綾小路Tレックス   作:チームメイト

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新しい友人 佐倉愛里 5

「はいはーい。ちょっとお邪魔するね」

 

 オレの言葉に応じて扉が開き、一之瀬が入ってきてオレ達(Dクラス)に手を振った。

 

 この一之瀬の登場は、予定には無かったものだ。本来は取るべき許可を取っていない。鬼畜眼鏡先輩に申し出れば通るとは思うが、拒否されたら困るので、多少強引にでも勝手にこの場に引き入れた方が得策だろう。

 

「な、Bクラスの一之瀬か。君は関係ないだろう」

「そうだ。部外者は引っ込めよ」

「ええい、年貢の納め時だよ、証拠は全部ここにあるから観念してもらおうかな。生徒会長、お願いします」

 

 当然、Cクラスからは反発の声が上がる。が、一之瀬は颯爽とその場を制して、某時代劇の印籠のようにメモリーカードを取り出した。

 他の生徒ではこの場の圧力に潰されそうな局面だが、一之瀬の存在感がそれを可能としていた。そのままDクラス生徒の後ろを通って、鬼畜眼鏡先輩へと持っていく。

 

「……これが、須藤が嘘をついていないという証拠か?」

「中を確認していただければ分かるはずです」

「分かった。確認させてもらおう」

 

 さて、決着の時だ。

 

『あぁん? なんで石崎がこの場にいるんだよ』

『へ、呼び出されてのこのこ来やがって、お前のことが気に食わねえからに決まってるだろ』

『なんだと、てめえ』

『お、馬鹿が強がるなよ。お前状況分かってるのか?』

『3対1なら勝てるとでも言うのかよ?』

『馬鹿は状況すら分からないようだな、しばらくバスケできなくしてやるから、感謝しろよ』

『んだと』

 

 佐倉のときとは違い、モニターには静止画ではなく動画で問題シーンがはっきりと映し出された。

 呼び出したのは須藤ではなくCクラス。なにより、ケンカを吹っ掛けたのはCクラスということが、はっきりと分かる映像だった。

 殴りかかったのはどちらが先かは不透明だが、その二点が分かれば、どちらに非があるのかは明らかだ。

 

「違う、これは何かの間違いだ」

「そ……そうだ。こんなものは知らない」

「えーい、往生際が悪い」

「俺が呼び出されたのは、あきらかじゃねえか」

 

 あくまでも抵抗をしようとするCクラスに、一之瀬と須藤が言い返す。

 

「一之瀬、この動画はどこから?」

「情報を掲示板で募集したら、匿名で送ってきました。この場合、動画の出処は関係ないと思いますが?」

「……そうだな。どうやら答えは出たようだ。坂上先生、非常に残念です」

「堀北、これは違う」

「まだ何かありますか?」

 

 坂上がまだ何かを訴えているようだが、既に勝敗は決したと言って過言ではない。動画として残っている以上、言い逃れはできないはずだ。

 これで須藤の暴力は水に流され、DクラスはCクラスからクラスポイント87ポイントを手に入れることができた。Cクラスのペナルティーは、確定しているだけでクラスポイントが87ポイントマイナスとなり、追加で嘘の証言をした件について生徒が処分されるだろう。

 

「…………」

 

 そこまで考えたうえで、佐倉の方をちらっと見た。

 状況が一転したことに、まだついていけておらず戸惑っているようだ。

 

「堀北、ちょっといいか?」

「なに?」

「お前はCクラスの生徒の処分まで求めるか?」

「……どういう意味?」

「オレは須藤が無罪でクラスポイントさえ貰えたら、それで十分だと思うんだが」

「……今回は、あなたの功績よ。好きにしたらいいわ」

「そうか」

 

 小声で堀北と会話をし、Dクラスの大将の委任状さえ貰えれば、あとは好き勝手やらせてもらおう。

 

