翌日。
朝礼前に須藤から、Dクラスのみんなに向けて話があった。
Cクラスの生徒を殴ったせいでクラスに迷惑をかけてることへの謝罪と、これからは自分の身勝手で殴ったりはしないという宣言。
今までが今までだっただけに、まだ懐疑的な生徒もいたりとクラスの反応は様々だったが、それがどう変わっていくかは、これからの須藤の行動次第だろう。いばらの道だが、須藤ならやり遂げてくれると信じたい。
「堀北、悪い。せっかく勉強を教えてもらったのに、無駄にするところだった」
「……反省したのね?」
「ああ。期末も近いし、また頼みたいんだが、いいか?」
「あなたが停学にならなければね」
「へへ、ありがとよ」
堀北の言葉は厳しいが、勉強を教えることを約束している。
須藤は嬉しそうに自分の席へと戻っていった。
「……何をやったの?」
「今までの須藤じゃ、ダメだったんだろ?」
堀北からの質問に質問で返す。
無言で手が伸びてきて、昨日痛めたばかりの脇腹を掴まれ、表情が歪む。
「やっぱり痛めてるのね」
「気づいていたのか?」
「平気なふりをしているようだけど、重心がずれてるわ」
「お前は古武術の先生かよ」
「…………」
「ぐはぁぁあああ」
睨まれた。
いや、睨まれるだけではない、脇腹を掴む力が大幅に増して、オレは立ち上がりながら苦悶の声をあげさせられてしまう。
なにごとかと周囲の視線が集まるころには、堀北はすっと離れてすまし顔で前を見ていた。
「…………」
突然立ち上がり、謎の奇声を発する男子生徒、綾小路清隆の誕生した瞬間だった。
オレ、頑張ったよな? もうゴールしていいよな?
──第10話 新しい友人 佐倉愛里 1──
さすがにちょっとやられ過ぎたかな、こりゃ。
全身が痛い。顔に入ったのが一発だけなのが救いだが、しばらく動けそうになかった。
加害者と被害者が一緒に行動するわけにもいかず、その場にいてもやかましいだけの須藤を先に離脱させて、その場に座りんだ。
「…………」
座ったまま身体の状態を確認するため、パーツごとにゆっくり動かしていく。鈍い痛みは続いているが、動かした瞬間に痛みが増したりするところはない。
「とりあえず折れてはないか? 全身打撲で済んだのなら御の字だが」
打撲なら冷やして安静にしてたらマシにはなるだろう。
ケガの原因が原因だけに、病院はおろか保健室もできれば利用したくない。捻挫までなら患部の固定などで対処できる。骨折となるとさすがにそういうわけにもいかないが、骨さえくっついているのなら、あとはどうとでもやりようがある。
「さっさと部屋に戻るだけだが、健を帰らせたのは失敗だったかな」
あのままでは須藤にお姫様だっこをされかねない勢いだったので、先に帰したことを後悔はしていない。男子高校生がお姫様だっこされての帰宅とか何の罰ゲームだ。
それにしても須藤の声とか、打撃音が響いていたはずなんだが誰も来ないか。
この時間帯なら喧騒に紛れてそんなに目立たないんだろうか。
堀北と鬼畜眼鏡先輩のときは夜だったし、割とすぐに気づいたがどうなんだろう。
人が来なかったのはラッキーなのかどうか。
いざってときのTレックスの場所の候補の一つに入れられるだろうか。
まあ、被害者なしのケンカなら見られてもごまかしようがあるが、セックスの場合そうはいかないだろうから、より慎重な判断が求められるか。
「なんとか、歩けなくもないか」
20分ほど休み、ゆっくりと立ち上がった。壁で体を支えながらならなんとか前へと進めそうで、ようやくこの場所を離れることができそうだった。
「誰かに見られたら面倒だよな?」
監視カメラの存在は仕方ないにしても、いろいろとつっこまれかねない姿を生徒の前に晒すのは忍びない。
結局、櫛田と連絡をとって、寮の玄関周辺を見張ってもらい、人がいないタイミングを狙って帰宅するというミッションを遂行し、櫛田はそのまま部屋までついてきた。
