「ふふふ、さあ、行こうか、綾小路ボーイ」
無駄に歯を光らせた笑顔を見せつけながら、高円寺がオレに呼びかけてくる。
なんとも脱力したくなる笑顔だ。
「……佐倉、行こうか」
「うん」
オレはそれを無視に近い形で、隣の佐倉に声をかける。
高円寺は無視されたにも関わらず、うんうんと力強く頷いて、森の中を歩き始めた。
「……どうしてこうなった」
「その、高円寺君と仲良いよね」
「何かをした覚えはないんだけどな」
本当に、どうしてこうなったんだか。
前を行く高円寺から遅れないように、佐倉とその背中を追った。
──第二十四話 無人島編その5 無人島上陸 ──
「…………」
「…………」
あれからベースキャンプの捜索を開始するまでに、ひと悶着あった。
須藤がトイレ使ったけど、どうすんの問題だ。
上陸前に、トイレなどは済ませるようにというアナウンスがあったが、須藤は聞いていなかったらしい。まあ、生理現象だ。トイレは仕方ない。
ただ、それが簡易トイレを使ったとなると話がややこしくなる。流すわけではない簡易トイレは、固めて閉じ込めるわけで、今、段ボールの簡易トイレの中には固められた……というわけだ。
小さい方ならまだよかったが、そうではないらしいというのが、この問題を大きくしている。大だけに。
そして、平田の主導により海岸から森の中へ、とりあえずみんなで動くことになったら何が起きるのか。
移動には、学校から支給された物資を運ぶ必要があり、つまり、誰かが簡易トイレ(須藤属性)を運ばなければならなくなったというわけだ。
こういう力仕事が男子の役目になるのは必然であり「女子も手伝えよー」とか冗談めいて言いながらも、みんながトイレを避けるべく牽制が始まっていた。
「よっしゃ。運ぼうぜ」
ピリッとした空気に気づいているのかいないのか、他の生徒の出方を互いに見ているうちに、当の須藤が真っ先に動いた。
これで簡易トイレを須藤が自ら選べばそれで話は終わるんだが、須藤が選んだのはテントだった。
本来なら、文句の1つでも言いたいところだが、物資の中では一番重量があるのがテントなわけで、それを率先して運ばれてしまうと文句を言うわけにもいかない。
テントは、簡易トイレに次ぐ外れ物資と言えるからな。
「健、俺も手伝うぜ」
いくら須藤と言えども、テントを1人で運ぶことはできず、素早く池がそのサポートに入り、2人で1つのテントを持ち上げる。
しまった。テントは外れ物資だが、こうなると話は別だ。
須藤みたいなパワーバカと組めば、もう1人はバランスを取るために支えるだけに近く、ほとんど力は必要ない。
これが池のコミュニケーション能力の高さか。
「……む、出遅れたか」
2人が動くことによって、それに促されるようにして、他の男子生徒も物資運びに参加する。
律儀に簡易トイレだけ避けて、もう1つのテントやアメニティーグッズの詰まった段ボールなどが男子の手の中に収まった。
ちゃっかり一番楽な懐中電灯を山内が手にしているのが怨めかしい。山内より出遅れたというのが地味にショックだ。
その様子を遠巻きに見ているだけだった出遅れ組で、顔を見合わせる。
お前が行けよ、と互いの目が物語っていた。
おい、高円寺。お前も我関せずを貫かず、少しは考えるそぶりぐらい見せろ。正直、ちょっと羨ましい。
「…………」
「…………」
ダメだ。誰も動こうとしない。こうなってくると既に動き出している生徒からの視線が痛くなってくる。
いや、池や須藤にどう見られようがどうでもいいが、女子からも何やってんの? 的な目で見られるのは辛い。
モテる男はスマートにこなさなければならないのだ。
だが、相手は簡易トイレ(須藤属性)。これを手にするのは、モテ要素からはかなり遠ざかる気がする。
手にするべきか、無視するべきか。
どっちが正解なんだ。そして、佐藤「さっさとしてよねぇ」じゃねえ。もう佐藤のポイントはゼロだぞ、ゼロ。覚えとけよ。
「……仕方ない」
諦めて運ぶしかないか。覚悟を決めて、須藤(大)に近づこうとすると、
「綾小路くん、まだ読んでないよね? 順番に回すから目を通しなよ」
