「そういえば付き合ってると言えばさ、池くんと山内くんの話知ってる?」
「軽くなら」
「2人が付き合ってるの!?」
「落ち着け一之瀬、2人に彼女が出来た話であって2人が彼氏彼女になった話ではない」
「そ、そっか……そうだよね」
なぜそんな誤解が起きる。
男子が全員、龍園や葛城や平田みたいな生徒じゃないんだぞ。
いや、平田は軽井沢と付き合ってるからノーマルだけど。
そもそも龍園と葛城も違うか。
池と山内でそういう関係になった場合は、池山内なのか山内池なのか問題は、考えなくていいだろう。
基本は池山内だが、たまにプッツンした山内が──って、だから考えなくていい。
須藤が参加したら、考えるまでもなく須藤が先頭に来るな。
分かりやすく彼氏彼女って言ったが、この場合は彼氏彼氏とか恋人同士って言うべきなんだろうか。すっげー、どうでもいい。
「櫛田は何か知ってるのか?」
「えっと……別に池くんも山内くんも隠してなさそうだからいいよね」
櫛田は中身について話し出す前に、人差し指を唇に当てて考える仕草を取り、自分に言い聞かせるように頷いた。
この辺りが櫛田の上手いところで、このワンクッションがあるかないかで信用が変わってくる。
櫛田が他の生徒の秘密を握ったりしているのは、こういう細かいことの積み重ねの成果なのかもしれない。
どうでもいいが、池くん呼びしてるのは一之瀬への配慮なのか、本人の居ないところでまで寛治くん呼びしたくないのか、どっちなんだろう。
「2人がお付き合いしている相手は、龍園くんのクラスの生徒だって」
「Dクラス……それは2人ともか?」
「うん。池くんが山下さんと、山内くんが真鍋さんとお付き合いしてるみたいなんだけど、綾小路くんたちは、船上試験で同じグループだったよね」
どうせ知らない奴だと思いきや、思いっきり知っている名前だった。
「うん。兎グループで一緒だったよ。でも、そこまで話とかできなかったから、2人のことを詳しく知っているわけじゃないけど」
「へー、あの2人が池や山内と付き合うか……」
山下はおさげの子で、真鍋はつり目の美少女だ。
どちらも例の軽井沢いじめのメンバーで、真鍋は主犯格である。
ただでさえ龍園クラスってだけで厄介ごとの匂いがするのに、よりにもよってその2人とか嫌な予感しかしない。
絶対に何かがある。何かがなければ真鍋みたいなビジュアルレベルの高い生徒が、山内なんかと付き合うことはないはずだ。
「今は体育祭の練習とかも始まっちゃったし、クラスが違うと色々と大変みたい。って綾小路くんたちもだから2人はよく知ってるよね」
てへって感じで笑うのが可愛い。
「う、うん。あんまり会えてないかも」
そして、少し動揺する一之瀬も可愛い。
「オレたちにはオレたちのペースがあるから。今日はこうして会えてるしな」
「綾小路くん」
「ええっと……やっぱり、私お邪魔虫かな?」
「ぜ、ぜんぜんそんなことないから」
「そ、そうだ。櫛田が居てくれて嬉しい」
「綾小路くん。それはそれで一之瀬さんが可哀想だよ」
櫛田に呆れられてしまった。
これ、オレに選択肢無くね?
