艦隊これくしょん×Fate/staynight   作:くまー

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書き上げてから2,3日置いてもう一回見直すと、何かと修正したくなる不思議。それも本当に細かいところばかり。
キリがないので一旦上げます。でもまたちょくちょく修正するかもしれません。

※22/6/26 誤字脱字修正


2-10

 ――――イチマルマルマルマル。

 佐世保鎮守府、薄葉提督執務室。

 

 

 

 警報が鳴った。

 執務室の天井に設置された、何の変哲もない丸い機械。

 そこからまるで不安をかき立てるかの様に。直前までの和やかだった空気を斬り裂くかの様に。

 警報が鳴った。

 

「隼鷹」

「大井」

 

 大井と隼鷹は互いの名を呼んだ。他に言葉は無い。会話にすらなっていない名前だけの音の羅列。視線を交わすこともない。

 だが。たったのそれだけで、ただの名前だけで、或いはその声色だけで。2人は互いの意志を疎通していた。

 

「衛宮さん、ありがとうね」

 

 隼鷹はそう言うと、先ほど士郎に手伝ってもらいながら用意していた式神を掴んだ。そしてお礼もそこそこに、何故か窓から外へと出て縁に立つ。彼女は激しく動くには適さない豪奢な服を着用していたが、汚れる事も厭わずに、そのまま器用に壁を伝って上へと昇って行く。

 だが此処は3Fである。

 突然の奇行に固まる士郎と磯波であったが、その2人を待つほど時間は優しくない。

 

「磯波。衛宮さん連れて脱出なさい。正面玄関から、早く」

 

 大井は投げ捨てるかの様に言葉を発すると、隼鷹を追うようにして窓へと向かった。そしてそのまま水平線の先へと目を凝らす。

 いったい何事かと。士郎としてはそう訊きたかった。先ほどの警報に、一変した2人の空気。安全な筈の佐世保鎮守府にいながら、あの鉄底海峡に似た空気を彼は感じていたのだ。

 だがその隣で。まるで覚悟を決めるかのように、固く横一文字に唇を噛み締める磯波を見て。士郎は訊こうにも訊けず、そのまま口を閉ざす。

 

「急ぎなさい」

 

 もう柔和な笑顔はどこにも無い。振り返った彼女は、何も浮かべてない全くの無の表情のまま、士郎と磯波に告げた。

 

「深海棲艦よ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

■ 艦これ×Fate ■

 

 

 

 

 

 

 

 

 ここが普遍的な建物であれば、突然の警報にどこもかしこも騒ぎにもなるだろう。だがここは、日ノ本を護る最前線である。

 磯波に引っ張られながら執務室の外に出た士郎を出迎えたのは、存外に静まり返った廊下だった。

 

「急ぎましょう」

 

 磯波は言葉少な気に士郎を先導する。耳をすませばどこからか声や駆ける音が聞こえるが、それにしたって静かと言えるレベルだ。尤も、引っ張られている士郎には、そこまでを気にする余裕は無いが。

 

「ちょっと待ってくれ、磯波!」

 

 磯波と士郎では体格が大きく違うが、彼女はそんな事を気にもせず士郎を引っ張っていた。踏ん張りすらも効かずに引っ張られるままの士郎。それは些か奇妙な光景かもしれない。

 だが。忘れがちであるが彼女は艦娘である。幾ら筋肉質であろうと、たかだか100kgにも満たない肉の塊を引っ張るなど、朝飯前の所業である。決して士郎が非力なわけではない。

 

「磯波、待っ、痛っ!」

 

 一向に磯波から耳を貸す様子が見られないので、士郎は全力でその場に踏ん張ろうとする。だがそれすらも無駄な抵抗に終わり、その場で転んでしまう。

 流石にそのまま引き摺るわけには行かないので、磯波は足を止めた。漸く足を止めてくれたか、と士郎が安堵する間もなく、まさかのまさかに磯波は士郎を抱え上げた。

 

「!?」

「衛宮さん、このままで失礼します!」

 

