綾小路Tレックス   作:チームメイト

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エピローグ(仮) もっと綾小路Tレックス

 特別試験最終日。

 

 この日は、特にやることが無い。

 最後の点呼の後は、平田の発案でベースキャンプ周辺の掃除を済ませただけだ。来た時よりも美しくというのが、こういうときの定番らしい。

 某所ではそんなことを習うことはなかったので、新鮮と言えば新鮮だったが、それだけだ。

 

 昨日までと違うことと言えば、堀北の体調がすっかり元通りになったことと、伊吹の姿が消えていたことだ。

 堀北のしつけを終えてベースキャンプに戻った時には、伊吹の姿が無かった。

 それが何を意味しているのかは、もうすぐ分かるだろう。

 

 

 茶柱の号令を待って、上陸した海岸へと戻り、試験は終了となった。

 

『ただいま試験結果の集計をしております』

 

 学校側によって、用意されていた飲み物などを各自で分け合う。

 集計が終わるまでは、ちょっとした自由時間になっていた。

 

「……そう来たか」

 

 緩んだ空気で談笑に入るクラスメイトを尻目に、他のクラスの状況を確認していく。この場に残っているのは、リタイアしていない生徒だけだ。

 

 Cクラスで海岸に姿を現したのは、龍園だけだった。

 伊吹だけではなく、Bクラスに紛れ込んでいた生徒も居ないのは、そういうことなんだろう。

 まあ、Cクラスについては想定内だ。特に驚くようなことはない。

 せいぜい、サバイバル後のワイルド龍園さんが勝ち誇ってるのが、ちょっとイラっとしたぐらいだ。ザ・ドヤ顔と言った感じで、Dクラスに絡み始めたので距離を取っておいた。

 

 Bクラスは、試験が終わって和気あいあいとしている。

 あいかわらずのチームワークと言った感じだ。無人島生活を協力して上手く乗り越えたことが、見ているだけも伝わってくる。

 

 今回、重要なのはAクラスだ。この場に残っているAクラスの生徒は()()()だった。最初から不参加の生徒に加え、やたらDクラスに突っかかってくる葛城の手下こと、弥彦の姿が無かった。

 どうやらリタイアしているらしい。

 

 十中八九、Aクラスのリーダーだと思われた弥彦が居ないということは──

 

「これより特別試験の結果を発表する」

 

 Aクラスの担任が、拡声器を使って説明し始めた。

 ガヤガヤとしていた声が消えて、結果発表に耳を傾ける。

 

 詳細の説明はしない、質問も受け付けないと突き放しておきながら、自分たちで受け止めろという無茶ぶりの前置きを入れた上で、点数発表が始まる。

 

「では最下位」

 

 発表は下から順番らしい。慌てて龍園の方へと視線を向ける。

 

「Cクラス67ポイント」

 

 勝ち誇っていた顔が、衝撃に歪んだ。

 このドヤ顔からの落差よ。その瞬間が見れて良かった。

 龍園の想定では、Cクラスはもっと良い結果を叩き出していたんだろう。

 わざわざサバイバル生活まで送っておきながら、67ポイントは労力に見合わない。

 

「続いて、3位はBクラスの140ポイント。2位はDクラスの145ポイント」

 

 Dクラスは僅差で2位に滑り込んでいた。上々の成果だが、結果発表前に見込まれていたポイントよりは低く、先ほどまでの試験が終わった高揚感が消えて、Dクラスの生徒は盛り下がっている。

 

 オレの想像では、Bクラスも予定よりはポイントが取れていないはずだが、Dクラスとは違って健闘を称え合っているのは、Bクラスの強さと見るか弱さと見るか。

 

「1位はAクラスの218ポイント」

 

 そして、1位を取ったのはAクラス。

 当然という顔を見せるだけで、Aクラスの生徒は特にリアクションを取らなかった。

 内面はどう思っているのかが見えてこない。これもAクラスの強さなのかもしれない。

 

 こうして、1週間の特別試験は、幕を閉じた。

 

 

 

「諸君。試験、ご苦労だった」

 

