高円寺から戻ってきた地図は、想像以上の出来だった。
「すごいね。あんなに短い時間でこんなに」
「そうだな」
高円寺も船が島の周りを一周するうちに、ある程度のあたりをつけていたんだろう。だが、外から見た情報を元に、実際に探索して地図を埋める。言葉にすれば簡単だが、同じことができるかと言えば難しい。少なくともこの短時間では、無理な芸当だ。
単純なサバイバル能力なら、高円寺はオレよりも数段上のようだ。
高円寺さえうまく使えればと思ってしまう。それが出来れば茶柱との約束、Aクラスを目指すことも楽になりそうだが。
まあ、今回は本人が言う通りただの気まぐれで、高円寺の高スペックをあてにするのは無理か。
そもそも、高円寺に協調性があったらDクラスなんかに配属されていないだろうしな。
「もう少しだけ探索をしたいんだが、佐倉は大丈夫か?」
「う、うん。少し休んだから大丈夫だよ」
佐倉は小さくガッツポーズを決めて胸を揺らす。
探索なんか放り投げたくなるような元気アピールだった。オレの下半身が元気アピールし返しそう。
高円寺を強行軍で追いかけたことが体力的に心配だったが、佐倉はまだまだ元気だ。
もうちょっとだけ探索を続けよう。気になるポイントもあるし、高円寺の地図の精度も確認しておきたいしな。
「とりあえずこっちだな」
高円寺が地図に示したポイントへと向けて、再び森の中へと足を踏み入れていく。
食料が確保できるポイントをいくつか回りながら歩き、最終目標として定めていたポイントまで辿りついた。
船の上から島の周囲を回った時に、特に違和感があった場所で、元々地図の有無とは関係なくチェックしておきたかった場所だった。高円寺が地図に『洞窟』と記載した通り、奥行きが読めない洞窟が姿を現した。
「……静かにっ」
「ひゃっ──」
近づく前に洞窟の中から誰かが出てくる気配に気づいて、佐倉の口を塞ぐように手を回しながら引きつけた。
そのまま、音を極力立てずに茂みの中に倒れこむようにして身を隠す。
ほとんどタッチの差で、洞窟の中からスキンヘッドのいかつい男ともう1人の男子生徒が出てきた。
スキンヘッドの左手にはカードが光っている。
そしてスキンヘッドが光っている。真夏の太陽は半端ない。
あのスキンヘッドの男は、確か一之瀬が言っていたAクラスのリーダー格のはずだ。
「運が良かったですね、葛城さん。こんなに早くスポットを押さえられるなんて」
タイミングのいい分かりやすい説明をありがとう。
やはりアイツがリーダー格の葛城で、どうやらAクラスが先にスポットを押さえたようだ。
雨風が凌げる洞窟というのは、スポットとして評価が高く魅力的だったが、遅れた以上は諦めるしかないか。
高円寺の地図待ちで10分ロスしたが、高円寺強行軍と地図によるショートカットで稼げた時間を考えたらほとんど移動時間にロスは出ていないはずだ。ということは、学校からルールが説明されてから動き出すまでの時間、つまりAクラスとDクラスのスタートダッシュの差がそのままこの場所にどちらが先に辿りつけるかどうかの差に繋がったというわけだろう。
よし、オレに責任はない。Dクラスが悪い。
まあ、先に辿りつけていたとしてもスポットを押さえられるカードを所持していない以上、このスポットを押さえたのは、Aクラスになっていただろうが。
想定外のできごとだ。
ここはやや入り組んだところにあるため、見つかることはないと思っていた。
スポットを実際に確認できれば、一度Dクラスに戻ってからでも間に合うと読んでいたが、会話から察するに葛城も『意義ある景色の意味』に、気づいていたらしい。
学年のトップであるAクラスは甘くないということか。
なお、もう一人の弥彦くんは全然気づいてなかったっぽい。
こいつは豪華客船の食堂で絡んできた奴だ。
Aクラスは甘くない(弥彦を除く)に、認識は訂正しよう。
「これで坂柳も黙るしかありませんね」
「待て」