櫛田を拒否する。櫛田を怒らせる。
櫛田を受け入れる。櫛田に弄られる。
「さ、さあ、学校が見えてきた。偵察しよう」
強引に断ち切るに限る。
こうして、女子2人を引き連れて休日の学校へと入って行った。
なお、部活動の生徒が休日に登下校のためだけに制服を着なくてもいいように、敷地内へ出入りするだけなら制服の着用義務はない。
今日は私服なので校舎内には入れないが、見たいのは運動部だ。何の問題も無い。
そのままグラウンド方面を向かう。
「休日の学校ってちょっとワクワクするね」
「あはは、私は生徒会でよく来てるから。おー、サッカー部がやってるねー」
幾つかあるグラウンドのうち校舎側のグラウンドで、サッカー部が活動中だった。
朝からチーム内で試合をしているようだ。
平田の姿もある。見覚えのある生徒も居るが、知らない生徒の方が多い。
「見ていくか」
「そうだね」
今日の目的は偵察だ。最初はサッカー部からチェックすることに決めて、グラウンドへと降りる階段の段差を椅子代わりにして、見下ろせる位置で腰を下ろした。
櫛田、一之瀬、オレの並びだ。
真ん中に座るハーレムキングみたいな真似はしない。
櫛田とは距離を取った方がいいはずだ。
「やっぱり柴田が目立つな」
「うん。1年生の中だと1番目立ってるね」
「いやー今のは平田くんも上手いでしょ」
平田がマークを受けながらもスペースにパスを出し、走り込んできた柴田がボールを見事にゴールへと突き刺した。
平田の周囲を伺う視野の広さと柴田のスピードが効果的に働いている。
「体育祭に必要なのは速さだからな。柴田と張り合わなくていいのは助かる」
「平田くんもよく褒めてるよ、柴田くんはすごいって仲いいみたい」
そうか。柴田は平田と仲がいいのか。
いいぞ柴田。もっと平田と親しくしてやってくれ。
「柴田くんからは、綾小路くんのことを聞いたよ」
「柴田がオレのことを?」
「洋介がよく褒めてるって綾小路くんはすごいって」
「そ、そうか……」
「それ私も聞いたことあるよ」
その情報は知りたくなかった。
平田は他クラスにまで言ってるのかよ。
認められても嬉しくないっていう。
褒めるのは柴田だけにしておいて欲しい。
「プールのバレーでも柴田くんは凄かったし、Bクラスのエースだよね」
「うん。柴田くんは調整してもらう予定。綾小路くんは?」
両クラスの上位者は、ぶつからないように調整する予定だ。
このあたりはBクラスと堀北クラスの共闘の範囲なので、隠す意味は無い。
「大体調整対象だな。そういう一之瀬はどうなんだ?」
「似たような感じかな」
一之瀬は確か元陸上部だったはずだ。
走るのが得意だというだけあり、須藤が龍園クラスと揉めた時に、佐倉のピンチで結構急いだが、しっかりついて来ていた。
一之瀬は、徒競走なら女子では上位に入るだろう。
堀北クラスの場合、女子だと小野寺がトップで次いで堀北。そのあとの3番手が団子状態なので競技によって入れ代わりとなる。
櫛田は半分くらいが調整対象になる予定だ。
あれ? 二人三脚の時は堀北が上だったっけ。たぶん小野寺が遠慮したんだろう。
「今、ボールを持ったのがDクラスの園田くん。結構速いね」
櫛田の解説込みで偵察は進む。
全体的にサッカー部の生徒は素早い。
三宅や平田なら園田に勝てそうだが、僅差になりそうだ。
ハードル走や障害物競走では、負けることもあるかもしれない。
「櫛田さんと同じ竜グループだっけ」
「うん、そうだよ。さすが一之瀬さん、よく知ってるね」
「あはは、竜グループは警戒対象だったから」
「えー、私も警戒されてるのかな?」
「櫛田さんもCクラスの戦力として敵に回したくないって思ってるよ」
「ぜんぜんそんなことないんだけどなぁ」
うん、和やかな会話だよね。
腹の探り合いとかしていない。
ただのガールズトークだ。
オレが間に入った方が正解だったかもしれない。どうしてこの2人を隣に並べた。
「おーやってるな」
席替えしようか悩んでいると、オレ達が座る階段の脇を目立つ金髪が通りかかった。
「南雲副会長。おはようございます」
「南雲先輩。おはようございます」
一之瀬と櫛田が挨拶をするのに合わせて、オレも軽く頭を下げておく。
生徒会の次期会長との呼び声が高い、2年の南雲副会長だ。
今のところは目立つ癖はないが、あの生徒会の一員だけに警戒するに越したことはないだろう。
「お? 女子2人をはべらせてデートか? やるな」
「デートなのは一之瀬とだけですよ」
櫛田からのプレッシャーを感じるがこう答えるしかないだろう。
