艦隊これくしょん×Fate/staynight   作:くまー

24 / 33
もうお気づきになれている方もいると思いますが、書いている二次創作の中で、本作がダントツで更新速度が遅いです。
理由? 分からないんだなぁ、これが。


2-6

 大井さんには気を付けなさい。アンタの立ち位置は、あくまでも『巻き込まれた一般人』よ。

 大井さんには気を付けて下さい。大井さんの上の方が衛宮さんの素性を疑っています。

 つい先日、満潮と磯波に言われた言葉。それが走馬燈の如く、士郎の脳裏を過った。

 2人とも大井が何かの目的――それも士郎からすれば良くない――をもって接してくるであろうことに警備を鳴らしていた。素性不明な上、記憶に混乱が見られる日系人。第三者としての目線で見れば、確かに怪しいと見られても仕方が無い。寧ろ大井、及びその上官以外が疑っていない事の方がおかしいと言えよう。

 

 

 

「――――いいですよ」

 

 

 

 2人の言葉を思い出したからこそ。表面上はにこやかに、士郎は言葉を紡いだ。

 別にやけくそになった訳でも、2人の忠告を無視したわけでもない。

 一般人という立ち位置でいるのなら、此処で言い淀んだり否定するのは以ての外と言えたからだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

■ 艦これ×Fate ■

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 場所を変えましょうか。

 にこやかな微笑みを張り付けたまま、大井はそう言った。士郎の返答は然程も気にしていない様子だった。

 無論、士郎からすれば断る理由がない。――――いや、断れる理由が無い、か。ともかく彼女たちの後を付いて行くしかない。

 そうして到着したのは――――

 

「……食堂?」

 

 士郎としては意外と言う他ない。まさかこんな開けた場所で、話し合いをするとは思っていなかったからだ。

 中には他にも人がいた。皆女性。おそらくは艦娘だろう。多種多様な服を着ているが、いずれも軍服というよりは学生服のようなものを着用している。理由は不明だが、それこそが艦娘の正装という事か。

 空いているスペースに座ると大井はメニューを広げた。

 

「お好きなものをどうぞ」

「太っ腹~! じゃあ私はこのカツサンドで。不知火は?」

「このウルトラスーパーデラックスジャンボパフェで」

「誰がアンタたちに奢るっていたのよ。衛宮さんだけよ」

「えー、いいじゃん。経費で落とせばああだだだだだだだだっ!?」

 

 笑顔でフザケタことを宣った川内を、無言にして神速のアイアンクローが襲った。大井。その細腕からは想像もできないような力が加えられているのだろう。あまりの激痛に川内は悲痛に満ちた声を上げる。周囲の面々は気にしない辺りに、このやり取りの頻度が伺える。たっぷり10秒間締め上げられた後、解放された川内は力なくテーブルに突っ伏した。

 

「す、すびばせんでした……」

「大井さん、不知火はお茶で結構です」

「あらそう? 衛宮さんは?」

「あ、いや、俺も結構です」

 

 序列をハッキリとみて、士郎は何とも言えなくなった。間違いなく大井さんがナンバーワン。澄ました顔をしているが、不知火の声は若干震えている。

 大井はメニューを閉じると、懐から券を取り出した。それを不知火に渡す。

 

「4人分お願い」

「ハッ!」

 

 それはそれは見事な返事だった。そしてきびきびとその場を後にする。大井は傍らで突っ伏したままの川内を軽く叩くと、一瞬だけ柔和な笑顔を崩した。気苦労が存分に見える、疲れ果てた顔だった。

 

「衛宮さん、調子はいかがですか?」

「えっと、悪くは無いです」

「それは良かったです。木曾も喜びますわ」

「大井、今更外面よくしようたったああだだだだだだだだごめんごめん!」

「衛宮さん、少しお待ち頂いて宜しいですか? ちょっと急用が」

「いやいや、待って! そのまま引き摺らないで! いや、ちょっ、ごめんってばぁ!」

 

