綾小路Tレックス   作:チームメイト

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体育祭編その4 軽井沢は平田の彼女であって欲しい

 体育祭3週間前。

 

 今週から、放課後に解放されているグラウンドを使って、有志で練習することが決まった。

 

 とはいっても、部活が開始されるまでの短い時間だ。

 着替えなどを除けば30分程度しか取れない。

 

 短い時間で成果をあげるために、今日は綱引きを行う予定だ。

 

 単純な徒競走の場合、よほど変な走り方をしているとかでなければ、練習しても短時間で大きく伸ばすのは難しい。

 よって練習の重点項目は、伸ばせそうな綱引きや二人三脚や騎馬戦やハードルとなる。

 

「落ち着けハマーD」

「まだ何も言ってねえよ。つーか、誰だよハマーDって」

 

 ちなみに、ハマーDとはアストロレンジャーズのメンバーだ。

 

「ここにいるのはやる気のある生徒だ。集まってる皆に言っても仕方ない」

「だから何も言ってねえって」

 

 クラスの集まりは微妙だ。

 女子の集まりは良いが、男子の集まりが悪く、半分ほどしか参加していない。

 

 これが今日の練習が綱引きになった理由だ。

 二人三脚や騎馬戦は、ペアの相手や騎馬を組む相手が揃わなければ難しい。

 

 須藤が怒りそうだったので、先んじて止めておく。

 あいつらー、とか居ない人に対して切れられても空気が悪くなるだけだ。

 

 須藤は、すっかり体育祭ではみんなを引っ張る立場になっていた。

 リーダーとしてのもどかしさがあるんだろう。

 

「練習が決まったのは急だったし、用事がある奴は仕方ねえよ。けどな、春樹や寛治まで居ないのはどういうことだよ」

「デートって言ってたんだろ。仕方ないんじゃないか」

「あいつら女とクラスのどっちが大事なんだよ」

 

 それは当然女じゃないか。という正論は封印だ。

 

 須藤に引っ張られて参加してそうな池と山内は、彼女との約束があったらしく不参加だ。

 放課後デートとかイラっとするので、須藤の怒りはもっともだと思う。

 

 オレだったらデートを優先するが、池や山内は許せん。

 

 ただ、嫉妬するのは良いが、周りに当たるのはやめてくれ。

 

「須藤くん。綱引きのコツいいかな?」

「任せろよ。いいか、綱引きってのは……」

 

 平田が上手く須藤に仕事を与えて意識を切り替えさせた。ナイスサポート。

 綱引きは赤組対白組の対抗競技なので、今度Bクラスと合同で練習する予定もある。それまでにクラスでできることは固めておきたい。

 

 池とか山内とか、練習が必要そうな生徒に限って居ないのは痛いな。

 運動苦手組でも、博士や幸村が参加していることが救いか。

 須藤から熱烈指導を受けていて、大変そうだ。

 

「それにしても、男女差が酷いな」

「あなたのせいでしょ」

「勝手に人のせいにするなよ」

「あなたのグループの男女差」

「……女子の参加率が良いのはオレのおかげって言うべきじゃないか」

「そうともいえるわね」

 

 平田が参加すれば軽井沢が参加し、軽井沢グループも参加するのは自然な流れ。

 クラスの皆の為に動く櫛田が参加すれば、櫛田と仲の良い生徒も参加する。

 

 そして、みんなで上を目指そうと頑張る綾小路グループが残った女子をある程度拾いあげているので、女子の参加率が高くなると。

 

 1学期の佐倉や長谷部なら参加しなかっただろうし、松下も周りに合わせるだけで手を抜いていただろうなって思えば、こうして揃っているのは悪いことではないはずだ。

 

 男子の参加者を増やせなかったのは、オレに責任はない。

 

 女子と比べたら男子はグループの繋がりが弱く、3バカくらいしかいつも固まっているメンバーが居ないせいで、団結力は弱いのかもしれない。

 

「あやのん、綱引きってどうすればいいの?」

「もう少し腰を使わないとダメなんじゃないか」

 

 男子の練習は平田と須藤が見ている。となると、女子はオレが面倒を見ることになる。

 これは合理的な判断であって下心ではない。

 

 推薦競技に選ばれたくて頑張っていた結果が、運動の出来る生徒と認識されて女子に頼りにされるとは思わぬ効果だ。

 男女の二人三脚が推薦競技にあって良かった。

 

