綾小路Tレックス   作:チームメイト

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櫛田桔梗とかいう悪魔 上

 話はテストの3日前まで遡る。

 

 櫛田からの頼みで勉強会の参加者を探して心当たりをあたっていたら、聞きなれた怒鳴り声が聞こえてきた。いや、聞きなれた怒鳴り声ってなんだよって感じだが、聞きなれてしまった以上はしょうがない。沸点が低すぎるというのも考えものだ。

 

 探し人である赤毛君が、また揉めているようだった。

 

 相手に気づかれない程度に距離を保ったまま様子をうかがう。

 前回の堀北の時といい、オレはそのうち忍びのものになれそうな勢いでのうかがいっぷりだ。

 須藤が3人と相対して怒鳴り散らかしていた。

 

「3対1でも強気とはすごいな」

 

 オレならまず逃げることを考える。喧嘩で数の力はある程度正しい。前後左右から同時に攻められたら防げるものも防げない。

 

 案の定、赤毛は2人から左右同時に攻められて掴まり、身動きを封じられていた。

 そのままリーダー格の男に眼球を──えっと、この場合は動画撮影か。携帯で動画が撮れるんだっけ? ポケットから携帯を取り出してどうにか機能を使おうとするも、慣れない作業に悪戦苦闘。赤毛君、間に合わなかったらすまん。

 

「両者そこまで」

「なんだてめえ、部外者は黙ってろ」

「この学校の生徒の1人として暴力は見過ごせないなぁ。どうしてもやるっていうなら警備員さん呼ぶことになるよ?」

 

 櫛田の友達、Bクラスの一之瀬だった。できれば赤毛君がやられる証拠動画が欲しかったところだが、こうなっては仕方あるまい。

 龍園という名前らしい相手のリーダーはあっさりと引いて、2人を引き連れて去っていく。それと引き換えに、オレも姿を晒して現場へと向かった。

 

「須藤、落ち着け」

「なんだと!?」

 

 今すぐにでも龍園を追いかけようとする須藤を何とか止める。面倒ごとに巻き込まれるのはごめんだ。既にギャラリーができつつある中で、相手が一度引いているのに、追いかけて騒動を起こすとか、褒められたものではない。

 

「いい、君たちも龍園君の挑発に乗らないようにね。びっくりさせてごめんねー、もう大丈夫だから」

 

 どうやら一之瀬はそれなりに影響力があるらしく、ギャラリーに呼び掛けてあっさりと解散させた。

 

「悪いな、一之瀬」

「みんなの迷惑になることはしないようにね。以上って、私、名乗ったっけ?」

「前すれ違ったときに、櫛田から聞いた」

「あ、彼氏君?」

「だったらよかったんだが、友達だな」

「へー。だったらよかったんだ?」

「櫛田の彼氏になりたい男なんて、この学校にごまんといるんじゃないか?」

「君もその1人?」

「なりたくないとは言わないが、その結果大勢から恨まれたくはないな」

「そこは望むところなんじゃないの?」

 

 魅力的だが、彼女としてはどうだろう。

 櫛田と親しく話すだけで池とか山内とかがブー垂れるのに、彼氏なんかになったら何されるかたまったもんじゃない。

 一之瀬も櫛田と同じように接しやすい性格で、思ったよりも会話が盛り上がっている。ただ、須藤の視線が痛い。

 

「まあ、彼氏になったらって仮定でそこまで考えなくてもよくないか?」

「それもそっか」

「すまん、こっちだけ名前知っているのもあれだな。オレはDクラスの綾小路」

「綾小路君ね。分かった。とにかく、ケンカはダメだからね」

 

 会話を切り上げる。一之瀬は、笑顔で手を振って去っていった。

 

「須藤、櫛田が勉強会を──」

「──行くかっ」

 

 ですよねー。タイミングが悪かった。

 自分のことを放置して女の子と仲良く話していたやつから誘われたら、オレでも断る。

 

 すまん、赤毛君。赤毛君のことは嫌いじゃないが、オレは女の子の方が好きなんだ。

 これ以上オレが説得しても、須藤が乗ってくることはなさそうだ。

 櫛田の勉強会に参加しないのなら、須藤のことはもう1人に任せるしかあるまい。櫛田と()()に須藤の説得に失敗したことをメールして、オレは櫛田の勉強会に合流した。

 

 堀北、あとは任せた。

 

 

 池、山内、櫛田が3人で勉強会をしているところにオレが現れたらどうなるか。

 ひと悶着ありそうだったが、櫛田が機先を制して「それじゃ、勉強がんばろっか」と笑顔で言うだけで勝負があった。内心どうだったかは分からないが、池も山内もそれなりに真面目に勉強するんだから、櫛田の大天使っぷりは半端ない。もはや宗教レベルかもしれない。……天使だけに。

 

 池と山内が櫛田の勉強会に参加するようになったのは朗報だったが、成績の方は正直微妙だった。その低空飛行っぷりは中間テストに間に合うのかどうか。これは他にも策が必要かもしれない。何か考えておくか。

