艦隊これくしょん×Fate/staynight   作:くまー

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約半年ぶりの更新。
世の中まだまだ大変な状況ではありますが、拙作が少しでも皆様に楽しんで頂けたら幸いです。


2-7

 来客用の応接スペース。

 並べられた3人分のお茶。

 並んで座る、士郎と満潮と磯波。

 

 

 

「アンタ、何したのよ」

 

 大井は隣接する別の部屋へ向かった。何やら忘れ物をしたらしい。その隙に、満潮は鋭い眼光を士郎に飛ばす。あれだけ言ったばかりだってのに。言葉にせずとも、眼光が雄弁に語る。

 

「いや、何もしていないぞ?」

 

 正直に。誠心誠意を以て、士郎は答えた。呼び出された内容は想像つかなくも無いが、所詮は想像。確定事項ではない。不確定要素を口にするのは憚れた。

 

「私たちも呼ばれているので、衛宮さんだけの話では無いですよね……」

 

 冷静に磯波は推察を始める。焦っても意味は無い。呼び出された面々の時点で、話の内容はある程度推察できる。逃げられないのなら、せめて脳を働かせる、思考を回す。

 

「すいません、お待たせしました」

 

 早いよ。3人が3人とも、口にはせずとも同じ思いを抱く。大井が隣室に出て戻ってくるまで数秒。交わした言葉は現状確認のみ。作戦会議の暇なぞありゃしない。

 大井は3人の様子など気にする事も無く、対面に腰を下ろした。手にはファイル。変わらぬにこやかな笑み。

 そして―――

 

 

 

「妖精さん。()で、間違いは無いですか?」

 

 

 

 大井の言葉に。

 彼女の肩の上で、僅かに揺らいだ空気の塊。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

■ 艦これ×Fate ■

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 大井に呼ばれた時点で、ある程度士郎は覚悟を決めていた。

 ほぼほぼ確実に鉄底海峡関連の話になると。

 そして自身の出自について疑いを向けられるだろうと。

 恐らくは自分一人対、佐世保鎮守府の面々での話になるだろうとも。

 だからこそ、呼ばれたこの場に満潮や磯波がいるとは思わなかったし、さらには妖精までもが同席する事になるなどとは思ってもいなかった。

 

「衛宮さんが、皆を救った。間違いないですね(・・・・・・・・・)?」

 

 また、空気の塊(妖精さん)が揺らぐ。

 それが頷いている事は、士郎にも分かった。

 いや、頷いているだけじゃない。それ――――いや、彼女は大井の肩からテーブルへと場所を移すと、鎮座するよりも低く居住まいを直していた。見様によっては……否、確実に彼女は士郎に向け、頭を地に付けている。

 土下座。

 だが謝罪の意ではない。

 これは――――感謝?

 

「ま、待って下さい。救ってくれたのは金剛さんです。衛宮さんは一般人で――――」

「磯波。それ以上は金剛さんへの侮辱よ」

 

 磯波が言葉を紡ぐ。声を震わせ、ウソを重ねようとするが、満潮の一言に斬って捨てられる。

 

「金剛さんの妖精さんね。……ずっと見ていなかったけど……そっか、そう言う事か」

 

 満潮は天井を見上げた。彼女の聡明な頭脳は、事態の大凡を把握していた。説明は無くとも、この状況だけで、此処までの経緯を察したのだ。

 

「妖精さんだけが此処にいるって事は、金剛さんは――――」

「まだ確定ではない。ただ、薄いわね」

 

 薄い、とは可能性が。その可能性が何を指すか等、全てを語る必要は無い。事細かな説明をしなければならない程、此処にいるのは察しの悪い面々ではない。

 

「だけどすでに横須賀の鎮守府は、その可能性を考慮した上で艦隊の再編をしているわ。一縷の希望に縋って、足を止めているわけには行かないもの」

 

 大井の言葉は、実に冷静で、怜悧で、乾ききっていた。事実を事実として口にしただけの言葉。そこに感情は含まれていない。何の色も入っていない。悲しみも、無念も、落胆も、呆れも、何も無い。

 判明している事実に即するだけ。

 その発言だけで、彼女が艦娘として、何度も死線を、境目を、地獄を。潜り、駆け、そして戦い抜いてきたことが分かる。

 

「金剛さんの妖精さんは、ずっとあの海域にいたのですか?」

「ええ。正しくは貴女たちが拠点としていた海洋研究所ね。そこにいたわ。川内たちが寄った際に、会うことが出来たの」

 

