綾小路Tレックス   作:チームメイト

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体育祭編その14 絶対に忘れない思い出

「話は聞かせてもらった。龍園。ここからは、Aクラスも参加させてもらうぞ」

 

 Aクラスの葛城に、この場に来てもらった理由は、1つだけだ。

 

「一之瀬の名前を呼んだかどうかで、揉めているそうだな。1番近くで聞いた生徒がいる。聞こえたかどうか話して欲しい」

 

 一之瀬を不利にしている『名前を呼んでいない』という木下の証言。

 それを覆せる生徒が、ここにいる。

 

 そう、葛城が連れてきたのは、同じ組で走っていたAクラスの生徒だ。

 

 あのレースは、矢島が1位。少し離されて一之瀬、次いで木下。そしてそのすぐ後ろを走っていたのが、この女子生徒ってわけだ。

 一之瀬から、この生徒までの距離は、数メートルしか離れていなかった。

 一之瀬が、後ろを気にし始めるまでは、だいたい等間隔で並んでいたはずだ。

 

「えっと……」

 

 話し出そうとしたところで、言い淀んだ。

 龍園が睨みつけているのに気づいた葛城が、壁になるように前に立つ。

 

 圧力が減ったことで、ようやく話し始めた。

 

「2人のすぐ後ろで追いかけてたんだけど、あの時のことは覚えている。木下さんが、一之瀬さんって何度も呼んでて、どうしたんだろうって思ってたら、接触してた。呼んでたのは間違いないよ」

「ああ!?」

「ありがとう。よく証言してくれた」

 

 龍園が1歩前に詰めたのに合わせて、葛城も守るために前へと出た。

 もう1歩ずつ詰めればキスを出来る距離で、睨み合っている。

 

「ち……」

 

 葛城が引かないことを察して、龍園が引いた。

 証言は、既に言い終わっている。用意できる証拠として、これ以上のものは無いだろう。

 

「これで木下が嘘つきだと言うことが確定したな」

「あ? 確定してないだろうが」

「見苦しいぞ、龍園。1番近くにいた生徒が聞いている。それを否定する要素はない」

「お前らが口裏を合わせてるだけだろうが」

「口裏を合わせる? 白組同士なら成り立つかもしれないが、敵である赤組のAクラスがわざわざ口裏を合わせる必要がどこにある」

「龍園。お前の嘘を認めるわけにはいかない。だから証言させてもらった」

 

 葛城は、こういう場で嘘をつくようなタイプではない。

 Aクラスの生徒が聞いていなかったら諦めるところだったが、聞こえていたらしいので証言してもらっただけで、嘘をつかせているわけではない。

 女子生徒が葛城派だったこともあり、話が早くて助かった。

 

「もういいぞ」

 

 欲しい証言だけしてもらって、葛城はさっさとAクラスの女子生徒を退出させる。龍園の圧力に耐え続けなければならないのは、酷だろうからな。

 

「龍園。お前の負けだ」

「仮に呼んでたからってそれがどうした。ただの必死さの表れだろうさ。ぶつかって怪我をさせられた事実は、覆せるのかよ」

 

 あくまでも認めなかったが、一歩前進といったところか。

 

 ただ、証言の1つを潰したとはいえ、龍園は抵抗をやめなかった。

 大将だけあってしぶとい。

 

「ぶつかって怪我をさせられたってのは、事実なのか?」

「なんだ鈴主。保険医の診断を疑うのかよ」

「怪我をしていることは疑わない。その怪我の原因を疑っている」

「なんだと?」

 

 接触事故で怪我をすることは、あるだろう。

 だが、あまりにも龍園に都合が良すぎる展開だ。

 

 ぶつかったのがわざとにしても、それで上手く木下の方が、深手を負えるだろうか。

 

 たまたま? そんなわけがない。

 そんな不確かな狙いで、陸上部のエースを捨て駒になんかできるわけがない。

 一之瀬の弱みを握れるという確証があったからこそ、実行された作戦のはずだ。

 

 となると、怪我をしていることは事実だとしても、怪我の理由は事実ではないのかもしれない。

 接触事故とは、異なるタイミングで、意図的に怪我をした。

 

