10月2日は2話分更新しています。
前の話が飛んでいる可能性がありますので、ご注意をお願いします。
「子供かっ」
「なっ!?」
櫛田が目を見開く。
「オレの悩んだ3日間を返せ」
「綾小路くん、何を言ってるのか分かってるの?」
「むしろお前の方こそ何を言ってるのか分かってるのか」
「裏切るつもり?」
「裏切り? 契約は、櫛田のことを黙っている。それを破るつもりはないから裏切りじゃない」
「契約の話じゃない。私を絶対に手放さないって言ったくせに」
「手放すつもりもない」
「だったら、堀北さんを退学にさせてよ」
「子供かっ」
「また言った!?」
何度だって言うしかない。
数日前のことが脳裏に浮かぶ。
軽井沢と平田だ。
櫛田には過去の経験から譲れないものがある。
軽井沢にも過去の経験から譲れないものがあった。
軽井沢は今の立場を守るために、軽井沢側に問題があったにも関わらず、平田を頼ろうとして断られて荒れた。
今の櫛田は、その軽井沢と同じレベルだ。
あの時はオレが間に入って軽井沢を正したが、今回はオレが平田役と正す役の一人二役をこなすしかない。
あの時の平田と同じように、オレも櫛田の味方であることを変えるつもりはない。
が、問題があるのが櫛田ならば、櫛田の望むように助けるわけにはいかない。
櫛田に変わってもらうしかない。
軽井沢は最終的に折れたが、櫛田はどうだろうか。
抱えているものが異なるので単純な比較はできないが、櫛田が軽井沢以下だとは思いたくないな。
櫛田はそこまで子供じゃないと信じたい。
「堀北に責任があるって言うなら、いくらでも協力した。そうじゃないなら出来ない」
「私が悪いっていうの?」
「悪いとまでは言うつもりはない。櫛田の事情を完全に理解しているわけじゃないからな。ただ、はっきり言えるのは、堀北は悪くないだろ」
「そんな話聞きたくない」
「聞けよ。オレはおまえの我が儘にまで付き合うつもりはない」
「我が儘? 私が簡単にこんなことを頼んだと思ってるの?」
「簡単かどうかは関係ない。おまえのお願いは、ただの我が儘だ」
パシッ。乾いた音と共に頬に痛みが走った。
櫛田が強く睨みつけてくる。
避けようと思えば避けるのは簡単だが、避けない方が効果的だという判断だ。
余談だが、親父にぶたれたことはある。
「今度は暴力か? やっぱり子供だな」
「うるさい、うるさい、うるさい……」
「櫛田。このままだとお前、負け犬だぞ」
「うるさいってば。許さない、絶対に許さないから」
「許さないって何をだ? お前の我が儘に付き合わなかったことか?」
「黙れ」
二度目の衝撃が頬を襲う。
普段偽装して押さえている反動か、沸点が低いな。
この辺も子供なのかもしれない。
「ばらしてやる、胸を触られたことをばらしてやるから」
「子供かっ」
「はぁ!?」
「高校生にもなって胸を触ったとか触らないとか、笑われるのがオチだ。堀北なら鼻で笑うぞ」
そっちが負け犬櫛田なら、こっちは狂犬堀北カードを切らせてもらおう。
今の堀北なら『そう、それがどうかしたの? 私は彼とセックスしたわ』とか言い出すぞ。
胸を触った触らないで、男子から卑猥な声は上がっても非難の声は上がらないだろう。
非難されるとしたら女子だ。
クラスの女子は20人。少なくともそのうちの5人、堀北、佐倉、佐藤、長谷部、松下は今更胸を触られたと櫛田が訴えても、動じることはない。
そんなクラスを作り上げた犯人はオレだが、改めて考えたらどんなクラスだよ、Dクラス。
いや、レイプ犯は、普通に許されないだろうけど。
今のオレと櫛田ならクラス内での信用勝負でもいい勝負になるんじゃないだろうか。試す勇気はないけどな。