 ずるずるずる。顔面を掴まれたまま引き摺られる川内。ドナドナ。悲痛に満ちた叫び声。

 2人が外に出たところで、不知火がアイスコーヒーを手に戻ってくる。いなくなった二人分の席を見て、一瞬呆けた顔を見せるが、すぐに事を察したのだろう。彼女は盆をテーブルの上に置くと、テキパキとアイスコーヒーを配置した。

 

「折檻ですね。すぐ戻ると思います」

「あ、ああ」

「気楽になさってください。大井さんがああするのは、今のところ川内さんと隼鷹さんだけです」

 

 川内以外にもあのアイアンクローを喰らう誰かがいるらしい。その事実に士郎は何とも言えない表情を浮かべてしまう。しかも不知火の口ぶりから察するに、割と頻度は高めという事か。

 

「改めて自己紹介をさせて下さい。陽炎型駆逐艦2番艦、不知火です。所属は佐世保鎮守府で、艦隊は薄葉艦隊となります。今日一緒にバスケをしていた浦風とは姉妹艦の仲になりますね。どうぞ宜しくお願いします」

「えっと、衛宮士郎です。冬木市出身の学生。宜しくお願いします」

 

 珍妙な自己紹介だなぁ。言ってから、そう士郎は思った。あまり士郎自身が多弁するタイプで無い事もあるが、そもそもの話、自己紹介とは初対面同士が行う所作である事が前提条件としてある。にも拘らず、現状はと言えば士郎の情報は少なからず出回っている。知られている相手に改めて自己紹介をすると言うのは、士郎にとっては珍妙な経験と言えた。

 

「先ほども申し上げましたが、気楽になさってください。適性があることへの説明ですので」

「適正って、昼に川内が見せてくれた奴の事か?」

「そうですね。早い話、妖精が見えるかどうかです」

「……ん?」

「妖精が見えるかどうかです」

 

 いや、言い直してほしいわけじゃないんだよなぁ。突拍子の無い言葉に、士郎は早速ついていけなくなる。妖精……妖精?

 

「オカルト的な話、とお思いでしょう。疑問は御尤もです。そもそもの話、私たちの存在すら解明できていないところが多いですから」

「あ、いや、ごめん。違うんだ」

 

 不知火の言葉に、すぐに士郎は首を振った。疑問に思ったのは事実だが、彼女たちの根幹を揺るがすような事を言いたいわけでは無いのだ。

 

「妖精って……普通に想像できるような妖精で良いのかな。小さくて、その、小人みたいな」

「だいたいソレをイメージして頂ければ充分です。……そうですね、これを」

 

 そう言って、不知火は肩に手を添え、何かをテーブルの上に運ぶ仕草を見せる。……なにも士郎には見えない。昼に見た空気の塊も、何も。

 

「どうです?」

「いや、何も見えない、かな……っ!?」

 

 言って、視線を不知火に戻そうとして。

 士郎は不知火の傍に置いてあるグラスのふちのところが僅かにぼやけて揺らいだのが見えた。昼に見たのと同じ、小人を模した空気の塊だ。

 

「失礼、カマを掛けました。……やはり、見えるんですね」

 

 シレっと。悪びれも無く不知火は言うと、空気の塊を摘まんで、今度こそ士郎の前に置いた。昼に見た時と変わらず、士郎にはそこにいる程度しか分からないが、忙しなく動いているように見える。

 

「見られているのが嬉しいみたいですね。普段、彼女たちは私たちにしか見えませんから」

「そう、なのか?」

「はい。艦娘であれば見えますが、鎮守府で働く大多数の方は、彼女たちを認識できません。適正持ちの提督も少数ですから。衛宮さんは鉄底海峡では彼女たちを見ませんでしたか?」

 

 言われて思い返してみるも、士郎の脳裏に浮かぶのは激動の日々だけだ。妖精の存在など知りもせず、何か彼女たちからアプローチがかけられた記憶もない。

 

