か……まぁ、そこらへんにある名も無き小島ってとこかね」
「……嘘だろ」
「残念ながら嘘じゃないさ。計器がぶっ壊れているせいで、正確な確認は出来ないがな」
望月の後方。そのすぐ傍から別の女性の声が聞こえた。
ひょい、と。望月が首を後方に動かして手を挙げる。おかえり、ただいま。知っている仲らしく、簡潔なやり取りが交わされる。そして、覗きこまれるようにして顔が出てきた。
黒こげた帽子。煤けた頬と傷。やや緑色がかかった黒髪。そして、右眼を隠す黒い眼帯。
眼と眼が合う。
「起きたようだな、恩人。俺は5500t型の軽巡洋艦、球磨型の木曾だ。よろしくな」
■
「軽……巡洋艦……?」
「おう。つっても今は武装も壊滅状態。カッコイイ所を見せるのは難しいがな」
「あらら。木曾さん、成果なし?」
「ほぼ無しだ。状況は最悪の一歩手前ってところだな」
「……一応訊くけど、救援は?」
「無し」
ガシャン、と。重々しい音が響き、何かが地面に落ちた。音の方へ首を傾けると、銀色に鈍く光る何かが見える。
アレは何だろうか。霞む視界では上手く捉えられない。
「うわぁ……武装ゼロで脱出とか無理難題にも程があるでしょ」
「が、やらねばならない。せめて恩人だけでも……っと」
そう言えば訊いて無かったな。意識が士郎へと向けられる。
「恩人。名前は?」
「あ、ああ。衛宮士郎だ。……その、よろしく」
「衛宮士郎か。良い名前だな」
士郎の傍ら。望月とは反対方向に少女――木曾が座る。そして深々と頭を下げた。
「昨日の救援、感謝する。士郎殿がいなければ、私たちは轟沈していたかもしれない」
「あ、いや、そんな……っと、昨日?」
「ああ。アレから一日経過している。眼を覚まさないかと焦ったぞ」
微笑む木曾と望月。恩人が起きた事に安心しているのだろう。
だが、一方の士郎自身には疑問と不安が膨らむばかりだった。
「その……此処は日本じゃないって聞いたけど……」
「ああ。此処はアイアンボトムサウンド。和名だと鉄底海峡の……ま、周辺にある小さな無人島ってところだな」
「無人島……」
「ああ。昨日今日と周囲を散策していたが、人っ子一人見当たらない。深海棲艦のヤツらはちらほら見えるがな」
「うわっ、アイツらこんなとこまで出張ってるの?」
「見たところ下っ端どもばかりだ。万全ならば日中でも突破は容易だ」
「万全なら、ねぇ……」
溜息と共に吐き出された言葉。憂鬱をこれでもかと言うほど凝縮したような望月の言葉に、木曾は苦笑いを浮かべるばかりだ。
ついていけないのは、士郎唯一人。
「あのさ……その、全然分からなんだけど……」
「ん、ああ……すまない。説明はしたいが時間が無い」
「時間が無い?」
「ああ。今夜、本国へ戻る」
「マジ!? ……って、んなわけないか……」
驚いたように望月が声を上げる。が、すぐに何かを察したのかトーンが下がった。そういうわけだから装備は最低限にしておけよ。木曾の言葉に、もう一度大きく溜息が吐き出される。
やっぱりついていけていないのは、士郎唯一人。
「戻れるのか?」
「確率は五分五分だがな」
「いやいや、強気にも程があるでしょ」
「出来るか出来ないか、だろ。二択しかないんだから考えるまでも無い」
「はいはい脳筋脳筋……あー、お兄さん。覚悟だけはしといてね。するだけでいいから」
「そういうことだ、士郎殿。急ですまないが今夜出発する。」
「は、はぁ……」
やっぱりついていけない。が、言わんとする事は理解できた。
激戦区。武装無し。救援も無し。動けない重体の一般人が一人。そして、もうすぐ夜。
ここまで言葉が揃えば概要くらいは把握できる。
「ほれ、望月」
「……何、これ」
