綾小路Tレックス   作:チームメイト

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一之瀬の誕生日。

 海の日という名前から連想できるような、うだるような暑さの中、制服を着て学校までの道のりを歩く。クーラーの効いた部屋に後ろ髪を引かれながらの登校だ。

 佐倉と連日のように似たような暑さの中、野外で遊びまくっていたわけだが、それはそれ、これはこれである。

 Tレックスは野生だが、オレは人間だ。この違いははっきりと線引きしなければならないのだ。

 

「無理せず、寮で待った方が良かったかもな……」

 

 愚痴が出てしまうのも仕方ない温度だ。

 

 わざわざ祝日に学校に向かっている理由は1つで、一之瀬へ誕生日プレゼントを渡すためだ。

 

 一之瀬は付き合いだしてからずっと忙しく動き回っているが、それには理由がある。一之瀬は仮の恋人関係がスタートするのと同じ時期に生徒会に入っていたのだ。

 

 本来ならば生徒会の仕事は、連日のように予定が埋まるほど忙しいわけではないらしいが、事情があってしばらくは生徒会に掛かりきりになるとのことである。

 入ったばかりであり仕事を覚える必要があったり、1年の生徒会役員は一之瀬1人であり色々と雑用が回ってきたり、これが最大の理由らしいが例の豪華旅行が控えており、2週間ほど仕事ができないため、事前にその分も前倒しでこなしたりで、忙しいようだ。

 

 佐倉と遊んだり櫛田とデートしたりといった日々を過ごしているのは、一之瀬をないがしろにしているわけではなく、こういった事情で一之瀬の放課後や週末がほとんど埋まっているからである。間違っても、どうせ一之瀬は許可なく手を出せないし、とかいった理由ではない。

 

 案の定というかなんというか、一之瀬は今日もせっせと朝から生徒会活動に勤しんでいるらしい。クラスの用事だったり生徒会の活動だったりで、まだまともなデートを1度もしていない。

 

 これが、本当の彼氏彼女の関係なら文句の1つでも言うべきところなのかもしれないが、自分のことを優先するのが条件の仮の関係なら受け入れるしかない。

 それならば、終わった後に少し時間を作って欲しいと頼んだわけだが、いつ終わるのかも分からず遅くなりそうだから、時間の約束は難しいという話になり、だったら昼の休憩時間にでも会いに行くというので落ちついたわけだ。

 

 遅くなるのを承知の上で部屋で待っててもよかったんだが、せっかく誕生日プレゼントを用意したんだから少しでも早く渡したいと思ってしまうのは、仕方のないことだと思う。

 

「それにしても、暑さにも限度があるな……」

 

 昨日までも暑かったが、今日は一段と暑い気がする。

 やっぱり寮で待つべきだったかと後悔しながら、もはや歩き慣れたと言える道を進んで学校へと向かった。

 

 

 

「こういう時は図書館に限る」

 

 さっさと冷房の効いた校内に入ろうとして少し早歩き気味だったせいか、予定よりも早く11時前に学校についた。休日の生徒会は仕事の切りがいいところで休憩に入るらしく、いつが休憩時間かが分からないため、あらかじめ校内で待機して一之瀬から連絡があり次第合流するという手はずになっている。

 

 となると、時間をつぶす必要があるのだが、土日も図書館は開放されているため、ありがたく利用させてもらうことに決めた。テストなども関係のないこの時期に、この暑さの中わざわざ図書館に来る生徒は少ないらしく、館内にはほとんど人が見当たらない。

 

「夏目漱石でいいか」

 

 いつ呼び出されるか分からず、どれだけ読めるか未知数な中で選ぶ本としては、既に読んだことのある本から繰り返し読みたい本を選ぶのがベストだろう。未読の本を読んでいる最中に連絡が来て、続きが気になってしまうのは嫌だからな。別に呼び出しを食らってから借りれば済む話だが、休日にわざわざ荷物を増やす気にはなれない。

 夏目漱石ならば繰り返し読んでも楽しめるし、途中で止めてもストーリーはあらかた覚えているため問題にはならないのだ。

 

「…………」

 

