綾小路Tレックス   作:チームメイト

50 / 74
兄妹そろってなんとやら

「銭湯にでも行くか」

 

 すっかり試験旅行で、日付感覚が狂ってしまったが、カレンダーを見て気がついた。

 今週は、男湯が露天風呂の週だ。

 

 豪華クルーズ旅行最終日の昨日、念願の高級スパのマッサージを滑り込みで体験できたとは言え、過酷な日程で蓄積された疲労の全てが癒やされたわけではない。

 

 ここは足を伸ばせるお風呂に入って、じっくりと疲れを取るべきだろう。

 

 必要な用具を鞄に詰め込んで、家を出る。

 

 時刻は、朝の6時だ。この時間は幾らかマシだが、帰りの暑さは考えたくない。

 せっかく銭湯に入ったのに、寮に帰るまでの間に汗をかきそうな真夏日だ。

 

 そうなったらそうなったで仕方ないか。

 

 既に明るくなっているせいか、意外と人の姿がある。

 途中にあるコンビニは、賑わっているようだった。

 

 太陽が昇り切る前に動きたいのは、誰もが思うことなのかもしれない。

 

 帰りはコンビニに寄ることにしよう。途中で涼むだけでもだいぶ違うはずだ。

 

 そう決意しながら銭湯まで向かった。

 

 

 

   ◇◇◇

 

 

 

「久しぶりだな」

「……今日は月曜日じゃないはずだが」

「別に月曜日だけ来ているわけではない」

 

 完全に油断していた。

 銭湯には、先客が居た。

 銭湯で遭遇と言えばこの人。我らが生徒会長の鬼畜眼鏡先輩だ。

 

 月曜日の入れ替え時に来ているとは聞いていたが、それ以外で会うことになろうとは。

 

「大活躍だったらしいな」

「情報が早いな。それも生徒会長の権限で把握してるのか?」

「生徒会そのものには、そこまでの力はない。その座に就く人間の能力次第だ」

「……勝ち切れたわけじゃない。活躍と言えるかは微妙だと思うが」

 

 ここまで堂々と開き直られたらお手上げに近い。

 しらばっくれても無駄だろう。部分的に否定するぐらいしかできない。

 

 どうやら試験の内容と結果をそこそこ深く知られているようだ。

 色々と情報を手に入れるコネを持っているのかもしれない。

 

「来月からCクラスに上がるとは思えない謙虚さだな。お前たちが、ここまで早くCクラスに上がるとは思わなかった。素直に驚いている」

「Cクラスが点数を伸ばせなかったおかげだからな。Bクラスとの差は埋まっていない」

 

 そう。オレ達Dクラスは、なにも起きなければ、来月からはCクラスに上がることが決まっている。

 ポイントの推移的にはこうだ。 

 

 無人島試験前のクラスポイントがこれだ。

 

  Aクラス 1004ポイント

  Bクラス  663ポイント

  Cクラス  405ポイント

  Dクラス  174ポイント

 

 各クラスが無人島試験と船上試験とで得たポイントをまとめてみる。

 

       無人島試験   船上試験      合計

  Aクラス 218ポイント -200ポイント = 18ポイント

  Bクラス 140ポイント +150ポイント =290ポイント

  Cクラス  67ポイント -100ポイント =-33ポイント

  Dクラス 145ポイント +150ポイント =295ポイント

 

 そして、加算するとこうなる。

 

  Aクラス 1004ポイント →1022ポイント (+18)

  Bクラス  663ポイント → 953ポイント (+290)

  Cクラス  405ポイント → 372ポイント (-33)

  Dクラス  174ポイント → 469ポイント (+295)

 

 旧Cクラス372ポイントを旧Dクラス469ポイントが上回っている。

 これで、来月からは旧DクラスがCクラスとなるわけだ。

 