「一之瀬とデート中に他の女子を連れてるのか」
「あはは、デート中の綾小路くんに連れ出されちゃいました。見学しても大丈夫ですよね?」
櫛田は本当にこういう時の対処が上手いな。
冗談っぽく流して本題へと移している。
「ゆっくりしていきなよ。サッカー部はいつも手を抜かないから偵察にはバッチリだと思うからサ」
ウインクを残して、南雲はそのままグラウンドへと降りて行った。
そのままサッカー部に参加するようだ。
「生徒会って掛け持ちいいのか?」
「禁止はされてないけど、実際には両立は難しくて辞める人の方が多くて、南雲先輩もサッカー部は辞めてるけど、今でもたまに顔を出して指導してるみたい」
「顧問の先生が頼んでるって平田くんが言ってたよ」
「凄いんだな」
一之瀬と櫛田が居れば、本当に情報に困らないな。
自由参加の文化部とかなら掛け持ちできそうだが、休みが週1の運動部は無理か。
平田や柴田のいるチームとは反対側に入った南雲は、入ってすぐに輝きを見せている。
さっきまでは実力者として目立つ側だったはずの平田や柴田が2人で囲んでいるのに、一切ボールを奪えていない。
やがてワンツーで抜け出すとそのまま離れた位置からロングシュートを放ち、綺麗な弧を描いて呆気なくゴールが決まった。
「柴田や平田が子供扱いだな」
「別学年だけど、南雲先輩のAクラスは赤組だから白組にはマイナスになっちゃうね」
体育祭はルール上、個人だけで勝てるってものではないが、櫛田が上級生は赤組の方が有利だと言っていたのも納得しそうな力量だ。
2年Aクラスには南雲が居て、3年Aクラスには堀北会長が居る。
恐らく運動で学年トップの生徒がAクラス所属とか、追いかける他のクラスからしたらどうしようもなくなるだろう。
まだトップの須藤が堀北クラス所属の1年は恵まれているかもしれない。
「柴田くん平田くん、頑張れー」
押されっぱなしのクラスメイトに、身体を前に乗り出すようにして一之瀬が声援を送る。
そのタイミングを見計らったように、櫛田が腕を引っ張ってきた。
「…………ッ!」
櫛田の方を見ると、
一之瀬が前に出たスペースを使って引き寄せられて、そのまま唇を奪われて何かを口の中に押し込まれる。
白昼堂々とした犯行だ。
「どうかしたの?」
背中で何かが起きたことを察した一之瀬が、身を正しながら尋ねかけてくる。
「グミのお裾分け。一之瀬さんも食べる?」
「いいの? ありがとう」
いつの間にやら櫛田の手元には、封を開けたお菓子が握られていた。
ということは、オレの口内に押し込まれたのはグミらしい。
「グミか……甘いな」
「ええ? 酸味が利いてるよ。違う味かな」
櫛田が用意したのは色んなフルーツの味が楽しめるグミだった。
オレのグミが、やたら甘い味がしたのは気のせいではないだろう。
この後も、いくつかの運動部を回って他クラスの偵察を終えた。
櫛田から貰えた甘いグミは1つだけだ。
サッカー部が休憩に入った時に、柴田からキスしてなかったかって騒がれたがグミを見せればあっさり引き下がった。
どうやら一之瀬の声援に反応して試合中にこっちを見たらしい。
一之瀬がブラインドになってくれて真相は守られたようだ。
トラブルらしいトラブルはそんなもので、後は順調に進んだ。
個人では須藤がナンバーワンというのは揺るがなかったが、平均では龍園クラスが堀北クラスの上に来そうだ。
Bクラスも強敵なのは、間違いない。
Aクラスはどうなんだろうな。見て回る範囲では、目立つ生徒は居なかった。
◇◇◇
「で、相談ってなんだ?」
放課後の練習が終わった後で、珍しい相手と下校していた。
運動系女子トップの小野寺だ。
二人三脚のペアなので、練習中に話すことはあるが、用事以外で話したことはない。
その小野寺が相談を持ち掛けてくるとは何事だろうか。
最近このパターンが多いが、それだけ頼られるようになったってことだろう。
「綾小路くんは、今度の体育祭で勝ちに行こうとしてると思ってるんだけど、その考えはあってる?」
「できるだけのことはするつもりだ。実際に勝てるかどうかは分からないけどな」
それが松下との約束でもある。
綾小路グループを結成した以上、戦略的に勝ちを狙わない時でも表向きは勝ちを狙っておかなければならない。
松下の場合は事情を説明すれば理解してくれそうなので、そこまで厳しい制約でもないけど。
「推薦競技は、全部出るんだよね」
「結果的にだ。借り物競争は、正直出る気はなかった」
「えー、あれが1番楽しみじゃない」
「代わるのは無理だぞ」
「ごめん話がそれちゃった」
相談したいことは、それではないらしい。
