綾小路Tレックス   作:チームメイト

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無人島編その7 池をフォローしようキャンペーン

「どういうことなのか聞いていいかしら?」

「……イエス、マム」

 

 出た。毎度おなじみになりつつある堀北の質問タイムだ。

 拒否権のないこの展開、いつまで続くんだろうな。

 

 

 

 

 

 

 あの後も、ああじゃないこうじゃないと話し合いが難航しながらも進み、途中休憩を挟みながらも、平田の名進行っぷりもあり、何とか一段落つくことができた。

 

 池が『飲み水はいらない』アピールで川の生水を飲んで、女子に引かれたり、池が『風呂は川で十分だ。シャワーはいらない』と主張して、女子に引かれたり、池が『占有スポットはどんどん取りに行こうぜ』と主張して、クラス中から危ないだろ、と引かれたり、とにかく池がさんざんな目にあっていた。

 

 特に、女子の急先鋒となった篠原の舌戦はするどく、池は強くやりこめられていた。

 

『あんたが試しに飲んでみてよ』からの『うわー、マジで飲んだ。無理無理、気持ち悪い。ドン引きだわ』のコンボに、オレの方がドン引きだったわ。

 売り言葉に買い言葉で、篠原に強く当たっていた池にも問題が無かったわけではないが、それを差し引いても、池が不憫すぎる。

 

 どれぐらい不憫かと言うと、そのうち池のカバンから身に覚えのない女子の下着がなぜか出てきて、強制的に池オワタとかになりそうなぐらいに不憫だ。今回の試験、池は張り切っていただけになおさらだな。

 

 なによりも櫛田から『寛治くん、それはちょっと……』とやんわりとながら引かれていたのがクリティカルヒットしていた。

 櫛田がここぞとばかりに集団に同調して、池へのストレスを発散しているだけな気がしないでもないが、真相はどうであれ、好きな人から引かれるのはダメージが大きいだろう。

 

 やはり、オレだけでも池に優しくするべきか。

 

 

 なにはともあれ、話し合いは終わった。

 

 男子は、テントを張ったり、椅子代わりになりそうな大きめの石や丸太を運んできたり、土の周りを固めて焚火のポイントを作ったりとベースキャンプの設営中。女子はその手伝いや、何人かのグループに分かれて周辺の探索と近場の食料確保に動くようだ。

 

 オレはベースキャンプを見渡せる位置の木を背もたれ代わりにし、座り込んで作業をしている。

 

 サボっているとかではなく、高円寺と埋めた(ということにした)地図をコピーすることを申し出て、実行しているだけだ。

 

 マニュアルの後ろの方の余白ページに、手元の地図を1ページずつ書き写していく。

 コピー機などがない以上仕方ないが、不毛な作業だ。

 

「櫛田。とりあえず周辺のだけだが」

「ありがとう、綾小路くん。行ってくるね」

 

 膝に手をつくようにして前かがみとなってオレの作業を見守っていた櫛田に、ベースキャンプ周辺の食料地を3か所だけ写した地図を差し出す。いつまでも待たせてるわけにもいかず、応急処置的な簡易化した地図だ。

 それにしても胸元の空いたジャージが眩しい。

 

「あんまり見ちゃダメだよ」

 

 櫛田は、だっちゅーのポーズのまま耳元で囁くと、言葉とは裏腹に地図を受け取りながら胸元のシャツに指をひっかけて下げ広げて、ちらりと一瞬だけブラを見せて離れていった。

 オレの背後には木があるだけとはいえ、大胆な行為だ。

 

 ふん。その奥までさんざん見ているのに、今更ブラチラ程度で──ピンクのブラってやっぱりかわいいなぁ。何より、クラスメイトが真面目に作業している中でのアピールというシチュエーションがたまらなくいい。

 いつぞやの佐倉による特別棟でのブラ見せつけも最高だったが、シチュエーション的には今回の方が点数が上かもしれない。

 

 最高の上を行く最高だ。

 

 こんな頭の悪い表現をしたくなるぐらいに、破壊力のあるサービスだった。

 

「行ってらー」

 

 地図を片手に他のクラスメイトと合流して、離れていく櫛田を名残惜しくも見送って、再び空白ページと向き合っていった。

 