 オレ個人で言えば、Cクラスの生徒が長期停学になろうが退学になろうがどうでもいい。仮に退学になったとしても、一人二人同期生が減るだけに過ぎない。おそらく一之瀬や堀北もそこまで気にはしないだろう。須藤にいたっては、邪魔な奴が減ったと喜ぶかもしれない。

 だが、佐倉はどうだろうか。自分が関わったことで、退学者が出るなどしたらどう影響するか。今の佐倉には、まだ少し重すぎるかもしれない。

 

「石崎、小宮、近藤。まだ認めないのか?」

 

 一之瀬や須藤と言い合いをしていた3人へと問いかける。

 

「…………」

「今、認めるならオレ達は、お前たち個人に対しての処罰は求めない。このままだとお前たちが、どんな処分を貰うのか分からないぞ」

「ああん? 清隆、何言ってるんだよ」

「健、悪いがここは意見を通させてもらう」

「……ち、分かったよ。ただし詫びは入れさせろよ。オレにじゃねえ、佐倉にだ」

「それは当然やってもらう」

 

 須藤の成長には、驚きを隠せない。この状況で、佐倉にまで気が回るとは思わなかった。石崎たちに手を差し伸べるのは、ここまで。この手を振り払うのなら、あとは鬼畜眼鏡先輩に任せるだけだ。

 

「…………」

「…………」

「分かったよ。嘘をついていたのは、俺たちだ。佐倉、悪かったな」

「石崎」

「お前らも謝っとけよ、これ以上反発しても、不利になるだけだ」

「……すみませんでした」

「悪かったよ」

「綾小路。今回は俺たちの負けだが、別に助けられたとかは思わないからな」

「それでいい。別に助けたつもりもないからな」

 

 最初に折れたのは石崎で、それに続いて小宮や近藤も佐倉に対して頭を下げた。佐倉はまだ困ったように顔を赤らめてオレを見てきたので、軽く頷いて応えておく。

 助けたのはCクラスの生徒ではなく佐倉だ。そこを勘違いしたりなどしない。

 

「というわけで、生徒会長。生徒間のいざこざは、ある程度解決しましたので、寛大な処置をお願いします」

「……Dクラス側の意見として参考にさせてもらおう」

「ありがとうございます」

 

 あとは鬼畜眼鏡先輩が上手く意を酌んで対処してくれるだろう。

 まだ坂上だけが何か騒いでいるが、これで須藤の暴力事件の審議は終わった。 

 

 

 結局、須藤の暴力はお咎めなし。

 CクラスからDクラスに87ポイント移行。

 石崎、小宮、近藤の3名は1週間の停学で決着した。さすがに嘘の申し立てをしたというのは重く、無罪放免とまではいかなかったらしいが、この停学によるCクラスのクラスポイントへの影響は、なしということで落ちついた。鬼畜眼鏡先輩のバランス感覚は、流石だろう。

 

 

   ◇◇◇

 

 

 翌日。7月6日 土曜日。

 

 必要があるのかどうかは分からないが、昨日のネタばらしをしよう。

 それほど複雑な話ではない。

 

 あの日、佐倉がそうしていたように、オレはオレでTレックスできる場所を探して特別棟へと足を運んでいた、というだけだ。しいていうなら、佐倉と静かな場所の情報を交換する中で『休日の特別棟は、人がいなくていいよ』というメールを得ており、それが本当かどうかを確かめに行った結果であり、佐倉と同じ日になったのはたまたまだが、場所が被ったのは偶然ではない。

 

 たまたま訪れていた場所で騒動が起きて、まんまと隠れたまま一部始終を撮影することに、成功していた。

 

 文字にするとこれだけのことだ。

 以前、須藤がCクラスに絡まれたときに、とっさに携帯で撮影できなかった反省を踏まえ、携帯の操作を把握していたというのも、動画をうまく撮ることができた要因だろう。失敗は成功の母とは、このことである。