 試験を終えて、豪華客船に戻ったDクラスの生徒を待ち構えていたのは、プールデッキでブーメランパンツを履いた高円寺だった。

 

「高円寺、おまえがリタイアしたせいでポイント失ったんだからな」

「まあまあ、池くん。高円寺くんの残してくれた情報が無かったら、ポイントをこれだけ残せたかも分からないよ」

 

 食ってかかろうとする池を平田がなだめる。

 

「そういうことだよ。私の体調不良は不慮の事故だ。仕方ないじゃないか」

 

 高円寺の肌はツヤツヤテカテカで、遊んでいたであろうことが丸分かりだ。

 ここまで開き直られると、いっそすがすがしいぐらいだった。

 とはいえ、平田の言う通り、高円寺の地図が無ければ試験はもっと大変だったと思われるので、リタイアされたマイナスよりも貢献の方が大きいだろう。

 サバイバルの大変さを分かっているだけに、池も強くは出られない。

 

「しかし2位か。美しくないねぇ。私がリタイアしてなければ1位だったものを、精進したまえ」

「「お前が言うな」」

 

 男女に亀裂が入っていたDクラスの心が完全に1つになった瞬間だった。

 高円寺、ありがとう。とでも前向きに思っておくか。

 

 冗談半分で、感謝の意を示すために親指を立てたら、目ざとく見られていたらしく、ウインク付きでサムズアップが返ってきた。

 

「……まさかな」

 

 本気で狙って、嫌われものを演じたわけじゃないだろうな。

 あいかわらず、底が見えずに測り切れない高円寺という男だった。

 

 

 思ったよりも低い試験結果に沈みがちだったが、平田が『最初に決めた120ポイントの目標は達成したから悪くは無いよ。乗り越えたことに自信を持とう』と何とかなだめて、Dクラスは解散となった。

 

 荷物を持って各々の部屋へと向かう。

 この後、食事に行くもの、そのまま休むもの、あとはそれぞれ自由に過ごすようだ。よほど疲れていたのか、同部屋の平田や幸村はそのままベッドへ一直線だった。

 幸村は元々体力が無さそうだし、平田の場合は体力がというより精神的な気疲れだろう。

 クラスのリーダーとしてずっと周囲に気を遣って、前向きな方向に導いていたんだから、プラスマイナスあった高円寺を除けば、表のMVPが池なら裏のMVPは、平田で決まりだろう。

 

「お疲れ」

 

 制服に着替え直して、起こさないように小声で言葉を残し、電気を消して部屋を後にした。

 

 久しぶりに触った携帯端末に届いた連絡を処理していく。

 佐倉は、今日はもう休むみたいだ。久しぶりのベッドでゆっくりして欲しい。

 佐藤からの連絡はスルーした。うん、オレは疲れて寝ていたから気づかなかったで良いだろう。

 

 

「この試験結果は、どういうことなの?」

 

 堀北とはラウンジで合流した。

 スルーしたかったが、連絡がしつこかったのでしぶしぶだ。

 堀北からは逃げられないことは、変わらないらしい。

 

 堀北改造計画によって、色々と関係性は変化した。

 が、それを表に出すと堀北が他の生徒を信用する前に、オレと堀北の他の生徒からの信用がゼロを超えてマイナスに突入しかねないので、表立っては今まで通りということで落ち着いている。

 堀北は不服そうだったが、人前で『ご主人様』『鈴音』と呼び合う勇気がオレには無い。

 

 試験結果について、考えたかったので、ちょうどいいと言えばちょうどいいか。

 誰かと話すことによって考えもまとまるしな。

 

「先に堀北の考えを聞かせて欲しい」

 

 Cクラス  67ポイント

 Bクラス 140ポイント

 Dクラス 145ポイント

 Aクラス 218ポイント

 

 これが試験の結果だ。

 

「……考えがまとまらないわ」

「まずは、各クラスごとに考えればいい。分かりやすいのはDクラスからだ」

 

 皆目見当も付かないといった顔の堀北を誘導する。

 

