「よろしく。綾小路くん」
「よろしくな」
軽井沢と船の2階へと足を踏み入れた。
学校から届いたメールには、指定された時間に指定された場所へ行くことが指示されていた。
その場に居た5人でメールを見せあったところ、時間と場所は各自がバラバラだったが、オレと軽井沢だけ、一致していた。
指定された時間が一番早かったこともあり、そのまま5人で時間を潰した後で、平田に見送られて軽井沢と一緒に会場に向かうことになったわけだ。
彼女と他の男が2人で行動というのも嫌がられそうなものだが、平田から普通に『よろしくね』と頼まれてしまった。
まさか試験が終わるまでずっと2人きりというわけでもあるまいし、気にする方が考えすぎか。
フロア内を他クラスの生徒が数人うろうろしている中を進み、時間の5分前に指定された204号室に辿り着く。
「ここだな。準備はいいか?」
「うん」
扉をノックするとすぐに「入るように」と指示が返ってきた。
「失礼します」
部屋の中で、Aクラスの担任の真嶋先生が椅子に腰掛けていた。
そして、先生とテーブルを挟んでDクラスの生徒が2人、席についている。
博士ことザ・オタクというのを地で行く外村と女子にやたら厳しい幸村だ。
4つ用意された椅子のうち2つが埋まっており、残り2つがオレと軽井沢の席のようだ。
適当に、博士たちと言葉を交わしながら隣の席へ着こうとする。
「ん?」
そのタイミングで、軽井沢に腕を掴まれて引っ張られた。
軽井沢は何も言わずに、自分の椅子を少しだけ外側へとずらす。
これはアレか。博士や幸村とは距離を取りたいという奴か。
軽井沢に合わせる形で椅子をずらすと腕が解放された。どうやら正解だったらしい。
そうか。オレは軽井沢に選ばれてしまったのか。ちょっとした優越感だ。
いや、優越感を得たくて距離を取ったんじゃないぞ。
すまんな、博士と幸村。平田に頼まれているから仕方なく軽井沢に合わせさせてもらう。
仕方なくなんだ。だからまったく劣等感を感じる必要は無いぞ。
「ではこれより特別試験の説明を行う」
そうこうしているうちに指定されていた時間になり、特別試験の説明が始まった。
長い説明だったので、要点だけまとめてみるか。
今回の試験はシンキング、考える力を必要とする試験。
「シンキング、って何?」
この試験は12のグループに分けて実施される。
「はいはい。グループに分けるのはわかりましたけど、どうしてこの4人が。綾小路くんは別にいいけど、女子があたし一人って意味わかんないし」
今、この部屋に集まっている4人は同じグループ所属で、他にもAクラスからCクラスまでの各クラスの生徒3~5人ずつが、同じグループになって行われるようだ。
「ちょ、ちょっと待ってよ。他のクラスって敵でしょ。敵と同じグループなんて意味わからないんですけど。めちゃくちゃじゃん。それに、メンバー全部集めて一気に説明した方が早くて楽じゃん」
真嶋先生の説明の合間合間に入る軽井沢の発言に、我慢していた幸村が動いた。
「いい加減にしてくれ。もう試験は始まってるかも知れないんだ。余計なことを言って評価が下がったらどうしてくるんだ。足を引っ張るのは勘弁しろよ」
「はあ? わかんないこと聞いて何が悪いわけ? マジむかつくんですけど」
幸村の言葉は、正論だと思うが言葉がちょっときつすぎる。
その言い方だと反発を生むだけで、余計に評価を落としかねない。
平田に頼まれてるし、フォローしとくか。
「ストップ、二人ともそこまでだ。真嶋先生。少し時間いただけますか」
「許可する」
先に諭すなら理屈が通じる幸村からか。
許可を取って、隣の幸村と向き合う。
「幸村。今、余計なことって言ったが、本当に余計なことなのか」
「なんだと」
軽井沢の発言が、余計なことなのかどうか。
幸村と軽井沢では、説明の理解度が違うのだろう。
説明の途中で、いちいち聞かなくても分かるようなことを聞かれて説明を止められたら邪魔に感じるのも分かる。
実際にちょっとうるせえよって思ったからな。
ただ、軽井沢の理解力で必要なものだったのなら、余計なこととは言えないだろう。
「なぜ疑問を疑問のまま放置しておく」
「それは……」