「平田ぁ」
平田が近づいてきて、マニュアルを手渡してきた。
ああ、平田。持つべきものは友だな。今日ほど平田と友情を築いていたことを感謝した日は無い。入学当時に平田グループに入ろうと決めた自分を自分で褒めたいぐらいだ。
オレは、平田からマニュアルを受け取る。
うん、簡易トイレを運びたいが、受け取ってしまった以上は、移動しながら読むしかないな。
順番に読むって話だから、オレのところで停滞させるわけにはいかないのだ。ずるいっていう視線を感じるが知ったことか。文句があればオレではなく、平田に言え。
こうしてオレは、窮地を脱出してマニュアルへと目を通すことになった。
若干、一部男子からの好感度が下がった気がするが、まあ許容範囲だろう。
「……親切ではないな」
マニュアルは結構な分厚さだった。200ページオーバーとか全員がじっくり読むのは無理だろう。クラスで回すのなら、ざっと飛ばしながら読んで、重要そうなルールとかその辺りをとりあえず読むしかない。
立派なマニュアルだけに全員分用意しろとは言わないが、1冊だけなのは不便過ぎる。
前半は、どこの通販雑誌だといった感じで、ポイント交換のカタログになっており、写真付きで交換物資が紹介されている。
スペックなども細かく書いてあるが、肝心の使い方は書いていないのはどうなんだ。
交換できるアイテムは、テントや調理器具等のサバイバルグッズから、無線機やラジオ等どこに需要があるんだってものまで無駄に充実している。
ポイントさえ許すのなら、花火やバーベキューセットで楽しむ様子をデジタルカメラで撮影することもできるという、自由度の高さだった。
ピザを頼んだらバイクに乗った配達員が現れるのかどうかが非常に気になるが、恐らく試す機会は無いだろう。
まあ、重要なのは交換アイテムではない。ルールだ。
カタログ部分は流して、後半のルール部分に目を通す。
試験のルールは、こんな感じだ。
ベースキャンプに関するもの
・ベースキャンプを決めなければならない。変更にはポイントが必要になる。
・ベースキャンプで全員が朝夕2度の点呼に参加しなければならない。
まあ、ベースキャンプって言うぐらいだから、そこを無人島生活の拠点にしろよって話だろう。
スポットに関するもの
・スポットは、島の各地に設置されている。
・スポットは、リーダーだけがキーカードを使って占拠することができる。
・スポットを占拠すれば、8時間その施設はそのクラスの許可なく使えなくなる。
・スポットを占拠するごとに、試験終了後にボーナスポイントが1ポイント加算される。
現在、1日目の13時過ぎで試験は7日目の12時で終了だから、残り143時間。
今日の20時前からスポットの占拠を始めれば、1つのスポットで17ポイントが手に入る計算になる。これは馬鹿にならないポイントで、スポットを抑えることは重要な要素だろう。
リーダーに関するもの
・各クラスは、リーダーを1人決めなければならない。
・リーダーには、リーダーの名前が刻印されたキーカードが配布される。
・リーダーの変更は、正当な理由がない限り認められない。
名前入りのカードとかパスだな。
ペナルティーに関するもの
・体調不良等のリタイアを出した場合、30ポイントのペナルティー。
・他クラスが占拠中のスポットを許可なく利用した場合、50ポイントのペナルティー。
・朝夕の点呼に参加しない生徒が出た場合、1人につき5ポイントのペナルティー。
・他、環境を破壊するなどした場合は、状況に応じてペナルティーが課される。
心配なのは体調不良ぐらいで、普通にやっていれば引っかかりそうなのはないか。
特殊ルールに関するもの
・試験終了時に、各クラスは他のクラスのリーダーを予想することができる。
・リーダーを当てた場合は、ポイントが50ポイント加算され、外した場合は50ポイント減算される。
・リーダーを当てられたクラスは、50ポイント減算され、更に拠点を占拠することによるボーナスポイントを全て失う。
