艦隊これくしょん×Fate/staynight   作:くまー

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もう色々と詰め込みましたが、それでも全部は書き足りていません。
だから! あれほど!! 計画通りに!!! 書けと!!!!
もう長くなるからこれでお終い!!!!!


2-15

 ――――ヒトヒトサンマル

 佐世保鎮守府、鎮守府前海上

 

 

 

「魚雷くらい持ってくればよかったかしら」

 

 叢雲はため息とともに軽口を叩いた。カチカチカチ。装着した連装砲からは、いくら引き金を引いても弾が出てこない。

 あーあ。呆れと言うには足りない言葉と共に、もう一度溜息を吐き出す。それから装着していた連装砲を外した。そしてその取っ手にベルトを結び付ける。ぐるぐる、ぶんぶん。強度を確かめるように軽く振り回す。重さで千切れるかもと思ったが存外しっかりと固定できたらしく、即席の鎖分銅っぽい何かが出来上がった。

 

「……ま、何もないよりはマシでしょ」

 

 ぺしっ。出来上がったそれを、叢雲は軽く叩いた。軽快に、気軽に、緊張感無く。

 それから改めて前へと視線を向け直した。

 

「……はぁ」

 

 ぶるりと。身体を震わす。

 視界が捉えたのは、悍ましき姿。

 不格好に改造されたような巨大な頭部。

 横一文字に開いた口らしき箇所。

 不揃いな歯並び。

 胴体を覆う装甲。

 生気が一切見られない青白さで染め上げられた手足。

 前方からまっすぐに。襲い来るは、いつかのどこかで対峙した敵共。

 

「――――はっ」

 

 ぶるりと。身体を震わす。

 潮と浦風と電は先に行かせた。

 自分は殿。

 満潮には悪いけど、このまま戻るわけにはいかなかった。

 満潮たちを無視して追ってくる敵を止めなければならなかった。

 それがひいては、アイツを護る事にもつながるのだから。

 

「まぁいいわ。リベンジマッチ、したいと思っていたし」

 

 託されたものは分かっている。

 満潮の考えも理解できる。

 だけども、ここで引くわけにはいかない。

 1人でも多く生き残るために。その可能性を上げるために。

 それはもしかしたら、どっかのお人好しの馬鹿さ加減が移ったのかもしれない。

 深海棲艦に生身で立ち向かった大馬鹿者に。

 そう考えると、何故か笑えて来た。

 

「ひー、ふー、みー……さぁて、相手してもらうわよ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

■ 艦これ×Fate ■

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――――ヒトヒトサンマル

 佐世保鎮守府、通路。

 

 

 ひどく疲れた。

 ぼうっ、と。視線を虚空に向けたまま、士郎はそんなことを思った。壁に背を預けた体勢で。力なく投げ出した四肢はピクリとも動きそうにない。

 耳鳴りだろうか。キーン、と音がする。そして合間を縫ってどこからか聞こえる別種の音。膜がかかったかのようにくぐもった音。

 士郎は静かにゆっくりと息を吐き出した。体内に残っている熱を排出するように。

 

 どぉん、と。どこかで音がする。

 ビリビリ、と。壁から背に、背から頭へと振動が伝わる。

 

 外はどうなっているのだろうか。

 気にはなるが、様子を伺いに行くための力は湧かなかった。身動ぎせず座り込んだままの今の状態ですら、時間の経過とともに力が失われていた。指一本を動かすことすら億劫に思えた。

 天龍、そして鳥海。一時的とはいえ彼女たちと渡り合うために、限界を超えたのは間違いない。たかだか人の身で、分不相応な力を求めた末路。

 だが見方を変えれば。それが自身の魔術の副産物であるとはいえ、過ぎた奇跡を手にした代償であると思えば、なんと軽い代償だろうか。

 

『衛宮さんはここにいてください。私は見たくないものを、見てきます』

 

 そんな士郎の奇跡を目の当たりにした大井は、今はこの場にいない。

 彼女は士郎に言葉を残して、一人通路の奥へと消えて行った。

 限界ギリギリなのだろう。士郎と磯波を残したまま、足を引きずりながら、単身での行動だった。

 

『ここで待っていてください。なるべくすぐ戻りますので』

 

