私は無理でした。
『金剛――大破
霧島――轟沈
満潮――中破
吹雪――轟沈
磯波――大破
白雪――轟沈』
……。
………。
…………。
……………。
………………。
…………………。
……………………。
………………………。
…………………………。
……………………………。
――――コンコン
……。
――――コン
……。
――――コンコン
「――――報告よ」
……。
「……新しく三人を救助したわ。軽巡洋艦、木曾。駆逐艦、望月。……そして一般人の衛宮士郎」
……。
「救助の際に潜水カ級と交戦。撃墜もしたし、多分此処の捕捉はされていないわ」
……。
「相変わらずこの海域は激戦区のままね……報告は以上よ」
……。
「……」
……。
「……待っているから」
■ 艦これ×Fate ■
マカリスター海洋研究所。
アイアンボトムサウンドにある海洋研究所で、旧潜水艦補給所を改造して建設された。研究内容は医療系で、主な実験対象生物は鮫。特に世界中広範囲に生息するアオザメが対象とされていた。
研究自体は順調であったらしいが、深海棲艦の出現により研究所としての施設機能は放棄せざるを得なくなる。代わりに、元潜水艦補給所であると言う点を生かして、深海棲艦への対抗拠点の一つとして暫くは軍に活用されることになった。
だが、特定危険種の一つでもある『航空戦艦・飛行場姫』の出現により戦況は悪化。元々深海棲艦が多く出現する激戦海域の一つとされていたが、奴の存在により本格的に奴らに一帯の制海権を握られる事になる。結果、軍の撤退と共に施設は放棄される事になった。
以降の記録は無し。
撤退自体はそんな昔の事では無いので、物資は意外にもそれなりの量が貯蓄されたままである。節制をすれば、一週間くらいなら成人男性3人分の生活も賄う事が可能。
だが戦闘の余波で使える施設機能は限定されている。海上施設は殆ど破壊され、海中の研究設備階層も一階部分であるA区画以外は水没。自衛設備も整っているとは言い難く、本腰を入れて籠城するには心許ない。
「まぁ、そう言うわけだから。寝泊まりはこの部屋で雑魚寝ってことでお願い」
一通りの説明の後、士郎たちが最後に案内された場所は広々とした部屋だった。A区画最大の広さを誇る会議室。在りし日の頃は、きっと医療発達の為に日夜議論が交わされていたのであろう。
部屋の中にあるのは大きなソファーが一つと、畳まれた幾つかの毛布。重ねられた段ボールの山。そして何処からか引っ張ってきた小さな豆電球。椅子やら机やらは隅に片されていた。
そこに、平和の頃の光景は無い。
「他の艦娘もここを寝室代わりに使用しているわ。ま、言っても今は私と磯波くらいだけどね」
稼働している部屋は第一医務室と、倉庫部屋が二つと、この会議室の計四部屋のみ。一番片付いているのはこの会議室であり、ともすれば一同揃っての雑魚寝も仕方が無い。
「他の艦娘もってことは、まだいるのか?」
「ええ。でも、駆逐艦が殆どよ。しかも軒並み中破以上」
仕方が無いことね。お互い通じ合うのか、木曾と満潮は同じような表情を浮かべて頷いた。それは納得とも諦観ともとれる表情であった。
溜息を吐きつつも満潮は言葉を続けた。
「3人調達のために外に出ているわ。他は第一医務室。寝ている子もいるから、入る時は静かにお願い」
「医務室か……物資はどれくらいある?」
「意外と残っているわ。でも、私たちにとっては意味が少ないものばかりね。説明文は英語だから殆ど読めないし……まぁ、有用なのは食料と燃料くらいかしら」
「こんなところで本格的な修復が出来ようとは思っていないさ。それだけでもありがたい」
「残りは少ないけどね。他の子たちが探してくれているけど、満足な量が見つかるかどうか……」
状況は悪い。
それは、この海域にいる限り変わらない。
「まぁ、今日は休みなさい。明日には皆帰ってきているだろうし……その時に顔合わせすれば良いわ」
「……そうだな。じゃあ、お言葉に甘えさせてもらおう」
「ええ、ゆっくり休みなさい。あと、はい」
士郎に向かって何かが投げて寄こされる。
ペットボトルと小さな瓶、それと缶詰。
どれも英語が記載されているせいで内容は分からないが、まだ未開封の新品だ。
「瓶に入っているのは栄養剤よ。水も缶詰も未開封で消費期限には余裕がある物だから大丈夫」
「あ、ありがとう」
「木曾さんはアレね、浄水したやつ。そこの段ボールの中の、開封済みのペットボトルに入っているから」
「いや、俺も浄水したやつで充分だけど……」
