特別試験1日目2回目の話し合いは、当たり障りなく進んだ。
Aクラスは、話し合いを拒否。
Bクラスは、一之瀬を中心に雑談。
Cクラスは、伊吹を除き話を振られたら応じる程度で参加。
DクラスもCクラスと似たようなものだった。
あえて違いをあげるとすれば、オレが一之瀬の話題にほとんど乗っかることが出来ず、1回目の会議と比べて大人しくしていた程度だろうか。
別の女性とハッスルしまくった後で、仮とは言え恋人と顔を合わせるのは、気まずさ全開よ。
今日ぐらいは大人しくしとくかって思う程度には。
もっとも、精神的な理由がなくても体力的にも限界が近い。
Tレックスでハッスルし過ぎて疲労度マックス。
1回目の時点で試験への取り組み方は大体決まってしまったので、Aクラスが話し合いを拒否し続ける限り、大きな進展はないまま進みそうだ。
もしくは、試験が進み残り時間が減っていけば、何か動きがあるかもしれない。
楽なのはいいが、こう動きがないと暇だな。
一之瀬への気まずさもあって、結構きつい1時間となってしまった。
「……終わったか」
同じ1時間でも1回目と比べ、終わった時の解放感が半端ない。
夕飯を何食べようかと意識を切り替えていると、一之瀬がこっちに近づいてきた。
どうする、逃げるか? いや、逃げてどうする。
堀北たちの部屋で行われた宴のことなんて一之瀬は知りようがないんだから、慌てる必要なんてない。
「お疲れ」
「お疲れ様。綾小路くん。ちょっと聞きたいことがあるんだけどいいかな?」
「何でも聞いてくれ」
どうよ、この堂々っぷり。気まずさを克服しつつあるのかもしれない。
一之瀬からの追及ぐらい、ひらりとかわしてみせるってもんよ。
「軽井沢さんと綾小路くんってどういう関係なの?」
「そっちか」
「そっち?」
心の声が漏れた。
「いや、須藤との関係を前に気にしてたからさ」
「あー、あれは誤解するよ」
「男同士の関係を誤解された方は、結構きついんだが」
「ごめんごめん」
よし、これで誤魔化せたな。
最近、誤魔化す技能だけ無駄にレベルアップしまくってる気がする。それだけ誤魔化す機会が多いんだろうか。
「軽井沢は、平田の彼女だ。Dクラスは男子3人に女子1人だからな。女子1人じゃ心細いだろうからって、平田から頼まれて出来るだけ一緒に行動するようにしているだけだ」
トリプルレックスは男子1人に女子3人だ。男子1人だと心細くはないが、体力的にやばい。
誰かを増やす気は無いけど。
「綾小路くん、私も女子1人だけど」
「一之瀬は浜口たちと距離があるわけじゃないから、別に心細くはないだろ」
「まあ、そうなんだけどね」
「オレなんかが平田の代わりっていったらおこがましいけど、平田は竜グループで大変みたいだからな。少しでも手伝えることは手伝いたいって感じだ」
「そっか……うん、それなら仕方ないね」
どうやら納得して貰えたらしい。
「それにしても、試験時間がバラバラって不便だよな。そういうのも学校側は狙ってるのかもしれないが」
「そういうのって?」
「可能性は色々あるから、正解かどうかは分からないけどいいか」
「うん、聞かせて」
「試験時間が一緒だと試験のグループでバラバラにしても、結局試験中以外はいつものメンバーで固まるだろ。試験時間をバラバラにしたらいつものメンバーで集まりにくくなるから、時間が合う普段とは違う人と食事したりとかが起こる」
「あ、うん。それはあるかもね」
「一学期に作った関係性だけにこだわるなって言われている感じだ。一之瀬みたいに交友範囲が広かったら、特に変わらないんだろうけど」
「ううん。そんなことないよ、私だって偏ることあるよ」
「まあ、全部推測だからオレの考えすぎかもしれないが」
「言われてみたら確かにそうかもって思ったから、そんなことないんじゃないかな」
一之瀬のお墨付きが貰えたなら、オレの推測もなかなか信憑性があるのかもな。
思いつくまま話しただけのデタラメ理論だが、意外とこういう思いつきもバカにできないもんよ。
「綾小路くん、話は終わった?」
「すまん、待たせたみたいだな」
「もう終わったから大丈夫だよ。ごめんね軽井沢さん」
どちらかといえば、彼女である一之瀬の方が優先されるべき立場なのに、謝るあたりが一之瀬の善良性の表れか。
「明日は竜グループも同じ時間だから、平田が送り迎えすると思う」
「分かった。それじゃあまた明日、よろしくね」