 見たくないもの。それが何を意味するか、士郎には分からない。分からないが、良い響きでないのは確かだ。そしてそれは、きっと士郎が見るわけにはいかないことなのだろう。

 士郎も着いていくとは言えなかった。そもそも一人で動ける状態ではない。今の大井にこれ以上の負担を強いることはできなかった。

 

『あと、分かっているとは思いますが……誰かが来ても、鳥海と天龍のことについては、何も知らぬ存ぜぬで通してください。余計なことは一切言わないでください』

 

 まぁそれは当然である。何かを言えるはずがない。自身の能力云々の話ではななく、鳥海と天龍の亡骸があること自体が大問題なのだ。彼女たちについて何かしらの言及をするのであれば、結局は全てを話さざるを得なくなるだろう。……彼女たちが暴走したという、にわかには信じられない話を。

 そしてその話の結果は、どんな理由があろうとも、仲間を手にかけたという末路に繋がる。そんな釈明のしようのない事実が何を引き起こすかなんて。流石に想像できないほど士郎は考えなしではない。

 

『それと――――ちなみにですが……本当に危ないときを除いて、勝手に動いたら魚雷撃ちますから』

 

 なお、しっかりと釘を刺されたことは言うまでもない。士郎はもちろん了承の意を示したが、その眼は全く信じていなかった。めちゃくちゃに疑っていた。その眼差しは、つい最近に別の誰かで見たことがあった気がした。

 何だっけか――――と考え、先日の食堂での大井との問答を思い出す。川内の案件で話をした時の眼差しだった。絶対零度の眼差しだった。全く士郎の発言を信じていない時の眼差しだった。

 ああ、それと同じなのか。

 

「ッ、げほっ、ごほっ!」

 

 思わず苦笑いを浮かべたところで、何かが喉につっかえる。反射的な筋肉の動きに、身体の節々が悲鳴を上げる。ただのそれだけで痛みに視界が点滅する。

 意識の先を絞られ、切れそうになる感覚。口の端から垂れる液体を拭う力もなく、士郎は力なく頭を垂れた。

 その視界の端に、磯波が映る。

 士郎は傍らで倒れ伏し、今もまだ目を覚まさない彼女のその脈を測る。規則正しく、落ち着いた鼓動。そこだけを切り取ってみると、彼女の容態は落ち着いていると見えるかもしれない。だが実際には磯波の方がよっぽど重傷だ。

 

「……ごめん」

 

 零れた言葉は、許しを請うような情けのない音。

 磯波の重傷は、天龍と相対したから? ……違う、そんな単純な話なわけがない。

 本当は分かっている。

 士郎ですら抵抗できたのだ。いくら不意を突かれたとはいえ、磯波ほどの実力者が、一方的に殴られるわけがない。

 彼女がそうなったのは、そうせざるを得なかったのは。ただ一つ。士郎のため。

 防御姿勢を取らず、無防備な姿をさらし続けたのは。下手に抵抗して、他に気を向けさせなかったのは。

 一秒でも多くの時間を自身に集中させて、士郎が逃げる時間を稼ぐため。

 

「顔向け、できねぇな」

 

 磯波の自己犠牲の行動が正解であるか否かは分からない。

 だが事実として。磯波は士郎のために命を賭した。……いや、磯波だけじゃない。

 思えばそもそも、他の皆だってそうだ。あの海域で、そしてここで。ここまで連れてきてくれた木曾たちも。今もなお残り戦い続けている金剛たちも。

 それだけ皆が、士郎が生きることを望んでくれている。

 だから、きっと。

 天龍と対峙したあの時。きっと逃げることが皆の意に沿っただろう。磯波だけでなく皆が望んだ正解だっただろう。

 ……それでも。逃げるわけにはいかなかった。

 理屈ではない。

 皆を置いて逃げることを、士郎ができるはずがない。

 

「……ほかの、皆は」

 

 無事だろうか。

 働かない頭で、そんなことを士郎は思った。

 満潮と叢雲は、確か近海の警備で出撃すると言っていた。

 三日月はオフで買い物だったか。

 木曾や望月はまだ電車の中だろうか。

 川内や不知火の動向は知らないが、恐らく撃退のために奮闘しているだろう。

 先ほど出会った日向は単身奮闘しているのだろうか。

 隼鷹はまだ相手艦載機を引き付けているのだろうか。

 先日バスケ場で出会った子たちは無事だろうか。

 そして、あと、あの子は。雷によく似たあの子は――――

 