 櫛田のおかげで見事にオレのテントを張ることに成功してしまったので、膝とマニュアルで悟られないように隠す必要がある。

 恐るべき、櫛田のテント張りを手伝う能力の高さだ。

 男子の作業を手伝っている女子も見習うべきだ。やる気100倍となってあっという間にテントが完成するに違いない。そのテントが使えるかどうかは別──意外とマニュアルを支える支点になってテントが張っていた方が地図が書きやすいかもしれない。どんな使い方だ。

 

 

「1人1枚とかは、いらないよな」

 

 2,3人ごとに1グループで動くとして10枚ぐらいあればいいか。

 ベースキャンプを全員で離れる機会なんか無いだろうし、地図が絶対に必要というわけではない。白紙のページにも限りがある中で、地図だけで使い切るわけにもいかないだろうしな。

 

 さっき櫛田に渡した分は後で記入を追加するとして、原本を除いてあと8枚か。

 

「……9枚書いとくか」

 

 とりあえず1枚、地図のコピーもどきを仕上げてマニュアルから切り離す。

 元の地図をそのまま書き写すのではなく、見やすいように多少はアレンジしたものだ。10分で探索と記入をしただけあって高円寺の元の地図は、読み取る側にもある程度推測する能力が必要だった。それを誰にでも使える地図へとバージョンアップした形だ。

 須藤がこの地図を利用できるかどうかは怪しいが、うん、須藤レベルに合わせると倍の大きさの地図が必要になってしまうから仕方ない。

 

 2枚目からはそのコピーもどきを見ながら、せっせと複製に掛かった。

 

 

 ようやく折り返し地点の5枚目の地図を書き終わったところで、白紙のページに影が入った。

 この有無を言わせない圧力の持ち主は──そう、堀北さんのお出ましである。

 

「で、質問はなんだ?」

 

 作業頑張ってますアピールで、マニュアルから顔を上げることなく問いかける。

 

「ポイントのことよ」

「ポイントがどうかしたのか?」

「分かってるでしょ。減り過ぎだと思わないの?」

「どうだろうな」

 

 堀北の言わんとすることは察するが、こう答えるしかない。

 

 ちなみに現在のDクラスのポイント(ボーナス除く)は、残り200ポイントまで減少している。

 配布された300ポイントから既に100ポイントを消費した計算になる。

 

 ポイント利用の内訳は、こうだ。

  ・仮設トイレ 20ポイント

  ・男子用テント×2 20ポイント(10ポイント×2)

  ・高円寺のリタイア 30ポイント

  ・仮設シャワー 20ポイント

  ・マットなどの生活空間改善グッズ 10ポイント

 

「この調子でポイントを残せると思っているのかしら」

「どれも必要だと話し合いで決まったことだろ。いつ交換してもポイント消費が変わらないのなら、スタート時に交換した方がアイテムを有効活動できるしな」

「……トイレとテントが必要なことは認めるわ。残りの60ポイントは貴方のせいよ」

「そう言われてもなぁ」

 

 二転三転した話し合いの結果、最終的にDクラスは、試験終了時までに120ポイントを残すことが目標となった。

 

 前回の学力テストによるクラスポイントの増加分は+87ポイント。

 

 優秀なAクラスですら100ポイントも増加してないことを考えれば、特別試験で増加するポイントとしては、120ポイントでも十分な成果になる。

 この平田の説明は、頑なにポイントの消費に反対していた男子を納得させるだけのものはあり、最低限必要だと判断できるものには、積極的に初期投資をすることになったのだ。

 

 まず、簡易トイレだけでは抵抗があったり、40人の生理現象を問題なく回すのは難しいため、仮設トイレの設置が決まった。

 

 その次に、足りない分のテントもポイントで用意することとなった。

 そもそも、クラス40人で8人用のテントを2つしか支給されていないのだ。

 

 この無人島がどこにあるのかは、はっきりしない。が、吹きつける風は海が近いせいか、湿度を多く含んでおり、恐らく学園がある土地よりも天候が変化しやすい環境になっている。雨期であるこの時期に1週間雨が降らないという可能性は低いだろう。

 

 雨に備えることを考えるとAクラスみたいに洞窟を拠点にできない限り、テントも必須アイテムであると言える。

 体調不良によるリタイアは、-30ポイントというルールが無ければ我慢するという選択肢もあったが、リタイアを避けるという意味でも欠かすことはできない。

 

