佐倉と出会うきっかけは、櫛田にあると言っていい。
より具体的に言えば、櫛田とのTレックスが原因だ。
Tレックスをしたいが、いつも部屋で行うのは、問題になりかねない。
部屋以外のどこかでTレックスできる場所が欲しい。が、ラブホはないし、生活範囲のいたるところに監視カメラが設置されており、場所として適さない。
オレはそれを解決するために、監視カメラの設置がなく、人気もないという条件を満たした場所を探すことに決めた。
それで……うーん、どうしたものか。
「どうしたの?」
言葉に詰まっていると、櫛田から声がかかった。
「どう話すのがいいかで詰まった」
「…………」
「……佐倉の秘密を話して大丈夫か?」
「……信じているから」
「手放すつもりはない」
遠回しだったが、伝わったようだ。
佐倉の秘密を隠しておきたいわけではない。
櫛田に秘密を明かしていいのかで迷っただけだ。
櫛田とは、オレが櫛田の秘密を知ったことにより、関係ができている。
仮にここでオレが佐倉の秘密を明かしたら、櫛田はどう思うか?
誰かの秘密を人に話す人間が、櫛田の秘密を守ると信じられるかどうか。
櫛田が大丈夫なら、話を進めよう。
秘密の場所を探し求めたある日。6月の中旬のことだ。
◇
その日の放課後、まだ行ったことのない場所へ、足を運んでいた。
ケヤキモールに入らず、道をしばらくまっすぐ進むと自然エリアに出る。
端から端までが徒歩で25分ほどの森林だ。
その中で、佐倉と出会った。
いや、佐倉と出会ったと言ったが、最初に佐倉を見たときは、佐倉だとは分からなかった。
普段は2つにまとめている髪をほどき、メガネを外した姿が、同じ教室で過ごすクラスメイトと結びつかなかったのだ。
見た瞬間に目を奪われた。一之瀬や堀北や櫛田と並んでも遜色なかった。
言葉は悪いが、地味な印象のあったメガネっ子と結びつけろ、という方が無理がある。
◇
「私のこと可愛いって思ってくれてたんだ」
それは当然。
──話を戻そう。
◇
「写真撮るの手伝おうか?」
出会った女子生徒は、木々を背景にした自撮りを試みているところで、そう声をかけたのが出会いのきっかけだ。
見知らぬ相手だったが、たぶん櫛田との経験がどこか余裕を与えてくれたおかげだ。落ち着いて声をかけることができた。
ファーストコンタクトでは、
「ごめんなさい」
と、なぜか謝られて逃げられて終わった。
森の中で出会った謎の女子生徒。中々興味がそそられる内容だ。
そして何よりも、彼女は素晴らしい乳の持ち主だった。素晴らしい乳の持ち主だったのだ。
◇
「ちょっといいかな?」
「なんだ?」
「6月の中旬って言ったよね?」
「だいたいそれぐらいだな」
「私たちの2回目ってそれぐらいだったよね?」
「だったはずだ」
「そのときだけすっっっっっごく胸に執着してたけど……最低」
「ソンナコトナイゾ」
比較なんてしてないからな。
ごほん。
それで終わっていたら、なんだったんだあの美少女は──で、この話は終わりだが、話には続きがある。
◇
翌日、今度は学校エリアの奥へと足を運んでいた。
校舎、各種グラウンド、テニスコート等の先に何があるのかを確認するのが目的だった。
そこは残念ながら監視カメラが設置されており、望む場所ではなかった。
だが、諦めて帰ろうとしたところで、彼女がそこへと入ってきたのだ。
2日連続での遭遇に胸を躍らせたのは、言うまでもない。
「……昨日は、急に声かけて悪かったな」
「!?」
「あ……」
再び、逃げられて終わった。
二度目の出会いも失敗だ。
しかし、二度あることは三度あった。その翌日に、またもや遭遇したのだ。
相手はどうやら人のいない場所での自撮りを目的にしていたらしく、オレのTレックスできる場所を探すという動機とは一致のしようもない。それでも、探している場所は似ていたので起こったできごとだ。
偶然にしてはできすぎだ。これはもはや、う──
◇
「やめようね」
やめとこうか。
◇
とにかく連続して佐倉と出会い、声をかけたら逃げられた。声をかけなくても見つかったら逃げられた。
サファリパークに出てくるケンタ〇スみたいなもんだ。
出現したらボールを投げ続けるしかない。