 

 

「誰かぁ! おらんかぁ!」

 

 

 

 士郎のすぐ横。設置されている扉が勢いよく開かれる。士郎の思考ごとブチ抜くかのように、物理的な勢いをもって。そして勢いあまるようにして入ってきたのは三つの人影。

 あぁ、そこに部屋があったのかと。上手く働かない頭で、阿呆なことを考える士郎を置いてきぼりに。

 青色の髪色の少女と、

 黒色の髪色の少女と、

 栗色の髪色の少女が、

 室内に足を踏み入れ――――眼前の惨状を前に、時を止める。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 今の現状を、一切の混じり気なく文章にするのなら。

 少女たちの目前には二つの躯が転がっている。

 一目で死んでいると分かる、躯が。

 

「い、ゃ……」

 

 彼女たちが天龍や鳥海と、どのような関係にあったかなんて。そんなことを士郎は知らない、知るはずもない。

 だが、頼りにされている存在であろうことは、少女たちを見ればわかる。

 反応は三者三様であれど、追随する感情は同じ。

 茫然自失となり、その動きを止めた彼女たち。その胸中を占める感情はどれほどのものか。察してしまう程度には鈍くないからこそ、声をかけることができるはずもなく、士郎は思わず目をそらす。

 

 だが士郎は勘違いをしている。

 彼女たちは、見た目こそ少女だが、その中身は決して外見に追随はしない。

 

 停滞は一瞬。

 限度を超える光景にも、容赦のない現実にも。少女たちは屈しない、潰されない。

 止まっていたはずの3人は、予兆もなく再度時を刻む。

 各々が自分のやるべきことを理解し、全力を尽くす。

 溢れる涙も、食いしばった歯も、握りしめた拳も。

 今はまだ、すべて埒外へ。

 

「え、衛宮さんっ!? それに磯波ちゃんも!?」

 

 士郎たちの存在に最初に気が付いたのは、栗色の髪の少女だ。彼女は慌てて2人へと駆け寄ると、真っ先に士郎の手を取り脈を測る。だが士郎としては、意識のある自分なんかよりも、重傷の磯波の方を優先してもらいたい。

 

「ッ、ごほっ!」

 

 そう言おうと口を開くが、言葉の代わりに咳が出る。些細なことすら満足できない身体。咳き込むことで、再び意識が飛びそうになる。

 

「だ、大丈夫なのです! ぜ、絶対助けますからっ!」

「だい、じょうぶ……それより……磯波を……」

「も、もちろんです! 磯波ちゃんも助けます!」

 

 栗色の髪の少女の後を継ぐように、黒髪の少女が磯波に駆け寄った。そして丁重に、丁寧に、磯波を抱きかかえる。揺らさぬように、刺激のないように。

 

「2人は任した! うちは叢雲のとこに戻る!」

 

 一方で。青髪の少女は、別の行動を取るらしい。それも叢雲の元へ戻ると。

 1人唯一、鳥海の元のに跪くと、彼女の装備していた連装砲を確かめた。……だがその連装砲は、つい先ほど士郎が破壊したばかりである。

 動作の確認を試みるも、すぐに彼女は表情を曇らせた。

 

「使えん、かぁ……他には……」

「ぶ、武器庫はどうかな!?」

「武器庫……時間が足らん」

 

 よほど切羽詰まっているのか。使えないと分かりながらも、彼女は連装砲を手に持ったままの状態で固まってしまう。そして時間がないという言葉。叢雲の元へ戻らないとならないということ。

 外の状態は想像以上にマズいのかもしれない。

 

「そとは、なにが……」

「だ、大丈夫なのです! 衛宮さんは気にしなくても……」

 

 つまりは大丈夫じゃないってことだ。嘘が下手、というよりはその余裕もないのだろう。うだうだとここで問答をするのは無駄でしかない。

 士郎は次の言葉を口にすることなく、支えられるがままに立ち上がった。座り込んだままでは無用に心配をかけるだけである。言外に、自分の事は気にするなと言う意志表示。……尤も、そのまま立ち眩みを覚えて壁に寄りかかりそうになるのだが。

 