 これならば、狙って一之瀬よりも重いダメージを背負えるはずだ。

 

 あと、流したけど鈴主ってなんだよ。油断すると鈴音みたいに聞こえるのがキツい。

 

「茶柱先生。事実の確認いいですか」

「なんだ」

「無人島試験で、オレ達のクラスは、リーダーを当てられました。それは現Dクラスによるものだと思っています」

「試験結果の詳細は、公表できんぞ」

「なぜリーダーを当てられたのか。それは、スパイが入り込んでいたからだ。伊吹という龍園のクラスの女子生徒が、ベースキャンプで共に過ごし、最終日前にその生徒は姿を消して、龍園にリーダーを当てられた。伊吹は、スパイだったと考えるのが合理的だ。これは、Bクラスにも言える」

 

 一之瀬の方に視線を送ると、軽く頷いた。

 

「金田くんのことだよね。うん、金田くんも最終日には、居なくなっててリタイアしてたよ。ただ、Bクラスもリーダーを当てられてたけど、相手がどのクラスだったかまでは、確証を持てていないね。もし当てたのが龍園くんのクラスなら、金田くんがスパイだったと思うけどさ」

 

 そう、堀北クラスには伊吹が、Bクラスには金田が入り込み、どちらのクラスもリーダーを指名されるという失態を犯している。

 

 リーダーを変更できるという情報があったから、指名の成否が把握できたが、知らない一之瀬では確定するまでは無理か。

 だが、その問題もこの場では、一定の解決をできる。

 

「オレ達のクラスは、リーダーを指名していない」

「Aクラスも同じだ」

「ってことなら、そういうことだね」

 

 4クラス揃っていて、3クラスが協力的ならば答え合わせは安易だ。

 

「おまえらの言葉が正しい証拠がないだろ」

 

 証拠はないが、嘘ではない。

 

「あの試験のルールで、普通なら他クラスの生徒を招き入れたりはしない。Bクラスは知らないが、少なくともオレ達のクラスはそうだ。じゃあ、なぜスパイを入れるようなことになったのか」

 

 伊吹をクラスに参加させた理由は、簡単だ。

 

「伊吹が可愛か──可哀想に見えたからだ」

 

 危ない。伊吹が可愛かったからとか、8割事実だが、今この場で持ち出すことではない。

 男子が認めたのは、伊吹が可愛いからだが、女子が認めたのは違う。

 

 オレ達のクラスは受け入れないって言ったのは、半分嘘だな。男子は認めただろうから。

 

「なぜ可哀想に見えたのか。それは、負傷していたからだ。龍園、お前によって殴られてな」

「言いがかりだろ」

「少なくとも、伊吹はそう証言している。ですよね、茶柱先生」

「……これの確認か。そうだな。確かに、伊吹はそのようなことを言っていた」

 

 龍園に殴られた被害者だったから、助けようとして受け入れた。

 これが無人島試験の事実だ。ということにしておく。

 

「金田くんも同じことを言ってたよ。先生に確認できると思う」

 

 ただのBクラスのお人好しかと思ったが、しっかり金田も殴られていたらしい。

 

「つまりだ。龍園は、スパイを送り込ませるためなら、自分たちが有利になるためなら、自クラスの生徒に暴力を振るえる生徒だ。実際にそのせいで、無人島でオレたちは、残念な結果に終わってしまった」

 

 みんなで頑張ったのに、予定ほど点数が伸びなかったのは、龍園のせいだと言える。

 

「話を戻そう。木下の怪我は、本当に接触事故が原因なのか?」

「何が言いたい」

「お前が怪我させたんじゃないのか」

「は、大体、伊吹や金田が何を言ったのかは知らんが、あいつらの証言に、信憑性があるのかよ」

「殴られた痕は、確認している」

「そんなもん、どうとでもなるだろうが」

 

 龍園の言っていることは、正解だ。

 伊吹や金田を殴ったのは誰かまでは、本人の証言以外では、はっきりしていない。

 

