10月16日 水曜日
本日をもって堀北会長率いる生徒会の任期が終わり、新しい生徒会との入れ替えだ。
全校生徒が体育館に集められ、引き継ぎ式が行われている。
何とも微妙な空気だ。
大々的なイベントだが、生徒会と直接関わる生徒とかほとんどいないから、こんなもんなのかもしれない。
退屈な時間を使って状況を整理しよう。
爆弾魔5人のうち、昨日までに佐藤と佐倉の2人を処理することが出来た。
2日で2人だ。順調と言っていい。
今日含めて、水、木、金、土、日、あと5日ある。
どうにかこの間に、堀北、松下、白波の爆弾を処理すれば、ミッションコンプリートだ。
スケジュール的には余裕ができたが、ラスボスが控えていることがネックだ。
白波爆弾の解除とかどうすればいいんだ。皆目見当がつかない。
どうすればいいんだか。
それに爆弾を解除したのは、難易度が低そうな2人だ。
チョロい佐藤と素直な佐倉の爆弾を解除できたからといって、油断せずに行こう。
壇上では旧生徒会長である堀北兄が、短い挨拶を行っていた。
駄目な方の堀北の様子を何となくうかがってみたが、じっと兄の雄姿を目に焼き付けているようだった。
こうやって真面目な表情をしていれば、堀北も美少女なのに。
なぜ、残念な姿ばかり目にすることになってしまうのか。
問い詰めたいところだが、迂闊に触れると「飼い主に似たわ」とか言い出しかねないので、堀北は生まれた時から残念だったと納得しておこう。
入学した時の堀北は偽装していただけで、今が本性だ。
どっちにしても頭が痛い。
壇上には他に、1年の一之瀬や葛城の姿も見える。
新しい生徒会長は、いけ好かないモテ男の金髪野郎こと南雲が順当に就任したようだ。
南雲がマイクの前で演説を始めた。
新しい生徒会、真の実力主義をとか何やら不穏な言葉が並んでいるが、
池や須藤が何やら熱い視線を送っているのに気づいて、その視線の先を辿って見たら書記の橘に視線が注がれていた。
なぜ橘?
一之瀬なら分かる。見た目がいいし、胸もでかい。
彼氏としては誇っていいやら、怒るべきやら悩ましいところだが、注目される美少女だ。
だが、橘は可愛らしいタイプではあるが、ワンランク落ちる生徒で、ここまで熱い視線が送られる理由が分からない。
その答えは、イベントが終わってすぐに分かった。
緊張が解けて、交代式中は控えていた私語が解禁される。
「見た? あの人だよな」
「ああ。ちんちんの人だ」
「なんだそれ?」
「春樹知らねーのかよ。体育祭で、ちんちんって叫んだ女の先輩がいてさ」
「なんだよ、それー」
すまん橘先輩。
オレのせいだった。
いや、違うか。ちんちんに誘導したのは、オレじゃない。堀北会長だったはずだ。
そういえば山内は、午後の推薦競技は保健室に行ってたんだっけ。
事情を知らなければ、なんだそれ案件だな。
事情を知っていても、なんでそうなった案件だが。
「叫んだ後で恥ずかしそうにしててさ」
「俺は鈴音一筋だけど、グラッと来たぜ」
「いいなー。そんな面白いことがあったのなら俺も呼んでくれよ」
「呼んでも間に合わねーって」
「ちんちん先輩は、生徒会メンバーだったんだな」
須藤は知っとけよ。
暴力未遂事件でお世話になったことは、どうやらちんちんで塗り替えられたらしい。
それにしても『ちんちん先輩』呼ばわりか。
ちょっと可哀そうな気がしてきた、
全部堀北兄妹が悪い。
オレが流れを変えてやろうか。
橘先輩は、ちんちん先輩じゃない。
──塗り替えるような情報は、なんかあったっけ。
どうにか記憶を探る。
あ、あった。
あの先輩はチンチンじゃない。ローション先輩だ。
塗り替えならぬ、塗りたくりだ。
──それはそれでだめじゃん。
ちんちん先輩、強く生きてくれ。
堀北生徒会が終わりを迎え、南雲生徒会体制がスタートしたのだった。
◇◇◇
「堀北、少しいいか」
「なに?」
放課後に入ってすぐに、隣の席の堀北を捕まえる。
堀北は用事がなければさっさと姿を消すため、先手必勝に限る。
「ちょっと付き合って欲しいんだが」
「今はテスト範囲をまとめるので忙しいのだけれど、用件は何かしら?」
しっかりと特別試験対策に励んでいるようだ。
こちらも爆弾解除に励みたい。
「生徒会が新しくなっただろ。引退した会長には世話になった部分もなくはないし、軽く挨拶だけでもしようかと思ってな。一緒にどうだ?」
葛城の生徒会入りを認めてもらったり、コーヒー牛乳を奢ってもらったり、ローションをもらったりと色々あった相手だ。