「綾小路くん、どうしたのか聞いていいかな?」
「須藤を説得してたらいろいろとな」
「言いたいこといっぱいあるけど、先に冷やさないと。ね、さっさと脱いで」
脱いでという言葉だったが、実際にはほとんど慣れた手つきで脱がされた。
「うわー、痛そう」
「痛いからな」
いたるところに痣や内出血が確認でき、骨折しなかったのは奇跡に近そうだ。
鬼畜眼鏡先輩のフルーツ牛乳がなかったら、やばかったかもしれない。
取るべきものはカルシウム。鬼畜眼鏡先輩よ、ありがとう。
そのまま風呂場へと連れていかれてシャワーの水をあてられる。
染みる痛みと熱が和らげられる心地よさに、顔をゆがめながらも悶えてしまう。
「で、なんでここは元気なのかな?」
「痛いからな」
「……マゾ?」
「アドレナリンと勃起との関係は、医学的に証明されている現象だ」
本当かは知らんが。
「えっと……したほうがいい?」
提案としては非常に魅力的だが、Tレックスの使用には体力が必要だ。
今はその体力を少しでも温存して治療へ専念すべき場面で、苦渋の決断ながらここは断ることに決めた。
「あんま動きたくないからいい」
「わかった。なら綾小路くんはじっとしてて」
いや、体力を消耗したくないわけで、あの、櫛田さん?
「櫛田」
「綾小路くん」
「「綾小路ティーーレーーーーーックス」」
その後、櫛田は氷袋を作って冷やしてくれたり、患部へ湿布を貼ってくれたり、着替えを手伝ってくれたり、手料理を作ってくれたり、「あーん」で食べさせてくれたり、それが口移しになったり、そのまま抜かれたりといろいろ世話をしてくれて、おまけに今朝もわざわざ部屋に来て、朝ご飯を作ってくれたり、最初から口移しで食べさせてくれたり、そのまま抜かれたり、殴られた顔の跡が目立たないように薄く化粧を施してくれたり、おまけで抜かれたりと八面六臂の働きだった。
だが、大好きだという一言が無かった。
画竜点睛を欠くとは、このことよ。
いや、違うか。
須藤の件はすっかり解決したつもりになっているが、根本部分をケアしただけで問題はそのままだ。櫛田の大好きの一言は、すべてが終わった後に与えられるに違いない。
「というわけで、堀北。なにかいい案はないか?」
「なにがというわけなのかしら」
回想を挟んでの昼休み。
今日は珍しく弁当だった。
少しでも栄養が取れるようにと、今朝、櫛田に渡されたものだ。
「須藤の件だよ。手伝ってくれるんだよな?」
弁当派の中には、教室ではない場所に弁当を持ち込んで食べる人もそれなりにいるが、あまり動く気になれず教室で食べていた。
「……案ならあるわ」
「それって須藤くんの件だよね? 私もまざっていい?」
同じように隣で弁当を食べている堀北と話していたわけだが、櫛田が弁当を片手に持って近づいてくる。
堀北は櫛田の方をチラリと見たが、何も言わなかった。
「机くっつけるか?」
「嫌よ」
「じゃあ、綾小路くんの机にお邪魔するね」
オレの前の席が空いていたのをまんまとゲットし、椅子の向きをひっくり返すと櫛田はオレの机の上に弁当を広げた。
こういうときにうるさい池や山内は、幸いなことにすでに学食にでも行っているらしくいなかった。
「……どうかしたか?」
「あなたたち、お弁当の中身が似てるのね」
机の上に並ぶように広げた俺と櫛田の弁当。互いに唐揚げをメインに卵焼きなど定番メニューが詰まっている。細部のオカズは異なるものの、ほとんど同じお弁当と呼べるだろう。作った人が同一人物だから当たり前の話だが。
「昨日、ブラジル産もも肉が無料だったんだー。綾小路くんもそれでだよね?」
「まあな。ポイントを節約できるところはしないとな」
「ふーん。そう」
メインの唐揚げが被った理由は、材料が無料だったからとは中々にうまいフォローだ。
「昨日はひき肉だったように思うのだけれど」
堀北はスーパーの無料配布食材まで、把握済みだったらしい。