 本来なら40人割る8人用でテントは5個必要だが、8人用テントに10人詰め込んで使うというのがクラスが選んだ妥協の成果である。

 男子も女子も20人である以上、仮に8人ずつ使えばどこかのテントで男女4人ずつというテントが生まれてしまうので当然の妥協ではあるが。

 

「なら逆に聞くが、高円寺がコントロールできるとでも?」

「そこは貴方の責任でしょう」

「オレは高円寺当番じゃねえよ」

 

 ザ・自由人を地で行く高円寺は、残念ながら好きにさせるしかない。地図の気まぐれのように、1度や2度ならコントロールできるかもしれないが、ずっと言うことを聞かせるのは無理だ。

 

 もちろん手錠で繋ぐとかすれば、どうにかなったかもしれないが、そのためにポイントを消費して手錠をゲットするとか本末転倒過ぎる。

 

 つーか、学校側はなぜ交換できるアイテムの中に手錠(15P)を用意したのかこそを聞いてみたい。

 

「オレは高円寺が今日リタイアしたことは、悪いことではないと思うぞ」

「30ポイントも失ったわ」

「考えてもみろ、これから点呼が12回だぞ。その全部に高円寺が参加するのかどうか。

 あいつの気まぐれにずっと振り回されてみろ、消耗するのはこっちだ。

 点呼のうち半分不参加なら5×6で30ポイント。リタイアと同じダメージだ。

 点呼を何度かバックれたあげくにリタイアされたら、それ以上の大損失だ」

 

 点呼不在で5ポイント×12+リタイア30ポイントで合計90ポイントの被害を受ける可能性もある。そして、これが最悪というわけでもないのが頭が痛い話で、ルール上他クラスが占有しているスポットを利用したのがばれたら-50ポイントだ。

 高円寺が興味を示したら、他クラスが占有中かどうかなんか無視する可能性は少なくない。

 

 そうなってしまったらクラスでいくら我慢をしようとも、Dクラスのポイントは残しようがなくなってしまうのだ。

 

「そこまでするかしら」

「さあな。何をしでかすのか分からないのが高円寺だ。リタイアによってポイントの消費と引き換えに、とりあえずの計算が立ったのは悪くないんじゃないか。マイナスの計算ってのは癪だけどな」

「…………」

「それに、今ならクラスの連中も受け止めることができる。まだ始まったばかりで余裕があるからな。これから先、体力的にも精神的にも疲労したところで高円寺に振り回されてみろ。最悪、クラスが崩壊してポイントどころじゃなくなるぞ」

 

 高円寺のリタイアは、無理して探索を進めた結果ということにはしたが、それでも不満の声は大きかった。一応、その成果として食料には困らなくなる地図ができたとはフォローしたけど、それがどれだけ通じたかは怪しい。

 これからその地図の効果を実感できればまた風向きが変わるかもしれないので、フォローのためにも地図の複製を頑張らなければならない。

 

 そこまで高円寺にしてやる義理なんか本来は無い。オレ1人なら責任も何も感じないが、佐倉と一緒のときに、高円寺のリタイアが起きてしまっているため、佐倉が若干責任を感じているのが問題だ。佐倉のフォローを兼ねてなら、これぐらいは真面目に取り組むことは造作もないことだ。めんどくさいけどな。

 

「……だとしても、残りの30ポイントは無駄遣いでしかないのだけれど。自分たちの私利私欲のために使う女子生徒にポイントを使わせるってどういうつもり」

 

 お前も女子生徒の1人だろ。

 女子の中でのポイントの使い先の話し合いに、ほとんど参加できてなかったけど。

 

「どういうつもりも何も、仕方なくだろ」

「どこが仕方ないのかしら」

「高円寺のリタイアで男子は30ポイントを使ったに等しいから、女子にも30ポイント使ってもらう。これで公平だろ」

「どこが仕方ないのかしら」

 

 提案した時に使った口実を改めて説明してみたが、完全にスルーされた。どうやら堀北は結構なおかんむりらしい。まあ、無理もないか。

 自らを高めることに余念のない至高の堀北さんは、クラスの女子を下に見がちなきらいがあるからな。

 

