9種目目、借り物競争。
昼休みを挟んで、ここからは推薦競技だ。
クラスで選ばれた精鋭だけで競技が行われるためレース数は少なくなるが、1レースあたりのポイントが大きくなるので、全体参加競技以上に負けられない戦いとなる。
競技前に審判から入った説明によれば、借り物競争のお題では高難易度も混ざっているらしい。
その場合は、引き直しも出来るが30秒その場で待機となるため、運の要素が大きく影響しそうだ。
借りてきたものがお題に対して合っているのかをチェックする審査員として、ゴール地点に鬼畜眼鏡先輩と橘書記が揃って座っているのが怖い。
高難易度が混ざっているとか嫌な予感しかしない。
ローションを持ってこいとか言わないよな。
探せばローションを持ち歩いてる観客もいるかもしれないけど、無理ゲーだ。
もしローションのお題が出たら審査員席へと直行して、橘先輩に求めてみよう。ワンチャン持ち歩いている可能性がある。
などとくだらないことを考えているうちに1レース目がスタートした。
堀北クラスの1レース目は、エースの須藤。
他クラスも午前の部で活躍していた能力の高い強者揃いだ。
とはいえ、そこは須藤。強豪相手でもスタートの合図と同時に抜け出して、最初にお題が入った箱まで辿り着いていた。
豪快にクジを引き、開いてみてそのまま固まる。
「それは悪手だぞ」
借りられそうなら探しに行く、無理なら引き直すの2択で、すぐに判断できなければ損となる。
その判断に時間が掛かるのは、単なる時間ロスでしかない。
須藤が止まっている間にも、次のAクラスの生徒がお題を引いて飛び出していく。
須藤は、
結局は、引いたお題を借りてくるらしい。
「これは厳しいか」
4人目のBクラスの生徒は、その場で引き直しを選んでいた。
さらにもう1度引き直し、30秒×2で60秒のロスを食らってから、最後の選手が借り物を借りに向かう。
恐らく須藤が引いたクジも外れの高難易度だろう。
ということは、須藤、B1回目、B2回目で50パーセントが外れお題か。
結局、最初に飛び出したAクラス、須藤と同時に出て行った龍園クラスの順でゴールし、3番手にペナルティーを2度食らったBクラス。須藤は最下位に終わっていた。
なお、須藤のお題は、サンバイザーだったらしい。
わざわざ堀北にサンバイザーとは何かを聞きに行ってから探しに行ったため、時間が掛かって最下位となっていた。
そりゃ時間が掛かるというか、よく見つけてきたなサンバイザー。
後からBクラスの生徒に聞いたところでは、ゴルフクラブとキャディーバッグが捨てたお題だったとのことで、サンバイザーと合わせてゴルフ好きがお題制作者の中に居たのかもしれない。
学校にゴルフ部は無いし、敷地内に打ちっぱなしなどの施設もない。
ゴルフクラブを使用することがあるとすれば、用途としては傷害事件だ。軽いホラーだな。
本当に運が求められる競技だ。
須藤が負けたのはクラスにとっては痛手だが、逆に考えよう。
オレの総合優勝に一歩近づいた。これはチャンスだと捉えたい。
2レース目がオレの出番だ。
須藤がトップバッターで外れを引いた後というのもあり、調整して2番手でクジの場所へとたどり着く。案の定、先頭でクジを引いた龍園クラスの生徒は外れだったらしく、引き直しを選んでいた。
2番手で適当にクジを引いて中を見る。
「これは……」
なんてお題を与えやがる。
引き直すべきか、一瞬だけ考えたものの、総合優勝のために割り切ることに決めた。
駆け足でクラスの待機テントへと向かう。すぐに平田が出迎えてくれた。
「綾小路くん。協力できることはあるかな」
「悪い平田。説明する時間がない。堀北、来い」
「分かったわ」
こういうとき従順なのは助かる。
何も説明せずに、堀北と連れ立って走り出そうとして、それではダメだと言うことに気づいた。
審査員は鬼畜眼鏡先輩だ。そんな生温さでは不合格を出されるかもしれない。
「堀北、動くなよ」
「動かないわ」
改めて指示を出して、堀北の膝裏と背中へと腕を回してお姫様抱っこで持ち上げた。