お疲れ様の一言くらいは、言っておいた方がいいだろう。
別にオレだけでもいいんだが、堀北は堀北で兄妹で色々と抱えてしまっている。
堀北が自主的に会いに行くとは思えんし、こうして声をかけるくらいはしておきたい。
これも爆弾解除に繋がるかもしれないしな。
「そうね。少しでいいのなら……5時間くらいならどうにか都合がつくわ」
「そこまで掛かる予定ねえよ」
思わずツッコんでしまったが、堀北にツッコんだら負けな気がする。
まあいい。堀北に異論がなければ、連れて行くだけだ。
いや、連れて行くっていう表現はまずい。ペットじゃないんだから、一緒に行くとかのほうが無難か。
……堀北にかなり毒されている。これはどうにかしなければ。
教室を出て、3年Aクラスへと向かう。
「兄のプレッシャーは解けたのか?」
「プレッシャー? どういう意味かしら?」
「オレがおかしなことを言ったかのような反応はやめろ」
堀北の兄に対する感情は、複雑だ。
尊敬と好意と共に、強い苦手意識も抱えている。
兄に突き放されたのが原因のようだが、兄を前にしたらいつもの堀北ではなくなってしまう。
冷静さを欠いた動揺しまくりの女子生徒だ。
だからこそ、声をかけても断られるものだと思っていた。
堀北が提案に乗ってきたのが、少し意外だ。
「おかしなことを言ったのよ。妹が兄に会うことは自然なことでしょう。プレッシャーとか意味が分からない」
「堀北は一度、なぜわき腹を突かれたのが思い出した方がいいぞ」
「飼い主とのコミュニケーション?」
「あの頃も今も、飼い主になった覚えはねえよ」
須藤の暴力事件の時だから、7月の出来事か。
須藤を弁明すべきところで、堀北兄を目の前にして固まった堀北。堀北の脇腹を攻撃することによって、どうにか再起動することができた。
堀北との関係がややこしくなったのは、無人島だからその後の話だ。
「拾った者には、それ相応の責任があるわ」
「拾った覚えもねえよ」
「酷いことをいうのね。だからあなたは──」
堀北が何やら重要な言葉を言いかけたところで、間が悪く三年のエリアに辿り着いてしまった。
他学年のスペースというだけで。悪いことをしているわけではないはずだが、何とも言えない居心地の悪さだ。
堀北が口を閉ざしたのも分かる。
「ここか……」
3年Aクラス。
幸い、出入り口のドアは開いていたので、教室の中を覗き込んだ。
タイミングが良いのか悪いのか、目当ての人物はまだ教室にいたが、生徒から囲まれていた。
「綾小路くん、どうしたんですか?」
「ちんちん先輩」
「君がその名を呼びますか」
普通に、鞄で小突かれた。
そして堀北。オレの背後でちんちんってワードに反応して嬉しそうにするな。
見えてないけど、感じるんだよ。
やだ、飼い主みたい。
「失礼。茜ちん」
「なぜ、私の新しいあだ名を知ってるんですかっ!?」
「適当に言った……その……なんだ、すまん」
「深刻そうに謝られるのは、それはそれで失礼ですよ」
ちんちん先輩からの適当な連想だったが、まさか本当に茜ちんと呼ばれているとは。
体育祭の一番の被害者は、山内ではなく茜ちんだったかもしれない。
「それでどうしたんですか?」
「堀北会長には、お世話になったから一応お疲れ様くらい言いに来たんだが」
「それなら直接伝えればいいと思いますよ。学くーん」
茜ちんが取り次いでくれて、堀北兄がこちらを見る。
すると一言何か口にして、取り巻き連中を散らせていった。
教室には、オレ、堀北、堀北兄、茜ちんだけが残される。
「……よかったのか?」
「何か話があったんだろう」
「いや、生徒会長引退お疲れ様、と言いに来ただけだったんだが」
ちょっと挨拶したかっただけなんだが、クラスメイトには悪いことをした。
「ちょうどいいタイミングだったから問題ない」
「ならいいんだが」
オレの後ろについている堀北を強引に前に出して、兄妹同士で向き合わせた。
「兄さん、お疲れ様でした」
「鈴音からその言葉を聞くとは思わなかったが」
「私も兄さんに言えるとは思っていませんでした」
入学当時を思えば、よくここまで辿り着いたもんだ。
寮の裏で、一歩間違えれば暴力沙汰のやり取りをしていた二人だ。
それくらい仲違いをしていた二人が、こうして言葉を交えるとは、堀北も成長し──
「変わったな」
「ええ。ご主人様が出来ましたので」
「そうか」
──てねえ。成長したとか言いたくねえ!