「必要のないポイントを使っている余裕はないはずよ」

「まあ、マットとか扇風機はなぁ」

「分かっているのなら、池君たちの反対を押し切ってまで進めたのはなぜ。納得いく説明が無ければ、怖いことになるわよ」

 

 堀北が言うとシャレにならないのは、過去の堀北が実証済みだ。

 コンパスとか人に刺してんじゃねえよ。

 

「あのまま話し合いを続けて女子の要望を全部退けられたと思うか?」

「それは……」

「この試験は、必要なものにはポイントを使わなければならない試験だ。その必要かどうかの区別を誰が決めるのか。その線引きで女子の意見を完全に弾くのは、その後に禍根を残しかねない。下手すれば、勝手に使われて終わりだ。ポイントの使用申請は、リーダーだけに限られていないからな」

 

 マニュアルを見て一番に感じたのは、ポイント設定の嫌らしさだ。

 まず、誰でも申請できるというのが厳しい。強引に話し合いを押し切ったとしても、女子を納得させられなければ勝手に使われるだけだろう。

 

「便利グッズは、消費ポイントが5ポイント以下で低く抑えられているというのも厄介だな。大量にポイントが必要なら勝手に使うことに心理的な抵抗を覚えても、少量のポイントならどうなるか」

 

 テントの10ポイントや、トイレの20ポイントに対して、便利グッズのポイント設定は明らかに低い。これは学校側の用意した罠と考えていいだろう。2,3ポイントで楽になるんだったら、それぐらい使ってもいいんじゃないか、と意思が揺らいでもおかしくない。

 そのちょっとだけを積み重ねるか我慢できるか。それがこの試験で他クラスと差のつくポイントになりそうだ。

 

「これを我慢させることが今のDクラスにできるのかって考えた時に、完全に我慢することは厳しいと判断した。だから男子が妥協したという形で30ポイントの使用を認め、その範囲内なら好きに使っていいことにする。全部我慢しろ、とか必要な分だけ、とかではなく、こうやって限られた枠の中で使わせれば、意外とそれ以上は我慢できたりするもんだからな」

「……たがが外れてやっぱりあれも欲しいとかにならないかしら」

「無いとは言い切れない。無策よりは可能性は低いだろうな」

 

 勝手に使われるのは、防げないというのがスタートだ。

 限られた中で使わせてるのと勝手に使われるのと、どっちがたがが外れにくいのか。

 

「それにしても30ポイントは与えすぎだわ」

「本当に30ポイントを自由に使わせたんだったらな」

「え?」

「女子が30ポイントのうち20ポイント使ったシャワーは、本来なら必須側に入るアイテムだと思っている」

「川があるじゃない」

「本気で言っているのか?」

「……私なら我慢できる」

「堀北にこそ必要だと思ったんだが、まあいい。シャワーが大事なのは身体を洗うというためではない。むしろそれは副次的なもので、今回の試験の中で個室があるというのが大事になってくると思う」

「個室?」

「24時間他人と一緒にいる生活は、精神的に疲弊するからな」

 

 誰もが堀北のように集団の中でも孤立できるわけではない。ただでさえサバイバルという過酷な環境で、常に集団生活を強いられるというのは精神的にしんどい。追い詰められた中で、一日数分だけでも完全に一人の時間を得られるというのは、精神的なメリットとして見逃せない価値がある。

 

 お風呂は命の洗濯、シャワーもまた然りといったところか。

 

 というわけで、30ポイントを使わせたようにみせて、女子たちが自由に使ったのは実質的には10ポイントだけだ。これは無駄なポイントだと言えるが、これぐらいのポイントなら自己勝手に使われた可能性が高い。

 そこを男子側が折れて女子に使ってもらったポイントだと恩を着せることができたんだから、十分だろう。

 

 そしてこれは今後にも生きる。仮に、追加で何かに使いたいとなったときに、女子の中で『30ポイントもらったんだから我慢しようよ』という声は、完全に我慢させられたときよりも上げやすいはずだ。

 あとは櫛田あたりが上手くやってくれれば、これ以上のポイントの消費は防げるだろう。

 

「綾小路くん。少しだけいいかな?」

「ちょうど地図を写し終わったところだ」

 

 堀北が何も言わずに考え込んでいるうちに、平田から声が掛かった。

 