「衰弱しているんでしょ。アンタはただの人間なんだから、大人しく受け取っときなさい」
士郎の言葉は一蹴される。議論の余地もないほど、バッサリと。
壁に預けていた背を起こし、満潮は二人から視線を切った。案内は終わり。片手を上げ、背を向ける。
「じゃ、私は地上入口付近で見張りをしているわ。何かあったら来て頂戴」
「一人でか?」
「ええ、そうよ。一人の方が勝手も良いしね」
「……手伝う事はあるか?」
「気持ちだけで充分よ。一般人のアンタじゃ、正直足手纏いにしかならないわ」
他人を気にする余裕があるなら、自分の身体の回復に努めなさい。必要最低限の言葉で会話を終わらせると、結局士郎と碌に目を合わせる事無く満潮は部屋を出て行ってしまった。
取り残される士郎と木曾。
少しの間を置いて、申し訳なさそうに木曾は口を開いた。
「……あー、その……すまんな」
「構わないさ。言われた事は本当のことなんだし」
「根は良い奴なんだ。ただ、自分にも他人にも厳しくてなぁ」
「余計な気を使われるより百倍マシだよ」
事実として彼女の言葉は反論の余地の無い正論である。衰弱した一般人は大人しく寝ているに限るのだ。
そう言ってくれると助かるよ。そう言って木曾は苦笑いを浮かべた。彼女なりに色々と気を遣っているのは明白だった。
確かにストレートな物言いは人を選ぶかもしれない。が、士郎自身は嫌いでは無い。寧ろあそこまで言い切られれば納得の感情しか湧かなかった。
ただ、もしも気がかりがあるとすれば――――
「……なぁ、木曾」
「ん、どうした?」
「……あの子は大丈夫なのか?」
満潮は言っていた。軒並み中破以上、と。何処から線引きし基準を定めているかは分からないが、察するに此処にいる殆どの者が支障を抱えているに違いない。事実、満潮は右腕と右足に包帯を巻いていた。木曾や望月だって怪我を負っている。
だと言うのに、彼女たちは動いている。どう見ても自分より年下の女の子が生死を賭して働いている。
明らかに異常である筈の光景。
「満潮ちゃん、怪我しているんだろ?」
「まぁ……確かに怪我みたいなもんだな。だが此処じゃ動かねば果てるだけだ。それは本人が一番良く分かっている」
「だけどまだ子どもじゃないか」
「見た目はな。あんなナリでも艦娘なんだ。覚悟は出来ているさ」
望月だってそうさ。紡がれた会話には、理解し難い大きな溝が刻まれていた。前提の知識からして異なっていた。
その一つが、『艦娘』。木曾から、望月から、満潮から。幾度も訊いた言葉が、まるでそれ自体が意思を持ち合わせているかのように、士郎に納得をさせようと脳に蓄積する。
艦娘。艦娘。艦娘。
木曾と望月。
軽巡洋艦。駆逐艦。
満潮。
磯波。
深海棲艦。潜水カ級。
艦娘と深海棲艦。
一般人と艦娘。
衛宮士郎と艦娘。
「――――なぁ」
口を開く。
思えば。最初に出会ったときから、疑問に思う事があった。それは時間が無かったり、そんな状況じゃなかったり、はぐらかされたりして訊けていなかったけど。本来であれば最優先で訊かなければならないコトの筈だった。
そう。
未だに。一番大切なコトを士郎は知らない、訊けていない。
「――――艦娘って、何なんだ?」
■
トントントン。トントン、トン。木曾が米神を叩いている音。
そして困ったように。彼女は苦笑いを浮かべながら口を開いた。
「……また、随分と難しい質問だな」
さて、どこから説明したものか。腕を組み、木曾は天井を見上げた。
「……士郎は艦娘について何を知っている?」
「何も知らない」
望月は言っていた。機密扱いだと。そして同じく、中々お目にかかれない存在だとも。それは即ち、艦娘と言う存在が世間一般的にはそれほど浸透していないことになる。
「そうだな……深海棲艦については分かるか?」
「さっき見たアイツの事か?」
濡れた黒い長髪。
生気を失った青白い肌。
青く光る眼。
深海棲艦。潜水カ級。
「アレもだな。もっと言えば、士郎が撃墜した艦載機も奴らの仲間になる」
斧剣で叩き潰した黒い何か。アレは艦載機と称されるものであったらしい。
「相対して分かったと思うが、奴らは並の兵器では倒せなくてな。最新鋭の戦闘機ですら簡単に撃墜されちまう」
「戦闘機すらもか?」
「ああ。今のところ奴らに有用と言える手は片手で数えれる程度だな」
「その一つが、艦娘……」
「ま、早い話がそうなる。その中でも現状における最有力の防衛手が俺たちってことさ」
深海棲艦と言う正体不明の敵を倒す為に生まれた存在。
誇らしげに木曾は語ってくれる。だが、士郎には幾つか気にかかることが有った。