「絶対に許さないから」
「だから、何をだ」
「私を裏切ったことをって言ってるでしょ」
「オレは裏切ったつもりはない」
「嘘つき。なんで裏切るんだよ、分かり合えたと思ってたのに、なんで、なんでなのよ」
三度目。
そろそろ止めるか。
オレは堀北じゃないので、叩かれて喜ぶようなことはない。
頬を叩いた櫛田の手を捕まえる。
凄い形相で睨まれているが、構うもんか。
「なあ、櫛田……」
「…………」
「お前が好きだ」
「……そんな言葉で誤魔化されるとでも思ってるわけ」
「誤魔化しじゃない。オレの一番はお前だ。それじゃあダメか?」
「は? 意味分からないし」
「オレは櫛田の事情を知らない。櫛田じゃないし完全に理解することなんかできない。何が櫛田をそこまで追いつめているのなんか、分かりようがない。同じ立場になったら同じことをしたかもしれない。こればっかりは何とも言えない」
「…………」
「櫛田が何をそこまで恐れているのか。力になれるのならなってやりたいと思う。だからこそ、堀北を退学にすることは出来ない」
「なんでよ」
「堀北を退学にして解決するのなら、堀北には悪いが退学してもらったかもしれない。だが、そうじゃないのならダメだ。一時的な安心を得られたとしても、それが本当に櫛田のためになるとは思えない」
「私がそれが欲しいって言ってるんだけど」
「楽な方に逃げるな」
「なっ!? 逃げてない、戦ってる」
「それが戦いだとしたら、負けてるだけだな」
「私は負けてない。絶対に堀北さんを退学にさせる」
「例え堀北を退学にさせたとしても、櫛田は勝てていない。問題から逃げて解決した気になっているだけだ」
「もし逃げだったとしても、逃げて何が悪いの。耐えられないんだよ、堀北さんがいることに」
「我慢しろ」
「我慢できるんだったらこんなことになっていない」
「それでも我慢しろよ。櫛田ならできるだろ」
「勝手なこと言わないで」
櫛田は残った左手で、オレの胸倉を掴み上げてきた。
拳一つ分の距離を残して顔同士が正対する。
鞭を与えるのはここまでだな。これ以上は逆効果だ。
追い込み過ぎるとどういう行動に走るのかが分からない。櫛田のプライドは十分崩せたはずだ。
「1人で我慢できないなら、オレを頼れ」
「は?」
「オレにぶつけたらいい。櫛田がどうしても我慢できなくなったら全部オレにぶつけろよ。こうやって受け止めてやるぐらいならできるから」
「綾小路くんにぶつけたぐらいでおさまると思ってるの?」
「1人で抱え込むよりはマシだろ」
「…………」
「なあ、櫛田。ずっと逃げ続けるつもりか? それが無理だってことぐらい櫛田なら分かるだろ。譲れないものと向き合うのはシンドイと思う。それでも向き合わないとダメなんじゃないか」
「…………」
「何度も言うが、オレにとっての1番はお前だ。もっとオレに甘えて欲しい。オレは櫛田を裏切ったりはしない。それだけは約束する。櫛田を絶対に手放す気ないから」
だから負け犬になんかなるなよ。
最後の言葉だけは飲み込んだ。
掴みっぱなしだった櫛田の右手を離す。
そのまま櫛田の両肩を捕まえた。手放すつもりはない。その言葉通りに、強く肩を掴む。
櫛田は自由になった右手を一度振り上げる。
「……ッ!」
「…………」
櫛田から目を逸らさないまま身構えたが、右手は振り上げられたまま止まって4発目は来なかった。
ゆっくりと力なく右腕が下りる。
右腕に合わせるように、櫛田の表情から険が落ちた。
「1人ではできなくても2人ならできることがあるんだよね?」
「その言葉に嘘はないってことを証明してみせる」