 横抱き、或いはお姫様抱っこというやつ。

 たったったったったっ。士郎を軽々と抱き上げた状態のままでありながら、磯波は変わらぬスピードで駆けた。そして早々に中央階段まで出ると、そのまま階下へ降りようとする。

 

「い、磯波! 待ってくれ!」

「いいえ、待ちません」

 

 有無を言わさずに士郎の言葉を切って捨てる。ともすれば冷徹であると言えるほどの声色。だが彼女はこれまでの付き合いで、士郎の人となりを把握している。士郎が何を言い出そうとするかくらい、分からないはずが無い。

 

「衛宮さんを絶対に傷つけさせません」

 

 士郎の、恐らく言わんとしようとしていた事への返答。会話を数段飛ばしての返答である。が、それはそれだけ磯波が士郎について深く理解しているからこその所業に他ならない。

 きっと士郎は。この場に残り、深海棲艦と戦うと言うだろう。或いは避難誘導など、彼でも出来る事を探そうとするだろう。

 彼を取り巻く状況の悪さも、立場の危うさも、磯波を始めとする皆の想いも、何もかもを気にせずに。

 

 何せ士郎には、磯波がそんな想定をしてしまう前科がある。

 

 磯波の助太刀の為に深海棲艦に飛び掛かった。結果、彼は高熱を出し身動きが取れなくなった。

 皆を救おうとして摩訶不思議な術を駆使した。結果、彼はひと月もの間目を覚まさなかった。

 磯波は奥歯を噛砕きかねないほどに噛み締めながら、鉄底海峡の事を思い出していた。磯波が知るだけでも、2回も士郎は命の危機に瀕するほどの代償を支払っている。それもこれも、誰かを救おうとしてだ。

 

「絶対に、戦わせません」

 

 士郎は戦う。誰が何を言おうと、絶対に。だって、優しい人だから。誰かが傷つくことを許せない人だから。

 例えその結果、彼自身が命を失くそうと。

 士郎は戦うだろう。

 ……それが磯波には許せない。

 

「絶対に」

 

 士郎に、と言うよりは自分自身に。

 言い聞かせるようにして、磯波は頭の言葉を繰り返した。不退転の意志が込められた響きだった。

 

「磯波、聞いてくれ」

「嫌です」

「それでも聞いてくれ。……俺1人でも逃がそうとしているんだろう」

「はい」

「……そんなこと了承できるか。待ってくれ、俺も手伝う」

 

 士郎の言葉に、一瞬だが磯波は身体を強張らせた。彼ならそう言うだろうと思っていたし、やはりそう言ってしまうかという、予想と想いが綯交ぜになった、複雑な胸中によるものであった。

 

「衛宮さん、なりません」

「戦うつもりじゃない。避難誘導とか、」

「なりません」

 

 冷たい声色だった。無理矢理に拒絶する様な語調だった。最後まで士郎に言わさず、切り捨てるようにして磯波は言葉を挟んだ。

 それから磯波は、士郎を抱えたまま彼へと向き直った。その顔には、何時も浮かべている柔和な笑みも、出会ったころのような怯えも無い。

 あるのは、覚悟。

 

「ここに衛宮さんが残って、何かをする必要はありません」

 

 きっ、と。下唇を強めに噛んでから、磯波は言葉を発した。それは士郎がこれから言おうとする事を、否定する為の言葉だった。

 

「この鎮守府にいる一般人は、衛宮さん一人だけです。誰も逃げる事はありません」

 

 艦娘は最重要機密である。一般人が目にする事は、それこそ自分から望んで会おうとしない限りは、海軍主催の記念式典の時くらいだ。

 当然のことながら、鎮守府内で勤務する人たちも、現役の憲兵であったり、軍医であったり、元軍人であったりする。士郎も薄々は気付いていた事だが、磯波の言う通り、少なくともこの佐世保鎮守府において、一般人と呼べるのは衛宮士郎只一人なのだ。

 

「艦娘の皆さんは勿論、黛さんも、紅林さんも、その他の皆さんも同じです」

 

