「悪いな。急に予定を早めて」
「ううん。特に予定なかったから大丈夫」
午前
待ち合わせを早めた理由は、昨日に遡る。
松下の爆弾解除に成功した後の一幕だ。
Tレックスの猛攻でダウンしていた松下は、23時を回ったあたりで意識を取り戻した。
既に男女の部屋の出入りを禁止されている時間で、お泊りが確定した。
『少し早いけど、誕生日おめでとう』
『誕生日?』
『綾小路くんの誕生日、明日でしょ』
言われてカレンダーを確認する。
明日は、10月20日だった。
『お、おお。そうだったな』
『なんで他人事なの』
『あんまり実感がなかっただけだ』
誕生日が特別な一日だった覚えがない。
ホワイトルームには、誕生日を祝うような習慣がなかったからだ。
佐倉の誕生日を祝った時点で気づいとけよって話だが、オレの誕生日とは結び付かなかった。
一応10月20日が誕生日らしい。それが本当のことなのかどうかすら知らない。
ホワイトルームの子供たちは、産業動物みたいなもんなんだろう。
いつが誕生日かどうかではなく、年を越せば1歳歳を取るくらいの感覚の方が近い。
だから、どうでもいい一日でしかなかった。
松下の反応を見るに、そんなオレの特殊事情は、一般感覚からかけ離れているんだろう。
よし、誤魔化すか。
「TレックスのTは?」
「誕生日のT?」
「「綾小路ティーーレーーーーーックス」」
深く突っ込まれても困るので、松下に突っ込んで誤魔化しておいた。
復活したばかりの松下に止めだ。
松下よ、強く生きてくれ。
というので、松下との会話はここまで。
誕生日だけなら、おめでとうありがとう、で終わる話だ。
問題は、オレの誕生日というだけでは済まされないことだ。
少なくとも誕生日が終わるまでに、堀北、一之瀬、白波の爆弾を解除しなければならない。
ついでに、特別試験に向けた打ち合わせもしなければならない。
なんて日だ!
元々の予定では、午前中に堀北、午後から白波の爆弾を解除する予定だった。
が、誕生日という事情と一之瀬が爆弾を所持しているという併せ技が起きている。予定を変更しなければどうしようもない。
『……ん? 誕生日!?』
そういえば、誕生日は一之瀬に祝って貰う約束もあった気がする。
一之瀬の誕生日を祝った時に、そんな約束をしたはず*1だ。
「一之瀬の爆弾ってこれか」
祝ってもらう約束をしていた誕生日に、特別試験に関するやり取りだけで済ませようとしたら、そりゃ彼氏失格の烙印を押されても仕方ないんじゃ。
誕生日に関する無関心さで完全に忘れていたが、ギリギリ思い出したから助かった。セーフだ。
慌ててどうにか一之瀬とアポを取り直して、午前中はデートすることに決まった。
一之瀬が遅くまで起きていて助かった。
堀北を相手にする時間がどこかに消えたが……どうにかなって欲しい。
以上、回想終わり。
「今日は行きたいところがあるんだが、そこでいいか?」
「うん。綾小路くんに任せる」
ケヤキモールの中は、商業施設が充実している。
この前小野寺たちと行ったスポーツショップとか、まだ入ったことのない施設が幾つかあった。
そのうちの1つが、2階のトレーニングジムだ。
ジムの存在は知っていたが、追加で小野寺から仕入れた情報があった。
「手ぶらで無料体験が一度できるらしい。せっかくだから一之瀬と一緒に参加してみたいんだが」
「そうなんだ。いいよ、私も体育祭で失敗しちゃったし、もうちょっと運動しないとって思ってたところだから」
しまった。先に捻挫について聞いておくべきだったか。ちょっと失点。
体育祭で龍園の策略によって、一之瀬が接触してこけて足を捻挫するトラブルがあった。
相手は故意だから避けるのは難しかったと思うが、一之瀬は反省しているみたいだ。
「捻挫はもう大丈夫なのか」
「うん、大丈夫。もう体育も普通に参加してるよ」
どうやら問題なかったようだ。
一之瀬と一緒にトレーニングジムに入る。
学生証を受付に提示すれば、簡単に無料体験をスタートすることが出来た。
こういうときに、財布代わりに普段から手放さないものだけで完結するのが便利だ。
「一旦お別れだな」
「うん、また後でね」
当たり前だが、着替えとかのために一度男女別になる。
男性トレーナーの案内で、男性控室で一通りの説明を受け、渡されたレンタルトレーニングウェアに袖を通した。
貴重品をロッカーに預けて、奥のトレーニングルームに向かう。
ケヤキモールの開店は10時。
真っ直ぐジムに来たため、まだ誰もおらず男性トレーナーと二人っきりだ。
