「相手も同じ高校生だ。同じ年、同じ背丈。頭の中だってそう変わらんだろ。それが何で940対0なんて差がつくんだ」
ホワイトボードに書かれた各クラスのポイント。
Aクラス 940ポイント
Bクラス 650ポイント
Cクラス 490ポイント
Dクラス 0ポイント
その差は大きく開いていた。完封負けである。
「お前らゼロか? ゼロの人間なのか? 何をやるのもいい加減にして、一生ゼロのまま終わるのか? それでいいのか? お前らそれでも男か?悔しくないのか!!」
「…………」
「ひらたぁー」
「…………」
「くしだぁー」
「…………」
「やまうちぃー」
「悔しいです。10万ポイント貰えるのが当たり前だと思ってたけど、今は、悔しいです。ちくしょーーーー」
「俺も、悔しいです。くそーくそーーー」
「「「悔しいです」」」
「悔しいのは誰でもそう思う。でも、思うだけじゃだめだ。お前たちはそれでどうしたいんだ? どうしたいんだ!?」
「勝ちたいです」
「Aクラスに勝ちたいです」
「Aクラスは940ポイントも離された相手だぞ」
「かたきを取りたいです。ちくしょー、ちくしょー」
「Aクラスがなんだっていうんだ」
「Aクラスに勝つには並大抵の努力じゃかなわないんだぞ、血反吐を吐くような努力を積み重ねなければな」
「「「はい、やります」」」
「誰かが助けてくれるわけじゃない。どんなに苦しくても言い訳が利かないんだぞ。お前達、それでも勝ちたいのか?」
「勝ちたいです。勝ちたいよー」
「やります」
「勝ちます」
「頑張ります」
これほどの熱量が1人1人に秘められているとは、担任の胸に感動が突き上げた。
「よーし、よく言った。俺が必ず勝たしてやる」
「「「先生」」」
「そのために、俺はこれからお前たちを殴る」
「「「──!?」」」
「いいかぁ。殴られた痛みは3日で消える。だがな、今日の悔しさだけは絶対に忘れるなよ。平田、頑張れよ」
「はい」
「よーし、歯を食いしばれ」
担任の右ストレートが平田をぶっ飛ば──
「まあ、こんな回想シーンは無かったわけだが」
レンタルDVDショップで何となく借りた某ラグビードラマの影響がひどい。名作だし面白かったけど、ドラマ自体も色々ひどい。
これは暴力ではない? 誰がどう見ても暴力です。本当にありがとうございました。
今はプールの授業中、自由時間である。
さっきまでは平田達に交ざって適当に交流を深めていたのだが、軽井沢と平田がいちゃつき出したので、プールサイドに移った。水着姿の女子から積極的にボディータッチとか、これだからイケメンは。
まあ、おかげでこうしてゆっくり5月1日のできごとを思い返すことができたからよしとしよう。──どうでもいいけど佐藤。「テンションアガルヨネー」もうちょっと感情入れろよ。女子じゃなかったら説教だ説教。
毎月1日のポイントデーになってもポイントが支給されなかったオレ達Dクラスの生徒が、担任から受けた説明がこれだ。
1、生徒はSシステムによって評価されて、その評価はクラスポイントに反映される。
2、Dクラスはクラスポイントがゼロとなった。
3、クラスポイントはそのまま個人のポイントの支給額に直結するため、支給ポイントもゼロになった。
4、4月の生活態度がそのままポイント減に直結したらしい。
5、次回以降の定期考査で赤点を取ったら即退学。
まとめるとこんなもんだ。
巨乳な担任は、元ラグビー日本代表でもなんでもない。クールに淡々と事実のみを振りかざして、Dクラスを不幸のどん底へと突き落としていった。
自分たちの自業自得だけに、どうしようもない。
せいぜい不平不満を言うぐらいだが、文句を言うこと自体がマイナス査定に繋がりかねず、仲間内で愚痴るぐらいしかできなかったわけだ。誰とは言わないが一部男子生徒は公に愚痴っていたが、それは
この情報からもたらされる問題は多い。
まずは、他のクラスとの差がつきすぎたことだ。
実力順にAから並んでいることが判明したが、クラスごとに実力差があるにしても離れ方がひどい。
気になるのはBクラスやCクラスの差だ。
A・B・C・Dの並びで間に位置する2クラスは、学校側が想定していたクラスポイントを保有していることが考えられる。普通にこなせば獲得できたはずのポイントだ。2クラスの平均で570ポイント。これが普通にやっていれば維持できたポイントだとすれば、Dクラスの0ポイントはあまりにひどい。
