綾小路Tレックス   作:チームメイト

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佐倉さんひくわー!

 7月16日 火曜日

 

 佐倉が変身した。

 

 いや、これだけじゃ何を言っているのか分からないと思うが、それ以外に表現しようがない。

 簡単に言えば、野暮ったさ満載だったDクラスの佐倉から、人気上昇中だったらしい芸能人のシズクへとクラスチェンジしたと表現すれば伝わるだろうか。

 整った美貌を隠していた伊達メガネを外し、地味にまとめるだけだった髪も整えて秘めたるアイドル性を隠さなくなった。

 

「うう……恥ずかしい」

 

 佐倉は登校時に、オレを部屋まで迎えに来た。どうやら一人で登校する勇気はなかったらしい。

 それからずっと、オレの後ろに隠れるようにして、オレの制服の裾を掴みっぱなしだ。

 

 物凄い美少女を背後に従えて歩く男子高校生。

 恥ずかしいのはむしろ、オレの方じゃないだろうか。

 

 まだ登校のピークよりは早い時間帯のため、周囲を歩く生徒はまばらだが、それでも目立つことこの上ない。

 

「無理しなくていいんだぞ?」

「ううん……私、頑張るから」

 

 どうやら昨日の説教は、変な方向で佐倉に影響を与えたようだ。

 まあ、佐倉が頑張りたいというのなら多少周囲から変な目で見られようが、それぐらいは受け止めてあげるべきなんだろう。

 

「ただ、ちょっと残念だな」

「な、なにが?」

「佐倉が可愛いってみんなに知られる」

「ダメだった……かな?」

「ただの独占欲だから気にするな」

「独占欲って……独占欲……」

 

 佐倉の本当の姿を知るのは、ほぼオレだけだった。

 それが崩れることが2人のこれからにどう影響するのか。彼氏彼女ならまだしも、特別な友達に佐倉の決意を止める権利などは無いだろう。

 まあ、佐倉の本当の可愛さを知られたとしても、あんな姿やこんな姿を知っているのは、オレだけというのは変わらないし、良しとしようか。

 

 これがバニーガール姿なら全力で止めたが、いくら天然が入った佐倉といえどもバニーガールでの登校なんかするわけない。

 

「この調子で今日、大丈夫なのか?」

「……たぶん」

 

 一応伊達メガネは持ってきているらしいので、最悪それを装着して髪をいじって元の佐倉に戻すことはできる。ただ、戻したところでそれが周囲の好奇の目をどれだけ遮る効果があるかといえば、微妙なところだろう。

 池や山内が厄介だ。

 あいつらが今の佐倉を見た後に、元の佐倉に戻ったとしても、ほっとくとは思えない。

 

 ああ、想像するだけで疲れてきそうなめんどくささだ。

 

「このまま学校をサボらないか?」

「……い、いいの?」

「すまん、冗談だ」

「え? うわ、私、たわ、忘れて、今の忘れて」

「大丈夫だから、落ち着け」

 

 現実逃避に乗ってきたのは、ただの天然発言なのか、佐倉も現実逃避したいぐらいに追い込まれているのかどっちだろうか。

 これからどうなるかを憂いつつ、乗り越えるために気合を入れなおして、佐倉を引き連れて学校へと向かった。

 

 

「…………」

「…………」

 

 Dクラスに微妙な空気が流れている。クラスメイトが美少女を従えて登校してきて、そのまま席につき、美少女は後ろに控えたままだという状況だ。こんな奇妙なシチュエーションで平然としてくれそうな高円寺は、あいにくまだ登校していない。

 いや、高円寺の登校を待ち望むとか、それこそどんな状態だ。

 

「…………」

「…………」

 

 オレの背後で裾を掴んだままついてきた佐倉は、まだカバンを持ったままだ。自分の席には寄っていない。はたしてこの美少女が佐倉だと気づかれているのかどうかは怪しいところだ。

 普段ならもう少しやかましいはずのクラスが妙に静まり返っており、こちらをうかがう気配をまじまじを感じてしまう。気分は動物園のパンダかなにかだ。

 

「……あ、綾小路くん、おはよう」

「お、おう、平田、おはよう」

「…………」

「…………」

「……いい天気だね」

「……梅雨も明けて夏真っ盛りだからな」

「…………」

「…………」

 

 平田、お前でもダメなのか。お前と天気について語り合ったのはこれが初めてだよ。

 

 この天気がいいね と君が言ったから 7月16日は天気記念日、なのか。

 

