綾小路Tレックス   作:チームメイト

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船上試験編その9 ヒーローは変身しないで

 真夜中。隣の住人が静かに動いたのに気づいて目が覚める。

 平田が動いたようだ。

 

 普段だったら気づかなかっただろう。だが、動くかもしれないと周囲を警戒しながら寝ていれば、平田に気づくことが出来た。

 これくらいは、訓練すればできるようになるスキルの範囲だ。

 

 忘れないようにカードキーを握りしめて、部屋を出ていった平田の後を追う。

 

「軽井沢のところか?」

「綾小路くんに隠し事はできないか」

「一応止めた当事者だしな」

 

 廊下で追いついて合流する。

 平田が諦めたように動き出したので、そのまま行動を共にする。

 

 地下2階の休憩コーナーの自販機の前のソファーに、軽井沢は腰掛けていた。

 見通しが良く、ここなら左右どちらからでも誰かが来たらすぐにわかる。

 

 人出のある昼間には使えないが、こうして夜に密談をするには、もってこいの場所だった。

 

「綾小路くんも一緒なんだ」

「悪い。強引についてこさせてもらった」

「……まあ、いいけど」

 

 ここ数日で軽井沢からの信用が、相当上がったのかもしれない。

 拒否されるかと思ったが、特にお咎めはなかった。

 

「軽井沢さんから簡単に話を聞いたけど、せっかくだから綾小路くんからも話を聞かせてもらえる?」

「真鍋たちのことでいいんだな?」

「うん」

 

 平田はどこまでも冷静だった。

 軽井沢からだけ話を聞いて判断するのではなく、他の人からも話を確認する。

 デリケートな内容だけに、話の整合性が欲しいらしい。

 

 オレを連れてきたのは、そのためか。

 

「軽井沢が前にCクラスのリカという生徒と揉めたらしい。真鍋たちがいうには一方的にリカが被害を受けたって話だ。その件について軽井沢が責められて、無視していくうちにエスカレートしたって感じだと思う」

「僕は真鍋さん達から一方的に責められたって聞いたんだけど、諸藤さんと揉めたの?」

 

 諸藤さんというのは、リカという生徒だろう。

 こうしてさらっと交友範囲の広さを出してくる。これがイケメンってやつか。

 

「リカを連れて来て確認するって言ってたから、まず間違いないかと」

 

 どうやら軽井沢は、自分のやらかしたことを伏せて真鍋たちにやられたことだけを報告していたようだ。

 睨まれてしまったが、軽井沢と平田なら平田の方が優先だな。諦めてくれ。

 

「あのときは、仕方なかったんだって……篠原さんとかが居たし」

 

 軽井沢の中では理由があるみたいだが、仕方ないでやられる方はたまったもんじゃないだろう。

 ポイント0になったときに、Dクラスの大人しい女子生徒がポイントをたかられていたけど、あれも結構可哀想だったし。

 

「お願いだから助けてよ、平田くんは私を守ってくれるんでしょ?」

「もちろん守るよ。だけど、理不尽な理由で誰かを傷つけることはできない。理由が軽井沢さんにあるのなら、それを解決しないと」

「それは無理なんだって」

 

 軽井沢はここまで来ても謝罪を拒否している。

 最初はプライドのためかと思ったが、この頑なさはそれだけではなさそうだ。

 

 謝罪するとどうなるのか。

 そこから見えてくるものは。

 

「謝るのは嫌だっていうのなら、僕に出来ることは何も無いよ」

「なんで、もういい。平田くんなんか知らない。今日で関係は終わりだから」

 

 ヒートアップした軽井沢は止まらない。

 平田を突き飛ばすように押して、軽井沢は駆けていく。

 

 本来なら平田が追いかけるところだが、平田の足は動かなかった。

 

「……オレが説得してみるしかないか」

「頼めるかい綾小路くん」

「やれるだけでいいならな。失敗したら諦めてくれ」

 

 平田はみんなのヒーローだ。みんなのヒーローだから出来ることと出来ないことがあるのかもしれない。

 

 少し出遅れたが、軽井沢にはすぐに追いつくことが出来た。

 エレベーター待ちをしているところを捕まえる。

 

「軽井沢」

「……なんであんたなのよ」

 

 平田じゃなくて悪かったな。

 ちょっと挫けそうになる。

 

