艦隊これくしょん×Fate/staynight   作:くまー

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もう使うこともない展開なので白状しますが、元々この章は不知火と球磨がメインになる予定でした。不知火や球磨と一緒に冬木市があったはずの街を散歩する予定でした。
今の展開は完全アドリブ状態です。どうしてこうなった。


2-14

 ああいたい。

 あたまが、むねが、おなかが。

 いたくていたくてたまらない。

 とくにおなかが。

 いたくていたくて。

 いたくてかなしくてつらくて。

 どんどんこぼれていって。

 ……そのぶきのせいだ。

 そのぶきにさされたからだ。

 そのぶきにさされたからおなかがいたいんだ。

 ゆるさない。

 ゆるさない。

 ゆるさない。

 ゆるさないゆるさないゆるさないゆるさないゆるさないゆるさないゆるさないゆるさないゆるさないゆるさないゆるさないゆるさないゆるさないゆるさないゆるさないゆるさないゆるさないゆるさないゆるさないゆるさないゆるさないゆるさないゆるさないゆるさないゆるさないゆるさない――――ッ!!!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

■ 艦これ×Fate ■

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 死線を一つ。潜り抜ける。

 

 士郎は大井を抱く腕に力を込めた。抱きしめて離さぬように、強く、強く。

 それからゴロリと転がり、無事な左足だけで跳ねるようにして窮地を脱する。今もなお、右手に構えた薙刀の刃先は相手の連装砲に当てたまま、器用にその射線をずらして。

 相手はそれにかまわず引き金を引くが、士郎たちには当たらない。単発式から連射式に変えても当たらない。当たらないように、引き金を引く瞬間を見計らって、刃先で銃口を僅かに逸れさせるのだ。それは神業めいた技法であったが、何故か士郎はその瞬間を苦も無くつかみ取っていた。

 

 導かれるように、なぞるように、真似るように。

 

 片手片足しか動かせず、かつ大井を抱えていながら、しかし士郎は器用に薙刀を扱っていた。士郎は一度も薙刀を扱ったことがない。ないが、どのように扱えばいいかが何故か分かった。それが正規の、所謂『型』と呼ばれるような動きでないことも分かった。だがこの動きこそが、この薙刀に合わせた効率的な動きであった。きっと本来の持ち主たちも同じように扱ったのだろう。

 

「ふっ!」

 

 迫る弾丸から逃れるべく、士郎は左足一本で大きく跳躍した。強化の魔術を掛けた左足は、ただの人とは思えぬ距離を稼ぐ。そしてその後を追って空を切る弾丸。ただの跳躍であれば、この時点で士郎は終わっていただろう。

 弾丸に追いつかれる前に、士郎は瓦礫を蹴って方向転換を試みた。横の動きではない。立体的に、三次元的に。相手の頭上を飛び越えるように高く、縦に。

 

「ッ!? チィッ!」

 

 相手の頭上を飛び越えつつ、薙刀を振るう。立体的な動きは充分に相手の意表を突いたようで、銃口を受けに回させる。一瞬とは言え銃撃が止み、死神が留まる。

 だが言ってしまえばそれだけ。

 これで仕留められたら言うことは無かったが、それは高望みと言うものだ。不発に終わった時点で思考を切り替え、次の手へ。だが相手の方が早い。

 急ぎ薙刀を引き、相手の背後に着地をする――――前に、ぐるりと回転され顔と顔が合う。憎悪の満ちた視線と、ニンマリと勝ち誇ったかのように歪められた口元。引いてしまった薙刀は間に合わない。絶好の機会を前に、正確に銃口が士郎の頭部へと定められる。

 

 ――――蹴とばせッ!