 地図も写し終わったし、堀北への説明も終わりでいいだろう。

 堀北の質問には答えるだけだ。堀北が内心でどう思っていようが、そこを説得する必要はない。

 

「ありがとう。……本当にこれをあの短時間で調べたのかい?」

「まあな。食料はこれで楽になるはずだ」

「高円寺くんにも後でお礼いっとかないと」

「迷惑も掛けてるし、差し引きゼロでいいんじゃないか。それでどうしたんだ、平田」

「夜になる前に、焚火に使えそうな枝とかを集めて欲しいんだ」

「……分かった。適当に集めてみる」

「ありがとう」

 

 メンドクサイ堀北が終わったと思ったら、またメンドクサイ仕事が入る。

 これが無人島生活という奴か。

 

 今回の試験の過酷さを身をもって知るのだった。

 

「彼も結局あなたしか頼る人が居ないのね」

「たまたまだろ。で、堀北は一緒に行くのか?」

「もう少し考えてみるわ」

「……そうですか」

 

 サボりたいだけだろ、という言葉は飲み込んだ。堀北のこの協調性の無さは本当にどうにかしないといけないかもな。DクラスがAクラスを目指すのならば、今のままの堀北ではダメだ。

 

 堀北と話して、暴れそうだった下半身が落ち着いたことだけは良かった。

 Tレックスが立ち上がっているため、立ち上がることができないというジレンマほど情けないものはない。

 

 

「池ー、ちょっといいか?」

「……なんだよ」

 

 機嫌が悪そうだな。さっきの女子とのやりとりが尾を引いているだけで、オレへの反発じゃないと思いたい。

 

「平田から、焚火用の枝集めを頼まれたんだが、何かアドバイスとかあるか?」

「なんで俺に聞くんだよ」

「アウトドアが得意なんじゃないか?」

 

 普段から割とお調子者なところがある池だが、場の流れだったとしても経験が無ければ、川の水を抵抗なく飲んだりはできないはずだ。

 

「…………」

「川の水は大丈夫って判断できたから、飲んだんじゃないのか?」

「……得意とかってほどじゃないけどさ、よく家族と一緒にキャンプしてたからさ、水源が綺麗で衛生的なことぐらい見ればわかるし」

 

 よかった。

 言い淀んだから、実家が貧乏で普段から川の水を飲み水にして生活してたんだぜ、HAHAHAHAとか言われるんじゃないかと一瞬焦ってしまった。もし、そんなことを言われたら、これから池とどう接すればいいのか、悩んでしまうところだった。

 

「それだけでも十分だと思うぞ」

「そうか?」

「ああ。枝とか適当じゃダメなんだろ?」

「湿ってたら火がつかないから、できるだけ乾燥してる奴。あとは太い方が長持ちしそうで選びがちだけど、いきなり太いのは無理だから細い枝もいるな。あったら松ぼっくりとかいいぜ」

「松ぼっくり?」

「松やにとかいうだろ? すぐ火がつくから着火剤として使えるんだぜ」

 

 松の樹脂には油分があるんだっけか。知識としては知っていても、こういう場面で使えるかどうかは、やはり経験が必要だな。

 

「……全然知らないことばっかだ」

「そういうもんか?」

「そういうもんだ」

「そっか。みんなこういうのは初めてなんだな。普通に経験しているもんだと思ってたぜ。だったら女子に悪いこと言っちまったかもしれない」

「まあ、いきなり川の水を飲めってのは抵抗あるだろうな」

「だよなー」

「ただ、池はクラスのためにポイントを残したかったんだろ?」

「……綾小路」

 

 池に優しくしようキャンペーンでフォローしているようで、池が残したかったポイントを使う方向で誘導したのはオレだ。我ながら酷い構図だな。

 

「それじゃあ、枝拾いに行ってくるわ」

「おう」

「後で火の付け方教えてくれよ」

「任せろ」

 

 とりあえず、池が多少は元気になったようなので、よかったことにしよう。

 

 

 

「触ってみて湿っていたらダメだ。乾いていないと使えないらしい」

「綾小路くん、すごい」

「いや、池からの受け売りだから」

「なんだ池の知識かよ」

「悪かったな」

 

 ベースキャンプ周辺で3人で枝拾いだ。

 