「どうとでもなる、か。だが、殴られた痕がつくことによって、現Dクラスが得をしたことは事実だ」

「スパイのせいってことにしたいらしいが、リーダーを知られたのは、本当にスパイのせいだと思っているのか」

「そこまで間抜けじゃないつもりだ」

「現に当てられてるんだから、間抜けだろうが」

「スパイのせいだからな」

「おい」

 

 龍園の発言はスルーして追い込みをかける。

 

「事実かどうかは関係ない。殴られたスパイを受け入れて、スパイを派遣したクラスに、してやられた。これが、無人島試験で起きた事象だ。スパイの被害に遭ったと言える」

「事実かどうかは関係ないとか、ふざけてるのか」

「ふざけてなどいない。リレーで接触事故が起きて、木下が負傷した。それが、今回起きた事象だ。その事象を元に、一之瀬が怪我をさせたと主張して、強請っているのはお前だろ」

「俺のは、事実だ」

「なるほど。他クラスの主張は妄想で、お前の主張は証拠がなくても事実だと。それが、通じるとでも思っているのか」

「それが事実だからな」

 

 龍園は、折れない。中々しぶとい。

 これだけ自分に不利な材料が出ても、曖昧なまま押し切る気らしい。

 

「俺から補足をしよう」

 

 さて、どうやって追い詰めるかと思いきや、葛城が名乗り出てくれた。

 

「一之瀬や綾小路なら察していると思うが、あの試験でAクラスは……俺は、この男と手を組んでいた」

「おい」

「手を組んでいた証拠が必要だというなら、後で提供しよう」

「そんなことをして、どうなるか分かってるのか」

「交わしたルールは、合宿中に他言しないことだったはずだ。合宿が終わった今、誰に漏らそうと問題ない」

 

 細かい事情は知らないが、当事者がそういうのなら問題ないのだろう。

 葛城は、ルールを守る男だ。

 

「その条件の中で、Aクラスに対し、他クラスのリーダー情報を提供するというものがあった」

「葛城くん、それって」

「当然だが、証拠として認められるようなものを龍園には求めている。スパイでも送りこまなければ、達成できない条件だ」

「なるほど。Aクラスと龍園クラスとの同盟が、スパイを送り込んだ証拠になると」

「そういうことだ」

 

 龍園を守る防壁が、また1つ削られた。

 だが、龍園は、それにも揺さぶりをかける。

 

「葛城。あの契約の内情をバラされて困るのは、お前だろ。仮に百歩譲って、証拠があったとして、その証拠を出せるのかよ」

「困る? Aクラスからお前に、毎月多額のプライベートポイントを払っていることか?」

「……バカが」

「そうだな。バカな契約をしたと思う。だが、そのバカな契約に縛られるつもりはない」

 

 龍園の必死の抵抗も、葛城には通じなかった。舌打ちが大きく保健室に響く。

 

 ある程度、予想していた通りの内容だが、一之瀬にとっては驚きだったらしい。

 葛城が自らばらした契約内容に、口を開いたまま固まっている。

 

 葛城の身を削る攻撃で、確実に龍園を追い込んだはずだ。

 

 攻勢をかけるなら、今しかない。

 無理矢理でも、踏み込んでみるか。

 

「木下の足の怪我。一之瀬が原因か、精密検査してみるか?」

「なに?」

「医師が控えていたとはいえ、学校の施設では、折れているかどうかの確認くらいしか出来ていないはずだ。しっかりとした病院で、精密検査をすればいい。こけて捻って折れるのと打撃を受けて折れるのが、同じ折れ方をするとでも思うのか?」

「一之瀬とぶつかった時に、折れたんだろ」

「そういう衝突ではなかったことは、映像で確認できるはずだ」

 

 そもそも、一之瀬は前に居た。

 後ろにいる生徒に対し、タイミングを計ってぶつかって転ばせることは出来ても、衝撃を与えるのは難しいはずだ。

 

「もっとも、精密検査をしても原因は、100パーセントはっきりとはしないだろう。だが、折れ方には、違和感が残るはずだ」

 

