「綾小路くん。なんでスク水が干してあるの?」
「いろいろあったんだ。そこはスルーしてくれ」
午前中に、佐藤の爆弾を解除し、午後から迎えた松下との会談。
前途多難なスタートとなってしまった。
スク水が干してあったら当たり前か。
仕方ないじゃないか。部屋干しする以外の選択肢がないんだから。どこに干せと。
ちなみに乾燥機にスク水は、NGらしい。
調べた結果、風通しのいいところで陰干しが正解らしいので、軽く窓を開けて部屋干しも間違いじゃないはず。
外から見られたらアウトだが、部屋は寮の4階だ。あまり気にしなくていいだろう。
もう1つ余談を付け加えるなら、一言に旧スクといっても前方だけスカート型のやつと、スカート一周型のやつの2パターンあったりする。
こだわる人は、後者を旧々スクとか呼ぶとか呼ばないとかだ。
残念ながら、部屋で干してあるのは前方スカート型の旧スクだ。
いつか一周型を見つけたら、保護しなければ。
「スルー出来るようなことなの?」
「スルーしないと話が始まらないんだ」
そこに理由なんかない。
旧スクがあったから買ったし、あったから着た。
それ以上のものを求められても困る。
分かってる。着たのはどうだったのか、反省はしている。
だって、仕方ないじゃないか。小野寺も長谷部も着てくれなかったんだから。
遠回しに佐藤にも声をかけてみたが、綾小路君が着た後はちょっと、と至極当然の断られ方をされてしまった。佐藤のくせに、まともなことを言いやがって。
……着た後じゃなければ、オッケーだったと勝手に解釈させてもらおう。
次があれば、楽しみだ。言質は取った。
「それで、話って?」
「……オレじゃなくて松下側にあるんじゃないか」
オレから求めることは一つだけだ。
爆弾を解除して欲しい。
ボマー捕まえた作戦が通じない以上、一つずつ丁寧に解除していくしかない。
雑に解除した佐藤は、再びボマーになってしまって大変だった。
松下側に何が不満なのか、話してもらうのがベストだろう。
「そういう話?」
「そういう話だ」
いや、知らんけど。松下の脳裏にはどんな話が展開されているんだろうか。
分かってます感を出すために、鬼畜眼鏡パイセンを参考にさせてもらおう。
両肘をテーブルについてあごの下で手を組む。久しぶりのゲンドウポーズってやつで、もっともらしく頷いておく。手が邪魔で頷きにくいな。
ゲンドウポーズに効果があったのかは分からないが、松下は姿勢を正した。
真面目な話をするところだと、伝わったらしい。
「いやー……体育祭からずっと聞きたかったんだけど」
「体育祭からか」
体育祭──う、頭が。
衆人環視の前でのペットプレイを思い出すと、頭を壁に無限にぶつけたくなってしまう。
オレはなぜ、あんなことをしたんだ。
堀北め。オレを苦しめやがる。堀北と俺の関係を聞きたいのか?
むしろ俺が聞きたい。でも、聞くのも怖い。
「考えてみたら、1学期の中間テストからかな」
「だいぶ遡るな」
「あの頃は、あんまり気にならなかったけど」
1学期の中間テストからなら、堀北は関係ないか。
関係ないと言ってくれ、頼む。
櫛田家の未来に、堀北は無関係なんだ。
「須藤くんが英語の模範解答を覚えてないってなった時、平均点を下げるように提案したのは綾小路くんだったよね?」
「……それで」
「須藤くんが暴力事件を起こした時、動いていたのは綾小路くんと堀北さんだったよね?」
やめろ、堀北とセットにするな。
「平田達も動いていたはず」
平田グループで一緒に聞き込み調査に参加したから、間違いない。
「うん、でも生徒会からの呼び出しに参加したのは、綾小路くんと堀北さんだったはず」
「さ、佐倉も参加したから」
「そうなの?」
「目撃者だったからな」
「それは知らなかったけど。でも、中心は綾小路くんと堀北さん」
オレと堀北が中心だったとかねえよ。
やめてくれ。オレは鈴主じゃないんだ。
「無人島試験で、男女が揉めていた時、高円寺くんがリタイアした分のポイントを女子に使うように言って、場を収めたのも綾小路くん」
「……だったか」
「とぼけなくていいよ。女子の中でいいよねって話題になったから覚えてる」
「マジか」
「佐藤さんとか、かなり褒めてたよ」
「OH」
シャワー室で、やけにあっさり佐藤が陥落したと思っていたが、地味にポイントを稼いだ後だったのか。
驚きのあまり外人っぽいリアクションになってしまったじゃないか。
「高円寺くんのメモを持ち帰ったのは綾小路くん」
「佐倉と一緒に行動していただけだ」
「あの高円寺くんからメモを貰ってくるってすごくない?」
ぐ、否定できないから困る。
堀北だけじゃないのか。高円寺の気まぐれまでオレを苦しめやがる。
「船上試験で、法則性を見つけたのも、綾小路くん」
「堀北と松下も含めた3人でだろ」