 

 脳内に響いた声に従うように、士郎は左足を振り上げた。空中での動きで満足に威力も乗せられないが、導かれるように左足は相手の右腕に当たり、銃口を上にずらす。間髪入れず、士郎の頭上を弾丸が通り過ぎる。だがそれはわずかな延命に過ぎない。

 中る。着地に合わせて、再び照準を合わせられる。引き金を引かれる。

 逃げようのない未来を幻視した士郎は、着地よりも先に薙刀を振るった。受け身を度外視した動きは、今まさに士郎たちに向けようとした連装砲を、再び受けに回させる。流石に命が惜しいよな、と。こんな時だというのに、士郎はそんなどうでもいいことを思った。

 

「クッ!」

 

 甘く見ていた。

 士郎の後悔は、しかし何よりも遅い。

 着地、というより墜落まで。恐らく1秒もないはずだった。だがその前に相手は次の行動を完了させる。士郎から選択肢を奪う。

 薙刀を連装砲で受けた、その一瞬。士郎が次のアクション――即ち、払うか、振るか――に移る前に。

 相手は薙刀を掴んだ。掴んで、離さない。掴んで、力を込める。そして士郎ごと振り回す。士郎を引き剥がすがごとく、力任せに振り回す。

 悲しいかな。不十分な体勢。限界に近い握力。元より耐えられるわけがない。そもそもとして人と艦娘とでは絶対的な力の差がある。越えようのない隔たりが存在している。

 

「ぐぅっ!」

 

 即座に耐えることを諦め、士郎は薙刀から手を離した。だがそれすらも遅い。

 勢いを殺すことができず、壁に背中から叩きつけられる。辛うじて倒れこむのだけは耐えるが、衝撃が呼吸を奪い、背中から脳髄へと痛みが奔る。

 ここで絶対的な勝利を確信したのか、相手はわざわざ奪った薙刀を空中へ放った。そしてその刃先に照準を合わせて連装砲の引き金を引く。小粒でありながら絶対的な破壊力を内包するその塊は、薙刀に着弾すると、その勢いのまま貪るように喰らいついた。紛い物の投影品が耐えきれるわけもなく、その末路は見るまでもない。

 

「クッッソがぁ……ッ!」

 

 士郎にしては珍しくも悪態を吐いた。だがそれも仕方がない。

 相手の銃撃からここまでおおよそ5秒。その間に薙刀は砕かれ、傷は悪化し、過度の運動により心臓が悲鳴を上げて。その代償に得たのは5秒先の未来。だがその未来すら間もなく奪われるだろう。照準を合わせられ、引き金を引かれてお終い。僅か5秒で、再び死の条件は揃ったかに見えた。

 だがその盤面を、士郎は再度覆す。

 

投影、開始(トレース、オン)ッ!」

 

 士郎は無手のまま、しかし何かを投擲するかのうように体勢を変えた。残存するすべての力をつぎ込んだ。死を前にした悪あがきのような動きだった。

 だがその言葉に、動きに。まるで呼応するが如く、無手のはずだった手に青白い稲妻が閃き、面々の視界を焦がす。そして瞬きの後には、その手には一本の薙刀が掴まれていた。先ほど確かに砕かれて霧散したはずの薙刀だった。

 投影魔術。グラデーション・エアとも称される、オリジナルの鏡像を魔力で物質化させる魔術。

 士郎はこの魔術の詳細を知らない。そもそも彼をよく知る養父にすら、この魔術は評価をされなかった。かつて創り上げた数々の代物も、その経緯と知識の乏しさから士郎自身もガラクタと認識していた。

 だが今は。頭が理解をしていた。鉄底海峡、そして先ほどの天龍との戦闘で行使してきた魔術だったが、全てをすっ飛ばしてその核心を掴んだ。満潮や磯波たちの注意喚起も、今まさに大井が見ていることも、その全てを埒外に。

 

「っ!?」

「ッ!」

 

 常識外の光景に、相手は僅かに硬直した。勝利を確信していたその笑みは驚愕に彩られ、しかしすぐに消し去った。憎しみで上書きをしてきた。銃口を士郎へ合わせるべく、装着している腕を動かす。だが遅い。

 士郎は勢いのままに薙刀を投擲した。その後の事なんか考えない、全力の一撃。踏みしめた左足から投擲するその指先まで。発生する全ての力を余すことなく伝達し、一撃に乗せる。そこには明らかに今の士郎に見合わぬ力が発生していた。投擲と言うよりは発射だった。

