佐倉との待ち合わせが5時。
6限目が終わって解散となるのが、3時半過ぎだ。
一旦帰って、ケヤキモールへ移動する時間を考えても、1時間ぐらいは部屋でゆっくりできる。
と思っていたが、帰宅後さっさと着替えを済ませて、ケヤキモールへと向かう。
正直、須藤にやられた身体をいたわりたかったが、仕方ない。
放課後の早い時間だけあって、遊びに出ている生徒の大半が制服なため、私服なのが目立っている気がする。
「いや、自意識過剰か」
周りの中で浮いているように感じるが、実際はそこまで他人を注目することなどないだろう。
他人を意識するよりも、遊びに集中する方が自然だ。
ケヤキモールに入ってすぐの場所にあるベンチに腰を下ろす。
まだ身体は万全とは言えず、着替えにもたついたり、歩く速度が気持ち遅かったりで、相手の方が先に来ている可能性も考えていたが、オレの方が先についたようだ。
「…………」
微妙に落ち着かない。
何度も携帯をチェックして、連絡が入ってないかと時間を確認してしまう。
いや、待て、落ち着けオレ。何を取り乱している。
別に取り乱すような相手じゃないんだが、慣れないことをやると緊張してしまう。
「綾小路くん、早いね」
待ち人来たる。
満面の笑みを浮かべる櫛田が近づいてきた。
「ごめんね、待たせちゃったかな?」
「いや、オレも着いたばかりだから」
なんだ、このテンプレ。
私服姿の櫛田の全身をチェックする。既に私服姿は何度か見たことがあるが、今日の櫛田はいつもの3割増しぐらいで可愛い。世界一可愛いよ、と叫びたくなるような大天使っぷりだ。
「こうやって待ち合わせるのってはじめてだよね? なんか新鮮な感じ」
「ま、まあな」
嬉しそうに笑うのは、反則だと思います。
若干、声がどもってしまったじゃないか。
おまけに、それほど広くはないベンチの隣に腰掛けるな。膝と膝が触れ合ってますよ、櫛田さん。
前から天使だったが、最近の櫛田はボディータッチが増えてる気がするが、気のせいだろうか。
もしかしたら池や山内までその恩恵を受けていたりするのか。そんなことは、絶対に許さないんだからな。
「櫛田は、よくここ来るのか?」
「んー、どうだろう。定番スポットだから来る機会は多いと思うけど、多い生徒だとほぼ毎日来てる子もいるみたいだし。……あ、綾小路くんよりは多いかな」
途中でいたずらを思いついたかのように、こちらの顔を覗き込んできた。
「そりゃそうだろうな」
思わず視線を逸らす。
そして気づいたんだが、前言を撤回しよう。
放課後にケヤキモールに遊びに行こうとするような生徒は、他人のことを気にしない。
但し、その他人が美少女である場合を除く、だ。こうして会話している間にも、通り過ぎていく生徒が主に櫛田を、ついでにオレを見ていく。
美少女は、なにをやっても特別扱いされる運命のようだ。
それにしても、毎日ここに来る奴ってポイントは大丈夫なのか?
いや、それはDクラスの貧乏感覚だな。Dクラスだからポイントが苦しいだけで、他のクラスならそうでもないのか。
Aクラスにいたっては、毎月10万近いポイントが振り込まれているはずだ。
放課後にここに来てちょっと遊んだり、食事をしても3000ポイントも掛からないだろう。
それを毎日、月30日続けても1万ポイントは余る計算になる。
オレが6月に使ったポイントが1万ぐらいだから、Aクラスが遊び倒して残るポイントで生活していると思うと、ちょっと泣けそうになるな。
「どうしたの?」
「いや、ちょっと不釣合いな格好かもって思った。悪いな」
櫛田が周囲からの視線を集める可愛さなのに対して、オレは動きやすいシンプルな服装をしている。機能性とコスパを重視した安物の地味な量販品だ。
そして須藤から受けたダメージを隠す都合上、既に7月というのに長袖だった。
「うん、そうだね」
ストレートにナイフを突き刺された。
あれ? 櫛田さん? 天使モードはどこへ?
「あ、でも地味な格好も似合うと思うよ」
「それ、褒めてねえよな?」
「綾小路くんって風景に溶け込んで、人の後をつけたり人の秘密を探ったりとか得意でしょ?」
どこの忍だそれは。
ぐぬぬ、実際に櫛田の秘密を握ってしまっただけに、反論できん。
他にも須藤のケンカ未遂のときも、堀北と生徒会長のときも、影から様子をうかがっていたんだから、得意と言って過言ではないかもしれない。
「じゃあ、行こっか?」
やり込めるだけやり込んで満足したのか、櫛田は立ち上がった。
「で、わざわざ佐倉との待ち合わせよりも早く呼び出して何の用だ?」
「綾小路くん、ポイントどれくらい残ってる?」
もしかして、たかられるのか?