 妙にひきつった顔を浮かべるのをやめてくれ。困惑しているのはオレも同じなんだ。

 結局、平田は軽井沢が教室に入ってきたのに合わせてそちらへ向かい引き下がった。

 

 

「綾小路くん、おはようって佐倉さんだよね? おはよう」

「おはよう」

「お、おはよう、櫛田さん」

 

 平田が去ってから数分後、今度は櫛田だ。

 流石は櫛田、佐倉の擬態を一瞬で見抜き佐倉にも挨拶を交わす。そういえば、須藤の暴力騒動の際に、佐倉が本当は可愛いってことを伝えていたので、当然と言えば当然か。

 そうだな、流石は取り消そう。まだまだだな、櫛田。

 

「あれ? どっかで見たことあるかも……」

 

 佐倉の顔をじっと覗き込みながら小首を傾げた。今の姿で活動していたシズクがどれぐらい有名だったのかはあいにくと知らないが、櫛田が知っていてもおかしくないレベルなんだろうか。

 ここで問題になるのは、佐倉がその件に触れられることをどう思うのか。肯定も否定もしていないというか顔を固めたままだ。

 

「櫛田、ちょっと耳貸せ」

「なにかな?」

 

 抵抗があるかと思ったが、櫛田はあっさりと髪から耳を露出させてオレの方へと向けた。ただでさえ目立っていたのに、より一層周囲からの注目を集めている気がするが仕方ない。

 

「佐倉はシズクって名前で芸能活動をやっていたらしいけど、あんまり知られたくないみたいだ」

「……分かった。じゃあ黙ってるね」

 

 オレの耳打ちに対して、櫛田もわざわざオレの耳に顔を寄せて手を添えて小声で返してくる。おまけで唇を耳に触れさせてきたのは、嫌がらせだろう。まあ、いい。櫛田の協力が得られれば一安心、と思いきや──

 

「あー、綾小路、櫛田ちゃんに何を──って誰だよこの美少女」

「まさか、彼女か、彼女なのか」

 

 池と山内のご登場である。まだ距離があるが耳が痛くなるから騒がないで欲しい。

 そして近づいてくるな。佐倉がビビッてオレの腕に抱き着いてきている。おっぱいがたゆんたゆんなのは嬉しいが、周囲が怖い。

 

「彼女ではない」

「…………」

「じゃあ、なんだよ、その腕取られているのは」

「綾小路、ウソはやめろよな」

 

 ぎゅ、と腕を抱き締められている状態では、言葉での説得は難しい。

 

「池くん、山内くん、佐倉さんを困らせちゃダメだよ」

「ごめん、櫛田ちゃんって佐倉? 佐倉ってあの胸がやたらでかいだけの」

「あう……」

 

 佐倉が更に抱きしめる力を強めた。胸に触れている状態から、挟み込まれる状態へとパワーアップだ。

 

「ダメだよ。そういうこと言っちゃ」

「でも、佐倉って……え、嘘、マジ?」

「嘘ではない」

「すっげー地味なメガネのあの佐倉が? 嘘だろ」

「池くん!」

「ご、ごめん、櫛田ちゃん」

 

 池の失言が続けば続くほど、オレの腕がおっぱいに吸い込まれるという夢のシステムが完成していた。いいぞ、池、もっと佐倉に失礼な言葉を──いや、ダメだろ。

 

「佐倉からも一言」

「……佐倉で合ってます」

「ええー、でも、えー。信じられるか? 山内」

「全然」

「二人とも佐倉さんに失礼だよ。あ、ほら、予鈴鳴ってるよ、席に戻ろう」

 

 タイミングよく予鈴が鳴ったのに合わせて、まだ何か言いたそうな池と山内を櫛田が追い返した。オレが言っても聞く耳を持ったかは怪しいが、櫛田の言葉に逆らう二人ではない。

 

「ほら、佐倉さんも戻らないと」

「……う、うん」

「櫛田、助かった。ありがとう」

「いいよ。それじゃ、今日も1日頑張ろう」

 

 佐倉と一緒に最後にいい笑顔を残して櫛田は離れていった。櫛田の笑顔よりも佐倉のおっぱいの感触が離れたことの方が名残惜しい。うん、今日のところは櫛田の笑顔の敗北だな。

 

「まるでインプリンティングね」

「…………」

 