軽井沢とずっと一緒に行動するわけではない。何とか最後に伝えて試験会場を後にする。
そして1回目の試験と同じように、森と合流して夕食を済ませて解散したのだった。
◇◇◇
「というわけで明日なんだが、オレは試験中以外ノータッチでいいか?」
「もちろんいいよ。ごめんね綾小路くん。一之瀬さんに誤解されることになるとは思わなくて、僕のミスだ」
夜。自室での平田、幸村との3人での話し合い中、平田に軽く事情を説明して、試験部屋以外では何もしないことを告げる。
平田は申し訳なさそうに頭を下げて自分を責めていた。
そこまで反省されるとオレが悪いことをしたみたいだ。
どちらかといえば平田のせいだというより、やたら距離が近い軽井沢の責任だと思うが、それを平田には伝えにくい。
おまえの彼女がオレにベタベタしてきて誤解されたとか、説明に困る。
「いや、大丈夫だ。誤解されたっていっても軽くだし」
むしろ軽井沢の行動で助かっている部分もあるかもしれない。
軽井沢とのことを誤解されているうちは、堀北部屋での出来事なんて思いもよらないだろう。
事実を開示することで、別の事実を隠す。
恋人相手には必要のないテクニックだが、背に腹は代えられないからな。
「だから、平田が無理な最終日も任せてくれ」
「甘えさせてもらうよ、ごめんね」
「問題ない。心配なこともあるしな」
「心配?」
「軽井沢とCクラスの女子との間がちょっと不穏になっていた。オレの思い過ごしならいいんだが」
「明日そのあたりも確認してみるよ」
「オレが聞くよりその方がいいだろうからな」
軽井沢が予想以上にオレにベッタリだったのは、Cクラスの女子と言い争っていたのが理由だと思う。
気にはなっているが、そこに踏み込むのはオレではなく彼氏である平田の役割だろうな。
軽井沢の話はここまでいいか。
「それで平田。優待者の情報はどうなんだ?」
「Dクラスの優待者は分かったよ」
「分かったのか。ならオレにも聞かせろよ。試験についての情報は全て共有するべきだ」
軽井沢との話はどうでもいいとばかりに黙っていた幸村が、ここぞとばかりに平田に詰め寄る。
平田は一度言い淀んだものの、幸村に押し切られる形でDクラスの優待者を白状した。
念を入れて口には出さず、携帯にメモを打ち込む。
『竜グループの櫛田さん。
各クラスに平等に配置されているなら、この3人がDクラスの優待者だ。
「綾小路。おまえは知ってたのか?」
「いや、今初めて知った」
「おまえの1回目の行動は、ふざけるなって思ったけど、こうなったら話は別だ。そのまま同じようにしてくれ」
試験終了時に、全員でオレに投票しろ。
幸村が言っているのはこのことだろう。オレが疑われる限り、軽井沢は守られることになる。
「任せろ」
「竜グループは大丈夫なのか?」
「グループの情報は共有できているよ。変なミスはしないと思う」
竜グループの3人なら心配いらないだろう。
平田がこう言うのなら、堀北が櫛田から優待者の情報を聞き出したというのは事実で、櫛田は素直に答えたようだ。
ご褒美まで与えておいて、櫛田に騙されていたとかじゃなくて良かった。
「おい、高円寺っ。その鼻歌はやめてくれないか! こっちは大事な話をしているんだ」
「すまないね。今肉体美の追及に忙しいのだよ」
高円寺は、さっきから筋トレに取り組んでいる。
逆立ちをしたままの腕立て伏せなど、なかなかハードなものだが鼻歌交じりにこなすあたり化け物だ。
「ふざけるなよ、お前。俺たちが必死に考えているのに」
「幸村ボーイは考える前に身体をどうにかするべきだね、美しくない」
「なんだと」
「綾小路ボーイ、一緒にどうだい?」
「まあ、少しだけならな。平田もどうだ?」
「おい、綾小路」
「これ以上、話し合うことはないだろ」
幸か不幸か、話し合いに参加している3人の所属するグループに優待者がいた。
どうやって他のグループの優待者を当てるのかを考える必要性があまりない。
優待者を守るだけなら現状維持だけで出来る。
あとは、どうやって他のクラスから裏切り者を出して間違えさせるかだが、Aクラスが話し合いに参加しない中で出来ることは、ほとんど無いだろう。
高円寺の横に並んで、うつ伏せの状態から体を持ち上げるプランクの姿勢を作る。
なぜか高円寺も逆立ち腕立てをやめて、オレと同じ姿勢を作った。
2人並んで同じ姿勢は色んな意味できつい。
「来い、平田」
「…………」
