脳内では新章開始しています。問題は現実にアウトプットが出来ていないことです。
『鉄底海峡に派遣した部隊からの帰還艦の内1艦が、ヒトマルマルマル頃に、急遽深海棲艦へと反転する。
反転した艦は、鎮守府内にて破壊活動を開始。以降、ヒトフタマルマルまで、大凡2時間破壊活動を継続。』
――――少し未来の話。
「なぁ、大井」
「どうしました、提督?」
「いや、そのな……提出してくれた記録の事なんだけどさ」
「記録……今回の件の?」
「ああ、それだ。それなんだけどさ……今回の件って本当に、天龍によるものなのか?」
「……仲間の名前を首謀者として出したくはないけれど、そうなるわ」
「本当に?」
「ええ」
「お前がいたのにか?」
「ええ」
「……お前がいて、川内がいて、隼鷹……や不知火はまぁ置いておいて、汐見のとこの日向までいたんだろう」
「……」
「お前らまでいて、天龍を止められなかったのか」
「……そうね、そうなるわ」
「……」
「……」
「……」
「……」
「……ハァ、分かったよ、これ以上は聞かん」
■ 艦これ×Fate ■
――――現在の話。
既に大勢は決していた。
士郎は瓦礫の影に身を隠すと、静かにそして深く息を吐き出した。疲労や痛み、熱、震え、その他もろもろを乗せて静かに深く、深く。
館内は静かなものだ。静寂と言う訳ではない。建物が軋む音、隙間風の音、艦載機の音、砲撃の音。どこからともなく音は聞こえるのだが、それらよりも自分の呼吸音や鼓動の方が煩い。
もう一度。深呼吸をするように士郎は息を吐き出す。
状況は、悪い。猛烈に。
士郎は周囲に視線を向けた。ボロボロに崩れつつある館内。空いた穴から逃げていく黒煙。壁のようにそびえる、元は天井や床だったはずの瓦礫。その瓦礫の陰で力なく倒れ伏している磯波。頭を撃たれ、見るも無残な状態の天龍。
そして大井。
先ほど敵の銃撃により倒れた彼女は、動くそぶりも見せない。横になったまま、そのクリーム色の服を赤く染め続けている。
彼女は生きているのだろうか。艦娘は銃弾ごときでは死なないと言っていたが、深海棲艦のソレは違うはずだ。いくら頑強と言えども、当たり所が悪ければ死んだっておかしくないだろう。
何より。今の彼女は瓦礫の陰に隠れられていない。例え息があったとしても、今の状況で敵から追撃の銃弾を食らえば、結果は考えるまでもない。
「ふぅぅぅぅ……ッ!」
敵の技量を考えれば、考えている時間は無い。
士郎は息を少し強めに吐き出し、すぐ止めた。それから手元の干将の刀身を陰から出した。
間髪を入れずに銃声、ほぼ同時に着弾。衝撃で干将は宙を舞うも、刀身が破壊されたことにより形を保てなくなり、床に落ちる前に霧散した。
本当に実に正確なことだ。相手からすれば僅かにしか露わになっていなかっただろうに、しっかりと撃ち抜かれてしまった。これで士郎の手元には莫邪のみとなったわけだ。
そしてその莫邪すら、士郎は迷いなく投擲した。
もちろん、間髪を入れずに再度銃声が轟き、着弾の音が響く。
その末路を見ることなく、士郎は瓦礫から飛び出た。
身を低くし、獣のように。駆けるというよりは飛ぶように。
着地は右足から、そしてすぐにそのまま床を蹴る。勢いのまま両手で大井を掴み、彼女を護るように抱きかかえる。
そしてなるべく射線に身体を出さないように、点在する瓦礫に隠れながら、肩口から着地する形で別の瓦礫へと滑り込む。
「ッ!」
銃声。そして着弾。
まずは衝撃。それから熱。そして痛み。
右足に生じた異変から正確に事を把握するのと、瓦礫に隠れ切ったのはほぼ同時だった。
見るまでもなくわかる。撃ち抜かれた。なんとも化け物じみた腕前だ、と悪態と称賛が入り混じった感想を士郎は抱いた。こんな状態じゃなければ、その技量にきっと舌を巻いていただろう。