 あとは、Dクラスに協力していた一之瀬の情報提供の呼びかけに応じ、匿名アカウントから動画を送信して一之瀬に託し、生徒会審議へ挑んだというのが昨日の流れ。

 

「昨日は助かった。証言してくれてありがとう」

「にゃははは、いいところを私が横取りしちゃったみたいで、ごめんね」

「いや、一之瀬が掲示板で情報を募集しなければ、須藤の無罪放免は無理だった」

「須藤くん、殴っちゃってるからねー」

 

 そして今日は、一之瀬と例の体育館近くのベンチで向き合っていた。建前としては、昨日のお礼を改めてというものだったが、おそらく以前申し込んだ件の結論を聞くことになるだろう。

 わざわざ休日に、この場所で落ち合うんだからそれ以外は考えにくい。

 一之瀬には、昨日のうちにしっかりと礼を言っておくべきだったが、昨日は騒動を終えた須藤のお祝いということで、Dクラスのお馴染みのメンバーでオレの部屋でちょっとした会があり、一之瀬とは審議が終わった段階で簡単な話だけして別れていた。

 

 なお、佐倉は会に参加しなかった。まあ、これは仕方ないのだろう。

 

 堀北はずっと何か言いたそうにこちらをチラチラ見ていたが、他に人がいる前での追及まではしてこなかったので、そのまま気づかないふりをしておいた。脇腹の件か、佐倉の件か、証拠動画の件か、一之瀬の乱入の件か……心当たりが多すぎる。面倒ごとが終わったばかりのところで小言を貰いたくはない。

 

 あとが怖いが、しばらくは堀北と2人きりというシチュエーションを避けることにしよう。

 

 会が終わった後に、最後に残ろうとした堀北の前で片づけの手伝いを申し出た櫛田はナイスアシストだったと言える。おかげで堀北は諦めて帰っていった。

 昨日の櫛田は本当に片づけだけで、ものの5分もしないうちに出て行ったのは残念だったが、男子部屋に出入りする手前、毎回長居というわけにもいかないのだろう。この配慮も今更感がひどいけどな。

 

「ねえ、綾小路くん。あの動画を送ってくれたのは、君だよね?」

「…………」

 

 動画は匿名アカウント経由だ。教師なら相手の特定はできても、いち生徒に過ぎない一之瀬には特定するすべはないはずだ。すべては彼女の推測でしかなく、しらばくれようと思えば、難しくはない。

 

「自分で証拠として出すよりは、効果的だったからな」

「ありゃ、あっさり認めるんだ?」

「Dクラスの不利になることなら黙っているが、そうでないのなら恋人かっこ仮になるかもしれない一之瀬に嘘はつきたくないからな」

「それなら匿名で送らなければいいのに」

「一之瀬が動画を誰から入手したのか、聞かれたときに困るだろ。

 名前を使われたら一之瀬を経由する意味がなくなるし、名前を伏せさせたら嘘をつかせることになる。匿名のアカウントから入手した動画として扱われるぐらいでちょうどいい」

「一応、私への配慮だったんだ?」

「まあな」

 

 見破られるかどうかは半々だと思っていたが、あっさりと一之瀬には見破られていたようだ。

 タイミング的に審議直前になって都合よく一方的に送り付けたんだから、あからさまだ。見破られるか半々というのは、一之瀬を見くびりすぎか。

 

「ねえ、綾小路くん。どこから考えていたのか、聞いていい?」

「どこからとは?」

 

 一之瀬の質問の意図は、すぐに分かったがあえて聞き返した。

 

「最初から動画は持ってたんだよね? でも、それを証拠としてすぐには出さなかった。

 結果として、Dクラスはクラスポイントまで入手して勝ってるし、どこまでが綾小路くんの計画だったのかなって」

「あの審議は最初から聞いてたんだよな?」

「綾小路くんの携帯越しだけどね」

 

