8種目目、200メートル走。
生徒全員が参加する最後の種目は、堀北クラスにとっては、いい成績で終わることができた。
上位層は順当に勝ち、中位以下も想定よりも上の順位でゴールした生徒の方が多かった。
残念ながら博士や山内は最下位に終わったが、須藤もご機嫌で仕方ねえなって感じで許したくらいだ。
まあ、さっきの出来事があって速攻でキレだしたら、フォローしきれずお手上げになるが。
そしてなによりも、ずっと個人種目で1位を続けていた龍園がBクラスの柴田とぶつかって敗れて2位に終わったのが良かった。
今のところ、1学年の個人成績は、須藤と柴田が全種目1位を続け、二人三脚で2位に終わったオレとこの種目で柴田に負けた龍園が、2人を追っている。
あとは、昼休みを挟んだ後の推薦競技がどうなるかだ。
◇◇◇
昼休憩。
「人数分貰ってきたよ」
「ありがとう平田くん」
学校側により体育祭用に、高級仕出し弁当が用意されていた。
一応、学食も普段通り解放されているらしいが、無料で高級弁当が食べられる中で学食を選ぶ理由がない。
堀北クラスは40人全員が仕出し弁当を希望し、平田を中心に有志を募ってクラス分の弁当を貰いに行くのに、オレも参加していた。
「もう1人欲しかったな」
「4人は少なかったね」
コンビニとかで売っている弁当を想像して1人あたり10箱で4人で取りに行ったが、思ったよりもボリューム満点で、ずっしりと手に袋が食い込む勢いだった。
これなら食べ盛りの男子生徒でも満足できそうだ。
「ほら、弁当を食べて元気出せ、山内」
せめてもの罪滅ぼしで、自分の分と山内の分を2つ持ち、1つを座り込んでいる山内へと手渡す。
「悪いな」
「ここで食うのか?」
「くそー、赤組と白組に分かれてなければ一緒に食べたのに」
誰とは言わなかったが、彼女の事だろう。
昼休憩まで赤組と白組が、完全に区切られているわけではないが、今日1日は敵同士だ。一緒には過ごしにくいのかもしれない。
「気にし過ぎじゃないか?」
「向こうは向こうで色々あるみたいだからなー、わがままは言えないぜ」
「それな。一緒に食おうぜ春樹」
山内は一緒に食べたがったが、彼女に断られたようだ。
同じような状況にいるらしき池が合流してきたため、その場を離れて綾小路グループへと向かった。
池に彼女ができて落ち着くかと思ったが、池との距離は相変わらず微妙なままだ。
まあ、それで困るわけではないので、急いで解決する必要はないだろう。
「作戦は上手く行ったのかしら」
「どうだろうな。今のところは十分なんじゃないか」
「最後まで点数が分からないのが怖いわね」
綾小路グループと言っても、全員ではない。
堀北、佐倉、長谷部、小野寺の4人だけだ。
松下や佐藤は、他の女子で固まって行動している。
佐藤からチラチラと視線を向けられているが、気づかなかったことにしよう。
あ、もしかしたら真っ直ぐ山内の方へ向かったからそっちで食べると思われたのかもしれない。
自然に合流したが、よくよく考えたら堀北たち女子4人で食べているところに、向かう方がおかしいか。
「うう……足を引っ張っちゃっててごめんなさい」
「いや、二人三脚で1位を取れただけでも十分だろ。上位陣でカバーできていると思う」
中間発表された点数は赤組と白組のものだけで、各クラスの内訳は発表されていない。
今のところ赤組対白組の点数は、堀北クラスの属する白組がやや負けている。
1年は白組の方が優位なはずだが、それでも負けているあたり、2年や3年はやはり赤組が優位に進んでいるようだ。
「そういえばさ、あやのんは2年の騎馬戦見た?」
「何かあったのか?」
ちょうど2年の騎馬戦が行われた時間は、山内と須藤の問題に気を取られていたため、何があったのかは見ていない。
「2年のDクラス男子の騎馬がね、3騎しかなかったっぽい」
「それは怪我人のせいか?」
「そこまでわかんないけど、5人以上参加できなかったってことだよねえ」
「そうなるな……」
入学時は、1クラス男女20人ずつでスタートしているのは変わらないはずだ。
騎馬戦は4人×4組なので、予備に回る生徒が4人いるが、それを上回る生徒が参加出来なかったってことになる。
仮に怪我などによる体育祭リタイア者が居なかったら、今の時点で退学者がクラスに男子だけで5人以上か。Dクラスは落ちこぼれにしてもひどい状況だ。
あとで櫛田に聞いてみるか。櫛田ならもう少し何か事情を知っているかもしれない。