「堀北さんは……うん、まあ、なんかいってたね」
「……いってたな」
やっぱり苦しめるのは、堀北なのか。
一緒にいくを何だと思ってやがる。過去の堀北の行動が、今のオレを苦しめやがる。
「……いってたよ」
「……いってたな」
オレと松下が思わず、同じ言葉を繰り返した。
やっぱり駄犬だ。クラスのリーダーだけど、かろうじて。ほんと、なんで堀北がまだリーダーやってるんだ。どうなってんだよ、堀北クラス。
「体育祭で、高円寺くんのやる気を引き出したのは綾小路くん」
「それは誤解だ」
「でも、高円寺くんのポイントを負担してたよね」
「……船上試験のおかげでポイントに余裕があっただけだ」
厳密には佐藤のおかげだ。佐藤から貰ったポイントが原資だったし。
「体育祭だけならたまたまでいいよ。でも、無人島でメモを残したときも関わっていたのは、綾小路くん。体育祭だけが、たまたまだったとは思わない」
「…………」
否定しにくいのが辛い。
ただの気まぐれだと思っている。ただの気まぐれであって欲しいと願っている。
高円寺のこととか分からねえよ。あいつほど分かりやすくて、分かりにくいやつはいない。
「アンカーとして3年の旧生徒会長と2年の新生徒会長を抜き去って、1位を獲ったのは綾小路くん」
「走るのは得意なんだ」
「体育祭のMVPも獲ってたよね」
「……走るのは得意なんだ」
目立ってしまった自覚はあった。が、改めてこうして詰められるときつい。
佐藤みたいに「足が速くてすごい(はぁと)」的なのが欲しい。
佐藤が癒しになるとは、かなり追い詰められてるなオレ。
「綾小路くん。単刀直入に聞くけどさ、まだ本当の実力を隠してるんじゃない?」
「…………」
「それが、私が話したかったこと。体育祭からのドタバタで、聞くタイミングが無かったけど」
「なるほど」
松下のことは、Aクラスを目指す仲間になってからの行動で、頭が切れるほうだと思っていたが、さらに上方修正が必要か。
オレが思っていたよりも、しっかりと本質を見ているし、考えてもいる。
一つや二つなら見逃せそうなことも、こうして積み上げられたら逃げ切ることも難しい。
さて、どう答えるべきか。
オレが抱えているホワイトルーム出身だという特殊な事情。
教えるべきか、誤魔化すべきか。
どちらでもいいといえば、どちらでもいい。積極的に開示していなかっただけで、隠していたわけではない。隠すつもりなら、もっと目立たないようにする。
ただ、それによって自由が制限されるのは、勘弁してほしいところだ。
「そうだな。その推測は正しい」
「認めるんだ?」
「全力を出していないということは、否定しない」
「どうして? この学校じゃ成績も大事だよね」
どうなんだろう。
体育祭でこそMVPでプライベートポイントが手に入ったが、普段のテストじゃクラストップの堀北でさえ、プライベートポイントを貰えたとか聞かない。
部活は、須藤が貰ったことを確認済みだが、それくらいか。
そういや生徒会はどうなんだ。一之瀬に聞けば教えてくれそうだが、帰宅部のオレには関係ないか。
プライベートポイントがもらえないのなら、本気を出しても出さなくても変わらない気がする。
「大事なのは、Aクラスで卒業するのかどうかじゃないか」
個人よりも、クラスの結果が大事。
オレがこの学園で出した結論だ。
「だったら尚更でしょ。綾小路くんの本気がもっとすごいのなら、クラスはもっと上に行ける」
「本当にそう思うのか?」
「え?」
オレの言葉から否定的なニュアンスを感じ取り、松下は困惑気味に返事をした。
「個人の力でクラスは上に行ける。この学校はそれほど甘いのか?」
「それは……」
「松下なら分かるだろ」
「その言い方はずるいんじゃない」
ちょっとした挑発だが、それだけ松下のことを信用している証でもある。
これが池とか山内なら、適当にぼかして終わりだ。
松下は仕方ないといった感じで、口を開いた。
「甘くはない……と思う」
「ならそれが答えだ」
「でも、私と綾小路くんが協力すればもっと上に……」
「松下が思ったよりやれるってのは、分かった。それでも無理だろうな」
無論、特別試験の内容による。
例えば、今実施されているペーパーシャッフル試験。
オレと松下が協力して難しい問題を作り上げることに成功したら、攻撃側は勝てるかもしれない。
守備側は無理だ。Aクラス相手にクラス単位で上回ることは難しい。
それが個の力で出来ることの限界を示している。
「1つや2つなら、特別試験の結果をひっくり返すことはできるかもしれない」
「…………」
「それでクラスが勢いに乗るのか、油断するのか。
「……それもずるい」
「どっちだと思う?」
「……油断するんじゃない?」
「そういうことだ。能力の高い個に依存した結果は、意味がない」