 特に教室の移動とかはないらしい。

 教室自体にクラス間の差異があるどっかの召喚学校とは違うので、当たり前か。

 クラスの札だけ変わるのだろう。

 

 クラスが変動するとクラスの呼び方がややこしいな。

 これからはリーダー名に統一するか。

 

 葛城クラス、一之瀬クラス、堀北クラス、龍園クラス。

 一之瀬だけ3文字なのが微妙だな。帆波クラスか神崎クラスの方がいいのか。

 

 まあ、Bとかは変動するまでBクラス呼びでいいか。堀北クラスと龍園クラスだけ注意しよう。

 

「今年は、いや今年もBクラスが躍進している。2年連続入れ替わるかもしれんな」

「2年連続?」

「そうか。お前たちの入学前の話だから知らなくてもおかしくはないか。2年の現Aクラスは入学時にはBクラスだった。今はAクラスとして盤石の地位を築いている」

「仮に2年続けて起こるなら、それを許さないあんたのクラスが優秀なだけなんじゃないか」

「俺が入学してからAクラスがAクラスで卒業できなかったことはない。このまま進めば2年は快挙だ」

「自分たちは譲るつもりはないと」

「それだけの努力はしているつもりだ。今の2年ほど余裕があるわけではないがな」

 

 目の前の男は、ここで出会った中で別格と呼べる存在だと思う。

 軽く手合わせしただけだが、実力者であることは疑いようがない。それだけの存在感がある。

 クラスでの戦いである以上、個人の力には限界があるが、鬼畜眼鏡先輩の学年よりも今の2年の方がAクラスが盤石というのは、少し想像がつかないな。

 それもBクラスからスタートらしい。どんなクラスなんだろうか。

 

 学年が違えば接点らしい接点もない。まあ、ようやくCクラスに上がれただけの堀北クラスが他学年のこととか意識しても仕方ないか。

 先に意識しなければならないのは、1年のAクラスやBクラスだ。

 

「ところで綾小路、いや義弟(おとうと)と呼んだ方がいいか?」

「オレはあんたを兄さんって呼ぶ立場じゃねえよ」

 

 急に爆弾をぶっこんできやがった。

 義弟って呼ばれなきゃいけない理由に心当たりがあるが、気のせいだと思いたい。

 

「結婚式には呼んで欲しい」

「兄さんって呼ぶ立場に持って行こうとするな」

「なんだ。違うのか?」

「今のところはって前置きを入れないといけないのが癪だが、今のところその予定はねえよ」

「未来に期待ってところか」

「あんたが何を知っているのかは知らんが、期待薄だとは言っておく」

 

 堀北と結婚とか想像もしたくねえ。

 顔は良いとはいえ、他が色々と残念過ぎて無理だ。

 

「もっとも鈴音は、結婚という形にこだわらないだろうな」

「さらっと怖いことを言わないでくれ」

「あいつはしつこいぞ。15年追いかけられ続けた俺が言うんだ。間違いない」

「間違いであってください。お願いします」

「諦めろと何度も言ったが、鈴音は今、俺と同じ学校にいる。お前にも同じことが起こるだろう」

「そんな怖い予言を。これから15年後とか想像もつかないんだが」

「お前が誰と結婚しようと関係ない。鈴音は常にお前の傍に居る」

「別の人と結婚した家庭にいるとかしたらホラー過ぎる」

 

 オレの人生計画の予定では、櫛田と結婚している可能性が高い。

 堀北鈴音30歳未婚が居座る櫛田家とか色んな意味で怖すぎる。

 そんなペットを飼ったつもりはない。

 

「拾った責任は持て」

「あんたがどんな情報を持ってるのか知らないが、拾ったなんて事実はねえよ」

「俺が知っているのは、鈴音が髪を切っていた。それで十分だ」

「そこにどれだけの意味がある」

 