「1学期に茶柱先生に言われたことだ。この言葉を忘れたDクラスの生徒はいないだろ。4月に遅刻、欠席、私語などを注意されなかったことをそのまま放置した結果、Dクラスの今がある。オレ達にとっては、一番苦い経験だからな」
疑問を疑問のまま残し、ぬるい状況を受け入れたことで、Dクラスは0ポイントからのスタートとなった。
学園史上でも過去最低の失態らしい。
そのせいで散々な目にあって苦労している。Aクラスとは、いまだに900ポイント近い差が開いたままで、一度や二度の勝利では、覆せそうにない。
堀北と同じようにAクラスを目指すと公言している幸村にとっては、嫌な思い出だろう。
「分からないことを聞く。1学期に学んだ一番大事なことを軽井沢は実戦している。それを余計なことと切り捨ててしまっては、同じことが起きるかもしれないぞ。それでいいのか」
「……俺が悪かった。すまない」
オレの言葉に理があるのかどうかを考えたのだろう。
目を瞑って、拳を握りしめて、数秒思案した後、幸村は謝罪の言葉を口にした。
それに対して軽井沢が勝ち誇った顔をする。
「わかればいいのよ、わかれば」
「……軽井沢も。質問するのは良いことだと思う。ただ、先生の説明を遮るのはダメだ。必要なことに関しては、質問の時間を作ってくれるはずだ。そうですよね、真嶋先生」
「説明の後で質問は受けつける」
真嶋先生に確認を取ると想定通りの答えが返ってきた。
「ということだ」
「う……わ、わかったわよ。気をつける」
こんなもんだろう。
「失礼しました。説明の続きをお願いします」
「説明を続けさせてもらう」
軽井沢と幸村が大人しくなった後の説明は早かった。
簡単に言えば、各グループ内に優待者が1人居て、その優待者を探し出して解答するというゲームだ。
優待者が見破られるか、逃げ切るか、またそのタイミングによって結果は4つに分類されるが、とにかく優待者がその名前の通り優待されていて、有利となっている。
優待者を見破るために、グループごとに集まって1日2回話し合いが行われる。
話し合いは、明日、明後日、休日を挟んで最終日というスケジュールで計6回行われ、最終日の2回目の話し合い終了後に解答時間が設けられており、その時間内に自分が優待者だと思う相手の名前をメールで申請して、結果が決まる。
また、解答時間を待たずに、グループを裏切って解答することもでき、その場合はグループ内の裏切り者が解答した時点で試験が終了となり、結果が決まることになっている。
同じグループのメンバーは資料として掲示された。
資料は回収するので『必要性を感じるならばこの場で覚えておくように』という不親切さだった。
軽井沢は知り合いがいないかどうかだけチェックして終わり。博士も似たようなもので、幸村だけは律儀に暗記していた。
必要性を感じるか感じないかは生徒に委ねられた形だが、この言い回しでピンと来る生徒なら覚えるだろう。
学校側がこういう言い回しをするときは、後で必要になってくるはずだ。
ヒントは与えたから、後は気付くかどうか。
無人島試験の上陸前に船上で見せた『価値ある景色』と同じようなもので、学校側の常套手段と言えるのかもしれない。
というわけで、覚えたグループのメンバーだ。
兎(うさぎ)グループ
Aクラス 竹本茂 町田浩二 森重卓郎
Bクラス 一之瀬帆波 浜口哲也 別府良太
Cクラス 伊吹澪 真鍋志保 藪菜々美 山下沙希
Dクラス 綾小路清隆 軽井沢恵 外村秀雄 幸村輝彦
一之瀬と一緒かよ。これは何ともやりにくそうだな。
おまけにCクラスのスパイこと伊吹までいる。
知っているのは、この2人だけ。後は、試験が始まってから情報を集めていくしかないか。
まずは、明日の朝8時に優待者かそうじゃないかの通知が携帯に届くので、それ次第で戦略が変わってくるだろう。
自分が優待者に選ばれるのかどうか、自分が優待者じゃなければ、同じクラス──今この場に居る3人の誰かが優待者なのかどうか。
頭はいいけどキレやすい幸村、良い奴だが突拍子もない言動が多い博士、感情が行動に直結している軽井沢。
誰が優待者になっても、非常にメンドクサイことになりそうだ。
出来れば自分が優待者になるのがベストだが、オレ以外ならDクラスから優待者が出ない方がいいかもしれない。