「……あの時は見ていない。気づかなかっただけかもしれないけど」

「艦娘と妖精は切っても切れない関係にあります。多分、気付いていないだけで目にしていると思います」

「そう、か」

「一緒にいた皆さんに訊いてみてはどうでしょうか。長くお付き合いの艦娘は誰になりますか?」

 

 長い付き合い。それなら間違いなく木曾と望月である。

 

「木曾と望月だな。2人に助けられた」

「タイミングが悪いですね。2人ともまだ横須賀ですから……次に長いのは?」

「満潮と磯波だな。それから叢雲……と、三日月の順番だな」

「なるほど。では彼女たちの中で、最も話をされるのは誰ですか?」

「皆とはよく話すけど……リハビリに付き合ってもらっているから、叢雲が一番かな」

「叢雲ですか。……そう言えば、今日もご一緒に行動されていたみたいですね。彼女とは、鉄底海峡にいた時もよくご一緒だったのですか?」

「ああ。同じ怪我人だったからな」

 

 結局あの隠れ家の医務室は、士郎と叢雲がほとんど占有していた。リハビリで叢雲はちょくちょく外に出てはいたが、士郎に至ってはヌ級に叩きのめされて以降、殆どの時間をあそこで過ごしている。

 

「今日の会話を見るに、叢雲は貴方が提督となる事は想定していないようですが……叢雲たちとは、この後の事とかは話をされたりしてないのですか?」

「この後の話?」

「はい。怪我が治った後という意味です」

 

 怪我が治った後。……士郎にとって、どうするか決まっていない話だ。

 冬木市に戻ろうにも、そんな街は存在しないと言われた。無論、その言葉を全面的に信用する訳は無いが、仮に本当であれば、士郎は帰る家も待つ人もいないことになる。

 そうなれば、どうやって生活していくのか。

 今後の身の振り方については、避けては通れない案件である。

 

「……とりあえずは実家に戻ろうと思っている。それは、皆とも話をしているな」

「そう、ですか。……鎮守府で働く事はお考えになったりは?」

「働きたい、とは思うよ。将来的な話になるから、まだ確定的では無いけど」

「働くご意志はあるのですね。それは良かった」

「良かった?」

「はい。叢雲たちから話は聞いていると思いますが、衛宮さんは私たちに深く関わり過ぎていますから、確実に今後監視が付くでしょう。ならいっその事、一緒に働いてしまえば、衛宮さんの身を護る事も出来ます」

「監視の話は聞いている。鎮守府で働くことが出来れば、確かに不知火の言う通りベストか……」

「ですから、提督を目指して見るのは如何ですか?」

 

 また、提督だ。随分と推してくる、と士郎は思った。 

 

「提督ってのは、俺みたいなのがなれるのか? ……言ってて悲しくなるけど、そんなに俺は出来は良くないぞ」

「まぁ、始まりのところは努力してもらわねばなりません。ただ一度レールに乗ることが出来れば、衛宮さんは適正持ちですから、他の方よりも優位となると考えます」

「そう、か?」

「はい。適正持ち、激戦である鉄底海峡帰り、飛行場姫の討伐。これだけの要素が揃っていますから」

 

 不知火は何てことも無い様に言葉を発した、が、適正持ちは置いておいても、残りの二つは士郎の実力によってついてきた結果ではない。士郎は助けられた。それだけが事実だ。

 

「鉄底海峡から帰って来られたのも、飛行場姫を倒したのも、木曾たちのおかげだ。……俺は護られただけだ」

「衛宮さんの指揮は特になかったと?」

「指揮なんてしてないぞ。ほぼ寝てた」

 

 指揮できる程士郎は戦況を分かっていなかった。明確に何か指揮、或いは指示を出したと言えるのは、最後の飛行場姫との戦闘くらいだ。それすらも、どちらかといえば士郎の我を押し通しただけ。他者を動かして利を生み出せるほどの行為は行えていない。