 

「■■■■■ッ!!!」

 

 咆哮。憎悪が溢れ迸らんばかりに、大気を揺るがす声量が響き渡る。

 仕留めそこなったか! だが全てを出し尽くした士郎にできるのは、倒れるまでの数瞬の間の光景を見るだけ。投擲した薙刀は相手の連装砲ごと右腕を貫いている。だがそれだけだった。その動きを止めるまでには至っていなかった。

 士郎を射殺さんとばかりに眇められた眼。殺意も敵意も憎悪もすべてその眼に孕んで。この手で確実にぶち殺してやると、そう言わんばかりの表情だった。薙刀を抜き、最短を真っすぐに襲い来ようと足を踏み出していた。

 

「――――まったくもう!!!」

 

 だがその安直な選択による好機を、大井が逃すはずもない。逃しては佐世保最強を名乗れない。

 大井は士郎の左腕から力が抜けるのと同時に、するりと抜けだした。そして流れるような所作で、飛び掛かろうとした相手の、その顎にカウンターの掌底を叩きこんだ。

 ガギッ、と。鳴り響くは、おおよそ人体から発せられるとは思えない硬質な音。さらに追撃の左拳を、脇腹に突き刺す。最短距離を最速に。それでいて十全に力の乗った拳を、深く、深く。

 しかしながら相手もそこで黙りはしない。黙ったままやられはしない。左手で大井の肩を掴むと、そこを支点に膝蹴りをぶち込んだ。大井が銃撃をされた箇所を、ピンポイントに。打ち抜くように。

 

「ッ!」

 

 だが大井は怯まない。止まらない。その程度の痛みで止まるはずがない。

 歯を食いしばり、身体を硬直させ。脳髄を焼かんばかりのダメージをものともせず、大井は右拳を鳴らした。力を入れ過ぎたが故の、拳が発した悲鳴。その集約した力の塊を、相手の側頭に打ち付ける、打ち抜く。

 鋼で鋼を打ち鳴らしたかのような、鈍い不協和音が館内に響く。

 2人は足を止め合い打ち合っていた。互いがその場から動くこともせず、四肢を武器に打ち合う。その細腕から鳴るには不釣り合いな音が、絵面を超越する苛烈さを物語っていた。互いの一撃が、その命を刈り取らんとするには充分な威力を内包していた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 一瞬でも渡り合えたなんて、奇跡にも程が合ったな。士郎は心の内で自身に悪態を吐くと、這いずるようにして2人から距離を取った。目前の戦いに巻き込まれないように、邪魔にならないように。

 撃たれた右足はもとより、酷使した左足も満足に動きそうにはない。最後の投擲で限界を迎えたらしく、右腕も力が入らなかった。残った左腕でどうにか距離を取るのが精いっぱいと言えた。

 一方で相手はもう士郎の事など気にも留めていない。目の前に立ちふさがる難敵を相手にすることに全神経を注いでいた。仕留め損ねたことも、右腕を貫かれたことも、全ては埒外に。残っている力を、ただ目の前に振るう。

 

「■■■■■ッ!!!」

「せぇぇぇ、のっ!」

 

 左頬を殴られれば左頬を、右頬を殴られれば右頬を。2人は互いの攻撃をよけもせず、間髪入れずに反撃を繰り出す。その度に体のどこかが壊れる音が鳴り響く。鳴ってはいけない音が響く。骨が折れる音も、飛び散る赤い液体も、2人を止めるには至らない。

 士郎はそんな2人をよそに、もう一度薙刀を投影した。そして壁と薙刀を使って、どうにか立ち上がろうと試みる。座りこんだままでは、尚も邪魔になると判断したからだった。

 

「■ッ!」

「ふっ!」

 

 互いの拳は既に赤く染まっていた。それは相手の血か、或いは自身の血か。

 拳には拳を、膝には膝を、頭には頭を。まるで互いが互いのタイミングを分かっているかのように、鏡写しのような攻防。こんな時だというのに、目を奪われて離せなくなるような、そんな光景が繰り広げられる。