 一之瀬があの場所にあのタイミングで現れたのは、ポケットの携帯を生徒会審議中、ずっと一之瀬の携帯と通話状態にしていたからだ。一之瀬が空気を読まなかったり、途中で通話を切ったりしていたら『あとは任せた一之瀬』で何も起きないという悲劇が起きるところだったが、一之瀬は期待に応えてくれた。さすがBクラスのリーダーとされるだけはある。

 

「なら、あそこで言ったことに嘘はない。殴った須藤も悪いし、須藤がペナルティーを受けても仕方なければ、Dクラスも甘んじて受け入れなければならない。仮にCクラスが白状していたら、出すつもりはなかった」

「ふーーん。じゃあ、質問を変えていい?」

「なんだ?」

「綾小路くんは、現場にいたんだよね? 喧嘩になる前に止められたんじゃないの?」

「……それはオレを買いかぶりすぎだ」

 

 止めることなど考えもしなかったから、一瞬答えに詰まった。

 オレは暴力そのものを否定するつもりはないし、暴力によって解決されることも多いと思っている。須藤の場合は、効果的に暴力を使うことができずに不利な立場に陥ったというだけだ。

 

 あの騒動前の段階でどう転ぶかの予想などつかず、もう1度同じ場面に遭遇しても、オレは止めたりはしないだろう。

 Cクラスからクラスポイントを貰えるようになったのは、行き当たりばったりの結果でしかない。あの場で触れたとおり、Cクラス担任の坂上の失態だ。

 

「ふーーん」

「納得したか?」

「Dクラスが厄介だってことはね」

「堀北がいるからな」

「堀北さんかぁ。なんでDクラスにいるのか分からないぐらい優秀だよね」

「しかもAクラス入りを目指している」

「それは確かに厄介かもってそうじゃなくて、分かっててはぐらかしてるでしょ?」

 

 えいえい、と指で頬をつつくな。

 

「オレは、手伝えることは手伝うつもりだが、積極的にAクラスを目指しているわけじゃないからな」

「充実した日々が目標なんだっけ?」

「そうだ。一之瀬みたいな素敵な彼女を作りたい」

「ここでそういう直球でくるんだ」

 

 頬をつついていた手が止まる。

 

「3ヶ月だよね?」

「とりあえずはな」

 

 さて、どういう結論に至るか。

 

「うーーん。ま、いっか。もう少し綾小路くんを知りたいって理由でもいい?」

「もちろんだ。これからよろしくな、彼女さん」

「これからよろしく、彼氏くん」

 

 恋人かっこ仮とは、握手からスタートした。

 

「…………」

「…………」

「…………」

「…………」

 

 手を繋いだまま、互いに無言になってしまう。こういう状況に不慣れなことを改善するための関係だとはいえ、気まずいものは気まずい。

 

「「あの……」」

 

 そして、タイミングが悪かった。

 同時に声を掛けようとして重なり、また黙る。

 

 どうやって状況を打開するべきか、攻略の糸口が見つからずに固まってしまう。

 まったくもって世の中は分からないことだらけだ。分からないということが、これほど心地いいのだから恋愛というのは厄介なもので、素敵なものなんだろう。

 

「…………」

「……綾小路くん、電話鳴ってる」

「悪い、出るぞ」

 

 握手を止めて携帯電話を取り出した。着信先は佐倉で、

 

「もしもし」

「綾小路くん……きゃぁ」

 

 短くそれだけで電話が切れる。

 

「…………」

 

 掛けなおしてみるが、通話が繋がらない。

 切れる直前に聞こえたのは、悲鳴だ。悲鳴? いったい何が。

 

「どうしたの? そんな切羽詰まった顔して」

 

 佐倉にいったい何が起きている。Cクラスからの復讐、違う。佐倉の証言は、たいした影響を与えていない。復讐されるとしたら、あの場をコントロールしたオレか一之瀬のはずだ。

 頭の奥が痺れるような感覚に襲われ、思考が加速していく。

 

「悪い、一之瀬。ちょっと急用みたいだ」

 