「私たちはまだ退学者が出ていないけれど、1学期で退学者が出ることの方が多いと聞いたわ」
「うぅ……せっかく仲良くなれたのに、誰かが退学になっちゃったりしたら嫌だな」
「そうならないために、普段の過ごし方が試されるのよ」
「が、頑張る」
「そうだよ、愛里。私も頑張るから一緒に頑張ろ」
どれだけ対策しても特別試験次第では一発アウトになってしまうのが怖いが、その可能性を下げるためにも個人の能力の引き上げが大事になってくる。
とりあえず、退学の基準がはっきりしている学力テストを確実に乗り越えられるポジションを目指すべきだな。
本人はビビってるが佐倉はそこまで悪くはないし、長谷部も同じだ。
2人よりも佐藤をもう少し引き上げたいところだ。
「綾小路くん達って、普段から勉強会とかしてるの?」
「無駄にはならないだろうからな」
「私も参加していい?」
「別に構わないが、部活は大丈夫なのか?」
「毎回は無理だろうけど、参加出来るときは参加したいんだけど」
「ってことだが、どうだ堀北」
勉強会で負担が大きいのは、堀北だったりする。
教えるだけなら、オレや松下も教える側だが、全体の進捗を管理しているのは堀北だからな。
誰がどこまで勉強できているのかを把握し、どの教科をどれだけ勉強会で進めるのか。
教わる側の長谷部、佐倉、佐藤とおまけで須藤も加えて小野寺が参加したら5人目だ。
それぞれ得意科目も不得意科目も違うため、管理するだけでも大変のはずだ。
「もちろん歓迎するわ。とりあえず今の実力を把握するために、1学期のテストの解答用意を持ってきてもらえるかしら」
「あー……うん、分かった。退学したくないし、よろしく」
あまり知られたくない点数なのか、少しだけ躊躇した後、小野寺は諦めて同意した。
こうして綾小路グループに、小野寺も正式に参加することになったのだった。
「ちょっと食い過ぎたか」
男子でもボリューム十分な弁当を女子が完食するのは厳しく、だからと言って残すのももったいないというので、佐倉や長谷部からそれぞれ半分ほどもらったので2食分になってしまった。
現役運動部女子は鍛えられ方が違うらしく小野寺はペロッと完食し、堀北も午後からの競技に向けて不足しないようにと、なんとか完食していた。
食べ過ぎて身体が重くならなければいいが、2食分も食べたオレが言えることじゃないな。
これくらいならまだセーフだ。
夕食代が浮いたと前向きに考えよう。
「一之瀬を探しているのなら保健室だ」
「ありがとう。障害物のときか?」
「……そうだ」
Bクラスの近くで人を探していると、神崎に情報をもらった。
オレが人を探しているのを見ただけで状況を察したらしい。Bクラスの参謀役だけある洞察力だ。
しかし保健室か。用事がなければ近づきにくいな。
いや、見舞いも理由としては十分だが、あの後も動けていたので、そこまで酷いものではないはずだ。
わざわざ見舞いまでは余計かもしれない。
となると、あれしかないか。
ターゲットを探すと、まだ弁当を渡した位置と同じ場所に居た。
三バカで駄弁っているようだ。
近づいていくと、最初に須藤に気づかれた。
「どうしたんだ清隆」
「ちょっと山内に用事だ」
「なんだよ綾小路」
須藤の近くに空の弁当箱が2つ置いてあった。
もう1つは池の手元にあるってことは、須藤の近くにある2つは山内と須藤の分だろう。
空の容器を回収したのなら、池の分も集めるはずだ。
ということは、佐倉や長谷部と同じように山内が食べきれなかったのを須藤がもらった可能性が高い。
ここまでを一瞬で判断する。
「午後からの参加競技は無いんだから、保健室に行ったらどうかと思ってな」
「山内が保健室? どういうことだよ清隆」
「棒倒しで色々と不運があって痛めたらしい」
あれは不幸な事故だった。
不幸な事故だったんだ。
「それで春樹は、騎馬戦で崩れたのかよ。言えよな」
「寛治には、今日は調子悪いって言っただろ」
「あれマジだったのかよ、いつもの冗談だと思ったぜ」
そこは騎馬が崩れた時点で気づいてやれよ池。
イソップ物語のオオカミ少年かよ。
日ごろから、本気を出せば俺はすごいんだぜって言っているのが、こんなところで仇となるとは、自己責任とはいえ山内が不憫だ。
須藤のやる気を最優先で、教えなかったオレも悪いが。
「なんだよ。じゃあ、ますます俺が悪いじゃねえか。保健室行って来いよ春樹」
「リタイアしたら0点だからな。止めずに競技に参加できるだけ参加してもらったが、もう無理しなくていいんじゃないか」
