綾小路Tレックス   作:チームメイト

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恋愛バイブル 上

「ねえ、綾小路くん」

「……なんだ?」

「早朝から汗を流すって大事なことだよね?」

「なあ、櫛田……」

「なにかな?」

「まだ3時前なんだが」

 

 7月1日 月曜日 午前2時56分。

 

 早朝というよりも、夜中の襲来だった。

 使徒、襲来だな、天使だけに。……櫛田を天使と言っていいのかは微妙なところだが。

 

 6月の上旬……初体験の日に、好きに出入りできるように予備のカードキーを渡していた。

 見られて困るものなどないから、不在時でも好き勝手出入りすればいい。ただの信用の証で渡しただけで、真夜中に侵入してきて起こされるのは想定外だ。

 

 あれから数回身体を重ねているが、これは初めてのパターンである。

 

「人のいる時間に来て、頻繁に出入りするところを見られたら、お互いに困るでしょ?」

 

 ほとんど顔と顔が触れ合うような距離だった。

 頻繁に出入りする気らしい。

 

「だからって、せめてあと1時間は待って欲しかったんだが」

「朝の準備とか色々あるし5時半には、ここを出たいかな」

 

 それでも2時間半は、余裕である計算になる。

 

「もう痛くないのか?」

「最初の時は数日間大変だったけどね。ずっと綾小路くんが入ってるみたいだったし」

「…………」

「おかげさまで慣れたかな。もう普通の人じゃ満足できそうにないし、お嫁に行けなかったら責任取ってくれる?」

「さ、やるか」

「うわー、やっぱ最低だよ、この人」

「知らなかったのか?」

「知ってたけどね」

 

 どうとでもいえ。

 

「櫛田」

「綾小路くん」

 

「「綾小路ティーーレーーーーーックス」」

 

 

 

 ──第七話 恋愛バイブル 上 旧姓:鈴木──

 

 

 

 結局、朝から綾小路Tレックスは5回も火を吹いて、難敵を退けることに成功した。

 自分から設定したリミット時間にシャワーを浴びたあと、ぐったりしたまま動かず、寝落ちしそうだった櫛田の身だしなみを簡単に整え、玄関から送り出す。

 少し心配だったが、櫛田からメールで無事に部屋に辿りついたという報告があり、これで一安心だ。

 

「もうすぐ6時か。このまま寝たら確実に寝坊するな」

 

 いつもの起床時間は7時過ぎが目安だ。

 あと1時間。寝るには短く、何もしないでいるには長い。

 

 さて、どうしようか。

 時間をつぶそうにも、土日の休みでちょうど借りていた本を処理したところで、未読の本はない。

 朝飯を作ろうにも材料なんかない。そもそもほとんど料理はしない。

 欲を言えば掃除をしたいが、早朝から掃除でドタバタなどしたら隣室からクレームの危険性があるため却下。

 さっきまでも十分うるさかったような気がするが、そこは寮の防音機能に期待しておこう。

 うん、矛盾だな。

 

「とりあえず、部屋を出るか」

 

 ベッドでもうひと眠りという誘惑から逃れ、色んなものが籠った部屋の換気にわずかに窓を開けたままにして、オレは早朝の町へと繰り出した。

 

 

 

 中間テストが終わってからは、比較的充実した日々を送っている。

 

 ある程度学校に慣れてきたこともあるし、人間関係を構築できたこともある。池とか山内とか須藤との交流は余計だけどな。

 何よりも櫛田桔梗の存在が大きかった。

 

 充実した学園生活とは、セックスのことだ。

 

 入学前に、まとめた調査結果は間違いではなかったらしい。

 

 取引の有無を別にして、もともと櫛田の秘密を外部に漏らすつもりはなかったため、取引が成立したのは、臨時ボーナスがもらえたようなものだった。

 

 そこまで高望みをしていたわけでもなく、やる前は初体験さえできればって感じでしかなかった。

 だが、一度経験してしまうともう一度という欲望が湧き出てくる。

 

 他人の味を覚えたTレックスは、もはやセルフでは満足できないのだ。

 

 そうなってしまえば「頻度とか回数とか取引条件に入れておくんだった」と崩れ落ちても後の祭りで、覚悟を決めた櫛田なら求めれば断りなどはしないだろうとは思いつつも、こちらから申し出ることはできなかった。

