ポイントデーにポイントが振り込まれなかったことについて、学校からは特に説明がないまま放課後になった。
一之瀬帆波という珍しい人物からの呼び出しに応じ、体育館裏へと向かっている。
落ち着いてTレックスを暴れさせられる場所を探すという崇高な任務は、今日はお休みである。
ちなみに、朝の登校は大変な目にあった。
なんとなくそのままの流れで、櫛田、一之瀬と並んで3人で学校へ向かったのだが、3人で進んだのは10メートルあったかどうかであっけなく終わった。一之瀬は交友関係の広い櫛田に負けず劣らずの顔の広さで、両名が並べば朝の登校ラッシュと重なって、あっという間に20人近い集団に進化したのだ。
最初は両名に挟まれていたが、気づいた時には櫛田は隣の隣の隣まで離れ、一之瀬にいたっては間に何人いるのか分からないようになってしまった。オレからしたら別に知人でもない両名の友人たちに囲まれて登校するという何とも言い難い結末だ。
何人か可愛い子がいて知り合いになれたから、悪くない時間だったけどな。
「ごめんね、急に呼び出して」
正門から離れた位置にある体育館の裏側は、一之瀬以外に誰もいなかった。
「何の用だ? いったい」
しかしこうして2人っきりで向き合うと、一之瀬の容姿が優れていることがまじまじと分かる。
これから何を言い出すのか、微妙に頬を赤らめる姿は美少女という以外、表現しようがない。
そしておっぱいだ。おっぱいである。
胸の大きい女子生徒は、隠そうとするか武器としようとするかのどちらが多いが、一之瀬はそのどちらでもなく、櫛田以上の豊満さを持ちながら自然体だ。あるがままだ。
ただそこでおっぱいを主張していた。
「すぐに、終わらせるから」
一之瀬が俯き、視線が下がった。
もしや……どこで噂を聞いたのか、綾小路Tレックスが目当てか?
すぐに終わらせるとか、べ、べべべべつに、早漏ちゃうわ。
「…………」
恥ずかしそうに視線を逸らされた。
綾小路Tレックスは今はお休み中で、恥ずかしいものを見られたわけではないはずだ。
「告白」
……なん……だと?
櫛田とのあれこれのおかげでいろいろ感覚がマヒしていたが、言われてみれば体育館裏って定番のそういうスポットなんじゃないだろうか。
さあ、続きの言葉を早く。
「されそうなの! ここで!!」
「…………え?」
時が止まった瞬間だった。
頭が再起動するまで数秒かかる。
えっと、つまり、なんだ。いったいどういうことだ。
「それ、オレがいない方がいいんじゃね?」
「でも私、恋愛とか分からないし」
つまり彼氏はいない、と。おまけに処女の可能性が高いな。
「昨日これがロッカーに入ってて、その子とはそんなつもりなくて、どうしたら傷つけずに断れるのか、分からなくって」
いかにもな、ピンクのかわいらしいラブレターだ。って相手は女かよ。
「だから、綾小路くんに彼氏のふりをしてもらって、それで」
セックスするところを見せつけて欲しい、だったら2つ返事でオーケイだが、一之瀬はそういうキャラではない。
好きな相手にラブレターを渡して告白しようと思ったらセックス中で『私、この人と突きあってるの』とか言われたら、一生のトラウマができかねない瞬間だ。
一之瀬のやろうとしている『彼氏がいるからごめんなさい』は、告白の断り方としては悪くない。
ただし、前提がある。それが本当ならば、だ。
今回のように同じ学校の生徒を彼氏役に仕立てて上手くいくとは思えない。
ウソをつく相手が同じクラスで、3年間ずっと同じ教室で過ごす仲間であればなおさらだ。
「お願い」
「1対1で話し合った方が良いと思うぞ、絶対。正直に」
「でも」
一之瀬が訴えるように身を前に乗り出すと、おっぱいがおっぱいでおっぱいだ。
「でも、なんかない。相手を傷つけたくないのなら、本当の気持ちをありのままに話せ。
一之瀬、告白ってのは何のためにするのか知ってるか?」
「……付き合うため?」
「違う」
告白の引き起こす結果としては間違っていないが、正しくはない。
付き合うかどうかは告白の先にあるもので、告白の目的は別にある。
「告白ってのは、付き合うためじゃない。想いを伝えるためにあるんだ。
その想いを正面から受け止めることが大事なんじゃないか?