 

「まぁ、指揮云々は今後実戦に伴い練度を挙げれば良い事ですし、そこまで悲観しなくても良いかと」

「……随分と評価してくれるんだな」

 

 士郎としては意外としか言いようが無い。何せ、士郎と不知火は初対面である。士郎の情報は出回っているが、それでもその内容は一般人の域を出ないはずだ。仮に適正持ちが有利に働くとしても、不知火一個人がそこまで士郎を評価する理由が分からない。

 不知火は一息つくように、アイスコーヒーを口にした。ストロー越しに黒い液体が飲み込まれていく。それから、彼女は少しだけ嬉しそうに表情を和らげた。

 

「満潮がですね、怒っていたんですよ」

「満潮?」

「はい。彼女は怒っていました。私を前に、衛宮さんの事で」

「……え?」

「それだけで、私は衛宮さんが評価に値すると考えています」

 

 話が読めない。全く読めずに士郎は混乱する。

 

「慕われてますね」

 

 少しだけ。不知火は悪戯っぽく笑った。凛然とした面持からはかけ離れた、年相応の少女としての笑みだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 その後も暫く不知火と士郎は話を続ける。

 鉄底海峡での生活。

 生まれ故郷の事。

 リハビリ生活。

 川内への愚痴。

 作戦への愚痴。

 川内への愚痴。

 

「すいません、大変お待たせいたしました」

 

 疲れ果てた表情で大井が戻って来たのは、それこそ30分以上は経過した後だった。川内はいない。彼女は席に着くなり、アイスコーヒーを一息で半分以上飲み干した。

 

「お疲れですね」

「チッ、人使いが荒いのよ、あの人」

 

 最早取り繕うつもりも無いらしく、大井は低く唸るような声で愚痴を吐く。それでもあの淑女的な様相はところどころ見え隠れする辺りに、育ちが良い事は想像に難くない。

 大きく息を吐くと、大井は改めて士郎へと向き直った。仮面の様に外行きの笑顔を張り付けており、士郎は思わず背筋を伸ばす。

 

「あら、ごめんなさい。私としたことが」

「大井さん、遅いですいや何でもありません」

「申し訳ございません、お呼びしたのに席を空けたままで」

 

 どうも大井はこのままで話を続けるつもりらしい。冷や汗を流す不知火。ここで話の腰を折っても意味が無いので、黙って士郎は大井の意に沿う事にした。沿わざるを得なかった。

 

「少しばかり野暮用がありまして。どうにも人使いの荒い方が多く、困りますわ」

「お疲れ様です」

「ところで、えーと……ああ、そうそう。適性があるかもしれないという話でしたね。不知火、話は――――」

「先ほど致しました」

「ありがとう。ところでだけど、話はどこまで?」

「提督の概要と、適性の発露のタイミング。それと、今後の監視についてはお話をしました」

「そう……助かるわ。殆ど話をしてもらったって事ね」

 

 大井は深々と息を吐き出した。それはただの吐息と言うには重々しく、溜息と言うには感情が無さすぎる。まるでPCが熱気を吐き出すかのような、恒例と化した吐息の吐き出し方だった。

 体内の熱を冷ますかのように、残ったアイスコーヒーを飲み干すと、すぐに2杯目に彼女は手を付けた。川内の分。そして今度はミルクとガムシロップを2個ずつぶち込み、よく混ぜる。

 

「甘いものが食べたいわ。不知火、さっき何が食べたいって言ってたっけ?」

「……う、ウルトラスーパーデラックスジャンボパフェ、ですね」

「じゃあそれをお願い。人数分ね」

「……良いのですか?」

「私の懐から出すんだから文句は言わせないわ」

 

 一転して目を輝かせる不知火。彼女は券を受け取ると、喜々とした足取りでカウンターへと向かった。

 大井はそんな彼女を見届けると、またも深々と息を吐き出す。そして士郎に視線を合わせると、にこりと柔和な微笑みを浮かべた。

 

