さて、勉強会だ。
場所は、圧倒的な蔵書数を誇る図書館が選ばれた。
施設の充実した学校らしい図書館は、本好きな生徒にとって天国に近いだろう。堀北はよく利用するらしく、迷うことなくオレ達をテーブル席に案内した。
池、山内、須藤の勉強できない3人組と、オレ、堀北、櫛田の勉強できる3人組が向き合ってテーブルを占拠し、勉強へと取り組む。
なお、櫛田の前は取り合いになった結果、腕力がモノを言って須藤が居座ることになった。
ちなみに、オレの成績は教科によってばらつきがあるが、ある程度できる側に落ち着ている。
ある程度の理由は、勉強はモテ要素としてできないよりはできた方が良いが、できすぎるのもまた問題になるらしい。
過ぎたるは猶及ばざるが如し
勉強ができすぎるとそれはそれで頭が良い人はちょっと……と、距離を置かれる原因になるらしい。
出〇杉くんがモテるのはフィクションの中だけだし、フィクションの中でも最後には、の〇太君に敗れ去る運命にあるのだ。
不自然さを消すために点を取る教科と点を取らない教科に分けることに決めて、ランダムにサイコロの神様に任せた結果、数学と英語が得意で学年上位。社会はやや得意で上の下。国語と化学が苦手で平均的という何とも言い難い設定に落ち着いていた。
総合では、上の中~上の下くらいだ。
数学や英語が得意だというのは、勉強会で教える側に回るには良い設定だったかもしれない。
で、問題の池たちの学力である。
先日行われたミニテストの結果(クラス内では点数が公表された)から予想されていたとおりで、池、山内は中学レベルでもギリギリ赤点を回避できるかどうか。須藤にいたっては、中学レベルの勉強すらもついていけてなかっただろって言いたくなるようなレベルだ。
学力の観点から言うなら、この学校にどうして合格できたのかが分からない。
このことから、この学校の生徒をはかる基準が学力だけではないらしいことが分かる。
須藤は、運動が得意な点か? 池はコミュニケーション能力か? 山内は……こいつは何もねえな。
なんにせよ、学力以外の基準があってそれを突破しての入学だったのだろう。
それで赤点で退学は、ちょっと厳しくないか?
この学力の生徒の入学を認めながらも赤点を取れば退学。
それが本気かどうかは分からないが、本当に退学にされるものとして受け止めておくのが正解だろう。
せめて入学した時点で、赤点=退学が分かっていれば、もっとやりようもあったのだが……
『遅刻をしない、授業中に私語をしない、携帯を触らない。お前たちはこれまでの人生で知っていたはずだ』
先日、クラスポイントがゼロになった時に発せられた茶柱の言葉だ。
その言葉が学校の方針だとしたら、赤点を取らないのも当たり前で、いちいち言われるまでもなく回避するのが生徒の義務であり、その義務を守れなければ退学ということなのかもしれない。
「あとはこの勉強会でどこまで学力を伸ばせるか……だが」
オレも一応教える側だが、基本は堀北に任せて必要な時だけ声を掛けることにした。
「…………」
勉強会が崩壊するまでに30分も掛からなかった。
基礎の基礎からということで、教科書の例題を解かせようとした。
だが、そもそも高校の勉強は、中学までの勉強がある程度身についていることが前提だ。その前提が怪しい3人にやらせるのは、足し算を知らない相手に掛け算を解かせるようなものだ。
そこで中学レベルまで落として勉強を進めればいいのだが、堀北はそこまで気を使えるほど優しくはなく、須藤は自分に非があろうが下に見られて流せるほど沸点が高くない。
「こんなのも分からないの?」
という堀北の言ってはいけなかった言葉を皮切りに、須藤がブチ切れて図書館を出ていき、元々やる気が無く、櫛田に誘われたから来ただけの池や山内も、なんだかんだ理由をつけて出て行った。
個人的には須藤より池や山内の方が、ひどい結果だ。
勉強なんかできなくても困らないという一種の開き直りなようで、自分は勉強ができないという自覚が須藤にはある。そのできないという自覚と向き合わせて、考え方を改めさせれば変わる可能性がまだあるように見える。
池や山内は、成績は悪いけど何とかなるだろ、と甘く見ている節がある。本気で退学になるわけないと思っているのか、今まで突破できたから今回もセーフと思っているのか。高校は中学までとは違い、範囲も広ければ難易度も上がっている。須藤とは違い、中学まではどうにかなっていた、という成功体験がある分だけ、考えを改めさせるのは難しい。