6月21日
通算5回目の出会いだ。
自撮りの角度にこだわって必死だった佐倉を見つけ、最終手段として、問答無用でデジカメを奪い取った。
「え?」
「ほら、撮るぞ?……3、2、1」
最初は狼狽していたが、カウントダウンに反射的に決めポーズをとる佐倉を撮影する。
「もう1枚。はい、今度はこっちから」
「うう……」
「3、2,1」
さっきとは違うポーズを見事に決めて、オレはそれをフレームに収める。
それを何度か繰り返したところでデジカメを返した。
「…………」
「…………」
相手は涙目だった。
勢いでやってしまった感がある。
「その、悪かったな。勝手なことやって」
「いえ。その、ありがとう……ございます」
「前に何度か会ったよな?」
無言で頷かれた。
「悪いな。しつこく声かけて。迷惑だったか?」
首を左右に小さく振られた。
少しホッとする。
「また見かけたら、声かけていいか?」
「は、はい」
「写真撮るのを手伝うのは?」
「それは、恥ずかしい……です」
「でも、自撮りじゃ限界あるだろ?」
事実、さっきは苦労していそうな感じだった。
自撮りでスムーズに撮れていたら、こんなことはしなかっただろう。
「…………」
「…………」
しばらく無言が続く。
相手は俯いで何かを考えている。回答を急かさずに、しばらく待った。
「……迷惑じゃ……ないですか?」
その言葉に思わず笑みがこぼれてしまった。
「全然。被写体が良いと撮るのも楽しい」
「そんな……」
「被写体が良いと撮るのも楽しい」
否定される前に、同じ言葉を2度繰り返す。
顔を真っ赤にするのが可愛かった。
「ん?」
それまでは何ともなかったが、顔を赤くして俯いている姿が引っかかった。
どこかで見たことあるような気がする。
目の前の美少女を見ながら、脳内の過去の記憶を探っていく。
やがて一人の大人しいクラスメイトの名前が残った。
「…………その、ええっと」
オレの視線から何かを感じ取ったのか、さっきまでとは違う戸惑うような反応。
自分の考えがあっているのか、名前を尋ねたかったが控えた。
これは、鶴の恩返しかもしれない。
相手が誰かを確認したら、目の前から居なくなってしまうという予感があった。
「あんま人が多いところが苦手でさ。静かになれるところを探してたんだ」
「……分かります」
名前を聞きたい気持ちを抑えて会話を繋いだ。
◇
「Tレックスのためじゃなかったのかな?」
「言えるか」
そんなことを言ったら、すべてが台無しだ。
◇
共通点(?)があれば、自然と話も弾み、親しくなるのに時間は掛からなかった。
その日は最終的に1時間以上も話しこみ、気づけば夕陽が沈み始めていて、最後にそれをバックにした写真を撮り、今度からは見かけたら写真撮影に協力するという約束をなんとか交わして別れた。
結局、連絡先も名前も聞かないままだった。
しかしながら、ここで問題が起きる。
次に会うまでに時間が掛かってしまった。
たまたまにしては、出来すぎなぐらいの頻度で遭遇していた方がおかしいわけで、それから5日間、会うことがなかった。
最初は気落ちしながらも、まあ明日会えるかって感じだったが、日を追うごとに不安が増していく。
もしかしたら嫌われたんじゃないだろうか。
約束したのは断れなかっただけで、本当は嫌だったんじゃないだろうか。
◇
「21日から5日……あの頃だね」
「分かるのか?」
「ひどかったもん」
「いつも通りのつもりだったんだが」
「あれは恋焦がれる綾小路くんだったんだ」
「妬いたか?」
「なんで? 全然」
「…………」
いい笑顔で否定されました。ああ、コーヒーが苦い。
◇
これが見ず知らずの相手なら、また違ったのかもしれない。
幸か不幸か、相手はほぼクラスメイトだと確信していた。
相手の姿は毎日、目にすることができるし、話しかけようと思えば実行できた。
話しかけたい。だが、話しかけて否定されたらすべてが終わってしまう。
動くに動けないというジレンマが、気持ちを落ち着かせないでいる。
そして運命の6月27日。
◇
「ちょっと待って欲しいな」
「ここからがいいところなんだが」
「1週間前だよね?」
「そうなるな……どうした?」