ズキンズキンと鼓動に呼応するように痛みが響く。ともすれば、気が狂いそうになるくらい。
だが撃たれた右足を無理やりに意識から除外し、もう一度士郎は深く息を吐き出した。余計なものを逃がすように深く、深く。
それから大井の状態を確認する。
「良かった、息をしている」
抱きかかえている大井の口からは呼吸音がしていた。脈が打っているのを感じることができた。重傷ではあろうが、彼女は生きている。
だが今のままではその朗報も気休めにしかならない。
安堵するよりも、早急に傷の手当てをしなくてはならない。
「……こんな状況じゃなければな」
憎々し気に士郎は言葉を吐いた。
手当をしなくてはならない。そんなことは分かっている。だが現実問題、それは不可能に近いと言わざるを得ない。
重傷を負った大井を連れて、敵の射線に身を露わにすることなくこの場所を離れる。だが自身は足を撃たれてまともに動けない。反して敵は正確な腕前で狙い打ってくる。そんな状況での脱出? ……夢物語もいいところである。
士郎は何か怨み言を口にしようとして、結局ため息で済ませた。
「動かないな」
敵は随分と慎重である。士郎の足を撃ち抜いたことは分かっているであろうに、不用意に近づいては来ない。
瓦礫の影に隠れた士郎たちに対して、距離を詰めてくるわけでもなく、かといってこの場を去るわけでもなく。自身の有利性を損なうことなく、動かずに待つ。
放っておけば士郎たちは弱る一方だ。それに焦り瓦礫から身を少しでも出そうものならば撃てばいい。今の士郎たちに対し、待つということを選択するのは実に的確で効果的な判断だ。
「クソッ……」
撃たれた右足を擦り、痛みを和らげるように努める。鉄底海峡から続いて、どうも右足は怪我しやすい運命にあるらしい。いやな運命だ、と士郎はこの場にそぐわない軽口を思い浮かべた。あるいは自信を奮い立たせるための虚栄か、強がりか。
それにしても解せない。併せて士郎はそうも思った。わざわざ右足だけを器用に撃ち抜くなんて。あの腕前なら頭を撃ち抜くことも出来ただろう。いやそもそも、集弾させて右足を丸々吹き飛ばされてもおかしくはなかったはずだ。
「残数がないのか?」
最初の襲撃時は複数発撃っていたが、今は単発でしか撃ってきていないのは音でわかった。銃弾の残りが少ないから、無駄にしないように切り替えたのだろうか。それなら弾切れさえすれば逃げられる可能性は高くなる。撃ち切られた後なら大井と磯波の2人を連れて逃げることもできるだろう。距離を詰めてこなければという前提条件はあるが。それでも今取れる可能性の中で最も生存率の高い考えではないだろうか。
……馬鹿らしい。士郎は右拳で、がつんと額を殴りつけた。そして己の中で湧いて出た希望的観測を一蹴した。夢物語にもほどがあると思った。恥ずかしさすら覚えるほど幼稚な考えだと思った。そんなことより現実を整理すべきだった。
干将・莫邪を手放した今、士郎の手元に武器と呼べるようなものは何も無い。投影に回せる魔力はあるが、むやみやたらにできるほどの余力は無い。飛行場姫の時のように複数投影して射出はできなくもないが、敵の技量を思えば全弾撃ち落される可能性の方が高いだろう。尚、接近戦は論外である。距離が離れているうえに、右足と左肩を負傷している身だ。飛び出た瞬間に撃ち抜かれてオシマイである。
「ったく……」
仮に奇跡的に死線をいくつも潜り抜けて接近戦に持ち込めたとして。そこから今度は実質片足片腕だけで深海棲艦を相手どらなければならない。
改めて羅列した事実のなんと気の滅入る事か。もはや悪態をつく気力すら士郎にはなかった。
仮にこの状況を覆すとしたら、もはや第三者の増援を望むしかないだろう。
或いは――――