 丁寧に、そして確実に。一つ一つの選択肢を潰す様にして、理論的に士郎の意見を封殺する。士郎はそんな理論で己の意志を曲げないだろうが、それでも万が一の可能性を考えて、確実に、着実に。

 そしてもう一つ。

 

「それに」

 

 磯波は言葉を切った。そして乾いてへばりついた喉を、自身の唾液で無理矢理に開く。

 

「深海棲艦の狙いは、衛宮さんである可能性があります」

 

 思ったより冷たい声色になったと。他人事のように磯波は感じた。

 

「……俺が、狙い?」

 

 対して、士郎は。今自身に言われた言葉を理解しきれていなかった。

 いや、勿論言わんとする事は士郎にも分かる。艦娘について知り過ぎた士郎が、深海棲艦に狙われる可能性があることは、叢雲や大井にも言われて来た事だ。

 だがそれでも。士郎からすればその為だけに、わざわざ防衛設備の整っている佐世保鎮守府に攻めてくる意味が理解できない。

 

「勿論、これは憶測です。ですが、否定も出来ません」

「待ってくれ。それはいくらなんでも――――」

「ない、ですか? 言った通りです。あくまでも憶測。肯定も否定も出来ません」

 

 「ただ」。そう言葉を切って、磯波は息を吸った。

 

「アイツらにも知性は有ります。上位種になればなるほどより明敏に、冷徹に、そして悪辣に。つまりはわざわざこの鎮守府に襲撃を掛けてきた事には、必ず何かしらの理由があるはずです」

 

 どこかで再び爆発音。先程よりも大きい。立ち止まったままの2人を揺らす様に、建物内に鳴り響く。

 

「その理由が、或いは明確な意思が。衛宮さんに向けられていないとは、言い切れないと思います」

 

 深海棲艦がどうやって士郎の所在を知ったのかは知らない。そもそも、幾ら艦娘の知識を有しているからと言って、そこまで執着する意味も分からない。佐世保鎮守府を襲っているのには、もしかしたら他に理由があるのかもしれない。

 だが士郎が目的ではないと。そう言い切るだけの証拠も、或いは否定するだけの証拠も、そのどちらも無いのだ。

 

「……まぁ、と言うのは建前なんですけどね」

 

 暫しの緊張の後。

 ふっ、と。磯波はあれだけ固くきつく強張らせていた顔を解いた。解いて、士郎に向けていつもの柔和な笑顔を浮かべる。

 

「私は衛宮さんに死んでほしくない。ただそれだけです」

 

 そう言って。磯波は士郎を降ろすと、その手を取った。逃さない様に、ぎゅっと。

 

 

 

 ――――瞬間、階下から爆発音

 

 

 

 磯波は踏み出そうとした足を止めた。士郎も開きかけた口を硬直させた。音の発生源は階下。つまりは、これから2人が向かおうとしている方向からだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 時間をかけ過ぎた。

 そう磯波は判断した。士郎の説得は外で行えばよかったと、後悔に心が軋む。

 階下からの爆発音。つまりは、まさに。磯波が通ろうと想定していた経路の途中で生じたということである。

 仮に士郎の説得をせずに、ただ逃がすことだけを考えて進んでいれば、爆発音の前に外に出ることができたかもしれなかったのだ。

 

「……なんで下から爆発音がするんだ?」

 

 一方で。士郎は純粋な疑問を覚えた。

 爆発音。崩壊の音は違う、それ。

 何故そんな音が生じたのか。深海棲艦による砲撃が着弾し、建物を壊すよりも先に、内部から生じたのか。

 覚えた疑問は、脳内だけでは消化しきれず、言葉となって口から出た。

 

「まさかだけど、内部に侵入済みなのか?」

 

 それは最悪の想定であった。日ノ本を護る最前線でありながら、容易く敵を侵入させてしまったということは、佐世保鎮守府のみならず、九州という土地の崩壊を意味することになる。

 

「黒煙……火薬に引火した? でも、なんで、こんなところで?」

 

