「例えば1匹の亀がいたとするわ」
堀北からのヘルプは、そんな例え話から始まった。
曰く、優秀な亀だけどひっくり返るアクシデントがあって、自力で起き上がれなくなった亀に、あなたが遭遇したらどうする、という話だ。
堀北さん。誰かを頼れるようになったのは、ものすごい進歩だと思うが、まどろっこしすぎる。
わざわざ『優秀な』をつける必要性が無いし、どうして亀に例えた。
ひっくり返ったら戻れないというのが大事だったんだろうが、それはイメージの話で、実際の亀はクビを伸ばしてバランスを取ることによって、元に戻れる生き物だ。
何より、古今東西、亀で例えるのは男性だと決まっていることであり、女性の堀北が亀で例えることは不適当だ。
「助けるから、何があったんだ?」
「……亀の話よ」
「困っているんなら早くしろ」
「仕方ないわね。そこまで言うのなら、部屋に来てもらえないかしら」
「先に何があったのかを言え」
堀北の部屋に呼び出されたことは1度もない。
船上試験のときに部屋を使う提案があったが、あれは寮ではないし、試験のためでありノーカンでいいだろう。いや、ご褒美を求められたけど。
とにかくだ。よほどの事態が生じているに違いない。部屋につくまでに心の準備をしておけるように、何が起きているのかを聞き出す。
「笑わないって約束できるかしら」
「約束するから正直に言え」
笑えるような状況なら別にいい。
それなら安心できるが、その程度で堀北がわざわざ助けを求めに来るだろうか。
「水筒が抜けなくなったわ」
「緊急事態過ぎるだろ。すぐに行くから鍵を開けて待ってろ」
水筒が抜けなくなっただと!?
笑えねえよ。
堀北、すまん。それなら亀の例え話で合ってたわ。
堀北じゃなくて水筒を亀に例えたんだな。
水筒が抜けなくなったとか、なんて水筒の使い方をしたんだ。
水筒は、そのためのものじゃねえよ。
水筒は中に入れるものであって、水筒を中に入れるものではないのだ。
問題なのは前か後ろかだが、抜けなくなったとしたら、前で間違いないだろう。
痙攣と言う奴が起きることがあるらしい。
いや、前なのか後ろなのかで悩まないといけないって状況が既におかしい気がするが、相手がドМ界の女王様、堀北だけにどちらもやりかねないから困る。
水筒の大きさは、だいたい500ミリリットル缶と同じぐらいだ。最近だと普通に売られるようになって久しいが、一昔前で言うところの、夏のお得サイズと言うヤツになる。
夏のオトクサイズを使って、夏のオ〇ニサイズ*1に励むとか、無駄に上手いことしやがって。
それで抜けなくなってるんだから、言葉遊びは上手くても1人遊びは上手くねえじゃねえか。
たまたま部屋にあったローションをポケットに放り込んで、慌てて堀北の部屋へと向かう。
時刻は9時。この時間に女子の部屋を訪れることは褒められたことではないが、幸い誰にも遭遇することなく部屋の前まで辿り着くことができた。
指示通り、鍵は開いていたので玄関ドアを開けて中へと押し入っていく。
「大丈夫か、堀北……って堀北」
「見てのとおりよ」
ベッドに腰かけた堀北が待ち構えていた。
え? 右腕?
前とか、後ろとかじゃなくて、右?
「…………」
「どうかしたの?」
「…………」
「何か言ってくれた方が、気が楽なのだけれど」
「騙しやがったな」
「ちょっと、何の話をしているの、あ、綾小路くん!?」
これはお仕置きが必要だ。
ご主人様を騙すなんて悪い子には、しっかりとしつけというものをするのが、主人としての務めだろう。
「堀北」
「綾小路くん」
「「綾小路ティーーレーーーーーックス」」
やることをやってスッキリした後、なんやかんやあって水筒は無事抜けましたとさ。
余談だが、堀北が水筒を腕に装着した理由は、1人遊びをしようとしてらしい。
オレの考えは間違っていたが、間違っていなかった。テストなら部分点ぐらいはもらえたはずだ。
それにしても、水筒を掴んで使うんじゃなくて、装着して使おうとするとか、どう考えても使いにくいだろうに。やっぱり、Мの思考にはついていけそうにないな。