目を覚まして最初に見えたのは顔を覗きこんできた少女の顔だった。
「───!」
僕と視線が合うと短い悲鳴と共に入口まで跳び退く。
声を掛けようにも、風圧で靡いたフードを慌てて抑えると、外へ飛び出した後ろ姿はあっという間に消えてしまった。
一度部屋を見渡し、現状の理解に努める。
僕が下に敷いていたのは布団……と呼ばれているもののはず。
記憶──知識はそう答える。
内装の造りも東洋寄りの木造で、多少古びているがそれは長い年月も保たれている技術なのかもしれない。
そこで、はて? と首を捻る。
改めて僕がここに寝かされていた理由とは?
記憶を遡らせようとすると首筋に痛みが走る。
口から声が洩れ、首を片手で抑える。
どうやら、強打されたような痛みで……心当たりは───森で出会った二人組の男たち……それと──。
入口を見れば心配そうにこちらを窺っている先程の少女の姿。
間違いない。
彼女は男たちに絡まれていた子だ。
「……」
僕と視線が合っているが、今度は逃げようとはしない。
だが、彼女の両手は裾を必死に掴んでいた。
無言が支配すると彼女の口元がボソボソと言葉を紡ぐ……。
「……だ、だいじょうぶ?」
「え、ああ。 うん、大丈夫ありが」
ありがとう。 とこちらが言い終わる前に誰かが入ってくる。
少女はその人物のように明らかに雰囲気が変わった。
「あ、お姉ちゃん」
入室してきた人物も頭にフードを被り、僅かに覗かせた顔立ちは確かに少女に似ていた。
「ワラビィ……人間は危険だから近づくなと言ったはずだが?」
隠す気のない不機嫌さを漂わせる女性に委縮する少女。
「で、でも──」
「デモもクーデターもないぞ。 いいか、確かに見張りはしてもいいとは言ったが過度な接近はダメと言ったはず」
「ご、ごめんなさい」
素直に自らの非を認めた妹の頭を撫でると、外へ出るように促す。
少女の姿が見えなくなるのを確認すると、女性がこちらを振り向いた。
その時、僕は一瞬心臓がキュッと引き締まった錯覚を覚える。
それは彼女の目だ。
こちらを見据える瞳には明らかな憎悪や敵意が込められているもので、それを視線から離そうにも身体がいうことを利いてくれない。
目だけではなく、呼吸器もその機能を忘れたかのように止まり、動けと脳が信号を送っても拒絶。
僕の視界は酸素不足でチカチカと赤く明減。
横隔膜に残る空気を絞り出すだけの機械になった気分だ。
このまま、死ぬのか? ありえなくもない未来が過るが。
「ふむ……にぃあるほど」
彼女のその言葉と共に身体を縛り付けていた何かが解けた。
僕は砂漠でオアシスを見つけた旅人のように空気を堪能する。
これからはもっと空気を大切にしよう。
ダメ、空気汚染絶対!! そう心に強く誓う。
「おい、人間」
一息ついた僕の近くに女性は立っていた。
「お前をこれから族長の元に連れて行く」
「…………はあ?」
反抗的な意味ではなく、事態を掴み切れていない僕の襟首を彼女は問答無用とばかりに引っ手繰る。
「ぐぇっ!」
間抜けな声を上げてしまうが、地面を引き摺られる僕はまたしても呼吸困難に陥る。
ああ、こんなのばっかりなのですか、大切にするって約束したんですから、助けてくださいよ大気様ぁ!!
どんどん意識が遠のいて行く中でふと、思い出した。
自身の記憶はまだまだ欠落していることを。