「お尻は痛くないっと」
朝一で確認しないといけないとか、なんて日々だ。
特別試験怖すぎる。
いや、勝手に特別試験を追加してるだけだけど。
どうやら昨日は無事に眠れたらしい。
少し寝坊気味だが、一之瀬との待ち合わせにはまだ時間がある。
「シャワーでも浴びるか」
無人島でも無ければ、普段はまずしない行動だが、デートの日ぐらい身だしなみをしっかり整えたい。
高円寺みたいな行動は非常に癪だが、朝からシャワー室へと向かった。
無人島とは違って誰も居なかったからな、本当だよ。
いるとしたら堀北だよな。男子の部屋のシャワー室を開けたら堀北がいたとか恐怖すぎる。
そんな未来は、来ないで欲しい。
これは、振りじゃないからな。
──第四十二話 船上試験編その10 一之瀬ラプソディ ──
デート自体は、特に触れるものが無かった。
彼女とのデートとしてそれはどうなんだって思わなくもないが、嘘をついても仕方ない。
今回のデートは、ミニシアターでの映画から、船の甲板のカフェ『ブルーオーシャン』でのお茶だった。
映画とか演劇とか、せっかく彼女と2人きりなのに、時間を食われるものはどうなんだって思っていたが、オレ達みたいな恋愛初心者にとっては、悪いものではないらしい。
デートで一番避けないといけないのは、気まずい時間だからだ。
外れ映画でもなければそれは避けることが出来るし、映画を見終わった後で、その映画について盛り上がることで、会話も上手く行くという二段構えだ。
無人島で山内が佐倉にやっていた奴の応用だな。
山内の応用って考えるだけで、ダメな案のように思えるのは、なんでだろう。
正直、映画自体は可もなく不可もなくのSF映画だったが、要素の一部に過ぎない軽い恋愛シーンに動揺する一之瀬が可愛かったので満足だ。
別に18禁止的なものじゃないぞ。熱い抱擁とキス程度のものだ。
伏線とか考察とか、一之瀬の着眼点が鋭く面白かったのもあって、会話は作戦通りに盛り上がることが出来た。
なかなか良いデートプランだったと言える。
ただデートプランの難しさは、同じ相手には同じプランを避けた方がいいということだ。
伝説の木のなんたらによれば、同じ場所を続けたら好感度が下がるのがデートというものらしい。
学園という特殊な環境で娯楽施設が限られる都合上、許容範囲は自然と広くなると思いたいが、デートを重ねるごとに難しくなっていくのは避けられないのかもしれない。
このあたりは、平田や軽井沢から聞いたり、櫛田あたりに相談してみるしかないか。
櫛田からは、良い感じのデートスポットと同時に嫌味も大量に貰いそうだけど。
うん、やっぱり櫛田は手放せない。だとしたら切るのは堀北か。
デートプランで堀北は戦力になりようがないだろうからな。
デートプランを相談したら、夜中に首輪を渡されて全裸で散歩に連れて行って欲しいとか言い出しかねない。
一之瀬がめちゃくちゃ赤面しながら散歩してくれたら最高だが、普通に引かれて終わるプランだ。
いや、恋愛方面で役立たずだから退学とか流石に無いか。
この分野での評価は、採点の対象外にしておこう。
よかったな、堀北。優しいご主人様で。
というので、ボチボチ本題に入るか。
デートが本題になれなかったのは非常に残念だが、特別試験中だから仕方ないだろう。
DクラスとBクラスの同盟へと話を持っていかなければ。
「一之瀬、もう少し付き合って欲しいんだがいいか?」
「時間は大丈夫だよ」
「良かった。
とりあえず時間は大丈夫らしい。
早めにデートを切りあげた甲斐があるってもんよ。
「だ、大事な話って」
「ここじゃあれだから場所を変えよう」
誰に聞かれているか分からない場所で話すわけには行かない。
「ま、待って、それって私たちの今後に関わる話かな? 関係を深めるみたいな」
BクラスとDクラスの
具体的な話に入る前に、これから話したい内容が伝わったようだ。
流石は一之瀬。察しが早くて助かるな。
「そうだ。一之瀬の考えた通りだ。行こう。ここだと出来ない」
「で、出来ないって……えっと、どこでするの?」
「大丈夫、部屋はこっちで用意したから」
「へ、部屋?」
「無理言って出ていってもらったから邪魔は入らない。何も問題は無い」
どうせ話し合いには堀北も参加するしってので、部屋は堀北部屋を用意していた。
話し合いに参加しない長谷部や佐倉は2人で遊んでもらっている。