「少し話がある。時間をくれ」

「……」

「リカって子に何をしたのか詳しく教えて欲しい」

「は? いやよ、なんであんたなんかに」

「軽井沢が話したくないのなら、篠原に聞く。それでいいのか?」

「……最低」

「何とでも言え。大事な話だからな」

 

 逃がさないように手を掴んで、階段側へと引き込んだ。

 そのまま階段を下っていく。

 

 地下4階。一応立ち入り禁止になっているエリアだ。

 ここも内緒話に持って来いだろう。

 

 観念したのか、ぽつりぽつりと軽井沢は話し出した。

 

 話をまとめると簡単だ。

 女子のグループでカフェに行き、列に並んだところで、少し離れた位置にいた女子生徒から先に並んでいたと主張されて、そんな場所じゃ分からないでしょ、並び直しなさいよ、と突き飛ばしたらしい。

 

 なるほど。状況は理解できた。

 あのカフェはお代わり自由だが、ドリンクバーの位置がレジの流れにあるため、レジとドリンクバーとで動線が重なっていたはずだ。

 レジに並ぶときに、ドリンクバーを使う人が通れるように少し開けて並ぶ人も居れば、気にせず詰めて並ぶ人も居るので、並んでいるのかどうかが分かりにくくなっている。

 

 軽井沢は気にせず詰める派で空いていると思ったら、動線を避けたリカが並んでいてトラブルになったと。

 トラブル自体はよくありそうな話だが、そこから突き飛ばして大ごとにしたのは、軽井沢が悪いな。

 

「予想通りか、まずいことになったな」

「なにが?」

 

 意識して声のトーンを落として、重めに話す。

 

「夕方は、真鍋たちに証拠なんかないだろって突き放したが、あのカフェのレジの周辺は監視カメラが設置されていたはずだ」

「え?」

「真鍋たちが理由を話せば、証拠として採用される可能性が高い」

 

 実際にあるのかどうかまでは、憶えてないけどな。

 こういうのは雰囲気よ雰囲気。レジとか金を使う周辺なら監視カメラの設置はおかしいことではないはず。

 

 あったかもしれないじゃ弱い。あったと言い切ることで不安を誘う。

 

「どうなるの?」

「須藤とCクラスが揉めた時は、騒動を起こした生徒の停学とクラスポイントの没収だったな」

「そんなの……」

「そうだ。軽井沢の立場は無くなるだろうな」

 

 須藤のやらかしは、何とかクラスの被害を回避できたが、それでもあの騒動の件で未だに須藤を悪く言う生徒が残っている。

 潜在的な反発も抱えている軽井沢の場合、クラスポイントを引かれてしまったらどうなるか。

 一気にカースト上位から下位への転落は、免れないだろう。

 

「いやよ、そんなの絶対いや」

「だったらリカに謝るしか無いな」

「それもいや」

「嫌がるのは好きにしたらいいが、タイムリミットは真鍋たちが動くまでだ」

 

 真鍋たちが教師に相談したら、その時点で軽井沢の立場は吹っ飛ぶ。

 今更遅いと止めはしたが、証拠集めに動かれたらアウトだ。

 

 軽井沢がなぜここまで嫌がるのか。

 失いたくないものが手に入れた立場だとしたら、それを揺るがすものは認められないのだろう。

 ただ、時間は待ってくれない。

 

「軽井沢。もう分かってるだろ。どっちも嫌だとしてもマシな方を選ぶしかないって」

「…………」

「停学になってクラスポイントを失ったらどうしようもないぞ」

 

 軽井沢は無言で首を振った。葛藤しているのかもしれない。

 もう1歩追い込むか。

 

 ここまでの軽井沢のリアクション。そこから見えてきた答え。

 

「また虐められる立場に戻っていいのか?」

「なん、で……」

「別に平田に聞いたわけじゃない。見ていたら分かる。お前はずっと虐められてきた側だろ、軽井沢」

 

 睨みつけてくるが、いつもの怖さが無い。

 真鍋たちに囲まれた時の反応から察していたが、ビンゴだ。

 

 軽井沢が絶対に譲りたくないものは、虐められないことか。

 そのためには、今の立ち場を守る必要がある。

 

 目の前の軽井沢は、カースト上位としてクラスを牛耳る普段の姿から、想像できないような、か弱いものだった。

 