――――ミシッ、ビシッ
「……ったまにきたわ」
■
むくり。士郎の驚きをよそに、大井は上体を起こそうとした。
ぽすり。士郎の驚きをよそに、大井は上体を起こしきれずに再び士郎の左腕を枕に横になった。
バキッ。士郎の驚きをよそに、大井は左手に掴んでいた瓦礫の破片を握力に任せて握り潰した。
「頭にきましたわ」
言い直せば良いってもんじゃないだよなぁ。人間驚きすぎると言葉を失うらしい。想定外の状況を前に、士郎は身を案ずる言葉はおろか、なにも気の利いた言葉は出てこなかった。抱いた感想を思えば口にしない方が正解ではあるが。
呆気にとられたままの士郎をよそに、大井は不機嫌さを隠すことなく顔を顰めていたままだった。が、士郎を見て、枕にしている士郎の左腕を触って、そのまま自身の肩に添えられている左手を確認して。何やら納得したかのように頷くと、そのまま己の顔を隠すように両手で覆った。
「……………………衛宮さん、大変失礼しました」
「え、あ、いや……大丈夫か?」
ここでようやく、士郎は大井の身を案じる言葉を出した。遅すぎるくらいだった。そしてやっぱりなんとも気の利かない言葉のチョイスであった。満潮や叢雲あたりがいたら、これ見よがしにため息を吐き出したかもしれない。
一方で大井は。両手を顔から離すことなく、こくりと小さく頷いた。
「ええ、大丈夫です。トマトジュースが零れただけですから」
「え、いや」
「トマトジュースです」
「いや、じゃなくて」
「トマトジュースです」
「あ、」
「トマトジュースです」
「……」
「トマトジュースです」
どうやらそれで押し切るつもりらしい。無理がある……が、通ってしまえばなんとやら。言葉を無くした士郎に対して好機と見たのか、大井は続けて言葉を発した。
「衛宮さん、巻き込んでしまい本当に申し訳ございません。そして重ね重ね申し訳ないのですが、もうちょっとだけ時間をください。そしたらすぐにあの阿呆をぶちのめしますので」
「あ、あぁ」
「いえ、その、本当に大丈夫なんです。ちょっと驚いただけなので……」
ごにょごにょと、何やら聞いてもいない言い訳を零す大井だったが、深くを問えるほど士郎にも余裕はない。と言うかトマトジュースで押し切られたとはいえ、間違いなく大井は重傷である。士郎としてはそちらの方が気が気で仕方がない。
大井は二三深呼吸を繰り返すと、ゆっくりと顔から手を退けた。そこにはいつもの笑顔でもなく、時折見せる不機嫌もなく、まったく別種の表情があった。恐らくは生の彼女の表情だった。外見年齢相応の、ともすれば幼くすら見える表情。だがそれはすぐにかき消える。
大井は少しだけ身を起こした。腹部を撃たれていることを思えばそれすらも激痛だろうに、一切顔には出さなかった。それから士郎の左肩に、天龍に刺された傷口に手を添える。
「……申し訳ございません」
何度目かの謝罪。だがその言葉が何を指しているかわからぬほど士郎は耄碌していない。
「いや、大丈夫。本当に。それより目を覚ましてくれて良かった」
士郎としては決して強がりではない。正直に言えば、左肩の痛覚は既にだいぶ鈍くなってきている。それが体力の低下によるものなのか、脳が無意識に痛覚を麻痺させているのかは分からないが、今この状況において是非を問うものでもない。むしろこれ幸い程度にしか士郎は考えていなかった。
大井は士郎の言葉を聞いて何かを言いたそうに口を開けたが、すぐに閉じなおした。そして言葉の代わりに少しだけ震える息を吐き出す。
ぽすっ。無理やりに上体を起こしたと思えば、そのまま自身の頭を士郎の胸元へ置く。それから懐をごそごそと探り、小瓶を取り出した。
「本当に……本当に申し訳ございません。けどもう少しだけ、頼らせてください」
そう言って、ぐぐっと。士郎の胸元にもう少し強めに頭を押し込む