「おかしいと思ったぜ。せっかくの高級弁当なのに残すって言うからよ」
やはり推測通り、山内は弁当を食べきれなかったようだ。ダメージは深そうだ。
「ほ、ほらさ。健がせっかく頑張ってるし、応援くらいならできると思うぜ」
「無理すんなよ春樹。見てもらうだけでも見てもらって来いよ。そのまま応援されても、気になって午後の競技に集中できなくなるぜ」
この辺は運動部のノリなのか、須藤は意外にも人を動かす言葉が上手いときがある。
こう言われれば、行かざるを得ないだろう。
「分かった。行ってくる」
「保健室には、オレが付き添ってくる。棒倒しで背中を踏んでしまったしな」
「おう。行って来い」
こうして作戦通りに、保健室に向かうことに成功した。
一之瀬の様子が見れる+山内の救済と一石二鳥とはこのことよ。
診察終了。
保健室のカーテンで仕切られた一室で山内はベッドに寝かされている。
山内の負傷は、とりあえず打ち身だと判断された。
背中に軽くアザになっていたところへ湿布を貼るだけで、あとは安静にして様子見だ。
体調不良が続くようなら病院で検査をと言い残して、保険医は去っていった。
「推薦競技に彼女は出るのか?」
「いや、出る予定は無いって聞いてる」
「なら問題ないな。健たちには伝えとくからゆっくり休め」
付き合ってる相手が午後の競技に出るのなら、敵とはいえ彼女の雄姿を見るために戻るべきだ。
違うのなら、保健室のベッドで休んでいた方が良いだろう。
痺れるような痛みが無いので大丈夫だと思うが、背中は怖い。
山内よ、安らかに眠れ。お前のことはあと8日くらい忘れないでおいてやるからな。
優しさ100パーセントだ。
一之瀬のところに行くのに邪魔だとか、そんなわけないのである。
山内を残してカーテンの外へと出る。
さっきから、気になる会話が奥のブースから漏れ聞こえていた。
龍園と一之瀬の会話だ。
龍園が保健室にいる理由は、自分のクラスの女子生徒に会いに来たようだ。
一之瀬と交錯した木下という生徒が負傷して、保健室で休んでいるらしい。
そこに負傷原因に絡んだ一之瀬が現れたため、捕まえて揉めているというのまで分かった。
「で、どう責任を取ってくれるんだ?」
「事故については謝るけど、それ以上の責任は取る必要ないんじゃないかな」
「ほう。ただの事故で済ませる気か。俺からしてみれば、木下は事故じゃねえ、障害事件の被害者だ」
「それはないんじゃないかな」
龍園の主張は、簡単だった。
接触が起きたのはわざとだから、責任を取って弁償しろというものだ。
山内が負傷したのはわざとだが、一之瀬たちは違うだろう。
何の弁償も評価もされない英雄は、もう少しクラスから評価されていい。弁償はしないけど。
「木下は一之瀬が何度も後ろを振り返ってタイミングを見計らっていたと言ってるぜ」
「一之瀬。龍園の言っていることは本当だ。映像で確認した」
この場にはなぜか茶柱もいた。
Bクラスでも龍園クラスでもない教師として、中立の立場で呼ばれたのかもしれない。
「それは繰り返し名前を呼ばれたからです」
「おいおい。そんな見え透いた嘘が通るとでも思ってるのかよ。違うよな、木下」
「一之瀬さんひどい。どうしてそんなウソを。私、呼んでません」
「な……それはないんじゃないかな」
映像は音声までは拾っていなかったらしく、どちらかが嘘をついていたとしても、それがどちらかなのかまでは、教師陣には判断できないらしい。
本来ならば、それでもイーブンで終わる話だが、怪我の度合いが厄介な状況を生み出していた。
その後もパフォーマンスを落としながらも競技に参加できた一之瀬と、その後の競技はリタイアする羽目になった木下。
どちらがより被害を受けたのかは一目瞭然だった。
「推薦競技も全部だぜ。こっちは代役を立てるために4種目で40万ポイントを失うわけだ。そこまでしてDクラスにダメージを与えたいのかよ」
「接触したのは悪いと思ってるけど、リタイアの責任まで私に求めるのは違うんじゃないかな」
「あ? どう考えてもおまえのせいだろうが」
「許せない……クラスに迷惑かけて、陸上部も休まないといけないのに、責任がないとか言い出すなんて」
ほとんど言いがかりみたいなもんだが、実際に木下は怪我しており、一週間は安静が必要で全治までには1ヶ月近くかかるという見立てらしい。
龍園は賠償として100万ポイントを払うように持ち掛けていた。