伝えようとする想いが伝わらないことほど悲しい告白はないと思う。
それでギクシャクして仲直りしたい、とかだったらいくらでも協力してやるから、頑張れ」
何かの本で読んだ受け売りだが、今の一之瀬には必要な言葉だろう。
うまく伝わったかどうか、一歩だけ近づき、正面からじっと表情を見る。
「綾小路くん……あ」
自分から外れた視線に釣られて振り返ると、女子生徒が1人立ちすくんでこちらを見ていた。
大人しそうな華奢な子だった。
「え? 一之瀬さん。その人は?」
放課後の体育館裏に呼び出したら、呼び出し相手は男と向き合って待っていた。誤解を招くには十分な状態か。
「Dクラスの綾小路清隆。悪い、邪魔したみたいだな」
名前と詫び以外は、余計なことは言わない。
逃げも隠れもせずに、むしろ気持ちゆったりとした足取りで女子生徒の脇をすり抜けて、その場から立ち去った。
どうしてオレがここにいるのか? 一之瀬とオレの関係はどうなっているのか?
疑問点は多々あろうが、告白をすると決めてここに呼び出している以上、些細なことだろう。
仮に、オレがここにいたことを理由にして告白をやめるようなら、それまでの話。誰かに告白するとはそんな生易しいものではないはずだ。
あとは一之瀬がどういう選択をするかだが、言いたいことは全部言った後だ。任せるしかない。
体育館裏への出入りが遠目に確認できるベンチへと腰を下ろす。
「付き合うためじゃない想いを伝えるために、とかよく言えたもんだな」
一之瀬には偉そうなことを言ったが、本来はそういうことを言える立場ではない。
オレの恋愛経験など一之瀬とどっこいどっこいだ。
オレがレックスレックスだとしたら、一之瀬がおっぱいおっぱいみたいなもんだ。
「誰かを好きになる、か」
今のオレが何かに執着するとすれば、ここでの生活と櫛田ぐらいしかない。
それで櫛田に恋愛感情を抱いているかといえば、ノーだろう。
好きか嫌いかでいえば好きだ。
付き合いたいかっていえば、付き合うってなんだ? ってレベルで止まってしまう。
付き合うとは、恋人同士になること。
恋人になったらどうなるか? デートしたり、キスしたり、セックスしたりか?
キスとセックスはしている。だが、付き合ってなどいない。
『櫛田、デートしようぜ』
試しにメールしてみる。
数秒で返ってきた。
『死ね(ハートマーク)』
『誤字ってるぞ。
『くそウザイ』
『綾小路?』
『ティーーレーーーーーックス』
なんだよ、Tレックス。
なんだかんだノリの良い櫛田さんだった。
やばい、ちょっと惚れそう。
だいぶ脱線したので、話を戻す。
Dクラスでカップルといえば、平田と軽井沢だ。イケメンとギャルのお似合いカップルで、落ち着くところに落ち着いたというのがクラス内での認識だろう。
高校1年生で恋人同士ともなれば、イロイロやっているに違いないと、先月までは勝手に嫉妬を抱いていたのだが、今は印象が変わっている。
櫛田との経験を得てあらためて2人を見ていると、そういう気配が一切しないのだ。
もちろん、気づかれないようにいたっている可能性もあるが、おそらく2人は清い関係のままだとほぼ確信している。
付き合っても必ずセックスするものでもないらしい。2人にとっては時間の問題かもしれないが。
平田と軽井沢がそんな状況だと、悩みは増すばかりだ。
いよいよ付き合うってなんだ?
入学前に調べていた楽しい学園生活の三本柱は、友情、恋愛、セックスだった。その中で一番困難と判断したセックスへと重点をおいていたのが、6月までの3ヶ月の過ごし方だ。
この3ヶ月は、セックス、セックス、Tレックスの三本柱だったと言っていい。
困難と思われたその壁を見事に突破して、経験者およそ15パーセントの充実した側に入ることができたわけだ。
実際にセックスは最高だ。今の学園生活は充実していると胸を張って言える。櫛田様様である。
だからこそだ。セックスだけでもこれだけ充実している。ならば、他の2つももう少し考えてみた方がいいのではないか?