 ちなみに、実際のところは折れた原因を探れるほど、現代医学は万能ではない。

 DVの証明は、意外と難しかったりする。

 ほぼブラフだがそのことを指摘できるほど、医学に精通している生徒は、この場に居ないはずだ。

 

「話を整理しよう」

 

 念のために、反論を許す前に進める。

 

「1つ目、衝突の際に前に居たのは一之瀬だ。オープンレーンでのリレーでは、先行者に内側を走る権利があるはずだ。本来ならば、大回りしなければならないのは木下。ぶつかったのならば、その責任は木下の方が大きいと言える」

 

 人差し指を立てて数を数える。

 

「2つ目、須藤の暴力事件で、現Dクラスは、嘘の証言をしたのがばれている。そして今回も木下は、名前を呼んでいないと嘘をついた。わざわざ嘘をついてまで、一之瀬が悪いと主張したのは、なぜか。一之瀬を陥れたい意思があったと言える」

 

 中指を立てて2つ目の理論を述べる。

 

「最後に3つ目、現Dクラスは、無人島試験でクラスメイトに暴力を振るって利益を得ている。つまり、クラスの利益のためなら暴力を振るうことを厭わないクラスだ。精密検査をしてみなければ不確かだが、木下は事故ではなく暴力によって負傷している可能性が高く、その原因を一之瀬に求めるのは適切ではない」

 

 薬指を立てて3つ目。

 

 どれか1つならたまたまとか、思い込みでとか、言えたのかもしれない。

 博士から借りた名作漫画で出てきたセリフがある。

『おれは偶然も2つまでは許すことにしてるんだ。しかし3つも重なったらこいつは偶然とは思えん。何らかの必然があるんだ』

 

 1つ目と2つ目は、ほとんどセットだから実際は2つに過ぎないが、こういうのは勢いも大事だ。

 

「一之瀬が納得しない場合、生徒会に上げるらしいが、生徒会長がどういう判断をするのか楽しみだな」

「過去の話は、今回とは関係ないはずだろ」

「冗談だろ。初犯なら執行猶予がつくが、2度目はアウトとかざらにあるはずだ。一応言っておくが、無人島試験の詳細を生徒会長は、把握している。どういう手でどのクラスが結果を残したのかは、知られていると考えた方が良い」

 

 銭湯で本人の口から聞いたから間違いない。

 生徒会長は、色々と問題ある人物だが、能力の高さは疑いようのない男だ。

 

 須藤の暴力事件は、龍園(現D)クラスが非を認めて決着している。

 前科・前歴としては、十分だ。

 無人島でも実際にリーダーを当てて得をしている。採用される可能性が高い。

 

「どうする。生徒会に上げるか? その場合どうなっても保証はしないが」

「龍園。ここまでにしておけ。生徒会は、そこまで甘くはないぞ」

 

 葛城からも手を引くように声が掛かった。

 葛城が言うとオレより重みがある気がする。これが生徒会役員の実力かもしれない。

 

「……ちっ。木下。帰るぞ」

「龍園くん!?」

「ここまでだ。一之瀬だけならやれたが、面倒な連中が出てきやがったからな。おい、鈴音の飼い主。お前のこと覚えたからな」

「一之瀬の彼氏だ。そこは訂正してくれ」

 

 そんな覚えられ方は、マジで辞めて欲しい。

 堀北なんか飼ってねえよ。

 

「龍園。ここで引くんだったら、この件はこれで終わりだ。あとで持ち出すことは、認めんぞ」

「葛城、おまえもな。いずれ借りは返してやるよ」

「それはこちらのセリフだ。受けた借りを返し切れたとは思っていない」

「クク……お前はもう終わったと思っていたが、しつこい野郎だ。行くぞ、木下」

 

 龍園は、葛城もある程度かは認めたらしい。

 意外と紳士な面もあるらしく、木下の杖代わりに肩を貸して、保健室を出ていった。

 

 いや、出ていく前に、一之瀬の彼氏だって訂正して欲しかったんだが。

 

 まあいい。葛城が引いたら終わりだと宣言したのに帰っていった。

 これで後から何らかの対策を追加されて、改めてこの件を持ち出される心配も消えたってことでいいだろう。

 