「高速修復材を使います。……ちょっと痛いので、その……少し押さえてもらってもいいですか」
「あ、ああ。ええと、押さえるってどういう風に」
「頭をそのまま……あ、はいそんな感じで。で、あと、ごめんなさい。先に謝っておきます。ちょっと服汚しますね」
ほぼほぼ有無を言わさぬ流れで、大井は士郎の胸元に嚙みついた。より正確には、着ているシャツに。まるで猿轡をするかのように、なるべく大きい面積を口内へ含むように。
言われるがままの士郎は未だに大井の狙いは分からない。説明の体を取られてはいたが、言葉が省かれた箇所が多数あったのだ。或いは分からせないことが大井の狙いだったのかもしれない。
士郎の理解をよそに。大井は小瓶のふたを開けると、躊躇いもせずに中身を自身の傷口にぶっかけた。
「っ、ぅぅぐぐっぅぅぅ――――ッ!!!」
それは言葉にならない叫び声だった。必死に噛み殺し、それでもなお零れ出る苦悶の声だった。
大井は空いている手で床を掴むと、そのまま握力のままに削り取る。爪が破損し血が滲んだが、構わずに繰り返した。床を搔き毟るように、或いは痙攣すらしていた。
士郎は先ほどの言葉の意味を理解すると、両腕でしっかりと大井を押さえようとする。だが大井の力は凄まじい。士郎を持ち上げかねない――実際少し腰を浮かされてしまうほどだった。
「っ、はぁっ!」
時間にすれば5秒も満たない。だがそうとは思えない密度。
大井は士郎の胸元で息を吐き出した。それは終わりを意味していた。
大井の身体が緩んだことを把握すると、士郎も押さえていた力を緩めた。相当な神経と体力をつぎ込んでいたらしく、緩んで空いた隙間から熱気が抜けていく。はぁ、と。士郎も熱い息を零した。喘ぎのように小さな音も零れた。心臓がうるさいくらいに跳ねていた。
「……痛いんですよ、これ。原液のまま使うと」
大井は再び力なく士郎の腕を枕にすると、天井を見上げながら絞り出すかのように言葉を紡いだ。先ほど意図的に除外した、残りの説明だった。
「本来なら希釈して使うんです。けど、それでもあまり気持ちいものじゃないんですよね。しかも治るのは傷だけで、別に疲れはとれるわけじゃないし。ほら」
ぺろり。大井は服をまくり、撃たれた箇所を露わにした。そこに傷はなく、大井の白い肌が見えるだけである。血の跡はあるが、それだけだ。
「とりあえずこれで……動けます」
内包された言葉の意味に反して、力の無い口調。怪我の修復によっぽど体力を持っていかれ、今のこの状況ですら無理をしているのは明白だった。
「一息ついたら……そうですね、私はあの阿呆をボコします。あんま見られたくないので、衛宮さんは外に行ってもらえますか」
「アンタも一緒に外に出た方がいいんじゃ?」
「私は大丈夫ですよ。あの程度、御釣りが出るくらいです。というか、ですね……」
言いにくそうに、少し大井は困った表情を浮かべた。それから士郎の怪我している左肩に触れる。
「本来なら衛宮さんに怪我を負わせていることがありえないんですよ。なので衛宮さんには即脱出をしてもらい、治療を受けてもらいたいのです」
「怪我は、俺が勝手を――――」
しただけだ。そう紡ごうとした士郎の口元に、大井は人差し指をあてた。少し力を込めて、口を開かせないように。
「ダメですよ、それ以上言っては。私たちにも立場があります」
「立場?」
「ええ。私は磯波に、衛宮さんを連れて脱出するように指示をしました。そして磯波はそれを受けて、衛宮さんを無事に脱出させるために動いたんです。そこには仮に衛宮さんが勝手をしたとしても、無事に脱出させるために動くという約束事が生じています」
「けど、俺は――――」
「だからダメですって」
