坂の終わり。
対峙する三組の参加者。
鉛色の巨体。
巨大な斧剣。
紅色の眼光。
圧倒的な存在感。
坂の上。見上げた先にいたのは、この世の者とは思えぬ鉛色の巨人と、それを従える白い少女。
「相談は済んだ?
なら、始めちゃって良い?」
ロクな策なんて思いつく筈が無い。提示された選択肢は逃げるか戦うか。
だが目の前の少女がそんな悠長に待ってくれる筈もなく。
「じゃあ殺すね」
最終通告と予告。
その言葉に偽りは無く。
「やっちゃえ、■■サー■ー」
少女の言葉が引き金に。
巨人の身体が膨れ上がり、発光するように肌に赤みが差す。自らを鼓舞する雄叫びが周囲の霧を晴らし、その全容を露わにした。
そして次の瞬間には。破壊音とともに巨人の姿が視界から消え去り――――
「シロウ! 下がって!」
閃光のような鋭い声。誇っていい。声が耳に届き、言葉の内容を理解し、思考が現実に回帰するまでに所要した時間は一秒以下。動くには充分な時間が残されていた。
だがそれは。アレを相手にするには致命的すぎる隙であり。
彼女の声に反応するにはあまりにも遅すぎて。軌道をなぞる様に、空を見上げるだけで精一杯で。
その先の。視界に映った鉛色の巨人が得物を振り上げ――――
■ 艦これ×Fate ■
「……夢か」
いや、夢で良かった。本当に。
荒い息。上下する肩。汗が流れる額。
顎まで流れ落ちた汗を袖で拭き取り、士郎は安堵したように息を吐く。ぐっしょりとシャツが汗でぬれていた。息の荒さが夢の内容の苛烈さを物語っていた。夢とは思えぬ現実味がそこにはあったのだ。
大丈夫だ。あれは夢。現実には起こりうるはずの無い光景。
言い聞かせるように言葉を反芻する。自身を落ち着かせるように強めに息を吐き出す。
諸々の滞りが吐き出され、瞬く間に虚空に霧散する。
そうして起き上がった体勢から、ベッドに腰掛けるように体勢を変えた。
ひんやりとした冷たい感触が素足に伝わる。
「やっと起きたようね」
その矢先に声がかかる。予想だにしていない展開に、士郎は口を無様に開閉することしかできない。だが反射的に動いた視線が、どうにか声の主を捉えていた。
そこには女の子がいた。薄水色のロングヘアー。細い体躯。そして紅玉色の眼。意思の強そうな眼。
身につけているのは薄汚れたセーラー服と赤い髪留め。露出している肌には包帯が巻いてある。
「随分と魘されていたけど、何か悪い夢でも見ていたの?」
心配するような声色。どうも随分と前から魘されていたらしい。
頭を掻きつつ士郎は口を開いた。
「……いや、大丈夫。少し夢見が悪かっただけだ」
「でしょうね。酷い顔色よ」
ほら、と。小さな手鏡を渡される。
映した自分の顔色は、確かによろしいものとは言えない。寧ろ酷かった。蒼白の言葉を体現したような顔色だった。
思わず視線をずらし、首を振る。
「……悪い、ありがとう」
「どういたしまして」
思わず溜まった息を吐きだす。体調の悪さもさる事ながら、未だに頭には混乱が残っている。落ち着くには、ひと時の時間が必要だった。
一つ一つ。思いだすように整理していく。目覚めた海岸から、この海洋研究所まで。
先刻まで見ていた夢の内容は、一旦思考の外に放り投げる。
「……君は?」
そうして行き着いたのは、あまりにも遅すぎる確認事項だった。
「また随分と唐突ね。それとも、漸く落ち着いたのかしら?」
「……ああ。さっきよりは落ち着いた」
「ふぅん……。まぁ良いわ。でも無理はしないことね」
私の名前は叢雲。
少女は続けてそう言った。
髪をかき上げ、胸を張り、自らの名を誇る様に。
「……良い名前だな」
だから。
ソレを聞いた士郎の口から出たのは、嘘偽りの無い賞賛の言葉だった。
「当然でしょ。当たり前じゃない」
「ああ……うん、良く似合っている」
「あらあら、お上手ね。ま、褒められても何も無いけど」
「そんなつもりは無いよ。それで、俺の名前だけど――――」
「知っているわ。衛宮士郎、でしょ」
遮るように言葉を重ねられる。
一瞬驚いた士郎だが、すぐ合点がいったように頷いた。
「木曾たちから聞いていたのか」
「ええ。とっくの前にね」
「……参ったな。そんなに時間が経過しているのか」