「はわわ!? 無茶はダメなのです!」

「俺は大丈夫……それより、外は……」

「え、衛宮さんが気にすることではないのです!」

 

 どうやら少女は外の状況を教えるつもりは無いらしい。やや大きな声を上げると、そのまま士郎の身体に抱き着くようにして動きを止めに入る。余計なことをさせないように、己の身を盾にするように。

 

「電の言う通りじゃけぇ、衛宮さんは気にせんでええよ。うちらに任せとき!」

「そうです、き、気にしないでください!」

 

 他の2人も追随するように言葉を紡ぐ。だがその言葉は、無理やりに絞り出したもの。士郎を安心させようとする、精一杯の優しいウソ。……だが叢雲の名前を出された今、素直に首を縦に振るわけにはいかない。

 とは言え士郎が何を言おうと、彼女たちはその意志を曲げないだろう。庇護対象である士郎を助けることを第一優先とするのは間違いない。それが彼女たちの責務であり本意なのだから。

 

 ――――使えよ。

 

 不意に。士郎の脳内に声が響く。そして誰かが指をさした。名前も分からぬ誰かが、倒れ伏す2人に向けて。

 最期まで役立たせろよ。加えられたその言葉に、士郎は電流が迸る様な感覚を覚える。それは経験値の浅い少女たちを死地に向かわせず、かつ自分が一人で動くことのできる、天啓染みた案。

 

「……っ」

 

 士郎は静かにゆっくりと息を吸い込む。余分なもので喉を刺激しないように、使う体力は最低限に。それから今まさに士郎を支えて離さない少女の肩を優しく叩いた。

 

「俺は大丈夫、本当だ。……それより、彼女たちを」

 

 跳ねる心臓を抑えつけ、言葉を形にする。

 今から自身が行おうとしていることは、最低最悪の行為。

 磯波の献身も、大井の忠告も、少女たちの尊厳も。

 その全てを踏みにじる選択肢。

 それを理解しながら、しかし士郎はその道を選ぶ。

 

「先に、2人を連れて行ってくれ」

 

 2人。それが誰と誰を指すか。それが分からないほど、察しの悪い者はここにはいない。

 少女たちは示し合わせたかのように、倒れ伏す2人に目を向けた。血だまりに伏し、どう足掻いても生きているとは言えない躯に。連れて行けるはずも、意味もない存在に。

 

「そ、そう、じゃのぅ……」

 

 歯切れの悪い相槌。そこにどれだけの葛藤が含まれていることか。

 一般人に余計な気苦労を与えないように、同調の意を見せるかべきか。

 どうしようもない現実を言葉にし、無理やりに連れて退避させるべきか。

 なるべく穏便に退避をさせるには、どうやって説得をすればいいだろうか。

 きっとその脳内で、いくつもの考えが浮かんでは、どうするべきか迷っているのだろう。

 ……そんな少女たちの苦悩と葛藤を、手に取るように士郎は分かることができた。

 そこにもう一つ。

 

「頼む、恩人なんだ」

 

 嘘もいいところだ。さっきまで殺し合っていたのに、よくもまぁぬけぬけと言葉に出来るものである。

 最低最悪のくそ野郎。人の気持ちも理解できないカス。ブリキの人形の方がよっぽど人間だ。

 士郎の言葉に少女たちは目を見合わせた。倒れ伏す2人をそのままにできないのは、3人も同じ考えであった。

 ある意味では都合がよい言葉だったのだ。全てを円滑に進めるための正当性すらあった。そしてこれ以上余分な時間をかけることも惜しかった。……要は気持ちが悪いくらいに理由が揃っていたのだ。

 平時であれば、そのおかしさに気が付くこともできただろうが、だがこの非常事態でそこまで頭も回せまい。

 

 

 

 結果として。

 少女たちは士郎の意思を尊重した。その口車に乗ってしまった。

 ――――まだ動けんだろ?