 一応、信用を条件に成立したものだけに、ルールとして明文化していなくても守るべきラインだろう。

 

 櫛田を見るたびに、良い思い出とともに追加の話をしなかった後悔の念に駆られるという何とも言えない日々を1週間過ごし、櫛田の方から取引の追加の連絡が入った時は思わずコサックダンスを小躍りしたぐらいの喜びだった。余談だが、昼休みの教室だったため隣の堀北にめちゃくちゃ冷めた目で見られた。ふん、処女にはこの気持ちは分かるまい。

 高円寺の琴線に触れたのか、親指を立てられた。お前の気持ちはオレには分からねえよ。

 

 2回目以降は、特に回数や頻度は決めているわけではないが、何となくタイミングがあえばといった感じで行われるようになった。

 

 次回があるかどうか分からない状態と、とりあえず時期は未定でも次回が約束された状態では精神的に大きく違って、ようやく充実した日々を手に入れることができたといえる。

 

 

 ただ、そうなってくると櫛田が口にした通り、他人の目、時間と場所というのがネックになる。

 

 この学園の敷地内はいたるところにカメラが設置されており、生徒の動向は常にチェックされている。

 寮で言えば、部屋にはないがエントランスやエレベーターには設置されており、櫛田は2時半に男子部屋の階で降りて、6時前にそこから自分の部屋の階へと戻ったことが把握されているはずだ。

 

 1度や2度程度ならお咎めされることはないだろうと踏んでいるが、これが頻繁にだと問題になるかもしれない。

 

 交友関係の広い櫛田が言うには、女子が男子部屋に行くのは、夜8時ぐらいまでなら珍しくはないらしい。

 それが9時過ぎ10時過ぎとなると目立つようになり、色々と面倒なことになるとのことだ。

 

 今朝以外は、土日の昼間とか平日の夕方とかを使っているのだが、そうなると嫌でも部屋への出入りを見られるうえ、誰かが部屋に訪れる可能性もあり、腰を据えてじっくりとはできない。

 まあ、腰は振るものであって、落ち着いた場所と時間があっても腰を据えることはできないんだが。

 

 というわけで、ここ2週間ぐらいは暇さえあれば、どこかに都合の良い場所がないかを探すという日々を送っており、それなりに学園の敷地内には詳しくなっていた。敷地が無駄に広いため、踏破率は6割弱といったところか。

 

 なお、残念ながらラブホは敷地内にはなかった。

 そして、一説によれば高校生のラブホ代わりの定番スポットらしいカラオケボックスは、監視カメラ付きだった。

 部屋の隅に死角はあり、そこでならできなくはないのだが、カラオケボックスで男女がずっと部屋の隅にいるとか怪しいを通り越した何かだけに、実行する気にはなれない。

 

 当面の間は、なんとかオレの部屋でタイミングを見計らうしかなさそうだ。

 早急に解決したい問題であり、調査の継続を予定している。

 

 

「……風呂は命の洗濯、か」

 

 早朝に足が向いたのは、銭湯だった。

 一応櫛田と一緒にシャワーを浴びたとはいえ、汗を流し終えてスッキリという感覚は無かったからだ。

 シャワー室で無防備にシャワーを浴びる姿にムラムラして後ろからTレックスが襲い掛かったのが原因かもしれない。

 

 銭湯は、原則24時間営業。

 ただし、日曜日の夜24時に閉店し、月曜日の朝6時に男女の浴室を入れ替えて営業が再開されるという仕組みだ。

 つまり、本日月曜日は交代の日で、数分前に営業を再開したばかりということになる。

 

 露天風呂をメインに浴槽に力を入れたAタイプ。

 ミストサウナや塩サウナなどサウナ施設の充実したBタイプ。

 この2つが週替わりで男風呂、女風呂となる。

 

 で、大事なのは今週1週間は、男風呂が露天風呂のある側の浴室だということだ。

 勝手に当たり週と呼んでいたりする。

 露天風呂がある週は必ず一度足を運ぶのが、オレの数少ないポイントを使った贅沢の1つとなっていた。

 

 そういえば、過去に何度か早朝銭湯を経験済みだが、月曜日は初めてか。

 月曜日は気持ちゆっくり起きたいというのは、オレだけではないはずだ。

 