 磯波は混乱に思考が上手く回らなかった。さらに追い打ちをかけるように、黒煙が立ち上ってくる。つまりは下では火災が生じている可能性が高い。

 最早士郎を無傷で脱出させられる状況ではなくなっていた。下を通るなら、火の手の中を進むことになる。3Fから飛び降りるなら、打ち所が悪ければ怪我を負わす可能性だってある。

 それにそもそも、何より。

 たとえ無事に士郎を逃がしたところで、彼が再び戻ってこない保証がない……いや、きっと戻ってきてしまうだろう。

 それを無意識にも分かっていたからこそ、彼女は士郎を説得しようとした。決して戻ってこない様に、この場に留まる事のない様にと。

 つまりは、そもそもの話。

 士郎を安全に逃がすなんてのは、土台可能性の低い話だったのだ。

 

「……磯波、手を貸してくれ」

「衛宮さん?」

「火の手を止める。脱出どころじゃないだろ」

 

 士郎は言うが早いが、今度は逆に磯波を抱えた。

 どうせ何を言っても磯波は止めるだろうから、一緒に行動してしまおう。と言う訳ではない。

 火の手を止めるにしても、水場や防火扉、排煙機能など、士郎一人ではわからないものがあるから、と言う訳でもない。

 そもそもの話。きっとそこまで、士郎は考えていない。

 

「行こう」

 

 士郎のその一言に、磯波は大きく溜息を吐いた。既に彼は、磯波の答えを待つことなく、階下へと降り始めている。これはもうダメだ。言葉だけでは彼は動かない。

 

「……衛宮さん、一つだけいいですか?」

「何だ?」

「全部終わったら、みんなで説教ですから」

 

 ぎゅっと。士郎の胸倉をつかんで。

 磯波は目的をシフトした。

 士郎を無事に脱出させることは諦めたのだった。

 

 

 

 

 

 一階部分は、既に黒煙で視界不良になっていた。

 火の手は見えない。だが、煙の流れを辿れば場所の特定は可能だ。

 原因は砲撃が可燃性の物体に着火した事によるものなのか、或いは既に敵の侵入を許してしまったのか。

 いずれにせよ、早々に消火活動を行わなければ、佐世保鎮守府は燃え落ちるだろう。 

 

「衛宮さん、まずは排煙します! 排煙装置の稼働をお願いします!」

 

 磯波は士郎に指示を飛ばし、排煙装置を指さした。パッと見て、黒煙が薄い方向。幾ら不可思議な術が使えるとはいえ、士郎自身は生身の人間である。黒煙の濃い方向へは行かせられない。

 士郎が指さした方向へ駆けたことを確認してから、磯波は士郎とは反対側にある、別の排煙装置に手を掛けた。

 佐世保鎮守府の排煙装置は、殆どが手動である。仕組みとしては、ハンドルを握ってぐるぐると回す。そうすることで上部の窓や仕切りが開き、溜まっている煙が排出される。何も特別なことは無いオーソドックスな機能だ。

 

「煙がこもっている……なんで?」

 

 排煙装置を起動させながら、磯波は一つの疑問を抱いた。あれだけ爆発音や振動が発生しながら、尚も煙りが一階部分にこもっている事についてだった。もしも砲撃等で火災が発生しているのであれば、これほどまでに煙がこもっているのはおかしい。

 だが深く考えるよりも先に、彼女の耳に声が届く。

 

「磯波、こっちはOKだ!」

「あ、ありがとうございます! そしたら次は――――」

 

 思考を中断する。優先すべきは何よりも先ず士郎なのだから。

 磯波は脳内に一階部分の地図を展開した。此処から行くとすれば、次は食堂へ行くか、医務室へ向かうか、入渠ドッグへ向かうか、建造ドッグへ向かうか。

 中央玄関付近から行ける施設は、主に上記の4つ。その中で火の手が上がっていると思われるのは、食堂・医務室側方面であり、中央玄関を挟んで食堂側とは反対側にある、入渠ドッグと建造ドッグは恐らくは無事だ。そして磯波としては、火の手から離れた方を士郎に任せたい。