「そうね……あんたがここに運ばれてきてから、二日は経過しているわ」
何気なく放たれた一言に。
思わず士郎は固まった。
「中々起きないから心配したけれど、まぁ覚えるだけ無駄にならなくて良かったわ」
「……ちょ、ちょっと待て。今、なんて?」
「え? 覚えるだけ無駄にならなくて……」
「違う、その前!」
「あ、あんたがここで二日間寝ていた、ってところ?」
叢雲は叢雲で、士郎の変貌に驚いている。が、士郎自身はそれどころでは無い。
二日。確かに叢雲はそう言った。
つまり。それだけの時間が既に経過しているわけで。
「……何を焦っているかは知らないけれど、あんたに出来ることは何も無いわよ」
「……それは、そうだけど」
「寧ろ自分が目を覚ませた事に感謝しなさい。木曾さんと望月、随分心配していたのよ」
「……ああ、そうだな。悪い」
この部屋は会議室では無い。広さは元より、この部屋は雑魚寝では無い。ベッドが備え付けられている。
おそらくは重傷者たちがこの部屋に運ばれる手筈なのだろう。目前の叢雲も、巻いてある包帯には血が滲んでいる。つまりはこの部屋が第一医務室に違いない。
そしてその部屋を。二日間も士郎は占領していたわけなのだ。
当人が焦りを見せるのも無理は無い。
「言っておくけど。重傷具合なら、あんたが一番危ないんだからね」
「……俺が?」
「ええ。艦娘と違ってアンタは一般人。よく眼を覚ませたわね、って感心するくらいよ」
「そう、だったのか?」
「寝てる当人じゃ知らないのも仕方ないわね……。でも、まぁ、それだけ元気なら大丈夫でしょう。今なら二人とも会議室に居ると思うわよ」
「……ああ、悪い。ありがとう」
二人、とは。おそらくだが木曾と望月の事を指すのだろう。
お礼を言って立ち上がろうとし、
「……あれ?」
ガクッ、と。膝が砕けた。
「ッ! あぶなっ……」
そのまま前のめりに倒れそうになるところを、叢雲が寸でのところで抱き支える。
標準的な学生よりも筋肉質な士郎は重い筈だが、彼女はどうにか落とすギリギリのところで耐えている。
「あ、ん、たぁ……っ!」
「わ、悪い!」
急いで。反対のベッドに手を伸ばして体重を分散する。衝撃を出さずに膝が地面に下ろされた。
それを見届けると、力尽きたように叢雲は士郎に身体を預ける。加算された重みに、僅かばかり腰が痛みを訴えた。
「……怪我人に無茶させるんじゃないわよ」
「ごめん、本当にごめん!」
「……別に良いけど」
ぐるりと。身体を回転させ、正面から叢雲を受け止める。あのままの体勢では支えられるものも支えられないからだ。
だが彼女は。身体を預けたまま荒い息を吐くだけで動こうとしない。
「……えーと。叢雲、ちゃん?」
「ちゃん付けはいらないわ。こそばゆい。……心配しないで。ただの燃料切れだから」
燃料切れ。この場に合わない言葉に訝しむ様に眉根を寄せるが、一秒の間を置いて合点がいく。おそらくは彼女も木曾達と艦娘と呼ばれる存在なのだろう。
だが言葉に含まれたその厭な響きに。士郎はどうしようもなく厭な予感を覚えた。
「燃料切れって……」
「言葉通りの意味よ。必要最低限分しか無いの」
必要最低限分。つまりは、
「……動けるギリギリの量、ってことか?」
「ええ、そうよ。今の私の怪我の状態じゃ殆ど動けない。動けないのなら燃料は最初から不必要。それなら他の子に回した方が得策でしょ」
得策。まるで自分を部品の一つとして見なすように、彼女はそう言った。
そこにあるのは純然たる事実。己の自己性を失くした一言。
分かってはいる。木曾から概要は説明された。艦娘の意義、必要性、世界の情勢。彼女たちの誇り、覚悟、誓い。
だから彼女の言葉も嘘偽りの無い本音なのだろう。
……だが、
「……分かった。少し我慢しろ。木曾たちの所に連れて行く」
それで納得できれば苦労はしない。
力の無い両足に叱咤を込め、士郎は立ち上がった。
無論、その腕には叢雲を抱えて。
「……はぁ!? って、ちょっ、馬鹿言ってないで私を下ろしなさい! 何で木曾さんの所に!?」
「燃料の場所を訊く」
「ひ、人の話聞いていたの!? 燃料を得ても戦力にならない事には変わり無いんだってばっ!!」