「先ほどは騒がしくして申し訳ございません。あれでも、戦闘となると一流なんですけどね」

「はぁ……」

「どうやら話を聞く限り、昼にもあれとお話をされたとか。何か失礼な事を言ってはおりませんでしたか?」

 

 あれ、とは恐らく川内の事なのだろう。苦々しげな表情を浮かべる辺りに、彼女は大井にとってのトラブルメーカーなのが良く分かる。日常的に頭を悩ませているのは間違いない。……今日のやり取りを見る分には、そこまで問題があるようには見えないが。

 とりあえず今日の昼の印象のままを士郎は大井に伝えた。つまり、特に問題は無い。

 

「なら、いいのですが……」

 

 不承不承と言った体で、大井は引き下がった。信じていないのは明らかだ。余程川内は信用が無いのだろう。

 それにしても。士郎は思った。大井の眼差しは、つい最近に別の誰かで見たことがある。

 誰だっけか――――と考え、ノータイムで脳裏に叢雲や満潮の顔が浮かんだ。彼女たちの絶対零度の眼差しが浮かんだ。士郎の発言を全く信じていない時に向けられる眼差しだ。

 ああ、それと同じなのか。

 

「……兎も角、川内には衛宮さんに余計な気苦労を掛けない様キツク言っておきますので。もしも何かあるようでしたら、私か不知火に言ってもらえればと思います」

 

 何かちょっかいを掛けに行くことは彼女の中で確定事項らしい。幾ら何でもそんな事をするような人には士郎には見えないのだが、川内とは今日出会ったばかりなのだ。士郎の脆弱な印象で、川内について擁護する方が間違いと言えよう。……そもそも、士郎が何かを言う前に磯波や満潮が追い返しそうでもあるが。

 

「衛宮さんは携帯電話はお持ちですか?」

「いや、持っていない」

「では……こちらを。私直通の内線番号です。お部屋のお電話からかけていただければ、速攻で向かいますので」

 

 つまりは川内が来たら電話しろと。どんだけ信用が無いんだ、あの子は。

 

「出撃も今は落ち着いていますから、ご遠慮は無用です。訊きたいことがあればお答えもしますよ」

「えーと、じゃあ何かあれば連絡をさせて下さい」

「ええ。どうぞ宜しくお願いします」

 

 ずずっ。残りのアイスコーヒーを全て飲み干す。飲み干して、今までの笑顔とは違う、茶目っ気を多分に含んだ笑顔を大井は見せた。

 

「ところで、衛宮さん。甘いものはお好きですか?」

「あー、と。人並み程度には」

「それは良かったですわ」

 

 両手を掴み合わせ頬に添える様に傾ける。そして眼を煌かせる。視線は士郎の背後へ。

 

「さぁ、糖分補給と行きましょう」

 

 

 

 

 パフェを食べてる筈だ、と士郎はぼんやりと思った。それ以外に何を思えというのか。だが、筈だ、の言葉が付くように、状況そのものは異常であった。

 

 はぐはぐもぐもぐあむあむごっくん。

 

 目の前では大井と不知火が一心不乱にパフェを口に運んでいる。基本はアイスクリーム。トッピングのフルーツは缶詰系の色合いのオレンジとサクランボ。かけられているソースはチョコレート。たっぷりの生クリーム。底にはコーンフレーク。オーソドックスと言って差し支えあるまい。

 だが量と言うか、大きさが異常だ。

 どでかいラーメンどんぶりどころか、洗面台程度の大きさはあるであろう透明な器。ぎっしりと詰まったコーンフレーク。これでもかと乗せられたアイスクリーム。そのアイスクリームを覆っている生クリーム。申し訳程度に突き刺さっているフルーツ。これ食ったら糖尿病間違いなしの、明らかに完食させる気の無い下品なパフェ。

