学校側の用意した船上試験は終わった。
地下4階の立ち入り禁止区域で、結果発表のメールを受け取る。
結果に対する考察は後回しだな。
今、向き合わなければならないのは、目の前にいる櫛田だ。
ここからが本当の船上試験と言えるのかもしれない。
配電盤室などが設置されたエリアは、上の階に比べると人の気配が無く静かだ。
鈍く低い機械音だけが響いている。
「それで答えは出たのかな? 綾小路くん」
「正直、まだ悩んでいる」
櫛田の求めている答えとは、以前のお願いに対するものだ。
堀北を退学にさせたいから手伝って欲しい。
これが櫛田以外の誰かが提案してきたものなら、即座に却下して切り捨てるような提案だが、提案してきた相手が櫛田だからこそ、悩むことになる。
櫛田とは、櫛田の本性を黙っておくのと引き換えに、身体の関係を持つという契約を結んでいる。
最初はただの契約だったが、今は契約の枠を超えたパートナー、一種の共犯者のような関係だ。
誰かを退学にさせる。冗談で出来るような軽い提案ではない。
直接言われたわけではないが、櫛田を取るのか堀北を取るのか、そんな選択を迫るようなものだろう。
船上試験というより、戦場試験って言いたくなるような試験だな。
この試験でオレの中の優待者は、間違いなく櫛田だ。
この試験の結末は2つ。
結果1、優待者を優先させて、堀北を退学させる。この場合は、櫛田との関係は継続されるが、堀北は退学になる。恐らく堀北の退学によりクラスポイントがマイナス等のペナルティーを受ける。
結果2、裏切り者になり、優待者を裏切って堀北を退学させない。この場合は、櫛田との関係が切れるが、堀北は残る。
どちらを選んでもデメリットが大きい。マイナスになることはあっても、プラスにはならない試験だ。
「時間はあったと思うんだけど」
「時間はあったが情報が足りていない。疑問だらけだ。簡単に決められるような話じゃないだろ」
「ふーん……ま、いいけどね。情報が足りないって言うなら質問に答えてあげるよ」
「何でもいいのか?」
「質問自体は何でもいいよ。ただし受け付ける質問は3つだけ。それと答えたくない質問には答えないから」
「厳しいな」
「本当は無条件で協力して欲しいぐらいだよ。綾小路くんとは、それだけの関係を築けたつもりだったんだけど、私だけだったのかな?」
「……手放したくないパートナーだとは思っている」
条件は厳しいが、猶予は貰えたようだ。
それにしてもきついな。
答えたくない質問には答えない、か。
あまり直接的な質問をするなということだろう。
だからといって3つと限られる中で抽象的過ぎると、たいした情報は手に入らない。
質問する側のセンスが問われる試験だ。
初手として何を聞くべきか。
色々考えた結果の質問はこれだ。
「なあ、おまえと堀北が仲が悪い原因はどっちにあるんだ?」
「……流石綾小路くん。鋭いところをついてくるね」
「結論を決めるには必要なところだろ」
「答えないとは思わなかった?」
「少しは思ったが、この質問ですら無理なら、選択肢を絞れないぞ」
「それもそっか。……じゃあ、答えるね。私だよ」
「…………」
仲が悪いと遠回しに聞いたが、聞きたかったことはそれではない。
聞きたかったのは、堀北を退学にさせたい理由がどちらにあるのかだ。
櫛田に原因があるらしい。
まあ、これは予想通りの答えだ。9割ぐらいそうじゃないかと思っていた。
今でこそ狂犬として目覚めた堀北だが、オレのペットになる前は女版高円寺は言い過ぎだが、他人のことをほとんど意識しない女でしかなかったはずだ。
それがイラっとすることもあったと思うが、退学して欲しいと思うほどのヘイトを集める程ではない。
櫛田は、お高く止まりやがってとブチ切れていたが、せいぜいそれ止まりだろう。
それ以上の堀北に対する恨みを持つとすれば、それは恨みを持つ側の問題だ。
しかし、予想通りとはいえ、こうなると選択肢が悩ましくなる。
堀北に問題があり、堀北に責任があるのなら、最悪として堀北が退学することも選択肢として有りえた。
だが、問題があるのが櫛田だったら、櫛田の問題で堀北を退学という選択肢は選びにくい。
櫛田を裏切れないし、堀北を退学にもさせづらい。八方ふさがりって状況に陥っている。
そして、堀北が理由だったらその理由を聞きだすこともできたと思うが、その理由が櫛田にあるのなら、その理由を教えてはくれないだろう。櫛田にとっては、簡単には知られたくないことのはずだ。