 人が少ないからといって知り合いが居ないかというと、そういうわけでもないらしい。

 漱石の有名どころの本を適当に選んで、空いた席のどこに座ろうか思案しているときに見知った顔が本を読んでいることに気づいた。オレの知り合いで図書館を利用しそうな唯一の人物、堀北鈴音である。

 相手は本に集中しているのか、まだオレの存在には気づいていないようだ。

 

「……スルーだな」

 

 考えるまでもない。声を掛けても良いことは無いだろう。というわけで、離れた席に陣取って読書タイムへと入る。

 

 

 

「綾小路くん?」

 

 近づいてくる気配を感じていたが、最後の抵抗で本に目を集中させて気づかない振りをしてみたものの徒労に終わったようだ。こちらがスルーしたからといって、相手がスルーしてくれるとは限らないらしい。

 仕方なく本から顔をあげて想像通りの相手を見る。

 

「堀北、何か用か?」

「2学期の予習をしているのかしら? 感心ね」

「予習? なんのことだ?」

 

 訳が分からず首をかしげると、手にしていた本を指さされた。

 

「『こころ』は、2学期の現代文の題材のはずよ」

「なるほど。残念だが、たまたまだ。時間つぶしで読んでるだけだからな」

 

 教科書類は、授業以外で開いたことがないが、真面目な堀北は授業で習った箇所よりも先を予習などしているのだろう。わざわざ現代文までチェックするとかマメ過ぎると思う。

 

「用事はそれだけか?」

「……珍しい人を見たから気になっただけよ」

「たまに利用しているんだが」

「授業がある日になら見かけたことがあったかしら」

 

 確かに休日にわざわざ登校してまで利用したことはないか。というか、把握されているのがなんか怖いんだが……まあいいか。別に知られて困るようなことはしていない。

 

「生徒会に用事があって時間を潰しているだけだ」

「何をやらかしたの?」

「やらかしたことが前提かよ」

「Dクラスの評判を下げるようなことは、困るのだけれど」

「だから何もやってねえよ」

「図書館で騒ぎ過ぎよ」

「お前は楽しそうだな」

 

 少し声を張り過ぎた。ほとんど人が居ないからこそ声が響いて利用者の邪魔になりかねない。注意されることは無いと思うが、もう少し声のトーンを落とすか。

 

「一之瀬に用があるだけだ」

「彼女と生徒会に何の関係があるのかしら?」

「一之瀬は生徒会役員だ」

「……そう」

 

 一之瀬が生徒会に入ったということはあまり知られていないらしい。役員として公の場で何かしたわけでもないため、オレも本人から聞かされるまでは知らなかったことだ。

 その事実を知る前は、予定がいつも入っているとか遠回しに拒否られてないよな等と考えたりもしたものである。

 

「残念だったな」

 

 少しいじられた仕返しはしておこう。

 

「別に、残念なことはないわよ」

「一之瀬の方がお前の兄に少し近いんじゃないか」

「生徒会に入るだけで、歴代最高と言われる会長に近づくとは限らないわ」

 

 少しムキになるのが面白いが、危うくもあるか。

 

「お前は入らないのか?」

「……兄さんが許すと思う?」

「思わないな」

「そういうことよ」

 

 この学校の生徒会への入り方は、原則として生徒会側からスカウトされるか、自ら希望し生徒会に認められるかのどちらかだ。あとは11月に行われる選挙に通るという方法もあるらしいが、ほとんど現役役員の信任投票の場であり、その場で新生徒会役員が決まることはここ5年間起きていないらしい。

 必ずしも生徒会長が認める必要はないらしい。が、堀北は実の兄が認めないところで生徒会入りが決まっても、納得したりはしないだろう。

 

 あまりいじりすぎると後が怖い、話題を少し変えるか。

 

「堀北は、豪華旅行はどう思うんだ?」

「情報が少なすぎて何も言えないわ」

 

 うんざりといった風な表情だ。

 堀北みたいな性格だと、旅行は面倒なだけで喜んだりはしないか。

 

「何か準備はするのか?」

「そうね。本を大量に借りるぐらいかしら」

「豪華旅行に行ってまで読書するのかよ」

「休日の過ごし方は、人それぞれよ。他人にとやかく言われたくはないわね」

「それもそうだが」

 