 生徒会へと上げれば、須藤の時のように、逆に龍園クラスからポイントを奪うことが出来たかもしれないが、用意できる証拠が弱い。

 状況証拠の積み重ねでは、100パーセントの保証はない。

 

 自クラスならそれでいいが、Bクラスをその土俵に引き込むわけにはいかないか。負けた時に責任を取れないからな。

 ちょっと甘いが、龍園を退けただけで満足しておくべきだろう。

 

「終わったようだな。私も帰らせてもらう」

「ありがとうございました」

 

 次に茶柱が席を立ち、一之瀬が礼を言いつつも見送った。

 

 ブースのカーテンが閉じられる。

 

「…………」

「…………」

 

 誰も口を開かない。

 一之瀬も葛城も、黙り込んで何かを考えている。

 どうしたんだ、と視線を送ると、まず先に葛城が答えた。

 

「綾小路。俺は今、恐ろしいと感じている」

「どうかしたのか?」

「お前はリーダーを変更できることを知っていたはずだ。なぜ、変更しなかったのか疑問に思っていたが、今日みたいなことが起きることを予測していたのか?」

「まさか。リーダーを当てられるとは、思っていなかっただけだ」

「伊吹という生徒は、最終日には消えていたのだろう。十分予想がついたと思うが」

 

 鋭い。

 Aクラスを掌握しつつある男だけある。

 伊吹のことを細かく説明したのは、失敗だったか。

 

「リーダー変更は、ポイントが必要だ。ポイントを払うほどの価値があるのかどうか、クラスを説得できなかっただけだ」

 

 龍園がクラスメイトに暴力を振るって得をした。その実績が欲しくなかったと言えば、嘘になる。

 が、ここまで具体的に考えていたわけではない。

 たまたまな方が大きい。煙に巻いたわけではなく事実だ。

 

「……まあいい。そういうことにしておこう」

 

 葛城は、追及を諦めてくれた。

 

「一之瀬。これで夏休みの借りは返したからな。これからは貸し借りは、なしだ」

「貸したつもりはなかったし、返してもらったものが大きすぎる気がするんだけど」

「俺にとって、妹のことはそれだけ大事だったと思ってくれればいい。これで失礼する」

 

 葛城さん、渋すぎるだろ。かっこいい。

 今日の葛城さんは、終始、輝いていたと言える。

 

 こうして、葛城も去っていき、保健室にはオレと一之瀬だけが残された。

 

「どうして……どうして助けてくれたの?」

「彼氏として当たり前のことをしただけだ」

 

 ちょっと気取った台詞だが、恋人にかっこつけるくらいしてもいいはずだ。

 

「仮の関係なのに」

「今日までは、彼氏彼女だからな」

 

 仮の関係は今日までだ。審判の時間は、刻一刻と近づいている。

 今日、一之瀬を救ったことを含めて、出来ることはやったつもりだ。

 

 これでダメならオレと一之瀬は、縁がなかったと言うことだろう。

 そのときは、櫛田に慰めてもらうか。ありだな。

 

「ずるいよ……綾小路くん」

「ずるいか?」

「うん。だって、そんなこと言われたら、離れられなくなるもん」

「だったら、離れなければいいんじゃないか」

「いいの?」

「当たり前だろ」

「ずっと一緒だよ」

 

 ん? ずっと? 離れられないってのは、仮の関係が終わった後も、一緒にいるって意味じゃないのか。

 ずっとは、困るな。将来的には、櫛田家のお婿さんになることを予定している。

 

 流石に、櫛田家のお婿さんをやりながら一之瀬と付き合うのは、無理だろう。

 

「綾小路くん?」

 

 オレが返答に困っていると、一之瀬の表情が曇った。

 おいおい、彼女を曇らせてどうする。彼氏失格だな。

 

 彼女を笑顔にする方法は分かっている。だったら、それを取るのが彼氏の務めって奴じゃないか。

 将来のことは、将来考えよう。先送り作戦。

 