担任が呆れてしまうのも無理がない出来だろう。スタートダッシュに完全に失敗している。
上のクラスを目指したくても、遠く離され過ぎると諦めてしまいかねない。前を走る相手の背中が見えていたら頑張れても、相手が見えないほどに離されてしまったら中々追いかけるのは難しいわけだ。
次に、今の状況の改善が難しいこと。
ポイント減の理由がぼんやりとした推測でしかなく、具体的に何がどれだけ影響したのかが未知数だ。
はっきりと、この行動が原因だと分かれば改善も見込めるだろうが、今の状態ではポイント減になりかねないことはやめよう、という基準があいまいなものだ。
これでは、池とか山内とか
本当にその行動がポイント減になるのかどうかが分からないままで、アレを辞めろコレを辞めろといっても、説得するのは難しいだろう。
最後に、これからの生活だ。
仮に、これから状況が改善してクラスポイントがアップしたとしても、次にポイントが支給されるのは最短でも6月1日。最低1ヶ月間は追加ポイント無しで生活しなければなない。
オレはクラスメイトと交流しつつもできるところは節約したので、今の生活ならポイント増加が無しでも夏までは維持することができる。
一方、生活に直接必要のない娯楽品等にも手を出した生徒は、結構ポイントが厳しいらしい。
平田グループでは、軽井沢なんかが化粧品や洋服等に派手に使ってピンチらしいが、ま、軽井沢の件は平田に任せよう。目の前で平田とイチャイチャしてるのに、イラっとしたのが理由じゃないぞ。本当だからな。
いかん、意識が暗黒面に落ちそうだ。軽く息を吐いて気持ちを切り替えよう。
「何をたそがれてるの?」
「己との戦いに没頭していたんだ」
「あんなことがあったばかりなのに、誰も彼ものんきなものね」
微妙な距離を開けて堀北も隣に腰を下ろした。制服姿ではよく分からなかったが、出るところはそれなりに出ているようだ。絶対値的には、おそらくそうでもないんだろうが、全体的に引き締まった細身の堀北だからこそ、相対的に大きく見える。
しかし、この世は格差社会だ。目の前のプールではしゃぐ櫛田のおっぱいには、かなうまい。
堀北よ、あれが男のあこがれるサイズだ。覚えておくがよい。
「それにしても……」
はしゃぎ遊ぶクラスメイトが、気になるらしい。
「自由時間ならこんなもんだろ」
「最悪の評価を受けたのに?」
「気を紛らわせてるんじゃないか?」
「…………」
「入学時に抱いていた自由な進学・就職の希望は消えたんだ。それを解消するには」
「Cクラス以上に昇格するしかない。Dクラスのままでは叶わない」
今のは担任の口調を真似たっぽいが、ツッコむべきだろうか。堀北がボケているのなら、ツッコむのが正解だが、素で似てしまっただけなら機嫌を損ねかねない。
分からない。堀北の正解が分からなすぎる。
「綾小路くんって何か運動してた?」
「スポーツってわけでもないけどな。自慢じゃないが中学は、帰宅部だった」
堀北の視線が舐めまわすようにオレの全身を見る。俺が逆に堀北を同じように見たら一発アウトな勢いのものだ。
「それにしては前腕の発達とか──」
「──ねえねえ良かったら一緒に泳がない?」
櫛田がタイミングよく話に割り込んできた。
惜しいな櫛田。ねえねえ〇〇しないって提案するときは通信ケーブルを振り回しながら、あたくしのポケット〇ンスターと勝負しない?が正解だ。それならば容赦なく『あんただーれ?』って返したものを。
「遠慮しておくわ」
「堀北さんってもしかして泳ぐの苦手?」
櫛田、そうじゃない。そこは、引いておくべきところだ。
堀北は機嫌が悪そうに顔を逸らす。
「得意でも不得意でもないわね」
「私は中学の時水泳が苦手だったんだ。でも一生懸命練習して泳げるようになったの」
「そう、良かったわね」
そしてそのまま堀北は、去っていった。
櫛田もプールサイドにあがってその背中を見送った。
「まだまだ先は長そうだな」
「もっと仲良くしたいんだけどな」
「タイミングは良かったと思う」
しかし櫛田のおっぱいは、けしからん。櫛田が堀北の方を見ているのをいいことに、水の滴る水着を押し上げている櫛田の胸を凝視する。先ほど堀北にされたそれの3倍ぐらいの勢いで舐めまわす。
それにしても櫛田さん。さりげなく胸の下で右手を回してより強調するとか、天使過ぎませんか?