一応まだ5万強残しているが、須藤の件でポイント支給が止まったら心許ない残額だ。
何かあるのか分からないから3万ポイントは、常にキープしておきたい。
「まあ、それなりに、だな。Dクラスの平均よりはあるんじゃないか」
「1万ポイントくらいなら大丈夫?」
「それぐらいなら何とかな」
1万ポイント……痛い額だが、出せなくはない。
ただ、ようやくポイントが貰えるかもしれないが、須藤の件が解決しても8700ポイントしか貰えないわけで、今月も赤字が確定する額だ。
「よかった。じゃあ、行こっか」
「だからどこにだよ」
「綾小路くんの服を買いに。その格好で佐倉さんと出掛けるのは、ちょっとどうかと思うな。ほら、行こっ」
「お供させていだきます」
オレは、ぐうの音も出ず櫛田についていくしかなかった。
平田とかと遊ぶときは、制服が多かったから油断しただけだぞ。
オレの美的センスさえあれば、ポイントに不自由してなかったら、もっとビシっと決まってるんだからな。
ほ、本当だからな。
「これなんかピッタリだと思うんだけどどうかな?」
櫛田が服を手に取り、確認するようにオレの身体に押し当ててくる。
黒のTシャツだった。
「自己主張が激しすぎるだろ」
前面に大きくティラノサウルスが描かれていて、今にも噛みつかんばかりに威嚇していた。
ガオーTシャツである。TレックスTシャツだ。
「綾小路くんのイメージにぴったりだよ。むしろ、このイメージしかないぐらい」
どんだけTレックスでイメージ固定されてるんだ、オレ。
「櫛田はオレがこの服を着て遊びに来たらどう思う?」
「ちょっと距離を置くかな」
「ダメじゃねえか」
ガオーTシャツは却下した。
「こうしてみると綾小路くんって結構イケメンだよね。何着ても割と似合う感じ?」
「そうなのか?」
「1年生女子が作ったイケメンランキングでランクインしてるし」
「初耳だ」
「女子の中で出回ってるランキングだからね。でもこんなところでガッツポーズは、やめて欲しいかな」
面と向かってイケメンだと言われて喜ばずしてなにが男か。
思わずコロンビアポーズを取ってしまったのを注意されて静かに腕を下ろす。
「うーん。でも難しいかも。何着ても似合うんだけど、逆にこれだっていう決め手がない感じ?」
「櫛田のセンスが頼りだ。任せた」
「責任重大だね。分かった、できるかぎり頑張ってみるよ」
力こぶを作る仕草が、やはり可愛い。
佐倉との話し合いに備えてオレの服を見立てるとか、本当に気が利く美少女だ。
「櫛田って将来いいお嫁さんになりそうだよな」
「ありがとう。将来お嫁さんにしてくれるんだよね?」
「もちろん」
即答した。
「……これはこれで嬉しくないのは、なんでだろうね」
「なんでだろうな」
げんなり度合いが7割といった感じの表情だった。
別に泣いてなんかないんだからな。
その後、店を何軒か回って服をチェックし、櫛田の見立てで新しい装備をゲットした。
元々着ていた服は袋に入れて、今は新しい服に身を包んでいる。
合計1万800ポイント。少しオーバーしたが、こればっかりは必要経費と割り切るしかない。
櫛田は上下揃えたかったらしいが、とりあえず今日は上だけとなった。
さすがにこれ以上のポイントは、厳しいから仕方ない。
櫛田が言うには、長袖でなければもう少しどうにかなったらしいが、痣だらけの腕の露出とか無理だ。
今日ゲットしたシャツとアウターは、勝手に勝負服と呼ばせてもらおう。
「あと15分か。微妙だな」
4時45分。佐倉との待ち合わせの15分前だ。
どこかの店に入るには微妙だが、外で待つにしてもちょっと長いという中途半端な時間だった。
「私、飲み物買ってくるよ。佐倉さんは目立つ場所で待たない方が良いよね?