 試験終了時に、Dクラスが残してたポイントは195ポイントだ。

 さらに、スポット占拠のボーナスポイントが20ポイントぐらい加算される予定だった。それが終わってみれば145ポイントで終わった。

 他クラスのリーダー当てには、参加しなかったので答えはシンプルだろう。

 

「Cクラスに……伊吹さんに、リーダーを特定されたのね」

「正解だ。次は……Bクラスだな。Bクラスのポイントは、140ポイントだった」

 

 Bクラスのポイントについては、堀北とベースキャンプに視察に出たときに確認済みだ。リタイア分を引いた後のDクラスと変わらない程度のポイントを残していた。それから多少使ったとしても、10や20の範囲内だろう。

 つまり、試験終了時に、Bクラスが残していたポイントはDクラスと同じぐらいだったはずだ。

 それが140ポイントしか無かったということは、答えは難しくない。

 

「……Bクラスもリーダーの特定を許したのね」

「恐らくな。それもCクラスだろう。伊吹と同じようにBクラスに入っていた生徒も最終的にはリタイアしている。役目を終えてリタイアしたと考えるのが妥当だろうな」

 

 Cクラスによって送り込まれたスパイが消えた。BクラスとCクラスのポイントを奪って。

 

「残るは、CクラスとAクラス。Cクラスからの方が分かりやすいか」

 

 Cクラスの試験結果は、67ポイントだ。

 Cクラスは0ポイント作戦を取っており、与えられたポイントは使い切っている。となると、試験結果に反映されたのは、ボーナスポイントだけだ。

 BクラスとDクラスのリーダーを当てているので、50ポイント×2で100ポイントを確保しているはずだった。それが、67ポイントしか残っていないとなると、状況は予測できる。

 

「Aクラスのリーダーの指名に失敗した」

「正解だ。試験結果が50ポイントだったら、Cクラスのリーダーを当てられた可能性もあるが、67ポイントなら、リーダーを指名されたらもらえない占有地のボーナスも加算されていることになる。BクラスとDクラスは指名済みだから、残ったAクラスの指名に失敗したというのが答えだろう」

 

 ドヤりまくった龍園さんの顔が、全てを物語っていた。

 あれは、3チームのリーダー当てで150ポイント加えて167ポイントになると考えていた顔のはずだ。Aクラスの指名に成功していれば、Aクラスは218ポイントから、50ポイント+占有のボーナスポイントを失うので、恐らくCクラスがトップに立っていた可能性が高い。

 上手くいっていれば、ドヤ顔も納得のこれ以上ない結果だっただろう。

 上手くいかなかったから、笑える顔になっていたけどな。

 

「残ったのがAクラス。Aクラスを考える前に、試験発表の場に、Aクラスの生徒は38人しか居なかったことに気付いたか?」

「……そこまでは見ていないわ」

「視野をもう少し広げる必要が……ってそこで嬉しそうな顔するなよ」

「気のせいよ」

 

 視野が狭いと偉そうに指摘しているが、Aクラスが──葛城がどういう選択を選ぶのかを注目していたから気づいただけで、そうでなければ気付かなかった自信がある。

 なんだったら、Bクラスの生徒が何人だったかは知らなかったりする。堀北には内緒だけどな。

 視野を広げるで、嬉しそうな顔をするってコイツは一体何レックスを連想したんだろうか。

 

「Aクラスは、リーダーをリタイアさせることで、リーダーを変更した。それによって龍園の計算を狂わせたのが、今回の試験結果だ」

「リーダーの変更なんて」

「学園側が用意したルールは『正当な理由が無ければ変更できない』だ。正当な理由があれば変更できたってことだろうな」

 

 葛城は、オレが教えたルールを活用した。

 慎重派だとは聞いていたが、噂通りの行動だった。

 

 葛城に情報を流したことには、2つ意味がある。

 1つ目は、葛城がリーダーを変更するのかどうか。龍園がAクラスを指名するのかどうかは分からなかったが、結果として龍園は指名を外してCクラスのポイントが削られる羽目になった。

 