「早く、結構きつい」
「分かったよ。ごめんね幸村くん」
平田は話し合いを終わらせていいものか、オレと幸村の顔を交互に見て戸惑っていたが、プランクの姿勢を続けるきつさを理解して、高円寺とは反対側の隣に並んだ。
プランク3兄弟が生まれた瞬間だった。
「おまえら、ふざけてるのか。身体を鍛えて何になるって言うんだ」
話し合いを勝手に終わらせられた幸村が叫ぶ。
「幸村は参加しなくて大丈夫か?」
「参加するかっ」
「美しくないねぇ」
幸村は、腕を組んでそっぽを向いている。
「本当にいいのか? もうすぐ2学期だぞ」
「だからなんだ」
「2学期と言えば、体育祭があるんじゃないか。中間テストで須藤が退学になりかけたことは、覚えているだろ。学力試験の成績下位者に退学者を出す学校なら、体育祭でも成績下位者に退学者を出してもおかしくはない」
2学期と言えば、体育祭だ。
どうせこの学校のことだから何か仕組まれた体育祭になるんだろうが、学校行事こそ青春の王道。楽しみ以外のなにものでもない。
「……学業は学生の本分だ。運動と一緒にするな」
「普通の高校ならな。平田は先輩とかから何か聞いたりしてないか?」
「退学とか特別試験に関することは、話してはいけないみたいだから具体的には何も。ただ、何でもできる必要はないけど極端に足を引っ張るものがあるなら、どうにかしておかないと苦労するとは聞いたことがあるよ」
極端に足を引っ張るもの。
須藤にとっては勉強で、幸村にとっては運動だ。
幸村は真面目に体育の授業に参加しているが、クラスでも最下位を争うレベルで苦手にしている。
「ムキムキになれとは言わんが、体力はつけておいて損はないぞ。今回は特別試験まで3日空いたが、無人島明け1日目に試験があったらどうなっていたか」
「それは……」
幸村が1日寝込んでいたことは把握済みだ。
逃げ道を塞いでいく。
「分かった、やればいいんだろやれば」
「よし、プランク勝負だ」
「私と諸君らじゃ勝負にならないねぇ」
「僕も頑張るよ」
プランク3兄弟がプランク4兄弟になった瞬間だった。
幸村、オレ、平田の順番でダウンしていった。高円寺はまだいけそうだったが自らの判断で終わらせた。
最後に参加してきて最初にダウンって、幸村の体力のなさは本当にやばいかもしれない。
まあ、それはこれからの課題だろう。
大事なのは一緒に何かをすることだ。
正直、高円寺と幸村のいがみ合いには辟易していたので、これで高円寺と幸村の間に少しでも友情が生まれて平穏が訪れるなら作戦は大成功だ。
「あと2日も試験が続くのは、面倒なだけだねぇ」
などと考えていると、運動を終えて携帯を操作してた高円寺が不穏な言葉を口にした。
高円寺が携帯をポケットにしまいなおすタイミングで、オレたち4人の携帯が一斉になる。
「まさか、やりやがったのか高円寺!?」
何が起こったのかを察した幸村が叫んだ。
オレと平田はその予想が合っているのかを確認するため、届いたメールをチェックする。
『猿グループの試験が終了いたしました』
猿グループは、高円寺がいたグループだ。
予想通り、高円寺が裏切り者になって試験を終わらせたらしい。
幸村がプルプル震え出した。
高円寺さんよー。終わらせるにしてもタイミングってもんを考えろよ。一緒に汗を流した効果が台無しじゃねえか。
「優待者が分かったのか。すごいな」
一応フォローを入れておく。
「嘘つきを見つける簡単なクイズさ」
「ふ、ふざけるなよ。楽したいだけじゃないか!」
幸村の過去一番の怒声が響き渡る。
「はっはっはっはっ、せいぜい諸君らも精進したまえ」
その怒声なんかどこ吹く風で、高笑いしながら高円寺はシャワー室へと消えていった。
「あ、あいつは、ほんとうに……足を引っ張ることしか、しないじゃないか」
「まだ分からないよ。高円寺くんは優待者を当てたのかもしれないし」
「Aクラスが話し合いに参加していないのは、どのグループでも同じだ。その状況で優待者なんか分かるはずがないだろ、最悪だ」
オレもほぼ同じ意見だ。
だが、高円寺の能力は得体が知れないのも事実で、絶対に外したとも言い切れないのが高円寺の怖さでもある。
結果を待つしか無さそうだ。
それにしても、高円寺と幸村が仲良くなる日は、ずっと来ないのかもしれない。
せっかくの豪華クルーズなのに、幸村がずっとガミガミしていると思うとメンドクサイ。