 そう。さらっと出てきた新情報だが、豪華クルーズ旅行の最終日に、堀北はバッサリと髪を切っていた。

 無料の美容室が使えるうちに手を入れたかったようだ。

 拘っていそうな長い黒髪だったが、本人曰く『別に』とのこと。

 

 重そうだったし、洗うの大変そうだったし、色々不便があったのか。

 ロングヘア―はドМの真骨頂じゃないのかって言ったら、睨まれてしまった。

 

「鈴音の長い黒髪は、俺が与えた呪縛のようなものだからな」

「呪縛? 物騒な言葉だな」

「元々鈴音は今ぐらいの髪の長さだった。幼少期からずっとその長さで、好んでいたのだろう。数年前に俺がそれを歪めてしまった」

「歪めた?」

「適当に長い髪が好きだと言ったら、その日から鈴音は髪を伸ばし始めた。自惚れでなければ俺に認められたいという気持ちの表れが、あの長い黒髪だ」

 

 ただでさえ重そうな黒髪が、余計に重くなるエピソードだ。

 

「たまたまその日見たAVの女優が、ロングヘアーだっただけとは言えないな」

「それは墓場まで持って行ってやれ」

 

 そんな理由で堀北の髪型が決まっていたとしたら、鬼畜眼鏡過ぎる。

 

「1日ずれていたら、ギャルものだったな。どうなっていたか」

「キヨぽんチョリーッスだった可能性も!?」

 

 くっそ。妹も大概ひどいが、兄妹だけあって兄もツッコミが追いつかないレベルで畳みかけてきやがる。

 さらっとAVの話とか出してくるな。

 そういうのは同級生相手にこそっとやれよ。

 つーか、入学前の話だから中学生だろ。色んなAVに手を出してチェックしてんじゃねえよ。

 ドS本ばかりの偏りはどこいった。

 

「鈴音が俺の幻影に囚われている限り、髪を切るという選択肢はない。鈴音が髪を切ったのなら、あいつが俺の背中を追うのを止めて、新しい道を歩き始めた時だ。もっともオレとお前で立場が入れ替わるだけなら何の意味もないが。違うのだろうな?」

「……あいつは立派に一人立ちしている。オレを振り回すことはあっても、オレに振り回されることはない。それだけは安心しろ」

「そうか……」

 

 そこで今日一番の優しそうな顔をするなよ。

 めちゃくちゃだけど、良い兄貴じゃねえか。

 

「率直に教えて欲しい。お前から見た鈴音はどういう奴だ?」

 

 答える義理は無いんだが、ちょっといい話を聞いた後じゃ断りにくいな。

 だが、答えにくい質問だ。

 

 これは言葉を選ばずに言っていいんだろうか。

 まあ、この兄貴なら怒ることはないだろう。ありのままの言葉でいいか。

 

「一言で言うなら、変態だな」

「綾小路。あまり褒めるな」

「褒めてねえよ」

 

 どこに誉め言葉の要素があった。

 

「俺という幻影に囚われて成長を止めていた鈴音は、子供だった。つまり幼虫だったといえる。自ら作り上げていた殻に閉じこもっていたが、その殻を破り、さなぎを経由して成虫へと羽ばたく様子を表現したいい言葉じゃないか」

「すごい誉め言葉だった!? あんたシスコンすぎるだろ」

 

 変態にそういう意味はあるのは間違いないが、そんなつもりで言ってねえよ。

 やり直そう。テイク2だ。

 変態という言葉で伝わらないなら、もっと直接言うしかない。

 

「一言で言うなら、ドМだな」

「綾小路。あまり褒めるな」

「だから、褒めてねえよ」

 

 誉め言葉テイク2とかやらないから。

 5文字のテイク2は、エンブレムだけでいい。

 

「艱難辛苦へと挑み、耐えがたきに耐え、乗り越える力があると。鈴音はたしかに我慢強い。ずっと俺の後を追い続けた努力の方向性は間違っていたと今でも思っているが、その努力自体を否定することは出来ない」