 

 月曜日の早朝という時間帯だけあって、脱衣所には他に客はおらず、さっさと全裸になって掛け湯もそこそこに、まっすぐと露天風呂へと向かった。

 

「前に生徒会長と会ったのも早朝だったな」

 

 露天風呂へとつながる扉を開きながら、ふと嫌な予感にとらわれた。

 

「呼んだか?」

 

 案の定、露天風呂の湯気の向こうから言葉が返ってきて、タオルでTレックスを隠す。

 

「…………」

 

 オレが一番乗りではなかったらしい。

 既に生徒会長が、露天風呂を満喫中だった。

 

「綾小路か? どうした? 突っ立ってないで入ったらどうだ?」

 

 思わず足を止めたオレに対する言葉であって、微妙にタオルを押し上げている恐竜への言葉ではないと信じたい。

 突っ立っているのをやめたいが自分の意志でやめられるのなら最初からこんなことになりはしない。

 全部、櫛田との余韻が悪い。

 

 いや、5回やっておきながらまだまだ元気なTレックスが悪いか。

 

「入らせてもらう」

 

 正面から向き合うのを避けて、距離を開けて横向きで並んで湯船につかる。

 どんな状況だ、これ。

 

「Dクラスは、テストで退学者を出さなかったみたいだな」

「なんとかな」

「お前が土下座して頼んだって聞いたが?」

「そこまではしてねえよ」

 

 頭を下げてクラスにお願いしただけだ。

 

 しっかりと中間テストの情報を把握されていた。

 わざわざDクラスをチェック……いや、生徒会長なら全学年全クラスをチェックしていてもおかしい話ではない。この男ならむしろその方が自然か。

 

「あんたの妹が引っ張ったからな」

「足をか?」

 

 絶対、話の流れで分かっているだろ。

 

「クラスを上に、だよ」

「鈴音が?」

「入学以前の堀北は知らないが、入学当時と比べればあんたの妹は変わろうとしてるぜ」

 

 一度失敗に終わっても須藤を気にかけ勉強を手伝い、自分の成績を落としてまでクラスの平均点を下げることに協力した。

 誰にも干渉せず、誰からも干渉させずの頃からは大違いだ。

 

「ずいぶんと肩入れしているようだな」

「……友達だからな」

 

 ただのクラスメイトならここまで肩入れはしない。

 

「……クラスメイトじゃなかったのか?」

 

 少しだけ気配が和らいだ気がするが、気のせいだろうか。

 

「本人の前じゃクラスメイトのままだけどな。怒られるから」

 

 2秒で却下されるだろう。

 

「……昔から一人だったのか? あいつは」

「ああ 鈴音は昔から他人を見下すところがあるからな、故にいつも一人だった。

 どんなに優秀であろうが一人では限界があることに鈴音は気づいていない」

 

 厳しい言葉のようで、堀北が優秀であることは認めているようだ。

 

 お前は今もまだ自分の欠点に気づいていない、か。

 

「いやでも気づくさ。あいつはAクラスにあがってあんたを見返すことを目標にしているからな」

「ほう。で、お前はそれを手伝うのか?」

「さあな。それこそあいつ次第だろ」

 

 オレは充実した学園生活を送れれば、それでいいというスタンスだ。

 そこに堀北がどう絡んでくるのかはまだまだ未知数だ。

 とりあえずしばらくは、櫛田ときゃっきゃっうふふと楽しむつもりだしな。

 

「ところで、フルーツ牛乳ってうまいのか?」

「飲んだことないのか?」

「あったら聞かないさ」

「風呂上がりに飲むフルーツ牛乳の良さを知らないとは……後で、奢ってやるよ」

 

 ありがたい話だが、同じタイミングで風呂を出るってことだよな?