櫛田1人なら我慢できなくても、オレと一緒ならできるはずだ。
残る学園生活でそのことを証明するのが、櫛田との新しい契約だな。
「本当に……私がイライラしてくれたら優しく受け止めてくれる?」
これは櫛田からの振りだろうか。
だったら乗っかるしかないな。
「オレで良ければ喜んで」
「……なにそれ。綾小路くんじゃよくないけどね」
「この2ヶ月オレ頑張ったと思うんだ。もう少し評価してくれても」
「綾小路くんじゃよくないけどね」
「オレは櫛田がいい」
「子供かっ」
「立場逆転!?」
「あはは」
このノリが出てきたから大丈夫か。
最後の船上試験。
結果1も結果2も回避して結果3、優待者の櫛田を裏切らずに、全員が得をする未来を手にすることが出来たんじゃないだろうか。
「ねえ、綾小路くん。最後に1つだけ聞いていい?」
と思いきや、最後の質問が現れた。そう簡単には終わってくれないらしい。
「なんだ?」
「竜グループの結果についてどう思った?」
竜グループは、櫛田が優待者だったグループだ。
結果は、Cクラスによる裏切り成功により終わった。Bクラスが裏切りに失敗する予定だったのが、龍園に出し抜かれた形だ。
「オレのミスだったと思う。兎グループの結果に拘りすぎた。櫛田には悪いことしたな」
一斉に裏切るという予定を、兎グループで他のクラスを裏切らせることに動いたことによって、龍園が竜グループで裏切る余地を作ってしまった。
完全にオレのミスだったと言えるだろう。
「それだけ?」
櫛田の望む答えではなかったらしい。
他には何かあるんだろうか。
あ、竜グループの結果で1番変わったことがあったか。
それは確かにオレがフォローしないといけない部分だ。
「ひとつ提案していいか」
「いいよ。なに?」
「来月オレに入って来るプライベートポイント。その半分をおまえに譲る」
「なにそれ。くれるって言うなら貰うけど……」
あれ? 違った!?
本来の予定は櫛田が優待者で、Bクラスが失敗して50万プライベートポイントを貰う予定だった。それが、Cクラスが裏切ることに成功して貰えなくなった。
そのフォローをしろよって話だと思ったんだが、それ以外にいったい何があるんだろうか。
色々考えてみたが思いつかない。
「すまん、さっぱりわからない」
「うーん。じゃあ、私から言うけど、綾小路くんは竜グループの結果を見た時に、私が裏切ったとは思わなかったの?」
「え? そうなの!?」
「そこで素で驚くんだ」
櫛田は呆れたように笑った。
櫛田が裏切った可能性か。微塵も考えたことが無かったが、言われてみればそう考えてもおかしくないか。
龍園が優待者の法則を見抜いたと判断したが、見抜かなくても櫛田が裏切っていたのなら成立するのか。
オレは自分で考えている以上に、櫛田のことを身内だと思っているのかもしれない。
「あーもう。私の負けだ。そこまで信じられてたら、私も信じるしかなくなるよ」
「オレの中の1番は櫛田だからな」
「じゃあ、白状するけど私は裏切ってないよ。でも、裏切ることの検討まではした」
検討まではしたのか。
「踏みとどまったのなら、それでいいんじゃないか」
「うん。今になってみたら正解だったと思う。でも、覚えておいてね。私が堀北さんを退学させたいって気持ちはそれぐらい強いってことを。クラスを裏切ってでも、堀北さんが居なくなってくれるならそれで私は満足する。それだけのものを抱えているってことは忘れちゃダメだよ」
「オレの責任は重大だな」
「うん、責任重大だね。綾小路くんが居なかったら、裏切っちゃってたかも。綾小路くんに頼んでいたから踏みとどまれたけどね」