 少女たちが去った後。士郎だけ取り残された僅かな間に。また脳内で誰かが無茶を言ってくる。随分と人使いの荒いやつだ、と士郎は思った。こちとらもう限界いっぱいいっぱいだってのに。

 だが動く。声に急かされたから、ではない。不思議と身体が動くのだ。

 ……いや、理由なんて今考えることではない。

 動けるのならそれでいい。

 

「すまん、3人とも。そっちは頼んだ」

 

 それはただの自己満足の言葉。いなくなった3人に聞こえるはずもない。

 それよりもノロノロとしていれば、すぐに3人は戻ってくるだろう。

 戻ってきたら、今度こそ有無を言わさず退避させられる。

 

「動けよ」

 

 決めたのなら行かないと。行くのなら急がないと。

 壁に身を預け、息も絶え絶えと言った様相で。

 だけど士郎は動いた。

 動くことを選んだ。

 行くことを選んだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 いまだによくこんな力が出るもんだ、と。

 瓦礫に身を預けながらも動ける自分に、士郎は他人事のような感想を覚えた。

 身体は重いし痛いし怠いしで、今にも早く眠ってしまいたいくらいなのに。

 それでも足は動く。

 前へ、前へと。

 導かれるように。

 急かされるように。

 

「艦載機は……なし、か」

 

 見上げた空は蒼天。今の状況とは反比例の、その清々しい空には、敵の機影はどこにも見えない。

 隼鷹たちによる奮戦か、或いは近くの鎮守府からの応援か。何にせよ、ノロノロと歩く間抜けへの爆撃の危険性は減ったということだ。

 空を見上げたことで、またも士郎は意識を飛ばしそうになる。だがそのチカチカと点滅する視界を、根性でつなぎ留める。唇を噛み、気合で持たせる。前時代的なやり方? ここからは理論や理屈じゃない。気合と根性だけだがモノを言う。

 

「……投影、開始(トレース、オン)

 

 バチリ、と。紫電が迸る。

 脳裏に過るは一つのシルエット。

 繰り返すごとに、重ねるごとに、より強固になっていくイメージ。

 呟いた言葉、揺らぐ空間。瞬きの後に、その手に掴んだ鋼の武器。

 長く、槍を思わせるかのような柄。

 硬質で武骨な鋼のような脰。

 自然のものとは異なる、塗装され赤色に染まった刃。

 それは天龍と龍田が使用していた薙刀。

 

「きばれよ……まだできんだろ」

 

 うわ言のように、士郎の口からは自身を鼓舞するように言葉が出た。足を引きずり、息も絶え絶え。今にも倒れそうな歩みの分際で、何故まだ動こうと思えるのか。仮に第三者が聞いていたら、士郎の頭の調子を疑うことは間違いない。

 だが反して。一足進むごとに、士郎の視界は少しずつ明瞭になっていく。僅かにだが、しかし確かものになっていく。

 身体を預ける瓦礫がなくなれば、投影した薙刀を杖の代わりにして。

 遅くとも、倒れることなく。真っすぐに前へ、激戦の海へ。

 或いはその歩みは。誰かに支えられているかのようでもあり。 

 着実に一歩一歩、折れることも止まることもなく。

 

「――――叢雲」

 

 そうして。

 その眼が捉えるは、陸地の先。人の身では至れない海の上。

 しかしそこに確かに。戦っているその姿を見る。遠く、小さくとも。間違えるはずのない相手を見つける。

 叢雲。

 あの海で出会った、艦娘の一人。

 

「敵は……2体」

 

 そして。

 霞む目でも、距離が離れていても。

 叢雲の倍以上はある体躯。

 人の身とは思えぬ不格好な頭部。

 何よりも雄弁に感じさせる、悍ましい気配。

 ……間違えるはずがない。

 ここからの距離は目算でいくらくらいだろうか。100? 200?

 いずれにせよ、今のこの身で泳ぐことは勿論のこと、投擲をしても届く距離ではない。

 ない、が、

 

「やれんだろ」

 

 一息入れる。肺を冷たい空気が満たす。

 それから士郎は、空いている手に魔力を集中させる。

 脳内に思い浮かべるのは、部活動でもよく使用していた弓。

 投影は簡単だ。何せ練習などで使用するのは勿論のこと、手入れだって行っていたのだ。

 ましてや物体構造の解析や把握はお手の物。記憶にない刀剣を投影するよりもよっぽど容易い。

 問題があるとすれば、

 

「足りない、よなぁ」

 

 部活動で射る距離は28m。当然だが100mを超えるほどの距離を、士郎は当てたことは勿論射たこともない。

 そもそも部活動で使っている程度の弓の強度で、それほどの距離を稼げるかと言う問題もある。

 プロの競技用の弓なら話は別かもしれないが、士郎の知る弓と言えば部活動程度。

 ならば端から無理と言うのが正しいだろう。

 