 飛行場姫の生死の確認の為、佐世保鎮守府は定期的に調査隊を送っている。だが調査するのはかつて飛行場姫の出没が確認されたルートが大半で、既に破棄された海洋研究所にまで調査の手が伸びる事は無かった。

 

「会えるとは思わなかったわ。何か忘れ物が無いかくらいの気軽さで立ち寄ったみたいだけど、それが功を奏したわ」

「……他には、誰か、」

「彼女1人だけって聞いているわ」

 

 磯波の言葉に大井は被せた。最後まで言わせず、しかしその意図を汲んだ言葉。……僅かな希望を、潰す言葉。

 

「この子はずっと金剛さんと一緒にいたみたいね。……最期の、最期まで」

「金剛さんは……どうなったの?」

「……加護が消し飛ぶくらいの一撃を貰って、その後の事は覚えていないみたい」

 

 加護が消し飛ぶ。士郎にその意味は分からないが、所謂致命傷になりかねないモノであろうことは想像がついた。

 戦艦である金剛が、致命的な傷を喰らう程の状況。

 つまり、士郎が無理を通して迎撃したと思った飛行場姫は。

 あの時点ではまだ死んでおらず、それどころか余力を持っていたという事に他ならない。

 

「冷たいようだけど、夢と希望を今後の指針に組み込むことは出来ないわ。金剛さんの事を諦めろとは言わないけど、賢明な判断を期待するわ」

「……分かって、います」

「そう。じゃあ話を戻すわね」

 

 様相はそのままに、大井は士郎に視線を向けた。

 相変わらずの微笑み。だがそれが張り付けただけの笑みである事は明白だ。

 

「衛宮さん。妖精さんから話を聞きましたわ。金剛さんの事。荒潮と雷の事。飛行場姫の事。……彼女が知る限りの、全てを」

 

 大井の口調はどこまでも柔らかい。まるで世間話をするような気軽さ。その口から出る言葉に気を配らなければ、絆され、不用意に滑らせてしまう程に。

 

「ただその中で一つだけ、どうしても納得が出来ないモノがあるんです」

 

 その様相のまま、大井は士郎に自身の視線を絡めた。

 緊張に喉がへばりつく。

 それは士郎だけでなく、満潮と磯波の2人も同じだった。

 

「衛宮さんが、飛行場姫に傷を負わせ、逃げる時間を稼いだと」

 

 

 

「詳しく、お聞かせ願えますか?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 まぁ、そうなるよな。気付かれないよう、ゆっくりと、静かに、細く息を吐き出しながら。士郎は予想通りの展開に、震えそうになる思考を可能な限り抑えつけた。

 

「待って下さい!」

「いや、大丈夫だ」

 

 磯波が声を上げるが、それを士郎は制した。大井が妖精から大方の事を既に聞いているのは間違いない。今更士郎が何もしていないと押し通そうとしても、それはすぐにでもバレてしまう虚言にしかならないのだ。

 

「……正直、俺も良く分かっていない。その上での説明で良いか?」

「構いませんわ」

「衛宮さん、待って下さい! それは――――」

「大丈夫だって」

 

 士郎は磯波を安心させるべく、笑顔を彼女に向けた。本心を言えばこれから自身が行うことに、大丈夫である保証は何も無い。だがここで磯波が無暗に士郎を庇っても、意味は為さないだろう。寧ろ彼女の立場を悪くするだけだ。

 ならば。どんな結果が待っているにせよ、立場や今後が悪くなることが濃厚であれば、そうなるのは自分だけでいい。

 

「説明の前に、先に教えてくれないか。妖精さんは、何と?」

「……衛宮さんが、不可思議な技術を用いたと」

「そっか。それは、剣を投擲したとか、そんな感じか?」

 

 隣で満潮が静かに歯を食いしばり、磯波が息を呑む。

 そして大井は。少し困ったように頷いた。

 

「その通りです。より正確には、何も無いところから射出したと」

 

 ああ、やっぱり。ワザと暈したところに正確な補足が入れられたことで、士郎は理解した。魔術を使用した事について、大井が把握している事を。つまりは、言い逃れは最初から不可能だったわけだ。

 

「ハッキリと申し上げさせてもらえるなら、私は妖精さんの言葉の内容全てを信じられているわけではありません。衛宮さんが艦娘や深海棲艦ではない普通の人間であることは、ここ数日の検査から分かっている事ですし。……ですが、彼女たちが嘘を吐くとも思えません」