 

 

   ◇◇◇

 

  

「綾小路くんから誘ってくれるのって、はじめてだね」

 

 昨夜のうちに、あらかじめメールで誘っておいたのが功を奏したのか、昼に付き合ってくれという頼みはあっさりと了承された。それぞれ別々に教室を出て食堂で改めて合流する。一緒に出ていくと池たちが拗ねて勉強会に参加しなくなる可能性があるから、あくまでも偶然を装うためだ。

 めんどくさいことこの上ない。

 

「何か理由があるんだよね?」

「他言しないって約束できるか?」

「うん。2人っきりの秘密だね」

 

 何がそこまで嬉しいのか、満面の笑みで頷かれた。2人っきりの秘密とまで言われたら悪い気はしない。

 手短に、昨日考えていた秘策を櫛田に教える。

 

「──と、いうわけだ。こういうのは櫛田みたいな可愛い女子から頼んだ方が良いと思う」

「私、可愛いかな?」

「自信を持て。頼む。櫛田ぐらいにしか頼めないし」

「うーーん。あんまり乗り気しないなぁ」

「池たちを助けると思って」

 

 作戦はこうだ。

 食堂(ここ)で無料の山菜定食を頼んでいる上級生を探す。山菜定食を頼んでいるかどうかは、遠目で見ていれば確認できる。あとは上級生かどうかだが、櫛田は恐ろしいことに既に同級生のほとんどの顔を覚えているらしく、櫛田に見覚えがなければほぼ上級生で間違いない。

 ターゲットを見つけたら近づいて交渉し、その上級生が1年の頃の中間テストを譲ってもらうというものだ。

 

 山菜定食はそれほどおいしいものではない。できれば食べたくない部類のものだろう。それでも山菜定食を食べるのは、俺みたいに節制して週1で食べるようにしているとかでなければ、ポイントに困っている可能性が高い。

 ちなみにオレの中で毎週金曜日が山菜の日だ。翌日が休日であれば、多少の不便も我慢できるという単純な理由からだ。

 

 相手はポイントに困っていて、ポイントが欲しい。

 オレは勉強に困っていて、先輩が持つ過去問が欲しい。

 

 だからこそ、オレがポイントを提供し、相手が過去問を提供する。こんな交渉が成り立つ余地がある。

 しかし、だ。

 今月の支給ポイントがゼロポイントだったオレには、出せるポイントに限りがある。そこでこういう交渉を円滑に有利に進めるため、大天使櫛田の登場というわけだ。

 

「できれば1万ポイントで、上限は1万5千ポイント。それ以上はオレのポイントが無理だ」

「クラスのためだし、私も少しならポイント出せるよ?」

「いや、交渉してもらうだけで十分だ。あくまでも奥の手だから、無いなら無いで何とかなるかもしれんしな」

 

 無理だったら、池たちの頼りない学力に期待するしかない。

 正攻法とは言えない方法に櫛田を巻き込むのは気が引けたが、今回は効率重視でやらなければ、時間もポイントも余裕がない。

 

「頼む、櫛田。お前にしか頼めないんだ」

「……もう……失敗しても知らないからね。やってみるね」

 

 必死な頼み込みが通じたのが、ぼちぼち集まりそうな周囲からの視線を気にしたのか、渋々ながらも櫛田は引き受けてくれて、オレは離れて結果を待つことになった。

 

 男女二人で頼みに来るのと可愛い女の子が一人で頼むのはどっちがいいか? どう考えても後者である以上、櫛田任せになるのは仕方ないのだ。 

 

 

   ◇◇◇

 

 

「1万ポイントだったよ」

「マジか」

 

 15分後、中庭のベンチで待つオレのところにミッションを終えた櫛田が現れた。

 できれば1万とは言っていたが、それは無理な話で、本命は上限の1万5千ポイントになることを予測していた。

 

「おまけに、中間テストについて有効な情報も貰ってきた」

「なん……だと」

 

 櫛田桔梗。恐ろしい子。

 そして恐ろしいスカートの短さ。完全に膝が見えていて、おっと手が滑ったと携帯を落として拾おうとすれば自然とスカートの中が見えてもおかしくない。いや、しないが。

 

「先輩のときは、ほぼ過去問がそのままだったみたい。テストが終わってから分かったことらしいけどね」

 

 もう櫛田がいたらオレとかいなくても、Dクラスは安泰なんじゃないだろうか。

 

「でも、大丈夫なのかなぁ」 

「問題ない、学校のルールの範囲内だ」

「そうかもしれないけど、ほぼそのままの過去問を使うなんてずるい気がして」

「オレはそうは思わない。むしろ過去問がそのままってところに、学校の意図があると思う」

「意図?」

「赤点で退学っていう情報の発表からテストまでの期間が短すぎる。基礎学力の低い生徒がそこから真面目に勉強したとして絶対に赤点を取らないと思うか?」

「うーーん、厳しい人もいるかも」

 

 池、言われてるぞ。お前のことだぞ、池。

 