 だがこの状況で、彼が素直に指示に従うかと言えば答えはNOだ。士郎は基本冷静であるが、死線を踏み越える事に躊躇いが無い。下手な指示や誘導では、まず間違いなく彼は火の手の方に行こうとするだろう。

 ならば。排煙ついでに、入渠ドッグから消火用の水を用意してもらう様にしてもらうのが、最も自然で無理なく、彼を危険地帯から遠ざけられるだろうか。うん、それがいい、そうしよう。

 

 この間、僅か1秒。

 

「衛宮さん――――」

 

 磯波は指示を出すべく、士郎へと振り返った。彼がちゃんと指示通りに、ドッグ方面へ向かう事を確認する為だった。

 だが。早速指示を出そうとした、その矢先に。

 磯波の視界の端で、何かが動いた。

 

「?」

 

 反射的に――――そう、反射的に。

 指示よりも先に、磯波はそれを目で追った。艦娘として高い動体視力を誇るがこその、不可抗力とも言える行動。

 磯波の眼が捉えたのは、手のひらよりも少し大きめの、細長い物体だった。

 

 瞬間。

 閃光と轟音。

 

「――――ッ!!!?」

 

 磯波は己の眼を閉じる事も、そして耳を塞ぐことも叶わず、真正面からそれを受ける。先ほどまでの全てが塗りつぶされて、完全なる真っ白な視界と、酷い耳鳴りだけの世界に変貌する。

 スタングレネード!

 咄嗟の出来事ながら、磯波は今しがた自分が喰らった攻撃を、冷静に分析した。敵の注意を逸らすために使用される、非致死性の兵器。喰らったからと言って死ぬわけじゃない。が、行動を大幅に制限されてしまう。

 そしてそんな武器を、この場で使われるという事は、即ち。

 

「ッ!!!」

 

 咄嗟に頭部を守る様に腕を出す。間一髪、或いは間髪入れずに、一撃。打撃。だが腕を通して脳を揺らすほどの威力。その場にて耐える事は適わず、無様にも弾き飛ばされる。

 

「磯波!」

 

 一方で。士郎は距離があった事と、偶然にも磯波が楯になった事で、スタングレネードの影響は軽微と言えた。だがそれでも視界は眩むし、耳鳴りで脳は揺れている。弾き飛ばされた磯波を支えきる事が出来ずに、もろとも床を転がった。

 そしてそんな大きすぎる隙を、相手が待つはずもない。

 

「ッ!」

 

 無様に転がりながらも、立ち上がりに移行をする。その身体捌きは、士郎が取れる最速と言えた。

 だが相手は既に次の行動を終えている。

 立ち上がろうと身を起こした士郎に向けた、無造作な一撃。コバエを払いのける様なそれは、しかし十全な威力を以って、容赦なく士郎を弾き飛ばす。

 

「――――ッ!!?」

 

 何が起きたのかなんて分かりはしない。ただ、視界が回る。何かを喰らって視界が回る。辛うじて士郎が認識した事柄はそれだけ。そして背中に衝撃。受け身も取れずに打ち据えられた。その衝撃に呼吸が出来なくなる。

 それでも士郎は、なんとか立ち上がろうと無理矢理に身体を動かした。身体に鞭を打つどころではない行為。だが此処で転がったままでいても、意味が無い事くらい分かっている。

 そんな士郎の耳に、鈍い音が届く。眩む視界にも拘らず眼を凝らしてみれば、その眼に飛び込んできたのは、馬乗りになられた状態で、無抵抗のままに拳を浴びる磯波の姿。

 

「っ!!! お、おおおおおおっ!!!」

 

 咄嗟だった。

 士郎は声を上げながら相手に向かって体当たりをかました。低姿勢のまま、肩から相手に当たる動作。直前で動きを弱めるどころか、さらに加速すると言う、止まる事を考えない一撃。当たった後の事を度外視したそれには、流石に相手も堪え切れず、磯波から引き離すことに成功する。