「じゃあ、ギリギリ間に合ったんだな」
あの場で即答しなくて良かった。
今日まで期限を延ばしたことで、櫛田は裏切るタイミングを逃しただけで、提案された日に断っていたら、櫛田はその足で龍園の元へ行っていたのか。
もしそれが実現していたら、Dクラスの敗北は必至だったな。
櫛田はDクラスの全ての優待者を把握していた。2クラス分情報が集まれば、法則を見抜けることはオレ達自身が証明済みだ。船上試験の結果は、B・Dクラスの勝利だったが、想像していた以上に薄氷の勝利だったのかもしれない。
「それじゃあ、早速ストレス発散したいんだけどいいかな?」
これはいつものTレックスの流れか。
櫛田とは、もう出来ないことも覚悟していたから、感無量だな。
「任せろ」
「それじゃあ、目をつぶってくれる?」
「ん?……こうか?」
なんだ目をつぶるって新展開か。
これは、キッスって奴か。行為の前にキスをしようってことなのか櫛田。
もはや愛を感じていいんじゃなかろうか。
大人しく指示された通りに目を瞑る。
頬に櫛田の手が添えられた。キスの前兆だ。
ったく櫛田はオレのことが大好きなんだから。あとは大好きだって言葉で言ってくれてもいいぞ、許す。
「行くよ」
オレの許可を待つかのように櫛田の声が耳へと届き、オレの頬へと左右同時にビリっと電気が走った。
思い切り頬をつねられたらしい。
「いはひっ」
「ホント大好きだよ、綾小路くん」
その言葉を聞きたかったけど、じゃあこの頬に走る痛みは何なんだ。
「ずっとこうしてみたいって思ってたんだよね。綾小路くんの変わらない表情をこうしてさ。ほら、笑えてるよ、綾小路くん。嬉しい?」
これが痛みを伴う笑いか。
「うれひふにゃい」
「そっかー。嬉しいんだ。私も楽しい。イライラ発散するんだもん、これぐらいさせてもらわないとね。いいよね?」
櫛田のストレス発散に付き合うって決めた。
その約束を守るためには、頷くしかなかった。
1人で出来ないことってこれかよ。
確かにオレは、1人じゃ表情変わらないらしいけど。精一杯笑ったりしてるつもりなんだが、ほとんど変化しないらしい。
つーか、嬉しくないって言ったの絶対伝わってたよな。
込められた力は更に勢いを増した。そろそろほっぺたが取れかねない勢いだ。
「も、もういいんじゃにゃいか」
「ダメダメ。こんなんじゃ全然足らないよ」
櫛田が負け犬からドSにクラスチェンジしてないか。
負け犬からの脱却は嬉しいが、調子に乗られ過ぎるのは嬉しくない。
まあいいか。しばらく櫛田の好きにさせておこう。
これぐらいで堀北退学が回避できるなら安いもんだしな。
それにしてもドSの櫛田とドMの堀北か。
揃ってしまった感があるな。引き合わせたらどうなるんだDクラス。
相性が抜群だったらいいんだが、ワクワクよりも怖えよ。
引きちぎられかねない痛みに耐えながら、そんなことを考えるオレだった。
数分後、ようやく解放された。
櫛田の手が離れたのに、痛みが引かないのは熱がこもっているのかもしれない。
どんだけだ。
「よし、ほっぺは無事だな」
思わず頬を撫でながら確認してしまう。
「やだなー、取ったりしないよ」
「心配になるぐらい痛かったんだよ」
「取ったら次使えないでしょ」
次もあるのかよ。
ちょっと挫けそうだ。櫛田との新しい契約は早まったのかもしれない。
ストレス発散は、これで終わりだよな。
ここからは本当に、櫛田とのイチャイチャタイムが始まるはずだ。
「ところでさ、羊グループの結果がどうしてああなったのか知ってる?」
羊グループ。Bクラスが優待者で、Dクラスが裏切りに失敗する予定だったグループだ。