 それを大井と不知火は食べている。

 全く顔色を変えることなく食べている。

 何なら大井は半分以上食べ終えている。

 因みに士郎の目の前にも同サイズのパフェがある。

 全く量は減っていない。

 

「早く食べないと溶けますよ?」

 

 不知火の冷酷無情な言葉が士郎に投げかけられる。これを食べきれと言うのか。この風情のへったくれも無い下品な料理を食べきれと言うのか。この糖分と炭水化物を通常の百倍ぐらい増量させた糖尿病まっしぐらなワタシ胃のナカ大紅蓮氷輪丸みたいな料理を食べきれと言うのか。

 

 はぐはぐもぐもぐあむあむごっくん。

 

 食べてる。大井と不知火は食べている。気にせず食べ続けている。艦娘どうなってんの? と言うか気が付けばギャラリーがめっちゃいる。なんか「裏チャレンジメニューか」とか「チャレンジしている奴久しぶりに見た」とか「達成者っているの?」とか聞こえる。艦娘の中でも異常扱いらしい。

 士郎は再びスプーンで一口分すくって口の中に入れる。マズいわけじゃない。食べられないわけじゃない。だが甘い。甘すぎる。甘いのは嫌いじゃないが、ここまで甘いのは好きでもない。半分どころか4分の1も減っていないが、すでに士郎の手はぷるぷると震えてきた。

 

「ふぅ、御馳走様でした。偶には甘いものも良いですね」

 

 嘘だろ、おい。と、士郎は言いたい。士郎が呆然としている間に、余裕綽々の良い笑顔で食べ終えた大井。まだ15分しか経っていない。一昔前のフードファイターか。周囲がどよめく。とてもじゃないが、良い、なんて感想は士郎に出てこない。もうなんか見た目と匂いだけで胸やけしそうだ。これ以上食べられる気がしない。

 出されたものを食べきらないのは主義に反するが、士郎はスプーンを置いた。ギブアップ。熱いお茶が飲みたかった。この甘ったるい感覚を流したかった。

 

「衛宮さん、もういいのですか?」

「……ごめんなさい、食べきれません」

 

 がっくりと、肩どころか全身の力を抜いて士郎は敗北宣言を口にした。胃の中にはまだ全然空きがあるが、糖分が満腹中枢を刺激して満たしてしまっている。もう充分だった。入らないモノは入らない。

 

「そうですね、衛宮さんは艦娘じゃないから食べられませんよね。失念しておりました」

「持ち帰りって出来ます?」

「できますよ。じゃあ、後でお部屋にお届けしますね」

「……大井さん」

「不知火は食べきれるわよね。自分で食べたいって言ってたんだから」

「……はい」

 

 一瞬手が止まった不知火だったが。すぐに動きを再開する。だが眼は死んでいる。最初の時とは違って、もう完全な機械的な動きだ。味わう余裕も無く、ただ食べきる為だけの動き。何とか半分以上は食べているが、完食できるかは怪しいところか。

 士郎は誰かが持ってきてくれたお茶を口にする。甘さで麻痺気味の舌に心地が良い。が、上がり過ぎた血糖値を下げるには全然足りない。

 

「はいはい、見世物じゃないですよ。衛宮さん、もういいですか?」

「え、あ、うん。はい、もういっぱいいっぱいです」

「じゃあ、行きましょうか。不知火、あとお願いね」

 

 そう言って席を立つ大井。言われるがままに士郎も席を立つ。不知火は席を立たない。彼女はまだ無表情で食べている。ちょっと脂汗が浮いている。口の動きが遅くなり、頬がハムスターの如く膨れ始めている。限界が近いのは明らかだ。尚、器の中身は最後に見た時からあんまり減っていない。

 いいの?