 真鍋たちに押さえつけられた肩へと手を伸ばして掴む。それだけで、真鍋たちにやられた記憶が揺さぶられたのか、全身を震わせだした。

 

 今ならおっぱいを揉めるんじゃないかってぐらいのか弱さだ。

 揉まないけど。

 ……揉まない、けど。

 

 今ならTレックスをって落ち着け、落ち着けオレ。

 昼間に調子に乗りまくってトリケラトプスで失敗しただろ。

 調子に乗り過ぎるのはよくない。

 

 落ち着く呪文を3回唱えよう。

 軽井沢は平田の彼女。

 軽井沢は平田の彼女。

 軽井沢は平田の彼女。

 

 友達の彼女に手を出すなんて──平田の彼女ってそれはそれで燃える要素なんじゃ──ダメだ。その考えは危険すぎる。

 そんなことをやって、ばれたらオレオワタだ。

 終わったのはオレじゃない。

 

「軽井沢、お前終わったな」

「っ!?」

 

 よくよく考えてみたら、証拠が無いなら言いがかりだとCクラスを焚きつけておきながら、証拠がありそうだから終わりだと、軽井沢を追いつめる側に回るのは、どんなマッチポンプだ。

 

 一之瀬の前で、振り回されたことに対する恨みを晴らしてるわけじゃないからな。

 そんなこと半分ぐらいしか考えていない。

 

 まあ、追い込むのはこれぐらいでいいだろう。

 飴と鞭の飴も与えないと。

 

 肩を掴んでいたのを止めて、無防備の軽井沢を抱きしめる。

 先ほどまでの重いトーンから、優しい声色を意識する。

 

「終わりたくないなら、リカに謝れ。できるだろ、今のおまえになら」

「そっちも終わりじゃない」

 

 暴れそうになる軽井沢を腕の力で抑え込んだ。

 

 カースト上位はカースト下位に対して、遠慮する必要はない。

 その上下関係にひびを入れることは、自らカーストを下げることに繋がるかもしれない。

 だからこそ、横暴に振舞うことが求められてきた。

 

「終わりじゃないだろ。多少は揺らぐだろうが、立場を失うほどではない。平田だっている」

「平田くんは守ってくれないって」

「それは謝らないのなら、だろ。今のままなら、平田も手を出せないが、軽井沢が非を認めて謝ったのにそれ以上軽井沢を責める奴がいるなら、平田は助けてくれるはずだ」

「ほん……とに?」

「平田のことはオレよりも、軽井沢の方が分かってるだろ」

 

 平田は、理不尽を許さない。

 だからこそ今の軽井沢を助けないし、だからこそ謝罪した軽井沢を助ける。

 

「でも、もう終わりって言っちゃったし」

「そこは、平田に甘えればいいんじゃないか、彼女らしく」

「……許してくれる、かな?」

「大丈夫だろ、平田なら」

 

 軽井沢の暴言暴走の1つや2つで別れた別れないを繰り広げるのなら、そもそも付き合ったりしないだろ。

 オレはごめんだ。

 軽井沢本人には、言えないけどな。

 

「……分かった。謝る」

「明日はちょうど試験も休みだし、平田にはオレから言っとく。謝るのは平田と一緒の方がいいだろ?」

 

 左手を背中に回したまま、よくできましたと右手で軽く頭を撫でた。

 

 軽井沢1人で行かせたら、真鍋たちがどう動くのか分からないが、平田と一緒なら悪いことにはならないだろう。

 それで手打ちになったらそれでよし。

 手打ちにならなかったら、証拠を使うしかないかもな。

 

 平田に動画を渡しとけばなお安心だが、動画を見せたら撮影だけして止めなかったことで、平田から怒られそうだから却下か。

 平田の怒ったところなんか見たことないけど、たぶん怒らせたら怖いタイプだと思う。

 

「……ありがとう」

「別に、これくらいなら」

 

 どうせ平田とは同じ部屋だ。どうなったか聞かれるだろうし、大した手間でもない。

 話は終わりだと、腕の力を緩めて離れようとしたら、軽井沢の方から抱きついてきた。

 

 おいおい、そんなことされたらTレックスが勝手に動きかねないだろ。

 股を開けって太ももを押し上げていったらどうしてくれるんだ。

 軽く腰を引いて股を開くのを回避。

 

「綾小路くんも……助けてくれる?」

 

 弱みに付け込んで、釘をさしておくか。

 