優秀であろうAクラスの生徒や、それに負けず劣らずの実力を誇る一之瀬に見破られてしまったら元も子も無いからな。
優待者は、学校側が公平性を期し、厳正に調整して選んでいるらしいが、公平性とか言い出すなら他のクラスに負けず劣らずの実力も込みで選んで欲しい。
ダメか。
そんなことを言い出したら、Dクラスの優待者は、平田、堀北、櫛田もしくは高円寺あたりだとバレバレになってしまう。
「やっと終わった。行こ、綾小路くん」
「お、おう」
特別試験についての説明が終わるや否や、軽井沢はオレの腕を引っ張るようにして立ち上がった。
「おい、同じグループになったんだどう試験に取り組むのか話し合いを」
「すまん、幸村。後でな」
軽井沢が話し合いをする気がない以上、オレだけ留まることは出来ない。軽井沢と一緒に説明部屋を後にする。
どうせ幸村とは同じ部屋だ。あとで幾らでも話す機会はあるはずだ。
軽井沢がこの調子なら、4人で話し合うよりも幸村と1対1の方がマシだろう。
博士も、こういう試験には向かないだろうしな。
それに、優待者が誰かも分かっていない状況で、話し合えることは少ない。本格的に動き出すのは、明日の優待者の発表があってからだ。
「平田くん、試験のことで忙しいみたい。説明がバラバラってほんと最悪。予定合わせられないじゃん」
軽井沢は歩きながらずっとスマホを弄っていたが、誰も捕まらなかったみたいだ。
平田は、説明が終わった組から相談を受けているんだろう。
軽井沢もそれに合流すれば良いだけだと思うが、試験の話はあまりしたくないのかもしれない。
「ご飯いこっか」
消去法なのか何なのか、軽井沢から食事に誘われたのは初めてだった。
ちょうど食事時で相手が居ないってだけだろう。
今日はとことん軽井沢に付き合わされる日らしい。まあいい、乗りかかった船だ。
予定もないし、この日は軽井沢と夕食を済ませた。
◇◇◇
翌日。
「早いな」
朝から部屋で繰り広げられた高円寺のマイペースっぷりに苛立つ幸村という騒動を避けて、待ち合わせ場所のカフェへと向かった。
待ち合わせ時間の8時に対して、予定よりもだいぶ早く部屋を出たため、まだ7時にすらなっていない。が、既に堀北は来ていた。
「普通ね」
「普通じゃねえよ」
待ち合わせの1時間前行動が普通ってどこの世界だ。
「あれから体調はどうだ?」
「そうね……少し睡眠時間が足りていないこと以外は問題ないわ」
「寝不足? 試験のことでも考えていたのか?」
「誰のせいよ」
目に隈などは出来ていないが、言われてみれば少しダルそうな気がする。
「連絡するのが遅かったか?」
今日の待ち合わせを決めたのは、昨晩11時過ぎぐらいだ。
クルージング中の過ごし方は、基本的に自由となっている。が、あまりにも自堕落な生活を送らせないためか、完全に自由というわけではない。基準として24時以降は、あまり部屋の外へと出歩くことは推奨されていないため、だいたいその時間が各部屋の消灯時間となっている。
そこまで遅い時間ではなかったはずだが、あくまでも24時は目安なので堀北の部屋は早寝早起きでも推奨しているたのかもしれない。
「遅かったわね。ずっと待っていたわ」
「平田や幸村との話が、中々終わらなかったからな」
優待者が決まる前の時点で出来ることは少ないというのに、色んなパターンを想定してどう動くのかというのを幸村を中心に話し合っていたら、遅くなったわけだ。
試験に対して向き合うことは悪いことではないが、4日間予定されている試験で、最初から気合を入れすぎだろ。
自分たちの動きを決めても他のクラスがどう動くのかは分からないしな。
「それは昨日の話よ」
「昨日の話じゃないのかよ」
オレのツッコミに対して、堀北は分かりやすくため息をついてみせた。
意味が分からない。
こいつは一体何を言ってるんだろう。
「いいわ。いつでも返信できるように連絡を待っていた私が愚かだったということね」
「連絡するって言っていたか?」
「宿題が終わったら視野を広げてくれるって約束よ」
そういや、そういうことも言っていたような気がする。
無人島試験の結果を他クラスがどう捉えたのかを考えるようにってのと、櫛田と仲良くなるって話だったっけ。
前者はいいにしても、後者は鬼のようなむずかしさだドン!