「やっぱり誉め言葉だった!? シスコンを少しは隠せ」

 

 堀北についてそこまで詳しいわけではないが、努力家であることに間違いはなさそうだ。

 ただ、それはあいつの頑張りであって、ドМで苦難を歓迎していたとかではないことを願いたい。

 

 つーか、努力家=ドМという定義づけは、問題だろう。

 全国の努力家の皆さんに謝れ。

 

 しかし、この鬼畜眼鏡パイセン。堀北のことを好き過ぎるだろ。

 寮の裏で見せた『退学しろ』と迫った不穏な空気はなんだったんだってレベルで、キャラクターを崩壊させるのは止めてくれ。

 イタチ兄さんじゃないんだからさ。

 

「なあ、堀北があんたに認められたがっていたことは分かってるんだろ。堀北に直接言ってやらないのか?」

「それは恥ずかしい」

「今現在進行形でメチャクチャ恥ずかしい姿を晒してるけどな」

「冗談だ」

 

 でしょうね。

 冗談じゃなかったらツンデレにも程がある。

 

「鈴音が自分の足で歩き始めたのなら、俺の言葉など必要としないはずだ」

「理屈ではそうかも知れんが、それでも喜ぶと思うけどな」

「……そうか。考えておこう」

 

 まあ、堀北が髪を切ったといっても、変わり始めの一歩でしかない。

 認められたいと思っていた兄に言葉を貰うのは、もう少し成長してからでいいだろう。

 目の前の男が卒業するまであと8ヵ月ぐらいか。

 期間としては十分だ。それまでの間に、成長した堀北の姿を見せることができれば、自然と言葉を貰うことになるだろう。

 

 って、オレが堀北を気に掛ける必要ねえな。

 マジで飼い主みたいじゃねえか。徐々に堀北に飼いならされてる気がして怖い。

 オレが飼い主なのに飼いならされるとはいったい!?

 

「……気のせいだよな」

 

 うん。気のせいだ。そういうことでいこう。

 

 

 

 風呂上がり。

 

「この後の予定は、何かあるのか?」

 

 いつもなら、何らかの飲み物を買う鬼畜眼鏡先輩だったが、今日は華麗にスルーしていた。

 

「…………」

 

 奢りで飲むコーヒー牛乳を期待していなかったと言えば、嘘になる。

 が、どうやら今日は奢ってくれないらしい。来月ならまだしも、今月はポイントが乏しい。8月の残り日数を考えたら無駄には出来ないか、ここは我慢しておこう。

 

「コンビニに寄って帰るだけだ」

 

 嘘をついても仕方ないので、素直にこたえた。

 

「そうか、好都合だな。行くぞ」

 

 何が好都合なのかが、いっちょんわからん。

 そもそも、同行させるとは、一言も言っていないんだが。

 まあ、相手がコンビニに行くというのを妨げることはできないか。

 

 どうせ帰り道にあるコンビニだ。暑い中、行き先を変えるほうが面倒だな。

 

 桶を持った生徒会長と一緒にとか歩きたくはないが、同行者を増やして銭湯を後にした。

 

 

 

 生徒会長を引き連れて、帰り道を歩いていく。

 

 すれ違う生徒の視線を集めているのは、気のせいではないだろう。

 その数が多くないことだけが救いだな。

 

 変な組み合わせだけに、話しかけてくるような猛者はいなかった。

 

 コンビニまで無事辿り着いた。

 

「今日はこれを奢ってやろう」

「……ラーメン?」

「この時期に、風呂で汗を流した後に食べるラーメンは格別だぞ」

「わざわざコンビニで買うほどなのか?」

「名店が監修しているラーメンは、ここしかないからな」

 

 言われてみれば、鬼畜眼鏡先輩がチェックしている棚は、〇〇店監修だの、〇〇店の味だのといった文面で宣伝されていた。値段も通常のものより高めの強気設定だ。

 