 だがそんな時間も長くは続かない。

 

「っらぁ!」

 

 少しずつ大井が押していく。相手の腕が負傷していることを差し引いても、大井の方が優勢であることは変わりなかっただろう。的確に四肢が動きを捉え、反撃の芽を摘む。

 そもそも。全力の打ち合いに身体がいつまでもついていけるはずもない。いつまでも続くと思われた、命の炎を燃やすような煌めきは一瞬のこと。そして一つの掛け違いが、一息に舵を切っていく。決着へ舵を切っていく。

 それでも。なおも相手は抵抗を止めない。不屈の意志を持つのは同じこと。

 右足。その錨を模した鋭い足先を、大井の側頭部に向けて振り上げる。当たれば頭部程度は粉砕されるであろう、強力無比な一撃。だが読まれている。肘で勢いを、密着されて距離を殺される。

 そしてそのまま大井はボディーブローを突き刺した。深々と突き刺さる拳に、たまらず頭が下がれば。その顎を頭突きでかちあげる。相手のメガネが跳び、脳が揺れたのか一瞬呆けたように目が虚ろになり――――

 

「■■■■■ッ!!!」

 

 その眼が士郎を捉える。

 立ち上がった士郎を捉える。

 再びその眼に憎悪が帯び。口角から赤い泡を飛ばしながらの咆哮。

 大井に対するのとは別種の感情が、指向性をもって士郎にぶつけられる。崩れかけていた膝に力が入り、弱っていたはずのエンジンが再点火する。大井を跳ねのけてまで、士郎に向ってこようとする。

 

「こンのッ!?」

 

 大井が阻害しようと手を伸ばすが、それを振りほどき踏み出てくる。士郎に向かって踏み出てくる。

 その手は真っすぐに士郎へ――――否、その手にもった、薙刀へ。

 

 ――――すまねぇ、やってくれ

 

 そして相手の感情に、或いは脳に響いた声に。

 導かれるように士郎は動いていた。限界を超えたその先へ。まるで誰かに動かされるように。

 最短距離を真っすぐに。

 射出するように、真っすぐに。誰かがそうしたように、そうするように。

 相手に刃先を向けて伸ばす。

 伸ばされたその左手に向けて伸ばす。

 

「■■■■■ッ!!!」

 

 その切っ先は、相手に届いた。届いて左の掌に突き刺さった。だがそれで終わりだった。

 基本骨子の甘さか、魔力不足か、その両方か。ともかく薙刀は砕かれた。その握力を前に砕け散った。きらきらと破片が飛び散り、魔力へと形を変え、空中へ霧散する。

 今度こそ完全に抵抗は終わり。

 そしてそこで、相手は縫い付けられたかのように動きを止めた。

 

「また会いましょう……いつか、どこかで」

 

 大井が相手に後ろから抱き着いていた。その両手は腰に回されていた。そして一息で相手を持ち上げる。持ち上げて、橋を架けるように、その頭を床に向けて落とす。

 ジャーマンスープレックス。

 だがその技は、柔らかなマットの上ですら危険とされ。当然硬質な床で放つためのモノではなく。

 ぐちゃりと。肉を潰す嫌な音が、士郎の耳にまで響く。

 

「……じゃあね」

 

 相手の身体が一瞬硬直し、それからゆっくりと床に伏す。

 その間にすでに大井は立ち上がり、右拳を見せつけるように掲げた。

 そしてそのまま相手の無防備な頭部に、突き刺すように振り下ろす。

 

「さようなら……鳥海」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「お゛え゛ぇ゛ぇ゛……」

 

 大井は膝をつくと、びちゃびちゃと吐瀉物を床に吐き出した。ツンとした特有の臭いが周囲に漂うが、それを気にする余裕もない。

 高速修復により傷がふさがったとはいえ、本来であれば彼女は静養が不可欠である。ロクな休息も取らずに無理やり身体を動かしたこと、戦闘による負傷、内臓へのダメージ、思い当たる原因はいくらでも挙げられた。