 一つの結論に至り、オレは慌ててその場から駆け出した。

 

「えっ!? ちょ、ちょっと待って!」

「悪い、説明している暇がない」

 

 何故か追いかけてきている一之瀬に言葉を返すだけで、スピードはむしろ加速して校門へと走る。学校を出て向かう先はケヤキモール。きっと佐倉はそこにいるに違いない。

 

 昨夜、デジカメの修理が終わったという連絡が入り、今日の昼間に佐倉に伝えていた。もちろんデジカメの受け取りには同行予定だったが、今日はこうして一之瀬との予定が先約で入っていたため、それを優先して後日という話になっていた。もしも佐倉が一人でデジカメを受け取りに、あの店員に会いに行ったとしたらどうなるか。

 

「急ぐけど大丈夫か?」

「中学生の時陸上部だったから、足と持久力にはそこそこ自信があるんだよね」

 

 オレは一之瀬を引き連れて、できうる限りのスピードで佐倉がいるであろう場所まで急いだ。

 

 

   ◇◇◇ 

 

 

 走りながらも思考は続く。

 

 まさか人前で佐倉が悲鳴を上げるような事態には陥っていないだろう。可能性があるとすれば人目につかない場所。ケヤキモール周辺で人目につきにくい場所は、そこまで多くなく限られている。いくつかある候補の中から相手が選ぶであろう場所を走りながら絞り込む。

 

 長い時間話したわけではないが、修理の申し込み時に接した限りでは、あの店員は典型的な内弁慶タイプで、選ぶ可能性が高いのは自分の勝手知ったる場所。

 

 つまり今回は、家電量販店に関係する場所の可能性が高い。

 その中で人目につかない場所となるとスタッフルームか搬入口、どちらかまでは絞り切れなかったが、スタッフルームに押しかけて外した場合の方が、面倒ごとになるという判断で搬入口に決める。

 

「頼む、当たっててくれ」

 

 外した場合のタイムロスが怖い。天に祈りながらケヤキモールを通過して裏側へと回り、路地裏を抜けて搬入口への角を回った。

 

「…………!?」

 

 当たった。

 佐倉が押し倒されているが、まだ未遂で間に合ったようだ。

 カメラをあえてフラッシュをつけて撮影し、こちらの存在を相手に示す。

 

「家電量販店の店員が女子高生に乱暴。明日はテレビで一躍有名人だな」

「ち、違う、これは」

 

 男は佐倉から離れて立ち上がった。

 

「何が違うんだ? 監視カメラにもばっちり映っているぞ」

「え?」

 

 奥に設置されたカメラを顎で指し示す。ここが監視カメラの有効範囲内であることは、Tレックスできる場所を探していたときに確認済みだ。定期的に赤い点が浮かび上がっており、カメラが動作中であることは分かる。

 男がカメラを確認しているうちに、佐倉と男の間に身体を入れて佐倉を守れる立ち位置を取った。

 

「未遂とはいえ未成年に手を出したんだ。あんたは刑事告発されて職を失い、マスコミがあんたの実家まで押しかけるだろうな。あんた人生終わったな」

「う……うわぁあああああああ」

「女の子に乱暴しといて逃げようだなんて、虫が良すぎるんじゃないの?」

 

 叫びながらこの場から逃げ出そうとした男を、一之瀬が率いてきた警備員が捕まえた。

 この場に辿りついた時に、目配せ1つでオレが時間を稼ぐ役、一之瀬が人を連れてくる役で役割を分担した成果だ。こういう時に何も言わずとも察して動いてくれる一之瀬の機転は助かる。

 

「ええい。おおお、お前らに邪魔する権利は無いんだ。運命で繋がっているんだ。

 僕はシズクちゃんのファンなんだ。シズクちゃんだって知っているはずだ。手紙のやりとりだってしてる。お前らに分かるか、この学校に来ているのだって──」

「──もう止めてください」

 