「清隆、お前何やってんだよ」
「借り物競争だ」
競技を終えて既に戻っていた堀北ラブの須藤が騒ぐがそれどころじゃない。
ここまでやったんだ。これで1位を取れなかったら死にたくなる。
「きゃーーーー」
お姫様抱っこしたまま走るオレに歓声が上がる。
めちゃくちゃ恥ずかしい。
つーか、堀北。動くなとは言ったが、首に腕を回して支えるくらいはしろ。走りにくいだろうが。
「いいか、お題はゴールで発表される。非常に癪だがお前しか居ないと判断した。頼むぞ」
「任せて」
「ゴールでは絶対に言葉をしゃべるな」
堀北が口を開いたらきっと失敗に終わるだろう。
天然ボケが怖いんじゃない。そういうお題だからな。
お姫様抱っこでスピードを出せなかったが、幸いトップで帰ってくることができた。
ゴールに設置されている審査員席の前へと向かう。
あとは、お題で合格をもらうだけだ。
「お題の紙をお願いします」
堀北を抱きかかえたまま、なんとか紙を橘書記へと渡した。
「ええっとお題は……ええ!?」
「橘、早く発表しろ。合否の判断ができない」
お題を二度見して驚く橘書記へ、鬼畜眼鏡先輩から冷静なツッコミが入る。
「借り物競争のお題は、ペットです」
「ほう」
お題を聞いて、鬼畜眼鏡先輩のメガネが光ったのは気のせいだろうか。
「綾小路くん。ふざけてますか?」
「ふざけてなどいない。ペットだ」
などと主張しておいてどうかと思うが、我ながら苦肉の策過ぎる。
ふざけていると言われても仕方のない行動だ。
そもそもペットというお題自体が、外れお題として用意されたものだろう。
学校の敷地内にペットショップというものは存在しない。
なぜならば、学生はペットの購入を禁止されているからだ。
寮での集団生活というのと、夏の特別試験とかが顕著だったが学校の与えるお題次第で長期不在になるため、ペットを飼えるような環境では無いというのが理由だろう。
とはいえ、ペットが敷地内に一切居ないかと言えばそんなことはない。
一応、敷地内での店などを支える大人に限っては、ペットの飼育も認められている。
散歩中の姿などをたまに目撃することはあったわけだが、ごく限られた頭数しかいないはずだ。
つまりこのお題を正攻法で突破するには、ペットを飼っていて、かつ、体育祭にペット同伴で見に来ている観客という実在するのか疑わしいものを探し出して連れて来いという、諦めて引き直した方がマシなお題だ。
残念ながら運が無かったと言える。
諦めずに運の悪さをカバーするには、機転を利かせるしかない。
正攻法で無理なら正攻法ではない方法で、突破すればいいわけだ。
オレはようやく堀北を地面へと下ろした。
そこは堀北。何も言わずとも四つん這いになってくれた。ペットとして弁えてやがる。
察しがいいのは助かるはずなのに、それでいいのかよって気持ちも強い。
まあいい。堀北がその気ならそれを利用するまでだ。
「ほら、挨拶しろ」
「わんっ」
四つん這いのまま、堀北は元気よく吠えた。
堀北さんのやばさは、ここで堀北鈴音と名乗らないところだ。
やらせておいてあれだが、こいつやべえよ、人間の尊厳を捨てやがった。
ペットであることに定評がある女だけある。
「今の見ましたか?」
「見ましたけど綾小路くん。ペットってお題はそうじゃなくてですね」
合格をくださいと目で訴えたものの、橘書記は苦笑いを浮かべている。
やはりダメなのか。ここまでやって却下とか心が折れそうになるんだが。
諦めかけたその時、鬼畜眼鏡のメガネが再び光った。
「綾小路。まさか挨拶だけでペットだと主張するつもりか?」
「か、会長!?」
思わぬ発言に橘書記が戸惑うが、そこはスルーだ。
ここだ。ここで畳みかけるしかない。
「まさか、そんなわけありませんよ。ペットということを証明してみせます」
堀北。嬉しそうな表情をするな。やりにくいだろ。
お前は借りものなんだ。オレがお前のご主人様とかではない。絶対に違うからな。
これをもってご主人様だと認定するなよ。
「堀北、お手」
「わん」
「おかわり」
「わん」