恋愛と友情。それは学園生活を今以上に楽しむための、今後の課題なのかもしれない。
数分後、泣きながら女子生徒が走っていった。
一之瀬は、ごまかしたりはしなかったようだ。
少し遅れて一之瀬も体育館裏から出てくる。
離れた位置だったが、手を振ったらこちらに気づいたようだ。
「お疲れさん」
「うん。私、千尋ちゃんを傷つけないことばかり考えて逃げようとしてた。間違ってたね」
「そうだな」
間違いに気づいて、逃げずに向き合わなければ出てこない言葉だ。
「コーヒーで良いか?」
「え?」
「終わったら協力するって言っただろ」
「……ミルクティー」
「分かった。座って待ってろ」
入れ替わりにベンチに座らせて、体育館の入口にある自販機へと向かう。
オレの分と2本入手して、一之瀬の元へと走った。
「ほい」
「2本?」
「アイスかホットか聞きそびれたからな」
「もうだいぶ暑いよ?」
「暑くてもあったかい奴が飲みたいときだってあるんじゃないか?」
「どうだろう」
冷たい方を渡して、オレはあったかい方を手にした。
暑い中温かいものを飲む気がせず、そのままポケットに放り込む。
「どうだったか、聞かないの?」
「聞いた方がいいか?」
「どうだろう」
「一之瀬に分からないなら、オレには分かりようがないな」
お手上げである。
「明日からは、いつも通りにするって言ってたけど、できるかな?」
「2人次第だな。ただ、一之瀬が望まない限りできないだろ」
「そっか……そうだよね」
一之瀬は考えるように、俯きながらミルクティーを口にした。
振られる側と振った側、気持ちの切り替えが難しいのはどっちなんだろうか。
どちらの経験もないオレにはどちらが正解なのかは分からない。
「今日はごめんね、こんなことに付き合わせちゃって」
「オレの方こそ、色々偉そうにいって悪かったな」
「ううん、必要なことだったって分かるし、全然気にしてないよ」
「いや、悪かったよ。実はな、オレもまだ恋愛経験が無いんだ」
ネタばらし。
一之瀬がこっちを見た。頬をかきながら視線をそらす。
「あははは、それなら偉そうだったかも」
「だろ。オレもまだ付き合うとか恋人とかってよく分かってないし、一之瀬の友達にしかみえないっていう気持ちもよくわかる」
櫛田は特別な関係だ。
好意を抱いていないと言ったらウソになるが、付き合ったりとかはイマイチ想像できない。
「その上で、1つ提案があるんだが」
「何?」
「オレとふりではなく付き合ってみないか?」
一歩大きく踏み込んでみた。
「へ?」
「そうだな……恋人カッコカリってところか」
「カッコカリ?」
「3ヶ月、お試しで付き合うっていうのがどういうものか試してみる。一之瀬の場合、もう少し慣れた方がいいんじゃないか?」
「…………」
「付き合ったら何か特別に変わるのかもしれないし、変わらないかもしれない」
失敗に終わってもその時はその時だ。
「でも、クラス違うし」
「だからこそ悪くない距離感だと思う。互いを意識しすぎるのは大変だろ?
お試しで付き合ってみるには、同じクラスじゃ近すぎる」
会おうと思えば会えるが、会いたくなければ会わずに済む。これぐらいの距離が理想だ。
恋愛初心者に、毎日嫌でも顔を合わせるというのは、難易度が高すぎるだろう。
「付き合うって何するの?」
「イロイロするんじゃないか?」
「いろいろ?」
「一緒に登下校したり、お昼食べたり、放課後に勉強会したり、休日に遊びに行ったり」
「へ?」
「何考えたか聞いていいか?」
「……別に、変なことは考えてないよ」
これは脈ありか。
「あくまでもお試しだ。相手が望まないことはしない。付き合っているから何かしないといけないとかそういうのはナシだ」
「友達とどう違うのかな?」
「一之瀬が、異性と向き合ってみることが大事だ。オレだと不適格かもしれないけどな」
「そんなことないけど」
そこは想定内。
彼氏のふりは依頼できても、仮の彼氏はダメだってことは無いだろう。
「だから仮にBクラスとDクラスが敵対するようなことがあれば、互いのクラスを優先する。
むしろ相手と競い合うことを楽しめるようになれたら理想かもな」
一之瀬がBクラスを大事に思っていることは、付き合いがそれほど深くなくても分かる。
彼氏カッコカリの扱いなんか、大事なものよりも下にある方が当然だ。
「それって私に都合よすぎないかな?」
「そんなことない。一之瀬はもっと自分の魅力に気づいた方が良いぞ。
仮でも彼氏になりたい男なんて、この学校にごまんといるんじゃないか?」
前に話した会話の焼き直しだ。