試験中に、他クラスにリーダーを見破られたらアウトってことだ。カードに刻印されている以上、カードを見られるのもアウトになる。
占拠で手に入れたポイントまで失うとなると、リーダーは守り抜く必要があるな。
つまり、占拠するスポットを増やせば、ボーナスポイントも増えるが、その分リーダーがバレる危険性も高くなる。
「試験を考えた奴は、やはり性格が悪いな」
「誰のことかしら?」
「堀北さんは裏表のない素敵な人です」
独り言を聞くのなら、後半部分だけ抜き出して聞くとかやめて欲しい。
あと、無言で手をこっちに伸ばすな。マニュアルを貸してくれないかしらぐらい言えないのかしら。
「ちょっと待て」
念のためにもう1度だけペナルティーの項目に目を通して、マニュアル後半に用意されていた白紙のページを破り取った。
そのページに、マニュアルの最終ページに載っていた島のかたちなどを示しているであろう地図らしきものをさっと写し取る。
マニュアルに付属していたボールペンと破った紙はそのままポケットに入れて、堀北へとマニュアルを回した。
「ペンは1本しかないのだけれど」
「堀北が、島の中を探索するのなら渡すが、いるか?」
「…………」
「…………」
「いいわ。任せていいのね?」
「やらないよりはマシって程度しか保証しないけどな」
これからベースキャンプを探すのなら、ついでに島の地図も埋められる範囲で作っといた方が、後々楽になるはずだ。
正直、探索するのはあまり気乗りはしないが、須藤や池や山内に任せられるかっていうと諦めるしかない。
須藤が通れる道が他の生徒が通れる道なのかは疑問だし、池はこういう細かい作業は嫌いなはずだ。かといって山内に任せられるかっていうと、絶望するしかない。
「性格が悪いわね」
「堀北さんは裏表のない素敵な人です」
「それはやめなさい」
ルールを目にしているらしい堀北の漏らす呟きを適当に相手しながら、クラスメイトと歩調を合わせて歩いていった。
10分ほど歩いたところで、木々の陰になる開けた場所へ出て、そこがDクラスのとりあえずの仮拠点となった。
男子生徒で分かれて持っていた荷物を、中央に集めるようにして下ろす。
あとはここを中心にして、ベースキャンプの候補地を探しに行くだけだ。
「何があるか分からないから、ベースキャンプ探しは3人ずつのチームで行こう」
ある程度の立候補者が名乗りを上げたところで、チーム分けが始まった。
先の見通しが悪い大自然の中だ。平田の提案も妥当だろう。
入学当初のオレなら、チームを作れと言われて動揺したかもしれない。
だが、今のオレは違う。一学期の間で築いた人間関係があるからな。
「なぁ、け──」
「健、俺たちと行こうぜ」
「おう」
「…………」
「ん? どうした清隆?」
「いや、なんでもない。頼むぞ」
「任せろ、一番いいスポットを探し出してやるぜ」
一番戦力になりそうな友人は、真っ先に池と山内に取られていた。
ま、まあ、この3人はいつも一緒だし、仕方ないな……うん、仕方ない。
ふん、須藤と組まなくてもオレにはまだ組むべき相手がいる。
「なぁ、くし──」
「櫛田ちゃん、オレ達と組もうよ」
「オレもオレもー」
「ええー、困っちゃうなぁ。皆で組みたいけど多すぎるよね、どうしよっかなぁ」
こういう時に頼りになる櫛田さんは、大勢の男子に囲まれていた。オタサーの姫状態である。
声をかければ、メンバーに選んでくれたかもしれないが、この集団に割って入る覚悟と勇気は無かった。
まあ、これも当然だな、よ、予測していた結果だからな。うん、声をかけようとしたのは櫛田への義理みたいなもんだ。
須藤と真っ先に組んだ池が、少し悔しそうにしているから良しとしよう。
「なあ、ほりき──」
「──行かないわよ」
「…………」
い、いや、これも想定内だ。というか、堀北が参加しないことは、さっき既に確認済みだったしな。
堀北が参加するのならオレのポケットにボールペンが入っていない。
まあいい。オレが何のために平田グループに入ったと思っている。こういうときのためだ。
「…………」