 ――――んなわけねぇだろ。

 

 思い浮かべていたのは、部活動で使用していた弓。確かにそれではこの距離を射れない。

 だがそれなら、その距離に足るものを用意すればいいだけ。

 より頑強に、よりしなやかに。

 その不足を埋める代物を、士郎は知っている。投影している。

 先ほどの戦闘よりも前に、あの海で逃げるよりも前に、皆の帰る場所を護るよりも前に。

 あの始まりの島で。

 何も考えずに。

 何も疑問を抱かずに。

 

投影、開始(トレース、オン)

 

 可視化された魔力が稲妻を生み、空間を押しのけるべく風が逆巻く。

 集中させた魔力を形にする。

 そこに過度の補強も、思い入れも、何も必要ない。

 ただあるがままに、なぞるように、導かれるように。

 ただ歩くように、ただ呼吸をするように、ただただ自然に。

 そうして瞬きの後に、その手に握るは。

 西洋風の弓矢と弦。

 

 ――――やれんだろ。

「やれるさ」

 

 あの島では避けられた。異常な性能を前にして、ただ真っすぐに射た矢は不発に終わった。

 だが射た。100mを超えようともいう距離を、確かに士郎は射たのだ。

 問題があるとすれば、今先ほど投影した矢で貫けるかどうかだけ。

 ……否、それも問題ではない。

 貫けないのなら、貫ける代物を用意すればいいだけ。

 あの重厚な鎧を貫けるものを。

 幸いにしてソレに足るものを士郎は既に手にしている。

 ならば。不可能なわけはなく――――

 

 

 

「何をしているの!?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 その声は明らかに怒気を含んでいた。

 明確に士郎に向けられた、指向性を持った感情。

 誰かは分からない。分からないが、怖ろしいことになるのは予感できた。笑えるくらいに、その未来だけは思い描けた。

 

「ちょっと目を離したすきに……ああ、もう!」

 

 ずんずんずん。そんな地響きの音すら聞こえる気がした。きっとその顔には、可視化された怒りのマークが浮かんでいるに違いない。一切の視線を向けていないのに、不思議と分かるのだ。

 そう言えばよく怒られたっけ。隠れて酒盛りした時とか(・・・・・・・・・・・)無能への批判がバレた時とか(・・・・・・・・・・・・・)

 ……なんだそりゃ。

 まぁいいだろ。

 

「……へぇぇぇぇ? ガン無視なんて、いい度胸しているじゃない」

 

 いい度胸をしているわけじゃない。単純にその余力もないのだ。反応することすら惜しいのだ。

 事実だけを並べるのなら。士郎は既に全ての力を出し尽くした。それどころか限界すら超えていた。体力も魔力搾りカスすら出ないくらいに枯渇していた。無いところからは生み出せない。何度も言うが、もうこのままの状態でいいから倒れて寝たいくらいなのだ。今動けていること自体がおかしいのだ。

 だが何故か。身体が動く、誰かが導く。

 手を取られているように、操作をされているかのように。

 不足しているのならこっちのを使えばいい。

 足りない分は私たちが補うから。

 だからまだ動け。

 助けてあげて。

 俺たちを使って(・・・・・・・)みんなを助けて(・・・・・・・)

 

「……ああ、そうだ」

 

 絶え間なく囁く誰かに同調するように。士郎は漫然とした思考のまま、了承の意を示した。そしてその手に持った何かに魔力を通し、そのまま形状も確認せずにつがえる。片手で扱うには余る大きさを、しかし何の疑いも躊躇いもなく。

 それから震えを抑えながら、ゆっくりと腕を引く。理屈はともかく、この一撃が本当の本当に最後になるだろうという確信と共に。

 ……だが、

 

「……っ」

 

 腕が震える。力が入らない。焦点が合わない。

 矢のようにつがえ、渾身の力で引く。言葉にすればそれだけなのに、それができない。

 喧しいくらいの痛みにはいくらでも耐えられる。

 だが呼吸と共に、鼓動と共に、抜けていく力はどうしようもない。

 叱咤も、激励も、不可思議な力も。

 ただただ、足りない。

 事実も真実も現実も。

 一つの絶対的な理由を、残酷なまでに士郎に突きつける。

 