 

 選んだ言葉。大井が現状の事実に苦慮している事は容易に想像がついた。自分たちが不可思議な存在であるからこそ、大井は士郎の不可思議な技術を理解しようと努められる。これが普通の人間なら、早々に妄言として切り捨てるだろう。

 士郎は大凡の状況を把握すると、周囲の誰にも悟られぬ様に、思考の熱を逃がす様に息を吐き出した。

 

「申し訳ないが、大井さんの望む答えは出せないと思う。それについては本当に俺も分かっていない。あの時は無我夢中で、ただそうする、そうしなければならないと思った。それだけなんだ」

「……つまり、口で説明をできる類では無いと」

「ああ。その通りなんだ」

 

 嘘ではない。士郎はあれが魔術だと分かっている。投影魔術だと知っている。その昔に養父に止められた魔術である事を理解している。

 だがあの術を行使するにあたって。

 何故あれほどまでに精巧な剣を投影することが出来たのか。そして魔術回路を一から作らずとも魔力を回路に流すことが出来たのか。

 それが分かっていない。投影魔術であること以外を知らない。結果に至るまでの経過を理解していない。

 

「では、剣を射出することは出来ないと」

「ああ……いや、違うな。出来るかもしれないが、出来ないかもしれない。説明が出来ないモノ、理解出来ないモノを扱うのが怖い」

 

 これも嘘ではない。投影自体は行えるだろうが、あれほどまでに精巧で強力な剣の投影は士郎にとって身に覚えが無い。怖いと言うのは便宜上の言葉だが、過程の説明ができないものは、余程の事が無い限りは使う気にはなれないのは事実だ。

 大井はそれを聞いて、僅かに目を伏せた。考える様に、二度小さく頷く。

 

「見せてもらう事は難しい。そう言う事ですね」

「ああ。何がどうなるか分からないモノは、使えない」

 

 どこかで誰かが言っていた。バレにくい嘘とは、事実の中に僅かに混ぜる事だと。

 士郎は大井の問いかけに、断言を以て答えた。何も嘘を言っていない。何一つとして騙しも騙りもしていない。全てが本当の事だからこその断言。

 ただ。余計な事を言わなかった。それだけだ。

 

「……成程。緊急事態でない限りは、使うことはしたくない、と」

「そうなるな」

「うーん……まぁ、そうですよねぇ……」

 

 困ったように大井は米神を叩いた。逆の立場であれば、きっと自分も同じような顔をするであろうと士郎は思った。士郎なりに言葉を選び、それなりに秘密を曝け出してはいるが、第三者の目線として事を見るのなら、納得しがたいものではあるのだ。

 否。そもそも。

 どこの誰が、何も無いところから剣を出して射出すると言う、その事実を見もせずに信じられると言うのか。

 

「衛宮さんの気持ちは分からなくはありませんが、それでは納得できない。それが私の意見です」

「……ですが、大井さん。衛宮さんの言う事は、」

「分かっているわ、磯波。妖精さんや貴女たちの事までは疑いたくはない。ただ、今の事実だけで上が納得するかと言うと、ねぇ……」

 

 大井は溜息と共に、全くの自然に言葉を吐き出した。平時であれば聞き逃してしまいそうな、そんな具合。

 だが3人は。その言葉を聞いて。

 空気が変わった。

 正しくは、変えられた。

 上。その言葉を。その発言を聞いて。

 横っ面を全力でぶん殴られたかのように。

 士郎は己の心が冷え、一段と心臓が強く跳ね上がった事を自覚し。

 満潮は口を真一文字に結び、奥歯を割れん程に噛み締め。

 そして磯波は――――

 

「う、え……? 大井さん、それって……」

「ん? そりゃあ、上は上よ。艦娘だけで留めておくべき情報じゃないでしょう?」

 

 それは呆れを多分に含んだ言葉だった。出来の悪い子を諭すような言い方だった。何を馬鹿な事を、と。そう言いたげにすら聞こえた。

 だが、その言葉は。

 この場にいる面々にとっては、最悪の宣告に等しく、

 

「っ!」

 

 迅速だった。士郎は思った。

 俊敏だった。満潮は思った。

 最速だった。磯波はそう思った。

 自身たちの行動を、選択を3人はそう評せた。手段はともかくとして、そこに移すまでの行動も決断も。思考や予測をすっ飛ばした、反射的と言ってもいい速さだった。

 

 だが。

 大井(佐世保最強)はその上を行く。

 