「ううん。ちょっとびっくりしちゃっただけ」
◇
その日は一日中雨だった。
思わず舌打ちをしたくなる。
わざわざ雨の日を選んで、写真を撮りに行くかというと、可能性は低いだろう。
さて、どうしようか。
低い可能性でも探しに行くか、やめておくか。
気づいたら本来の目的を見失いつつあった。
Tレックスできる場所を求めていたはずが、いつの間にやら佐倉を探すことが主要な目的になっていた。
どうするかと思案している間にすっかり出遅れて、放課後の教室にはほとんど人が残っていなかった。悩んだ末に、この日は諦めることに決め、しばらく足を運んでいなかった図書館に向かうことにした。
ぐだぐだと悩み続けるぐらいなら、気分転換も必要だろう。
繰り返しになるが、その日は佐倉のことは諦めていた。
図書館に行ったのは、本を借りるためであり、それ以外のものは求めてはいなかった。
「あ……」
だからこそ教室で見た姿と変わらぬ佐倉をそこで見つけたときは、言葉を失ってしまった。
今は放課後である。そして教室ではない。
だが、その姿は会いたい美少女ではなくDクラスの佐倉だ。
「え?」
向こうもこちらに気づいたようだ。
「…………」
「…………」
訪れる沈黙。
視線が交差したのは長いようで短い時間で、相手の存在を感じながらも、今は視線を背けている。
オレが何度も出会った女子生徒は、この生徒であってこの生徒ではない。
クラスメイトの佐倉は、オレとはまったく関係がないのだ。
それだけ理解できてれば、そのまま立ち去るなり、気づかなかったふりをするのが正解なんだろう。
それでも、簡単に諦めるには、もう一度会いたいという気持ちが強過ぎた。
実際に交流があったのは、わずか1時間強にすぎないが、短い時間だったからこそ、もっと会いたい、話したいという願望へと変わっていた。
感情が理性を超越する。
相手に声をかけるとしたらこちらからしか無いだろう。
拒絶されたら──という恐怖は、この際飲み込んだ。
「………あ」
覚悟を決めてもう一度佐倉の方を見ると、佐倉は──
◇
「だ、だめ――――」
初めて聞く佐倉の大声が、オレの独白を遮った。
「……どうやらここまでみたいだな」
「えー、いいところだったのに」
「うう……恥ずかしい」
「悪い。もうやめるから……ほら、デジカメの修理行くぞ」
さて、涙目の佐倉をどうあやそうか、自業自得だが面倒そうな問題だった。
◇
櫛田には話せなかった独白の続き。
途中で佐倉に止められてしまったが、そこから先は特別なことがあったわけではない。
もう一度佐倉を見たとき、佐倉はメガネを外していた。ただそれだけだ。
たまたま外しただけという可能性もあったが、オレは自分に都合よく佐倉からのサインだととらえて話しかけにいき、佐倉もそれを受け入れて、美少女が佐倉だったということを明かしてくれた。
あとで聞いたことだが、佐倉は佐倉で名前を名乗らなかったことに対し、後ろめたいものを感じており、話しかけたいができないという同じジレンマを抱えていたらしい。
関係を崩すのが怖かった二人がお互いに足りなかったのはちょっとした勇気で、その一歩が無ければもう少しで遠い他人へとなっていた可能性もあり、勇気をもって踏み出す一歩の重要さを改めて強く認識した。
今度はしっかりと連絡先を交換して、連絡を取り合うようになったわけだが、なんとなく教室では今までどおりの関係が続き、そして今日にいたるというのが今の時点でのオレと佐倉の関係だ。
今日、堀北や櫛田の前で電話して、こうして櫛田を交えた3人で会うことになったのが、どう影響するのかは分からない。
それでもあえて新しい一歩を踏み出したのは、ちょっとした勇気がなければ今の二人の関係は生まれなかったからであり、その変化は怖いものではあったが、楽しみでもあった。なーんてな。
できれば二人の未来が良い方向へ続けばいいんだが──櫛田と一緒に佐倉を励ましながら思うのだった。
次は、恐らく週末に佐倉編の最終回を公開します。
それをもって一ヶ月ほど連載を中断します。
短編はタイミングを見て公開するかもしれませんが、本編の執筆は8月まで止まる予定です。連載再開は8月中旬ごろを予定しています。