キーワードとなりそうな名前が出たところで葛城が弥彦を制した。
何かを感じ取ったのか葛城が洞窟を離れてこちらに近づいてきた。
「…………」
気づかれたのかもしれない。
単に盗み聞きをしていただけで、別に悪いことをしているわけではないが、ここで見つかるのはメンドクサイことになりそうだ。
佐倉の口を呼吸音が漏れないようにしっかり塞ぎ、自身の呼吸も止めて視線を外してより身を潜めた。
見なくともゆっくりと足音が近づいてくるのが分かる。
足音に合わせるように心音が嫌でも高まっていった。
「…………ッ」
ガサッと一際大きい音が、身を潜める茂みの1つ手前から聞こえてきた。
草をかき分ける音に反応しそうになったが、息を何とか殺す。
葛城はそこで止まった。
動かなくとも相手からの視線を感じることができ、その存在感は伝わってくる。
「…………」
呼吸を止めてからもう30秒近く経とうとしている。
オレはまだ大丈夫だが、身構える間もなく呼吸を塞がれる形になった佐倉はそろそろ限界に近いかもしれない。
あと5秒我慢して立ち去らなかったら、佐倉を解放した方が良いだろう。
5、4、3、2
「葛城さん?」
「いや、次だ。長居は無用だな」
あと1秒数えたら茂みから飛び出て、ベジータ様の楽しいビンゴでも披露して誤魔化そうかと振付を思い出していたところで、弥彦が葛城に声を掛け、葛城は引き返していった。
弥彦くん、グッジョブ。
楽しいビンゴ♪
「行くぞ」
「はい、葛城さん」
次のスポットに向かうらしい二人が離れるのを待って、ゆっくり息を吐きながら佐倉を解放した。
「ふぅ……ギリセーフって感じか」
「きゅぅぅ……」
「悪い、佐倉」
解放された佐倉は変な声を上げながらそのまま横へと倒れこんだ。
「大丈夫か?」
「……綾小路くん、そのおっぱいっ」
「おっぱい? 胸が苦しいのか?」
「ち、違うくて!」
痛いわけではないらしい。
だったら何だろう、このタイミングでおっぱいといわれても思い当たる節はない。
顔が赤い。熱中症か何かだろうか。
いや、動くのがだるいとは聞いたことがあるが、おっぱいがだるいとかはないはずだ。
もし本当にだるいのであればこれからオレは佐倉のおっぱいを両手で支えるという任務に入らなければならない。
「すまん、口にしてくれないと分からない」
「綾小路くん、おっぱい触り過ぎっ」
「……悪い」
昔の偉い人は『瞬間を決するのは習慣である』という言葉を残した。
とっさの行動の決め手は、日ごろの行いが大きく左右する。
どうやら佐倉を引き込んで倒したときに、無意識のうちに胸に手が伸びていたらしい。
自然エリアで日常的にやっていることだ。
「どうりで、ドキドキするわけだな」
心音が高まったのは、葛城の接近警報ではなく佐倉の接触おっぱいが原因だったのか。
佐倉の顔が赤いのは、呼吸を止められて苦しかったのではなく、胸を触られて感じていたのが原因か。
「ぅぅぅ……」
ただでさえ危険な兆候が出ていたのに、佐倉は完全に発情していた。
これは男として責任を取らなければならないだろう。
「まあ、なんとかなるか」
こうなった以上は、覚悟を決めるしかない。
この洞窟は、目星をつけていなければ簡単に来れる場所ではなく、また目星をつけているのなら真っ先に確認するべき場所なため、今の時点で来ていない人物がここを訪れるまでには、時間があるはずだ。
Aクラスの去った今からしばらくの間は、危険度は落ちる。
そう判断して、茂みで横になっている佐倉に覆いかぶさるようにして倒れこんだ。
唇同士を触れ合わせると佐倉は小さく頷いた。
「佐倉(小声)」
「綾小路くん(小声)」
「「綾小路ティーーレーーーーーックス」」
「ど、どうしよう」
「逃げるしかないな」
ことが終わったあとは、異臭漂う水たまりが洞窟近くにできていた。
幸いなことに木々などから発せられる森の匂いに紛れてそれが性的なものかは、はっきりしない感じだ。
まあ、自然にそのうち拡散されておさまるだろう。