平田の方に顔を向けると、平田は既に軽井沢とチームを組んでいた。あと1人は誰にするのか決まっていないようだが、カップルのチームに入る勇者にはオレはなれそうになかった。
声をかける前に気づいたからセーフだな。実質、オレの勝ちに等しい。
「綾小路くん。一緒のチームでいい、かな?」
「もちろん」
そうだ。オレには佐倉がいた。
というか、佐倉も探索に志願していたんだな。こういうのに手を挙げないタイプだと思っていたから気づかなかったが、佐倉がやる気を出すのは良いことだろう。
で、もう1人を誰にするかだが、残っていたのは──。
「実に
「……よろしくな」
オレはお前を必要としたくねぇ、な高円寺だった。
というので、長くなったが冒頭に繋がるわけだ。
「少し急ぐぞ」
「うん」
高円寺のペースが速い。どこの野生児だってぐらいに地上を行くだけではなく、木から木へ飛び移ったりして歩きにくい森の中をひょいひょいと駆けていく。
油断すると見失いそうで、佐倉の手を掴んで引っ張るようにしてその背中を追った。
佐倉と特別な友達じゃなければ、手を繋ぐなんてとんでもない話だが、特別な友達だから何の問題もない。
2人で軽快に森を走破する高円寺の後に続く。
佐倉も特にペースを乱すことなく、オレの隣に着いてきていた。
数分ほど進んだところで、ようやく高円寺の足が止まった。
「ふむ。綾小路ボーイだけではないのか。佐倉くんもやるねぇ」
森の中でもひときわ高い木の枝に高円寺が仁王立ちして、オレ達を見下ろしていた。
「引き離すつもりだったのかよ」
「そんな気は無いさ。ついてこれるとは思っていなかったけどね」
「それは、引き離すつもりって言っているようなもんだろ」
息が上がるとまでは言わないが、野生児を追いかけた後にツッコムのは少ししんどい。
佐倉は、肩で息をしており、しゃべるほどの余裕は無さそうだった。
元々佐倉の運動神経は、良いとは言えないから仕方ない。
高円寺が予想するとおり、本来ならば佐倉は、このペースで森を歩いたりは出来なかったはずだ。
だが、現に佐倉はついてきている。
それはなぜかというと、簡単な話だった。
ここ一ヶ月の間で繰り返した自然エリアでのTレックスだ。あの森の中で過ごした日々が、オレと佐倉の自然への適応を引き上げまくっていたのだ。
伊達に毎日のように、森を探索しながらTレックスをしていないのだ。
うん、これは最初から計算ということにしておこう。
決して、快楽におぼれていたわけではない。こんなこともあろうかと佐倉と2人して対策を練っていたのが、功を奏したというわけだな。
「綾小路ボーイに、乳房ガール。質問があるんだがいいかな」
「はう……」
「そこはせめて佐倉ガールにしといてやれよ」
顔を真っ赤に染めた佐倉に代わってツッコミを入れる。
いや、確かに佐倉と言えばおっぱいでおっぱいと言えば佐倉だけど、呼び方として酷すぎる。
「君たちには、この場所がどんなふうに見えているのかを聞かせて貰えないだろうか」
「どんなふうに?」
高円寺の目つきが鋭くなる。どうやら真剣な話らしい。
この森がどういうふうに見えているか。
さっきから何か引っかかるものは感じているが、それが何かまでの答えは出ていない。
周囲の森を見回してみる。ダメだ、高円寺の求める答えが何なのか分からない。
佐倉の方に目線を送ると、まだ息が整い切れていないまま、
「……似てる、かも」
とだけ言葉を口にした。
似ている。
確かに、言われて見れば学園の自然エリアとどことなく似た雰囲気を感じる。なるほど、さっきから感じていた違和感の正体はそれなのかもしれない。
だが、だからなんだって話だ。
「…………」
それは高円寺の求める答えではない。だが、ヒントにはなりそうだった。
考えろ。答えに必要な情報は、揃っているはずだ。
「高円寺、10秒待ってくれ」
あとは考えるだけだ。視界をシャットアウトして意識を思考に集中させていく。
高円寺は、なぜサクサクと森を進んでいけたのか。初めて訪れる森なはずだ。