なんにせよ、堀北に任せてみたらこういう風になったんだが。
「…………解散か」
その後、3人を見捨てることに方針を切り替えた堀北と、あくまでも見捨てずに何とかする、と意気込む大天使櫛田との間でアレコレがあったんだが、オレはどうするべきか。
クラスポイントのことさえ考えなくていいのなら、切り捨てるという方針も悪くないようにみえる。須藤はまだ見込みがあるが、池と山内には付き合ってはいられない。しかし、クラスポイントが関わってくる以上、そう単純には決めることができない。
櫛田への反発を見るに、堀北の中でもまだ本当に見捨てて良いのか、決めかねていると思う。
赤点を回避できるかどうかは別にして、櫛田を手伝うだけなら簡単だ。ただ、それで3人が退学にならなかったとしても、次は期末テストがあり、2学期に入っても中間・期末とテストは続くのだ。
3人が根本的に勉強と向き合う気がない以上、今回突破できてもただの問題の先送りにしかならない。
それにしても堀北はなんでこんなに櫛田を嫌うんだ? こんなに大天使なのに。
大天使の聖なるオーラが堀北には毒なのかもしれない。
◇◇◇
ベッドで横になり、携帯のアドレス帳を見る。
勉強会が失敗に終わったことについて、堀北に相談するべきか否か。そして協力してもらっておきながらアレな結果に終わったことを櫛田に詫びるべきか否か。
櫛田ならあっさり『大丈夫だよ』で終わりそうだが、謝罪で大事なことは、その上でどうするか、だ。
堀北主催の勉強会を諦めて終わらせるのか、別の方向からアプローチを考えるのか、それこそ櫛田がどうにかしようとするのを手伝うのか、今の時点では見通しが立っていない。
今、櫛田と連絡を取れば、手伝うか手伝わないかという2択を選ばざるを得ないことが予想され、その答えが出てからでなければ櫛田には連絡を取れない。
さて、どうしようか。
時間が解決するようなものでもないが、このまま考えても答えが出そうにない。
「なんか買いに行くか」
いつのまにか、結構いい時間になっていた。
このまま風呂を済ませて寝るという選択肢もあったが、一度気分転換に外へと出ることを決めて部屋を後にする。
1階までエレベーターで降り、寮を出たところに設置してある自販機へと足を運んだところで
「ん?」
奥から聞こえた声に、身を潜めて様子をうかがった。
「もう兄さんの知っている頃のダメな私とは違います。追いつくために来ました」
後ろ姿だけでは分からないが、この声は堀北か。もう1人は誰だ? 兄さん?
「追いつく、か。お前は今もまだ自分の欠点に気づいていない」
「すぐにAクラスに上がってみせます」
「無理だ」
どうやら堀北のことをよく知る相手らしい。
まあ、今の堀北のままでは無理だろうな。
「……絶対に……辿り、つき、ます」
堀北にもこんな弱弱しい声が出せるんだな。
「聞き分けのない妹だ」
男が堀北の方を振り返り、オレの方からその姿を確認することができた。あの姿は──フルーツ牛乳……いや、生徒会長か。
流れるように堀北の左手を掴み、そのまま身動きを制限する壁ドン。くそ、なんてスマートに壁ドンを決めやがるんだ。あれでいったい何人の女を落としてきたんだって勢いの壁ドンだった。
影になってよく見えないが、堀北はメスの顔をしていないと信じたいし、メスの顔をするような場面でもない。
「Dクラスに振り分けられた妹。恥をかくのはこの私だ。今すぐこの学園を去れ」
「兄さん、私は」
「お前には上を目指す力も資格もない。それを知れ──」
直感的に危険だと判断すると、音を消しながら駆け寄り、堀北へ一撃を加えようとする男の右手を掴んで止める。
そのまま捻り上げて互いの背中と背中を密着させた。わざわざ背中に回る必要はないんだが、堀北も一応美少女なれば、目の前で多少はかっこつけておいて悪いことはあるまい。暗殺者スタイルだ。
「あんた、今本気で打ち込もうとしてただろ」
いつもより気持ち低い声で感情を殺して──
「彼女を離せ」
──決まった。完璧なヒーロー役だ。
これならいくら堅物の堀北と言えども
「止めて、綾小路君」
抱いて、じゃなくて止めて、とは。
むむ、もしかして、これは特殊なプレイの一環だったりするのか?
助け出したつもりが二人の逢引きを邪魔したのかもしれない。
兄妹設定での壁ドン腹パンプレイとか、さすがに堀北が美少女でもドン引きする。
ドМか!