堀北へと右手を出し出すと、右手を乗せてきて、左手を差し出すと左手を乗せてきた。
ペットの定番の芸だ。
「あご」
「わん」
「くるくる」
「はっはっ」
続いて、左手に代えてすぐにあごを乗せる。
堀北の頭上で、指で円を描くとそれに合わせて四つん這いのまま右回りする堀北。
砂地の上で直接膝を乗せるのは痛いだろうに、ノリノリだった。
むしろ、痛いのが嬉しいのかもしれない。いやだ、そんなことは考えたくはない。
「綾小路」
芸を見終わった鬼畜眼鏡先輩が口を開いた。
さあどうだ。合格か却下か。
「大事な芸を忘れていないか?」
だが、堀北会長が口にしたのは、そのどちらでもないまだ足りないという要求だった。
他に何か芸があったか。
「大事な芸?」
フリスビーやボールでもあれば、投げて口で取ってこさせるが、手元にそんなものはない。
一瞬だけ、靴でも飛ばして代用しようかと思ったが、靴を飛ばして口に咥えさせてもってこさせるとか、限界ラインを突破し過ぎで無理だ。
色んな意味でアウト過ぎる。
バンって手で銃を作って撃つとかがあったか。
握りこぶしから人差し指と親指を立てて、変形チョキの形をした銃を作る。
堀北に向けて構えようとしたところで、会長からヒントが与えられた。
「橘。教えてやれ」
「え?」
「分かっているだろう」
「は、はい。分かりました。綾小路くん。その……ちんちん……は、しないのでしょうか」
おい、鬼畜眼鏡。橘書記に何てことを言わせやがる。
小声だったがしっかり聞こえたぞ。
今は体育祭の最中で、このやりとりを全校生徒+アルファが見てやがるんだぞ。
橘書記は、めちゃくちゃ恥ずかしそうにしてるじゃねえか。
だが、それがいい。
「えっと……なんて言ったんですか?」
「よく聞いてくださいよ……ちんちん……です」
よし、さっきより大きくなった。
あともう1回くらいは、いけるか。
「すみません。もう1度お願いします」
「だからちんちんですって言ってるでしょう」
聞こえないそぶりをしていたら、思ったよりもボリュームよく返ってきた。
会場に響き渡ったな、こりゃ。
「って大声で言わせないでください」
すぐに橘書記の顔が赤く染まる。
橘書記からは批難されたが、隣の鬼畜眼鏡が軽く親指を立てたのをオレは見逃さなかった。
また会長からの評価が上がってしまったか。
今はお題と向き合おう。
ちんちん。2つ足で立ち上がってお腹を見せて服従を示すポーズをとるだっけか。
確かそんな芸のはずだ。
つーか、元々二足歩行の人間ペットにやらせる芸じゃねえだろ。
服従というのが恥ずかしいんだろうか。
まあ、これが最終試験だっていうならやるけどな。
「堀北、ちんちん」
「わん」
いい返事だ。そう、今更この女がこの程度の芸で挫けるものか。
さあ見せつけてやれ堀北。おまえの渾身のちんちんを。
ってなんで近づいてくる。おまえ、その視線はオレの股間に一直線かよ。
それはちんちんだ。だが、ちんちんとはそれのことじゃない。
分かってなかったのか。なんで威勢のいい声をあげた。
堀北の魔の手がオレの股間へと伸びてきて、
「ご、合格です。お題クリアです」
慌てたように橘書記が割って入ってきた。
堀北は残念そうに手を引っ込める。合格できたんだから、嬉しそうな顔をしろ。
そして鬼畜眼鏡先輩も残念そうな顔をするな。
こんなところで感情を一致させてんじゃねえ。どんな兄妹だ。
「待て綾小路。1つだけ言わせてくれ」
逃げるようにその場を離れようとしたら、鬼畜眼鏡先輩から声が掛かった。
「あとでラーメンを奢ってやろう」
「わざわざ引きとめてまで言うことじゃないだろ。おごってもらうが」
これは褒められたってことで良いんだろうな。
わざわざメガネを光らせてまで言うことではないはずだ。
タイミングいいのか悪いのか、2番手の選手が返ってきたので入れ替わる形で審査ゾーンを後にした。
途中まで堀北を抱きかかえていたが、もうペット扱いしなくていいことに気づく。
無駄に体力を消耗していた。
「もういいぞ」
「よくないわ」
「それを決めるのはお前じゃないだろ」