その結果はこうなった。
羊 ──裏切り者の正解により結果3とする
裏切りに成功したのは、龍園率いるCクラスだ。
「何か情報があるのか?」
「平田くんに裏切って失敗するように依頼されたけど、クラスの損になるじゃんって考えたんだって。それで悩んでどうしようかって思ってるうちに時間が来ちゃって、結果発表のメールが大量に届いて対応しているうちに、羊グループも終了してたんだってさ」
「羊グループが終わったのは最後だったな」
「羊グループには石崎くんがいたから、たぶん石崎くんが龍園くんの指示で裏切ったんだと思うよ」
「龍園のパシリか」
櫛田の情報網はすごい。必要な情報をしっかりと抑えている。
櫛田がクラスを裏切る側に回るとしたら、本当にぞっとする話だ。
色んな意味で櫛田を手放すわけにはいかないな。
櫛田のくれた情報によって、状況は理解できた。
Dクラスの男子が、裏切りメールを送るのに手間取っている間に、大量の結果通知に状況を察した龍園が動いて、それが間に合ってしまったんだろう。
Dクラス的には、裏切りに失敗しなかった分プラスになっているが、同盟相手のBクラスが、マイナスになってしまっている。
裏切りに成功しなければならなかった佐藤と比べて、重要じゃないからと軽くみていたのが仇となった形だ。
トータルで考えれば、兎グループでBの裏切り失敗が無くなったプラスと差し引いても、Bクラスにとってはマイナスだな。
一之瀬には後で謝っておかないと。
Dクラスのミスで同盟相手に迷惑をかけるとか、勘弁してほしい。
「裏切ることすらできないってDクラスの男子って最低だよね」
「そうだな」
「堀北さんを裏切って退学にさせることすらできないなんて」
「オレもDクラスの男子だった!?」
「私を裏切ることはしたくせに」
「そこは裏切ってないってことでどうかお願いできませんかね」
「裏切者」
「ごめんなさい」
オレには関係のない話だと油断してたら、凄いところから剛速球が飛んできた。
なじられているのに、こういう櫛田を好きだって思うんだから、オレも結構重症かもしれない。
オレをやりこめて満足したのか、櫛田は笑顔を浮かべてポケットを漁りだした。
「ところで綾小路くんに見て欲しいものがあるんだけど」
「なんだ?」
「これはどういうことなのかな?」
櫛田が1枚の紙を差し出してきたので、受け取って中身をチェックする。
A 沢田恭美 清水直樹 西春香 吉田健太
B ◎小橋夢 二宮唯 渡辺紀仁
C 時任裕也 野村雄二 矢島麻里子
D 池寛治 T佐倉愛里 須藤健 T松下千秋
見覚えのあるものだ。これは松下が書いたバージョンだな。
佐倉の他に松下にTマークがついている。櫛田が言いたいのはこのことだろう。
「いや、色々あって流れで松下もそういうことに」
「松下さんのことも色々言いたいけど、松下さんは今はどうでもいいの。そっちじゃないよ」
「そっちじゃない?」
「反対側」
「反対側?」
メモは2つに折られていた。
その反対側って、オレが書いたメモがあるだけだろうに。
佐倉が教えてくれた五十音順になっていないバージョンが書かれているはずだ。
いぶかしげに思いながら反対側を見る。
A 清水直樹 吉田健太 沢田恭美 西春香
B ◎小橋夢 二宮唯 渡辺紀仁
C 時任裕也 野村雄二 矢島麻里子
D T佐倉愛里 T松下千秋 T須藤健 池寛治
「別におかしいところは──ん? んんーーーー」
T須藤健
「なんじゃこりゃーーーー」
「松下さんは別にいいよ。ここまで来ちゃったら堀北さんすらもすっごい嫌だけど、まだ許せる出来事だったって思えるかな」