「あ、まだ大丈夫です。すぐにもう一人来ますので」
早速説明にトレーニングの説明に入ろうとするのと断る。
デートの一環だ。個別ではなく、一緒にトレーニングした方がいいだろう。
器具の使い方は、ホワイトルーム時代に使ったことがあるものが多いので不要だが、無料体験で好き勝手利用するわけにもいかないか。
「…………」
「…………」
話しかけて来ないだけでもありがたい。とはいえ、トレーナーと二人っきりの時間は気まずい。
一之瀬、早く来てくれ。
ぽつぽつと他の利用者が増えてきた中に交ざって、ピンクブロンドの髪が視界に入った。
「ごめん、待たせちゃったかな」
「大丈夫だ、問題な……」
「どうしたの?」
「いや、問題ない」
レンタルトレーニングウェアは、そこまで露出が多いものではない。
ハーフパンツにTシャツだ。
だが、それも一之瀬のようなおっぱいの持ち主が着ると破壊力抜群だ。
「一緒に同じものやりますので、指導は一人でいいですよ」
「あ、そうだね」
さりげなく提案しながら男性トレーナーと一之瀬との間に立つ。
相手はプロだ。不埒なことなど考えないと思いたいが、彼氏として気にしとくべきだろう。
一之瀬を案内していた女性トレーナーが察したらしく、男性トレーナーに声をかけて追い出してくれた。
「それじゃあ、私が指導しますね」
「お願いします」
「よろしくお願いします」
それから15分ほどかけて、主要な機材の使い方をレクチャーしてもらった。
機材に慣れるまでは、トレーナーが着いていた方がいいと思うが、そこは無料体験。最初のレクチャーだけで、女性トレーナーも退場となる。
とはいえ、密着しないってだけでフロアにはトレーナーが見回っている。
あとは使いながら慣れてくださいね、使い方が間違っていたら指摘します、って感じだろう。
「どれにしよっか?」
「そうだな……一之瀬はどこか鍛えたいとかあるか?」
「うーん、全体的な運動不足解消かな」
「それならこれでいいんじゃないか」
「そうだね」
ランニングマシン又はルームランナー。初心者でも使いやすい定番マシーンだ。
結局、ジムに入って最初に落ち着くのはコレだろう。走るだけというのが簡単だ。
さっき教わったことを思い出しながら、設定を済ませてルームランナーに乗る。
「無理はするなよ」
「うん、大丈夫」
しばらく隣に並んで、黙々とトレーニングをする。
一度走りだせば、特に会話とかはなかった。互いにトレーニングに集中。
と見せかけて、隣の一之瀬をチラチラと見ておく。
元陸上部だけあって、背筋の伸びた綺麗なフォームで前を向いて淡々と走り込んでいる。
つまり胸を張っているわけで、それで軽く傾斜のあるルームランナーを走ればどうなるのか。
一之瀬が走るたびに、たゆんたゆんと男の夢が揺れている。
本人は無自覚らしく無防備なのが、たまらん。
一之瀬が真剣に走っている表情と、無防備な胸の対比が美しいコントラストとなって男の情欲を誘う。
部屋の角にあって助かった。オレが多少は壁になることで、他の利用者から隠すことが出来る。
今度、佐倉とか長谷部とか連れてこよう。
そんな邪なことを決意しつつ、30分ほどトレーニングに没頭する。
「ちょっと休憩するか」
「うん。私、水分補給してくるね」
なんだかんだでジムに入ってから1時間ほど経っていた。
控室に戻る一之瀬を見送って、一息つく。
改めてジム内を見まわすと利用者が増えて来ていた。生徒だけではなく大人の姿も見える。
とはいえ割と充実した機材の数からすれば、利用者は控えめだ。
機材の取り合いとかは発生せず、待ち時間なく利用する分には便利だ。これで経営が成り立つのか心配になるが、思ったよりも穴場スポットだったのかもしれない。
「……月額利用料だけ取って倒産とかならないよな」
アンバランスさに、嫌な予感が脳裏をよぎる。
まあ、学校側がそんなことはやらかさないと信じたい。
「綾小路か。珍しいな」
「……幸村も利用者だったのか」
「意外か?」
「率直に言えば、意外だ」
「失礼な奴だな」
失礼な、素直な感想だ。
スポーツジムで幸村と会うとか想定できるか。
勉強こそ命って感じのクラスメイトだったはずだ。
「最近、ランニングだけでは物足りなくなった。利用は今月からだが、月・水・金と土日のどちらかの週4日通っている」
そういえば、須藤に言われてランニングマンになっていたんだっけ。
体育祭までだと思っていたが、終わってもまだ続けていたのか。
「スパルタだな。勉強は大丈夫なのか?」