 磯波が感情に任せてテーブルへと身を乗り出し。それを止めようと士郎が手を伸ばし。次の行動を予測して満潮が腰を上げ。

 だがその瞬間には、彼女の取るべき行動は終わっていたのだから。

 

「うぐっ!」

「動かないで」

 

 神速の左手。抵抗の暇もなく机に叩きつけられた磯波。そしてその米神に押し当てられる銃口。

 

「それ以上は、庇い切れないわよ」

 

 何てことの無いように。そして磯波を見る事無く。

 士郎に視線を向けたまま、そう大井は言い放った。

 

「何が、庇うですか……っ」

「満潮並とは言わないけど、その半分くらいは冷静でいて欲しいんだけどね」

 

 行動で、言葉で、磯波を――――いや、3人を制する。抵抗は無駄だと。

 ……それだけではない。

 自身に向けられた視線で、士郎は大井の真意を察した。

 

「本来なら罰則に則って処分を決めるけど、今回は特に問うつもりは無いわ。だからもう少し大人しくしてもらえないかしら?」

「何が罰則ですか。私たちを見捨てた鎮守府に何も期待していませんよ」

「随分と恨まれたものね」

「何を今更。どうせ私たちなんか処分するくせに。使えない駒なんて必要ないですもんね」

「止めなさい」

「処分するなら好きにどうぞ。私は――――」

「磯波、止めてくれ」

 

 士郎は磯波の発言を遮った。磯波がこうも声を荒げ、反抗心を露わにしているのが士郎の為であると。それが分からない程、士郎は事の状況を把握できていないわけでは無い。

 だがこれ以上口を開けば。これ以上を目に見える形で行動に移せば。

 彼女の後戻りは叶わないだろう。

 それは士郎の本意ではない。

 

「大井さん。すまないが回りくどい話は止めてくれ。俺は何をすればいい?」

「……察しが良くて助かります。ですが、交渉としては下ですね。容易く自分を売るのは感心しません」

「一番簡単で、誰も損をしない解決方法を知りたいだけだ」

「損をしない、ですか。響きは結構ですが、その損という言葉に、衛宮さん自身は含まれていないように聞こえますね」

「含んでいるさ。含んだ上で、それが最善ならそうするだけだ」

「衛宮さん……止めて下さい」

 

 懇願するように。一転して弱々しい言葉を磯波は吐いた。これからの事を察したが故の言葉だった。

 

「私なら大丈夫です。だから、こんなところで口車に乗る必要は無いんです」

「……磯波。諦めなさい。コイツは、こう言う奴よ。知っているでしょ」

「満潮ちゃん!」

「今更嘘を重ねることに意味は無いわ。それに、決めるのは私でもアンタでも無い。そうでしょう?」

「だけど……」

「それと、大井さんを真似るわけじゃないけど、今回ばかりはアンタは短慮が過ぎるわ」

 

 呆れを多分に含んで、満潮は磯波を制した。制して、士郎に挑発的な視線を向ける。

 

「で、士郎。アンタはどうすんの?」

「何をするかは大井さん次第だろう。俺が知る限りは話し切った。それでも(・・・・)って話なら従うさ」

「賢明ね。思ったより冷静みたいで良かったわ」

 

 士郎の意思を確認すると、満潮はソファーに深く座り直した。そうして腕を組み、目を瞑る。士郎に全てを一任したと言う、言外の意思表示。

 それを見て、磯波も抵抗を止めた。強く強く歯を喰いしばった後、押さえつけられた体勢のまま、大井を睨み付ける事も、士郎への懇願も、何もかもを止めた。士郎に全てを委ねる事にしたのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「で、俺は何をすればいい?」

「そうですねぇ……」

 

 現況が大きく変動したにもかかわらず。少なくとも表面上は、大井の様相は変わらないままだった。

 動揺も、困惑も、何も無い。

 満潮たちの士郎への度が過ぎる信頼を目の当たりにしても、彼女の冷静さに陰りは無かった。

 

「まぁ、私たちが知りたいのは……剣を射出できるかどうか、では無いんですよね。興味が無いわけでは無いですが、そこは話の肝ではありません」

「……技法が目的じゃないなら、今後の話か?」

「ご察しの通りです。もう少し正確に言うのなら、衛宮さんが味方となり得るか、ですね」

 

 一息を置くように、大井はそこで言葉を切った。磯波から手を離し、自身も深くソファーに座り直す。

 