 佐倉の大声が響き渡る。

 

「シズクちゃん」

「あなたのことなんて、ファンだと思ってません。もうつきまとわないでください」

「嘘だ……嘘つき……ブス。このブス女。僕を騙しやがって。おい、なんとか言えよ、このブス。

 お前のことなんて好きでもなんでもないからな、分かってるのか。おい、この」

「もういいでしょ」

 

 佐倉にはっきりと拒絶されて、喚き散らす男を一之瀬が止めた。

 

「くそぉ……くそぉおお。うぇ……うぇえええん」

 

 男は泣き声を残して、警備員に連行されていった。

 

「じゃ、あとのフォローはよろしくね。彼氏くん」

「彼女さんもな」

 

 本来ならば、被害者として佐倉が状況説明についていくべきところだが、一之瀬が気を使って代わりに連行されていく男を追う。そっちの方は、あとは一之瀬がどうにかフォローしてくれるのだろう。

 搬入口には、押し倒された姿勢のままの佐倉とオレだけが残された。

 

「大丈夫か?」

「ごめんなさい。私、全然だめだね。結局一人じゃ何もできなかった」

「……ファンを持つってのも大変なんだな」

「でも、これでよかったのかも。自分を偽り続けるって大変だから。

 ごめんね、ずっと黙ってて」

 

 佐倉がメガネを外す。

 この姿がシズクと男が呼ぶ姿だったんだろう。詳しいことは分からないが、ファンがつくような存在だったというわけだ。

 

 自分を偽り続けるとは、どちらのことなのだろう。佐倉本人はシズクという姿に対して言っているようだが、シズクの姿で楽しそうに撮影していた姿のすべてが嘘ではないはずだ。教室で見せる大人しい姿だけが、佐倉の本当の姿というわけではないと思う。

 

「これからは、悩むことや迷うことがあったらいつでも相談してくれ」

 

 佐倉に手を差し出して起こす。

 

「ありがとう……きゃっ」

 

 そのまま佐倉を抱きしめた。

 

「よかった。佐倉が無事でいてくれてよかった」

「はふ、綾小路くん?」

「悪い。ちょっと我慢してくれ。心配かけた罰ってことで」

 

 間に合ったのは、たまたまに過ぎない。男がスタッフルームの方へ佐倉を引き込んでいたらどうなっていたか。想像するのも恐ろしい。今はただ、佐倉が無事だったことを喜び、その存在を確かめるために腕の中に抱きしめる。

 

「あの、綾小路くん」

「心配した。どうしようかと思った。一之瀬との約束なんかほったらかして、同行しとけばよかったって何度も思った」

「…………」

「佐倉が勇気を持つのはいいことだと思う。ただ、無茶はしないでくれ」

「……ごめんなさい」

「本当に無事でよかった」

 

 こうしていると佐倉の存在を実感することができる。オレの腕の中に納まるぐらいの身長、でも持っているものは立派でオレを押し返してくる。より身体を密着させて、抱きしめる力を強めて。

 

「ん……ちょっと、痛い」

「我慢しろ」

「……うん、我慢、する」

 

 抱きしめている存在は何なのか。

 クラスではほとんど声を聞くことがないぐらいに大人しい。でも、自分で決めたことをやり遂げようとする勇気を持っていたりもする。たまに、テンションが高くなるのが面白い。結構抜けてて、失敗したりするのが可愛い。でもそこが危なっかしくもある。

 たまに笑うと嬉しくて、泣きそうになっているとどうにかしたくなる。そんな相手だ。

 

「…………」

「……綾小路くん?」

「オレは佐倉がほっとけないみたいだ」

「へ?」

「佐倉を一人にしておけない」

「…そ、それは……その」

「佐倉の一番近くに居たい」

 

 佐倉がこれからどのように成長していき、何をするのか。それをそばで見守ることが、今の自分がしたいことだろう。

 