 軽井沢グループと綾小路グループを中心に分かれて綱を引き合っているが、腕だけしか使えておらず力が伝わり切っていない。ザ・凡試合といった綱引きだ。

 

「腰?」

「ちょっとそっち持っててくれ」

 

 こういうのは実演した方が早い。反対側を女子たちに持たせて綱を掴む。

 

「今はこんな感じだろ」

 

 最初は立ったまま腕だけで引っ張る。

 適当に手を抜いたが、手を抜かなくともこの姿勢では人数差で引っ張ることは出来なかっただろう。

 

「それをこうやって、腰を落として腰と足の力を使う」

 

 使うのは体重もだが、女子に対して体重を使えとは言わない方が良いだろう。

 姿勢を作って、腕で引くのに合わせて足で地面を押して腰を使えば、女子たちの掴んだ綱を引き寄せることができた。

 

「すごい。この人数なのに」

「それだけそっちが力を加えられてないってことだ。要練習だな」

 

 軽井沢グループの先頭は佐藤だ。

 

 ぐい、ぐい、と引っ張るうちに最初は3メートルあった距離が、2メートル、1メートルと近づいてきて、間近に迫った佐藤がついに女の顔をした。覚悟を決めたようだ。

 これはこのまま2人の距離をゼロにするしかないな。期待には応えなくては。

 佐藤を先頭に軽井沢グループを根こそぎこの腕の中へ、いざ。

 

「もういいんじゃないかな?」

「──とまあ、こんな感じだ」

 

 さあ、あともうひと引っ張りというところで第三者からストップが掛かった。

 良いところで邪魔をするのは誰だと、振り向くと櫛田だったので大人しく力を弱めて引っ張るのを止めた。

 

「綾小路くん、すごーい」

 

 櫛田が笑顔で褒めてくれるがかなり怖い。

 止めて正解だな。あのまま佐藤を引っ張り寄せていたらどうなっていたことか。

 

「今のを手本にしてくれ」

 

 綱を手放して、長谷部たちに返した。

 

 ここからは練習タイムだ。

 女子が姿勢を作るのを見て指導していく。

 

「ええっと、こうやって腰を落として」

「もう少し後ろに預ける感じで」

 

 腰を落とすのは下だが、後ろに引くことを意識しなければ意味が無い。

 

「うう……難しい」

 

 佐倉がどうしても腰高になって力を伝えきれていない。

 

「あやのん、直接教えてあげなよ」

「直接って」

「あんな感じ」

 

 長谷部の目線の先では、須藤が綱を引く男子生徒の背後に立ち、腕を回し込むようにして一緒に腰を落として姿勢を矯正していた。

 

「アレをやれと?」

「愛里もいいよね?」

「う、うん。お願いします」

 

 抵抗がないわけではないが、佐倉が頼むのなら仕方ないか。

 競技かるたを題材にした某漫画でも、元クイーンが教えるときは後ろからって言ってたしな。

 

 佐倉の背後に回って、腕を回し込むようにして一緒に綱を掴む。そのまま自分のと一緒に佐倉の腰を落とさせて、姿勢を作っていく。

 

「このまま足の力を使って後ろに引け」

「こ、こう?」

「オレにもたれかかっていいから、もっとだ」

「よい、しょっと」

「そう、そんな感じ。もう1回」

「よい、しょっと」

 

 佐倉とオレは完全に密着している。Tレックスが佐倉のお尻に密着だ。

 

 もぞもぞと動かれるとお尻によって刺激されてTレックスが佐倉を押し返す。

 それは悪い力の伝え方だ。

 

 何度か繰り返すうちに、Tレックスを押し返すように動けるようになり、正しい力が綱とTレックスへと伝わるようになった。

 綱引きがこんな刺激的な競技だったとは。

 

「次は長谷部もやるか?」

「じゃあ、お願いしようかな」

 

 佐倉の目途が立ったので、続いて長谷部の指導に入る。

 同じように身体を密着させて腰を落とす。少し汗ばんだ長谷部の匂いがTレックスを奮い立たせてくれる。

 

「そのまま全身で引っ張る」

「こう?」

「そうだ、その感じだ」

 

 これは、背面なんたらの亜種なんじゃないだろうか。新しい次元へ到達した感じがあるな。

 まだまだオレの知らない未知の領域は広がっているようだ。授業以外は余計なものだと切り捨てることも出来るのに、わざわざ体育祭が行われる理由が分かった気がする。

 体育祭最高だな。

 