風向き的に洞窟側に向かっており、少し匂いがこもるかもしれないが自然現象に関与することはできない。
Aクラスのみんな、正直すまんかった。
そそくさと身だしなみを整えて、その場を後にするのだった。
◇◇◇
「おせえぞ、清隆。お前らが最後だぞ」
「すまん、色々あったんだよ」
洞窟近くの痕跡は放置したが、自分たちの身体に残された行為の跡は、クラスに合流する前に消さなければならない。幸い水場が見つかったため、なんとかちょっと汗を掻いたよねで済むぐらいまで処理することができたが、時間はそれなりに掛かった。結果、戻らなければならない時間を少しオーバーしてしまった。
仮拠点に戻った時には、クラスの大部分は移動した後で、数名だけ待ってくれていたようだ。
こちらを睨む堀北は、荷物運びをするのが嫌でここに留まっただけだろう。友達が居ないし大勢でいることに意義を感じない奴だしな。堀北、遅れたのは悪かったから腕を組んだまま睨んでくるな。佐倉がびびってるだろ。
そして第一声を浴びせてきた須藤は、オレへの友情ではなく堀北がいるから残ったのだと思われる。
その他の生徒は……つーか、よく見たらさっき探索に出た1チームか。
少しばつが悪そうにしているのは、彼らも遅れてここに戻ってきた口なのかもしれない。
「Dクラスのベースキャンプが決まったぞ、こっちだ」
須藤は道案内も兼ねていたらしく、先陣を切って歩きだす。
ぞろぞろと連れ立って、須藤の誘導に従って森の中を歩いていくのだった。
「おー、川か」
「どうだ、すげえだろ。ここなら水に困ることはないぜ」
須藤の案内に従って森を抜けると開けた場所へと出た。深い森の中にあるとは思えないほど、川を中心に不自然なまでに整備されている。
他は深い草が生え茂っていたり、砂利道だったり、ゴツゴツした石が散らばっていたりする中で、ここだけほとんど平らに近い土地で短い草の芝生や土の地面が広がっており、どうぞテントを張ってくださいと言わんばかりの場所だ。
島の色々なところにあった食料と同じく、ここも学校側が手を入れて用意した場所なんだろう。
幅が10メートル近い川から少し離れた場所に大木がひとつあり、そこにスポット装置が設置されていた。それを囲んで輪になるようにして、Dクラスの生徒が集まっている。
「綾小路くん達も戻ってきたんだね。ここがDクラスのベースとなる場所だよ。今はスポットを抑えるリーダーを誰にするのか決めているところなんだ」
輪の中心に居た平田が気づいて、状況を説明してくれた。
ベースキャンプが決まったという須藤の言葉通りに、出遅れている間にこのスポットを拠点として無人島生活を送ることは決まったらしい。
おまけで、輪の中にいた櫛田が軽く手を振ってくれる天使っぷりを見せてくれた。
櫛田が天使なのは可愛いが、隣に居た池にはそれが不満だったらしく「オレが見つけたんだぜ」と盛んにアピールしていた。
「凄いな、池。良い場所だな」
「そうだろ。結構苦労したんだぜ」
池君に優しくしようキャンペーンをこなしつつ、視線を感じて堀北の方を見ると、さっきよりも睨みが強くなっていた。
ここをベースキャンプにすることに異論はないが、自分がいないところで勝手に決められたことに対する苛立ちなのかもしれ──
「──なにかしら?」
「何でもありません」
理性と感情は別だ。堀北は理性が先行し、ここがある程度拠点に適していることを理解しているため、不満をクラスメイトに漏らしたりはしない。
ただ感情的に納得できるのかと言ったら別なんだろう。
だからといってオレにあたられても困るんだが。そもそも話し合いに参加しなかった堀北が悪いし。
まあ、友達がいないのが悪いな。
急募、堀北のお友達。
今ならもれなく堀北に睨まれる権利を贈呈しよう。この特別キャンペーンは今から3年間だけだからお早目のご応募を。
本当なら堀北を避けて櫛田の近くに逃げたいが、池のアピールを立てておとなしく遅れたメンバーで外周の輪に加わった。佐倉もいるし。