「そうなの? 私が行ったときはもも肉だったよ」
「ポイント不足者の救済コーナーだからな。品切れにするわけにもいかないだろうし、切れたときに別のものが並ぶんじゃないか?」
「……そう」
微妙に納得いかない顔しているが、今の本題はお弁当ではない。
「で、案ってなんなんだ?」
「今は言えないわ」
「今は?」
「ええ。先に食事を済ませましょう」
オレと櫛田は顔を見合わせたものの、追及を諦めて言われたとおりに弁当と向き合った。
「綾小路くんの唐揚げおいしそうだね」
「うまくできたからな」
櫛田のキラーパスには、どう答えるのが正解なんだ。
唐揚げはおいしいが、自分で作ったという設定のものを旨いぞ、とかどこの〇ッキングパパだ。
「へー、普段から料理してるの?」
「たまに気がむいたらって感じ。櫛田は?」
「早起きがちょっと苦手だからね。お弁当は滅多に作らないけど、夜は予定がなかったら作るかな」
早起きが苦手とか、なんの冗談だろうか。
むしろ朝に強いイメージしかないんだが。
「すごいな」
「そうでもないよ。堀北さんはいつもお弁当だよね?」
「慣れてるから」
櫛田が堀北に話題を振ったことに、一瞬ドキッとしたが普通に返事があった。
あれ? 意外とこの2人の会話がスムーズに回ってるような。
前までは、あんなに険悪だったのに、なにかあったんだろうか。
「あなたと違って私には予定はないもの」
やっぱり、気のせいか。
話しかけるなオーラは健在だ。
結局、ほとんど櫛田とだけ話しながらの食事となった。
これも充実した日々なんだろうが、相手が
バレンタインデーに母親からもらったチョコレートをどこまで喜ぶべきかに似ている。
まあ、オレは母親からチョコレートを貰ったことなんてないが。
「そろそろいいかしら」
なにかのタイミングを待っていた堀北が本題へと入る。
「目撃者はいる。それも身近にね」
「し、知っているのか?雷電」
「誰が雷電よ」
いや、これはお約束としてやっておかなければならないものだ。
「私は相撲なんかしたことないわよ」
「雷電ためえもんの話じゃねえよ」
むしろそれこそ知っているのか、雷電だ。
お前、地味に相撲に詳しいだろ。
「まあいいわ。目撃者は、私たちのクラスの佐倉さんよ」
「なんで佐倉が目撃者だって思った?」
「櫛田さんが教室でみんなに呼びかけたとき、ほとんどの人が櫛田さんに注目していた中、彼女だけ目を伏せていた。彼女だけね」
さっきの弁当の件で明らかなように、堀北の観察力は高い。
あの瞬間にそこまで見ているとは、末恐ろしい。
「佐倉さんか。私、電話してみるね」
「ちょっと待て」
クラス全員と連絡先を交換した櫛田は、佐倉の連絡先もしっかり把握済みらしい。
携帯を取り出す櫛田をとめて、堀北の方を向く。
「佐倉はさっきまで教室にいたよな? 出ていくのを待ってたのか?」
「彼女が証言してくれるのなら最初から手を挙げているはずよ。それを隠しているってことは、触れて欲しくないのかもしれないわ」
堀北自身がそういうスタンスだけに、佐倉への配慮も自然なことか。
「でも、須藤くんのために話だけでも聞いてみないと」
「櫛田は佐倉と親しいのか?」
「連絡先は教えてもらえたんだけど、あんまり連絡したことないかな。私の見たところ単純に人見知りとかそんな感じだと思う」
まあ、確かに佐倉が教室の中で誰かと話すところとか、ほとんど見たことがないな。
授業中に解答を指名されたときも、小声で必要最低限答えるだけだ。
「それならオレが連絡とった方がいいか。わかった、電話してみる」
「「え?」」
何か言いたそうな2人に対して、人差し指を立てて口にあて、静かにするようにというジェスチャー。
アドレス帳の中から1人を選び電話を掛ける。
「あ、佐倉。今、電話いいか? ……そうかよかった。
うん、うん、うん。ん? デジカメが壊れた? 大丈夫か?