 2つ目は、葛城にDクラスのリーダーを指名させないことだ。

 スパイを受け入れた時点で、Dクラスのリーダーが特定されることが想定できた。

 伊吹がデジカメを持っていたのはなぜか。Dクラスのリーダーが誰かを証拠として残したかったからだ。Cクラスがリーダーを当てるだけなら、伊吹の証言だけで十分だ。デジカメが必要だったのは、伊吹を信用できない人のために、証拠を残す必要があったからだ。

 

 伊吹が証拠を残せたのかどうかは分からないが、証拠があろうとなかろうと葛城はリーダーを変更できることを知っている。慎重派といわれる葛城なら、リーダーの指名当てに挑戦しないと踏んでいたが、こちらも上手く思惑通りにいったようだ。

 

「綾小路くんは、リーダーを変更できることを知っていたように、聞こえたのだけれど」

「可能性は高いと思っていた」

「ならどうして」

「堀北は、今のままでDクラスが他のクラスに勝てると思うか?」

「そうね……厳しいと言わざるを得ないわね」

 

 無人島試験のDクラスのターニングポイントは、伊吹を受け入れたことだと思う。

 伊吹を受け入れたことが、リーダーを特定されることに繋がりポイントを失った。

 

「上を目指すには、Dクラスは戦えるクラスに変わる必要がある。そのためには、今回の試験で最上の結果を捨ててでも、失敗から学ぶ必要があると判断した」

「反省するかしら」

「そこは不安だが、何も知らずに結果を得るよりは、成長に繋がると信じたい」

 

 伊吹を受け入れた時点で、取れる選択が限られることになった。

 伊吹を利用して攻撃するか、伊吹からの被害を最小限に食い止めるために守りに入るのか。

 

 最上の結果を得るためなら前者だ。伊吹経由でリーダーを特定させた上で、Dクラスのリーダーを変更して、A、Cクラスからの指名を外させる。

 さらに、AとCクラスのリーダーを指名できればDクラスの1人勝ちだっただろう。

 

 今回選んだのは、後者だ。Aクラスにリーダー変更のことを教えてAクラスからの被害を消した。これは同時に、Dクラスがリーダーを指名する権利を捨てることに繋がっている。

 

 Aクラスのリーダーが弥彦で、Cクラスのリーダーが龍園だった可能性が高いことは予測がついていた。どちらも8割ぐらいは当たる自信があった。

 当てたら50ポイントで、外したらマイナス50ポイントだ。これでは確証が持てない限りは指名しない方が良さそうだが、2クラスの予想がついていたら話は別となる。

 

 仮にどちらかを外したとしても、もう片方が当たっていれば、マイナス分のポイントを補うことができて、ポイントの増減は0となり、当てられた側のポイントを削ることができる。

 もちろん両方外す可能性もあるが、8割当てる自信があったのなら、両方外れるのは、20パー×20パーの4パーセントだ。

 外した時のダメージは大きいが、これぐらいの可能性なら挑戦した方がいいだろう。

 

 ただ、今回の場合は、相手がリーダーを変更する可能性があったため、指名を見送っている。

 教えたのはAクラスだけだが、AクラスはCクラスと繋がっていた。葛城から龍園に情報が流れないとも限らない以上、リスクが高過ぎる。

 

「Aクラスとの差が開いたわね」

「そうだな。ただそれには裏がある。元々Aクラスが勝つように出来ていた試験だ」

「どういう意味?」

「今回、AクラスとCクラスは手を組んでいた。AクラスはCクラスから物資の提供を受けてほとんどポイントに手をつけていないはずだ。考えられる1番分かりやすい答えであれば、プライベートポイントでの物資の購入だろうな。Aクラスはその選択を取れるだけの余裕を持っている」

 

 Aクラスは、毎月クラスで400万プライベートポイントを手に入れているはずだ。Dクラスには、取れない戦略を取ることができる。

 