「それで、リーダーは堀北さんが良いんじゃないかなって意見が出てるんだけど、どうかな」
オレ達が合流するのを待って、平田が話を進めてきた。
責任感があって、平田や軽井沢ほど目立っていない、というのが理由らしい。
この試験でリーダーに求められるものは何かを考えれば、堀北は確かに有望な候補だ。
ただ1つだけ気がかりがあるのを除けばになるがな。
「嫌なら、俺が引き受け──」
「──分かったわ」
「いや、ちょっと待て」
須藤が名乗りを上げたことによって堀北はリーダーを引き受けようとしたので、慌てて口を挟んだ。
須藤と堀北両名の視線が痛いが、必要なことは言わなければならない。
「オレは堀北のリーダーに反対だ」
「どうしてだい、綾小路くん」
「堀北はCクラスの龍園って奴に目をつけられている。平田や軽井沢を避けるのなら、堀北も避けた方がいい」
そう。昨日の船上での出来事が問題だ。
わざわざ相手から宣戦布告をしてきているのに、リーダーになるのは好ましくないだろう。
「龍園だって!? 本当か綾小路」
「あ、ああ。だよな、堀北」
「……そうね。否定はできないかもしれないわ」
それほど親しくもない男子生徒に食いつかれて、少し声がどもりながらも堀北に振ると、しぶしぶといった体で堀北も認めた。
よかった。ここで何の話かしらなどと言われたらオレと堀北によるクラスにおける信用度合戦となってしまう。
平田グループのオレ VS 孤独の美少女堀北だ。
あれ? それなら普通にオレが圧勝しそうだから、問題ないか。
「それなら俺も反対だ。あいつは警戒した方がいい」
「三宅くんは、龍園くんのことを知っているのかい?」
「少しだけな」
そうだ。三宅だ。
普段はほとんど目立たないが、大人しいというよりは落ち着いた生徒が主張する言葉だけに、妙に信ぴょう性があった。
これで堀北リーダー案は、却下の方向に一気に傾く。
「じゃあ、どうするんだよ」
「だから俺が立候補」
「いや、俺がやるよ」
そして三宅は責任感も持ち合わせているらしい。
「立候補してくれたら助かるけど、いいのかな。三宅くん」
「堀北に決まりそうだったのを反対したしな」
この理屈だと最初に堀北に反対したオレも立候補しないとまずいが、やりたいという人間がいるなら任せるべきだな、うん。三宅の意思を尊重しているだけで、別にメンドクサイから嫌だとか思っているわけじゃないぞ。
「皆はどうかな?」
「いいんじゃない」
「賛成ー」
「いや、だから俺が立候補」
「三宅でいいと思う」
「だな、三宅で」
「……三宅くんで」
須藤の主張は虚しく流されて、Dクラスのリーダーは三宅で決まった。
今は改善の傾向がみられるとはいえ、須藤の4月からの暴れっぷりを考えたら当然の結果か。
ドンマイ、須藤。
少し離れた位置で様子を見守っていた茶柱に申請し、すぐにリーダーカードが発行された。
スポットを占有するかしないかは、揉めるまでもなくスムーズに決まり、森からの視線を遮るために男子生徒で装置の設置された大木を囲むようにして固めて、その中で三宅が手に入れたばかりのカードを使って占有した。
ピピピピっという機械音の後に、スポット装置の空白だった画面に『Dclass』という表示と『8:00:00』からのカウントダウンが始まった。
このカウントダウンが0になるまでが、Dクラスがこの川を占有して使えるということだろう。
おまけとして、これでボーナスポイントを1ポイントゲットだ。
「…………」
こうやって占有するたびに密着ガードが必須なら、女子生徒にリーダーをしてもらった方がよかったかもしれない。
リーダーが女子なら密着ガードも女子の役目になったはずだ。
初日でこの汗の匂い。これから先どうなっていくんだろうか。
7日目の漢の匂いとか考えるだけで恐ろしい。
受けたダメージを回復するべく、オレは佐倉の傍へと戻っていくのだった。