 孤独の人、堀北はまだまだ健在らしい。

 旅行を機に少しでもクラスに溶け込んでくれれば良いんだが、堀北にその気がない以上難しいか。

 まあ、目の前の不機嫌そうな女子生徒が、リゾート地に浮かれてキャッキャッウフフとはしゃぐ姿は想像できないし、本を読んでいる方が似合っているといえば似合っている。

 ここで一之瀬から連絡が入った。

 

「おっと、時間が来たみたいだ」

「そう、少し待っててもらえるかしら」

「は?」

「本を借りてくるわ」

「いや、生徒会室に行くんだが?」

「貴方がやらかしたのではないか、確認する必要があるわ」

 

 これはずるい言い方である。

 やましいことは何もないが、これで断ると何か後ろめたいことがあるかのように捉えられかねない。

 

「…………」

「…………」

 

 無言で堀北とにらみ合うこと数秒。どうやら向こうに折れる気は無いようだ。

 はぁ、と1つ息をついて首を軽く振った。

 

「好きにしろ。あんま一之瀬を待たせたくないから急いで欲しい」

 

 貸出コーナーへと向かう堀北の背中を見ながら、再びため息をついた。このまま逃げたらどういう反応をするだろうかと一瞬考えたが、行き先を知られている以上、逃げようがないか。

 とりあえずオレも手にしていた本を棚へと戻す。プレゼントの入ったカバンを手に、堀北と再合流して図書館を後にした。

 

 

 

「もうそこだぞ?」

「分かっているわ」

 

 自分からついてきておきながら、いざ生徒会室が見えてくると隣から尋常ではない緊張感が伝わってきた。堀北の兄に対するプレッシャーの感じ方は異常だ。

 

「大丈夫か?」

「心配ないわ」

「そうは見えないんだが……深呼吸ぐらいしろよ」

「必要ない」

「いいからしとけ」

 

 少し手前で足を止めて堀北を落ち着かせる。堀北が意地を張り始めたら進まなくなるので、強引にでも深呼吸を促し、オレ自身もその場で大きく胸を反らせるようにして息を吸い、ゆっくりと吐いた。

 堀北はオレほど大げさにはしなかったが多少は呼吸を整えたようだ。まだマシにはなったか。

 

 

「失礼します」

 

 休憩時間であることは分かっているが、場所が場所だけに入りにくいものがある。返事を待ってから扉を開き、堀北を連れ添って中へと足を踏み入れる。

 

「珍しい客だな」

 

 鬼畜眼鏡先輩から歓迎されているのかいないのか、そんな声を貰い、軽く頭を下げながら部屋の中を見回す。

 他には、書記の橘先輩。こちらに手を振る一之瀬。そして一之瀬とやたら近い距離に金髪のイケメン野郎が座っている。おい、ちょっと待て。ほとんど肩が触れ合うような距離じゃないか。

 

「何の用だ?」

「一之瀬に少しな。借りてもいいか?」

「休憩時間だ。好きにしろ」

 

 オレの用件が分かれば、鬼畜眼鏡先輩の視線の矛先はオレから堀北の方へと向けられる。堀北は明らかに動揺した様子で、そのプレッシャーに押しつぶされるように俯いた。

 

「オレの付き添いだけで用は無いんだよな?」

 

 連れてきた手前、庇うように前に立って一応助け舟っぽいものを出してみる。

 

「…………」

 

 数秒待ったが堀北の返事は無かった。

 

「というわけで一之瀬、ちょっとだけいいか?」

「最初からそういう約束だしね。少し失礼します」

 

 一之瀬は、会長たちに頭を下げてカバンを手にオレの方へと近づいてくる。おまけでイケメン金髪野郎がついてきたが、お前はお呼びじゃない。ってそのまま出ていくのかよ。いいぞ、そのまま帰ってくるな。

 

「……用ならあるわ。綾小路くん、少しずれて貰えるかしら」

 

 言われるがままに、一之瀬と共に横へと立ち位置をずらして堀北を前に出す。堀北は俯いていた顔をゆっくりとあげて鬼畜眼鏡先輩と向き合った。

 

「何の用だ?」

 

 同じ問いを今度は堀北が投げかけられる。

 