「Cクラスが必要以上にバカンスに走ってポイントを使いきったことをアピールしていたのは、裏に意味があるって予想はあっていた。違ったのは、その裏がジェットスキーを隠すことではなく、Aクラスに物資の提供をすることだったってことだ。そうでなければAクラスのポイントを説明できない。Aクラスは分かっているマイナス分を引けば、190ポイントからのスタートだからな」

 

 Aクラスの結果は、218ポイント。

 B・C・Dクラスの結果から、Aクラスはリーダー指名のボーナスポイントを手に入れていないことを推測できている。

 

 最初に各クラスに配られたポイントが300ポイントだ。

 Aクラスはリタイア2名(坂柳・弥彦)で60ポイント。施設の不正利用で50ポイントのマイナスだから、それだけでも残りは190ポイントとなる。

 そこから、生活に必要なアイテムを交換した残額が、スポット占拠によるボーナスポイントを除いたAクラスのポイントとなる。

 

 高円寺のおかげで食糧問題が解決し、アイテム交換を最低限に近い形で留めたDクラスですら75ポイント分アイテムに消費している。

 最低限でもそれだけ掛かったことを考えれば、Aクラスがアイテムにポイントを使っていたら、スポット占有のボーナスポイントを加算しても218ポイントまでは届かないはずだ。

 葛城は、抑えてもバレにくい拠点しか抑えていなかったはずだしな。

 

「Cクラスが海岸から消えて以降、海岸にアイテムも残されていなかった。生徒がリタイアしたから片付けられたんだと思っていたが、実際はそのままAクラスの手に渡り、Aクラスはそのアイテムのおかげで、自分たちのポイントはほとんど使わずに試験を終えていたはずだ」

 

 あとは、伊吹がデジカメを持っていたこともAクラスとCクラスが協力していた証拠になるが、そこまでは言わなくてもいいか。そのことに触れると、めんどくさいことを言われそうだしな。

 

「今回の試験で1位になったのは、Aクラスだ。ただ、Aクラスにとっても、Cクラスとの取引までやって218ポイントしか残らなかったのは想定外だろうな。取引の内容次第だが、勝ち組とは言えない結果だ」

「つまり、勝ち組は居ない?」

「痛み分けだったと言えるかもしれない」

 

 もっとも、それこそ取引の内容次第ではの話だ。場合によっては、Cクラスが勝ち組だった可能性もある。こればっかりは取引の当事者でなければ、判断のしようがない。

 

「納得したか?」

「理解はしたわ」

 

 納得ではなく理解か。この辺りが今の堀北の限界なのかもしれない。もう少し引いた位置から物事を捉えられるようになってもらわなければ困るな。

 とはいえ、教えすぎるのも良くないだろう。あとは宿題にしよう。

 

「理解したのなら何よりだ。あとは、他のクラスがこの結果をどう捉えたのか。考えてみたらいい」

「分かったわ」

 

 これで堀北の考え方も多少は改善されるだろう。

 次の予定が入っているので、堀北との話はここで切り上げるか。

 

「じゃあ、オレは戻るぞ」

「待って、まだ視野を広げてもらってないわ」

 

 顔を赤らめながら、どこを見て言っているんだどこを。高い次元から物事を見て欲しいのに、目線が低いところに向かっている。具体的にはTレックスを見過ぎだ。

 

「…………宿題が終わったらな」

「そう、放置プレイなのね」

 

 提案に心惹かれるものが無かったと言えばウソとなるが、今日はここまでだ。

 堀北の言葉に、若干不安になったが、まあ、これで嬉しそうな顔してるんだから問題ないんだろう。

 

「綾小路くん。もう1つの宿題もこなすわ」

「もう1つ?」

「学校に戻るまでに、櫛田さんと話をしてみるつもり」

「そ……うか」

 

 それは止めておいた方がって言葉を飲み込んだ。

 よりによってなぜ櫛田なのか。いや、ほんとうに、幸せになれない選択を。

 軽く手を振って、堀北を残して、ラウンジから離れていった。

 

 

 

   ◇◇◇

 

 

 

「遅いよ、綾小路くん」

「時間も場所も何も指定されてなかったけどな。打ち上げとかはいいのか?」

 