「衛宮さん。貴方の立場は危うい。その自覚はありますか?」

「あぁ、まぁそこは……満潮たちにも言われているからな」

「なら話は早いですね。衛宮さんが艦娘の事を知り過ぎましたのは勿論ですが、それ以上に問題となるのが、単騎で深海棲艦を打倒しうる力を持っているという事です。これが公になれば、貴方にとっての敵は深海棲艦だけじゃ済まなくなります」

「……他の国も、って事か?」

「ええ。衛宮さんには、それだけの価値があります」

 

 贔屓目無しに士郎を見るのであれば。艦娘についての知識を所有するだけでなく、強大な深海棲艦を倒せるほどの不可思議な術を行使できる、全く新しい存在として見られることは想像に難くない。その良し悪しは別としてだ。

 

「他の国に渡られるくらいなら、手元に置いておきたいと」

「理解が早くて助かります。……ですが、その考えはあくまでも『衛宮士郎が自身の力を制御できている』事が前提の条件となります」

「制御、か」

「ですから今の衛宮さんの、制御できない、という話が本当であるのなら、事情は大きく変わります」

「……あぁ、言いたい事は分かるよ。今の俺に手元に置いておくには危険だと」

「ええ、その通りです。言い方は悪いですが、何時暴発するかも分からない兵器に、価値を見出すことは難しいでしょう」

 

 兵器の前提条件の一つは、運用するにあたって制御が出来る事。勝手に動き、敵味方の双方に被害を与える可能性の高い兵器に、価値を見出せないのは当然の事だ。

 

「他国に奪われた上に、その力を制御をされるようになっても困る。非常に嫌気が差す言葉ですが、おおむね上の評価はそうなっております。」

「なら、俺がこの技術を制御できれば、上から認めてもらえるのか?」

「極論を言えばそうですね。ただ、幾ら有用とは言え、衛宮さんはあくまでも個人です。組織が個人の為に悠長に待つ事はないでしょう」

「今すぐ制御しろと」

「叶うのであれば、そうですねぇ」

 

 期待はしていない。そう言いたげな言葉を大井は口にした。

 ……加えて、恐らくだが。

 上も同じ見解である。

 大井の態度から、士郎はそう察した。

 

「お気づきだとは思いますが、衛宮さんの今後の生活は、決して自由を望めるものとはならないでしょう」

「あぁ……まぁ、それはそうだろうさ」

「加えて、鎮守府の庇護下に入ったとして、良い未来を約束する事も出来ません」

「……それは、庇護下に入っても、モルモットとして実験を重ねられる可能性があるからか?」

「そうですね。……深海棲艦程ではないにしても、検査と称した苛烈な実験がされることは、否定はできません」

 

 きっと。この先士郎は、自身が持つ多くの情報を、長い年月をかけて絞り出されるだろう。

 本人が記憶している以上の事を、そして自覚は無くとも保有している事を。

 情報を、技法を、経験を、士郎自身を構成する全てを。

 そうして、用済みになれば。情報を漏らされぬよう、細胞一つ残らず消される。

 それを確たる未来として。士郎は想像する。

 

「ただ……そうなると、厄介な事があります」

 

 ふぅ、と。大井は皆に聞こえるくらいの大きさの息を吐き出した。そして初めて、浮かべていた笑顔を少し困り気に歪ませた。

 

「そこの満潮や磯波を始めとして、衛宮さんを慕う方が多い事です」

 

 大井は持ってきたファイルを開くと、士郎たちに見える様にテーブルの上に置く。

 そこにあったのは写真と、各自のこれまでの経歴や練度が記載されたデータシート。

 士郎をはじめとして、満潮や磯波は勿論、木曾や望月、叢雲、三日月の、全員分のデータシートがある。

 

「2人がそうであったように、きっと皆も衛宮さんの今後を聞けば、当然の如く反抗することが予想されます」

 

 当たり前です。そう言いたげに、士郎の隣で磯波は鼻を鳴らした。士郎に一任すると決めたとはいえ、色々と腹に据えかねているのだろう。そんな事が分かるくらいにあからさまな態度だった。

 

「それは鎮守府としても望むところではありません。特に練度が40を超えている木曾や、それに近しい練度の望月と満潮。彼女たちの求心力が落ちるのは見過ごせない損失となります」

「……ふん」

「磯波」

 

 今度は不満たらたらに磯波は鼻を鳴らした。流石にマズいので、注意の意味も含めて士郎は彼女の名前を呼んだ。

 