「綾小路くん……いいわよ」

「は?」

 

 堀北は、こちらを振り返ることなく脇を開いた。一之瀬は何事かとオレに視線を向けてくるが、この状況に戸惑っているのはオレも同じだ。

 いいわよって何がだ。

 堀北の覚悟のようなものにオレはどう応えればいい。

 

 少し状況を整理しよう。

 

 場所は生徒会室。鬼畜眼鏡先輩、書記の橘、堀北、一之瀬、オレの5人がこの場にいる。

 堀北は、鬼畜眼鏡先輩に用があるらしい。そしてオレに何かを許可している。肘を持ち上げ脇を開くというポーズ。そこから導き出される答えは──いや、彼女の前ですることじゃないだろ。

 

 さて、どうする。

 

 決まっているじゃないか。

 据え膳食わぬは男の恥というモットーをオレは彼女よりも優先する。

 

「一之瀬、すまん」

「へ?」

 

 言葉だけ一之瀬に謝ると、カバンを床にそっと置いて両手をフリーにして堀北の両脇へと伸ばし、そのまま一気に揉んだ。

 

「……ッ」

「む……」

 

 堀北の奴め、無駄に耐えてやがる。

 以前は無警戒のところを襲ったから苦しめることに成功したが、あらかじめ想定していれば耐えられるとでも言うのか。

 これでは鬼畜眼鏡先輩もご満悦とはならないに違いない。

 

 諦めるな。オレなら堀北を喘がせることができるはずだ。

 

 単調に揉むだけだった動きから、堀北の身体の反応を探りながら、微妙に力に強弱をつけて位置を動かし、なんとか声を上げさせようと脇腹を責める。

 

「んっ……」

 

 ここか。ここだな。指の神経を総動員して堀北が僅かに反応したところを責め立てる。

 

「ひゃっ……だ、め……」

 

 勝ったな。弱点さえわかればあとは堀北を攻略することなど簡単なことだ。

 止めと言わんばかりに、指先に力を超えて堀北のウィークポイントを的確に押し込み。

 

「ぁ……ンンンッ」

 

 何かをこらえるような声を堀北があげた。そうだ、それでいい。その声が聞きたかった。

 さあ、もっと聞かせてもらおうか。

 

「ごほん……綾小路」

 

 鬼畜眼鏡先輩の咳払い1つでオレの動きは止められた。

 しまった、堀北が最初に我慢したせいで夢中になってしまい、状況を見失ってしまっていた。

 堀北の脇腹に手を触れさせたまま、何を言われるのか呼びかけた相手へと視線を向ける。

 

「生徒会へ入らないか?」

「会長!?」

 

 書記の先輩の驚きももっともだ。このタイミングで何を言っているんだ、このシスコン眼鏡先輩は。

 

「お前みたいな面白い奴がいたら、面白い学校になりそうだからな」

「面白い!?」

 

 この状況を面白いで済ませていいのかは置いておいて、答えは決まっている。

 

「生徒会には、興味がない」

「しかも断ってるし」

 

 橘先輩からの好感度が駄々下がりしていて、もはやマイナスに入っている。

 受け入れたら『こいつ、生徒会に入ってくるのかよ』で評価が下がり、断ったら『会長のせっかくの提案だぞ? 分かってるのか、あぁん?』と評価が下がるという悲しい2択だ。

 

「会長。南雲君が1人推薦するって言ってましたよ」

「2年と聞いている。これは私のミスでもあるが、あと1人1年を加えたいと思っている。役員のバランスの悪さで一之瀬にしわ寄せがいっているからな」

「それは、分かりますけど。この子ですか?」

 

 嫌そうな顔で見られている。

 揉むのをやめたとはいえ、堀北の脇に手を添えたままの状態だ。嫌そうな顔をされて当然か。うん、嫌われてるなら揉んでも揉まなくても同じか。なら揉むべきだな。

 

「ちょ、ちょっと……綾小路、くん?」

 

 このタイミングで揉まれるとは思っていなかったらしく、堀北の狼狽する声があがった。いいぞ、もっと苦しめ。

 

「そこまで」

 

 更なる揉み力をといったところで一之瀬に止められた。そういえば、一之瀬もいたか。

 