 最後に、櫛田と合流した。

『疲れた』というわずか3文字のメールを受けて、無人島前にも利用した例の最下層へと足を運んだら、櫛田がそこにいた。

 色々と疲れたからスッキリしたいという意味に違いないと判断したが、以心伝心っぷりはなかなかのものだろう。

 

「みんな疲れてるからね。今日はゆっくりしてるけど、明日から予定が埋まってるよ」

「人気者は大変だな」

 

 ちなみに、オレのスケジュールは白紙だ。

 予定では1週間、豪華客船でゆっくりできるはずなので、慌てる必要はない。

 予定が入っていないのは、今のところであって、きっと何か予定が入るはずだ。

 タイミングを計って一之瀬とも遊びたいしな、あとでメールを送っておこう。

 

「綾小路くんのために、予定、空けようか?」

「いいのか?」

「明日の池くんたちとの食事とか、綾小路くんと食事するからって断ってもいいよ。問題なし」

「それは色々とよくないし、問題あるだろ」

 

 ただでさえ池とは微妙な関係でしかないのに、完全に仲違いしかねない。

 よほど嫌なのか、舌打ちと同時にジト目で見られたが、それでも池との約束を断れないのが櫛田が天使である所以だ。

 

「お疲れさま」

「お疲れ」

 

 あらかじめ、用意してくれていたらしい飲み物を受け取る。堀北と長い会話になったせいで、喉を潤わせたかったのでありがたい。

 

「ほんっとうに、疲れたよ。なあに、あの伊吹って子。私は不幸ですって顔して、助けられるのを待つって性格悪すぎるよね。何度か声を掛けたのに、助けてとか言ってない、私に構わないで、とかそれで離れないんだから、構ってって言ってるようなもんじゃん。そんな子を受け入れるクラスの皆も皆だよね」

 

 よほどストレスが溜まっていたらしい。若干、早口な櫛田さんだった。

 

「Dクラスのポイントが少なかったのって、伊吹さんのせいだよね?」

「そうだろうな」

「じゃあ、伊吹さんを連れてきた池くんが全部悪いよね。70ポイントだよ。もらえるプライベートポイントが、池くんのせいで毎月7000ポイントも減ったとか、絶対許せないよね」

 

 毎月ポイントが振り込まれるたびに、池の好感度が下がりそうな勢いだった。

 サバイバルであれだけ頑張っていたのに、池が不憫過ぎる。

 連れてきたのは池だが、受け入れたのはほぼ全員だったはずだしな。

 

「篠原さんみたいに、キーキー言うだけの子がリーダーぶっててさ。しかも、あれだけ池くんに罵声浴びせまくっておきながら、ちょっと池くんがサバイバルで頑張ってたら夜にテントで『池くん、ちょっとかっこよかったかも』とか言い出しちゃって、どんだけお花畑なんだろう、ウケるよね」

 

 男子のテントはそんな余裕無かったが、女子の方はクラスメイトとの交流を深めていたらしい。

 男子に比べたら多少は快適な空間だったはずだから、その差だろうか。

 交流を深めたら、櫛田と篠原の溝が深まるとはこれいかに。

 篠原の件は、オレも似たようなことを思ったけど。

 

「でも、篠原さんってどちらかといえばちょっとブスよりじゃない? 池くんとくっついたらお似合いのカップルだよね。クラスの余りもの同士でさ」

「やめなよ~」

 

 櫛田さんの鋭い矛先がオーバーキルしまくってたので、苦笑いしながら言葉だけでも止めに入る。

 だが、気持ちは分かるから困る。いいぞ、もっと聞かせてくれ。

 

「そういえば、軽井沢は大人しかったな」

「平田くんとイチャイチャできたら満足だったんじゃないかな。下着を盗まれて泣いてたときは大変だったよ。普段あれだけ強気なのに、何もできずに泣くだけだったし」

「下着を盗まれるのはショックなんじゃないか」

「嫌悪感はあるけど、今更って感じだね。どうせズリネタとかに散々されてるだろうし、池くんの脳内とかだともっとひどい目に合ってるよ、私」

「山内の方がひどいんじゃないか」

「あはは、言えてるかも。そうそう、7月の須藤くんの事件の時なんかさー、聞こえていないつもりだったんだろうけど、グループで動いていてすぐ近くにいるのに、櫛田ちゃんは俺のだとか、抱いてるとか、俺の櫛田ちゃんは裸エプロンしてるとかさ、聞こえてるっつーの」