「終わったのか?」
「まだよ」
「まだかよ」
それなら連絡する必要ないだろうに。
「もしかしたら気にかけて連絡してくるかもしれない。待つ理由としては十分よ」
「十分じゃねえよ、ちょっと怖えよ」
何この子。愛が重いんだけど。
「そこまでするなら連絡してくればよかっただろ」
「用がないのにどう連絡しろと」
「コミュニケーション能力が低すぎる」
そこはどうとでもしろよ。
確かに堀北との連絡は、他愛もない話とかすることなく、最小限の用件だけのやりとりしか今までしてきてないけど。
「聞いたところによれば、佐倉さんや長谷部さんと食事を楽しんだそうね」
「そこはコミュニケーションできたのかよ」
佐倉と堀北とかオレが間に入っても、会話したことあったっけってレベルの2人じゃねえか。
「昨日は平田くん達と食事と聞いたわ」
「……そういえば、朝食まだだったな。一緒にどうだ?」
「優待者の発表まで時間があるわね。どうしてもというのなら、付き合わせてもらおうかしら」
「どうしてもお願いします」
「仕方ないわね」
愛が重い上に遠回し過ぎて怖えよ。
佐藤は分かりやすくメンドクサイが、堀北は分かりにくくメンドクサイな。
そうか。試験と試験の間に順調に全員と交流出来たと思っていたが、堀北が居たか。
厳密に言えば、無人島試験後に堀北と話す機会があったが、あれは交流というより無人島試験の結果発表の答え合わせだ。
無人島試験に含まれる範囲だろう。
他に漏れはいないよな。念のために確認しておくか。
特別な友達〇
都合の良い女〇
セフレ未遂〇
ペット〇←New
最高のパートナー〇
ミッションコンプリート。パーフェクトだ。
ほっと胸をなでおろして、堀北との朝食タイムとなった。
「そろそろ時間か」
「できれば優待者になりたいわね」
「有利なのは間違いないからな」
堀北と同じグループの平田から昨晩聞いていたが、改めて堀北の所属する竜グループで受けた説明を確認しているうちに、優待者が発表される8時となった。
ちなみに、竜グループのメンバーはこれだ。
Aクラス 葛城康平 西川亮子 的場信二 矢野小春
Bクラス 安藤紗代 神崎隆二 津辺仁美
Cクラス 小田拓海 鈴木英俊 園田正志 龍園翔
Dクラス 櫛田桔梗 平田洋介 堀北鈴音
Aクラスの葛城、Bクラスの神崎、Cクラスの龍園、何よりDクラスのメンバーを考えると必然的に集められたメンバーだろう。
Dクラスで最強グループを作るなら、この3人しかない。
問題があるとすれば、堀北と櫛田が同じグループで櫛田のストレスがヤバそうなぐらいだ。
あとは、ここまで優秀な生徒が集まる中で、なぜ一之瀬がこのグループじゃなくてオレと同じグループなのかが謎なくらいだな。
8時と同時に携帯の音が響く。
「時間通りね」
「ああ」
すぐに届いたメールを確認する。
『厳正なる調整の結果、あなたは優待者に選ばれませんでした。
グループの一人として自覚をもって行動し試験に挑んでください。
兎グループは、本日午前11時より試験を開始します。2階兎部屋に集合してください』
互いに携帯画面を見せ合って中身を見比べる。
グループ名や時間は違ったが、それ以外は同一の文章だった。
オレも堀北も優待者に選ばれなかった。選択肢は限られるものとなるだろう。
「あとは同じグループのDクラスの生徒がどうだったのか」
「そうね。竜グループも確認しておいてくれるかしら」
「平田は確認しとくが、堀北……櫛田を信じるんじゃなかったのか?」
「…………」
「櫛田が優待者かどうか、後で聞かせてくれよ」
「努力するわ」
これもコミュニケーションの一歩だ。
一瞬だけ『櫛田さんは優待者じゃなかったわ』『実は優待者になっちゃったの。どうしよう綾小路くん』と堀北から聞いた話と違う話を櫛田から聞かされるんじゃないかっていう嫌な予感がしたが、うん、そんな未来は来ないで欲しい。
「試験の方針は決めているの?」
「他の生徒がどう動くのか見えてきてから決めるつもりだ。幾つか案は考えているけどな」
「私も似たようなものね」
それにしても、厳正なる調整によって選ばれたか。
このキーワードは、試験に挑む上で重要になりそうだ。
「とりあえず1回目の話し合い次第か」
他のDクラスの生徒が優待者かそうじゃないかも含めて、動き出すのは最初の話し合いが終わってからでいいだろう。
情報を共有するのかしないのか。平田や櫛田なら墓穴を掘るようなことはしないだろうが、兎グループだと迂闊に共有するのもまずい。
優待者がいないのならば問題ない。
万が一いた場合に、情報を共有して優待者を守るにしても、守られている側が守られていることを仕草に出してしまったらアウトだからな。
「1回目と2回目の間で、情報共有したいのだけれど」
「情報共有自体はいいが、場所はどうする? 他のクラスに聞かれると面倒だ」
今の時間こそ他の生徒の姿は見えないが、これが昼になると場所が限られてくる。
最悪、一応立ち入り禁止の最下層か。
「それなら私の部屋でいいわ」
「いいのか?」
「消去法ね。あなたたちの部屋に行くよりマシだわ」
男女の部屋の出入りは、日中は制限されていない。
堀北がいいのなら、異論はない。
こうして試験の合間に、堀北と情報交換することが決まった。
女子部屋への訪問。試験とは関係ないところで楽しみだな。