「それは……その、どどどどういう意味?」

「そのままの意味だ」

「ええっと、え、えええ!!」

 

 本日二度目の佐倉の大声だった。

 

「変なこと言ったか?」

「ううん、変じゃない。変じゃないよ。えっとその、こ、ここ恋人ってこと?」

「いや、今日から一之瀬と付き合うことになったから無理だな」

「へ?」

「さっき、彼氏くん、彼女さんってやりとりしてただろ」

「あわわわ……え、えぇーー!!」

 

 本日三度目の佐倉の大声だった。

 

「落ち着け」

「お、落ち着けないよ。お、落ち着くのは、綾小路くんの方だよ」

「オレは落ち着いている」

 

 思考はクリアではっきりしている。佐倉に対する気持ちは整理がついた。今、口にしている言葉は嘘偽りのない真実だ。

 

「うー……どういうことなんだろ……」

「オレに恋人がいるとかいないとか、どうでもいい。オレは佐倉の一番近くに居たい。それだけだ」

「そ、それは、分かったから、たわー! 繰り返さないで!」

 

 佐倉は混乱中だった。これは落ち着くまで待つしかなさそうだ。

 佐倉が落ち着くまでの間、それ以上言葉は掛けずに、ただ抱きしめ続けた。

 

 

「………ふぅ、はぁ……」

「落ち着いたか?」

「う、うん。何とか……」

「それで、佐倉の近くに居ていいか?」

「あ、あのあの……め、迷惑じゃない?」

「迷惑じゃない」

「ほ、本当に?」

「ああ、本当だ」

 

 むしろ迷惑になると判断されかねないのは、オレの方だと思う。

 

「……よ、よろしく……お願いします」

「ああ、よろしく」

「そ、それで、その……いつまで、ここここ……」

「なんだ?」

 

 鶏のモノマネではないだろう。

 

「いつまで、こ、このままなの」

「今日は離したくない」

「ふぇっ!?」

「一番近くに居ていいんだよな?」

「そう、だけど……そうじゃなくて……その」

「よし、じゃあ、オレの部屋に行こうか」

「うん。って、なんで、え、ええ、あ、綾小路くん」

 

 さすがに抱きしめたまま動くわけにもいかず、一度抱擁を解く。が、しっかりと腕は掴んだまま、離すつもりはない。

 

 ただ今日は1日ずっと佐倉のそばにいるだけだ。

 

 そのまま部屋まで連れ込み、そこからより二人の距離を近づけるにはどうしたらいいのか。

 導き出される答えは、一つしかない。

 

 

「佐倉」

「あ、綾小路くん」

 

「「綾小路ティーーレーーーーーックス」」

 

 おっぱいは偉大でした。

 

 

 

「綾小路くん……しちゃったね」

「最高だった」

「うう……言わないで、恥ずかしい」

「恥じることはない。魅力的だった。もっと何回もしたいぐらいだ」

「し、したいの?」

「佐倉さえよければな」

「綾小路くんがしたいのなら……」

「じゃあ、これからよろしくな」

「え、えっと……一之瀬さんと付き合ってるんだよね? 私たちは?」

「……せ……特別な友達だな」

「そっか。特別な友達だね。私、負けないから」

「頑張れ」

「頑張る」

 

 佐倉が少しでも前向きになれたのなら、オレが一番近くにいる意味はあるのだろう。

 

 

 これはあれだな、櫛田とのことは佐倉には黙っておこう。

 それが櫛田と佐倉の双方のために違いない。

 おまけに、セックスフレンドという言葉は、特別な友達と言っておこう。

 的確な表現だ。

 

 大事で特別な友人に秘密を抱えるのは心苦しいが、オレのためじゃない、佐倉と櫛田のためだから仕方ないな。うん、しばらくは秘密を抱えておこう。

 オレは、佐倉のおっぱいに顔を埋めながらそう決意した。




強姦魔から救った数時間後にほとんど強引にTレックスするのが当作品の主人公です。
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