「いえ、いいのです。衛宮さんが慕われているのは知っていますから。彼女からすれば、私を含めた上の判断が気に入らないモノであるのは、想像に難くありません」

 

 大井は気にした素振りを見せる事無く、すっかり冷めたお茶を口にした。

 

「とは言え、1人1人の望みを叶えられる程の余裕も力も上に無いのが事実です。どうしても切り捨てざるを得ない望みは出て来てしまいます」

「……俺は、そっち(・・・)のほうだと」

「理解が早くて助かります」

 

 満潮は強く、爪が食い込むほどに手に力を込める。

 磯波は強く、割れんばかりに歯を噛み締める。

 そして士郎は。自分の内心で冷たく重いものが広がるのを感じた。

 ハッキリと。大井は口にした。

 上は、士郎を見捨てる方の検討をしていると。

 

「とは言え、先ほども申し上げました通り、そう易々と事は進みません。現実的な話をするのなら、此処から何度も衛宮さんの今後について上で議論がなされるでしょう」

「なら、その間に俺自身が能力を制御できれば、有用性は示せると」

「それが望ましい事ではありますね。ただ、嘆かわしい事に上も完全に一枚岩と言う訳ではありません。それはつまり、いつまでも議論が決着しない可能性もあれば、今すぐにでも裁定が下される可能性もあります」

「俺に残されている時間も定かでは無いと」

「仰る通りです」

「……そして、有用性を示したところで俺の先の保証が為されるわけでも無いと」

「仰る通りです」

 

 ああ、そりゃ良くはない。士郎は大きな溜息を吐き出したい気分だった。

 大井の言葉を信じるなら、士郎の未来は確定的だ。モルモットとして生きる。現時点では士郎1人だけだから、生命に支障が出る様な過度な実験はされないかもしれないが、その力の解明の為だけに一生の拘束は避けられまい。

 もう、元の生活に戻ることは叶わない。

 可能性の話では無い、確定的な未来が。士郎の心に重くのしかかる。

 

「此処まで色々とお話させて頂きましたが、状況についてはご理解いただけましたか」

「あぁ……存分に」

「では次の話へ移りましょう」

 

 まだあるのかよ。気持ちの切り替わらなさからそう吐き捨てたくもなるが、士郎は寸でのところで飲み込んだ。代わりに溜息。状況は個人の心情や決断を待ちはしない。我儘が通用するほど、自身の立場は良くないことを、士郎は理解している。

 

「と言っても、身構える程の話ではありません。私の心情話です」

「……ん?」

「先ほど申し上げました通り、上はまだ衛宮さんへの今後を決定しておりません。つまりは衛宮さんには不透明とは言え猶予があります」

「……」

「そして、衛宮さんは先ほどの面々に――いえ、木曾にも慕われています」

 

 何を言いたいのだろうか。分からず、疑念はあるが、士郎は黙って大井の話を聞く事にした。今口を挟むのは余計と思えた。

 

「木曾は数日以内に横須賀から戻って来るでしょう。衛宮さんに会えることを楽しみにしていると思います」

「……」

「ですが、きっと今の話を聞けば……いえ、きっとでは無く、確実に木曾は怒る事でしょう。最悪、反抗を企てるかもしれない」

 

 それは無い、とは言えない。士郎自身の自惚れではなく、木曾は人の為に感情を露わにする子だ。彼女が静かに怒りを湛えるその場面を、実に明瞭に士郎は思い浮かべることが出来た。

 

「私は姉として、あの子のそんな未来を見たくはありません。何とかしたいと考えています」

 

 流れが変わったのか。そう士郎は思った。今までの話では彼女は規定側で、士郎の処遇については上に従うものだと思っていた。だが今の話だと、木曾の為とはいえ、どうにかしたいという考えである様にも受け取れる。

 ……だが、

 

「ただそうは言っても、難しんですよねぇ、本当に。……どれくらいかというと」

 

 そんな士郎の浅はかな考えは、次の大井の行動で否定をされる。

 

 

 

「ここで、いなくなった事(・・・・・・・)にするのが一番手早なくらいに」

 

 

 

 大井は言葉を切ると、先ほど磯波に突き付けた銃を士郎に向けた。

 照準は士郎の眉間。

 引き金には人差し指。

 そして大井自身は変わらぬ笑顔。

 突発的とも言える、士郎自身、全く予想していない展開だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「先に言っておきますが、これは本物です」

 