「燃料パック。イ級が打ち上げられていたからな、解体した」
「解体って……つーか、使えんの?」
「先に少し拝借させてもらったが、今のところ不備は無い」
「はいはい。ま、仕方ないもんねー……」
「そう言うわけで、だ。すまないな、士郎殿。これは持って帰れそうにない」
ひょい、と。木曾が傍らを指差す。其処にはデカイ岩の塊のようなものがあった。
覚えている。それは、自分が扱った武器。気付けば手元にあった巨大な斧剣。
「警戒は望月が担当してくれ。士郎殿は俺が運ぼう」
「はいよー、了解。出発は何時くらい?」
「陽が落ちてから……そうだな、二時間程度経過したらだ」
「あいあい。じゃ、まぁ、そういうことだから。よろしくね、おにーさん」
パチン、と。額を叩かれる。そして柔らかく微笑まれた。
口調も態度も二人は明るい。だけど繰り広げられている会話の内容は本来であればどこまでも重い筈だ。
何故二人は明るく振る舞っているのか。その理由が分からない士郎では無い。
「……ありがとう、二人とも」
だから、感謝の言葉を。三人が生きて戻れる方法を模索してくれている二人へ。
返答はサムアップ。何も言わず、しかし立てられた二人の親指が雄弁に語ってくれた。
■
本当は、置いて行けと。そう言うつもりだった。
満足に動かぬ自分の身体では只のお荷物だ。余計な重荷がいなければ彼女たちの生還確率は大きく上がるだろう。無理をして死に損ないを連れて行く必要は無い。
勿論、死ぬことには抵抗がある。だがそれ以上に、自分の為に誰かが危険な目にあうなんて嫌だった。そんなことは許せなかった。
他者の命を犠牲にしてまで生き残ることは、衛宮士郎の本意ではないのだから。
―――だが、そんなことは言えない。言えなかった。
恐怖心に囚われたからではない。都合の良い言い訳でもない。
ただ、ダメだと。それを言ってしまってはダメだと。
それだけを、思った。
「じゃあ、行くか」
夜の砂浜。星灯りだけの航路。今日は月が出ていない。絶好の撤退条件。
ほぼ一寸先は闇の世界で、躊躇う事無く木曾は一歩を踏み出した。足場は砂浜から海原へ。望月も後を追う。
二人に武装は無い。加えて、重荷となるものは殆ど置いてきた。取れる手段は撤退――それも、反撃一つしない逃げの一手のみ。そしてその身で、激戦区を突破しなければならない。
誰もが思うだろう。終わった、と。まさに状況は最悪の一歩手前。命があるだけで、最悪と殆ど変らない。
――――だが、まだ最悪では無い。
「士郎殿、起きているか?」
「……ああ」
「今から帰還する。早ければ夜明け前に着く」
「……そっか」
「……大丈夫か?」
「余裕に……決まっているだろ。……なんなら、道草食ってくれても良いぞ」
「……ハッ、言ってくれるじゃないか」
それだけ言えれば上等。空元気でも有ると無いとでは大きく違う。
「前方、多分敵影なし。行くよー、木曾さん」
「ああ」
揺れる視界。霞む光景。暑いのか寒いのか、それすらも分からない。右腕に至っては感覚が無かった。
無理をし過ぎた。正直、意識は途切れ途切れ。先ほどの言葉も強がり以外の何物でもない。
そう、ただの強がりだ。ともすれば嘘。虚言、妄言の類。
だがそれでも。本当にやり遂げてしまえば嘘では無くなる。
二人は三人揃っての帰還を諦めていない。ならば、絶対に自分も諦めるわけにはいかない。
絶対に生きて帰ろう。
三人揃って。
おまけ
※士郎気絶中
「木曾さーん、お兄さんどうすればいいかな?」
「こういう状況だと膝枕をするといいらしいぞ」
「え、マジ? いや、ちょっと待って、何それ、どこ情報?」
「大井姉から借りた本に書いてあった」
「ええ……」