 士郎はそんな大井の背中に手を置くと、優しくさする。吐いている人の背中をさするのは、昔に飲み過ぎて吐いたお隣さんの介抱で経験したことだった。

 大井は一瞬吐き気をこらえるように身体に力を入れるが、それから胃の中のものを全てぶちまけるような特大の一発を吐き出した。

 

「あ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛……」

 

 幽鬼とは今の大井のことかと。そう思わせるようなひどい顔色と様相のまま、口元を雑に拭って大井は顔を上げた。だがその行動すらも今の彼女にとっては重荷なのか、その場でよろめいたかと思えば士郎に向けて体勢を崩す。

 咄嗟に彼女を支えようと身体に力を入れる士郎だったが、そもそも士郎自身もボロボロである。僅かに重力に抗う――――こともできず、早々に膝を崩した。せめても大井の下敷きになることくらいしかできなかった。

 もぞりと。大井は起き上がろうと両腕に力を込める。だが上半身を起こすので精いっぱいだった。士郎は下で、大井は上で。互いに一瞬見つめ合う。

 

「……ウソツキ」

 

 拗ねていた。大井はむくれるように、子供っぽく、わかりやすく拗ねていた。あの執務室で対面した時のような、威圧的な雰囲気はどこにもなかった。

 ウソツキ、ウソツキ、ウソツキ。繰り返すその仕草は、ともすれば可愛らしくすらあった。状況は一切笑えないのだが。

 ぽすり。大井はそのまま士郎の上に横になる。腕が限界を迎えたのか、力を入れることもなかった。

 

「ウソツキね」

「……すまん」

「なぁにが『使えません』よ。もうっ」

「すまん、でも」

「ええい、うるさい、この減らず口が」

 

 もぎゅっ。大井は手を伸ばすと、そのまま士郎の口を掴んで塞いだ。そして力を入れるが、締め上げるには足りずに、少しの間掴むだけに終わる。

 

「木曾から聞いていた通りね。……まったくもう」

「木曾?」

「ええ。『士郎は無茶しがちだから、何かあったら頼む』って」

 

 お見通しだったってわけか。大井に頼みごとをするその光景は容易に想像できた。突然の言葉に困惑を見せる大井と、どう説明しようか悩む木曾。笑えるくらい鮮明だった。

 そして少なからず、木曾はこうやって命の危機に迫る可能性を想定していたわけだ。姉とはいえ今回の帰還組でない大井にわざわざ話をしていたのだから。

 

「ついでに言うと、剣を射出……とは言っていなかったけど、不思議な能力を持っているってことも聞いているから」

「……そうか、話していたのか」

「ええ。まぁ妖精さんから伝わることも考慮した上での判断ね。……最初に聞いた時は、頭の検査をちょっと考えたわよ」

 

 それはそうだろう。剣を創って射出できるなんて世迷言、誰が信じるというのだ。

 

「ちょっと揺さぶりをかけてみれば、磯波には無駄に敵意を持たれるし……とんだ役回りよ」

「……すまん」

「あの子、毎回すごい目をしながらこっちを見てくるのよ。怨敵かってくらい」

「すまん」

「あなたがさっさと白状していたら違ったでしょうに」

「……そうするわけにはいかなかっただろ」

「当り前じゃない。ええい、この減らず口が」

 

 頬を摘ままれ引っ張られる。呆気からんとした態度だが、なんと理不尽なことか。まぁそんなことを言ったら、ほほを摘まんでいる指先がどんな動きをするか分からないので、絶対に口にしないが。

 

「さ、て……ふんっ!」

 

 ある程度回復したのか大井は気合と共に身を起こした。士郎の上に座り込む形に体勢を変える。ふぅっ。一息を吐いて。纏う空気を変える。再びよく見た仮面をつける。それから、右手を士郎の眼前に出した。

 

「今、衛宮さんには二つの選択肢があります」

 

 1本。指が立つ。人差し指が真っすぐに。

 