オレ達と同じように自然エリアで練習した? 惜しい気がするが違うか。自然エリアで見かけたことはないし、似ているというだけで完全に一致しているわけではない。
学園の自然エリアとココの共通点、いや、そうじゃない。
問題なのは、なぜ似ているのかだ。そもそも学園の自然エリアは──
「この森は、人工的に作られたものか──だとすると」
にわかには信じられないが、考えられそうな結論はそれだった。
学園は埋め立て地に建てられた施設だ。当然ながら自然エリアと言っても木々はどこかから移転されてきたもので、自然にできたものではない。
その自然エリアと似たような森が存在するとすれば、その森もまた誰かの作為が入っている可能性が高い。
そして、高円寺はここで立ち止まって質問を投げかけてきた。つまり、この場所にも意味があるはずだ。
オレは閉じていた目を開いて、より注意深くこの場を見る。
怪しそうなのは、この茂みか。
ざっと手でかき分けると茂みの中には、色の違う緑の葉が伸びており、その周囲には黄色の実が確認できた。
その中から1本引き抜く。
「トウモロコシだな」
「グゥッド。完全にってわけではないだろうけどねぇ、この森はある程度人の手が入っているのは間違いないだろうね」
冷静になって考えてみると当たり前の話である。
人の手が一切入っていない場所で、サバイバル生活を送らせるほど厳しくは無いか。
これまでの過去の試験は、絶対に突破できないものではなく、乗り越えられる要素が残されていたはずだ。
この試験のその要素が自由に使える特別ポイントだと思っていたが、それだけではなくポイントを節約して切り抜けられるモノも用意されているのだろう。
あとは、このトウモロコシのようにその存在に気づくかどうかか。
「さすがだな。オレはヒントが無ければ、気づかなかった」
「凡人にはそうかもしれないねぇ」
こういうのは、知識よりも経験がものを言う。
施設の中で育ち、施設から与えられた経験しか持たないオレに一番欠けている部分で、凡人と呼ばれたことは気にならなかった。
高円寺の言うとおり凡人で間違いない。
以前、自然エリアで佐倉とウサギさんプレイをした時に、茂みの中に入ってそこでたまたま野菜を見つけたことがあった。
オレはその経験が生きたわけだが、他の生徒にはできるんだろうか。
「貸したまえ」
木の上から飛び降りきた高円寺に、言われるがままトウモロコシを差し出す。収穫したのはオレだが、高円寺がいなければ手に入らなかったものである以上、権利は高円寺でいい。
「ふむ……こんなものか」
高円寺は手にしたトウモロコシの皮を剥いて、半分に折りそのまま食いついた。
トウモロコシって生で食えるのか。
その様子を見ていると、味をみて興味を無くしたのか、もう半分はオレの方へ返してくる。
「いや、これを返されても困るんだが」
「欲張りだねぇ」
「食いかけの方も返せって意味じゃねえよ」
我が道を行く高円寺に、オレの訴えなど届くはずもなく、結局右手と左手にそれぞれトウモロコシを装備する羽目になった。
本当にどうしろ、と。
「さて、私の興味はこれで消えた。もう終わらせていいかね?」
「待て、ベースキャンプはどうした?」
「そんなもの私には関係ないねぇ」
「……そこまで堂々と開き直るな」
ベースキャンプが決まらないと困るのは、高円寺も同じはずだが、堂々とした割り切りっぷりだ。
ん? 待てよ。
本当に困るんだろうか。
一つの仮説が脳裏に浮かんで、嫌な汗が流れる。
「もういいってどうするつもりだ?」
「それに答える義務はないねぇ」
その返答がほとんど答えみたいなもんだ。今ので確信した。
ベースキャンプの探索に名乗りを上げるとは、殊勝な心がけだと思ったが、何のことはない。ちょっと森に興味があったから調べに出ただけで、それが終わったらコイツはリタイアしてサバイバルを止めるつもりだ。
リタイア者を出したら、Dクラスの特別ポイントがペナルティーで30ポイント減ってしまう。
そんなもん高円寺からしたら知ったことでは無いんだろう。
こうだと決めた高円寺に何を言っても無駄だというのは、オレの両手のトウモロコシが証明している。