「綾小路くん、こっちもお願い」

 

 長谷部、佐倉と綱引きへの取り組みが改善されたので力関係が一方的になってしまった。

 なお、松下や堀北や櫛田は元からしっかり力を伝えられているので、手を加える必要がない。

 

 これでは練習にならないので、反対側の佐藤も指導するのはバランスを考えたら仕方のないことだな。

 

 そう、けっして身体を密着させたいとかいう邪な気持ちで行っているわけではない。これは指導だ。

 

「佐藤、もうちょっと腰を落として」

「ちょっと恥ずかしいかも」

 

 確かに恥ずかしい格好だが、よりによっておまえが恥ずかしがるなよ。

 

「止めるか?」

「ううん、止めないで」

「分かった」

「お願い」

 

 やってることが際どければ、会話も際どすぎる。

 別に、やましいことじゃないぞ。

 

 

 その後、何とか佐藤への指導も終わり、園田と石倉のモブコンビもついでに指導だ。

 これで全体的に改善されたはずだ。

 

「こんなもんか。だいぶ良くなったな」

「ちょっと、まだ指導受けてないんだけど」

「いや、軽井沢はまずいだろ」

「は? 差別するわけ?」

「軽井沢は平田から教えてもらえよ」

「……平田くんは……ほ、ほら、忙しそうにしてるから」

 

 軽井沢の指摘に男子の方を見る。

 平田は、幸村に熱心に指導中だった。

 

 具体的にはオレと同じように背後に回ってあすなろ抱きをしている。

 肩を抱いたまま下に力をかけて腰を落とすように指導しているようだが、笑顔が怖いんだよなぁ。

 櫛田の笑顔は本心が笑ってないことが分かるのが怖い、平田の笑顔は心の底から笑ってそうなのが怖いんだ。

 

 うん、見なかったことにしよう。

 

「ほら、早く」

「分かったから、綱を掴んでくれ」

 

 本人が望むのなら問題ないか。

 

 魔法の言葉を唱えよう。軽井沢は平田の彼女、軽井沢は平田の彼女、鎮まれTレックス。

 今の平田を見ていたら、こいつらって偽装カップルなんじゃないかな。まさか──ねえな。

 

 軽井沢は平田の彼女。それを揺るがすのは色々と怖いから、それでいいのだ。

 平田を自由にするわけにはいかない。

 

 結局、腰が引けたのは女子ではなくオレの方だったっていうオチがありつつ、軽井沢や森や篠原らの指導まで行ったのだった。

 

 余談だが、後日行われたBクラスとの合同練習で、練習によって綱引きをマスターしていた堀北クラスは、Bクラスに圧勝することになる。

 Bクラスへの密着指導は流石に行われることは無かった。

 

 

 

   ◇◇◇

 

 

 

「櫛田、土曜日空いてないか?」

「部屋の掃除しようかなって思ってたけど、大丈夫だよ。なにかな」

「他クラスの偵察に行きたいんだ。付き合ってくれ」

「いいよっ。土曜日だね。何時がいいかな?」

「じゃあ10時で」

「10時だね。オッケーだよ」

 

 不足している他クラスの情報を仕入れようと、櫛田を誘って偵察に行くことに決めた。

 櫛田の顔の広さは圧倒的だ。こういう任務を行う上で、最高のパートナーだと言える。

 

 これが偵察を決めた時のやりとりだ。

 土曜日の朝10時に、寮のロビーに集合する。

 自然なやりとりだったと思う。

 

 そして、金曜日の夕方。

 

『綾小路くん。明日って暇してる?』

『明日か。他クラスの偵察に行く予定だ』

『そっか。それってCクラスでだよね? 私も混ぜてもらってもいいかな?』

『それは良いが、生徒会は大丈夫なのか?』

『うん。明日は予定ないから』

『なら10時に寮のロビーで』

『了解』

 

 前日になって一之瀬から声が掛かった。

 葛城の生徒会加入で前ほどではないとはいえ、週末に何かと忙しい一之瀬の予定が空いているのは珍しい。

 

 本当の恋人を目指す立場としては、断るなんて出来るわけがない。

 Bクラスと堀北クラスは同じ組で同盟中なので、偵察を一緒にしても問題ないだろう。

 

 それに、一之瀬の顔の広さも相当なものだ。生徒会に入っていることもあって他学年に対しても強い。櫛田と同じく偵察に付き合ってもらうのは、ありがたい相手だと言える。

 