少なくともある程度追い込まなければ、直接聞いても質問の回数を無駄にするだけだ。
つまり、次の質問で何をするべきかが難しくなった。
さて、どうすっかな。
櫛田が堀北を退学にさせたい理由に、直接は迫らないものの間接的に答えを絞り込み、かつ、櫛田を追い込むような質問が求められる。
「質問だ。堀北は、櫛田が堀北の事を嫌っている理由を知っているのか?」
理由は不明だが、仲が悪い原因は櫛田だ。
それに対して堀北が関わっているのかどうか。関わっているのなら、自覚しているかどうかは別にして、堀北は知っていることになるはずだ。
堀北が知らないのならば、堀北は本人とは関係のないところで、嫌われていることになる。
「うーん、その質問には答えられないかな」
「……そうか」
「あ、答えたくない質問じゃないから。ノーカンでいいよ」
「いいのか? 優しいな」
「うんうん、優しいよね私。綾小路くんだから特別に、だよ」
櫛田の声が明るいのは、どう受け止めれば良いんだろうか。
天使モードなのが逆に怖い。じわじわと追い込まれている気がしてならない。
とはいえ質問の消費無しで、情報が手に入ったのは、ありがたいことだ。
答えたくない質問ではなく、答えられない質問らしい。
ということは、堀北が理由を知っているのかどうか、櫛田は判断がついていないということだ。
知っているのかもしれないし、知らないのかもしれない。
ここで過去を思い返してみよう。
オレと櫛田の契約が、なぜ成立したのかだ。
櫛田は、みんなから愛される完璧な美少女だ。オレはその櫛田の裏の顔を知った。
櫛田は強引に胸を掴ませて、触ったことを黙っているから誰にも言うなと脅迫してきた。
それに対して、裏の顔をバラされたくない櫛田と、レイプ犯に仕立て上げられるオレとでデメリットが釣り合っていないから、お互いにメリットがある関係を結ぼうという流れで、契約が決まった。
櫛田にとっては裏の顔をばらされたくないというのは、絶対だったはずだ。
それは、相手をレイプ犯に仕立て上げてでも、純潔を捧げてまでも守らなければならないものだ。
レイプ犯に仕立て上げられれば、恐らく退学となるはずだ。
オレの時は脅しで済んだが、今の堀北と同じ状況に陥っていたといえる。
櫛田の裏の顔を堀北が知るわけが無い。そう思って最初から退学にさせたい理由としての選択肢からは外していた。
特に今の堀北は、最初に櫛田を信じてみようとしているぐらいだしな。結局、なぜか佐藤とかと先に友達になっていたけど。
だが、今の櫛田の返答を考えると、話は変わってくる。
櫛田は、堀北に退学までさせたい理由を知られているかもしれないと思っているが、その確証は持っていないらしい。
言い換えるなら、櫛田は堀北が櫛田の秘密を知る機会があったと考えている。
知る機会があるかどうかと、実際のその機会を行使するかどうかは話は別だ。
堀北が行使していなければ、櫛田の秘密を知らない。
ということは、堀北は実際には櫛田の秘密を知らなくても、知っているかもしれないということを理由にして、櫛田から退学にさせたいほど恨まれているというのは、成立することができる。
裏の顔を知ったオレは、脅しで終わった。
実際に退学までさせる気があったのかどうかは、今となっては分からない。
が、退学にさせたいとはっきりターゲットにされてはいない。
それに対して堀北は、知っているかもしれないだけで退学のターゲットになっている。
この差がどこから来るのか。
堀北が知る機会があった情報は、オレが知る以上のものだったらどうだろうか。
オレが知った裏の顔なんて、一端に過ぎない。
櫛田にはもっと深い、誰にも知られたくない部分を抱えていたとしたら。
すべて推測に過ぎないが、他の答えが浮かばない以上、正解だと思う。
今の推測を質問しても、答えは返ってこないだろう。
推測が正しければ、櫛田が答えた時点で、櫛田の本当の秘密を知ったオレも退学のターゲットに入らなければおかしくなる。答えるわけが無い。
危険すぎるか、この話題からは外した方が良いだろう。
「質問がないのなら、終わりにしたいんだけど」
「すまん、待たせた。質問だ。櫛田は堀北が退学になってもDクラスがAクラスを目指せると思っているのか?」
「うーん。堀北さんが居なくなったら厳しいんじゃないかな」
「そこは見えてるんだな」
「私の武器だしね」
1年の中で一番情報通なのは、目の前の生徒で間違いないだろう。
櫛田のコミュニケーション能力の高さは、そのまま情報収集能力の高さに繋がっている。