「今にも死にそうな顔で何を言っているんだよ、そう言う問題じゃないだろ」
「そう言う問題よ!」
純粋な戦力の点から見れば、確かに怪我人である彼女に余分な燃料は不要だろう。他の艦娘に回した方が、それは良いに決まっている。叢雲の意見は至極正しい。
だがだからと言って。それを是とできるのは、あくまでも兵器としての運用を前提に考えている場合だけだ。
彼女は確かに兵器かもしれない。けれど同時に人間でもある。
「ほら、落ち着け。行くぞ」
「ちょ、っと、待てっての……っ!」
一瞬呆けた表情を見せる叢雲だったが、感情が現実に追いついたらしく、身を捻って暴れ始める。
とは言え。元が艦娘だろうが、今はただのか弱い少女。士郎の腕から逃れるには馬力が足りなさ過ぎる。
無理矢理に彼女を抱きかかえ、部屋の外へと出る。先ほどまでの醜態はどこへやら。確かに体調は万全ではないが、少女の一人くらい抱えることに問題は無かった。
「会議室だったな」
「このっ、下ろせっての!」
叢雲の言葉には無視を決め込んで。
先ほどから殴りつけてくる彼女の両拳に力が戻らないうちに、士郎はさっさと二人の下へ急ぐ事にした。
■
「……いないな」
「……ええ、そうね」
最後の部屋を開ける。乱雑に物が放置されているだけの倉庫部屋。後調べてない部屋は別の倉庫部屋一室だけだが、そこは中で何かがつっかえて邪魔をしているらしく、どうしても開くことはできはない。
会議室を始めとするA区画全域。その全ての部屋を見て回ったが、木曾達は勿論、満潮や磯波の姿も、燃料らしき物すらも見つけることは出来なかった。
「皆出たのか?」
「……そういうことでしょ。隠れるメリットが無いわ」
そもそもA区画には四部屋しか存在しない。後は通路と入口に直結する小広間があるだけだ。隠れる場所は殆ど無いに等しい。
溜息とともに叢雲は言葉を吐きだした。彼女は抱かれるがままに士郎に身を預けている。既に抵抗は諦めていた。
「何か聞いていないのか?」
「聞いているわけ無いでしょ。昼前に木曾さんが顔見せに来たのが最後よ」
広間に備え付けられた時計は、午後の五時過ぎを指している。出てから時間が大分経過しているのか、それとも出たばかりなのかは分からぬが、運が悪ければ五時間も皆は消息を絶っている事になる。
そうでなくとも。連絡係すら残さずに全員が居なくなると言う事は、決して楽観視できる状況では無いのだ。
想像しうる限りで最悪の考えが士郎の頭を過る。
「……外、出て見るか?」
「もう夕刻の時間帯よ。止めた方がいいわ」
「止めた方がいいって……でもさ、外で何か起きていたらどうするんだ」
「それこそ私たちの出る幕は無いわ。出て行っても何も出来ることは無いわ」
一般人と燃料切れの艦娘。彼女の言う通り、外に出たとしても出来る事は何も無い。確認するだけ徒労に終わる可能性の方が高いだろう。
だが同時に、
「だけどここで待っていても変わらないだろ。何でもいい。情報が必要だ」
ここで待つだけなのも無駄に近い。士郎の言うように、情報は必要だ。
一瞬だけ。叢雲の脳内に浮かんだ天秤が鬩ぎ合い、
「……まぁ、一理はあるけどね」
仕方なし、と言う風に。
士郎の言葉を肯定した。
事実として、彼女とて皆が気にならないわけが無い。
「で? 外に出るの?」
「それしか無いだろ。少しだけ出て、すぐに戻るだけなら深海棲艦に見つかる可能性は低い」
「……そうね。まぁ、それぐらいなら大丈夫、か」
「ああ。と言う事で、叢雲は此処で待っててくれ。すぐ戻……っ!?」
言葉は最後まで続かない。
ガシッと。叢雲を下ろそうとした矢先に、その両頬を掴まれたからだ。
「……此処まで来ておいて、私は置いていぼりなのかしら?」
「いや、万が一の場合は俺一人が囮に……」
「あら? もしその万が一の場合にあんたが帰って来れなかったら、残された私は此処で一人寂しく朽ち果てるのを待てばいいのかしら?」
そう言われてしまうと返す言葉が無い。押し黙ってしまった士郎に、勝ち誇ったような笑みを叢雲は見せつけた。
「それに夜目なら燃料不足とはいえ私の方が利くわ。あんたは私の身体でも支えてなさい」
「……無理はするなよ」