ちょっと待て、何を言い出すんだこの駄犬は。
つーか、お前本当に爆弾ついてんのか?
ご主人様のこと好き過ぎだろ。
そして、堀北兄。
そうか、と認めて受け入れてるんじゃねえ。
お前の妹にとって大事なことだぞ。
よくそこまで辿り着いたな、みたいな達観した顔を見せるな。
そして、あとは任せたぞみたいな目をこちらに向けるな。
そんな責任背負いきれねえよ。クーリング・オフさせてくれ。
たぶん8日以上経過した気がするけど、契約書面を書いた覚えがないから無制限でいいはずだ。
オレは、さっと顔を逸らした。
「綾小路くん。ご主人様就任、おめでとうございます」
「黙れ、ちんちん」
逸らした先にも、
「ちんちん」
「お前も黙れ──じゃねえ、誰もそのポーズを取れとはいってねえよ。体育祭では理解していなかっただろうが」
「成長したわ」
「退化したっつーんだそれは」
借り物競争では股間に手を伸ばそうとしていた堀北が、立派にちんちんポーズを取っていた。
どこに出しても恥ずかしくない命令の受け入れっぷりが、恥ずかしい。
「これは自立したって言えるのか?」
堀北兄妹の仲違いは、兄に依存していたことからの脱却がテーマだ。
依存先が変わっただけでは意味がない。
「何を言うのよ。私は自分の意志で、ご主人様に忠実に仕える犬になっているわ」
「自立したかっこ四つ足ですね」
「黙れ、
余計なチャチャを入れるな。
「そして堀北。余計なちんちんをするな」
「……ちっ」
「今、舌打ちしただろ。素知らぬ顔をするな」
これのどこがご主人様に忠実に仕える犬なんだ。
いや、仕える犬になられても困るけど。
「綾小路……後で、ラーメンを奢ってやろう」
「どんな話の流れだ。奢ってくれるっていうならもらうけど」
相変わらず堀北兄は、妹のことが好き過ぎるだろ。
なんだこのマイペース兄妹。
堀北一匹でも持て余してるのに、一人と一匹になったらどうしようもねえ。
めんどくさそうだから、堀北の爆弾は今日解除しとくか。
適当に、フリスビーでも投げて口でキャッチさせれば、解除されるに違いない。
駄目だ。それは、飼い主の階段をステップアップしてる。
「ところで、一年は次の試験が始まったと聞いたが」
「相変わらず耳が早いな」
今日まで生徒会長だったからなのか、そもそも個人の資質か、一年のこともしっかり把握済みらしい。
「どう挑むつもりだ?」
「何を期待しているのかは分からないが、正攻法だ。皆で勉強会をやって学力を上げる」
どうせ隠したところで、この男の耳に入ってくるんだろう。
クラスの方針を隠さずに明かす。
「ついでに言えば、問題は堀北を中心に作る予定だ」
「そうか。なら俺は保健体育を担当しよう」
鬼畜眼鏡が怪しく光る。
「その科目は対象外だ! つーか、なんでそうなる!?」
「お前が言ったんだろ。堀北を中心に作成すると」
「確かにあんたも堀北だが、どう考えても妹の方だろうが」
一方的に、3年生を中心に問題を作る予定とか組んでたら怖すぎる。
「冗談だ。そこまでの力添えは認められない」
「だろうな」
一学期に、テスト問題を3年Dクラスの生徒から買ったことがあった。
その時に、リスクがあるといった趣旨のことを言っていたはずだ。
平田に上級生から情報を集めてもらうこともあるが、ヒント程度までで明確な答えはもらえないらしい。協力できるラインと出来ないラインが、学校側から設定されているはずだ。
「あんたならどんな問題を作るのか見てみたかったけどな」
「保健体育は得意だ」
「普通の科目でお願いします」
「綾小路くん」
「どうした」
「私も、保健体育は得意よ」
「それ今言う必要があったか?」
堀北のドヤ顔がうざい。
なに勝ち誇った顔してやがる。保健体育が得意なのは、勝ち組ではないはずだ。
「学君が一年の時に作った問題なら持ってますよ。渡しましょうか?」
「いいのか?」
「範囲も違うでしょうし、参考程度に過去問にあたるくらいなら問題ないと思います」
「なら頼む」
「分かりました。後で部屋にお持ちしますね」
許せるラインと許せないライン。その境界線はどこにあるのか。