「ん?」
思わず、拘束する手の力が緩んだところで、裏拳が飛んできて、身体を反らして何とか回避する。
これは半分偶然だったが、次の蹴りはある程度予測がついており難なく回避。続く右手は、掴まれたらやばいと本能で判断して左手で弾く。こちらから反撃する前に、相手は距離を取った。
「良い動きだ。何か習っていたのか?」
「ゴリラに育てられたことなら」
「ああ、そういえば、銭湯でとんでもない奴がいたな。あのときはメガネを外していてよく顔が見えなかったが、あれはお前だな」
「偶然って怖いっすね」
生徒会長と遭遇するのは、実は2度目である。向こうが覚えているとは思わなかったが、過去に1度銭湯で遭遇していた。
男の裸に対して興味などあるわけがなく、人のいない時間帯を狙って向かった早朝の銭湯で、まさかの遭遇をはたしたのが生徒会長というわけだ。向こうはもう出るところだったらしく、ほとんどすれ違っただけだったが、まさか覚えられているとは。
オレもフルーツ牛乳を飲む姿を覚えていたからお互い様といえばお互い様か。
そして見られたのは、顔だけではない。
別に見せびらかすつもりもなく、普段ならタオルで隠すのだが、あの日は早朝ということもあって誰もいないだろうと油断していた。
タオルをしていなかったのだ。
つまりは、見られていたのだ。
オレのモンスター、綾小路Tレックスを。
しかも、始末が悪いことに朝特有の生理現象で、綾小路Tレックスは半分目覚めていた。
とんでもない奴というのは、そのことだろう。
「なかなかユニークな奴だな」
それは変わったという意味なのか、1つだけのという意味なのかどっちだろうか。
オレの綾小路Tレックスは並ぶものがいないであろうユニークモンスターだけに判断に悩む。
「鈴音、お前に友達がいたとは正直驚いた」
「彼は友達なんかじゃありません。ただのクラスメイトです」
まあ、妥当な評価だろう。しいていえば隣の席で連絡先を知っている関係だが、それ以上でもそれ以下でもない。
「上のクラスに上がりたければ死に物狂いであがけ」
とりあえず今は見逃すことにしたのか、生徒会長はその場から去っていった。
変えてやるよ、俺もおまえも───。とか言われたら男のオレですら『抱いて』とか言いかねないかっこよさだ。これからは心の中で鬼畜眼鏡先輩と呼ばせてもらおう。
自販機の前まで戻り飲み物を2本買って1本は堀北に渡す。
「昼飯おごってもらって役に立たなかった分な」
「…………」
飲み物とオレの顔を見比べて一瞬口を開きかけたものの素直に受け取ってくれた。
「変なところを見られたわね」
「…………」
どう答えても逆効果にしかならないであろう言葉には沈黙を返す。
「あなた凄いのね」
「クマと格闘してたんだよ」
「さっきはゴリラに育てられたって言ってたわ」
「ド田舎だったからな」
「兄さんが言っていた銭湯のとんでもない奴って話。どういう意味?」
オレは、アソコがTレックスなんだ。
銭湯で生徒会長の視線がそこへ向かったことは自覚しており、おそらくそのことであっている。ただ、この答えはどうなんだ。
堀北がどういうリアクションを取るのか気にならないと言えばウソになるが、どう考えてもそれは選択肢として失敗だろう。二度と口を利いてくれなくなる可能性すらある。
「男同士の秘密だ」
「あなたのこと、よく分からない」
「そりゃ1ヶ月で相手のことが分かればそんな楽なことはないさ」
さっき新しい一面を知ることができたように、オレもまだ堀北のことは分からないことだらけだ。その分からないことを埋めていくのもまた青春の1ページなんじゃないかと最近思うようになってきていた。
「お前の兄が死に物狂いであがけって言っていたが、勉強会諦めるのか?」
「……あなたが意地が悪いというのは、理解したわ。何か考えてみる」
やる気のない生徒を切り捨てるのが正しいのかどうか。今の時点では判断材料に乏しく何とも言えないが、生徒会長の言葉を借りれば、あとは堀北が勝手に動いてくれるだろう。
それにオレが巻き込まれるのかどうかは分からない。乗りかかった船だしそのときはそのときか。
◇◇◇
中間テストの結果発表を迎えた。
オレ達は、オレ達Dクラスの生徒は──国語、数学、社会、化学、英語、各教科すべてにおいて、高得点を獲得していた。
ほぼ原作通りの流れは、どこまで削るべきかが難しいです。
漫画版堀北ルートの銭湯の話が好きなので、強引に入れてみました。