 

 うわー、ドン引きする情報だ。

 櫛田が池や山内を毛嫌いするのも分かる。

 

「私を抱いていいのは綾小路くんだけなのにね。言ってあげようかと思ったよ」

「その発言はとても嬉しいが、悲惨な結末しか見えない」

 

 背後を気を付けないといつ襲われるか分からない生活なんか嫌だ。

 櫛田がどうしても我慢できないというなら許容するが、できれば勘弁して欲しい。

 

「佐藤さんは体調不良になっちゃうし」

「フォローありがとうございました」

「ええ、どうしてお礼言うのかな。綾小路くんが何かしたんじゃないよね」

「…………」

「どっかの誰かさんのせいで、長谷部さんまで体調不良になっちゃうし」

「本当に、ありがとうございました」

 

 ダメだ。この絶好調の櫛田さんが好き過ぎる。

 

「長谷部さんは大丈夫っぽいけど、佐藤さんは注意した方がいいよ。好きな人できたかもって浮かれてたから」

 

 やっぱり、佐藤は地雷案件だったか。

 しかし、早乙女好櫛田に聞けば女子の情報は何でも手に入りそうな勢いですげえよ。

 

「処女膜ぶち抜かれて惚れるってすごいよね。佐藤さん遊んでそうなのに」

「もう少しオブラートに包もうか。正確には、アレの大きさにやられたらしいぞ」

「どっちにしてもないない」

「ですよねー」

 

 佐藤はちょろすぎる。オレと櫛田の認識が完全に一致した瞬間だった。

 

 それにしても、名前があがらないってことは、堀北のことは気付かれていないっぽいか。

 堀北は、鉄の精神力で弱みを見せなかったからな。表面上は変わらなかったし、ある意味凄いのかもしれない。ドМは痛みに強いのだ。

 

「みーちゃんは、女の子の日が来ちゃって、そのフォローに追われるし」

「女子は色々大変なんだな」

「みーちゃんは、重い方だからね」

「その情報をもらってもどう処理していいのか分からない」

 

 そういう関係の間柄なら、気遣うこともできるが、クラスメイトの生理が重いからといってどうしろと。

 うへへ、君の生理が重いことを知ってるよ、優しくするよ、とか恐怖体験一直線だろう。

 平田あたりならさりげなくこなすんだろうけど、まだオレにそこまでのスキルは無い。

 

 まあ、今大事なのは櫛田の生理がどうなっているかだ。

 問題ないならお疲れ様記念に、そろそろ一発Tレックスをしようじゃないか。

 そろそろ無人島での愚痴は出尽くした頃合いだろう。

 

「私はこの前から止まってるから大丈夫なんだけどね」

「櫛田!?」

「綾小路くん」

 

「「綾小路ティーー──「──いや、ねえよ」」

 

 初のTレックスの不発だった。いや、須藤の時とかあったけど、あれはノーカンだから。

 無理、この流れで野生に還るとか無理。

 さらっと流せるような情報ではない。

 

「櫛田さん……あのですね」

「綾小路くん。1人ではできなくても2人ならできることがある。そのことを教えてくれてありがとう」

「その言葉をお腹を触りながら言うのはやめろ」

 

 堀北に身体で教え込んだ記憶があるけど、そこまで身を持って教えてねえよ。

 1人(オナニー)ではできなくても2人(Tレックス)なら、なんて意味はねえから。

 何ができたんだよ、なにが。

 

「冗談だよ」

「学校を辞めて働く未来まで想像した」

「……働いてくれるんだ」

「超えないといけない問題が多いけどな」

 

 今は、隔離された環境に守られているが、学校を出るとなると父親、ホワイトルームとの関係がややこしいことになる。

 