「美味いのか?」

「再現度はそれなりだな。実際に店で食べるのと比べたら劣るが、ここでも食べられるというのがありがたい」

「ありがたいって大袈裟だな」

「綾小路は、ラーメンは食べないのか?」

「あまりな」

 

 そもそも入学前は、外食した思い出もほとんどない。

 与えられたものを食べるという選択肢以外なかったからな。

 

 入学後は、ポイントが許す限り自由な食生活が与えられているが、ラーメンを食べる機会は少なかった。

 

 平田と食事に行くと、女子と一緒になることが多いため、ラーメンを選ばないのも大きいかもしれない。

 何度か安いインスタントを試してそれっきりだ。

 

「学校の敷地内で食べられるものは、限定されているから仕方ないか」

「……食堂のメニューにあった気がする」

「自炊を除けば、敷地内で食べられるラーメンは、食堂とケヤキモールのフードコートとスーパーかコンビニの即席麺だけで、専門店は存在しない」

「詳しいな」

 

 ラーメンの自炊とかわざわざ除かなくても、よほどのチャレンジャーじゃなければ、選ばないだろう。

 休日に麺打ちしてる高校生とかちょっと想像できない。

 

「敷地内の飲食店が女性向けと比べて男性向けが乏しいことを何度か学校側に掛け合ったんだが、改善することは叶わなかった。俺の任期中に解決したかったが、採算が取れないと言われてしまっては諦めるしかない」

「ガチ過ぎるだろ」

 

 言われてみれば、おしゃれなカフェとかパスタ屋はあるのに、牛丼屋やラーメン屋はないのは、アンバランスだな。

 敷地内にあるジャンクフードの店は、ハンバーガー屋くらいか。

 

「食堂やフードコートも悪くないんだが、業務用のスープを使ったシンプルな味だ。これは老若男女の希望を満たすのと、多様なメニューを提供する中での一品でしかないことを考えれば、提供してくれるだけでも感謝しかない。だが、たまにはパンチの利いた好き嫌いが分かれるようなラーメンを食べたくなる日もある。そんな需要を満たすのならここで監修品を買うのが一番だな」

「語り過ぎだろ」

 

 堀北の話以上に語ってんじゃねえよ。

 ラーメン>>>堀北になってるぞ、それでいいのかシスコン。

 

 言っていることが、分かるような分からないような。

 需要のどこを目指すのか。子供から大人まで食べられることを重視して一般化してしまうと、ガチ勢にとっては物足りない味になるってことだろうか。ラーメンガチ勢とか目の前の男以外に知らないが、どの程度いるんだろう。

 コンビニで専門店監修が売られるぐらいには、需要があるんだろうけど。

 

「で、どれがお勧めなんだ」

「全て試せと言いたいが、朝風呂上りに食べる一品なら豚骨だろうな」

「……極太チャーシュー、ニンニクマシマシ」

「朝から食べる背徳感をお前も味わえ。買ってこよう」

 

 1つ500円オーバーのそれを2つ手にすると、鬼畜眼鏡先輩はレジへと向かった。

 

 いや、まだこれに決めたとは言っていないんだが。

 奢られる身としては贅沢は言えないか。

 朝から食べるには、そこそこカロリーと匂いがヤバそうなラーメンで、確かに背徳感が得られるのかもしれない。

 

 後輩に何を教えこもうとしているんだ、この先輩は。

 

「……出るか」

 

 ラーメンを選んでいるうちに、コンビニに行って涼むという目的は達成されてしまった。

 オレは何も買わずにコンビニを出て、鬼畜眼鏡先輩が出てくるのを待つ。

 

「付き合わせて悪かった。俺は用事があるからここまでだ」

 

 パイセンは、コンビニから出るや否や、購入したばかりのラーメンを2つオレに渡してきた。

 オレと鬼畜眼鏡先輩で1つずつというわけではなかったらしい。

 

「いや、なぜ2つ買った!?」

「どう食べるのかはおまえに任せる。好きに食え」

「くれるっていうなら貰うが。……ありがとうございます」

 

 しゃーっす。思わず丁寧にお礼を言ってしまった。

 

「気にするな、これも先輩としての義務みたいなものだ」

「どんな義務だ」

 

 オレのツッコミに、ふ、と鬼畜眼鏡先輩は笑うだけだった。

 メガネがさわやかに光っている。

 

 何の先輩なんだよ。ラーメン道か?