何があったのかの問い合わせがクラス中から平田に届き、その対処のために話し合いは終了となった。
◇◇◇
怒り狂う幸村から逃げ出して部屋を後にした。
すまん、平田。あとはどうにかしてくれ。
「わぁ、綺麗な星空。ね? 綾小路くん」
このセリフを聞くのは二度目だった。
まあ、何度見ても満天の星空が綺麗なものは綺麗だから、間違いではないんだろうけど。
船外のデッキに出て、しばらく時間を潰していると櫛田が現れた。
周囲では、カップルと思われる男女が仲睦まじい姿を見せている。その中で1人でいることに、どうしようもない虚しさを感じ始めていたところだから、櫛田の登場はありがたい。
だが、問題は返答だ。
前回は、櫛田の方が綺麗だと慣れないことを言って、激しく後悔した記憶がある。
ここは無難に返した方がいいだろう。
「そうだな……」
「もう私に飽きちゃったのかな?」
「櫛田の方が綺麗だ」
小首を傾げて悲しそうな櫛田を見るだけで、胸がキュッと締め付けられる。
慌てて前回のセリフを返すと、櫛田は満足そうに微笑んだ。
そのまま一歩距離を詰めると櫛田が胸元に抱きついてきた。
「櫛田?」
「ちょっと眩暈がしただけだから大丈夫」
「眩暈か……なら仕方ないな」
嫌がらせ以外で人前で櫛田が抱きついてくるのは珍しい。少数とはいえ周りに何人か生徒がいる。変な噂が立つのはオレにとっても櫛田にとっても好ましくはないはずだ。
櫛田が何を考えているのかは分からないが、櫛田がそうしたいというのなら受け止めるしかないだろう。
どうか目撃者の中にDクラスの生徒とかメンドクサイ人たちがいませんように。
「…………」
体感で30秒ほどじっとしていただろうか。
「ねえ、綾小路くん……」
「どうした?」
「堀北さんは無いんじゃないかな」
ゾクッとするような冷たい声で訴えられてしまう。
具体的に何が無いのかは言わなかったが、それだけで櫛田が何を言いたいのかは明確に伝わった。
相手が櫛田以外だったら誤魔化しに入るところだが、櫛田相手に誤魔化しは通じないだろう。
というか、誤魔化したくはない。
ただそうなると、返答に詰まる。
櫛田は、そこから無言で更に数十秒オレの胸元に顔を埋め続けた。
頭をなでることも、抱きしめ返すことも出来ずに、オレはただ立ち尽くすしかできない。
「佐倉さんは別にいいよ。ううん、佐倉さんだけじゃない。佐藤さんでも、長谷部さんでも、他の生徒の誰に手を出してもいいよ。絶対に私のことを手放さないっていうなら」
前回ここで改めて結んだ約束だ。
オレは櫛田のことを手放す気は無い。それが優先されるのなら、それ以外のことについては櫛田は目をつぶってくれている。
だからこそ堀北にも手を出したわけだが。
「私が堀北さんのことを嫌ってるって知ってるよね?」
「きっかけだしな」
櫛田がオレにとっての最高のパートナーとなったのは、櫛田が堀北の悪口を言っていたのを立ち聞きしたのが始まりだった。
だから当然そのことは知っている。
ただ、櫛田が堀北を嫌うのは、誰とでも仲良くしたい櫛田と誰とでも距離を置きたい堀北の相性の悪さ程度にしか考えていなかった。
オレの前で櫛田が誰かを悪く罵るのは、別に珍しいことではないしな。
堀北は櫛田が本音では嫌っている大勢のうちの1人だと認識していたが、櫛田の言いぶりからしたらそれだけではないようだ。
櫛田は、堀北のことを誰よりも嫌っている。
この認識は正直なかった。
「分かった。堀北には手を出さない」
だが、櫛田がダメだと言うのなら櫛田の指示に従うだけだ。
櫛田のことを手放したくないというのは、何よりも優先されるからな。
理由は分からないが、櫛田にとって堀北が不俱戴天の仇のようなものだというのなら、オレも付き合い方を考えるしかない
オレの言葉に満足したのか、櫛田はゆっくりと抱きしめていた腕を解く。
「私のお願い聞いてくれる?」
ブラックモードの冷たさが消え、いつもの櫛田の声に戻った。
甘えるように上目遣いでのお願いだった。
「……なんだ?」
天使モードの櫛田からのお願いだ。何でも叶えてあげたくなる。
が、ここで何でもいいぞ、とか調子の良い安請け合いをすることは出来ない。
果たして、鬼が出るか蛇が出るか。
櫛田がお願いの内容を口にするのをじっと待つ。
「堀北さんを退学させたいの。手伝ってくれる?」
「それは……」
櫛田からのお願いは、オレの学園生活の今後を左右することになるだろう過去最難関のお願いだった。