健全な遊びだぞ。たぶん。
「そ、それはまだ早くないかな?」
同盟がまだ早いか。試験はまだ1日残っている。
話し合いなら2回だ。1回目の話し合いが終わってからでも、遅くはないって言われると否定しづらい。
「いや、もう良い頃合いだと思う」
だが、ここは引けない。
Cクラスと手を組むクラスが出てきて、優待者ルールを特定されたら手遅れだ。
それを抜きにしても、いつ裏切るのかはともかく、法則性を探す時間を確保したい。
明日の1回目の話し合いが終わった後で、同盟を結んで優待者情報を共有しました。
でも、時間内にルールを特定できませんでした。だと何の意味もなくなるからな。
「で、でもね、綾小路くん」
「一之瀬は
「そ、それは……まだよく分からないというか、焦る必要ないって言うか」
Bクラスは思ったよりも余裕があるんだろうか。
BクラスもCクラスと揉めたって言っていたし、龍園と組むクラスなんか無いって判断しているのかもしれない。
手持ちの情報量の差か。
そこを埋める必要があるな。
「これはオレの推測でしかないが。無人島で
「え? 龍園くんと葛城くんが!?」
やはり一之瀬は気付いていなかったのか。
大きなリアクションが返ってきたので、慌てて落ち着くようにジェスチャーで促す。
Dクラスは、森重くんがやらかしてくれて-50ポイント食らっていることを知っていたから、Aクラスの残したポイントのおかしさからAクラスとCクラスの同盟に気づけたが、その情報が無ければ、答えまではたどり着けなくてもおかしくはない。
一之瀬は片手をあげて、ごめん、と謝ったがまだ納得いっていないようだ。
「とりあえず場所を移そう」
「そ、そうだね……」
一之瀬の大声で嫌でも目立ってしまったので、ここからは歩きながら話すことにした。
甲板から船内と歩いていく。
他の生徒もちらほらいるので、聞かれてもいいように、会話の内容には気をつけないとだな。
「詳細はここでは話せないが、まず間違いないと思う」
「そっか……葛城くんと龍園くんってそういう関係なんだね。でもそれって大丈夫なの?」
よほど龍園のことが信用できないんだろう。一之瀬は同盟の成果を心配している。
「それである程度上手くいったみたいだ」
無人島試験での結果は、Aクラスはそれなりに結果を残し、Cクラスも何らかの恩恵があったと予想される。
痛み分けとはいえ、Aクラスが4クラスの中でトップだったことは事実だ。
「つまり今回も龍園と葛城が繋がってもおかしくはない」
「つ、繋がってもおかしくはない……」
考えをまとめているのか、一之瀬の足が止まり、オレも合わせて足を止める。
無人島試験でAクラスが結果を出せなかったら、龍園とは手を組まないだろうが、失敗とまでは言えない結果に終わった。
それならば、今回もAクラスとCクラスが同盟を結んで試験に挑む可能性は残っただろう。
「このまま龍園と葛城を放置したら手遅れになりかねない」
「それはもう手遅れなんじゃないかな」
「オレ達が先行すれば間に合うはずだ」
再び歩き出した。会話を続けるために、誰と一緒になるのか分からないエレベーターを避けて階段を選ぶ。
時間的猶予がどれだけあるのかは分からないが、慎重派の葛城ならギリギリまで見極めようとするだろう。
予想としては明日の昼までがリミットだ。午後の試験は実施されるのかどうかが怪しい。
「それって、龍園くんと葛城くんに私たちが対抗するってことだよね」
「そういうことだ」
AクラスとCクラスが組むのなら、BクラスとDクラスが組まなければならない。
「……放置してもいいんじゃないかな」
「放置はまずいと思うが」
「ちょっと信じられないって言うか。綾小路くんの言うことを疑ってるわけじゃないんだけどね」
「表立った証拠は無いからな」
「表立ってたらもっと慌ててるよ」
AクラスとCクラスの同盟は、裏で結ばれたものだ。
森重の話を聞いてもらえれば、説得力が増すが、そういう深い話は堀北部屋に入ってからの方がいいだろう。
「綾小路くんは、葛城くんと龍園くんを止めたいの?」
「いや、止めるのは無理だろ。そんな権限があるわけでもないし」
「倫理的にどうなのかな?」
クラス対抗の試験で、別のクラスと結託する。
あまり褒められたものではないのかもしれないが、有りだろう。
「別にルールに接触するものではないはずだ。教師に確認してもいい」