その後、平田がクラスをまとめてポイント対策をしようと提案したが、赤毛にあっさりと拒否されて終わった。
Dクラスで生活態度が最も悪いのは、赤毛だ。
クラスポイントを減らすことに多大な貢献をしたうえでこの態度では、クラス中から顰蹙を買ってしまう。モテ要素になりかねない鍛えた良い身体をしているだけに、女子から嫌われてライバルが減るのは、大歓迎だ。
不良というのも場合によってはプラスに働くときもあるらしいが、自分の財布に直結する問題だけに、ここではマイナスにしかならない。やっぱり赤毛君は、オレの中で良い奴認定して問題がなさそうだ。
ただオレだってポイントは欲しいから、もう少し改まってくれたら言うことがないんだが。
◇◇◇
「お昼、暇? もしよかったら一緒に食べない?」
堀北との食事が決まった瞬間だった。
「食べたわね? お願いがあるのだけど」
堀北との契約が結ばれた瞬間だった。
いや、分かっていたけどさ、堀北がオレを用もなく誘う理由も無いし、ましてやおごるなんて何らかの裏があるってね。でも、ちょっとぐらい、こいつオレに惚れたな、とか勘違いさせる時間ぐらい欲しかった。
「平田君たちの方針は、知ってるわよね?」
「テストに向けて勉強会を開くんだろ」
平田グループの一員として当然耳に入れていた。特にポイントを消耗するようなものじゃないし、一応参加予定だ。
「けれど特に成績の悪い3人は、平田君の誘いを断ってしまった」
池、山内、須藤の
「クラスを上にあげるためにはマイナスポイントを取らないことが大前提。赤点を取るなんて私には考えられないけれど、赤点を取ってしまう人がいるのも事実」
「それで堀北も勉強会を開くのか?」
「ええ」
「本気か」
「本気よ。足を引っ張られたら困るもの」
クラスの中から退学者が出たらどうマイナス評価がされるのか。本当にマイナスになるのかは分からないが、用心しておいたほうがいいだろう。
「私は必ずAクラスに上がってみせる」
「ちょっと待て」
「なに?」
「今Aクラスって言ったか?」
「言ったわ」
「Cクラスじゃなくてか?」
「Aクラスよ。私はAクラスを目指すわ」
基本的に他人に対して興味の薄い堀北が、赤点組の面倒までみようとするとは、Aクラスにかける思いは、並大抵のものではないらしい。
「で、何すればいいんだ?」
飯をおごって貰っている時点で、断るという選択肢はないだろう。
「彼ら3人を集めて、私の勉強会へ連れてくるのが貴方の仕事よ」
「オレにできると思うのか?」
「私よりは適任だと思うわ」
この場合、堀北が不適格すぎるのであって、それより適任だからといって根本的に向いているのかどうかの参考にはならないんだが……堀北の連絡先が手に入った分だけの仕事はするしかないか。
◇◇◇
「万策尽きたー」
両ひざをついて頭を抱えて叫んでみる。
そもそも平田グループの一員の俺に、あの3人を説得しろっていう方が無理があった。声を掛けてはみたもののあっさり断られる×3という残念過ぎる結果だ。
これはもしや俺も平田と同じイケメン優等生って思われているのでは? とか都合のいい現実逃避活動にはげみたかったが、それは時間の浪費にしかならない。
これは3人の共通の友達に頼むしかないだろう。
大天使櫛田は困っている友達を助けるためには、その力をあっさり貸してくれた。
大天使櫛田が頼んだら、池たち3人はあっさりと提案に乗ってきた。
大天使櫛田が勉強会に参加することを伝えると、堀北にあっさり却下された。
なんでやねん。
堀北に電話を掛ける。
「いや」
ツー、ツー、ツー
やれやれ。
一番説得に苦労するのが、勉強会の主催者になろうとは依頼を引き受けた時点では欠片も思わなかったんだが。
オレは何とか堀北を説得したのだった。