「できることならな。あんま一之瀬の前で距離が近いのは困るけど」

 

 今はいいけど。今はいいけど。今はいいけど。と堪能だけはしておく。

 

「綾小路くんって、一之瀬さんと付き合ってるの?」

「信じてないのかよ」

 

 オレと一之瀬ほどお似合いのカップルは居ない──と良かったんだが、カップルらしくはないよな。

 そもそもカップルらしいことも下着を送るくらいしかできてないし、明日頑張らなくては。

 

「そっか……私、間違ってたのかも」

「まだ挽回できるだろ」

「ほんとに?」

「その気になれば、どうにかなる。大抵のことはな」

 

 佐倉たちの前で堀北がセックスを所望した時も、綾小路トリケラトプスを松下に見られた時もどうにかなったオレが言うんだから間違いない。

 ましてや、軽井沢は平田のサポート付きなんだからな。

 

 大船に乗ったつもりで答えたから、あとは任せたぞ平田。

 

「……わかった。あんたの言うことを信じる」

 

 よし、軽井沢の説得は完了だ。

 お膳立てを整えたというべきか、平田に全部丸投げしたというべきか、判断に悩みそうだけどな。

 

 最後にもう1度だけ頭を撫でると、軽井沢は離れていった。

 

 

 時間が時間だけに部屋までは送らなかったが、階段を上って女子の階と男子の階の間の踊り場まで送り届けた。

 女子の階に入るのはアウトだが、ここまでならセーフだろう。

 

 思ったよりも遅くなってしまった。

 さっさと部屋に戻って寝よう。

 

 問題を1つ解決したと思えば、許容の範囲内だが、明日のデートを寝不足で迎えるわけにはいかない。

 

 

 

   ◇◇◇

 

 

 

「おかえり、綾小路くん」

 

 自室に戻ってベッドに向かうと、暗闇の中から小声で話しかけられた。

 ベッドサイドのライトを少しだけ明るくする。

 

「起きてたのか」

「放置して眠れないよ」

 

 そりゃそうか。

 

「軽井沢はリカに謝るって。悪いが明日付き添ってやってくれ」

 

 隣り合うベッドで横になりながら、簡単に事情を説明した。 

 

「凄いな。綾小路くんは。僕には絶対に説得できなかったよ」

「そんなことないだろ」

「そんなことあるよ」

 

 尊敬の熱いまなざしで見ないでくれ。

 イケメンにそんな目をされると照れる以外の何かが生じかねない。

 

「……オレはみんなのヒーローを続ける方が凄いと思う」

「そうかな? 恋人一人救えなかったのに」

「だからこそ、だろ」

 

 平田は、誰か一人を贔屓しない。

 恋人であっても平等に対処しようとする。

 オレには絶対に無理だな。今でも櫛田を優先させて堀北をどうするのかで悩んでいるのに。

 どれだけの信念があれば、その域に達することができるのか。

 

「やっぱりすごいね、綾小路くんは。そこまで分かっちゃうんだ」

 

 だからそのキラキラ視線をやめろ。

 ドキドキしちゃうだろ。

 ダメだ、話を続けると超えてはいけない一線を超えそうな気がする。

 

 話を終わらせよう。

 

「明日、軽井沢に付き合うんだろ。もう遅い、寝ようぜ」

「うん、そうだね。寝ようか」

 

 ──話の終わらせ方に失敗したかもしれない。

 

 寝るだけ、寝るだけだから。

 寝ように変な意味無いよな。な。

 

 ベッドサイドのライトを落として完全な暗闇にする。

 これで安全なはずだ。

 

「綾小路くん」

「ひ、平田!?」

 

 しまった。そこで名前を呼び返してどうする。

 唐突に名前を呼ばれてしまって焦ってしまった。

 

 これはアレの流れじゃねえか。

 

 落ち着け。

 平田は、みんなのHERO!であって、みんなとH〇M〇じゃねえよ。

 

 HEROがアッアッー!とH〇M〇になるときがあったとしても、それは今じゃねえ。

 

 あれ? 近頃やりまくってたせいで条件反射で身体が勝手に──

 

「あやのこ──」「おやすみ」

「……お、おやすみ。おやすみだな、ああ。おやすみ平田」

 

 あぶねえ! ただの眠りの挨拶かよ。

 ここまでオレを翻弄するとは、やっぱり平田にはかなわないな。

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