「会長、本当にこの子ですか?」

「いや、オレは断ったんだが」

 

 彼女に止められたらそれまでで、堀北から離れる。鬼畜眼鏡先輩は表情1つ変えていないがきっと喜んでいると思いたい。コーヒー牛乳ゲットだな。代わりに大事なものを失った気がするが仕方ない。

 

「綾小路。生徒会入りが嫌なら誰か1人1年から推挙しろ」

「身代わりを出せと?」

「お前の推挙した生徒を受け入れる。そういう権利を与えるだけだ。使うか使わないかは好きにしろ。夏休みが終わるまでは待つ」

「会長!?」

「不服か?」

「いえ、そんなことは……」

 

 明らかに不服っぽいんだが、鬼畜眼鏡先輩には逆らえないらしい。完璧な主従関係だな。

 

「使わなくてもいいんだな?」

「好きにしろ」

「……仮に、この女子生徒を推挙したらどうする?」

「あ、綾小路くん?」

 

 堀北を前へと押し出す。

 

「お前が推挙するなら受け入れる。それだけだ」

「夏休みが終わるまでか、分かった。考えさせてもらう。行くぞ、一之瀬」

 

 面倒ごとを押し付けられただけな気がするが、使うも使わないも自由ならこの場で拒否する必要もない。

 必要があれば、権利を行使するだけだ。

 これ以上ここにいても、橘先輩の評価が下がり続けるだけなので、用件が済んだら生徒会室から出て行った。一之瀬には用があるが、堀北には用はない。ここで別れても問題ないだろう。

 

 こうして2度目の堀北の脇腹事件は幕を閉じた。

 

 

 

「一之瀬って誕生日から名前つけられてたんだな」

「そうだけど、さらっと本題に入らないで貰いたいかな」

 

 生徒会室から場所を学食へと移った。

 ちなみに、学食は部活動等で学校に来る生徒用に、土日関係なく営業している。同じく学校の敷地内にある女子に人気のパレットは、平日のみの営業だ。普段は一之瀬とはパレットを使っているが、閉まっている以上どうしようもない。

 

「堀北は生徒会長の妹だ。それで色々とこじらせているらしい」

「あの会長がお兄さんなら大変そうだけど……」

 

 一之瀬は納得しがたいものがあるらしいが、これ以上追及されても困る。

 

「帆波。良い名前だと思う」

「安直過ぎてちょっと恥ずかしいんだけどね」

 

 一之瀬帆波。

 帆は、ヨットなどで風を受けて推進力を得るためのもの。波はそのままだ。どちらも海に関わるものであり、帆波という名前は、7月20日(うみのひ)にちなんでつけられた名前であることが分かる。

 

「オレは好きだけどな」

「そうかな?」

 

 明るい一之瀬にはぴったりの名前だと思う。

 

 それに、人の誕生日などは覚えているようで忘れがちだが、こういう関連付けがあれば1度覚えてしまえば忘れることはない。少なくとも、彼女の誕生日を忘れてやり過ごすという失態を避けることができるという点で最高の名前だと思う。

 1年後にまだ付き合っているかどうかは分からないけど。

 

「綾小路くんの誕生日はいつなの?」

「10月20日。なにかの日ではあるんだろうが、覚えてないようなマイナーな日のはず」

 

 1月1日から12月31日まで、毎日なんらかの〇〇の日というのが調べれば出てくる。日常生活で大事なのは、国民の休日ぐらいで、それ以外は割とどうでもいい日だ。その日に関わる業界関係者にとっては大事らしいが、少なくとも学生には関係のない話である。

 

「10月20日、10月20日、10月20日、うん、覚えた」

 

 3回ぶつぶつと呟き、一之瀬の頭の中にインプットされたらしい。

 

「覚えても仕方ないぞ?」

「なんで? お祝いするよ」

「いや、仮の恋人期間は3ヶ月だろ。7月の頭だったから、キリよく区切るなら9月いっぱいじゃないのか?」

「あ、そっかー。でも、どうなるか分からないし、友達でもお祝いするよ」

「なら、楽しみにしとく」

 