 せっかくの銭湯、登校ギリギリまでゆっくりするつもりだったんだが。

 

 まあ、いいか。ポイント節約で気になりつつ我慢していたからな。

 

 心を休めるつもりがそこまでリラックスはできなかったが、生徒会長と交流を深める(?)時間となった。

 

 

 風呂上がりに飲むフルーツ牛乳は、最高でした。

 

 

   ◇◇◇

 

 

「限りなく眠い」

 

 銭湯から戻り、朝飯を食べ、いつもより早い時間だがさっさと学校に向かうことにした。

 このまま部屋にいるのは、いよいよ寝落ちがやばい。

 教室に入ったら授業が始まるまで、机に伏せて仮眠をとることにしよう。

 授業中に居眠りでもしようもんなら、隣からコンパスが飛んできかねないのが怖いが。

 

「ふぁーあ」

 

 情けなく長い欠伸の途中で待っていたエレベーターが開いた。

 

「…………」

 

 櫛田と堀北という珍しい組み合わせだ。

 堀北がいつも通りなのは、文字通りいつものことだ。当たり前の話である。

 

 櫛田までいつも通り、いやむしろ普段よりもどこか調子が良さげなのは、微妙に納得できん。

 艶のある肌、心持ちいつもよりサラッとした髪の毛、ぷるんとした唇。当社比3割増しで活力に満ち溢れていた。

 笑顔で可愛く手まで振るというおまけつきだ。

 

「…………」

「乗るの? 乗らないの?」

「乗ります、乗らせていただきます」

 

 閉めるボタンを押される前に、いそいそと乗り込んだ。

 

「おはよ、綾小路くん。眠そうだね、夜更かし?」

「最近流行の本を読んでたんだ。恐竜が大暴れする奴」

「そうなんだ、面白そう。私も読んでみようかな」

 

 ほとんど肩が触れ合うような距離で、髪を指でくるくるする姿からは数時間前の痴態など想像もしようがない。

 あれは夢だったんじゃないかと思わんばかりの大天使っぷりである。

 あくまでも会話の一環であって、『恐竜が大暴れする奴を読んでみよう』に、特に意味は無いと思いたい。いや、櫛田とやるのは大歓迎だが、ひょっとしたらオレの活力が櫛田に吸い取られているんじゃないだろうか。

 

「珍しいな、お前が一緒に櫛田と行動するなんて」

「櫛田さんの方が先にいただけ。わざわざエレベーターを変えたりはしないわよ」

 

 櫛田に聞こえないように耳打ちすると振り向きもせずに答えが返ってきた。

 まあ、今はそんなもんか。

 この2人の関係がこれからどう変わるのかもDクラスにとっては大事かもしれない。

 

 堀北はエレベーターから降りると、1人さっさと学校へ向かう人ごみに紛れるようにしてオレ達から離れていった。

 

「せっかく一緒に登校しようと思ってたのに」

「ほどほどにな」

 

 ほっぺたに人差し指を当てるな、可愛いから。

 

「おっはよー、櫛田さーん」

「ん? 一之瀬さん」

 

 ほぼ同じタイミングでついた隣のエレベーターに乗っていたらしい。

 

「おはよう、一之瀬」

「あ、綾小路くんもいたんだ、おはよう」

 

 挨拶されたのは櫛田だけだったが、オレからも挨拶を返しておく。

 別に、寂しかったんじゃないぞ。

 

「あれ? 綾小路くんと一之瀬さんって知り合い? もしかして二人は付き合ってたり?」

「それは無いんじゃない?」

「やっぱ、そうだよねー、無い無い」

 

 誰かと付き合っているどうこうは、定番のガールズトークらしいのでいいにしても、速攻で否定されるのは少し悲しい。

 あと、なんか妙に力が籠ってませんか? 櫛田さん。

 

「そういえば、今日ポイントって振り込まれてた?」

「え?」「ん?」

 

 

 7月1日、月曜日。

 

 月に一度のポイントデーである。

 Dクラスにいたっては今まで初回しかなかったポイントデーである。

 

 現在の各クラスのクラスポイントはこうなっている。

  Aクラス 1004ポイント

  Bクラス 663ポイント

  Cクラス 492ポイント

  Dクラス 87ポイント

 

 プライベートポイントはクラスポイント×100。

 待望の8700ポイントが振り込まれるはずが、振り込まれていなかった。

 

 どうやら何かトラブルが起きているようだ。




タイトルはあとで変更する可能性大です。
アニメ4話は、ストーリーの入りだけでいまいち動かないのでタイトルが難しいです。

諸々の日程はオリジナルです。
つじつまが合わない部分もあったり今後出てくるかと思います。
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