 いいんです。

 疑問を含んだ眼差しは、大井の有無を言わさぬ笑顔が切って捨てた。それを肯定するかのように、不知火も強い眼差しで士郎を見て、こっくりと頷いた。ちなみに不知火の頬は相変わらず膨らんだまま。どうもしようもなく珍妙な絵面であった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「もう少しだけ時間を頂いても良いですか? すぐ済みますので」

「はぁ、構いませんが」

「それは良かった。あと、そこまで畏まらなくて結構ですよ。木曾に話している通り、砕けた口調で構いません」

 

 食堂を出て、士郎は大井の後を追って長い廊下を歩く。既に斜陽は地平線の向こう側へ。窓の外は薄暗くなりつつある。空が暗闇に染まるのはもうすぐだ。

 思い出したかのように言葉を発した大井に、士郎は言い淀みをせずに頷いた。満潮たちの大井への疑念が過らなかったわけじゃないが、今更ここで断る訳にも行かない。

 

「どうぞ此方です」

 

 そう言って案内されたのは、

 

「え、入って良いんですか?」

「私が許します」

 

 笑顔の大井。

 だけど士郎は素直に頷けない。

 目の前の部屋。他の部屋よりも幾分か豪奢な造りの扉。

 その部屋には、銀色のプレートで部屋の名前が書かれている。

 『執務室』。

 意味するところの想像は付きにくいが、一般人が入っていい場所では無い事は分かる。

 

「いやいや、流石に俺が入るのは――――」

「他の人には聞かれたくない話が有ります」

 

 遮られ、被せられた言葉。有無を言わさぬ響き。大井は士郎に背を向けた体勢だが、見なくても分かる。きっと彼女は、あの柔和な笑顔を消し去っているのだろう。

 士郎は心音が上がった事を自覚した。忠告が現実となったか。しかして呼吸の一つでそれを無理矢理に抑え込んだ。この場での一番の悪手は、この空気に飲まれて無様を晒す事。瞬時にそこまでを理解し、士郎は虚勢を張る事を選ぶ。

 

「……一応聞くけど、俺じゃなきゃダメなのか」

「ごめんなさい。あとは衛宮さんだけなんです」

 

 あとは衛宮士郎だけ。

 つまり、他からは話を聞いている、という事か。

 与えられた時間は殆ど無い。

 だから士郎は。今の言葉だけで大凡の推測を立てる。

 

「鉄底海峡の事?」

「……」

 

 沈黙は肯定と同義だ。心の中で重々しい息を吐き。士郎は一歩を踏み出た。踏み出て、ドアノブに手をかける。

 

「入るよ」

「はい」

 

 今度は返事があった。だがそれは安堵を感じる様なものではない。

 士郎は一瞬だけ、本当に一瞬だけ躊躇ってから、目の前の扉をノックした。3回。返事は無い。返事は無いが、ドアを隔てた先の空間で、空気が動いたのは分かった。

 

「失礼します――――っ!?」

 

 返事は無いが、わざわざ待つつもりは無い。

 覚悟は決めた。

 だから扉を、少し強めの力で開けた。

 だが開いた先で。そこにいた人物たちに、士郎は顔を強張らせた。

 ――――満潮と磯波。

 

「なんで、アンタが……っ」

 

 それは相手も同じで。

 よく知る黄金色と黒色の瞳が困惑に揺れている。

 

「じゃあ、お話の続きを始めましょうか」

 

 混乱に飲み込まれた士郎たちとは相反して。

 うってかわってまた柔和な雰囲気を張り付けた大井が部屋の中心へと移動する。

 

「衛宮さん、どうぞおかけください。お茶出しますね」




おまけ(と言う名のNG)


※士郎たちが食堂を出て15分後

「完食……ですっ」
「おぉ、ついに駆逐艦で初の完食艦が出るとは」
「最後の方は溶かして流し込みましたね」
「これでウルトラスーパーデラックスジャンボパフェの完食艦は4名か」
「へ? 4人? 赤城さんと、大井さんと、ぬいぬいと……あと誰?」
「隼鷹さんです」
「マジで?」
「はい。お酒のアテとして食べてました。ちなみに最短記録のチャンピオンです」
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。