 佐倉が離れるのを待って、堀北がこちらを見ることなく呟いた。どちらかといえば佐倉が最初に誰を見たのかではなく、最初に佐倉を見つけたのがオレという形だ。さりとて、頼りにして後ろについていく様はそう表現されても仕方ない。

 反論したいところだったが、自分でも妙に納得してしまっただけに、機を逸してしまった。反論の前に朝のホームルームが始まってしまい、結局何も言い返せずに黙ったままだ。

 

 微妙に堀北が勝ち誇っているような気がするのがムカつくが、ここは素直に敗北を認めるしかない。ホームルーム、続く授業の準備を進めながら、オレは1人ため息をついた。

 

 

 朝さえ乗り切ってしまえば、騒動など落ち着くのではないかと期待していたのだが、期待とは裏切られるためにあるらしい。

 授業が始まっても、これで一件落着とはならないぐらいに、佐倉のメタモルフォーゼは衝撃的だったらしく、その衝動の余波は、一限目と二限目の間の休み時間にも続いた。

 

 授業が終わるな否や、佐倉と話したい生徒が佐倉の周囲に集まりかけて、それを敏感に悟った佐倉は、さっさと自分の席を離れてオレの後ろへと回る。

 で、オレと佐倉がクラスメイトに囲まれるという、もうどうとでもなれって状況へと早変わりで、投げられるもんなら匙を投げつけたい気分だ。

 

 そんな時に頼りになるのが大天使櫛田さんで、朝に続いてオレと佐倉の間に入って、周囲の圧力を和らげる。佐倉に近づきたい生徒が直接佐倉に話しかけるのを止めて、クラスメイト→櫛田→佐倉→櫛田→クラスメイト というクッションの役割を果たす。

 櫛田に任せておけば大丈夫。そう考えていた時期もあったが、

 

「綾小路くーん、美少女引き連れてたってどういうことーって本当に美少女だーーー」

 

 ややこしいタイミングで、彼女さんがわざわざBクラスから現れた。

 突然の一之瀬の登場に戸惑うDクラスの生徒たちを尻目に、一之瀬はオレ達を囲む周囲の輪を抜けてオレの前に立った。

 

「情報が早いな」

「そりゃ、これだけの美少女なら話題になるよ。Bクラスでも話題沸騰中」

「マジか」

「あ、それどころか学年を越えて噂になってるかも」

「……どんな噂だ?」

「Dクラスの綾小路が物凄い美少女を引き連れているって噂」

 

 それは面倒なことになりそうだ。

 

「それで、彼女に説明は?」

「友達だ。つーか、一之瀬はあったことあるだろ」

「ええー? こんな美少女なら一発で覚えるんだけどなぁ」

「よく見てみろ」

 

 オレと櫛田が少しずれて、一之瀬の正面に佐倉を立たせる。一之瀬は顔を近づけて、ああじゃないこうじゃないと下から見たり、横から見たり、いろんな角度から顔を見ていき。

 

「もしかして……佐倉さん?」

「正解だ」

「うっそーー、全然印象違う。メガネと髪型変えただけ? ひゃーー、可愛いーー」

「たわ……」

「おい、あんま困らせるなよ」

 

 そのまま一之瀬は佐倉を抱きしめた。佐倉もおっぱいだが、一之瀬も負けず劣らずのおっぱいだ。そんな2人がくっつけば、必然的におっぱい同士が押しつぶされるように触れ合うこととなり、周囲に集まる男子陣の唾を飲み込む音が聞こえてくる。

 

「うわあ、なにこれ、すごいすごい」

「櫛田、頼む」

「はいはい。一之瀬さん、佐倉さん苦しそうだから」

 

 彼氏であるオレが引きはがしてもいいんだが、わざわざ火に油をそそぐ気にはなれず、櫛田に任せて引きはがさせる。一之瀬から脱出した佐倉は今にも泣きそうな表情で顔を真っ赤にしながら、オレの腕を掴んできた。

 

「本当に引き連れてるし」

「友達だからな。それに、今のは一之瀬が悪い」

「だよね、ちょっと反省。ごめんね、佐倉さん」

「だ、大丈夫です」

 

 と言う割には、オレの腕をがっしりと掴んで離しそうになかった。

 

「そろそろ授業始まるけどいいのか?」

「あ、戻らなきゃ。佐倉さん本当に友達なんだよね?」

「と、友達です」

 

 ここで特別な友達とか言われたらどうしようかと思ったが、杞憂に終わったようだ。

 