「一つは、今日この場で起きた全ての出来事を口外しないと誓い、今後を一般人として過ごすこと。もちろん状況が状況なので監視はつくでしょうが……もう二度とこんなことに衛宮さんが巻き込まれないように、尽力することを誓います」

 

 2本。中指も。真っすぐに、見せつけるように。

 

「もう一つは、艱難辛苦の道になります。断言しますが、今までの平穏な日々に戻れません。今日のような出来事にまた遭うでしょうし、見たくないものをいくらでも見ることになります。そしてその度に正義は揺らぎ、心が迷うこともあるでしょう」

 

 ちらりと。大井は後方に視線を一瞬向けた。倒れ伏し、動かぬ仲間の死体。一つは士郎が、一つは大井が手にかけた死体。

 

「もしも貴方が平穏な日々を望んでくれるのであれば、どうかこのまま今日の事は忘れてください。貴方は何も知らない、何も見ていない。……それでいいんです」

 

 私も今日見たことは一切口外しません、誰にも何にも。その言葉はきっと本心で。士郎の身を案じてくれることは痛いほどに伝わってきた。

 平穏な日々を過ごせる。それはなんと魅力的な響きだろう。

 もうあの悍ましい化け物と相対することなく。

 人外の存在に命を懸ける必要もなく。

 多少生活に不都合はあるかもしれないが、もう怪我を負うこともない。

 無くしている記憶も、平穏な日々を送っていれば思い出すかもしれない。

 

「でも、もし……貴方がこの道を選ぶのなら」

 

 大井が指をしまう。そして少し、握手を求めるように、手の形を変えた。完全には手を開き切らず、中途半端なその右手。

 その手を士郎は握り返した。間髪入れなかった。最初から答えは決まっていた。

 平穏な日々も、安寧な時間も。その裏で命を賭している仲間がいるのに享受するつもりはなかった。できるわけがなかった。

 そうとも。もうすでに決めたのだ。

 この先に何があろうとも――――戦うと決めたのだ。

 

「……もう」

 

 大井は手を握り返されたことに、驚きを見せなかった。見せなかったが、やっぱりかと言いたげに、困ったような表情を浮かべた。まるでそう答えることを分かっていたかのようだった。

 握ったまま、その腕力だけで、大井は士郎の身を起こした。起こしつつ、自身も立ち上がる。士郎も導かれるように立ち上がろうとするが、今の体調で立ち上がれるはずもなく、前のめりに大井に覆いかぶさるようにバランスを崩した。奇しくも先ほどの嘔吐後と似たような状況になった。

 だが今度は2人して倒れることなく。士郎の身体を大井は優しく抱きしめて止めた。

 

「本当に……本当に馬鹿な人」

 

 その言葉は、声は。

 聞きようのない弟に呆れるよう声色で。

 でもどこか優しく士郎の耳に響いた。

 




 おまけ(と言う名のNG)

「お゛え゛ぇ゛ぇ゛……」

 大井は膝をつくと、びちゃびちゃと吐瀉物を床に吐き出した。ツンとした特有の臭いが周囲に漂うが、それを気にする余裕もない。
(中略)
 大井は一瞬吐き気をこらえるように身体に力を入れるが、それから胃の中のものを全てぶちまけるような特大の一発を吐き出した。おえー。

「お゛ッ、え゛ぇ゛ぇ゛……」

 士郎も吐いた。士郎もボロボロの様相だったし、内臓が悲鳴を上げていた。さらには吐瀉物特有の臭いが、嘔吐感を刺激していた。げろって鼻に来るから仕方ないよね。

「お゛ッ」

 びちゃびちゃびちゃ。大井も再び吐いた。もうちょっと我慢しようと思ったけど無理だった。げろにはげろだった。自分のげろの臭いは我慢できるのに、他人のげろの臭いって我慢できないからね。仕方ないね。
 おえー。
 おえー。
 2人は互いに背を摩りながら吐いた。片方が吐いたら、それに呼応するようにもう片方も吐いた。げろの永久機関だった。2人はもはやげろ吐き友達と言って差し支えなかった。略してゲロトモだった。
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