同じ問題が使用される一学期の過去問のように、クリティカルなものだとデリケートになるってだけで、そこまで厳しくはないんだろうか。
堀北兄が何も言わないところを見ると、本当に問題ないんだろう。
ひょんなことから思わぬ収穫を得て、堀北元生徒会長への挨拶が終わった。
◇◇◇
「これです」
夜7時30分。
約束通り橘先輩が部屋を訪れて、鞄の中から紙の束を取り出した。
8科目分となるとページ数が多い。
「手書きなのか」
「コピー機は足がつきますから」
「なるほど」
手書きならば、誰かに知られる心配がないと。
だったら、新しい問題も作って手書きで渡してくれればいいんだが、それは高望みしすぎか。
手書きと言っても、そこは生徒会で書記を務めていた橘先輩だ。
丁寧な文字は読みやすく、何の問題もない。
数時間で用意したことを考えれば、一晩でやってくれたジェバンニ並みのすごい仕事かもしれない。
さっきまで『あとで』っていつまで待てばいいんだ、とか思っていたことを反省したい。
橘先輩がいつ来るのか分からないので、堀北の爆弾解除が後回しになってしまった。
まあいっか。堀北ならどうにかなるっていう確信があるし。
それはそれで嫌なんだが、どうにかなりそうだし。
「作問者の性格の悪さが滲み出てますね」
「そういう試験ですから」
問題とその答えをざっとチェックすると、引っかけ問題のオンパレードだ。
流し読みだとオレでも間違えそうなレベルだった。
噂に聞くところの自動車免許の学科試験を作っているのは、こういう人物なんだろうか。
受けたことないから実際にどんな問題が出ているのかとか知らんが。
「ありがとう。かなり参考になりそうだ」
「いえ、これくらいならお気になさらずに」
「分かった。気にしない」
「そこは少し気にするところですよ」
だってお気になさらずにって言われたから、気にしないでいいじゃないか。
「それでですね、私、今日生徒会役員を引退したんですよ」
「だから挨拶しにいったからな」
「学君への挨拶でしたよね」
「ソンナコトナイゾ」
橘先輩にも、お疲れ様を言いに行ったのなら、教室の入り口近くで会った時に言っとかないとおかしいみたいなツッコミはいらない。
生徒会=堀北会長のイメージが強すぎただけだ。
「引退したから少し羽を伸ばそうかなっと」
「そうか」
「遊ぼうかなって思ってるんですよ」
「そうか」
メリハリは、大事だ。
一之瀬を見ている限り、生徒会役員は多忙なので、そりゃ少しはゆっくりしたいだろう。
「……綾小路くん、わざとやってます?」
少しいじける橘先輩がかわいいので意地悪してしまったが、この辺が潮時か。
据え膳食わぬは男の恥。
わざわざ手書きで写してもらうという労力の代償を払わなければ。
この時間に一人でオレの部屋に来たってことは、そういうことでいいんだろう。
「ローションの在庫がどうだったか」
「別に私、ローションがないとダメってわけじゃないですからね。私のことを何だと思ってるんですか」
「ちんちん先輩?」
「これからやろうとすること考えたら否定しにくいじゃないですかっ」
茜ちんは、まごうことなき、ちんちん先輩だった。
だったらオレのTレックスで応えないと。
何がだったらなのか、分からないけど。
「TレックスのTは?」
「ちんちんのティーーーーー」
「橘先輩」
「綾小路くん」
「「綾小路ティーーレーーーーーックス」」
ちんちん先輩とちんちんした。
たくさんちんちんした。
もう少し知性を取り戻さないとやばい。
「綾小路くん、やっぱり生徒会に入りませんか」
「だからどこで判断してるんだ」
堀北会長を筆頭に、茜ちんがこんな感じで生徒会への疑惑はますます深まるばかり。
今からでも遅くはない。一之瀬を説得して辞めさせるべきだろうか。
生徒会が多忙なのもあって、あまり遊べてないし。
「それで、引退して暇になったので、これからちょこちょこ遊びに来てもいいですか?」
「もちんちん……もちろん」
ちょっと噛んだ。
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