 くるりと。玩具を扱うような手軽さで、大井は銃口を下に向けると、自身の左の掌に向けて引き金を引いた。

 パシュッ。

 士郎の耳に聞こえたのは、そんな音。映画やドラマで耳にするのとは、全く音の質が違う発砲音。

 

「音が出ないようサイレンサー付きですが……ほら」

 

 開いた掌。零れ落ちる銃弾。そして摩擦による僅かな血。

 

「艦娘ならともかく、人1人の命を奪うには充分です」

 

 ただの拳銃であれば撃たれても、艦娘なら大した痛手にならないという事か。大井からすれば自分が本気であることを示すための示威行為のつもりだろうが、士郎は別の意味でも戦慄をせざるを得なかった。

 その間に、またくるりと銃口が戻される。士郎の眉間に戻される。

 人差し指は掛かったまま。

 いつでも彼女は、引き金を引ける。

 いつでも彼女は、士郎の命を奪える。

 いつでも彼女は、士郎の命は奪える。

 

「俺を殺したとして、満潮と磯波はどうするんだ?」

 

 努めて冷静に、士郎は疑問を口にした。

 死んだ後の事。

 己の死は避けられないものと仮定して、今時点で一番気になる、その後の2人の処遇。

 

「それは衛宮さんの気にされる事では無いです」

「反抗の意志ありとして処分されるのか?」

「その可能性がある、とだけお答えします」

 

 言うつもりは無いと来た。これから死ぬ人間と会話する趣味は無いという事か。

 大井は笑顔だ。声には震えも躊躇いも何も無い。完璧と言ってもいい仮面の被り方。士郎では彼女の本心を読み取ることは叶わない。

 

「アンタは?」

「私、ですか?」

「ああ。上は俺をモルモットにしたいんだろ。……殺して、口封じして、それでアンタはどうなる」

 

 冷静に。士郎は会話をしながら思考する。何故大井がこのような凶行に及ぼうとしているのか。それを解明する必要があると、士郎は本能的に察していた。そしてそれが、己の今後に繋がるとも。

 隣では磯波が怒りに身を震わしている。満潮は何も言わず、代わりに少し大きめに鼻を鳴らした。

 

「あら、私の身の上を心配してくれるのですか。お優しいですね。……ですが、ご心配なく。それこそ、衛宮さんが気にされる事ではありませんので」

 

 大井の仮面は相変わらず崩れない。だが恐怖に支配された当初とは違い、言葉を重ねた事で少しばかり士郎は落ち着きを取り戻していた。

 無論、完全に消し去れたわけじゃない。

 死ぬ事は恐ろしい事だ。銃と言う、殺傷する以外の使い道が思い浮かばない得物なら尚更。指の動き1つで生殺与奪を握られている感覚は、言葉以上の疲弊を強いている。

 

「姉のアンタに何かしらの処分を下されたら、木曾が悲しむだろ」

「それも衛宮さんが気にされる事ではありません」

 

 木曾の名前を出しても、大井の仮面には陰りが無い。余計な事を言うつもりは無い。そこに確固とした意志を感じる。

 それこそ、不自然なくらいに。

 

 違和感。

 

 言葉にし難い、感覚的な引っ掛かり。

 だがそれを覚えるということは、何かしらの経験なり記憶があるという事だ。

 ただ言語化が出来ていないから、違和感と言う範疇に収まるだけ。

 なら、会話を続けながら、それに形を与えるように纏めればいい。

 

「……今までの話だと、この行動はアンタの独断になるんだろ。一番の悪手だと思うんだが」

 

 そもそもの話、殺すつもりならさっさと引き金を引けばいい話だ。そうせずに、士郎の問いに律儀に応えようとするというのは、何かしらの意図がある。死ぬ事の方法を目に見える形で具現化させることで、何かしらの情報を得ようという魂胆なのか。だがこんなことで得られる情報なんて――――

 

『……成程。緊急事態でない限りは、使うことはしたくない、と』

 

 大井の言葉が士郎の脳裏に蘇る。緊急事態。即ち、自身の死を前にした、今のような状況。

 使えと。そう言う事なのか。

 だがここで投影魔術を使うことに、何の意味がある。見せる事に何の意味がある。

 見せたところでモルモットである事に変わりは無いわけで。

 分からない。士郎には大井の意図がまだ分からない。

 

「いい加減にしてください、横暴が過ぎます!」

「……磯波、落ち着きなさい」

「落ち着きなさいって……っ! 満潮ちゃんはっ! 何でそんな落ち着いていられるのっ! 明らかにおかしいでしょ!?」

「そうね、おかしいわ。……でも、私たちが騒ぐことに意味は無いわ」

 