「……それ、どの口が言っているのかしら?」
ジト目で睨まれる。確かにそもそもの始まりは士郎が叢雲を無理矢理に連れだしたところから始まった。今更どの口が自制しろなどと言えるものか。
最早士郎では彼女に口で勝つ術は無い。
渋々と言った様子で士郎は立ち上がった。勿論叢雲を抱えて。
■
「ちょっと。狭いわよ」
「無理言うなよ。元々ギリギリなんだから」
A区画から地上へ移動するには、二種類の移動方法がある。エレベーターを使用するか、鉄梯子を使用するかの二種類が。
だが戦争の余波で、エレベーターの方は使えなくなってしまっている。そうなれば必然的に鉄梯子の方しか使用出来る入口はない。
無論鉄梯子の方は、二人以上の移動を想定していない。あくまでも一人一人が順番に移動する事が前提で設けられている。常時であれば、緊急時の非常通路。
つまり、
「……もう少し丁寧に扱ってくれないかしら」
「悪い。けど仕方ないだろ。もう少しだから我慢してくれ」
叢雲が士郎に密着する形で。士郎が叢雲を抱きしめる形で。
それで漸くギリギリ通れる程度のスペースしかないわけで。
「……」
「……睨まないでくれ」
片手で叢雲を支えながら、器用にも士郎は梯子を上って行く。無論軽快とは言い難いが、仕切り扉に到達するまでは後少し。
よっと。掛け声とともに腕を伸ばす。背を壁に預け、両足に力を込める。そうして一段一段を確実に上がるのだ。
「……汗臭いんだけど」
「……」
「……暑いんだけど」
「……」
「……聞きなさい」
ぐいっ、と。頬を抓られる。
尚。叢雲は士郎の首に右腕を回すようにしてしがみついている為、抓られているのは彼女の場所とは反対の方向からである。
が、ソレを無視して士郎は最後の一段に手をかけた。
掛け声とともに身体を上らせる。
「よいしょっ、と」
「……やっと着いたわね」
「……まったくだ」
後は扉を押し上げて開くだけ。
目前のゴールを前に一安心したのか、疲れを存分に乗せた息を士郎は吐き出した。
「じゃあ、開けるわよ」
「ちょっと待って。一息だけ」
「……早くしなさい」
叢雲はすでに空いている左手を扉に添えている。
「一」
一息分の休息を得たところで、士郎が空いている右手を添える。
「二の」
掛け声と一緒に。二人で同時に力を込めて、
「「三っ!」」
――――ガコッ
開いた隙間からひんやりとした外気が流れ込む。
――――ガコンッ!!!
「……は?」
思わず。
呆ける。
二人の手は何も掴んではいない。彷徨う様に虚空を泳ぐ。冷たい外気にさらされる形で、地上へと露出していた。
開いた筈の扉は無い。どこにも。
見上げた空は、既に黒色で染まっている。
二人の頭上には大きな青い月が昇っている。
つまりは。既にそこは海上の世界――――
――――否
ソレは空では無い。
ソレは月では無い。
夕闇よりも尚暗い漆黒のフォルム。
月のとは異なる不気味な青白い光。
ギチギチ。ギチギチ。
厭な音を鳴らしながら、ソレは向きを変える。
二人の真正面には。黒いナニカがいた。
黒いナニカが此方を覗きこんでいた。唯一の入口にして出口から覗き込んでいた。
「……あれ、は――――」
寒い。ただただ寒い。それが外気温か、それとも怖れから為るものかは不明。
だが二人は。奇しくも二人は、同じ感情を胸に抱いていた。そしてそれを打ち消すように、互いが互いを強く抱きしめていた。互いに感じる体温だけが、目前の現実を現実として認識させてくれていたのだ。
叢雲の口から言葉が発せられ、瞬く間に虚空に霧散する。
――――軽空母ヌ級
おまけ(と言う名のNG)
ジト目で睨まれる。確かにそもそもの始まりは士郎が叢雲を無理矢理に連れだしたところから始まった。今更どの口が自制しろなどと言えるものか。
最早士郎では彼女に口で勝つ術は無い。
渋々と言った様子で士郎は立ち上がった。勿論叢雲を抱えて。
「ちょっと待って。横抱きって意外とキツイのよ。別の抱え方にしてもらえる?」
「あー……すまない。じゃあ背負うか?」
「背負ってたら二人一緒には外には出られないわ。入口狭いもの」
「確かに狭かったな……でもそしたら2人揃っては厳しくないか」
「考えなさい」
「無茶言うな」