むぎゅっ。もう少し強めに力を入れられ、強制的に士郎は口を閉じさせられた。
「何があったのかは問いません。けど、例え衛宮さんが選択した行動だったとして、それを許したのは磯波が良しとしたから、でしょう。衛宮さんが勝手をしたからではありません。衛宮さんが怪我をした件について責を負うべきは、その行動を許した磯波であり、もっと言えば指示を出した私にあります」
「あー、その、でもな、」
「あぁ、もう! わからず屋なんだから!」
シンプルに。五本の指で、大井は士郎の口を覆った。さっきまでの困り顔から、普通に不機嫌そうな素の表情で士郎を見やる。
「衛宮さん。私、衛宮さんの気持ち分かるつもりでいます。大変不本意ながら私も怪我をして、こうして衛宮さんに助けられているわけですし。けど衛宮さんと私では立場が違います。衛宮さんは一般人で庇護対象です。ですから衛宮さんは責任を感じないでください……あれ?」
「?」
「なんか……話がズレてきてますね……えーと、つまり、最初に戻りますけど……私はあの阿呆を一人でぶちのめしたいんですよ。それでもってその姿を見られたくないんですよ。だから衛宮さんは脱出してください。磯波と天龍は私が連れだしますので気にしないでください。いいですかいいですねはいおしまい」
この間士郎は口を覆われっぱなしで、一言も発せていない。発せていないがそれを了承の意と受け取り、大井は勝手に話を終わらせた。暴君もかくやと言わんばかりの話の持って行き方である。
もちろん士郎とて能無しの阿呆ではないので、今の大井の発言、及び内包された真意を察せないわけではない。要約すると、『怪我人を庇って戦闘する余裕はないので、時間を稼いでるうちに一人で早く脱出してくれ』である。察したからこそ、二の句を告げられなかったのだ。
それだけ状況が差し迫ってきていると言える。冷静に考えればわかることだ。あれだけ理知的に冷静に理詰めで言葉を選ぶ大井が、途中の説明を投げ捨てて強引に話を打ち切ったのだから。
「心配ですか?」
ぽんぽん、と。大井は士郎の手を優しく叩いた。大井を支えている手だった。彼女の肩に添えているだけだったはずの手には、今や不必要なくらいに無駄に力を込めていた。
言われて、慌てて士郎は手から力を抜く。じっとりとした熱を今更に感じた。
「ふふっ、お優しいですね」
的確に。大井は士郎の内心を読んでいた。分かっていた。士郎の悩みを、考えを、迷いを把握していた。
その上で茶化すような言葉を選んだ。この場にそぐわない言葉だった。大井はこんな状況だというのに微笑んでいた。
五本指から、再び人差し指のみへ。優しく士郎の口元を押さえたまま、改めて言葉を紡ぐ。大丈夫ですよ。
「私、強いですから」
ドクンと。士郎の心臓が不意に高鳴る。そこに大井の手が伸びる。士郎の胸元に手を置き、撫でる。不安を解消するように、心臓を宥めるように、聞き分けのない弟を諭すように。
大井は武器を持っていない。皆が装備していた連装砲や魚雷もない。軍刀や薙刀すらもない。だがその四肢で敵を制圧するだろう。優しげな微笑みなのに、相反する説得がそこにはあった。士郎の心配を、不安を、理屈抜きで飛び越えて未来を見せてきた。
同時に。酷く、寒気がした。
ドクンと。心臓が鳴る。大井の表情が変わる。
ドクンと。心臓が鳴る。寒気が怖気になる。
ドクンと。心臓が鳴る。士郎は喘ぎを漏らした。
ドクンと。心臓が鳴る。第三者の音。
ドクンと。心臓が鳴る。大井が手を伸ばして――――
――――ジャキッ
■
深海棲艦に理由を求めてはならなかった。奴らに理由は無い。
深海棲艦に道理を求めてはならなかった。奴らに道理は無い。
深海棲艦に条理を求めてはならなかった。奴らに条理は無い。
今まで距離を詰めてこなかったから、距離を詰めてこないと思ったか?