ケヤキモールからちょっと離れたところのベンチで、時間潰そっか」
「分かった。後払いでいいか?」
「予算からちょっとオーバーしちゃったでしょ? 私が出すよ」
「分かった」
「そこは1回ぐらい断ろうよ」
飽きれながら櫛田は、有名チェーン店らしいコーヒーショップへと入っていった。
たぶんオレなら注文できないような店だ。
ベンティアドショットなんたらかんたらどうたらこうたらフラペチーノとか何の魔法だ。
「で、どうだった?」
「……服は気に入った。ありがとう、助かった」
コーヒーを片手に一度ケヤキモールから出た。
ケヤキモールへ向かう道から外れた場所にあるベンチに並ぶようにして座り、佐倉が来るのを待つ。
ほとんど人も通らず、佐倉を待つにはぴったりな場所だ。
「はぁ、やっぱり分かってなかったんだね」
「なにがだよ」
「綾小路くんって最低でしょ?」
「突然なんだ?」
「まー、知ってたけどね」
櫛田としてはオレの回答が不満らしい。そっぽを向かれたが心当たりはない。
「ヒントをくれ」
「うーん……最近のことを振り返ってみたらいいんじゃないかな?」
ヒントは最近のできごとにあるらしい。軽く振り返ってみようか。
7月1日からの出来事は、こんな感じだ。
1日・朝から櫛田とTレックス。
・銭湯で、生徒会長に会う。
・櫛田、一之瀬と登校する。
・一之瀬の告白に巻き込まれる。
2日・ポイント支給無しの原因がわかる。
・平田と調査。
・池たちと情報交換。
・櫛田とTレックス。
3日・櫛田の誘いを断る。
・須藤に殴られる。
・櫛田とTレックス。
4日・櫛田とTレックス。
・堀北、櫛田と昼食。佐倉に電話。
・櫛田と服を買いに行く。 ←今ここ
あらためて振り返ったら、7月に入ってからの櫛田率は異常だ。
この4日間ほとんど櫛田と一緒じゃねえか。
「ん? 今日は
「気づいた?」
「最低だな、オレ」
「気づかなかったら怒ってたけど、気づいたから許すよ。で、どうだった?」
「最高だった。櫛田との
7月1日に、一之瀬の告白に巻き込まれたときの話だ。
恋人ってなんだっていう流れで、櫛田とこんなメールをやりとりしていた。
『櫛田、デートしようぜ』
『死ね(ハートマーク)』
『誤字ってるぞ。4日だな。分かった』
『くそウザイ』
『綾小路?』
『ティーーレーーーーーックス』
最後のやりとりはスルーするとして、大事なのは3つ目と4つ目。振りかえって考えてみたら、櫛田は別に4日のデートを拒否していない。
ただウザがられただけである。
いや、十分否定的な反応な気がするが、うん、でも拒否ではないな。
「自分から誘っておきながら、佐倉さんと約束しちゃうんだもん。朝からいつ声が掛かるかなーって待ってたのに」
「そいつはひでぇな」
「うん、最低だよね、本当」
「おっしゃるとおりでございます」
デートに誘っておきながら、他の女との約束を取りつけるという最低男。
これは責められても仕方ない。
なんとかポイントを回復しなければならない。
「その、なんだ。楽しかったし、また誘っていいか?」
「えー、どうしようかなー」
「そこは、二つ返事でOKじゃないのか」
「最低だもん」
「おっしゃるとおりでございます(2回目)」
平身低頭の謝罪である。
「冗談だよ。私も楽しかったし、また誘ってくれる?」
「ポイントが支給されたらな」
「そうだよね。須藤くんの件なんとかしないと」
「櫛田とのデートのために頑張る」
「あはは、私とのデートのために頑張って」
なんとか次回のデートの約束を取りつけることが出来た。
よし、これまでは櫛田に大好きって言われるために頑張ってきたが、櫛田とのデートのためにも須藤の件は何とかしないとだな。
ってか、ここ最近のオレは櫛田のことを好きすぎないか? まあ、大事だってのは本当だし、こんなもんか。
恋愛感情ではないな。うん、恋愛感情じゃない……よな。
自分の感情がわからなくなるぐらいに、今日の櫛田さんは魅惑的な天使でした、まる。
「ん。佐倉からメールだ。あと5分で着くって。ここの場所を伝えとくな」
携帯が鳴り、メールを受信した。一言、櫛田に断ってから、佐倉への返信に取りかかる。
「本当に普通に佐倉さんとやりとりしてるんだね」
「そんなに頻繁にって、わけじゃないけどな」
「佐倉さんと教室で話してるの見たことないよ」
「教室では話さないからな」
よし、送信っと。文面を打ち終えて送信ボタンを押したところで、櫛田に腕を引っ張られた。
「じゃあ、どこで話してるか聞いてもいいかな?」
「だいたい電話とかメールだけだな」
「そのきっかけは?」
珍しく櫛田が食い下がる。
別に隠すようなことではないから、説明するのはいいんだが、佐倉が来るまでの5分で話せるだろうか。
「別にたいした話じゃないけど、聞くか?」
「うん、聞きたい」
「わかった。そこまで言うなら教えよう。オレと佐倉のストーリーを。あれは今から1月前の──」
ごほん、と咳ばらいを1つとって、もっともらしくオレと佐倉がいかにしてやりとりするようになったのか、その馴れ初めを話始める。
「待って、長くなりそうな話なのかな?」
話し始めて数秒で遮られた。
「ダイジェストがいいか?」
「うー……ならダイジェストで」
「学校以外で偶然何度か出会って自然と話すようになった、終わり」
「それは短すぎ。意味分からないし」
確かに短いが、これ以上ないまとめだったと思う。
「しかも偶然何度か出会うってことあるのかな?」
「まあ、偶然というか必然というか、うん──」
「──運命って言葉はダサいからやめたほうがいいよ」
先読みで封じないでください。
「というか、半分は櫛田のおかげというかせいというか」
「私が? なんで?」
「ああ、もうわかった。佐倉が来るまでにどこまで話せるか知らんが、話すぞ」
こうして改めて櫛田に話すことにした。
オレと佐倉のちょっとしたストーリーを。
本当にどうでもいい話だから、期待だけはしないように。