「そ、それはやめておいてあげようよ。葛城くん達が真剣だったら申し訳ないし」
「真剣だったらって、本気じゃないと出来ないだろ」
「そ、それもそっか……」
冗談で同盟なんてされたらたまったもんじゃない。
どうにも一之瀬が煮え切れない感じだな。
クラス同士が手を組むような戦い方には、否定的なのかもしれない。
それで済めば楽だが、そうはいかなくなってるからややこしい。
「一之瀬はあまり乗り気じゃないのか?」
「絶対に嫌って思ってるわけじゃないけど……もう少し大事にしたいっていうか」
「性急になってしまったのは、悪いと思っている。もう少し前から相談しようとは思っていたんだ」
「前から思ってたんだ……」
「ただ、デートの前に言い出すのもなって」
「それはそうだよ。言われてたらデートどころじゃなくなってたもん」
やっぱそうだよな。
デートを楽しむには特別試験に関する話は、後回しにするしかなかった。
それでこのタイミングになってしまったわけで、他意は無い。
Tレックスで忙しかったとかはおまけだ。
そろそろ階段が終わる。堀北の部屋はすぐそこだ。
「簡単に決められることじゃないだろうし、無理にとは言わない」
「……私が断ったら?」
階段側から4階の廊下へと出る前に、最後の確認だった。
最後の踊り場で足を止める。
Bクラスに断られることは想定してなかったが、断られたらどうするか。
何もしないというのは却下だ。このまま放置して負けるわけにはいかないからな。
となるとどちらと組むのかって話だ。
「そうだな。
「葛城くんを!?」
「一之瀬、声が大きい」
「ご、ごめん」
そんなに驚くような答えだっただろうか。
「綾小路くんはそれでいいの?」
「ここまで来たら覚悟を決めるしかない」
「で、でも、葛城くんは龍園くんとじゃないの?」
そう。それが絡むと面倒になる。
龍園とは組みたくない。葛城とだけ組めればいいが、葛城は慎重派だ。
万全を期して、3クラスで同盟を結ぶことを提案しかねない。
「最悪、
「一緒に!? それは本当に最悪だよ」
「一之瀬からしたら地獄絵図かもな」
「ちょっと想像したくもないかも……綾小路くんってやっぱり」
Aクラス、Cクラス、Dクラスが組めば、一人負けになるのはBクラスだ。
一之瀬からしたらこれだけは絶対に避けなければならない未来だろう。
となると選択肢は限られるはずだ。
「というわけで、オレもそれは避けたい。だから部屋で詳細を聞いてくれると助かるんだが」
「詳細ってこれ以上話すことあるのかな?」
「条件を詰めないと」
「じょ、条件ってなにかな?」
優待者情報を共有するだけなのか、法則性を見つけるところまで一緒にやるのか。
後者の場合、法則性が見つかったらAクラスとCクラスの優待者をどうするのか割り振る必要がある。
また見つからなかったとしても、互いの優待者をどう処理するのかは、詰めないとどうしようもない。
「ポイントのやり取りとか」
「ポイントのやり取り!?」
「一之瀬、声」
「ごめん」
例えば、優待者を守るために互いに優待者を当て合うとかだ。
その場合、優待者はプライベートポイントを貰えなくなる。その分の補てんを各クラスでするのか、当てた側が補てんするのか、相談しなければならないことは色々ある。
「あ、綾小路くんは、ポイントでそういうことするの?」
「ポイントを払わなくて済むに越したことは無いが、必要ならな」
「必要なら払うんだ」
ポイントのやり取りとか煩わしいものがないように処理できるなら処理したい。
統制の取れているBクラスと違って、Dクラスは生徒間でポイントをやりとりするのが手間になりそうだしな。
「って、えええ。私が断ったら葛城くんとか龍園くんとかとポイントを条件にしてするの?」
「だから一之瀬、声」
「するの?」
2回目は多少声を潜めたが、答えないと先に進めないらしい。
「当たり前だろ。特に龍園とはポイント抜きだと話が進まないと思う」
「それは大問題だと思うな」
「だから出来れば避けたい。とりあえず、話を聞くだけでいいから部屋に来てほしい。あまりここで話すのもまずい」
小声で話せているうちはいいが、一之瀬の大声がどう影響するか。
注目を集める前に部屋に入りたい。
「話を聞くだけでも良いんだよね?」
「もちろんだ」
「無理やりしない?」
「無理にできるもんでもないだろ」