 士郎はすぐさま磯波の元に駆け寄ろうと身体を反転させた。今の磯波の状態を即刻確認しなければならないという判断の元の行動。だがどんな理由があれど、敵意を見せる相手から視線を切るなんてのは、自殺行為と同等の所業である。

 

「磯な――――ッ!」

 

 駆け寄ろうと一歩を踏み進んだ、その背に。何かしらの打撃による衝撃。

 声どころか呼吸すらもとまるようなそれに、士郎は踏みとどまれるはずもなく弾き飛ばされた。

 だが幸運な事に、弾き飛ばされた先は、磯波の元。

 そのまま士郎は背中の痛みなど無視して、磯波に声をかけ――――ようとして、すぐに言葉を飲み込んだ。飲み込まざるを得なかった。

 

 酷い、殴打痕。

 

 あの可愛らしい顔の面影は、どこにも見えない。

 生きているのかどうかすら分からない。

 

「ッ!」

 

 咄嗟だった。

 背後から襲い来る怖気。濃密な死の気配に抗うかのように、士郎は片手に剣を投影すると、そのまま振り向きざまに振るった。

 ギャリッ、と。甲高い音を立てて剣は弾き飛ばされるが、何とか背後からの一撃は凌ぐ。

 

「深海棲艦……っ!」

 

 最悪の予想は大当たりと言う訳だ。今士郎の目の前には、人型の敵がいる。肩までの長さの髪。生気の薄い青白くて無表情な顔色。木曾と同じくらいの身長で、制服のような衣装を身に着けている。

 そして眼。憎悪に満ち、射殺さんばかりに眇められた、眼。

 深海棲艦と言えばヌ級の様な異形化した姿が思い浮かぶが、どうやらそうではないらしい。そう言えば潜水カ級や重巡リ級のように、人型に近いのもいるなぁ、と。的外れな感想を士郎は抱いた。

 一撃を防いだことで警戒をされたのか、相手は士郎から距離を取った。どうやら相手は目の前の人型一体だけらしく、他には見当たらない。そして見たところ重火器は無し。その手に持っている薙刀が得物なのだろうか。柄で撲殺されるか、或いは刃で刺殺されるか。どちらも御免被りたいものである。

 

「投影開始」

 

 逃げる事は叶わないし、視線を切った時点で死ぬだろう。だがそもそもの話、磯波を置いて逃げるつもりは毛頭も無い。

 士郎は彼女を護る様に、深海棲艦に立ち塞がった。そしてその手に、双剣を投影する。

 投影魔術。磯波から、満潮から、そして皆から禁じられた、士郎だけが扱える特異な術。

 だが今この状況で、約束の有無を言ってはいられない。無抵抗で磯波を見殺しに出来る程、士郎は聞き分けが良くない。

 

「殺してみろ」

 

 相手に。と言うよりは己を鼓舞するために。士郎はわざと挑発するような言葉を選んだ。正中線を隠す様に半身になる。

 一撃を喰らえば死ぬ。艦娘ならまだしも、士郎は只の人間だ。かつてヌ級にぶん殴られ時は生きていたが、あれは奇跡のようなモノ。この状況で喰らっても同じように生きていられると考えるのは、頭が緩み切った馬鹿の所業だ。

 暴れ回る心臓を抑える様に、ゆっくりと息を逃す。

 

「ッ!」

 

 ノーモーションと見間違うかのような、神速の一撃。狙いは心臓。まるで士郎の呼吸の間を見透かしたかのような、狙い澄ました一突き。

 それを士郎は双剣でいなした。視界の端で火花が散る。ギャンッ!と。金属の擦れる激しい音。

 士郎は一歩を踏み込んだ。いなすと同時に距離を潰す。リーチの差は当然薙刀の方が優れている。双剣で相対する以上、懐に飛び込まなければその刃が届くことはない。

 勿論敵もそれは分かっている。分かっているからこその引き。その細腕からは想像も出来ない程の剛力で、薙刀が引かれる。踏み込んだ士郎を嘲笑うかのような速度で、得物が元の位置へ。さらにその引く力を利用し、くるりと半回転。重心を器用に操っての回し蹴り。