今まで待ちを選択していたから、待ちを選択し続けると思ったか?
今まで後手をとっていたから、後手を取ってくると思ったか?
――――そんなわけがないだろう、クソッタレが。
頭上を取られる。
ハッキリとその場面を目視したわけでなく、あくまでも周囲の状況からそう推察しただけだが、それは限りなく100%に近い未来予想だろう。
まるで他人事のように。スローモーションと化した世界の中で、士郎は判断した。士郎の視線の先では、大井が歯を食いしばり必死の形相で士郎に手を伸ばしているところだった。
察するに。数瞬の後には、士郎たちの頭上を取った敵の手により、2人は射殺されるのだろう。あの銃撃の腕前で、しかも至近距離ときたら、まず外すことはあるまい。
つまりはこのまま座していては、ただ死ぬだけなのだが――――じゃあどうする?
意外にも。士郎が慌てふためくことは無かった。
今自分たちに迫ってきている脅威を、目視しなかったからかもしれない。
大井だけ見ていて、他に気を配ることができなかったからかもしれない。
自分の心臓が鳴らした不可解な鼓動に、気を取られたからかもしれない。
或いは。突如頭に響いた誰とも分からぬ声のせいだったのかもしれない。
大井を抱えて座り込んだ状態のまま。士郎の右手は動いた。
圧倒的な死の気配を前に。限りなく引き伸ばされた現実の時間の中。
士郎の脳裏にハッキリと描かれたのは一つのシルエット。
長く、槍を思わせるかのような柄。硬質で武骨な鋼のような脰。自然のものとは異なる、塗装され赤色に染まった刃。
先ほど相対し、剣を交えた、ある艦娘が振るっていた武器。
全ての理屈をすっ飛ばして、士郎は一つの奇跡を顕現し――――同時に、頭上に向かい振るう。
ガッ、と。刃先が硬質な何かに触れるのと。
パララッ、と。すぐ上で響く銃撃音。
チュインッ、と。足元で跳ねる弾。
「――――衛宮、さん?」
『バレるならきっとアンタからよ』
刹那の間に。
大井の困惑の言葉と、満潮の言葉が重なった。
だがそれらを埒外に排し、士郎は頭上の敵と視線を合わせた。
眼鏡越し。憎悪に満ちた視線が士郎たちを射抜いていた。
おまけ(と言う名のNG)
ぺろり。大井は服をまくり、撃たれた箇所を露わにした。そこに傷はなく、大井の白い肌が見えるだけ――――でなく大井のどことは言わないが大きめのそれや桃色のあれも露わになる。
慌てて士郎は顔ごと視線を別の場所に向けた。状況が状況でも見てはいけないものがあることくらい分かって「衛宮さん」
「……」
「衛宮さん」
「あの「衛宮さん」」
弁明しようとした言葉にすら被せられた。もうおしまいだと士郎は思った。どこにも救いは無かった。不可抗力なんて言えるわけもなかった。だってもう自分の頬を摘まんで優しく引っ張るその威圧のすごいことすごいことほんとうにもうすごいこと。