 まだクラスに馴染みきれておらず、孤立気味だった佐倉に声を掛けたら、なぜか山内までついてきた。余計なお邪魔虫だが、山内のおかげで佐倉がオレに身を寄せるようにしているから、まあいいとしよう。

 

 本当は3人で広がって枝を拾った方が効率的だが、それはそれ、これはこれだ。

 

 山内は何か言いたいことがあるのか、こちらをチラチラと見てくるが佐倉がオレに密着しているのを見て、何も言わずに黙々と枝を拾っている。

 あれ? もしかして佐倉さん、さりげなく山内に見せつけているんじゃ。

 

「これはどうかな?」

「どうだろうな。いけると思うが一応後で池に確認してもらおう」

「わかった」

 

 気のせいだな。佐倉は真面目に仕事をしているだけで、頼れるのがオレだけってだけだ。

 

 

 ジャージの上着を脱いで、それに包むようにして枝を抱える。

 枝を吟味しながらだと思ったよりも時間が掛かったので、3人でやって正解だった。

 残念ながら松ぼっくりは見つからなかったが、しっかり小さい枝も拾えたのであとは池にどうにかして貰えばいいだろう。

 ジャージを脱げない佐倉が運ぶ量が少ないのは仕方ないが、山内はもっと運べよ。

 

「なあ、佐倉持ってやろうか? 女の子には大変だろう」

「だ、大丈夫です」

 

 両手がふさがって気持ちだけオレと佐倉の距離が離れたのを見て、すかさず山内が割って入ってきた。女子へ優しい力のある男性アピール。

 このための少量だったのか。しかし、作戦は失敗──

 

「綾小路、欲張りすぎだろ。俺が少し持ってやるよ」

 

 ──二段構えだと!?

 断られてもオレを手伝うことによって優しさアピールの継続。普段は無能を装っていても本気を出せばできるというのは嘘ではないのか。

 

「世話かけるな」

「……いいよ」

 

 いいよ、じゃねえよ。かっこつけるな。所詮お前は山内でしかないのだ。楽させてもらえるのなら枝を渡すけどな。

 

「っと、こっちの方が近道だ」

「だっけ?」

「高円寺と地図作ったからな」

「ったく、あいつリタイアしやがって。思い出したら腹立ってきた」

「本当だな。高円寺のバカやろーーー」

「……綾小路、何叫んでるんだ?」

「その場のノリ?」

「恥ずかしいやつだな」

「バ、バカヤロー」

「佐倉、そのフォローはオレも佐倉も傷つくだけだ」

「はう……」

 

 オレ一人だけを叫ばせるわけにはいかない佐倉の気持ちはありがたい。が、何やってるんだコイツらという山内の視線の方が痛い。

 別に、好きで叫んだわけじゃない。

 

 ただ、さっきまでの進行方向に他クラスの女子生徒が待ち構えていて、厄介な気配を感じただけだ。

 山内に気づかれたら面倒ごとが増えそうだったので、道をずらした。

 それで済めばよかったが、相手が物音を立ててアピールし始めたのでそれをバカヤローで上書きしてやっただけだ。

 

「なんだよ、遠回りじゃないか」

「すまん、地図を見間違えたようだ」

「く、暗くなってきたし、仕方ないよ」

「ありがとう佐倉」

 

 結果として、時間が掛かってしまったが、面倒ごとが避けられたのでそれで良しとしよう。

 

「あ、綾小路君たちも戻ってきた。おかえり、遅かったね」

「た、ただいま」

 

 しまった。おかえりとか言われ慣れてないからどもってしまった。佐藤なんかが不意打ちを掛けてくるのが悪い。減点しようにも佐藤のポイントは既に0だしどうしようもないな。0ポイントゆえの戦略という奴か。

 

 まあ、佐藤は大した問題ではない。問題があるとしたら目の前に見えるある景色の方だ。

 

「なあ、佐藤。あの女子は?」

「Cクラスの伊吹さん。近くで困っていたのを、池くんたちが見つけて連れてきた」

 

 道をずらす前に見かけた女子生徒が、ちゃっかりベースキャンプの中に入り込んでいやがった。

 さっき回避したはずの他クラス女子乱入フラグをしっかり池が回収してきたらしい。

 

 池よ、オレの努力を無にしやがって。

 

 池をフォローしようキャンペーンは、これで終了することが決まったのだった。

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