「もちろんそれまで勉強してこなかったツケと言われたらそれで終わりだ。ただ、それだと『赤点を取らずに乗り切れる方法はあると確信している』という茶柱の言葉に反していると思わないか?」

「今の茶柱先生のモノマネ?」

 

 割と自信作だったが、聞かれているようではまだまだということだろう。茶柱モノマネの暫定王者は堀北で決定のようだ。

 

 過去問と同じ問題を出題する。それはこのテストを乗り越える上で学校側が用意した抜け道の1つに違いない。

 単に過去問と同じ問題を出すというだけでは、手抜きという可能性もあるが、今回はその線はないだろう。

 

 茶柱の思わせぶりな言い方もそうだが、今回のテストはわざわざ一度出題範囲を変更しているからだ。過去問を使うのならば、出題範囲は最初から明らかだ。

 手抜きのためだったら、わざわざ偽の出題範囲を出すような面倒をする必要はない。

 よほどの意地悪でもない限り、手抜き以外の何か意図があったとみるべきだ。

 

「正攻法で乗り切れるならそれでいい。勉強会もこのまま続けて、保険として過去問も利用して赤点を取らずに乗り切る。確実に池たちが乗り切るにはこれしかないと思う」

「……すぐに退学なんて嫌だもんね」

 

 どうやら櫛田も納得したようだ。

 タイミングよく櫛田の携帯に先輩から過去問が送られてきて、

 

「あ、この前のミニテストもついてる」

 

 どうだ、この大正義っぷり。櫛田の魅力に上級生もメロメロなんだろう。

 櫛田の好感度を上げるためか、おまけでついてきたミニテストを確認する。

 

「覚えている限りはそのままだな」

「なら過去問も本当にそのままなんだ。すごーい、さっそくみんなに過去問を見せてあげようよ」

「いや、まだ早い」

「どうして?」

「先に過去問を見せても、池たちがテストまで真面目に勉強すると思うか?」

「……しない、かな」

 

 クラスメイトを悪く言いたくないのか、櫛田の声が弱まる。

 別に池のことなんか悪く言ってもいいのに。

 

「今回のはあくまでも保険だ。次回も同じ手が使えるかは分からないし、池たちにはこのまま真面目に勉強会に参加してもらわないとダメだ。もちろん、池たちだけではなく他のクラスメイトもな」

 

 勉強会に参加していない須藤のことは、堀北が何とかすると信じたい。

 

「それに、油断されるのが怖い。あえてテスト前日にネタ晴らしする。そうしたらどうする?」

 

 問いかけると一瞬止まったあとで、目を見開いた。

 

「必死に過去問を暗記する」

「そういうことだ」

「綾小路くんって何気に切れ者?」

「悪知恵が働くだけだ」

「ふぅん」

 

 やだ、なにこの子可愛い。

 

「櫛田みたいに真面目な奴なら、過去問を持ってても問題ないけどな」

「う……期待に応えられるように、勉強頑張るよ」

 

 ちょっとしたいたずら心で、軽くプレッシャーを掛ける。

 小さくガッツポーズをとる櫛田は、どこまでも天使だった。

 

 

   ◇◇◇

 

 

 テスト前日。

 

 櫛田がクラス中に過去問を配った。

 今回はオレの名前は伏せている。別に名前を出しても良かったんだが、櫛田と2人で共謀して何かをやったとなると他の女子からの評価がどうなるか読めなかったからだ。

 過去問を用意したのはプラスでも、そこに『男女2人で用意した』という情報が加わると単純にプラスになるかどうかは分からない。

 それに、オレは過去問を手に入れて活用するという意見とポイントを出しただけだ。

 過去問の入手は、実際に動いた櫛田の手柄の方が大きい。それをオレも役に立ったかのように主張するのは、止めておくべきだろう。

 

 あ、あと、うぜえ男子から恨まれるのも当面は避けたかった部分もある。

 

 櫛田の用意した過去問に、喜びの声をあげながら問題用紙を抱きしめる池とかマジで気持ち悪い。櫛田(の用意した過去問)を抱きしめているぐらいの脳内補正が掛かっているに違いない。

 

 クラス中から感謝されて照れる櫛田が可愛かったので、それが見れただけでも十分か。

 

 

 やるべきことはやった。

 

 平田の勉強会は、確かな手ごたえ(オレは最終日だけ参加した)と共に順調に終わり、櫛田の勉強会は池たちの低空飛行の学力に対し、最低限の引き上げはできたと思う。せいぜい高校の授業について行ける程度だが。

 問題なのは須藤だが、堀北のフォローがどこまで効果を発揮するか。

 

 最悪、基礎学力が足りなくても過去問の答えを丸暗記できれば、中間テストはとりあえず脱落者を出さずに突破できそうだった。

 

 というか、できるはずだったのだ。

 

 

「やべえ、英語は寝落ちして覚えきれてねえ」

 

 英語のテストの直前になって、須藤の情けない叫び声を聞くまでは。




書き溜めていたのはここまでです。
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