運ぶときは無頓着だったくせに、抵抗するように首に手を回してしがみつこうとしてきたのを強引に下ろす。そのまま首根っこを掴まて支え、四つん這いになるのも阻止した。
もうペットタイムは終了だ。四つん這いの堀北を連れて歩く趣味はない。
「お題がペットだともう少し早く知りたかったわね」
「知ってたら断ったのか?」
「耳と尻尾を用意したのに」
「どれだけ早く情報を仕入れとけっていうのかよ、つーか用意するな」
耳は頭に装着すれば済むが、尻尾とかどうする気だ。
そんなことのためにア〇ル工事したわけじゃねえぞ。
貴重なポイントをそんなことのために使おうとするなよ。
つーか、どうやって用意するつもりだ。佐倉がコスプレ衣装を着ていたことがあるし、パーティーグッズの延長線上で売ってるんだっけ。
耳はまだ見つかりそうだが、尻尾とかはただのアダルトグッズだろ。
ダメだコイツ、早く何とかしないと。
「部屋まで取りに行く時間が欲しかったわ」
「既にアイテム自体は用意されてた!? それを使うことは、ないとだけ言っておく」
借り物競争に勝つためとはいえ、堀北をペットにしたのは失敗だったかもしれない。
外堀が埋められた感がある。
まだだ。まだ櫛田家の未来のために、何としても防がなければ。
「借り物競争だ。お前は借り物に過ぎない」
「ペットはそんな難しいこと理解できないわ」
「都合の良いペットだな」
頭脳明晰な堀北鈴音さんはどこへと旅立ってしまったのか。
カムバック1学期の堀北。あのクール少女がここまで愛おしくなるとは。
「ところでご主人様。うれしょんしてもいいかしら」
「早く人間になれよ」
変態人間は闇に隠れて生きやがれ。
堀北の変態性を表に引っ張り出したオレが悪いんだろうか。
トイレというのは本当だったらしく、途中で堀北と別れてクラスの待機テントへと戻った。
ものすごく疲れたので次の競技まで休ませてもらおう。
「おい、清隆。どういうことだよ」
と思いきや、速攻で須藤に絡まれた。
ちょうどいい。クラスが変な空気になっているし、須藤に説明することによって切り抜けよう。
「どうにか1位を取ることができた」
「そうじゃなくて鈴音のことを何だと思ってるんだ」
変態だと思っている。と言いたいが我慢する。
好きな人をペット扱いされたんだから須藤が怒るのも当然だ。
「健が1位でゴールしてたら無理する気はなかった。健の分を何とかカバーしようとしたら、ああなってしまった」
「だからってよ」
「堀北には無理させてしまったが、クラスをここまで引っ張ってきた須藤くんの分をカバーするためなら、それくらいなんでもないわ。と協力してくれた」
実際は、喜んでノリノリでペットなっていたが、ここは感動エピソードにしておいてやろう。
幸い、今この場に堀北は居ないし。
反論する奴が居ない以上、オレが話すことこそが真実だ。あとで堀北と口裏を合わせておかなければ。
「そうなんだ。堀北さんもクラスのために頑張ったんだね」
声だけは感心しているが、表情まで装えてないぞ櫛田。
『ねえわ』って顔しながら堀北を褒めるなよ。オレしか見てないからいいけど。
「櫛田の言う通りだ。あの堀北がだぞ。健がリーダーとしてここまで頑張った気持ちに答えたかったんだろう。良かったな健」
「マジかよ……へへ、それならいいんだけどよ」
須藤は嬉しそうだが、マジではない。嘘だ。
あくまでも、頑張っていた須藤をカバーするために無理をしたということにして、なんとか切り抜けることに成功した。
成功しきれていない気がしないでもないが、そこはどうか大らかな心を持ってスルーして欲しい。
クラスメイトにそう願わずにはいられない、失うものが大きい借り物競争となってしまった。
なお、綾小路グループの各自の反応は。誰がどれとは言わない。
「私ならバニーガール」「堀北さんとあやのん……ま、まあ、お疲れ?」「私ならムリムリムリ、で、でもちょっとだけ羨ましいかも。ちょっとだけだから」「こ、ここまで本気は求めてないんだけど」「うーん……早まっちゃったかな」