「とりあえず、櫛田さんちの子供になるしかないな」

「婿養子なんだ」

 

 綾小路桔梗より、櫛田清隆の方がゴロがいいし、それで問題ないだろう。

 あんな父親とはさっさと縁を切るに限る。婿養子に入ったからと言って縁を切れるわけではないらしいが、名字が代わるだけでもマシだ。

 いや、他にも本当にいろいろと問題が山盛りだけど。

 

 まあいい。冗談ならこの話はここまでだ。これ以上、掘り下げる必要も無いだろう。

 さあ、気を取り直してヤるぞ。

 

「櫛田」

「櫛田くん」

 

「「綾小路ティーー──「──いや、まて」」

 

 別に櫛田くんって呼ばれること自体に抵抗は無い。

 無いんだが、綾小路Tレックス的に、そこは綾小路じゃないと成立していない。

 櫛田は満面の笑みを浮かべていた。

 

「なあに? したくないの?」

 

 ニコニコと本当に楽しそうだな、櫛田。

 

「櫛田って呼ぶのは、まだ早いというか、オレが櫛田になったとしても、櫛田が櫛田って呼ぶのはおかしくないか?」

「清隆くんは嫌って前に言ったよね?」

「……普通でお願いします」

 

 いつか、そう呼ばれる未来があったとしても、今はまだ綾小路でいいだろう。

 久々の櫛田さんが、ノリノリ過ぎるから困る。

 それだけ櫛田も櫛田で色々と溜まっていたんだろう。互いに発散しなければ。  

 

「櫛田」

「あなた」

 

「「綾小路ティーー──「──ストップストップ」」

 

 危ない危ない。流されることだった。

『あ』の時点で綾小路が来ると判断してしまったが、オレが求めていたのはその『あ』じゃない。

 

「普通でっていうからあなたって呼んだのに」

「それはできれば結婚してからでお願いしたい所存でございます」

「仕方ないなぁ……」

 

 よし、仕切り直しだ。改めて行くぞ、櫛田。

 

「櫛田」

「パパ」

「「綾小路ティーー──「──できるかっ!!」」

 

 パパってなんだ。女の子の日が来ていないって冗談だよね。

 ダメだ。迂闊に、それは子どもができてからってお願いしたら返答が怖い。

 櫛田が嬉しそうにしているのが、なお怖い。

 なんだその天使っぷりが溢れる笑みは、オレの狼狽っぷりを笑っているだけだよな?

 母親として幸せに満ち溢れているとかそんなことないよな?

 

「今まで通り綾小路くんで頼む」

「最初からそう言ってくれればいいのに」

「最初からそのつもりで言ってたんだが」

 

 おかしい。意思疎通ができているはずなのに、できていない。

 危ない冗談はこんなところでいいだろう。いい加減にしないとじらされ過ぎたTレックスが暴走しかねない。

 ひとしきりいじり倒して満足したのか、櫛田も頷きで応えてみせた。

 何度目かの正直。

 

「櫛田」

「綾小路くん」

 

「「綾小路ティーーレーーーーーックス」」

 

 

 久々の櫛田は、やっぱり最高だった。

 

 

 

 そういえば、櫛田とは、無人島上陸前以来か。

 なんか、ただいまって感じがするな。櫛田の安心感よ。

 

 無人島では色々あったが、こうして夏休みに与えられた特別試験は、終わった。

 結果は2位だ。最上とはいかなかったが、上々の成果だろう。

 

 2学期からはどんな日々が待っているのか。

 

 特別な友達、都合の良い女、セフレ未遂、ペット。そして、最高のパートナーと一緒に、これからもオレたちの明るい学園性活は続──

 

「冗談って言ったのは、冗談だからね」

「櫛田さん!?」

「それも冗談」

 

 もう何が冗談で何が本当か分からねえよ。

 

 こうして、オレたちの明るい学園生活は、最高のパートナーと一緒に退学となったとか、終わるに終われないからな。




区切りです。
今後の話などは活動報告の方で。
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