「君もその1人?」
一之瀬も気づいたらしい。
「1人じゃなければこんな提案しない」
「大勢から恨まれちゃうかもよ?」
「そこは望むところだろ」
「はっきり言われちゃった」
これも一之瀬がBクラスだからこそだ。
ありえない想定だが、櫛田とそういう関係になったら1番恨まれそうなのはDクラスの連中からだ。そうなればメンドクサイことこの上なく、できれば勘弁して欲しい毎日を過ごすことになるだろう。
違うクラスが相手なら、人気者だろうとある程度のやっかみは回避できるはずだ。
「綾小路くん。1つだけいいかな?」
「なんだ?」
「このタイミングで提案する?」
「ですよねー」
うん、振った振られたで落ち込んでいる相手に、仮に付き合おうとかないな。
「これで互いに1個ずつ迷惑かけたってことで貸し借りはなしな」
放課後に呼び出されて、告白に付き合わされそうになった件とタイミングを完全に外した件。
「絶対そこまで考えてなかったよね?」
「平等なのは大事だと思う」
「それはそうだけどね」
これだけ頭が回るようになれば、一之瀬はもう大丈夫だろう。
うん、気持ちを見事に切り替えさせたオレは有能だな。
「答えないとだよね? えっと、返事は──」
「──待った」
一之瀬が結論を告げる前に止める。
「え?」
「タイミングは失敗したが、提案したのは本気だから。返事は来週聞かせてくれないか?」
「なんで来週なのかな?」
「落ち着いて考えて欲しいってのもあるが、そもそも一之瀬にこういうことに慣れて欲しいってのがスタートだから。
仮にダメだったとしても一之瀬が来週までオレを多少なりとも意識したのなら、提案の意味は十分あったって思う。今、断られたらそれで終わって、一之瀬の経験にはならない」
「にゃははは、恋愛初心者が偉そうにいうね」
「うるせー。黙って1週間オレのこと意識しとけ」
「分かった。しっかり考えるね」
吉と出るか凶と出るか。
しかしあれだな、一之瀬からしたら友達としか思ってない相手に告白されそうになって1日困っていたら、相談した別の男にも厄介な問題を吹っ掛けられて、1週間困ることになった。
なんだこれ。
これは失敗したかもしれない。やはりオレには恋愛は向いてないんだろうか。
◇◇◇
翌日。
クラスに起きていた問題が明らかとなった。
まとめるとこんな感じだ。
・Cクラスのバスケ部員が、須藤から一方的に暴行を受けたと訴えが出る。
・須藤は3人からやられそうになり、やり返したと正当防衛を主張。
・証拠は、今のところなし。
・Cクラスの生徒を殴ったのは、須藤も認めており事実である。
・1週間後、生徒会を交えてCクラスとの話し合いで処分が決まる。
・結果次第で、ポイント剥奪。ゼロポイント生活の継続となる。
問題は3つある。
1、須藤は殴っている。
2、須藤はそれが悪いことだとは、気づいていない。
3、須藤の主張を証明することができるのかどうか。
Cクラスからの言いがかりで大事なのは、3をどうにかできるかだ。
ただ、それでは表面上の問題解決にしかならない。
教室内の空気は最悪に近い。
須藤なんか退学しとけばよかったのに、とか言い出す生徒まであらわれだしている。
佐藤「ダヨネー」にもう少し感情を入れろ。ただ制服の着崩し方がなかなかエロいのは評価してやるから、ちょっとオレの正面に来い。
「貴方もそう思う?」
「そりゃ、胸元のボタンは開けててくれた方がいい」
「何を言っているのかしら?」
睨まれた。
佐藤の話ではなく須藤の話をする場面だった。
「どう影響するのかが分からない以上、答えようがない」
「どういう意味?」
「退学者を出すマイナスが今のポイントがゼロになって終わりなのか、マイナスポイントとして残るのか。あとは、今後クラスの総合力が試されるようなことがあれば、体力面で期待できる須藤がいなくなるのは大きい」
「仮定ばかりね」
「オレたちは学校側の用意したルール、システムを完全に把握いるわけじゃないからな」
堀北もそのあたりは、推測していたのだろう。だからこそ中間テストの時は須藤を助けた。
助けた結果が今の状況を生んだとするのなら、堀北は内心どう思っているのか。
「で、お前の天秤はどっちに揺れてるんだ?」
「今のままの彼では、問題は何も解決しないわ」
「ま、そうだよな」
さて、この問題とどう向き合うべきか。
長くなりそうでしたので、上・中・下への分割となりました。
相変わらずの殴り書きの勢い投稿ですみません。
挿入タイトルをつけるなら
──第八話 恋愛バイブル 中 太陽を捜して──ですかね。