 オレはそんな道を歩むつもりは無いぞ。

 

 本当に用事があったらしく、鬼畜眼鏡先輩は寮とは逆方向へと向けて去っていく。

 

「作り方が難しいから気をつけろよ」

 

 そんな言葉を残して。

 どんだけオレに美味しいラーメンを食わせたいんだ。

 

「……どうせなら違う味が良かった」

 

 同じ味を2食は、値段的にちょっともったいない気がする。

 まあ、それは贅沢か。

 

 朝、風呂上がりに食うラーメンを試すために、気持ち早歩きで、寮へと戻っていく。

 

 

 

   ◇◇◇

 

 

 

 ランニング途中の幸村に出会ったりしながら寮まで辿り着いた。

 2個あるうちの1個をあげようとしたが『何のために走っていると思っている』と断られてしまった。

 そりゃそうか。

 基礎的な体力づくりのために走ってる幸村に、ザ・炭水化物のラーメンはタブーだな。

 

「おかえり」

「ただいまー?」

 

 おかしい。自分の部屋に帰ったのに中から櫛田の声がしてきた。

 

「こんな朝からどこ行ってたのかな」

「むしろこんな朝から部屋で何を」

「ストレス発散に付き合ってくれるんだよね?」

 

 どうやら合鍵で入ってきたらしい。

 別に入るなとは言わないが、連絡ぐらい欲しいところだ。堀北のしつこさを聞いた後だけに心臓に悪い。

 

 もしも合鍵を持っていないはずの堀北が居たら、静かに扉を閉じて逃げ出したかもしれない。

 

「それは歓迎するが、その前に朝食を食べていいか?」

 

 朝風呂からの朝ラーじゃなければ、鬼畜眼鏡先輩の言う背徳感は味わえないはずだ。

 テーブルの上に、持ち帰ってきたラーメンを並べる。

 

「ニンニクマシマシは無いんじゃないかな?」

「ですよねー」

「代わりの朝ごはん作るからちょっと待っててね」

 

 ニンニク臭い息になってしまったらストレス発散どころかストレスマシマシだろう。

 せっかく奢ってくれた鬼畜眼鏡先輩には悪いが、朝ラー計画は次に延期だな。

 賞味期限は数か月あるみたいなので、今度また銭湯に行ったときにでも食べればいいか。

 

 朝ラーが食べられないのは残念だが、櫛田の手作り朝食が食べられるなら不満はない。

 

 簡単でごめんねっていう櫛田の朝食(トースト、ベーコンエッグ、インスタントコーヒー)をありがたく頂戴し、デザートに櫛田までいただいてしまった。

 

「櫛田」

「綾小路くん」

 

「「綾小路ティーーレーーーーーックス」」

 

 

 

「今日は一日付き合ってもらうから」

「……はい」

「不満あるのかな?」

「滅相もございません」

 

 

 どうやら夏休みの目標。一日一レックスは無理そうだな。

 残り15日で8レックスは少なすぎるってもんだろう。

 

 なお、櫛田のストレスの主要な原因は、堀北が髪を切ったことだった。

 髪型が被ったのがたまらなくストレスだったらしい。本気で伸ばそうか考えているとのこと。

 今の櫛田が好きだが、髪の長い櫛田はそれはそれで見て見たいので、楽しみだ。

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。