無理に同盟してもらっても、裏切られたら終わりだ。
「信じていいんだよね」
「もちろん。恋人相手に嘘はつかない」
一之瀬の目を見て答える。
嘘はつかないって言いきったけど、Tレックス関連で色々と誤魔化してきたような気がしないでもないけどな。
それはそれ、これはこれだ。そういうことでいこう。
じっと見つめていると、一之瀬は一度目を逸らし、うーんと唸った後で、ポッと顔を赤くして、ぶんぶんと顔を横へ振った。
頭の中で二転三転してるらしい。
最後に、両手で2回頬を叩く。
「分かった。うん、いこっか」
どうやら覚悟が決まったようだ。
「行くぞ」
「うん」
階段から4階に出て、すぐ近くの堀北たちの部屋へと入る。
「遅かったわね」
「って、堀北さん!?」
出迎えた堀北の登場に、一之瀬は驚いていた。
別に今日の堀北はしっかりと服を着ていて、おかしなところはないぞ。
服を着ているのかどうかを心配しないといけない時点でおかしいことだけど。
「綾小路くん。どうして堀北さんが?」
「ここは堀北たちの部屋だからな。それに堀北が居た方がいいだろ」
一応、Dクラスのリーダーといえるのは堀北か平田だ。
平田は軽井沢当番で忙しいから、全権委任で堀北の決定がDクラスの決定になる。
オレと一之瀬で話すよりは、堀北と話してもらった方が話は早い。
「え?え? 堀北さんが居た方がいい。3人でってこと?」
「そうだな。堀北も交えて3人でだ」
「3人……いきなり3人」
一之瀬の動揺が凄い。ぶつぶつと何度もつぶやいている。
一之瀬なら大丈夫だろって特に考えてなかったが、BクラスとDクラスが話し合うのに3人はまずかったかもしれない。
2対1だとプレッシャーになって、話は進まないか。
「一之瀬があれだったら神崎を呼んでも全然構わないぞ」
「神崎くんを呼ぶの!?」
「その方がバランスが取れるだろ」
神崎が来れば、BクラスとDクラスが2対2だ。プレッシャーは消えるはずだ。
「確かに、2対2でバランスは取れてるのかもだけど、ほ、堀北さんはそれでいいの?」
「別に構わないわ」
「いいんだ!? で、でも、私はちょっとそれはちょっとどうかなって」
一之瀬は嫌がっている。ちょっとを2回挟むほどの動揺っぷりだ。
神崎というのがまずかっただろうか。
Bクラスの副リーダーといえば神崎だと思ったとかがあるのかもしれない。
「神崎とは仲が悪いのか?」
「そうじゃないよ。そうじゃないんだけど」
神崎は嫌とか言いにくいか。助け船を出してやろう。
「別に神崎じゃなくても誰でもいいぞ」
「だ、誰でもいいの!? えーっと、でもそんな急に言われても困るっていうか……」
「一之瀬さんが呼ばないのなら、3人で始めましょう」
「3人で始めるの!?」
やはり3人だとプレッシャーになっているのか。
だが、堀北さんはそんなことはお構いなしに話しを進めていった。
「時間が勿体ないわ。AクラスとCクラスに先を越されるかもしれない」
「ま、待って」
一之瀬は手をパタパタと振って堀北を止めようと抵抗するが、我が道を貫く堀北は待たない。
「負けるわけにはいかないもの。一之瀬さん。BクラスとDクラスで同盟を結びましょう」
「呼ぶから、人を呼ぶからって同盟?」
「そうよ。特別試験に勝つために、同盟を申し込むわ」
堀北の申し出に、一之瀬の抵抗はぱたりと止まった。
「えぇっと……」
一之瀬が返答に詰まっている。
最初にオレの顔を見てきたので、うむ、と頷く。
次に堀北の顔を見たので、堀北も同じように頷いた。
同盟の申し込みに対する一之瀬の回答は。
「とりあえず、神崎くん、呼んでもいい?」
「いいわ」
「もちろん」
思ったよりも冷静なものだった。
一之瀬に睨まれたが素知らぬ顔をしておこう。
オレは恋人相手に嘘をつかない男だ。嘘はついていない。ややこしい言い回しを頑張っただけだ。
うん、からかい過ぎたよな、すまん。
『龍園と葛城が出来ていた』辺りから一之瀬の勘違いを狙っていたけど、思ったよりも一之瀬のリアクションが面白過ぎて、結局最後まで続けてしまったぜ。
ところで、一之瀬さんや。
慌てながらも、オレと葛城や龍園がそういう関係になることをちょっとだけ納得してなかったか?
『綾小路くんってやっぱり』の後に何が続くのか、非常に気になるんだが。
ダメだ。これ以上考えるのは、やめておこう。
確認するのは危険すぎる。忘れるべきだ。忘れよう。