「あの、櫛田さん」
「綾小路くん。いくらなんでも須藤くんはないと思うの」
「誤解だ。須藤とは何もやっていない」
「須藤くんに綾小路くんと何かあったか聞いてみたんだけどね」
既に裏取り済みかよ。櫛田ネットワークぱねえよ。
やましいことはないのに、嫌な予感しかしねえな。
「『へへ……こればっかりは櫛田にも言えねえぜ。慣れるまで大変だけどよ』」
「ただ単に堀北を喜ばせるために内緒で勉強しているって話が、めちゃくちゃ意味深な台詞じゃねえか」
勉強に真面目に取り組んでいるのは、微笑ましいけど、ぜんぜん笑えねえよ。
須藤のあの誤解を招く言動はどうにか矯正しないと、いつか壮大なやらかしにつながりそうで怖過ぎる。
「本当に何もしてないの?」
「やましいことはしていない」
「まあ、Tの書き方が違うっぽいから、そうなんだろうなって思ってたけど」
「思っていたのなら、わざわざメモまで回収して持ち出すのやめてくれませんかね」
櫛田の言う通り、よく見て見たらTの書き方がオレとは違った。
見比べる限り松下の書いたTと一致するので、ただの松下の悪戯だろう。
なんつー怖い悪戯をしやがる。
でもよかった。オレが無意識に須藤にTを書いていたらと思うと、ぞっとするどころじゃねえ。
オレの潜在的意識が怖過ぎる。松下の悪戯で助かったぜ。
「ところでさ。昨日の話し合いのあと平田くんと一緒だったんだけど」
「この話の流れで平田の話題って、聞きたくないんだが」
「『綾小路くんは、本当にすごい。同じクラスで……ううん、出会えて良かったよ』って恋する乙女みたいな目で言ってたよ」
「それを聞かされたオレは、どういうリアクションを取れば良いんだ」
その言葉は軽井沢に言ってやってくれ。
堀北ラブの須藤はネタで済むけど、平田は軽井沢と付き合ってるくせに、ネタに聞こえないから困る。
「オレもだって言いながら抱き締めてあげればいいんじゃないかな」
「櫛田はオレにどうなって欲しいんだ」
「綾小路くんと出会えて良かったよ」
「オレもだ」
自然と抱き締めてしまった。
櫛田には上手くコントロールされている気がするけど、嫌いじゃない。
ここまで十二分にさすくしを堪能できたし、いっちょ締めの物理的な意味での『さすくし』といこうか。
「櫛田」
「綾小路くん」
「「綾小路ティーーレーーーーーックス」」
手放したくない。この気持ちを。
うん、これで船上試験が終わったって実感するな。
無人島を挟みつつの豪華客船でのクルージング。
Aクラスを目指すという目標が決まり、それに向けて一緒に頑張る仲間も出来た。
Dクラスはついに、龍園のクラスを逆転してCクラスに浮上となる。
2学期はこの位置をキープしつつ、どうやって上位との差を詰めるのかの勝負だな。
龍園がこのまま大人しくしているとは思えない。Cクラスになったとはいえ、油断はできないだろう。
それにしても、だ。
「櫛田、大丈夫か?」
「綾小路くん、出し過ぎ!」
櫛田のストレス発散もかねてとはいえ、ちょっとやり過ぎたかもしれない。
欲しかったのは大好きって言葉だったが、既に貰っていたせいか、出し過ぎって言われてしまった。
仕方ないか。
櫛田とはもう出来ないかもって覚悟した後だけあって、我ながら渾身のTレックスだった。
とんでもない量だ。色々とヤバそうだ。
「……ど、どうしよう」
「…………」
もしかして、これってアレか?
子供かっ!?(迫真)
恐ろしい事態だ。この難関を乗り換えるにはどうすればいい。
と、とりあえず、コーラで洗浄しとこう。
これが真のせんじょう試験ってやつか。
ったく、最後の最後で恐ろしい試験が待っていたもんだ。