借り物競争は、全競技で唯一男女の区別がされていない競技だ。
ジャンケンで勝ち抜いた5人の内訳は、オレ、幸村、外村が男子。森、前園が女子で、これに須藤を追加した6人が選手に選ばれている。
男子4人女子が2人とアンバランスだが、ルール上は問題とならない。
それだけ運動能力よりも運が試される競技ということだろう。
「二人三脚のことで相談があって」
「もしかして、ペアの解消か?」
「ううん、違う」
連続で外してしまった。
小野寺のことを詳しく知るわけではないので、思考が読めない。
「私さ、この体育祭に懸けてるところがある。自分の得意分野で戦える機会なんてそう多くないしさ」
「武器を活かすのは良いことだと思う」
「走るのはそこまで得意ってわけじゃないけど、クラスの女子だと私が引っ張っていかないと」
「あれで得意じゃないのか」
「うん。超疲れるし、陸上部の子とぶつかったらキツイと思う。Dクラスに速い子いるみたいだし」
餅は餅屋。
全般的に運動が得意とはいえ、専門家には敵わないのかもしれない。
須藤のバスケみたいな瞬発力も鍛えられる競技と水中で行われる水泳は、同じには出来ないか。
「で、二人三脚がどうしたんだ」
「もっとうまく出来ないかなって」
「十分、伸びてきてると思うが」
「うーん、そうなんだけど、綾小路くんが堀北さんと組んだ時の方が速かったなっていうか」
「それか……」
堀北がペースを上げてこなかったので終始俺が作ったが、それでもそこそこ速かった。
別に小野寺とのペアが遅いというわけではない。
練習で伸びてきているし、スピードが出せたときは堀北と組んだ時よりも速いはずだ。
ただ再現性がどこまであるかといったら怪しいところで、堀北と組んだ時のような安定感には及ばない。
「それに、まだあれが限界ってわけじゃなさそうだったし」
「よく見てるな」
「堀北さんとはペアでもあるからね」
結局、小野寺が堀北と組むことになっていた。
堀北と組みたくない櫛田が押しつけた結果だと思っている。
「なるほど……」
「なんで堀北さんと組まなかったの?」
「健が組みたがったからな」
「あー、須藤くん、堀北さんのこと意識してるもんね」
どうやら小野寺の目から見ても、須藤の好意はバレバレらしい。
これで堀北本人は気づいていないんだから、須藤は報われないな。
いや、今気づかれても振られて終わりになりそうだ。どっちにしても報われないのか。
「とにかくさ。堀北さんとのペアも綾小路くんとのペアも、もう少しどうにかしたいなって思ってて、何かいいアイデアとかないかな?」
「うーん、練習するだけなんじゃないか」
「でも、綾小路くんと堀北さんは練習しなくてもバッチリだったじゃない」
「なんだかんだ色々と付き合いが長いからな」
櫛田ほどではないが、堀北とも突き合うようになって長い。いや、一方的に突くだけだが。
綾小路Tレックスの呼吸で合わせることが出来るってだけだ。
ちなみに、櫛田となら足を結んだまま目隠ししてヘッドホンでオレと櫛田で別のリズムの音楽をガンガンかけながらでも、櫛田の全速力に近いペースで走りきる自信がある。
たぶんドン引かれそうなので、櫛田とのペアは組まないけど。
「付き合いの長さには勝てないか」
「一朝一夕で見につくようなことではないだろうな」
「うーん、体育祭のためにできることはなんでもやるつもりだったんだけど、そんな都合の良い魔法はないか」
んん? 聞き間違いか。今すごく大事なワードが聞こえたような。
「すまん、今なんて言った?」
「そんな都合の良い魔法はないか」
「いや、その前だ」
「
はい、重要ワード。
これはもうあれだな、据え膳ってやつだ。
本人が体育祭のために何でもやるって言ってるんだから、出来ることがあるのなら協力してやるべきだろう。
「魔法ならある」
「え?」
「なんでもするつもりなら、力になれることがある」
「本当に?」
「ああ、任せておけ」
オレはそう力強く言葉を告げた。
ここまでくれば、話は早い。
小野寺をそのまま部屋にお持ち帰りする。
「よし、脱ごうか」
「ななな、ななななっ!?」
なんだこいつー。
「二人三脚に必要なことは、2人の息を合わせることだ。身も心も重ね合わせれば、自然と息も合う」
「ちょっと、待って──」
「なんでもするつもりじゃなかったのか」
「で、でも!」
小野寺は首を振る。
話は早くは無かったか。
「無理強いをするつもりはないが、小野寺が無理ならオレに出来ることは他にない」
「…………」
「まあ、無理しなくても今の時点でタイムは別に悪くないんだから、それでいいと思う」