「分かった。止めたりしないから、少し協力してくれないか?」
「協力? 美しい私に頼りたくなるのは否定する気はないが」
「分かる範囲でいいから、このトウモロコシみたいに高円寺が気づいた場所を教えてくれないか?」
「残念だが、それを私が答える利点がないのだよ。それとも何か理由があるとでも言うのかねぇ?」
だよなぁ。高円寺はそういう奴だ。さて、どう理由を考えるか。
いくつか理由を考えてみたが、高円寺を説得するのは理屈ではないはずだ。それならば、素直に本音を出すしかないか。
「なぜかって、オレが楽したいからな」
最終的にはこれが答えだろう。
そうでなければ、教えてくれればもうけもん、ぐらいの気持ちで聞いたりなどしない。
「はははは。そうか。それなら仕方ないねぇ」
「痛いんだが」
何が気に入ったのか、背中をバシバシ叩かれた。
結構な威力だ。本気を出した姿を見たことが無いが、肉体的なスペックなら須藤とどっちが上かいい勝負ってところだろうか。
「クラスのためなら断っていたけどね、綾小路ボーイのためならやぶさかでもないのだよ」
「…………」
後が怖そうな話だ。
「安心したまえ、私の気まぐれみたいなもんさ。貸したとか借りたとかそういう話ではない。私の気分が変わる前に、地図を出してもらおうか」
「佐倉、ちょっと持っててくれ」
オレが地図を持っていることは見抜かれていた。
高円寺を追いかけながら、何度か見ていたのを見られていたんだろうか。
まさか、堀北とのやり取りから見られていたわけではないと思いたいが、高円寺のスペックは読み切れない。
佐倉に食べ掛けではない方のトウモロコシを渡して、空いた手でポケットから地図とボールペンを取り出して渡す。
追いかけながらつける余裕までは無かったので、白紙に島のかたちが書いてあるだけの地図だ。
「綾小路ボーイ。10分待ちたまえ」
「……気をつけろよ」
高円寺は、妙に張り切ってその場から去っていった。
高円寺が既に気づいている情報だけでよかったんだが、どうやら多少は探してきてくれるらしい。
まあ、やる気を出しているのなら感謝こそすれ、文句はないか。
大人しくここで帰ってくるのを待つしかなさそうだ。
10分か。長くは無いが短くもないな。
佐倉と休憩がてらのんびり過ごすのもいいが、少し手持ち無沙汰だな。
「……トウモロコシでも食ってみるか」
「ええ!?」
「待つだけじゃ、暇だしな」
高円寺の食いかけなのが残念だが、反対側にかぶりつけば問題ない。
トウモロコシを見つめること数秒。佐倉が固唾を飲んで見守る前で、オレは意を決してトウモロコシへとかぶりついた。
ゴリッとした食感を噛みしめるたびに、口の中にほのかな甘さが広がる。
「うーん、ダメではないが、無しだな」
食べられなくはない。
ザ・食物繊維といった感じだった。少量なら問題なさそうだが、大量に食べることは考えたくはない類だ。やはり、火を通してなんぼの食べ物なんだろう。
最初は心配そうに見ていた佐倉が、オレが大丈夫そうなのを見て、何かを考えるように自分のトウモロコシとオレの顔を見比べている。
佐倉も食べてみる気か。
こうして探索に参加したことといい、今日の佐倉はアグレッシブでチャレンジャーだな。
「佐倉も挑戦するか?」
「え、その……大丈夫だと思うけど、は、入るかな?」
「ナニに挑戦する気だよ」
それはアグレッシブ過ぎるだろ。
立派なトウモロコシで確かにそれっぽい形をしているが、食べるのは上の口からにしてくれ。
「だって……こうしていると思い出すから」
「分からなくはないが……」
いつもの訓練通りにやるのなら、森の中を歩く=Tレックスだ。
間違いない。間違いないが、高円寺がいつ戻ってくるか分からない状況では無理だな。
Tレックスが目覚めかけているのを我慢しているんだ。刺激を与えるのはやめてくれ。
「まあ、我慢だな、我慢」
「うう……頑張る」
「頑張れ」
こうして高円寺が戻ってくるまでの間、何とも言えない時間を佐倉と過ごしたのだった。
くれぐれもTレックスは、していないからな。勘違いしないように。