「……艦娘ってのは女の子ばかりなのか?」
「娘って漢字が付くくらいだからな。俺の知る限りでは男の艦娘なんて見たこと無い。システム上、どういう訳か女性しか成れないんだ」
「……女の子や子どもが戦うしかないのかよ」
ポツリ、と。小さく言葉が漏れる。自己への確認の言葉。
呟いて士郎は俯いた。知らず知らずのうちに握りしめていた拳は、既に白く変色している。薄々気が付いていたことだが、実際に言葉にされるとでは意味合いも大きく違った。
当たり前の現実。
知らない言葉。
変貌した日常。
いつから世界はこんな姿になったのか。
「……まぁ戦場に女も男も無いさ。強ければ生き、負ければ死ぬ。実にシンプルだろ」
変わらない木曾の言葉。彼女の言葉通り、世界の定義は今も昔も変わることなくシンプルであり。今日も通常営業のまま正しく回っている。
喰われるのは何時だって弱者であり。
そんな得物を糧に強者が生き延びる。
それは極論かもしれない。が、一つの正論でもあった。
だが、
「――――馬鹿げている」
士郎の価値観からすれば、そんなモノはクソ食らえと同意義だった。
「何でそんなことが罷り通る。何でこんなことが許される。何で――――」
「……」
「――――何で、皆納得しているんだよ」
「……何も知らないんだな」
「……ああ」
生じた怒りを向ける相手はいない。握り締めた拳を放つ相手はいない。
腸が煮えくりかえるとは、まさに今のような事を言うのだろう。やり場のない怒りが膨張し、出口を求めて鬩ぎ合う。危険な目にあっているのが自分じゃないと言うのに――いや、寧ろ、他者であるからこそ士郎は憤りを感じていた。
それも覚悟を持っているとは言え、女の子や子どもが戦場に出るだなんて……
「……一つだけ言うならば、その言葉は他であまり言わない方が良い」
「……」
「俺たちは艦娘だ。深海棲艦を倒す為に生まれた存在だ。例えこの身が女子であろうとも、その使命に誇りをもっている」
「……っ」
「だから、士郎がその事に憤りを感じる必要は無い」
優しく、だがバッサリと。士郎の憤りは切って捨てられる。
当然と言えば当然であった。今の言葉通り、彼女たちは誇りを以って敵と対している。そこに余計な言葉は必要ない。それでも言葉を挟もうとするのならば、それは彼女たちへの侮辱でしかならない。
ならば。黙るしか、無い。
「……だが、まぁ、嬉しいぞ」
「……」
「俺たちが只の女扱いされるのは心外だが、日本男児なればそれくらいの度量は持ってもらいたいからな」
「……矛盾しているぞ」
「何を言う。男児ならばそれくらいで泣き言を言うな」
ハハッ、と。木曾が士郎の言葉を笑い飛ばす。それだけで軋みかけていた空気が和らいだ。
他に誰もいなくて良かった、と士郎は思った。誰かがいたら自分の不用意な発言に後悔をしていたから。勿論、木曾と二人きりだからこそ訊いたわけでもあったのだが。
■
「……お兄さん、寝た?」
「おう、寝たぞ。……遅かったな、望月」
「あはは……まぁ、ちょっとね」
規則的な呼吸音。僅かに上下する胸。
望月が戻って来た時には、既に士郎は眠りに落ちていた。
「医務室にでも行っていたのか?」
「うん。良く分かったね」
「他に行くところが無いしな」
あはは、それもそうか。望月の口からぎこちの無い笑い声が零れる。
そのあからさまな怪しさに、一瞬怪訝そうに木曾は眉根を寄せた。が、何も無かったかのようにすぐに目を閉じる。
暗闇に響く衣擦れの音。
すぐに音は収まった。
「……」
「……」
「……」
「……」
「……三日月がいたよ」
「……」
「……でも、別の三日月だった」
「……そうか」
それだけ。
また、士郎の寝息だけが響く暗闇に戻る。
その寝息が三つになるのに、それほどの時間はかからなかった。
おまけ(と言う名のNG)
「ええ、ゆっくり休みなさい。あと、はい」
士郎に向かって何かが投げて寄こされる。
ペットボトルと小さな瓶、それと真っ黒に塗りつぶされた缶詰。
缶詰は置いておいて、他の2つは英語が記載されているせいで内容は分からないが、まだ未開封の新品だ。
「あー、満潮、ちゃん? なんでこの缶詰って真っ黒なの?」
「満潮で良いわ。……度胸試しよ。最悪死にはしないから」
「え、死?」
「アドバイスよ。刺激臭を感じたらすぐにこの袋の中に入れて密封しなさい。それだけしか私は言えないわ」
「え、え?」
「おい、満潮。それってもしかしてシュール――――」
「……ゴメンナサイ。でも大丈夫。替えのモノはすぐに用意しておくから! じゃあね!」
※ただのオイルサーディンでした