「あんま無理無理って言わないで」
どうやら小野寺は運動に関しては、思うところがあるらしい。
二人三脚の魔法は、とんでもない無茶ぶりだが、切り捨てずに悩んでいるのがその証拠だろう。
クラスのために貢献したいという気持ちは、本物に違いない。
だったら、その背中を押してやることがオレにできることか。
「踏ん切りがつかないんだったら、見てみるか?」
「見てみるって?」
「本当に効果的なのかどうか。実践するから呼吸が合っているのか、確かめたらいい」
よし、堀北を呼び出そう。何の約束もしていないが、堀北ならすぐに来てくれるはずだ。
「ちょっと待って、それって大丈夫?」
「大丈夫って何がだ?」
「私が見るって、相手は嫌がるんじゃない?」
「ああ、たぶん大丈夫だ」
堀北の名誉を守るために、ぼかしたが絶対に大丈夫だろう。
むしろ堀北なら見られて喜びかねないから困る。
すぐに部屋に来るように堀北にメールを送る。
30秒後ドアチャイムが鳴った。
「……来たみたいだ」
「え? 今連絡したところだよね」
オレも正直ビビってる。
時間つぶしに小野寺に出していなかったお茶でも出そうかと思ったら、お湯が沸く暇も無かった。
玄関を開けるとやはり堀北だった。
「早いな」
「帰るところでちょうどエレベーターが動き出したところだったから、慌ててボタンを押したわ」
ということは今頃、堀北の部屋の階でエレベーターが誰も下りないのに扉の開け閉めが行われているのかもしれない。ボタンキャンセルは出来なかったはずだ。
「小野寺さんもいるのね」
「小野寺に、二人三脚のコツをちょっとな」
「分かったわ」
まだ特に命令をしていないのに、堀北は脱ぎ出した。
躊躇が無い。
「なぜ脱いだ」
「この部屋でのルールを守っただけよ」
「そんなルールねえよ。小野寺が引いてるだろうが」
「おかしなこと言うのね。二人三脚のコツってこういうことでしょう」
そういうことだが、察しが良すぎるのか脱ぎたがりなのかどっちなんだ。
流石は堀北。来るのも脱ぐのも話もはやい。
まあいい。テンポよく進んで困ることは無いだろう。
小野寺が逃げ出す前にさっさと済ませてしまうか。
「すずね」
「すずネコ」
「あやのこうじ」
「あやのこうじTレックス」
「まほうのことばで」
「「二人三脚がティーーレーーーーーックス」」
すっぽんぽーん。
こうして小野寺へと魔法を見せつけた。
その結果。
「小野寺」
「綾小路くん」
「「綾小路ティーーレーーーーーックス」」
小野寺と呼吸を合わせることに成功した。
そして、おまけ。
「堀北、小野寺」
「綾小路くん×2」
「「綾小路ティーーレーーーーーックス」」
女子の二人三脚のペア同士の息も合わせないとな。
◇◇◇
翌日の放課後。
「はやーい」
「すごい。この前まで息が合ってなかったのに」
新生小野寺・堀北ペアは、綾小路Tレックスの呼吸を身につけることにより、元々備えていた運動能力の高さを十全に発揮していた。
一気に、女子の二人三脚で1番速いペアへと早変わりだ。
小野寺の努力が報われた形だ。
小野寺と堀北を並べて手を出して良かったと心から思えた瞬間だった。
なぜか「複数プレイなら私でしょ」と長谷部が乱入してきたのは、体育祭については意味が無かったと思うが、Tレックス的には美味しかったので言うことはない。
本人が名乗り出るまで気づかなかったが、言われてみれば長谷部とは1対1ですることがない。初回のシャワー室以外は常に複数時での参加だ。
元々長谷部とは、長谷部がその気になったときにするだけの関係だ。
複数の珍しさと楽しさが長谷部にプラスに働いているのなら、それでいいのだろう。
「ねえ、綾小路くん」
「どうした櫛田?」
「堀北さんと小野寺さんのあれって、綾小路くんの腰のリズムだよね」
「気のせいじゃないか」
「見ててもの凄く恥ずかしいんだけど」
「それは申し訳なかった」
すごいすごいーと褒める生徒たちもいれば、距離を取って顔を赤らめている女子生徒がチラホラいるな。
どうやら何かを連想しているらしい。
そうか、察してしまったか。知らなければ幸せなことってあるのに、人の知識欲は留まるところを知らないから、こういうことが起こる。
堀北・小野寺ペアは、リズム走法をマスターした。
正確には、綾小路清隆のピストン運動リズム走法。
そして、綾小路・小野寺ペアもリズム走法をマスターした。
これで勝てる。
「羞恥心には勝てなかったよ」
「変なフラグを立てるのは止めろ」
櫛田の冗談であって、これはフラグではないぞ。