「運動のおかげで集中力が上がった気がするし、夜も寝つきがよくなった。勉強に支障どころかプラスになっている」
「そうか」
適度な運動は、人を健康にする。
元々運動不足気味な幸村にとっては、多少スパルタにやるくらいが丁度いいのかもしれない。
「それに、月額料金だからな。どうせ払う金額が変わらないのなら、通えるだけ通った方がいいだろう」
「ガチなヤツじゃん」
「綾小路は会員になるのか?」
「どうだろうな」
「会員になるなら来月からにしておけ。今月はあと10日しかない」
幸村は、思いのほか細かい性格をしているらしい。
コンビニとか使わずに、スーパーまで足を運んで買い物するタイプとみた。
数十円の積み重ねは馬鹿に出来ないから、立派な心掛けと言える。
平日はしっかり1日置きにしているあたり、幸村なりに調べて取り組んでいるようだ。
「綾小路くん、お待たせって……クラスメイト?」
「ああ、幸村だ。ジムの会員らしい」
「へー、そうなんだ。幸村君。私はBクラスの一之瀬、よろしくね」
水分補給を済ませた一之瀬が合流してきた。
簡単に幸村のことを紹介すると、一之瀬は幸村に笑顔で話しかけた。平常運転って感じだ。
「綾小路、知り合いと来ていたのなら先に言っておけ。俺は、邪魔するつもりはない。悪いが、別行動させてもらう」
その笑顔に対して、幸村は軽く頭を下げるだけで、オレのことを睨みつけてから、別の器具のところへと向かっていった。
「いってらー」
「あらら、嫌われちゃった?」
「幸村は、女子に対してあんな感じだ。気にする必要はない」
「そっかぁ。悪いことしちゃったかな」
「いや、どちらかといえば割り込んできたのは幸村の方だろ。それよりもう少し運動しよう」
「そうだね。次はどれしよっか」
「そうだな……」
この流れで幸村の隣でトレーニングをすると怒られそうだ。
仕方ない。幸村とは反対側に向かって、いくつかの器具を使って一之瀬と二人でいい汗を流したのだった。
◇◇◇
ランニングマシーン30分、その他の器具に30分の計1時間の運動だ。
男女別の控室に備わっているシャワーで、それぞれスッキリして無料体験を終えた。
本音を言えばもう少し身体を動かしたかったが、一之瀬が疲れはじめていたので、そこまでとなった。この後のB・Cクラスの同盟について話し合うことを思えば、良いタイミングだったことにしよう。
肝心のリーダーに、バテられては困る。
肝心のリーダーが、ドМなのはもっと困るが。
同じ階にあるカフェに入って、一息つく。
「ふー、思ったより、良い運動になったね」
「そうだな。ここまで充実しているとは思わなかった」
お金を払うだけの価値は、ありそうだ。
環境としては恵まれていたホワイトルームを抜け出して、既に半年以上が経っている。軽く身体を動かしているとはいえ、施設時代の肉体を維持できている自信はない。
入学時と比較したらフィジカル的には劣化しているはずだ。
身体の動かし方さえ知っていれば十分なのか、足りないのか。悩ましいところだ。
「スッキリしたか?」
「うん、スッキリしたかも……って、私が悩んでるって言ったっけ?」
「いや、何となくな。しばらくデートとかも出来なかったし、悪かったと思っている」
実際は、櫛田情報だが、黙っておこう。
一之瀬に爆弾がついた原因は、ほったらかしにし過ぎたというのが結論だ。
テスト勉強で忙しかったとはいえ、体育祭から放置はまずかった。
その上で誕生日の約束も、スルーしようとしたのがアウトだった。
「あ、ごめん。気を遣わせちゃったかな」
「彼氏として当然だろ」
「すぐにテストだったし、忙しかったのも分かるんだけどね。でも、ほら……体育祭であんなことして……次はどうなるのかなーって考えちゃって、でも会えなくて」
山内に邪魔されたことは、忘れてねえから。
一之瀬は、人差し指同士をモジモジしながら顔を真っ赤にしている。
「不安と期待のどっちが大きいんだ?」
「うーん……不安、かも」
「なら、慌てなくていいんじゃないか。オレ達にはオレ達のペースで」
押せばいけそうな気配だが、せっかくの恋愛だ。一気にゴールを叩き込む必要はない。
じっくりと段階を踏んで楽しむのもありだと思う。
「そうなのかな。でも、男の人って色々……大変なんでしょ」
「否定はしないが、別に無理してるわけじゃないぞ」
性欲の解消には、おかげさまで困っていない。
どちらかといえば逆の意味で、無理している部分はちょっとある。
なんだよ、爆弾7個だ*2。 オレがナニしたって言うんだ。
「一之瀬に無理させる方が問題だ」
「それでいいの?」