 満潮は冷静だ。磯波と反して、落ち着き払っている。まるで、大井の意図が分かっているかのように。……いや、ように、ではない。実際彼女は分かっているのだろう。その聡明さで、士郎や磯波よりも事の真実に辿り着いているのだ。

 満潮の冷静さに引きずられるように、士郎の思考は今までのやり取りを思い返していた。絶対に何かしらのヒントがそこにはある。満潮自身は此処に来た当初は士郎たちと同じく困惑していたのだ。彼女の態度が事を解き明かす何よりの手がかりだった。

 

 態度。

 

 そう、態度だ。

 此処に来て満潮が言葉を発した回数は決して多くない。士郎の様に驚くことも、磯波の様に怒る事も無く。ただただ冷静に事の把握に努めていた。

 だがその中で。彼女は大井に向けてでも磯波にでも無く。士郎に向けて、明確な言葉を発していた。

 

『賢明ね。思ったより冷静みたいで良かったわ』

 

 冷静である事への安堵。磯波との態度の対比。

 あの時点では、士郎の回答が満点でなくとも、及第点ではあったのだ。

 一度構築しかけたパズルのピース。それを壊して、もう一度構築し直す。

 大井が見ているのは何だ? 望んでいるのは何だ?

 やはり、投影魔術を使えることの証明なのか?

 

 ―――否。否定。違う。

 

 大井は言っていた。それ(技法)は目的で無いと。

 何が目的と言っていた?

 確か彼女の話の肝は――――

 

「……」

 

 士郎は静かに、磯波の喧騒に紛れる様に息を吐き出した。体内の熱を逃す様に、ゆっくりと、絞り出す様に。

 肺の中の空気を入れ替える。心音は意外な事に落ち着いていた。

 それから、目の前で怒り心頭の磯波の襟を掴んだ。

 

「大丈夫だよ、磯波。平気だ」

「だからっ……なんでっ」

「平気だよ」

 

 落ち着ける様に、力強く士郎は言い切った。そして無理矢理に彼女を座らせる。

 その間にも。銃口はブレることなく士郎に向けられている。だが恐怖は大分薄まった。それよりもそんな事に慄いてはいられない。

 士郎は大井の両目を見据えた。髪と同じ茶色の眼と視線がぶつかり合う。

 

「大井さん、俺の能力に危険性が無いとは言えないかもしれない。純粋な味方とは言えないかもしれない」

 

 空間が凍結する。

 大井は銃口を向けたまま。

 士郎は銃口を向けられたまま。

 満潮は全く変わらぬ様相で。

 磯波は困惑しつつも何かあれば飛び出る様に身構え。

 そこだけが切り取られたかのように、全員の動きが止まる。

 

「だけど、俺自身は木曾や満潮、磯波たちとの敵になるつもりは絶対にない」

「……」

「信じてくれと言っても難しいだろう。だから教えてくれ。俺は何をすればいい?」

 

 出会って数日。会話は昨日までだったら数える程度。

 そんな人間に無条件の信頼など、預けられる筈が無い。

 だから士郎は問う。どうすればいいのか。何をすればいいのか。

 何を望んでいるのか。

 

「……全く。交渉に関しては、本当に下の下も良いところですね」

 

 沈黙を置いて。問いを投げかけられた大井は、これまでの笑みから一転して、淡く微笑む様に口角を上げた。張り付けた笑顔ではない、彼女の本心が垣間見えるような笑み。

 それから銃を降ろすと、士郎に向けて深く頭を下げた。

 

 

 

「衛宮さん。試すためとはいえ、此処までの数々の非礼の言、心からお詫びします」




おまけ(と言う名のNG)


※その頃の食堂

「あ、三日月。ちょうどいいところに……って、何よそれ?」
「あら、叢雲? これね、衛宮さんへのお土産」
「お土産って……何が入っているのよ、そのタッパーの中。随分とぎっしりつまっているみたいだけど」
「ウルトラスーパーデラックスジャンボパフェ」
「!?」
「ウルトラスーパーデラックスジャンボパフェ」
「え、聞き間違いじゃなくて?」
「うん、ウルトラスーパーデラックスジャンボパフェ」
「えぇ……何で?」
「衛宮さんがチャレンジしたけど食べきれなかったみたい」
「馬鹿じゃないの、アイツ」
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