 というので、一之瀬を参加させるのも至極当然な判断で、自然な対応だったと思う。

 水が高いところから低いところへ流れるように決まった流れであって、オレには全くの非がないはずだ。

 

 という建前で、本当なら櫛田に相談するべきだが、普通に怖いので黙っておこう。

 一之瀬の前なら怒らないはずだ。先延ばし先延ばし。

 それが櫛田を余計に怒らせる気がしないでもないが、まあ、どうにかなるか。

 

 

 というわけで、当日。

 

「おはようって早いな」

 

 待ち合わせ時刻の15分前にロビーに降りると、既に櫛田が待っていた。

 

「うん、部屋に行こうかと思ったんだけど、たまには待ち合わせもいいかなって」

「その私服は初めて見た気がする。似合ってて可愛い」

「ありがとう。臨時収入も入ったから、この前買いに行ったんだ」

 

 櫛田は見せつけるように、一周回って見せた。太ももまで露出したスカートがふわっと揺れる。

 眼福眼福。

 

 臨時収入ってのは、船上試験のポイントをオレが半分渡した分だろう。

 ってことは、実質この服はオレが買ったようなもんか。

 いい仕事したなオレ。自分で自分を褒めてやろう。

 

「少しスカート短すぎないか」

「えーそうかな? せっかく綾小路くんが誘ってくれたんだもん、頑張っちゃった」

 

 あざといのに可愛い。

 

「それで、あとは誰を待っているのかな?」

 

 何より目ざとかったか。

 

 すぐにこの場から動こうとしないことで察したらしい。

 声のトーンが落ちて、ブラック櫛田さんが降臨しかかっている。

 

 さっきまでのご機嫌はどこにいった。

 むしろ、機嫌だったからこそ、落差がきつい。

 

「来たみたいだぞ」

「おまたせー、綾小路くんと櫛田さん」

「おはよう、一之瀬」

「今日、一緒だったの一之瀬さんだったんだ。私居てもいいの?」

 

 エレベーターの扉が開き、一之瀬が合流してきた。

 櫛田が手を振りながら、先制パンチをかます。

 

「もちろんいいよ」

「でも、綾小路くんと一之瀬さんってお付き合いしてるんだよね。デートに他の女子が居たらお邪魔虫になっちゃわないかな」

「櫛田。今日は、別にデートってわけじゃないから」

「へー、そうなんだ。デートじゃなかったんだ」

 

 色々と含ませるなよ。

 悪かった。悪かったからこれ以上は勘弁してくれ。

 

 ここは機嫌を取るしかない。

 

「最初に誘ったのは櫛田だし」

「だ、だめだよ、綾小路くん。それだと一之瀬さんがお邪魔虫みたいに聞こえるから。全然そうじゃないからね。一之瀬さんが一緒で私、嬉しいし」

 

 櫛田は慌てた様子でオレのフォローに入るが、ブラックらしきものが見え隠れしている。

 これはわざとだな。

 ダメだ、櫛田の機嫌を取るのに失敗した。

 

「よ、よし。この話はこれで終わりだ。偵察に行こう」

「うん、行こっか。一之瀬さん今日の服可愛い。秋服?」

「あはは、まだちょっと早いかなって思ったんだけどね。普段は制服が多いから、たまには着てみようかなって」

 

 この2人だけで会話させておくのは、まずい。

 遠まわしに、私今日の服装頑張ったんだけどってアピールされている気がする。

 

「生徒会ってやっぱり忙しいのかな」

「自分で選んだことだから、望むところなんだけどね。最近は楽になってきたし、体育祭までもうひと踏ん張りかな」

「へー、体育祭にも生徒会が関わってるんだな」

「そうだよ。堀北会長は、みんなに任せてるみたいだけど」

 

 それは色々あったんだよ。

 別に本人は隠していないと思うが、ローション相撲のことは伏せといた方がいいだろうな。

 櫛田は別にいいにしても、一之瀬にローション相撲の説明をするのは難しい。

 

「一之瀬さんってクラスのことも生徒会のこともこなしててすごいよね。尊敬しちゃうなぁ」

「ぜんぜんそんなことないよ、本当に好きでやってることだから」

 

 どうにか和やかな会話になったようだ。

 

 こんな調子でどうなるんだか、不安を抱えたまま偵察へと向かうのだった。

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