「うーーん……ま、いっか。じゃ、私は戻るね、彼氏くん」

「さっさと帰れ、彼女さん」

「うわー、私の彼氏くんが私に冷たい」

「綾小路くんは私にも冷たいから大丈夫だよ」

 

 櫛田よ、なぜここで参戦して余計なことを言う。

 

「櫛田さんもそう思う?」

「うんうん。でも、本当に時間ないよ」

「大丈夫、私、中学の頃陸上部だったから」

「廊下は走るなよ」

「分かってるって、それじゃーねー」

 

 台風のように一之瀬は去っていき、周囲に集まっていた生徒も何となくそれでその時間は解散となった。

 ある意味、一之瀬のおかげで助かったのかもしれない。だが、感謝する気には欠片もなれないのは、この疲労感のせいだろう。

 

 

   ◇◇◇

 

 

「疲れた……」

 

 午前中、最後の授業が終わったのに合わせてオレは机に倒れこんだ。あれから休み時間のたびに、佐倉と一緒にクラスメイトに囲まれるという事態に陥り、助けに入る櫛田が居なかったら耐えられなかったかもしれない。

 

 幸いなのは、見た目が変わろうが佐倉は人見知りの佐倉のままであり、あまり積極的に絡まれても困らせるだけだと理解してもらえて、話しかけてくる人は減ったことか。これも櫛田が粘り強く間に入ってくれたおかげだ。

 特にこういう時に面倒な相手になりそうな池が櫛田に弱いため、遠ざけることができたのが何よりも朗報だった。

 

「綾小路くん」

「なんだ? 堀北」

「疲れるのは、これからじゃないかしら」

 

 相変わらずこちらを見ることなく自分のお弁当を広げながら、堀北は不吉なことを言ってくる。いいさ、分かっているさ、ちょっとだけ休みたかっただけだ。

 

「佐倉どうしたんだ?」

 

 机に伏せていたオレを気遣って話しかけられずにいた佐倉へ、身体を起こしながら話しかける。

 

「その……お弁当、一緒に食べてもいい?」

「分かった。ちょっと昼飯買ってくるから待っててもらっていいか?」

「綾小路くんの分も、つ、作ってきてるから、大丈夫だよ」

 

 佐倉、それはオレが大丈夫じゃない大丈夫だ。

 

「えっと、机に広げていい……かな?」

 

 せめて場所を移したかったのだが、先んじてそう言われてしまっては、断ることも難しい。結局、机の上にお弁当が入っていると思われる包みを置かれてしまった。

 

「も、もしかして迷惑だった?」

「いや、全然迷惑じゃない。迷惑じゃないぞ」

 

 良いとも悪いとも言えずに固まったオレに佐倉が不安そうに尋ねてきて、慌てて否定する。

 

 よし、周囲から注目されるのは諦めよう。

 最初から穏便に過ごそうというのが無理があったに違いない。包みの中にはお弁当箱が二つ入っており、一つがオレの前で広げられる。

 

「どう……かな?」

「旨そうだな」

「本当?」

 

 ボリューム的には女子のお弁当らしいサイズだったが、品数は豊富で見た目に食欲をそそるお弁当だ。佐倉が頑張って作ったとなると、それだけでご飯三杯は余裕でいける。

 割り箸を割って、肉団子を掴み口へと運ぶ。塩コショウが程よく効いており美味しい。

 

「うん、旨い」

「よかったー、それは結構自信あったんだぁ」

「そんなに心配しなくても大丈夫だ。その、佐倉も食べないか? あんまり食べてるとこを見られ続けると食べにくい」

「ご、ごめん。いただきます」

 

 間近で一挙手一投足に注目されながら食事をするのは、きついものがある。

 佐倉は、丁寧に手を合わせてからお弁当へと箸を伸ばした。

 

「誰かと食事するの、久しぶりだよ」

 

 佐倉、ぼそっと悲しいことを言わないで欲しい。思わず隣の堀北さんを見てしまったら、睨み返された。まあ、堀北さんはぼっちのプロだから誰かと食事しようがしなかろうがどうでもいいって感じなんだろうが。

 

 いや、待てよ。食事にカウントしていいのかは微妙だが、いけてないグループの面々含めたお菓子会みたいなのには何度か参加しているから、佐倉ほどではないんだろうか。

 

「他の人に声を掛けたりしないのか?」

「む、無理だよ、緊張して食べられなくなるもん。綾小路くんは友達だから大丈夫だけど」

 