これが元々の能力の高いAクラスとか、真面目な生徒が多いBクラスなら問題ないだろう。
個人の活躍で与えられた結果を恩恵として受け入れて、油断することなく次の試験へと挑む。
元が出来損ないのDクラスだったオレ達には、残念ながら当てはまらない。
調子に乗って、努力しなくてもいけるって流れる可能性の方が高い。
それこそ、一夜漬けで中間テストを突破する予定だった池とか山内は怪しい。
中途半端な成功体験は、それだけ危うい。
そういう意味では、船上試験はギリギリのラインだった。
法則を見破るという個人の活躍が大きい試験で、
プラス150クラスポイントで、Bクラスと並ぶ同率1位だ。
Bクラスが同じ場所にいたから、そこまで目立たなかったが、Bクラスと恩恵を分け合っていなければ、クラスは慢心していたかもしれない。
「それが本気を出さない理由?」
「そんな感じだ。あと、目立ちすぎるのもよくないと思っている」
「堀北さんとセットで、十分目立ってると思う」
「頭が痛い問題だ」
「手遅れ?」
「手遅れなのは、堀北だ」
「私もちょっとそう思う」
龍園から鈴主呼ばわりされた時点で、アウトだろう。
今は、龍園のターゲットはBクラスらしいが、その後がどうなるか。
本当に、頭が痛い問題だ。
松下とため息が重なった。堀北のことをどうかと思っている仲間だ。
そりゃそうだ。クラスの中枢にいればいるほど、堀北の残念な姿が視界に入る。
どうしてこうなったんだ。
現実逃避したい。
「話を戻そう。今は、個の力に頼るべきではない。豪華客船でも軽く話したと思うが、クラスで戦えるように、変えていく時期だと思っている」
「そのためには、負けてもいいと?」
「最悪、一度Dクラスに戻ってもいいくらいだ。それくらいやれば、尻に火が付くだろ」
「尻って……その例えはどうなの」
松下を呆れさせてしまった。
やっぱり、堀北が悪い。
あいつがア〇ルこうじTレックスを受け入れたせいで、尻に対する抵抗が薄れてしまった。
と、いうことにしておこう。
「わざと負けるつもりはないが、それくらい戦えるクラスを作る方が大事だ。できれば1年の間に。無理でも2年が終わるまでがリミットだろうな」
実際に、徐々にだが戦えるクラスに変わってきていると思う。
一学期の時点では、須藤や佐藤が勉強に真面目に取り組むことなんかなかったはずだ。
幸村も、運動を続けているらしい。
松下とこうやってクラスについて真剣に話しているのも、いい傾向だろう。
徐々にだが、望んだ方向に向かう人数が増えている。
この輪を広げることができれば、どのクラスとも戦えるクラスになれるはずだ。
「綾小路くんの方針は分かった」
「納得したか?」
「納得はした。でもさ、それはそれとして綾小路くんが本気を出せばどこまで出来るのか、教えて欲しいんだけど」
正直な話を言えば、誰にも負けない自信はある。
学力のような、分かりやすい答えがあるものなら特にそうだ。
最終的には、オレが勝つ。そこを譲るつもりはない。
とはいえ、じゃあ客観的にどの程度能力があるのかといえば、表現するのは難しい。
いい加減ここに慣れてきたとはいえ、特殊な環境の中で育った弊害だ。周りのレベルがどの程度なのか、判断しかねているところがある。
「あんまり期待されても困るが、誰にも負けるつもりはない」
「ほんとに?」
「……堀北には、勝てる気がしない」
「……ああ、うん、そうだよね。堀北さんは、ちょっと……」
あいつのドМには勝てなかったよ。
まだだ。まだ終わったわけじゃない。堀北にもいつか、勝ってギャフンと言わせ──喜んで言いそうだから勝てないんだ。堀北め。
「そうだな。どの程度やれるのか、松下の期待には、応えられるつもりだってのでいいか?」
「……ほんとに? 私の期待は、大きいつもりだけど?」
普段大人っぽい松下が、人差し指を唇の下に当てて、小首をかしげて見上げてくるのはヤバイ。
松下の可愛い姿が見れただけで、今日の会談は価値があったといえる。
「まずは、体力が期待以上だってことを証明してやる」
「え?」
会談は終わった。これで松下の爆弾は解除されたはずだ。
それだったらやるべきことは、あと1つ。体力の証明だ。
「松下」
「綾小路くん」
「「綾小路ティーーレーーーーーックス(×7)」」
7回目で、松下が先に音を上げた。
あと3回頑張って欲しかった。そうすれば、TレックスのTは、
とりあえず、松下の想定を上回ることはできた……と思う。
引き換えに、土曜日が終わってしまった。
あとは、明日だけだ。
なんとか、堀北、一之瀬、白波の爆弾を解除しなければ。
……無理じゃね?
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