 士郎は咄嗟に頭を下げてその一撃を避ける。生身の一撃だが、喰らえば無事では済まない。運が良くて頭と胴体が泣き別れ、悪ければそのまま粉砕されるだろう。

 

「チィッ!」

 

 迂闊には踏み込めない。その事実の再認識と同時に、士郎の視界に黒いナニカが急接近する。反射的に護る様にして双剣を差し込むが、衝撃が双剣を通して顔面を撃ち抜いてくる。

 

「ガッ!」

 

 上がった頭。ブレる視界。そして間髪入れずに腹部への衝撃。それでも、まだ五体でいる事を保つ。衝撃に視界が揺れるが、逆を言えばそれだけだ。

 士郎は知らぬことだが。先ほどから薙刀の一撃を防いでいる代物は、干将・莫耶という2刀で対となる双剣である。夫婦剣とも呼ばれ、使用者の防御力を上げる副次効果を持つ、宝具に分類される古の代物。

 仮に士郎が別の剣で相対していれば、防御力向上の副次効果を得られず、一撃目で彼は事切れていただろう。

 

 ゴキッ

 

 そんな士郎の幸運など、向こうは知る由もない。知る由も無いが、片手間では時間が掛かると判断したのだろう。

 自らの腕をゆっくりと回す深海棲艦。それから身を低くし、薙刀を構え直す。刃は斜め下に。そして前に大きく出された右足。

 一直線に、突き殺す。

 その体勢が正しいかはともかく、意図を理解する。一撃で殺しにくることを理解する。先ほどまでの羽虫に向けるようなものではない、明確な殺意。

 

「来てみろ」

 

 身の竦むような殺意。だが己を鼓舞するように士郎は言葉を紡いだ。不思議と声は震えなかった。

 実のところ、この状況は士郎にとっても願っても無い状況だった。士郎の背後には倒れたままの磯波。尚も意識を戻さない彼女を護る為には、相手の視線を自分に集中させるしか他にない。

 そして視線を集中させたからと言って、それで終わりなわけではない。磯波の安全を確保するには、士郎は目前の相手を倒さなければならない。だが不意打ちとは言え磯波を一方的に無力化した相手に、病み上がりの士郎が勝つなんて、ご都合主義の夢物語も良いところだ。

 

「……出来るか出来ないか、じゃないんだ」

 

 倒せなければお終いだ。2人仲良く死ぬだけ。

 強大な敵を前に、士郎の心音は落ち着いていた。やらなければならないことを理解していた。ここで焦って取り乱すことも、出来ない理由をツラツラと挙げる事も、不要なまでに磯波を心配する事も、何もかもが無駄であることを分かっていた。

 ただ一つ。

 カウンターで、倒す。

 突きの一撃をいなして、倒す。

 次手に移られる前に、倒す。

 彼我の実力差、そして状況を考慮した上での。

 それが士郎が取れる、最良の策。

 

 

 

「ええい、何が起きて――――」

 

 

 

 背後の方で聞こえた、第三者の声。

 まるでそれを切欠とするかのように。

 切り取ったように、世界がコマ送りになる。

 詰められる距離。

 繰り出される刃。

 応じる様に腕が動き。

 重なる刃。

 一瞬の火花。

 弾かれ、逸らし。

 ズブリ、と。互いの刀身が身体に触れて。

 

 

 

 ――――瞬間、脳内に流れ込む。

 存在しない、記憶。

 

 

 

 




おまけ(と言う名のNG)


※深海棲艦襲撃時、大井が連絡を取ろうとした相手一覧。

・熊切大将への連絡(不通)
・薄葉提督への連絡(不通)
・汐見大佐への連絡(不通)
・菊月への緊急連絡(不通)
・不知火への緊急連絡(不通)
・川内への緊急連絡(出ない)
・摩耶への緊急連絡(出ない)

大井「なんで、誰も、出ないのよっ!」

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