それでこの件はチャラにするという提案だったが、一之瀬が拒否。
話は平行線になりつつある。
「さっさと非を認めて応じた方がいいんじゃねえか。昼休み中にケリがつかないのなら、生徒会や教師に訴えを出してもいいんだぜ」
「その程度の脅しには応じられないかな。いいよ、龍園くん。生徒会や先生が判断した裁定なら私も従うから」
現状では一之瀬がやや不利といったところか。生徒会に持ち掛ければ、100万はぼったくりにしても、推薦競技分の40万程度なら補填のために払わされる可能性がある。
証拠が無ければ起きた事象を重視されるのは、須藤の件で経験済みだ。鬼畜眼鏡先輩なら一之瀬が生徒会役員であることは考慮せずに、よりダメージの大きかった龍園クラスに有利な処分を出す
可能性が高い。
仮に40万ポイントだとしたら、Bクラスは船上試験で稼いだポイントがあるので払える額にしても、一之瀬の個人で負担にするには重い額だな。
「おいおい、本当に良いのか? あと1ヶ月もしたら生徒会は交代だぜ。今度の会長は、今の会長みたいに温くないんだろ。汚点付きになったら次の生徒会役員も怪しくなるんじゃないか」
「それは……」
龍園は一之瀬の痛いところを確実についてくる。
1度落とされても粘って手に入れた立場だ。本当に失うことになるのかは分からないが、不要なリスクは避けたいところだろう。
こうなってくると迂闊に生徒会に話が上がるのは、まずい。
最低でも勝てる見込みを作れなければ、失うものに対するリスクが釣り合わなくなる。
100万払った方がマシだったなんてことになりかねない。
「おいおいあと5分じゃねえか。結論は出ねえのかよ」
「…………」
「だんまりかよ。まあ今すぐってのは勘弁してやる。体育祭が終わったらここに来い。返答次第じゃすぐに騒動だ。せいぜい賢い返答ってやつを期待しとくぜ。木下、また後でな」
龍園が話を終わらせたので慌てて近くのカーテンブースに入る。
ベッドで横になっていた上級生とこんにちはしてしまったが、口元で人差し指を立ててなんとか黙らせることに成功した。セーフ。
続いて一之瀬が出ていく気配に、オレも続くようにブースから顔を出した。
「ッ!?」
驚く一之瀬に、人差し指を立てたまま、もう片方の手で扉を指し示して保健室を出ることを提案した。
一之瀬が頷いて外へと向かったのに合わせて、一緒に保健室を出た。
保健室に残った木下にオレの存在を気づかせないための判断だ。
これでオレが話を聞いていたことを龍園には知られないはずだ。
「綾小路くんも、保健室に居たんだ」
「山内の付き添いだ。悪い、大体聞いた。大変なことになったな」
「そっか……聞かれちゃったか」
自分が不利な立場に追い込まれていることを自覚しているのか、表情は暗い。
当たり前か。にっこにこの笑顔だったら正気を疑うところだ。
「どうする気だ?」
「えっと……ううん、大丈夫。これは私の問題だから」
「そうか」
オレを巻き込みたくないようで、シャットアウトされてしまった。
まあ、別に一之瀬が望もうが望まなかろうが、勝手にかかわらせてもらうけどな。
ピンチはチャンス。奇貨居くべし。
もしオレが正式な彼氏でも一之瀬はシャットアウトしただろうか。
それを知るためにも、ここでいっちょ頑張ってみるか。
どうせ失敗しても、一之瀬が困るだけだし。
あ、今の発言なし。彼氏失格だった。彼氏っぽい発言をだな。
「一之瀬の怪我は大丈夫なのか?」
「あーうん、軽い捻挫で固めてもらったから動けるよ」
「そうか、よかった」
「でも、推薦競技は代わってもらうつもり。今の状況だとさ……ね」
「ああ。それがいいだろうな」
一之瀬の参加予定は、男女の二人三脚と最後のリレーだったはずだ。
不参加となると10万ポイント払って交代しなければならない。
2種目交代で20万ポイントの出費は痛いが、この状況で推薦競技に出るのは龍園に対して隙を作るだけだ。参加しない方が賢い判断だろう。
「悪い。山内が保健室で寝てるってこと伝えないといけないから、先に行かせてもらう」
「あ、うん。午後からも頑張ってね、綾小路くん」
「任せろ」
昼休みが終わる前に、できることから手をつけておこう。
一之瀬を助け出せるのかどうか、まだ道はあるはずだ。
残り3分を有効に使うため、一之瀬と別れて証言者を求めて急ぐ。
一之瀬と同じ組だったのは、幸いにも佐倉と佐藤だ。木下の嘘を暴くには都合がいい。
龍園クラスとの揉め事には、佐倉の証言が有効だってことをオレは知っているからな。