 よし、それならさっきの反撃だな。食べる手を止めて佐倉が食べるのをじっと見てみる。

 箸の持ち方は綺麗だ。肉団子にかぶりつくのではなく、器用に箸で一口サイズに割って口へと運び食べる。口の中で咀嚼する様子を黙って見る。

 

「…………」

「…………」

 

 佐倉がこちらの視線に気づいて固まった。友達相手にこの状態じゃ、親しくない人と一緒に食事するのは無理か。ここで止めればいいのだが、楽しくなってきたので佐倉が喉を鳴らすその瞬間まで見守ろうと視線を送り続ける。

 

「…………」

「…………」

 

 佐倉は何か言いたそうに困った目を向けてくるが、口の中に肉団子が入った状態ではしゃべることはできない。何も言ってこないならこのまま続行だな、困った顔が可愛いし。

 

「綾小路くん。あんまり女の子が食べるところじろじろ見ちゃダメだよ」

 

 視線が紙袋によって遮られた。

 

「はい、ちょっとずれてね」

 

 その犯人である櫛田はオレの机の上に紙袋を置くと堀北の前の座席から椅子を奪い、ひっくり返して佐倉の隣につく。そのまま紙袋を開いてどこかで買ってきたらしいサンドイッチを2つ机に置いた。どうやらここで食べるつもりのようだ。

 

「今日はここでいいのか?」

「うん、佐倉さんともっと仲良くなりたいって思っていたし、迷惑かな?」

「オレは構わないが」

「迷惑じゃないです」

「よかった。ちょっと強引すぎたかなって」

 

 舌を出して自分で頭をこつんと叩く。コケティッシュな仕草だが櫛田がやると様になるな。

 まあ、迷惑とは言いづらい状態を作って聞くのはずるいが、朝から助けられっぱなしだし良しとしよう。

 

「綾小路くん、前食べてたお弁当とどっちが美味しい?」

 

 いや、やっぱり櫛田さん離れてくれませんかね? なにこのキラーパス。櫛田さんマジ怖い。

 

「そ、そりゃ……こっちだな。というか自分で作ったものとは比較できんだろ」

「そうなんだぁ。よかったね、佐倉さん」

「う、うん……ありがとう、綾小路くん」

 

 まあ、実際問題甲乙つけがたいところだ。

 しいて言うなら好みの問題で、卵焼きの差で本当は櫛田の弁当に軍配が上がる。

 オレはしょっぱいのが好みだが、佐倉の卵焼きは甘いのだ。櫛田の卵焼きはまさにオレ好みのしょっぱい奴だった。

 

「堀北さんも料理上手だし、やっぱり料理できる子の方がいいよね? 私ももう少し料理頑張ろうかな」

「今時の男子はあんまり気にしないんじゃないか?」

「優等生的回答だね。本音は?」

「そりゃ、できないよりはできた方がいいだろ」

「つまり、綾小路くんのタイプは佐倉さん」

「あう……」

「櫛田まで佐倉を困らせるのはやめてくれ」

「ごめん、佐倉さん可愛くってつい」

 

 さっきから地雷をばらまかれまくってる気がするが気のせいだろうか。いや、天使の櫛田がそんなことするわけないし、たまたま……たまたまだな。佐倉の件で櫛田が敵に回るとかなったらもうどうにもならずに終わりだから、本当に勘弁して欲しい。

 

「私も、もう少しお弁当にしようかな」

「朝、弱いんじゃなかったのか?」

「うん。だから、たまにだよ。毎日作ってる人は本当にすごいと思う」

「そんなことないです」

「そんなことあるよ」

「ないです」

「あるある」

 

 なんだこのやりとりは。

 

「もし私が作ってきたら、綾小路くんは食べてくれる?」

「……頼むから、事前に言ってくれよ。約束とかあったら困るからな」

「うう、ごめんなさい。今日急に言っちゃって」

「佐倉に対して怒ってるわけじゃない」

「分かった。事前に言うね。あ、でも佐倉さんが作ってきちゃうのかな?」

 

 本題はそこか。櫛田よ、ちょっと回りくどいぞ。

 

 さて、どうするか。佐倉の弁当は魅力的だし、一人分作るのも二人分作るのもコストは別にして手間はそんなに変わらないのだろう。ここで頼めば、作ってきてくれることは間違いない。

 女子の手作り弁当生活というのも、充実した学園生活といえるのではないだろうか。

 

 ただ、その女子が彼女であればという前提条件だな。

 