 よし、友達という言質は取れたな。これで仮に別れたとしても一之瀬のことを友達だと胸を張って主張できる。

 友達という関係を作るのは難しい。こちらは友達のつもりでも、向こうはそうではないというパターンがあるからややこしいのだ。恋人は言葉で宣言することによって成り立つので、分かりやすいが、わざわざ「友達になってください」だの「友達になろう」だの言葉で縛るのではなく、自然と関係としてできあがるケースが多い分だけ厄介だ。

 

「誕生日おめでとう」

 

 カバンから包装紙に包まれてラッピングされた袋を取り出し、一之瀬に渡す。

 本当ならおまけでケーキぐらい用意したかったのだが、この暑さの中いつ呼び出されるか分からない状態で持ち運ぶわけにもいかずに諦めた。せめてパレットならその場で買えたんだが、あいにく学食にはケーキなどという洒落たものはない。

 

「ありがとう。開けてもいい?」

「いや、できれば部屋で1人のときに頼む」

「えー、気になるなぁ。そんなに重くはないし」

 

 袋を手にして上下に振ってみたり、その音を確認してみたりして中身を推測しようとする。お昼時ということもあり、平日に比べたら少ないが学食には他の生徒もおり、下着を取り出されるのは非常にまずい。

 

「どうしてもっていうなら、取り出さずに中を見るだけにしてくれ」

「分かった」

 

 一之瀬は、綺麗にラッピングされているのを崩さないように、慎重にリボンを外し袋の中を覗き込んだ。

 

「これは?」

「見たままだ」

 

 さすがにブラジャーとショーツだと口にするのは憚られる。

 一之瀬は袋の中に手を突っ込んでゴソゴソと何やら動かし、ようやく何かわかったらしい。袋を覗き込んだ姿勢のまま固まって小さくなった。

 

「一応櫛田に協力して貰ったから問題ないと思うが、サイズの交換は1週間以内だからその前に試して欲しい」

「…………」

 

 まだ何も反応を示さない。

 

「おーい、一之瀬、大丈夫か?」

 

 こちらに向けられた頭をツンツンとつついてみる。ようやく一之瀬は顔をあげて、プレゼントを抱きしめるようにして掴み、大げさに椅子ごと後ろへと下がってオレから距離を取った。

 

「綾小路くん。こ、これがプレゼント?」

「そうだと言っているんだが」

「これを私が貰って、ど、どうしろって言うのかな!?」

 

 あまりにも過剰な反応だ。

 

「普通に、日常生活で使ってくれたらそれで良かったんだが」

「え?」

「いや、聞き返されても困る。それ以外にどうしろ、と」

 

 例えばこれが、女性から男性に対して脱ぎたて下着のプレゼントとかだったら、別な使い方がされるんだろうが、今回は普通に女性に女性向け下着をプレゼントしただけだ。ここまで動揺されるのは想定外だ。

 

 プレゼントしたわけじゃないのにどこかへ消えたオレのトランクスは、今頃どういう使われ方がされているのかが怖いが、これは今は関係のない話だ。

 

「そ、そっかー。そうだよねー」

「どうした? 顔が真っ赤だぞ」

「なんでもない。ありがとう。大事にするね」

「繰り返しになるが、サイズの変更は1週間以内だから、早めに試すだけでも頼む」

「……分かった」

 

 とりあえずこれで今日のミッションはコンプリートだ。

 これだけ動揺してもらえたのなら、以前の昼休みのリベンジもこれで終了でいいだろう。

 

「何か食べるもの取ってくる。何が良い?」

「おにぎりだけで」

「遠慮しなくていいんだが」

「ちょっと食欲無くて」

「夏バテか?」

「そうじゃないけど、大丈夫だから」

「分かった。じゃあ、ちょっと待ってろ」

 

 そのままプレゼントを膝上へと落とし、一之瀬は机へと倒れこんだ。

 こいつはいったいナニを想像したんだか。

 食券売り場へ向かい、おにぎりと自分の分の昼食を買いながら、一之瀬のリアクションは、はたして有りなのか無しなのかで思い悩んでしまうのだった。

 

 この後は、多少元気を取り戻した一之瀬と先にある豪華旅行の話になり、時間を作って絶対に遊ぶという約束をして別れた。

 

 さてさて豪華旅行はどうなることやら。

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