 それにあれだ。思春期の感覚として、高校生活がずっと続くように、錯覚することがあるらしい。つまり、高校生活の3年間こそが、ずっとの正体だと言える。言えるったら言える。

 

「ああ、3年間(ずっと)一緒だ」

 

 オレは一之瀬を優しく抱きしめながら、その唇を奪った。

 

「ん……」

 

 色々なものを失った気がするが、代わりに手に入れたものが、腕の中にある。

 よくよく考えてみれば、櫛田と結婚するとしても、狂犬堀北の問題を抱えているわけだ。

 

 今更、問題の1つや2つ増えようが、何も問題は……あるよ。問題めちゃくちゃあるよ。

 絶対、後で苦労するのが見えている。

 

 それでも、腕の中の一之瀬が喜んでいるのなら、それでいいかと思えてしまった。

 

 

「ちょっと、照れるな」

「照れるね」

 

 数分ほど抱き締めたまま、何度もキスを交わしていた。

 

 これは、いい感じなんじゃないだろうか。

 

 放課後の保健室。保険医は不在だ。

 いつ戻ってくるのか分からないというのが難点だが、幸いにも奥のブースだ。入口のドアが空いてからでも、身だしなみを整えるくらいの余地はあるはずである。

 真面目な葛城が、しっかりとドアを閉めたことは、音で分かっている。

 

 なによりも、ベッドが使える。

 

 これは、絶好のTレックスチャンスじゃないか。

 この機会を逃してなるものか。

 

 付き合い出して速攻ってのだけが気がかりだ。とはいえ、仮の状態ならまだしも、正式にお付き合いをしているんだから、Tレックスすることに何の支障も無いだろう。

 

「一之瀬」

「綾小路くん」

 

 抱き締めた状態で、今日何度目かの唇同志を重ね合わせると、そのままベッドの上へと押し倒した。

 ストロベリーブロンドの髪がベッドの上へと広がる。

 

 抵抗らしい抵抗はない。いける。

 

 服を脱がせるために、体操服の裾へと手を伸ばした。

 

「あ、綾小路くん」

「大丈夫だ。力を抜いて欲しい」

「う、うん」

 

 緊張に固まる一之瀬から、なんとか力を抜かせる。

 さあ、一之瀬のおっぱいはどんな感じなのか。

 

 ワクワクに胸をときめかせながら、掴んだ裾を上へとめくり──

 

「ふわーあ、よく寝たって放課後じゃねえか」

 

 ──いざ、ご対面といったタイミングで、隣のブースから間抜けな声が響いてきた。

 

 この間抜け声は、堀北クラスの秘密兵器のままで終わる男こと山内だ。

 

 しまった。そういえば、山内も保健室に居たんだっけ。

 8日間は、忘れないつもりだったが、すっかり忘れていた。

 

「うわー、誰も起こしに来ないとか、寂しすぎるぜ。健も寛治もよー」

 

 言っていることは、間違いない。

 が、やめてくれ山内。今はピンク色な空気が出ていたんだ。お前の哀愁漂う台詞なんか聞きたくない。

 

「ウダウダ言ってても仕方ねえし。帰るか」

 

 意外と前向きな山内は、ゴソゴソという音を残して帰っていった。

 

 これで邪魔者は居なくなった。さあ、あらためて一之瀬のおっぱいと、ごたいめ──

 

「私たちも帰ろっか?」

 

 ──うん、そりゃそうだよな。今さらこの空気の居たたまれない空気の中で、初体験とかねえよ。分かってた。

 

「そうだな。帰るか」

 

 まあいい。これで正式な彼氏彼女になったんだ。これからは、幾らでもチャンスがあるはずだ。

 慌てる必要はない。のんびり関係を深めていけばいいか。

 

 どうやって寮の部屋まで誘い込もうか考えつつ、結局実行せずに、一之瀬と帰っていった。

 

 ただ一緒に帰るだけでも、一之瀬は嬉しそうにしているんだから、何もしなくてもよかったんだろう。

 

 言えることがあるとすれば、1つだけだ。

 

 山内。お前のことは8日と言わず、絶対忘れないからな。

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