つまり、各クラスの戦力を一番把握しているのは櫛田だ。
堀北は性格に難があるが、平田と並ぶDクラスのエース。居なくなった時のダメージは計り知れない。
「それでも退学にさせたいと」
「そうだね。悪いけどそれは譲れないことだから。Aクラスに上がることよりも、そっちの方が大事。あ、でも勘違いしないでね。私もクラスの皆と一丸となってAクラスを目指すつもりだよ。その中に堀北さんは入っていないってだけで」
「オレも皆でAクラスを目指すことにした」
「その中に堀北さんは入っているんだよね?」
「それは、最後の質問の後だな」
実際に堀北が居なくなっても、Aクラスを目指せるのかどうか。
今後の試験次第なところがあるが、厳しいと言わざるを得ないか。
どうしていなくなるのが山内じゃないんだ。山内だったら悩まずに切り捨てて終わるのに。
Aクラスを目指すことよりも、堀北が居なくなることの方が大事とまで言われたら、お手上げに近いな。
というか、終わったんじゃないか。
オレは櫛田を手放すつもりは無い。
櫛田を手放さないためには、堀北を退学に追い込む必要がある。
そして、櫛田を手放さない=学園に残るためには、茶柱との契約でAクラスに上がる必要がある。
Aクラスに上がるには堀北の存在が必要だ。
Aクラスに上がるために堀北を残せば、櫛田を手放すことになる。
櫛田を手放さないために堀北を切れば、Aクラスに上がれず茶柱の手で退学になり、櫛田から離れることになる。
堀北を切った方が先延ばしに出来る、ぐらいだな。
先延ばし──先延ばしか。嫌な言葉だな。
最後の質問は、それにしようか。
「最後の質問だ。堀北を退学にさせれば、櫛田の問題は完全に解決するのか?」
「とりあえずは、解決すると思うよ」
「とりあえず?」
「私が退学させる条件に該当する生徒が、二度と出てこないとは約束できない」
「その度に切り捨てか……キリがないな」
「それが私のミスが原因なら綾小路くんには頼まないよ。それは約束する」
「サービスがいいな」
「でしょ。だから堀北さんを退学させるのを手伝ってよ」
堀北を切ることは、櫛田と離れることの先延ばしだけではなく、櫛田の問題解決への先延ばしにしかならない可能性があるのか。
そして、
オレが櫛田の秘密を知ったのは、櫛田のミスが原因だったといえるだろう。
ということは、それ以外の方法で櫛田の秘密を知る生徒が現れる可能性があるということだ。
櫛田の表向きの偽装は完璧に近い。櫛田のミス以外で見破ることは不可能だろう。
櫛田のミスが原因なら頼まないといっている以上、堀北は櫛田のミスが原因ではないことが分かる。
これに加えて、堀北には秘密を知る機会があったという情報を組み合わせれば、堀北と櫛田の関係が見えてくる。
堀北と櫛田は、高校とは関係のない場所でなんらかの接点があったのだろう。
堀北が櫛田のことを認識したのは高校からのはずなので、同じ学校に居たとかその程度のものだ。
それが小学校か中学校なのか、もしくは課外活動なのかの詳細は分からない。
確かなのは、櫛田はそのコミュニティーの中では、裏の顔を知られるような状態だったことだ。
これなら、同じコミュニティーに居た堀北に知られていてもおかしくはない。
よって、堀北を追い出せば、とりあえず櫛田の問題は解決する。
堀北だけを名指しで指定している以上、櫛田が把握しているのは堀北だけだろう。
だが、来年や再来年はどうなる。
櫛田の知名度がどの程度のものだったのか。下の学年にも知られるような状態だったのなら、来年再来年に櫛田の裏の顔を知る生徒が入ってくる可能性は残る。
そうなった場合には、櫛田のミスではないので、手伝いに駆り出されるというわけか。
オーケー。櫛田を取り巻く状況は理解できた。
あとは結論を出すだけだ。
情報を整理しよう。
櫛田が堀北を退学にさせたい理由に、堀北は関係ない。
堀北は櫛田のタブーを知ったかもしれないというだけで、退学にしたい対象だ。
堀北が消えれば一時的に安全だが、今後同じような生徒が出てこないとは限らない。
うん、あれだな。
「結論は出た。櫛田……」
「…………」
これから示す一言がオレと櫛田の関係を大きく変化させるものになる。
ゆっくりと深呼吸しながら、心の中で5秒数えて落ち着かせる。
緊張はしていない。大丈夫だ。
オレは大きく息を吸い込み、結論を叫んだ。
「子供かっ」
「なっ!?」
オレの渾身の叫びが地下4階に響くのだった。