 残念ながら佐倉は、特別な友達であって彼女ではない。いくら特別な友達と言えども、彼女ではない女子から毎日お弁当を作ってもらうというのは、色々と問題がある気がする。

 何よりも、本来の彼女である一之瀬の立場が無くなってしまうか。仮とはいえ彼女は彼女、一之瀬を立てることも必要だろう。

 

「そうだな。佐倉の弁当は魅力的だし、週1ぐらいなら作ってもらうのもいいかもな」

「ま、毎日でも大丈夫だよ」

「いや、一之瀬や平田たちと食べたりもしたいし。それに、金曜日は山菜定食って決めてるからな」

 

 初心を忘れるべからずの山菜定食は大事だ。特に最近は、割と浪費気味なことを思えばなおさらだ。

 

「わ、分かった。週1は良いんだよね?」

「今日、火曜日だし。なら火曜日は佐倉に任せるってことでいいか?」

「うん、任せて。来週も楽しみにしててね」

「ああ、楽しみにしてる」

「再来週もだよ」

「いや、再来週は夏休みだろ」

「あう……な、なら2学期」

「楽しみにしてるから忘れないでくれ」

「絶対、忘れないもん」

 

 よし、これで佐倉のお弁当の件は無事に着陸したな。なんか教室に残っている生徒から『うわー』みたいな目で見られているが、週5作ってもらうのよりはマシだと開き直りたい。

 

「佐倉さんが火曜日なら、私は水曜日でいいかな?」

「冗談じゃなかったのか」

「にゃーー。せっかくの提案だったのに」

「いや、早起き苦手なんだろ?」

「そうだよ。だから自分一人分だとサボっちゃいそうだから、二人分なら頑張れるかなって」

 

 理屈として筋は通ってなくもない。そして、提案としては非常に魅力的だ。

 

 だが、待って欲しい。佐倉は今でこそスーパー佐倉さんにクラスチェンジしたからこそ注目を浴びているが、元は地味な佐倉さんだった。だからこそ、お弁当を作ってもらうという行為でもそれほど敵を作ったりはしない……はずだ。

 それに対してクラスのアイドル、いや、クラスを超えた人気者なのが櫛田だ。常にいろんな人から食事の声が掛かり、毎日のように相手をかえて平等に食事を楽しむスタンスの櫛田が、特定男子相手に毎週お弁当を作ってきて一緒に食べるとなるとどうなるか。しかも、その男子は別に彼女を作っている生徒である。

 そんなことをしたら櫛田ファンから襲われかねず、夜道を歩けなくなってしまう。

 

 これはダメだな。せっかくの提案を断るのは申し訳ないが、オレの身の安全のために、断らせてもらおう。

 

「ダメ……かな?」

「ダメなわけない。明日からでいいんだな? 楽しみにしてる」

「本当? じゃあ、頑張るね」

 

 櫛田の上目遣い+首傾げに対抗する術を、早く見つけないとやばいな。いつか本当に背後から刺されてしまいかねない。

 そして、少し佐倉がむっとしているような気がする。

 うん、佐倉がそういう表情するのは良い傾向だな、と現実逃避気味に受け止めておこうか。

 

 少し昼休みの過ごし方についてまとめよう。

 月曜日は何となく2週連続一之瀬と飯食ってて、火曜日は佐倉、水曜日は櫛田、金曜日が山菜定食か。

 山菜定食だけ浮いてるが、決め事だから仕方ない。あとは木曜日か。

 

「堀北、木曜日──」

「──作らないわよ」

「せめて最後まで言わせてくれよ」

 

 まあ、冗談だ。これで堀北にOKを出されたらいよいよ逃げ道が無くなってしまう。堀北なら断ってくれるという信頼関係に応えてくれるとは、堀北は良くも悪くもオレの想像を裏切らず安心できるな。

 うん、急に変身してくる佐倉とか、お弁当を提案してくる櫛田とか、想像を超えてオレを仕留めに掛かるのは、もう少し遠慮してくれるとありがたい。

 なんて、贅沢なことを考えながら佐倉のお弁当を堪能して昼休みを過ごしたのだった。

 

 

 

 放課後。今日は佐倉と自然エリアで鬼ごっこをしたとだけ言わせてもらう。

 子供の遊び第二弾だ。

 

「佐倉」

「綾小路くん」

 

「「綾小路ティーーレーーーーーックス」」

 

 

 逃げる佐倉を捕まえての背後からスタイル。

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