「それでいい。一之瀬が不安じゃなくなったら、ゆっくり前に進めばいいんじゃないか」
「……分かった。ありがとう、綾小路くん」
「別に礼を言われるようなことじゃない」
どうやら一之瀬を不安にさせてしまっていたらしい。気を付けなければ。
前に進まないといけないのか、進んでいいのかで悩ませておいて、しばらく放置したんだ。オレが100パー悪い。
「そういえば、はい、これ」
とりあえずの方針が決まって安心したのか、一之瀬が鞄から箱を取り出した。
結構なサイズで、綺麗にラッピングされている。
「今日、誕生日だよね。おめでとう、綾小路くん」
「ありがとう」
「渡すタイミングがあるのか心配だったよ。クラスのことを優先する約束だけど、どうしようかと思っちゃった」
「悪い。午前中なら空いてるってことに気づくのが遅れた」
「ううん、誘ってもらえて嬉しかったよ」
誕生日のことすら忘れていたとは言えない。
一之瀬には言えない秘密ばかりが積み上がってないか。……気のせいということにしておこう。
「開けていいか?」
「いいよ」
ラッピングを破らないように丁寧に開けていき、箱の中身を取り出す。
「タオルセットか」
「何にしようか迷ったんだけどね。同じものを送るってわけにはいかないし」
「送られても困る」
「あはは、だよね」
オレが一之瀬に送ったのは、下着の上下一式だ。
オレがボクサー派なのか、トランクス派なのか、ブリーフ派なのかも知られていないだろうし、ブラを送られても困る。
どうせなら新品ではなく使用済み……もっと困りそうだ。
「普段使えて、ちょっと質の良いやつだと嬉しいかなーって」
「ありがとう。大事に使う」
「うん。使ってもらえた方が嬉しいから」
軽く触っているだけでも、フワフワしていて肌触りが全く違う。吸水性が高そうだった。
バスタオル、フェイスタオル、ハンドタオルのセットになっているのも良い。
デザインもシンプルにワンポイントのロゴが入っているだけで、どこでも使えそうだ。
一之瀬のことだから、送った下着の価格に合わせて、セットにしたんだと思う。
Bクラスだからポイントには困っていないと思うが、少し申し訳ない。
「そうだな。せっかくだからジムでも使おう。今日体験してみて思ったよりよかったから、来月から会員になるつもりだが、一之瀬も一緒に通わないか?」
「一緒でいいの?」
「一人よりもモチベーションになる。一人だったらめんどくさくなって通うのやめそうだし」
「……私も一人だと自信ないかも。それに、綾小路くんと一緒だと嬉しいよ」
「一之瀬の予定次第だが、土日のどちらかで予定を合わせることにしよう」
「分かった。来月から入会するね。最近は、生徒会も落ち着いてきたから大丈夫だと思う」
毎月、月謝が取られるのは痛いが、一之瀬とのトレーニングなら悪くない。
デートの場所で、とりあえず悩まなくて済むというのも、ありがたい。
とりあえずジムで汗を流してから、時間が余ればケヤキモールで過ごす感じになれば自然だ。
ジムのレンタル品タオルは、いかにもといった感じの量産品だった。一之瀬から貰ったタオルが、ジム通いで大活躍してくれるだろう。
手ぶらじゃなくなるのはめんどくさいが、その手間をかけてお釣りが出るアイテムだと言える。
オレが手ぶらじゃなくなったんだ。一之瀬の手ブラをするべきじゃないか。
支えたいそのおっぱいを。
代わりに一之瀬の手ブラが出来るのなら、お金を払ってもいい。
いや、何考えてるんだ。
「この後だが、一旦解散していいか? クラスで最後に打ち合わせをしておきたい」
「分かった。じゃあ、午後からはBクラスとCクラスの話し合いだね」
「お手柔らかに頼む」
「たぶん大丈夫じゃないかな」
「だったらいいんだが」
気持ちを切り替えるためにも、いったん解散して落ちつこう。
午後からは、BクラスとCクラスの同盟についての話し合いが待っている。
「綾小路くん、改めて誕生日おめでとう。それじゃあまた後でね」
一之瀬が、別れ際にオレの唇を奪っていった。
奪ったと言っても触れるだけのキスだ。それでも一之瀬にはいっぱいいっぱいだったらしく、顔を真っ赤にして背中を向けて去っていった。
軽いフレンチキス。それが今の一之瀬とオレとの関係。
「……やり逃げられた!?」
ま、まあいいか。
キスしてくれたってことは、放置されていたという一之瀬の
残りボマーは2人。
はたしてどうなることやら。
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