うわー、それは災難だったな。うん、うん、うん。
あ、そうなのか。保証期間内ならよかったな。
まあ、ここに入学して買ったらそりゃそうか。
え? 今日はお弁当だったって? たまにはそういう日もあるってことで。
いや、たまたまだ、たまたま。あんまり深い意味はないぞ。
普段は学食が多いし。なんだったら金曜日は山菜定食の日って決めてるから。
いやー、あんまりおいしくないけど初心忘れるべからずって感じかな。
言っている意味がわからない? うわー、佐倉ならわかってくれると思ったのに。
は? 大丈夫、怒ってないから。冗談だ、冗談。分かりにくいって? 悪い。
あ、用事? 電話じゃ聞きにくい内容なんだが、今日、あとで時間取れないか?
あーあーあー、うーーん、面倒ごとといえば否定できない。
佐倉が無理なら無理で諦めるが、できたら時間作ってくれたらありがたい。
ああ、デジカメの修理ね それぐらいならいくらでもいいぞ。
うん、うん。ああ、わかった。5時ね。
それなら5時にケヤキモール入り口でいいか?
うん。……悪い、ちょっと待った」
携帯の通話口を手で塞いで、どこか呆然とした様子の2人に声を掛ける。
「今日の5時にケヤキモール集合なら時間取れるって、それでいいか?」
「…………」
「う、うん。私は大丈夫だよ」
堀北からの返事はなかったが、そこまで付き合う気はないのかもしれない。
「悪い、待ったか? 大丈夫? よかった。
それで、今日だが櫛田も参加していいか?
そう、そうそう。同じクラスの櫛田。
エーーー佐倉さん。そこは、いいよって言おうよ。
緊張する? 大丈夫だって、櫛田めちゃくちゃいい人だし。
うん、うんうん。フォロー? するに決まってるし、任せとけばいい。
ああ、おう、頑張れ。佐倉ならできるって。
えー、無責任って? そんなことないぞ。
棒読み? そんなことないぞ。大丈夫だから。
うん、じゃあ5時にケヤキモールの入り口で。
一回帰るんだよな? いや、佐倉は制服?
着替えるなら合わせる。わかった。
じゃあ、着替えて5時にケヤキモールな。遅れるなよ。
オレは遅れないって。わかった。それじゃあまたあとで」
佐倉との約束を取りつけて電話を切った。
「……なんだ?」
なぜか堀北と櫛田の両名から睨まれていた。
「佐倉さんと親しいの?」
「親しいって程じゃないが、少し前にいろいろあってな」
「私、綾小路くんがあんなにスラスラしゃべるの初めて見たよ」
「電話ならあんなもんじゃないか?」
「そう」
プレッシャーがきつい。
「どうかしたか?」
「なにが?」
「いや、何か物凄い顔してるぞ」
「別にそんなつもりはないかな」
「いつもどおりよ」
どう見てもいつもどおりじゃないんだが。
「ただ随分親しそうにしゃべるから感心していたのよ。
私と話すときは最低限みたいな話し方なのに、
綾小路くんがあんなにペラペラしゃべるのはなぜか、冷静かつ慎重に分析していたところよ」
「ちょっとびっくりしたよ」
うんうん、と堀北に同調して櫛田も頷いた。
「まあ、いいわ。それよりも約束は取れたのよね?」
「放課後にな。一回帰って着替えて、5時にケヤキモールに集合ってことになった」
「私はいかないわよ」
「佐倉に言ってないから、来られたら逆に困る」
「えっと、私は行っていいんだよね?」
「頼む」
「それって……ううん、なんでもない、わかった」
「目撃者の情報収集は打ち切らないとだな、平田に伝えとく」
「あ、じゃあ私は女子に連絡するね」
こうして、放課後の過ごし方が決まった。
2巻の内容は当初想像していたプロットからは大幅にずれてきて行き当たりばったりでお送りします。