「――――ああ、もう、ほんっとうに!!!」

 

 力が抜ける。鏃がブレ、下を向く。その一瞬。

 ガバリと後ろから誰が抱き着く。そして士郎の左腕と右手に、暖かい何かを添えた。

 

「やるなら突き通しなさいよ!!! 最後まで!!!」

 

 それは士郎を揺さぶるかのような大声だった。

 力強く、支え、奮い立たすような。自然と身を引き締めさせるような。

 以前にも誰かに同じように与えてもらったような。

 そんな何かも含まれていて。

 

「全く、妖精さんたちまで巻き込んで……あとで覚えていなさいよ」

 

 そりゃ怖ぇな。まぁなんとなかなるでしょう。

 言いたい放題の誰かは気楽なものである。だがその通りだ。後があるのならそれは良いことだ。後でどうにかなるのならそれでいいのだ。

 そもそも毒を食らわばなんとやら。それよりも今である。 

 士郎は少し射線を上げるように腕を動かそうと試みる。真っすぐに射るのでは距離を稼げない。放物線を描く必要がある。

 それからもう一度、遠くで戦う叢雲を見定める。

 ――――大丈夫?

 ――――大丈夫だろ。

 

「中るさ」

 

 照準の合わないぼやけた世界で。

 それでも士郎は敵の存在を見た。

 叢雲と相対する敵を。

 悍ましく、禍々しく、毒々しくすらあるそれを。

 そして叢雲が、示し合わせたかのように大きく距離を取ったのも。

 全て士郎は見た。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 気が付いたら士郎はその場に座り込んでいた。

 もう動ける気は一切しなかった。

 あれほどまでに喧しかった声も。

 煩わしかった痛みも。

 今は何も感じない、気にもならない。

 

 ――――なに、していたん、だっけ。

 

 酷い眠気に対抗するように、飛び飛びの記憶をほじくり返す。

 放った矢のその後は分からない。

 けど海へと駆け出した誰かがいたような覚えはある。

 自分はその場に座り込んで。

 覚えているのはそれくらい。

 ……これでは何の解決にもならない。が、覚えていないのだから仕方がない。 

 

 

 

「あー、しんどっ」

 

 

 

 不意に。声がした。

 その声に反応して視線を上げれば、薄水色のロングヘアーの少女が映る。紅玉色で意思の強そうな眼が、向けられている。

 叢雲。

 誰かに連れられながら陸地に上がった彼女は、今にも倒れそうなほどにボロボロだった。

 磯波と同じように腫れた上がった頬。

 だらりと力なく垂れ下がった左腕。

 白い制服は赤く濡れて。

 だが意志の強さを感じる瞳に陰りは無く。

 その口は勝気な笑みを象っていた。

 

「まったく、無茶したわね」

 

 ハイタッチ、とはいかない。

 士郎は座りこんだまま、叢雲はボロボロで足を引きずりながら。

 2人とも力が入らず震えている状態で。

 それでも示し合わせたかのように手を叩き合わせた。

 それは言葉よりも雄弁な意思の疎通だった。

 

 




おまけ(と言う名のNG)


 士郎は次の言葉を口にすることなく、支えられるがままに立ち上がった。座り込んだままでは無用に心配をかけるだけである。言外に、自分の事は気にするなと言う意志表示。……尤も、そのまま立ち眩みを覚えて壁に寄りかかりそうになるのだが。

「はわわ!? 無茶はダメなのです!」

 やや大きな声を上げると、少女は士郎の身体に抱き着くようにして動きを止めに入る。余計なことをさせないように、己の身を盾にするように。
 だが勢いが付きすぎたせいで、それはもはやタックルだった。激突するかのような勢いでの阻害だった。そして士郎はそのまま地面にたたきつけられた。ぐえー。

「はわわ? ごめんなさいなのです!!!」

 少女の謝罪に、しかし士郎は何も返せなかった。どうやらこの一撃でキャパシティを超えたらしく、士郎は呆気なくも意識を手放すしかなかった。
 その刹那。
 士郎は傍らに天龍と龍田が立っているのを見た。2人は頭を抱えていた。片方は天を見上げてすらいた。あちゃー、とでも言いたげだった。それが士郎が覚えている最後の光景だった。
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